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2012.05.04

『東方求聞口授 ~ Symposium of Post-mysticism.』 ZUN (一迅社)

20120504_100509 が買ってきてむさぼるように読んでいるので、私もちょっと拝見。
 東方Projectの公式資料読本とのこと。キャラ設定解説書ですかね。
 昨日紹介した私の拙文が掲載されている「國文學」の「萌え」特集にも、東方Projectが取り上げられています。たぶんそのあたりがあの号の価値を高めているんでしょうね(笑)。
 迷走していたとはいえ歴史ある学術雑誌に東方(や初音ミク)が載るということ自体、オタクの皆さんからするととんでもなく画期的で嬉しく誇らしいことだったのでしょう。
 あの「國文學」が発売された頃、私は東方にはほとんど興味ありませんでした。まさか自分の娘が勝手にその世界にはまるなんて思いもよりませんでしたね。
 さて、この本、さっそく娘にお借りいたしまして、ざっと読んでみました。意味が分かるところと分からないところが半々です。
 というのは、ここで紹介されているキャラのほとんどが日本の神々や歴史的人物に取材しているので、そういうバックボーンには比較的詳しいワタクシとしては、そっちの方はそこそこ理解できるわけですね。
 一方、この世界独特のゲーム的な要素、すなわち「能力」や「対策」は正直理解できません。勉強が足りないのでしょう。娘は分かっているようですから(笑)。
 それにしても興味深かったのは、この東方世界が、いわゆる「現代の神話」だなということです。そういう意味では、出口王仁三郎の「霊界物語」に非常に近いですね。
 そう、日本の神様というのは、本来姿形がありませんから、こうしていろいろな時代に「キャラクター」や「フィギュア」を与えられてきたわけですよね。
 特に面白いのは、この東方世界は、元々のゲームにおけるそれぞれの神仏やら妖怪やら妖精やらは、それこそ姿がはっきりしないものだということです。それはコンピューターゲームの画像の解像度の制約によるものでしょう。
 それを多くのファンたちが、ある意味勝手に想像力と創造力を働かせ、ほとんど無限に二次創作していくわけですね。実際、私の娘もオリジナルの絵を毎日のように量産しています。
 私はそこに日本の神道の本質を見るわけです。現代における神々の顕現ですね。そう思うと単なるマニアックなオタク文化として片付けられないように思えますね。それこそ、昨日紹介した「萌え=をかし」論にあったように、日本古来の心性の発露なのでしょう。
 「らき☆すた」や「けいおん」においても、神社が聖地となっているのは決して偶然ではないでしょう。
 まあ、こういう神仏や物の怪だけでなく、元素星座まで萌えキャラにしちゃうくらいですからね、日本人は、まさに森羅万象、万物に神を見ているということでしょう。一神教、原理主義とは対極にある境地ですね。
 私はそういう日本人、日本という国が大好きです。

Amazon 東方求聞口授 ~ Symposium of Post-mysticism.

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コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

投稿: 職務経歴書 | 2012.07.09 12:22

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