大宮八幡宮薪能〜藤戸
昨年に続きまして、杉並大宮八幡にて薪能を鑑賞。今年もまた、東日本大震災でお亡くなりになった方々への慰霊の意味をこめた作品が取り上げられました。
昨年の「隅田川」も本当に素晴らしかった。心震える体験というのはああいうことを言うのでしょう。「場」としての能、本来の意味におけるエンターテインメント(つなぐもの)としての能を体感させていただきました。
そして、今年の「藤戸」も、なんとも言語には尽くせない素晴らしさがありました。
昨年書いたように、世阿弥の「ものまね」についての私の解釈は「霊(モノ)招(マネ)」という字を当てると分かりやすいと思います。モノ、特に死者の霊を演者が自らに招き入れ、メディアとなって「今」「ここ」に伝えるのです。
そういう意味で、今年の野村四郎さんシテの「藤戸」は本当にすごかった。「鬼気迫る」と言いますが、まさに「鬼(モノ)」の気がこちらに迫って来ました。
「激しい哀しみ」というものがあるのだ、いや、本来「哀しみ」とは激しいものなのだと教えられたような気がします。
「藤戸」は平家物語に題材をとった作品ですが、そこに伝えられる「哀しみ」は原典を大きくはみ出して、より物語的でありながら、より現実的です。
罪のない(いやそれどころか功のあった)我が子を殺された老女(前シテ)。彼女は演劇としては生きた人間の表現であるとは言え、私たち観る者(特に現代の観客)にとっては、既に霊的な存在です。そこに現れた「哀しみ」は、時代や理由を超えて、普遍的な「愛」の陰影として胸に迫ります。
野村四郎さんの、恐ろしいまでのコントラストを配した舞…いや、それはもう舞というよりも一つの必然的な運動とも言うべきか…に、思わず鳥肌が立ってしまいました。
ちょうど、今日は、朝は禅にどっぷりつかり、昼はバロックの練習でバッハなどを弾きましたが、変な話、能=禅+バロックだなと直感しましたね。無駄を排することによって生じる明暗、コントラストという意味においてです。それは形の上ではものすごくフィクショナルでありながら、同時にリアルであるという不思議さ。
そして、後半登場する殺された男の亡霊(後シテ)。これがまたすごかった。様々な感情を押し殺すような静寂と、途中、絶命現場の再現シーンでの激しさとのコントラスト、そして、悪神から成仏へのコントラストもまた、あまりにリアルでぞっとしてしまいした。
野村四郎先生の「哀しみ」の表現は天下一品ですね。ただの「哀しみ」ではなく、そこにこめられた「怒り」や「恨み」、そして「救済への願い」のようなものがしっかり表現されていたと思います。
「藤戸」全体と、その前の狂言「鬼瓦」とのコントラストも良かった。こうした明暗といいますか、両極端の間に私たちを漂わせるのが、能・狂言の魅力なのかもしれません。
教え子が地謡で登場した舞囃子「小袖曾我」では、また違ったコントラストを味わわせていただきました。父子の対比です。世阿弥(観阿弥)の語るごとく、それぞれの年齢においてそれぞれの花のあることを再確認できました。
深い世界ですね。深いというのは難しいということではありません。見方、いや、感じ方が分かると、どんどん深い世界に連れて行ってもらえるということです。「ものまね=招霊」という本質に気づいた今、私もその「場」に参加することが許されたような気がします。
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