吉田の火祭り2012〜御動座祭・発輿祭
結局、神様が「来い!」ということなので(笑)、火祭りというか宵祭の最初の部分だけ見に行きました。
娘たちは「東方」の世界が好きなので、「十六夜咲夜」「蓬莱山輝夜」「洩矢諏訪子」「八坂神奈子」の勢揃いを見たいとのこと。たしかにそういうことですな。
「御動座祭(遷御)」は、そういう観点から説明しますと、富士山の神様である「咲夜」「輝夜」が、諏訪の神様である「諏訪子」「神奈子」のおウチに遊びに行くということですね。
咲夜・輝夜は姿が見えないように白い布(絹垣)で隠されて浅間神社から諏訪神社に移動します。
白い絹で隠すというのは、下浅間の御更衣祭と一緒ですね。あの中に女神さまがいらっしゃると思うとなんともエロティックな感じさえします。見えそうで見えない。
今でこそ、浅間神社が本体で、諏訪神社が脇に控えるように建っていますが、昨日書いたように、先にあったのは諏訪神社で、浅間神社はのちに造られました。今日のツイートの一つを転載しておきます。
『諏訪神社と浅間神社のせめぎ合いは、縄文と弥生、龍神信仰と天皇制、北条と武田、水と火(神道と仏教もか?)のそれを象徴している。今富士山では浅間が勝っているように見えるが、火祭りで分かるように実は諏訪が実権を握っているのだ。鎮火のための火という矛盾の理由はそこにある』
ちょっと二元論的に説明しすぎですが、本質的なところはとらえていると思いますよ。
さて、富士山の神様が諏訪神社に到着すると(一度おウチに入るのだと思います)、今度は諏訪神社の本殿から出て、富士山の神、諏訪の神みんなで「明神神輿」に乗ります。
東方的に言えば四人(四柱)が車に乗って出かける準備をしているということでしょうか。
その時もまた絹垣が築かれます。面白いですね。別にその中に「神像」があるわけではありません。見えないモノをしっかり隠すことで存在させる、ある意味では見えるようにするというパラドックスです。
このあと、1年ぶりに再会した神様たちは車に乗って街にドライブに出かけるというわけです。その後には、朱色の富士山型の「御山神輿」がついていきます。
どんな場合も明神が前を行き、御山は後につきます。追い越してはいけません。このあたりに、諏訪の潜在的優位性が現れていますね。ちなみに御山神輿には御札が乗っています。警護の神様でしょうかね。
明神神輿は丁重に扱われますが、御山神輿はわざとドスンと地面に落としたりして、勇ましさを表現します。きっとマッチョなSPとか乗ってるんでしょう。周囲をビビらせる役があるようです。
まず家の前の広場に駐車して、いよいよドライブ(旅)に出るぞ!という出発式を行います。その場所を「高天原」と言います。神官が祝詞を上げ、人々も祈ります。
このあたりを少し動画で撮影してきたので、御覧ください。
まずは、諏訪神社から明神神輿がお出ましになるところです。
続いて出発式が終わり、神様の乗った明神神輿がいよいよ街に繰り出していくシーンです。
続いて警護の御山神輿が明神神輿を追いかけるように出発するシーンです。
というわけで、我々は「火祭り」になる前、すなわち点火式の前に現地をあとにして家に帰って来てしまいました。
その後の様子は他の皆様の報告におまかせします。たくさんあるでしょうから。
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