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2012.05.31

ヤマブキとシロヤマブキ

 士北麓にも夏の気配がやってまいりました。我が家の庭にもウグイスやホトトギスの鳴き声が響き、いろとりどりの花が咲き始めております。
 今日は我が家の庭と裏の家の庭(笑)の山吹を紹介しましょう。
 我が家には黄色の普通のヤマブキがたった一株地味に、そして裏のお宅には真っ白なシロヤマブキが今を盛りとばかり大量に咲いています。
 一見よく似た両者ですが、実は決定的な違いがあります。単なる色違いではないのです。それぞれの写真を御覧ください。分かりますでしょうか。

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 そうです。なんと花びらの数が違うんですよ。あまりに露骨な違いですね。黄色いヤマブキは花弁が5枚、白いシロヤマブキは4枚なんです。
 シロヤマブキのタネ(果実)は真っ黒くてつやつやしています。夏になった昨年のタネがまだ残っています。下の写真にも写っていますね。

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 葉の形も非常によく似ていますが、その配置が違います。ヤマブキは互い違いにはえていますが、シロヤマブキは向かい合わせにはえています。
 両方ともバラ科ですが、ヤマブキはヤマブキ属、シロヤマブキはシロヤマブキ属ということで、ほとんど違う種類と考えたほうがいいようです。
 ちなみにシロヤマブキはレッドリスト(絶滅危惧種)に入っています。自生しているのは西日本と朝鮮半島の一部だけのようです。まあ、裏の庭を見るかぎり、なかなかの生命力だと思うのですが。
 裏のお宅、去年まではシロヤマブキは咲いていなかったと記憶しています。植えてから3年で開花するということなので、今年初めて咲いたのかもしれません。
 ウチの庭は実に無粋で無味乾燥な荒地(?)なのですが、四方のお宅が素晴らしい手入れの行き届いたお庭をお持ちなので、そのおこぼれをこうしてありがたく頂戴して鑑賞させていただいております(笑)。
 


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2012.05.30

追悼 新藤兼人

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 た寂しい追悼記事を書かねばなりません。今年は多いなあ。大きな影響を受けた方が亡くなる。
 つまり、私は若い時、この世代の方々の生き方や創りだしたものに憧れ、多くを学び取っていたのでしょう。
 いよいよ、自分も当時の彼らと同じような歳になろうとしています。はたして、そういう先輩、先達になれるのでしょうか。はなはだ心もとない。
 新藤兼人さん、彼の昭和の作品は、脚本を担当した作品も含めてほとんど観ていると思います。個人的には「悪党」、「竹山ひとり旅」、「北斎漫画」などがお気に入りでした。
 しかし、やはり「裸の島」の衝撃は格別でしたね。新しい無声映画時代の幕開けだと感じました。喧騒の時代にあえて臨んだ無言の世界は、現代的「禅」そのものでした。
 しかし、無言は沈黙とは違います。
 そう、では林光の音楽は?という問いかけにも、私たちは答えなければなりません。映画鑑賞者でありながら、我々は観る者ではなく「聴く者」になっているんですね。
 それほど、林光の音楽は、ある意味で饒舌だったわけです。その無意味の意味に私たちの脳ミソは混乱します。音楽はやはり言語なのか?では、自然音は?
 そうしているうちに、私たちの目の前で繰り広げられる「映画」という視覚情報…ただし乱暴なまでに日常的な営みの描写…の存在を再認識するんですよね。あっそうだ、これは「映画」だったと。観なきゃ、映像の意味を、ストーリーを追わなきゃと。
 そうして、本来的な映画の構造をぶち壊して我々を混乱させることこそ、インディペンデントの革命精神そのものでありましょう。
 こちらで全編観る(聴く)こと、いや体験することができますのでぜひ。私も改めて体験してみます。
 インディーズはいつかメジャーになり、100歳にして巨匠と呼ばれるようになりました。歴史はそうして動いていくのですね。
 ああ、そうそう、新藤兼人さんのお孫さんって、今やインディーからメジャーになりつつある、あの文化系プロレス団体DDTのリンクアナウンサーなんですよね。なんかとても象徴的ですね。

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2012.05.29

演奏会案内!…6/2横浜

 週の土曜日の話です。
 もうちょっと早く告知しておけば良かったかな。ここ数年続けて参加させていただいている、アンサンブル山手・バロッコの演奏会です。
 今年もまた、本校の横浜遠足&芸術鑑賞会を兼ねて…つまり、ある意味公私混同というか職権乱用というか(笑)ですね。
 今回はワタクシは比較的地味にTuttiの2ndヴァイオリンで2曲弾かせていただきます。チラシをご覧ください。
 なかなか魅力的なプログラムですよね。王道です。テレマン、ヘンデル、バッハ。


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 いつものとおり、朝岡さんの楽しく分かりやすいお話と、第一線で活躍するソリストの皆さんの素晴らしい歌と演奏に支えられ、ワタクシどもアマチュアもまた至福のときを過ごさせていただきます。
 そういう「幸せ感」を共有できればと思っています。

↓click!
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 チケットご入用の方はメールにてご連絡ください。

 アンサンブル山手バロッコ公式

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2012.05.28

『天災と国防』 寺田寅彦

E0171614_983480 日も時間がないので、他人のフンドシでブログを書きます。
 先ほど、プライムニュースで「活断層」の特集をやっておりました。原発が活断層の真上に造られていた!っていうやつですね。
 まあ、探せば日本中(地中も含めて)活断層と火山とプレートのアスペリティーだらけで、安全な場所なんかないことになってしまいますね。
 そんな、ある意味誰でも分かることをあえて無視して築き上げたのが、近代日本というか戦後の現代日本であります。まさに砂上の楼閣、いや、砂より危ないな。脆いだけじゃないから。
 で、番組の最後に、寺田寅彦の言葉が紹介されていました。この「天災と国防」の一部です。
 私も初めて読みましたけれども、本当にこれは教科書にでも載せたい文章ですね。日本人なら常に意識していなければならないことが書かれています。
 やはり、単なる「科学者」ではないですね、寺田寅彦は。最後は大和魂ですからね。日本語も巧み。明治以降、そして戦後、我々が何を得て、何を失ったのか。いろいろ考えさせられる文章です。
 「天災」といい、「国際的折衝の難関」といい、まさに「非常時」に突入した私たちへの、先人の大切なメッセージだと思います。
 初出は昭和9年(1934年)の「経済往来」だそうです。では、皆さん、ぜひご熟読ください。




  天災と国防  寺田寅彦


「非常時」というなんとなく不気味なしかしはっきりした意味のわかりにくい言葉がはやりだしたのはいつごろからであったか思い出せないが、ただ近来何かしら日本全国土の安寧を脅かす黒雲のようなものが遠い水平線の向こう側からこっそりのぞいているらしいという、言わば取り止めのない悪夢のような不安の陰影が国民全体の意識の底層に揺曳ようえいしていることは事実である。そうして、その不安の渦巻うずまきの回転する中心点はと言えばやはり近き将来に期待される国際的折衝の難関であることはもちろんである。

 そういう不安をさらにあおり立てでもするように、ことしになってからいろいろの天変地異がくびすを次いでわが国土を襲い、そうしておびただしい人命と財産を奪ったように見える。あの恐ろしい函館はこだての大火や近くは北陸地方の水害の記憶がまだなまなましいうちに、さらに九月二十一日の近畿きんき地方大風水害が突発して、その損害は容易に評価のできないほど甚大じんだいなものであるように見える。国際的のいわゆる「非常時」は、少なくも現在においては、無形な実証のないものであるが、これらの天変地異の「非常時」は最も具象的な眼前の事実としてその惨状を暴露しているのである。

 一家のうちでも、どうかすると、直接の因果関係の考えられないようないろいろな不幸が頻発ひんぱつすることがある。すると人はきっと何かしら神秘的な因果応報の作用を想像して祈祷きとう厄払やくばらいの他力にすがろうとする。国土に災禍の続起する場合にも同様である。しかし統計に関する数理から考えてみると、一家なり一国なりにある年は災禍が重畳しまた他の年には全く無事な回り合わせが来るということは、純粋な偶然の結果としても当然期待されうる「自然変異ナチュラルフラクチュエーション」の現象であって、別に必ずしも怪力乱神を語るには当たらないであろうと思われる。悪い年回りはむしろいつかは回って来るのが自然の鉄則であると覚悟を定めて、良い年回りの間に充分の用意をしておかなければならないということは、実に明白すぎるほど明白なことであるが、またこれほど万人がきれいに忘れがちなこともまれである。もっともこれを忘れているおかげで今日を楽しむことができるのだという人があるかもしれないのであるが、それは個人めいめいの哲学に任せるとして、少なくも一国の為政の枢機に参与する人々だけは、この健忘症に対する診療を常々怠らないようにしてもらいたいと思う次第である。

 日本はその地理的の位置がきわめて特殊であるために国際的にも特殊な関係が生じいろいろな仮想敵国に対する特殊な防備の必要を生じると同様に、気象学的地球物理学的にもまたきわめて特殊な環境の支配を受けているために、その結果として特殊な天変地異に絶えず脅かされなければならない運命のもとに置かれていることを一日も忘れてはならないはずである。

 地震津波台風のごとき西欧文明諸国の多くの国々にも全然無いとは言われないまでも、頻繁ひんぱんにわが国のように劇甚げきじんな災禍を及ぼすことははなはだまれであると言ってもよい。わが国のようにこういう災禍の頻繁であるということは一面から見ればわが国の国民性の上に良い影響を及ぼしていることも否定し難いことであって、数千年来の災禍の試練によって日本国民特有のいろいろな国民性のすぐれた諸相が作り上げられたことも事実である。

 しかしここで一つ考えなければならないことで、しかもいつも忘れられがちな重大な要項がある。それは、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実である。

 人類がまだ草昧そうまいの時代を脱しなかったころ、がんじょうな岩山の洞窟どうくつの中に住まっていたとすれば、たいていの地震や暴風でも平気であったろうし、これらの天変によって破壊さるべきなんらの造営物をも持ち合わせなかったのである。もう少し文化が進んで小屋を作るようになっても、テントか掘っ立て小屋のようなものであって見れば、地震にはかえって絶対安全であり、またたとえ風に飛ばされてしまっても復旧ははなはだ容易である。とにかくこういう時代には、人間は極端に自然に従順であって、自然に逆らうような大それた企ては何もしなかったからよかったのである。

 文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子におりを破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊ほうかいさせて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである、災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである。

 もう一つ文明の進歩のために生じた対自然関係の著しい変化がある。それは人間の団体、なかんずくいわゆる国家あるいは国民と称するものの有機的結合が進化し、その内部機構の分化が著しく進展して来たために、その有機系のある一部の損害が系全体に対してはなはだしく有害な影響を及ぼす可能性が多くなり、時には一小部分の傷害が全系統に致命的となりうる恐れがあるようになったということである。

 単細胞動物のようなものでは個体を切断しても、各片が平気で生命を持続することができるし、もう少し高等なものでも、肢節しせつを切断すれば、その痕跡こんせきから代わりが芽を吹くという事もある。しかし高等動物になると、そういう融通がきかなくなって、針一本でも打ち所次第では生命を失うようになる。

 先住アイヌが日本の大部に住んでいたころにたとえば大正十二年の関東大震か、今度の九月二十一日のような台風が襲来したと想像してみる。彼らの宗教的畏怖いふの念はわれわれの想像以上に強烈であったであろうが、彼らの受けた物質的損害は些細ささいなものであったに相違ない。前にも述べたように彼らの小屋にとっては弱震も烈震も効果においてたいした相違はないであろうし、毎秒二十メートルの風も毎秒六十メートルの風もやはり結果においてほぼ同等であったろうと想像される。そうして、野生の鳥獣が地震や風雨に堪えるようにこれら未開の民もまた年々歳々の天変を案外楽にしのいで種族を維持して来たに相違ない。そうして食物も衣服も住居もめいめいが自身の労力によって獲得するのであるから、天災による損害は結局各個人めいめいの損害であって、その回復もまためいめいの仕事であり、まためいめいの力で回復し得られないような損害は始めからありようがないはずである。

 文化が進むに従って個人が社会を作り、職業の分化が起こって来ると事情は未開時代と全然変わって来る。天災による個人の損害はもはやその個人だけの迷惑では済まなくなって来る。村の貯水池や共同水車小屋が破壊されれば多数の村民は同時にその損害の余響を受けるであろう。

 二十世紀の現代では日本全体が一つの高等な有機体である。各種の動力を運ぶ電線やパイプやが縦横に交差し、いろいろな交通網がすきまもなく張り渡されているありさまは高等動物の神経や血管と同様である。その神経や血管の一か所に故障が起こればその影響はたちまち全体に波及するであろう。今度の暴風で畿内きない地方の電信が不通になったために、どれだけの不都合が全国に波及したかを考えてみればこの事は了解されるであろう。

 これほどだいじな神経や血管であるから天然の設計に成る動物体内ではこれらの器官が実に巧妙な仕掛けで注意深く保護されているのであるが、一国の神経であり血管である送電線は野天に吹きさらしで風や雪がちょっとばかりつよく触れればすぐに切断するのである。市民の栄養を供給する水道はちょっとした地震で断絶するのである。もっとも、送電線にしても工学者の計算によって相当な風圧を考慮し若干の安全係数をかけて設計してあるはずであるが、変化のはげしい風圧を静力学的に考え、しかもロビンソン風速計で測った平均風速だけを目安にして勘定したりするようなアカデミックな方法によって作ったものでは、弛張しちょうのはげしい風の息の偽週期的衝撃に堪えないのはむしろ当然のことであろう。

 それで、文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟ひっきょうそういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の顛覆てんぷくを忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。

 しかし昔の人間は過去の経験を大切に保存し蓄積してその教えにたよることがはなはだ忠実であった。過去の地震や風害に堪えたような場所にのみ集落を保存し、時の試練に堪えたような建築様式のみを墨守して来た。それだからそうした経験に従って造られたものは関東震災でも多くは助かっているのである。大震後横浜よこはまから鎌倉かまくらへかけて被害の状況を見学に行ったとき、かの地方の丘陵のふもとを縫う古い村家が存外平気で残っているのに、田んぼの中に発展した新開地の新式家屋がひどくめちゃめちゃに破壊されているのを見た時につくづくそういう事を考えさせられたのであったが、今度の関西の風害でも、古い神社仏閣などは存外あまりいたまないのに、時の試練を経ない新様式の学校や工場が無残に倒壊してしまったという話を聞いていっそうその感を深くしている次第である。やはり文明の力を買いかぶって自然を侮り過ぎた結果からそういうことになったのではないかと想像される。新聞の報ずるところによると幸いに当局でもこの点に注意してこの際各種建築被害の比較的研究を徹底的に遂行することになったらしいから、今回のにがい経験がむだになるような事は万に一つもあるまいと思うが、しかしこれは決して当局者だけに任すべき問題ではなく国民全体が日常めいめいに深く留意すべきことであろうと思われる。

 小学校の倒壊のおびただしいのは実に不可思議である。ある友人は国辱中の大国辱だと言って憤慨している。ちょっと勘定してみると普通家屋の全壊百三十五に対し学校の全壊一の割合である。実に驚くべき比例である。これにはいろいろの理由があるであろうが、要するに時の試練を経ない造営物が今度の試験で[#「試験で」は底本では「試練で」]みごとに落第したと見ることはできるであろう。

 小学校建築には政党政治の宿弊に根を引いた不正な施工がつきまとっているというゴシップもあって、小学生を殺したものは○○議員だと皮肉をいうものさえある。あるいは吹き抜き廊下のせいだというはなはだ手取り早で少し疑わしい学説もある。あるいはまた大概の学校は周囲が広い明き地に囲まれているために風当たりが強く、その上に二階建てであるためにいっそういけないという解釈もある。いずれもほんとうかもしれない。しかしいずれにしても、今度のような烈風の可能性を知らなかったあるいは忘れていたことがすべての災厄さいやくの根本原因である事には疑いない。そうしてまた、工事に関係する技術者がわが国特有の気象に関する深い知識を欠き、通り一ぺんの西洋直伝じきでんの風圧計算のみをたよりにしたためもあるのではないかと想像される。これについてははなはだ僣越せんえつながらこの際一般工学者の謙虚な反省を促したいと思う次第である。天然を相手にする工事では西洋の工学のみにたよることはできないのではないかというのが自分の年来の疑いであるからである。

 今度の大阪おおさか高知こうち県東部の災害は台風による高潮のためにその惨禍を倍加したようである。まだ充分な調査資料を手にしないから確実なことは言われないが、最もひどい損害を受けたおもな区域はおそらくやはり明治以後になってから急激に発展した新市街地ではないかと想像される。災害史によると、難波なにわ土佐とさの沿岸は古来しばしば暴風時の高潮のためになぎ倒された経験をもっている。それで明治以前にはそういう危険のあるような場所には自然に人間の集落が希薄になっていたのではないかと想像される。古い民家の集落の分布は一見偶然のようであっても、多くの場合にそうした進化論的の意義があるからである。そのだいじな深い意義が、浅薄な「教科書学問」の横行のために蹂躙じゅうりんされ忘却されてしまった。そうして付け焼き刃の文明に陶酔した人間はもうすっかり天然の支配に成功したとのみ思い上がって所きらわず薄弱な家を立て連ね、そうしてまくらを高くしてきたるべき審判の日をうかうかと待っていたのではないかという疑いも起こし得られる。もっともこれは単なる想像であるが、しかし自分が最近に中央線の鉄道を通過した機会に信州しんしゅう甲州こうしゅうの沿線における暴風被害を瞥見べっけんした結果気のついた一事は、停車場付近の新開町の被害が相当多い場所でも古い昔から土着と思わるる村落の被害が意外に少ないという例の多かった事である。これは、一つには建築様式の相違にもよるであろうが、また一つにはいわゆる地の利によるであろう。旧村落は「自然淘汰しぜんとうた」という時の試練に堪えた場所に「適者」として「生存」しているのに反して、停車場というものの位置は気象的条件などということは全然無視して官僚的政治的経済的な立場からのみ割り出して決定されているためではないかと思われるからである。

 それはとにかく、今度の風害が「いわゆる非常時」の最後の危機の出現と時を同じゅうしなかったのは何よりのしあわせであったと思う。これが戦禍と重なり合って起こったとしたらその結果はどうなったであろうか、想像するだけでも恐ろしいことである。弘安こうあんの昔と昭和の今日とでは世の中が一変していることを忘れてはならないのである。

 戦争はぜひとも避けようと思えば人間の力で避けられなくはないであろうが、天災ばかりは科学の力でもその襲来を中止させるわけには行かない。その上に、いついかなる程度の地震暴風津波洪水こうずいが来るか今のところ容易に予知することができない。最後通牒さいごつうちょうも何もなしに突然襲来するのである。それだから国家を脅かす敵としてこれほど恐ろしい敵はないはずである。もっともこうした天然の敵のためにこうむる損害は敵国の侵略によって起こるべき被害に比べて小さいという人があるかもしれないが、それは必ずしもそうは言われない。たとえば安政元年の大震のような大規模のものが襲来すれば、東京から福岡ふくおかに至るまでのあらゆる大小都市の重要な文化設備が一時に脅かされ、西半日本の神経系統と循環系統に相当ひどい故障が起こって有機体としての一国の生活機能に著しい麻痺症状まひしょうじょう惹起じゃっきする恐れがある。万一にも大都市の水道貯水池の堤防でも決壊すれば市民がたちまち日々の飲用水に困るばかりでなく、氾濫はんらんする大量の流水の勢力は少なくも数村を微塵みじんになぎ倒し、多数の犠牲者を出すであろう。水電の堰堤えんていが破れても同様な犠牲を生じるばかりか、都市は暗やみになり肝心な動力網の源が一度にれてしまうことになる。

 こういうこの世の地獄の出現は、歴史の教うるところから判断して決して単なる杞憂きゆうではない。しかも安政年間には電信も鉄道も電力網も水道もなかったから幸いであったが、次に起こる「安政地震」には事情が全然ちがうということを忘れてはならない。

 国家の安全を脅かす敵国に対する国防策は現に政府当局の間で熱心に研究されているであろうが、ほとんど同じように一国の運命に影響する可能性の豊富な大天災に対する国防策は政府のどこでだれが研究しいかなる施設を準備しているかはなはだ心もとないありさまである。思うに日本のような特殊な天然の敵を四面に控えた国では、陸軍海軍のほかにもう一つ科学的国防の常備軍を設け、日常の研究と訓練によって非常時に備えるのが当然ではないかと思われる。陸海軍の防備がいかに充分であっても肝心な戦争の最中に安政程度の大地震や今回の台風あるいはそれ以上のものが軍事に関する首脳の設備に大損害を与えたらいったいどういうことになるであろうか。そういうことはそうめったにないと言って安心していてもよいものであろうか。

 わが国の地震学者や気象学者は従来かかる国難を予想してしばしば当局と国民とに警告を与えたはずであるが、当局は目前の政務に追われ、国民はその日の生活にせわしくて、そうした忠言に耳をかすいとまがなかったように見える。誠に遺憾なことである。

 台風の襲来を未然に予知し、その進路とその勢力の消長とを今よりもより確実に予測するためには、どうしても太平洋上ならびに日本海上に若干の観測地点を必要とし、その上にまた大陸方面からオホツク海方面までも観測網を広げる必要があるように思われる。しかるに現在では細長い日本島弧にほんとうこの上に、言わばただ一連の念珠のように観測所の列が分布しているだけである。たとえて言わば奥州街道おうしゅうかいどうから来るか東海道から来るか信越線から来るかもしれない敵の襲来に備えるために、ただ中央線の沿線だけに哨兵しょうへいを置いてあるようなものである。

 新聞記事によると、アメリカでは太平洋上に浮き飛行場を設けて横断飛行の足がかりにする計画があるということである。うそかもしれないがしかしアメリカ人にとっては充分可能なことである。もしこれが可能とすれば、洋上に浮き観測所の設置ということもあながち学究の描き出した空中楼閣だとばかりは言われないであろう。五十年百年の後にはおそらく常識的になるべき種類のことではないかと想像される。



 人類が進歩するに従って愛国心も大和魂やまとだましいもやはり進化すべきではないかと思う。砲煙弾雨の中に身命をして敵の陣営に突撃するのもたしかにたっと日本魂やまとだましいであるが、○国や△国よりも強い天然の強敵に対して平生から国民一致協力して適当な科学的対策を講ずるのもまた現代にふさわしい大和魂の進化の一相として期待してしかるべきことではないかと思われる。天災の起こった時に始めて大急ぎでそうした愛国心を発揮するのも結構であるが、昆虫こんちゅうや鳥獣でない二十世紀の科学的文明国民の愛国心の発露にはもう少しちがった、もう少し合理的な様式があってしかるべきではないかと思う次第である。

(昭和九年十一月、経済往来)

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2012.05.27

追悼 吉田秀和

20120528_123616 「曲のたのしみ。吉田秀和。僕は先週の22日に突然死んじゃった」
 「亡くなった」と書かないのは、彼自身、人の死の事実に対して、決して「亡くなった」と言わなかったからです。「死んだ」と言うんですね。そこには彼はこだわりを持っていた。だから、私もあえて「死んだ」と書かせていただきます。
 先々週、本当に久しぶりに「名曲のたのしみ」を生で聴いて、あれ〜吉田秀和、いったい何歳なんだ?と思ったばかりだったのになあ。たぶん20年ぶりくらいにフルで番組聴きましたよ。ラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番。初めて聴いてしまいました。「四分の三(しぶんのさん)拍子」…最後の吉田節になりました。
 彼の音楽評論にはほとんど興味がありませんでした。あえて避けてきた部分もあるなあ。音楽の内容と体験を言語化することに、昔は非常に抵抗がありました。今では、このブログでさんざん書き散らしていますが。
 いや、そういう意味ではライバルだったのでしょうか(笑)。小林秀雄に対する拒否反応と一緒かなあ。もちろん、私と彼らのレベルは違いすぎるわけですけど、どこか軍門に下りたくない自分がいたのも事実です。
 案外に古楽やピリオド楽器演奏にも理解が深い方でしたね。たしかにそういう懐の深さというか、広さは持っていたかもしれません。
 とはいえ、私はほとんど彼の音楽評論を読んだことがないのは事実です。どちらかというと、大学入試の国語の本文で文明論などを読んだ記憶しかありません。
 あとは相撲かなあ。彼の相撲論は、私の中の音楽論やプロレス論と重なります。そこはなんとなく不思議かも。実は影響受けてるとか。

『相撲は勝ち負けがすべてではない。鍛えに鍛えて艶光りする肉体同士が全力を挙げてぶつかる時、そこに生まれる何か快いもの、美しく燃えるもの。瞬時にして相手の巨体を一転さす技の冴え、剛力無双、相手をぐいぐい土俵の外に持ってゆく力業。そういった一切を味わうのが相撲の醍醐味。
 それに花道の奥から現れ、土俵下にどっかと座り腕組みして、自分の取組を待つ姿から土俵上の格闘を経て、また花道をさがってゆく。その間の立ち居振る舞いの一切が全部大事なのだ』

 そして、彼の昭和臭ぷんぷんの日本語にも影響を受けたかもしれません。彼一流のなんとも嘘臭い文体(内容ではない)、正直好きだなあ。
 98歳。突然の死。ある意味彼らしい。たっぷり時間をかけて豊かな言葉を大量に残し、そして最後はあっさりと。「それじゃまた来世。さよなら」

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2012.05.26

「怒り」=「生かり」

Gedc3611 駄ヶ谷で来週の横浜コンサートの練習を終え、水道橋はTDCホールへ。今日はIGFプロレスリングの大会、GENOME20を観戦です。
 リングのすぐ近く、選手入場ゲートのすぐ横という素晴らしい位置で試合を堪能しました。う〜ん、なかなか面白かった。どういう展開になるのか、どういう結果になるのか、全く予想できないのがIGFの面白さ。
 逆に言えば、これはプロレスなのだろうか…という試合もないでもないのですが(笑)。まあ、他の団体が予定調和に流れる中で、ある意味ホンモノの闘いがあるのはこのリングなのかもしれません。
 試合経過や結果はこちらでどうぞ。
 今日は試合後、なんとテレビの実況をされていた山口雅史さん、解説の流智美さん、そしてGMの宮戸優光さん、さらにプロレスの生き字引的なファンの皆さんと打ち上げ。まあ、面白かったなあ。皆さんマニアックすぎます(笑)。まあ深い世界ですよ、私ら夫婦なんか全然ヒヨっ子です。
 そこで充分試合に関する感想やら反省やらをお聞きしてしまったので、今さら何かを書くのもなあ…はばかられます。というか、今日も話したんですが、「IGFを観た日のプログが一番難しい!(一同爆笑)」なんですよ。
 で、今日は、ある意味今日のベストバウト(?)との呼び声高かった「猪木劇場」で感じたことを書きましょう。
 「バカヤロー!!」…いやあ、今日の猪木さんは怒ってましたねえ。経済産業省やら、そこの大臣やらに「怒り」が爆発していました。なんかそれが私にはものすごく刺激的でした。なんというか、それこそ「元気」をもらったというか。
 やっぱり今の世の中、猪木さんが言うように、「怒り」が足りないような気がします。そのへんについて、私の専門である日本語学的な視点からお話ししましょう。
 さっきですねえ、「怒ってましたねえ」と打とうとしたら、「起こってましたねえ」と変換されました。いや、実はこれが語源なんですよ。「怒る」は「起こる」なんです。何かが内側から起こってくるんです。
 これって、私の言う「モノ」世界なんですよ。ロゴスやエトスではなくパトス(パッション=受動)。勝手に湧き上がってくるわけです。それはすなわち「他者」なんですね。自分じゃないんです。
 カミさんが言うには、秋田には「怒る」という意味で「ごしゃぐ」という言葉があるそうです。そして、実際には「ごしゃげでぐる(ごしゃげて来る)」という言い方をされることが多いとのこと。また、「おぎでぐる(起きてくる)」というような言い方もするとか。
 すなわち、「怒り」は向こうから「来る」ものなのです。まさに「モノ」ですね。「もののけ」が騒ぐわけです。
 「怒り(いかり)」という言葉はどうでしょうか。これは語源がよく分かっていないのですが、その語感からして、「すぶ」→「すばる」とか、「つむ」→「つまる」とかと同様に、「いく」→「いかる」という変化が予想されます。
 もともとこれらは、それぞれの未然形に自発の「る」がついたものだと考えられます(助動詞の「る」とは活用が異なりますが、そのへんの説明は割愛)。日本語の「る」という音は他者性の高い音です。なにしろ、日本語には「らりるれろ」で始まる単語がないんですから(ラーメンもリンゴもルリもレンコンもロウソクも漢語すわなち中国語です)。
 つまり、自分の意志に反して「いく」のが「いかる」なのですね。では、「いく」とは何か。これはおそらく「生く」でしょう。「行く」の可能性もありますが、ここでは「行く」と「生く」も関係してくるので、今日はあえて「生く」で話を進めます。四段活用の「生く」ですね。今でも「生ける屍」とか言うじゃないですか。あれです。
 すなわち「怒り」とは「生かり」であると。自然と生きる力が湧いてくるということですよ。生きていくため、行動する(「行く」)ためには「怒り」が必要なのです。
 猪木さんが言うように、今の世の中に「怒り」が足りないとすれば、これはまさに日本が生命力を失っているということですよ。バイタリティーがなくなっている。行動力、一歩踏み出す力がない。だから「道」もなくなっているのです。
 いけませんね。学校の先生なんてひどいですよ。「怒ってはいけない。叱りなさい」とか、いかにもそれらしい中身のないことを信じている先生がたくさんいます。はぁ?っていう感じです。怒る時は本気で、命懸けで怒らないと!
 親だってそうです。多少批判もされましたが(ほとんどは賛同してくれました)、「人間関係の修復力について」という記事での出来事。私は自分の子どもだからこそ、「叱る」のではなく「怒る」ことを選びたいと思います。
 今日は試合からも、また猪木さんの言葉とオーラからも「怒り」=「生かり」をたくさんいただきました。私も「怒り」を忘れず、しっかり行動し、しっかり生きていきたいと思います。どんどん「モノ」が湧いてきてほしいですよ。

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2012.05.25

2万円台で車載非常用ソーラー電源システムを構築する

ソーラーカー(?)完成!
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車内で常にスマホやデジカメの充電ができるだけでも便利。
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 しくて更新が遅れました。すみません。忙しい理由の一つがこれ(笑)。
 自分へのミッションであります。
 「来るべき災害に備え、太陽光発電による非常用電源システムを格安で構築せよ。できれば3万円以内」
 いずれ必ず噴火する、あるいは崩壊する富士山に住んでおりますし、関東や東海などの大地震の発生も予想されますからね。去年の東日本大震災の際、電気がないとあれほど不便で不安であることを体験したわけですから、自分の生活や家族を守るためにも、こういうシステムは早期に構築しておかねば思っておりました。
 加えて、自動車を簡易避難所として利用できるようにしようとも考えました。富士山が有事となることが予想された場合(前兆があった場合)、当然自動車でどこかに避難することになりますから。
 まあ、それ以前に私は車中泊をよくするので、その時の電源確保という目的もありますね。つまり、非常時だけでなく、日常でも利用するわけですから、多少お金をかけてもいいと思いました。
 で、その「多少」をどのように設定するか…というのがポイント。そこはいかにもワタクシらしく、なんと市価の10分の1にしました(笑)。
 そう、だいたい一番安くても車載用のソーラーシステムって30万くらいしちゃうんですよね。しかし、さすがにそれは高すぎる(カミさんに言えない)。3万円以内なら、主婦でもその費用対効果を理解納得できるのではないか…なんとなくですけど。ま、それ以前に、私はそういう「ゲーム」が好きなんですよね。なるべく安く使えるモノを作るという。
 そして、ついに完成しました!いちおううまく稼働しております。今、いろいろテスト中です。
 皆さんもぜひ作ってみてください。なにかと便利で安心ですよ。車の中でAC電源(普通の100Vコンセント)が使えるとういだけでもいいですよ。ケータイやスマホの充電なんていくらでもできるし、パソコンやちょっととした電気器具はが使える安心。
 そして、面倒な充電(ディープサイクルバッテリーは頻繁に充電する必要がある)の手間が省けるというのが大きい。私のような無精者は週1回の充電すら怠って、結局非常時に使えなくなる公算が大ですからね。てか、絶対そうなる。それをお天道さまにお願いするというわけです。
 別に車に積まなくてもいいですよ。家の庭やベランダで充電してもいい。また、全体にとっても軽いシステムなので、子どもでも持ち運べます。キャンプの時なんかも役立ちそうですよね。
 というわけで、具体的な内容を紹介します。非常にシンプルですよ。
 まず、ソーラーパネルが異常なほどに安い!4,650円也。1ケタ間違ってるんじゃないのっていう製品です。でも、ちゃんと使えてますよ(笑)。

 写真とはデザインが違いました。一番上の車に載せた写真を御覧ください。

 それから、チャージコントローラー。逆流や過充電を防ぎます。必須。これも安い。送料込みで2,499円也!

 続きまして、バッテリーとインバーター、コンバーターが一体になったパワーコンボです。アウトレットで送料込み19,800円也!

 これら3点を結ぶケーブルはこちらを買って、テキトーな長さに切って使いました。こちらも送料込みで1,712円也。

 しめて約29,000円。3万円以内に抑えるという目的達成!
 とりあえずこれだけです。配線は5分で完了します。誰でもできますよ。
 使い勝手などはまた近いうちに記事にしたいと思います。


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2012.05.24

田植えという神事

Gedc3532 乙女や泥手にはさむ額髪(村上鬼城)
 今日は中学3年生が田植えをしました。今年の3年生は、めだかの学校の校長をされている勝俣源一さんに御指導いただき、無農薬での米作りに挑戦です。
 総合の日本文化を学ぶシリーズの総決算ですが、理科や社会、国語や技術家庭など、様々な教科の勉強にもなりますね。
 それにしてもですねえ、なんかとても神聖な感じがしましたよ。源一さんも米作りは神事だとおっしゃっていましたが、全くその通りだと思いました。
 純粋な魂を持つ子どもたちによる田植え。これは間違いなく「祭」でしたね。現代にも早乙女はいたのか。決して上手な田植えではなかったと思いますが、水と土と苗と太陽と風と子どもたちによる共同作業には、きっと魂がこもることでしょう。
 源一さんもおっしゃっていました。田植えのあとは、もうお天道さまにお願いするしかないと。ある意味祈るしかないということですね。
 昨日の話で言えば、「コト」を尽くして「モノ」を待つ、すなわち「人事を尽くして天命を待つ」ということですね。そういう姿勢ってとても大事だと思います。
 人事(コト)を尽くすということによって、自然(モノ)に影響を与えるのが、本来の「マツリゴト」であるとワタクシは思うのであります。
 ところで、今回お借りしている田んぼは、あの明見地区の、それも非常に神聖な場所にあるのです。子どもたちにはそういう話はしませんが、そうですねえ、こちらの私のインタビューをご覧いただけるといいかと思います。
 ちょいと(だいぶ)マニアックな話になってしまいますけれども、稲作と言えば、伊勢神宮の外宮に祀られている豊受大神を思い出しますよね。トヨウケビメは、別称として「大物忌(オオモノイミ)神」とも呼ばれます。偉大なる「モノ」を畏れる神ということですね。大物忌神は鳥海山の大物忌神社に祀られています。
 ちなみに倉稲魂(ウガノミタマ)尊、すなわち稲荷神も、豊受大神と同神とされる場合があります。やはり稲と関わりがあるのです。
 豊受姫命は国祖国常立大神の妻神として、出口王仁三郎の大本神話の中では特に重要な存在となっています。そして、インタビューにもあったとおり、富士山の艮にあたる明見という地区に残る神話と、遠く離れた丹波の大本神話の間には、不思議な符合点があるんです。
 そういう「霊的」なネットワークで結ばれたこの土地で、こうしてトヨウケビメにまつわる神事を、教え子たちと一緒に営むことができたことは、これは偶然とは思えませんね。
 源一さんも宮下文書について非常に詳しい方であり、今日も二人でいろいろな話で盛り上がりました。私自身もまたまた不思議なご縁を頂戴し、ありがたく思っているところです。
 さて、これからは草取りが大変です。自然と対話しながら、収穫の秋まで頑張りましょう。秋の稲刈りがすんだら、おにぎりパーティーや餅つきをしようと考えています。
 教室や教科書では学べない「モノ」をたくさん吸収してほしいですね。


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2012.05.23

恐山の院代が語る「死と生」

20120524_60325_2 「にたい=今の生き方がいや」「死にたいと思わないような人生は人生と呼べない」「転んだ時に励ましてくれる人がいるか」「夢と希望を持たなくても堂々と生きていた時代があった」「お金は走っていないと死んでしまう」「やりすごす」「すぐに結論付けない」「否定しない。つきあう」
 先週の放送でしたが、何度見ても(聞いても)面白いので、皆さんもぜひ。
 しばらくは動画で視聴可能ですし、その後はテキスト化されます。テキストで鑑賞するのもいいでしょうが、やはりこの南師の佇まいと物言い、そして、いつもと違って「う〜ん」とうなってばかりで質問できない反町さんの表情を味わってもらいたいなあ(笑)。

プライムニュース ハイライトムービー

テキスト

 おっしゃっていることは、ちょっと仏教をかじったことがある人からすれば、まあ普通のことですし、私「モノ・コト論」と非常に似た考え方ですね。というか、私の「モノ・コト論」はお釈迦様のおっしゃったことを自分なり(日本人なり)に解釈しなおしたものですから。
 だから結局、「コトよりモノ」の時代なんですよ。脳内で処理できる「コト」にばかり執着し奔走していた時代はもう終わりです。想定外の「モノ」の復権の時代です。バランスなんですよ、つまり。
 南さんは「モノ(想定外・不随意)」を「やりすごす」とおっしゃりました。たしかに「やりすごす」ことができない人が多いと感じます。「やりすごす」ためには「待つ」忍耐が必要だからです。忍耐がないと、すぐに「解釈」し、あるいは「否定」し、あるいは「無視」します。いけませんね。
 私は最近、「受け入れる」「やりすごす」どころか、「モノ(想定外・不随意)」を「楽しむ」までになっています。自分の脳ミソなんていうちっぽけな世界より、その補集合の方が無限に可能性があるからです。
 そうそう、「あなたには無限の可能性がある」「自分の無限の可能性を信じなさい」のような言い方ってよくされますよね。私はいつも変だと思っていました。なぜなら、一個人は絶対に有限だからです。それもかなりキャパが小さい容器です。だから、まあ、へそ曲がりのアマノジャクと言われますけど、「あなた以外には無限の可能性がある」「自分以外の無限の可能性を信じなさい」と教えます(笑)。
 「他力」とも言えますね。南さんのおっしゃる「誰か」の存在でしょうか。それは自分以外なので、それこそ無限にたくさんいる可能性があるわけで、それに気づくか気づかぬかで、幸福感というのは大きく変わってくると思います。
 自分の脳の有限性に気づく。これが現代人の課題です。
 南直哉さん、語り(説法)で存分にご自分の脳ミソ(思考・言語)にこだわって見せて、逆説的に「無常」「もののあはれ」を伝えようとしていますね。なるほど、そんなところも私に似ているかもしれません(笑)。

Amazon 恐山 死者のいる場所

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2012.05.22

追悼 ロビン・ギブ

 日のドナ・サマー、フィッシャー・ディースカウに続いて、青春の思い出のミュージシャンの訃報に触れることになりました。なんとも悲しいですね。
 ビー・ジーズのロビン・ギブが亡くなったそうです。2003年の弟のモーリスの急逝以後、双子のお兄ちゃん二人で活動していたビー・ジーズも、とうとうバリー一人になってしまいましたから、事実上の終焉を迎えたということになりましょうか。
 ドナ・サマーの記事でも書いたとおり、私はあまりディスコブームが好きではなかったので、どちらかと言うと、60年代ののどかなビー・ジーズが好きでした。
 この曲なんか、いいですよね。「ジョーク - I Started A Joke」。ロビンがメイン・ヴォーカルを務めています。

 へえ〜、日本でのライヴ映像もあるんだ。これなんか完全にロビンのソロとして演奏されていますね。

 のちにはバリーがメイン・ヴォーカルを取るようになり、それが原因で兄弟は仲違いしました。仲直りして、そしてブルー・アイド・ソウルに転向し、あの一大ブームを起こします。
 あの頃はあまり好きでなかったのですが、今聴くとやっぱり名曲ですね。「ステイン・アライヴ - Stayin' Alive」、作曲はバリーなのでしょうか。

 実はあの頃、私が「サタデー・ナイト・フィーバー」の中で一番好きだったのが、イヴォンヌ・エリマンの「If I Can't Have You」です。イヴォンヌって日系だったのですね。この曲も全米1位になっています。ポップで展開の早い、のちの音楽を予感させる曲です。

 そして、こちらがビー・ジーズによるヴァージョン。これもなかなかいいですね。

 20世紀、最もレコードを売った男の一人、ロビン・ギブさんのご冥福をお祈りします。

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2012.05.21

金環日食…だったのかな?w

Hl 35年間楽しみに待っていた金環日食ですが、まあなんとも皮肉なことに、私にとっては単なる部分日食となってしまいました(笑)。
 学校で観測会を行なったのですが、結論を言いますと、金環の時間帯だけ全く観ることができなかったのです。その前後はちゃんと見えていたのですが。
 今回は金環、それも月がかなり遠い(小さい)ので、周囲が極端に暗くなるようなこともなく、本当は部分日食だったんじゃないの?w的な…いや実際ですね、金環日食は正確に言うと部分日食ですしね。
 とまあ、そんなものでしょう。完全に曇ったり雨が降ったりして全く観られなかったワケではないので、これはこれで満足としましょう。
 生徒たちも金環の時間はテレビで鑑賞、その他は日食メガネや投影法、ピンホール、そして雲を透かしての肉眼での観察など、充分楽しんだようです。歓喜と感嘆の声がここかしこに上がっていました。
 私もデジカメで写真を撮りましたので、いくつか掲載しようと思います。手持ちでパシャパシャ撮った何の変哲もない写真ですけど…。

欠け始めました。自作望遠鏡で投影。
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雲を透かして肉眼で確認できるようになってきました。
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これはこれでなかなか味わい深いですな。
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ちょっとダイヤモンドリングっぽい?
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金環中は見えず、終わったらまた見えてきた(笑)。
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復活。
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こういう絵もなかなか神々しくてよろしい。
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だいぶ明るくなったので、フィルターを通して撮影。
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と思ったら、また雲が。
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だいぶ太くなったきました。
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私は戻っていくのを観るのが好きです。
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投影板を支えている棒はなんと「ヴァイオリンの弓」!w
反り具合がちょうどよい。
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6月6日の金星の太陽面通過の時に活躍してもらいましょう。
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 ということで以上です。なんだか35年待った甲斐があったのかなかったのか(笑)。人生とはそんなものでしょう。

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2012.05.20

「目には青葉山ほととぎす初かつお」の句碑(北杜市上教来石)

Gedc3346

 日は車を取りに駒ヶ根に行きました。また杖突峠を越えました。
 1ヶ月で3回諏訪方面に出かけております。いろいろあるんですよ。引き寄せられるように。そのへんについてはもう少し勉強してから書きますね。とりあえず、俗っぽい言い方をすると「ヤバい」っていう感じです(笑)。
 で、今日は途中山梨県(甲斐の国)と長野県(信濃の国)の県境(まさに国界と言います)付近で撮影したある「目には青葉山ほととぎす初かつお」の句碑を紹介しましょう。
 この句、皆さんよくご存知ですよね。作者の山口素堂の名を知らずとも、この俳句はほとんどの日本人が聞いたことがあるのではないでしょうか。
 まあ、これも語るといろいろあるんですが、実はワタクシ「山口」と、ここ(教来石)の出身とも言われる俳人山口素堂とは、どうも因縁がありそうなのです。また、そこに諏訪信仰も関わってくるし、諏訪信仰と富士信仰の交接も予感される。どうにも深みにはまりそうな感じなのであります。
 とりあえず、そのへんは置いといてですね、この句の紹介、季節的にはちょうど良かったかな。まさに初夏を感じさせる名物を並べた句ですからね。そんな分かりやすさから人気も出たのでしょうね。
 たしか初出は「目には青葉山郭公はつ鰹」という表記だったと思います。この方が漢字と平仮名のバランスがいいですね。シンメトリーになっている。
 この句碑では上記のような表記になっています。ほととぎすの「ぎ」は「ぎ」と書いているので、「はつがつお」とは読まないで、あえて「はつかつお」としたのでしょう。
 ちなみに歴史的仮名遣いに従うなら、「かつお」は「かつを」とすべきですから、これもあえて現代仮名遣いを採用したととるべきでしょう。
 さて、いったいこれを書いたのは誰か。実は今日の記事はここがポイントです。写真をよく見て下さい。

「越山 田中角栄 書」

 そうです。なななんと、この句をしたためたのはかの田中角栄なのです。「越山」とは角栄さんの雅号です。越山会もそこからつけられた名です。
 そして、その隣、もうお分かりですね。

「世話人 金丸信」

 今となっては、実に味わい深い(笑)お二人ではありませんか。すごいですよねえ。
 金丸信は現南アルプス市、旧白根町、もっと古く言えば中巨摩郡今諏訪の出身です。直接、教来石とは関係がないと思われますが、田中角栄まで引っ張りだすとは、何か裏があるのではないかと勘ぐってしまいます。
 まあ、全国田舎に行けば行くほど、こういう政治家の手による大仰な石碑が鎮座したりしてますからね。単にカネと名誉と開発の利害関係によって造られたものでありましょう。
 しかし、金丸信が「今諏訪」の出身だというのは面白い事実ですよね。本家諏訪地方にもけっこう頻繁に出入りしていたようですし、リニア実験線を山梨に誘致した際にも、将来的には諏訪を迂回させるつもりだったという噂もあります。いや、それどころか、国会を諏訪地方に移転させようと目論んでいたという伝説も…(笑)。
 昭和58年といえば中曽根内閣の時代。田中と金丸の関係も微妙な時期ですよねえ。ある時期の軋轢を越えて、ようやく仲直りを始めた頃でしょうか。そう考えると、このなんとものどかな句の味わいも変わって見えてくるというものです。
 この句碑は20号線沿いにありますが、今は立ち入り禁止になっている場所にあるので、近づいて鑑賞することができません。古くはドライブインがあり、少し前まではセブンイレブンがあった場所ですが、空き店舗とこの碑が空しく建っているだけです。なんとも時代の流れを感じます。諸行無常。
 ところで、この句碑の近くには、この句を刻んだ碑がほかにもいくつかあります。中には「目に青葉」と誤っているものもあったり(笑)。
 「目に青葉」では全く味わいのない句になってしまいますね。字余りが豊かな青葉を想起させる効果があるとともに、選択的にとりあげることを表す「は」という係助詞(副助詞)を使うことによって、言外に「耳には」「口には」「心には」を含ませているわけですから(たぶん)。
 皆さんもお近くを通った際にはぜひ見てみてください。いろいろな歴史と念が刻まれた石碑です。


大きな地図で見る

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2012.05.19

日食と天の岩戸伝説

↓皆神山の岩戸神社
Images うすぐ金環日食ですね。問題は天気。今のところあまり芳しくない。同じ曇りにしても、太陽が雲を透かして見える、あるいは雲間から時々太陽が姿を現すのか、それとも完全に太陽の姿が雲に隠されてしまうのか。
 大学時代なら、すぐに富士山に登ったところですが、今回は学校行事としての観測会も行いますから、そういうわけにもいきませんね。もうあとは祈るしかありません。
 祈ると言えば、日食と岩戸隠れ伝説の関係を思い出しますね。そう、日本神話における岩戸隠れと岩戸開き伝説を、実際の天文現象たる皆既日食を比喩したものであるという考え方があるんです。
 たしかに、今の我々は情報として、たとえば5月22日朝に金環日食が起きるということを「予知」していますが、昔の人にとっては突然の出来事。いきなり太陽が欠け始め、しまいには真っ黒になってしまう様子を見て、どれほど恐れたことでしょうか。
 おそらくは皆既が継続している数十秒間、あるいは数分間にわたって、皆で太陽の「復活」を祈ったことでしょう。そして、皆既が終了し、一条の光が差した瞬間の歓喜はどれほどだったか。そうした一連の「事件」が伝説となることは容易に想像されます。
 そうした点に注目して、天の岩戸伝説と歴史的な事実とを結びつける研究もなされています。
 たとえば、247年、248年と続けて起きたことが確認されている皆既日食と、卑弥呼の死および台与の即位を結びつけるものなど、なかなか面白いですよね。
 天文シミュレーションソフトが身近なものになり、シロウトでもかなり詳細に過去や未来の天文現象を確認できるようになったおかげで、歴史の謎が解かれようとしているとも言えますね。
 しかし、実はそんなに簡単には謎は解けないのでした。というのは、天文シミュレーションソフトには基本的な誤りがあるからです。
 我々シロウトが手に入れるそうしたソフトは、あくまでも現在のデータを元に製作されています。たとえば、地球の自転周期。現在、地球が1回転するのに必要な時間は約23時間56分4.06秒です。
 これがいつの時代も一定かというと、当然そんなことはありません。身近なところで言いますと、昨年の3.11の巨大地震によって、地球の自転は早くなり、1日の長さが1.8μ秒縮まったと発表されましたね。
 それ以前に、月の引力との関係で、地球の自転は基本的に遅くなっています。また、こちら古代の日食記録からの研究によるとによると、西暦500年頃と900年頃に急激に変化したことが分かるそうです。まあ、この研究は、今問題にしている「天文学から歴史学へのアプローチ」の反対の形であるわけで、結局その正確性は証明できませんがね。
 いずれにしても、一般的な天文ソフトによるシミュレーションだと、古代の天文現象には誤差が生じるということです。
 先ほど書いた、247年、248年の皆既日食に関しては、それぞれ皆既の状態で沈み、皆既の状態で昇ってきたという「ドラマチック」な仮説も立てられていました。しかし、国立天文台の最新の研究によると、247年、248年の皆既日食は、九州・畿内ともに見ることができなかったことが判明しています。歴史ファンタジーとしては残念な結果ですね(涙)。
 私もシロウトとして、天の岩戸伝説=日食の比喩という説を支持しますし、それが実際にどの日食のことなのか非常に気になります。まあ、なかなか分からないところがファンタジーなんでしょうね。
 ところで、今回は、皆既日食ではなく金環日食です。金環ではどのくらい暗くなるのか、あるいはほとんど暗さを感じないのか(こちらの目の調整機能もあるので)、そのあたりにも興味があります。曇っていると、逆にその暗さを感じることができるかもしません。曇っても雨が降っても日食は楽しめるのです。
 最後に、いちおう「日食と地震の関係」も参考にしてください。私はあまり心配してませんが。
 


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2012.05.18

追悼 フィッシャー・ディースカウ

 日のドナ・サマーに続き、天才的な歌手の訃報に触れる。
 ジャンルは違えど、お二人とも音楽史に偉大な功績を残し…というよりも、私の若かりし頃の音楽体験に強烈な印象を残しました。
 私のバッハ体験の端緒には、ディースカウのあの朗々たるバリトンが響き渡っておりました。
 特に印象に残っているのは、高校生の時に好んで聴いた、カール・リヒター指揮によるカンタータ集の中の、BWV82「Ich habe genug(我は満ちたれり)」です。
 1曲目がYouTubeにあったので改めて聴いてみましょう。
 ディースカウ自身は「Ich habe genug」だったのでしょうか。

 ディースカウはなかなかの色男だったようです。この低く甘い声でささやかれたら、世の女たちはひとたまりもないということでしょうか。
 BWV62には、あの有名なアリア「Schlummert ein, ihr matten augen(眠りなさい、疲れ果てた眼よ)」が含まれています。まさに「R.I.P」ですね。
 この死の美しさを予感させるアリアは、ご存知のとおりソプラノ用に編曲されて「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳」に収載されています。
 私はバス、ソプラノ両方のヴァージョンの演奏に参加したことがありますけれども、やはりバスの方が味わい深いかなあ。
 ソプラノでは、この演奏なんかいかがでしょうか。この女性歌手はきっとディースカウのささやきにも動じないでしょうね。

 86歳、きっと満ち足りた人生であったことでしょう。ご冥福をお祈りします。
 

 

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2012.05.17

追悼 ドナ・サマー

 夜に速報が。63歳ですか。残念です。
 彼女の歌声は私の青春の一部です。いわゆるディスコブームには、当時ロック派だった私はあまり好ましい感じは持っていませんでした。しかし、中には純粋に楽曲が魅力的であったために、ジャンルを超えて胸を打つ作品もありましたね。
 そのうち一つがこのドナ・サマーの「ラスト・ダンス」です。当時私は中学生。
 バラードの部分とアップテンポの部分の対比がなあ、当時大好きでしたね。私はライヴ版を愛聴していた記憶があるのですが、あの音源はなんだったのか、カセットテープがなくなってしまった今となっては分かりません。
 YouTubeで探してみると、発売年である1978年のライヴがありました(私が聴いていたものとは違います)。

1978年

 ふむ、今聴いてもなかなかいい曲ですね。当時はよく分からなかった音楽的な面白さが分かるようになりました。私も大人になったということでしょうか。
 そして、ドナ自身の成熟が分かる動画もありました。昨年のライヴなんですね。全然元気じゃないですか。
 声の張りは若い時と比べるべくもありませんが、より深い表現を聴くことができます。素晴らしいパフォーマンスですよ。

2011年

 病魔に冒されなければ、まだまだ活躍できる状況だったのでしょう。実に残念です。ご冥福をお祈りします。

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2012.05.16

組立天体望遠鏡 35倍 (星の手帖社)

20120517_95357 に合うかどうか分かりませんが、皆さんにおススメしておきます。
 21日月曜日はいよいよ金環日食ですね。本当に楽しみです。
 小学生の時、「2012年かあ…オレ何歳かな。47歳かあ。どこで何してるんだろう」と思っていた、その日がとうとう来ます。
 あの当時は本当に異常なほどの天文少年でして、最近見つかった小6の時の日記によると、将来の夢は天文学者か光学機器メーカーのエンジニアだったようです。そして今、国語のセンセイ(笑)。しかし、趣味としてはいまだに天文はじめとする地学関係に強い興味を持っていますね。
 さて、今回の金環日食ですが、自分としてはもちろん、食の始まりから終わりまで、全行程を観測したいところです。世紀の天文ショーですからね。
 そこで(…って自分のためかよ)我が校では6時から9時半まで観測会を行うこととしました。世の中では7時半とか言ってますが、実にナンセンスです。
 また世間では日食グラスみたいなのがはやってるようですけど、やはり基本はピンホールで楽しむのが良いと思います。安全ですし、お金がかかりませんし、楽しい。
 紙にボールペンかなにかで穴を開けるだけですから。そうそう、昔は木の雨戸にすりガラスの組み合わせなんかで、よく天然の(?)ピンホールカメラを体験できましたよね。外の風景が逆さに、そしてミニチュアで映る様子は、なんだか幻想的でしたっけ。
 本校では生徒にウチワを配って、そこにプスプスと穴を開け、絵や文字を描かせて、それを投影して楽しませようかと思います。
 それから、今ちょうど巨大黒点群が発生していますから、それが月の裏に入っていくところなんかを観察したいですよね。しかし、それはさすがに日食グラスやピンホールでは無理です。
 ウチのバカでかい天体望遠鏡を持ってきてもいいのですが、どうせ口径を絞らなきゃならないし、まずは面倒臭い。そこで急遽、太陽面観測用の望遠鏡を15分ほどで作りました(笑)。昔取った杵柄、小学生時代の体験が生きていますな。
 用意したのが、このキット。これはいいですよ~。光学機器メーカーのエンジニアもおススメです(笑)。いや、国立天文台の渡部潤一さんのおススメですから、ホンモノです。
 これをですね、ちょっと改造して太陽観測用にしたわけです。そのちょっと改造というところがポイント。
 まず、この格安の望遠鏡キット、太陽観測用に適しているのは、レンズがオールガラス製だということです。特に接眼レンズがプラスチックレンズですと、熱でとけてしまうので危険です。
 しかし、逆に問題なのは、このお値段にして接眼レンズが3群5枚の高級タイプだということです。正確に言いますと、バローレンズ(スマイスレンズ)という焦点距離を伸ばす凹レンズと、ケルナーをひっくり返した接岸レンズ(ケーニッヒ?)という構成。実はものすごくマニアックですよ、コレ。
 実際、本来の組み立て方で完成した望遠鏡による像は驚くほど素晴らしい。各収差もよく補正されています。このお値段でこれはあり得ない。普通に天体望遠鏡として使えますよ。
 しかし、この素晴らしさが太陽観測にはなんで問題なのか、その道の方はよくお分かりでしょう。レンズ自体はガラス製で熱に強くとも、レンズの接着に使われている接着剤が溶けてしまう可能性が高いのですね。
 そこで、今回は、3群のうちの一つである単レンズのみを使うこととしました。それこそ35年前の経験が生きております。少年時代、なんでもかんでも分解して改造した経験ですね。
 で、いろいろ試してみまして、結論としてですね、単レンズを本来絞り環(視野絞り)をはめるべき場所にポンとはめてやると、ピントもぴったり合うことが分かりました。もちろん邪道な使い方ですから、色収差など出ますけど、まあ太陽面の観測には問題ないでしょう。
Img_4867 それで出来上がったのが、コレ(笑)。なんとも手作り感満載ですな。
 ご覧のように、筒先には投影板に影を作るために、この製品の空き箱の一部が取り付けられています。そして、職場にあったフレキシブルクリップを二つ拝借して投影板を作りました。なんだかフラフラしてますが、とりあえずいいや。
 もう少し投影板を遠くしてもいいですね。そうすればもっと大きな像になる。でも、これでも、巨大黒点ははっきり見えますよ。完璧。2800円也。
 ただし、本体はプラスチックなので、接眼部などに光が当たり続けると溶けてしまう、あるいは火災の原因にもなりかねませんから、時々太陽を視野から外してやった方がいいですね。
 ちゃんとデフォルトで三脚取付用のネジも付いてきますので便利です。もちろん自動追尾なんかできませんが、まあちょこちょこ動かしてやればいいだけです。
 あとは晴れるのを祈るだけですね。いざとなったら富士山5合目にでも登りたいくらい。
 皆さんも楽しんでくださいね。安全第一で。もちろん望遠鏡で直接太陽を見るなんていうことをしないでください!

Amazon 組立 天体望遠鏡 35倍
 

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2012.05.15

頑張れ!虚構新聞

20120516_65644 多忙のため軽〜くしたいなあ…書き出すと長くなるのが私の悪いクセです。
 ええと、なんだか橋下徹に関する嘘記事が物議を醸し、虚構新聞が謝罪したようですね。こちらのニュースです。
 騒動の元になった虚構新聞の記事はこちらです。皆さん、これを読んでどう判断しますか。
 これは本当の記事だと思ってしまう方、現代のリテラシーが少し足りないのではないでしょうか。
 だいたいが、「虚構新聞」とちゃんと書いてあります。少なくとも、この記事の出所はどこなのか、ちゃっと確認しないと。「虚構」という文字を見れば、さすがに分かるでしょう。
 ちなみにタイトルに続く空白を部分を選択しすると「これは嘘ニュース」ですという文字が浮かび上がりますよ。
 なんとも、ネタとシャレが通用しない無粋な世の中っていやですよねえ。基本、私もネタとシャレとハッタリの人なので、こういう風潮には少し不安を覚えます。
 しかし、信じてしまった人を一方的に批判することにも問題があります。「虚構新聞」という文字を確認できなかった人もいるからです。
 おそらく、これってタイトルのみがリツイートによって伝播したんですよね。可能性としては大いにあります。私も自分の軽率な発言が、1秒に1回リツイートされて世界中に広がるという体験をしたのでは、その恐ろしさについてはよく分かっているつもりです。
 そんなTwitterのリツイート機能の問題点については、こちらに書きましたね。この記事も関連しているでしょうか。
 それから、ある年のエイプリルフールの記事でブログ終了の嘘をついたら、これがまた大変な反応を生んでしまい、翌日謝罪することになったりしましたっけ。
 私も嘘も、今回の虚構新聞の嘘も、「ありえるかも」確率がちょっとだけ高すぎたんですよね。そこはお互い読みが甘かった。その加減の難しさは、現代の無粋さとは無関係に、自らの反省として肝に銘じなければなりません。それはよく分かっています。
 しかし、そういう想定外の「事件」によって、舌鋒が鈍くなっていはいけません。その後の私がそうであったように、虚構新聞さんにもぜひこれからもギリギリの線を行ってもらいたいと思います。
 人をだますことはいいことではありませんが、人にだまされることは、ある意味においてはもっと罪なことです。
 ちょっと冷静に考えれば、それを信じていいのか、リツイートすべてきなのか、判断できると思います。極端な話、私は学校で何を教えているかというと、だまされない大人になる方法です。だまされない人間は、シャレの分かる楽しい人間です。自らもネタやシャレを操れる大人です。「気分」に流されないしっかりした人です。洗脳されない自由な人です。
 実はですね、私、授業でやろうと思ってたんですよ。虚構新聞のような「嘘記事」を作ろう的な授業を。ものすごく勉強になると思うんです。それらしい、しかし嘘だと分かる記事を書ければ、もう国語力は完璧ですよ(笑)。中学生には難しいかな。高校生でやってみるか。
 パロディーとパクリの差に近いものがありますかね。紙一重。そして正反対の価値を持つ。本当に言葉や情報というのは面白いものです。
 虚構新聞さん、これからも頑張ってください。そして、日本人の知性と感性の向上に寄与し続けて下さいね。

虚構新聞

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2012.05.14

風呂には何日に1回入ればよいか

Img_16742_2341068_0 呂に入っている時と、寝ている時が至福ですなあ。生きてて良かったというか、今日も一日頑張って生きて良かったと思える瞬間です。まあ、寝ている時は思えないので、結局風呂が一番かな。
 日本人は風呂好きですよね。だいたい、こんなに湯水を湯水のように使う(?)国はないですよ。
 てか、無駄に大量に使うことを「湯水のように使う」という比喩で表現するなんてとんでもない。世界標準では、「湯水のように使う」と言ったら「大切に使う」という意味ですよね。
 もともと日本は火山国であるために温泉が豊富に湧いていました。今や全国にコンビニ以上に温泉があります…なんてそんなことはないか。それでも、すごい数です。
 ところで、皆さん、風呂には毎日入りますか?それとも1日おき?いや、三日に1回とか。ほとんど毎日シャワーだとか。どうでしょう。
 今日ですね、中学生のディベートの授業で、こんな質問しました。
「毎日インターネット(ケータイ、メールを含む)を使えるが、風呂には1週間に1回しか入れない国」と「毎日風呂には入れるが、インターネットは1週間に1回しか使えない国」のどちらかに住まなければならないとしたら、どっちを選ぶ?
 なんともくだらない思いつきの質問だったわけですが、けっこう盛り上がりました。結果としては、後の方、つまり風呂に毎日入れる国を選んだ生徒がほとんどでした。
 なんとなく嬉しいような気もしました。ネット依存じゃないんだなと。しかし、一方で、異常なまでの潔癖症というか、風呂依存だなとも思いました。
 ちなみに私は、風呂は週に1回でもいいですよ。たま〜に入るからありがたみもあるというものです。実際には、夏場を除いて2日に1回というのがウチのパターンです。
Benten1 で、今日、授業でなんでそんな話をしたかというと、元々のディベートのテーマは「原発の是非」でして、それで節電、省エネの話しとしてですね、日本人は風呂に入り過ぎる、それでどれだけエネルギー使ってると思ってるんだ、という強引な話になったわけですよ。
 実際のところ、どのくらいのカロリーを使うか。これは理科の問題です。「1グラムの水の温度を標準大気圧下で1℃上げるのに必要な熱量」というのが元々の1カロリーの定義ですから、けっこう話は簡単です。
 15度の水を200リットル浴槽に張って、それを42度まで沸かすには、単純計算すると、ええと…5400kcalということになりましょうか。これを5000万世帯全部がやるとなると…とにかく大変な熱量になることが分かりますね。CO2による温暖化の原因は日本人の風呂好きにあった!?ww
 これで温暖化すると、さらに汗をかくようになるので、また風呂に入る回数が増える…いやいや、寒いと風呂に入りたくなるから、ある程度温暖化した方がいい?
 ま、それは冗談としまして…いや、まじでみんなが2日に1回とかにすれば、結構な省エネになるでしょうね。
 ちなみに日本では毎日風呂に入る、あるいはシャワーを浴びるという人が80%くらいいるという調査もあるようです。
 ちなみのちなみに、風呂を沸かすのはもったいないからシャワーにするという人もいますが、長シャワー、具体的には風呂桶を満たす時間15分くらいだと思いますけど、それ以上に長シャワーすると、逆に燃料や水を無駄遣いすることにもなりかねませんよ。シャワーは烏の行水に限ります。
 ちなみのちなみのちなみに、1回風呂を沸かすとどれくらいお金がかかるかと言いますと、これが案外安くて100円くらいなんですよね。燃料や水道代によっても変わりますが、基本100円くらいだと思っていい。
 しかし、案外安いとは言っても、毎日入ると1年で36500円。2日に1回だと18000円くらい浮きます。10年で180000円。結構な金額ですね。
 というわけで、今日は結論めいたことは何もありませんが、風呂に入るのを我慢するといろいろな節約になるのだということを意識しようと、それだけです。
 最後のちなみに、私は1日1食生活を8年続けたことによって、200万円以上食事代を浮かせましたよ。すごいでしょう。節約、省エネのネタというのは、案外身近なところにあるものなのでした。

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2012.05.13

東方ヴォーカルArrange~TU・RALALA~

 んだか分からないうちに私以外の家族全員(つまり女性軍)が東方ワールドにはまっております。
 今日は母の日だったのですが、なんとウチの家の母は、自分で自分にこの曲が入ったCDをプレゼントしていました。わけわからん(笑)。
 なんでもこの曲が好きなのだそうです。しかし、カラオケにないそうでして、どうしても自分で歌いたくて、それでカラオケ・ヴァージョンの入っているCDを買ったのだとか。
 この曲は、この前、娘が諏訪大社に奉納した絵馬に描いていた東方プロジェクトのキャラというか神様の一人である「洩矢諏訪子」のテーマソングをアレンジしたものだそうです。
 つまり、弾幕系シューティングゲームの最中にかかるゲームミュージックに、歌詞をつけて、R&B調に編曲したものですね。
 たしかに、なかなかセンスのよいアレンジです。ベースラインなんかなかなか凝っていますね。
 原曲を聞いてみてください。いかに上手に編曲しているか分かりますよ。コード進行も大きく変えていますね。

ネイティブフェイス(原曲)

 東方の原曲やアレンジものを、最近ほとんど無理やり聞かされるのですが、たしかに音楽的な視点から聴くと、それなりに独特の世界であることが分かりますね。
 ほとんどが短調であり、また、ペンタトニックで懐かしめなメロディー、そして特徴的な転調を多用していますね。
 そしてなんといっても、そこに他者が介入して、自由に歌詞をつけ、コード進行を変え、様々なジャンルに編曲していくという、新しくて古い文化がそこにあります。古い…というのは、スタンダードとジャズの関係に近いということですね。
 ちなみにオーケストラによるクラシック風の編曲もなかなかよろしい。ジャズ風の編曲もかっこいい。かと思うと、こんなふうなのもあります。

ケロ⑨ destiny

 私はゼロから何かを創造するほどの能力はありませんが、こういう編曲をする程度の能力(東方風の言葉遣いですw)はありますので、時間があれば挑戦してみたいような気もしますね。時間があればですが。やるとしたら、ロックかバロック風かですかね(笑)。
 あ、そうそう、今思ったんですが、この現代の神話世界、「能」で表現したら面白いのではないでしょうか。
 いずれにせよ、目に見えない神に様々な姿を与えた日本文化の世界が、原曲に新しい命を与える編曲という形で息づいていることに驚きと感動を覚えますね。

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2012.05.12

大宮八幡宮薪能〜藤戸

30 に続きまして、杉並大宮八幡にて薪能を鑑賞。今年もまた、東日本大震災でお亡くなりになった方々への慰霊の意味をこめた作品が取り上げられました。
 昨年の「隅田川」も本当に素晴らしかった。心震える体験というのはああいうことを言うのでしょう。「場」としての能、本来の意味におけるエンターテインメント(つなぐもの)としての能を体感させていただきました。
 そして、今年の「藤戸」も、なんとも言語には尽くせない素晴らしさがありました。
 昨年書いたように、世阿弥の「ものまね」についての私の解釈は「霊(モノ)招(マネ)」という字を当てると分かりやすいと思います。モノ、特に死者の霊を演者が自らに招き入れ、メディアとなって「今」「ここ」に伝えるのです。
 そういう意味で、今年の野村四郎さんシテの「藤戸」は本当にすごかった。「鬼気迫る」と言いますが、まさに「鬼(モノ)」の気がこちらに迫って来ました。
 「激しい哀しみ」というものがあるのだ、いや、本来「哀しみ」とは激しいものなのだと教えられたような気がします。
Img_4838 「藤戸」は平家物語に題材をとった作品ですが、そこに伝えられる「哀しみ」は原典を大きくはみ出して、より物語的でありながら、より現実的です。
 罪のない(いやそれどころか功のあった)我が子を殺された老女(前シテ)。彼女は演劇としては生きた人間の表現であるとは言え、私たち観る者(特に現代の観客)にとっては、既に霊的な存在です。そこに現れた「哀しみ」は、時代や理由を超えて、普遍的な「愛」の陰影として胸に迫ります。
 野村四郎さんの、恐ろしいまでのコントラストを配した舞…いや、それはもう舞というよりも一つの必然的な運動とも言うべきか…に、思わず鳥肌が立ってしまいました。
 ちょうど、今日は、朝は禅にどっぷりつかり、昼はバロックの練習でバッハなどを弾きましたが、変な話、能=禅+バロックだなと直感しましたね。無駄を排することによって生じる明暗、コントラストという意味においてです。それは形の上ではものすごくフィクショナルでありながら、同時にリアルであるという不思議さ。
20120513_141107 そして、後半登場する殺された男の亡霊(後シテ)。これがまたすごかった。様々な感情を押し殺すような静寂と、途中、絶命現場の再現シーンでの激しさとのコントラスト、そして、悪神から成仏へのコントラストもまた、あまりにリアルでぞっとしてしまいした。
 野村四郎先生の「哀しみ」の表現は天下一品ですね。ただの「哀しみ」ではなく、そこにこめられた「怒り」や「恨み」、そして「救済への願い」のようなものがしっかり表現されていたと思います。
 「藤戸」全体と、その前の狂言「鬼瓦」とのコントラストも良かった。こうした明暗といいますか、両極端の間に私たちを漂わせるのが、能・狂言の魅力なのかもしれません。
 教え子が地謡で登場した舞囃子「小袖曾我」では、また違ったコントラストを味わわせていただきました。父子の対比です。世阿弥(観阿弥)の語るごとく、それぞれの年齢においてそれぞれの花のあることを再確認できました。
 深い世界ですね。深いというのは難しいということではありません。見方、いや、感じ方が分かると、どんどん深い世界に連れて行ってもらえるということです。「ものまね=招霊」という本質に気づいた今、私もその「場」に参加することが許されたような気がします。


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2012.05.11

地球寒冷化

20120512_93746_2

 曜日の記事を日曜日に書いております。金土と学校の母体となっているお寺に生徒たちと泊まって、禅宗の修行体験をいたしました。座禅や作務、読経や写経などを体験するものです。
 土曜日の朝、4時半に目覚めました。あまりに寒かったからです。まるで冬のような空気の冷たさでした。まったく温暖化とは名ばかりだなと思いました。
 私は常々温暖化懐疑論を展開してまいりました。このブログでも「温暖化」で検索していただければ分かると思います。
 いや、正確に言いますと、CO2による温暖化論には懐疑的ですが、温暖化に関しては歓迎論を展開していた、ということになりますでしょうか。
 ええと、たとえばこちら「温暖化万歳!」という記事。途中から話がだいぶそれていますけど、まあそういうことです。地球に降り注ぎ蓄えられるエネルギーがある程度増加することは我々生物にとっても悪いことではないのです。
 しかし、現実はどうも厳しいようですね。今日(金曜日)のプライムニュースは「太陽に不都合な真実!地球寒冷化?で人類は」というなかなか興味深い特集でした。
 しばらくはこちらから視聴できるので、ぜひ御覧ください。私もこの説にほとんど賛成です。
 (昨日の超巨大黒点群発生の記事とはある意味矛盾しますが)全体的には太陽の活動が活発でなくなっているのは事実であり、おそらくこれから数十年の間に寒冷化が進むのは間違いないでしょう。
 また、この番組で語られた内容は温暖化、寒冷化だけでなく、科学の問題点も指摘していると言えますね。最近で言えば、地震予知に関して、地震学者の方々が遅ればせながらの反省の弁を述べていますが、とにかくあまりに科学が細分化、専門化しすぎていて、総合的、包括的な視点が欠如しているわけですね。
 そういう意味で、常田佐久さんの謙虚な姿勢に好感を持つとともに、ある場合にはあまりに発言が慎重すぎてもどかしい気もしました。それがまさに現代科学の現実でしょうね。
 座禅をしながらふと思いました。お釈迦様は本当の科学者だなあと。究極の真理を極めた。つまり、すべてのモノは互いに関係していて相互依存的に存在している、だから一つのコトにこだわるのはやめようと。非常に示唆的ですね。木を見て森を見ずはいかん。せめて正しい分業をしようと。
 それから、長沼毅さんの発言も興味深かったなあ。二酸化炭素主犯説は間違っているけれども、各種ある温室効果ガスの内、人間が(唯一)コントロールできる二酸化酸素に注目したことには価値があった、しかしその手段が間違っていたと。なるほどね。
 で、思ったんですよ。もし今後寒冷化するなら、その制御可能な二酸化炭素を使って、寒冷化を食い止める…までは行かなくとも、寒冷化の幅を小さくすることができるのではないかと。単純な排出規制ではなくて、気候変動に応じた排出量調整をしたらどうかと。
 またトンデモ論を唱えていると言われそうですが(笑)、実は本気でそういう研究をしてもらいたと思いました。文明にとって寒冷化は非常に痛い事実になるからです。
 温暖化して困るのも人間、寒冷化して困るのも人間。国境や不動産のせいで移動ができない。だったら、他人の国境や不動産を侵すしかない。つまり戦争です。そういうことになる前に、なるべく文明が発達した近現代の気候を維持する努力をすべきではないでしょうか。
 もちろん、そんな馬鹿げたことをしても、大自然の力にはかなわないということをも、お釈迦様は教えてくれるわけですがね。
 まったく人間というのは困った存在です。

Amazon 今そこに迫る「地球寒冷化」人類の危機 眠りにつく太陽――地球は寒冷化する

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2012.05.10

超巨大黒点群発生

172201main_nasa_flare_gband_lgwi_2 紀の天体ショーである21日の金環日食まであと2週間を切りました。楽しみですね。我が校でも特別観測会を行う予定です。
 そうそう、なんだか日本中の学校で登校時間をどうするかなど、混乱しているようですね。地元の公立学校では登校時間を1時間遅らせるなどの措置を取るとのこと。
 7時半に学校に集まってみんなで観測する、なんていう話も聞きますが、非常にナンセンスですよねえ。
 皆さん、日食って7時半からの数分間だけじゃないんですよ。金環になっている時だけ観るべきものじゃありません。
 今回の日食は6時すぎから約3時間続く大天体ショーです。次第に欠けてゆき、そしていよいよ金環、そしてまた戻っていくのを見て、太陽の前を月が通過していくのを想像したりすることにこそ意味があるのです。
 というわけで、ウチの学校では6時集合ですよ。そして、基本ピンホールによる投影法で観察します。ピンホールアートをやってみようかな。面白いんですよ。
 さてさて、そんな金環日食を前に、太陽面に超巨大黒点群が発生しました。活動領域1476です。6日に地球側に現れ、その後中規模フレアを発生させながら複雑に成長し、現在、直径96,000キロ、地球の直径の8倍以上の大きさになっています。
 太陽の自転から考えて、あと10日は地球から見える位置にあると考えられますので、日食の際、黒点が月の裏側に隠れていく様子を見ることができるかもしれませんね。
 黒点もこれくらいの大きさになると、肉眼で確認できる場合もあります。もちろんピンホールで投影した際にもくっきり見えることでしょう。楽しみですね。
 もちろん、今後大規模フレアが発生する確率もかなり高くなります。地球に向けてCMEが放射されると、大規模な通信障害や、場合によっては大規模停電が起きることもあります。1989年の巨大フレアの際は、強力な磁気嵐がカナダケベック州の電力システムを破壊し、9時間にわたる大停電を起こしました。
 また、研究者によっては、地球の磁場に大きな影響を与え、その結果地震や異常気象が誘発されるということを主張する人もいます。
 母なる太陽の力は偉大であり、我々人間の力などほとんど無に近いのです。現代の天の岩戸開きに際し、いったい何が起きるのか。とにかく、この超巨大黒点群の今後の動向には注目しなければなりませんね。
 

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2012.05.09

10日以降中規模地震が増えそうです

 新が遅れております。よって、この記事は10日の夕方に書いております。なんだか今年は忙しいぞよ。
 さてさて、遅れついでに、最新の情報を載せたいと思います。
 今日ツイッターでも報告しましたが、10日から17日くらいまで、関東から東北の中規模地震(一般にはM5以上を指しますが、私は勝手にM4.5以上とさせていただいております)が増えると予想しています。
 その根拠はウチで観測している富士山北麓のラドン濃度の変化です。富士山ラドン濃度と全国の地震の関係について(その2)という記事で紹介したように、どうも富士山のラドン濃度が上昇し始めた時から2、3週間後に関東東北の地震が増える傾向があります。
 そして4月16日の富士山ラドン濃度と全国の地震の関係について(その3)記事以降のラドン濃度の変化は以下のグラフのとおりです。
 
20120510_112816

 ご覧のようにいくつかの小山がありまして、その対応地震も発生したのち、4月25日の17ベクレルから4月30日の33ベクレルまで、比較的大きな山が築かれました。17から33ですから、山の標高は16ベクレルとなります。それを6日ほどかけて登ったということになります。
 過去似たような動きがあったのは、3月の上旬でした。3月4日の17ベクレルから3月11日の33ベクレルまで今回と同じ16ベクレルを8日ほどかけて登りました。この時は3月14日から中規模地震が多発しましたね。M6.1、M6.8が続けて発生したりしましたね。
 今回もいちおうボトム(登山口)であった4月25日から10日後あたりから注意を喚起してきましたが、まだそこまでの大きな地震は発生していません。
 しかし、M4を超える地震が増加しているのは事実ですので、今後さらにM6以上の地震が発生するおそれがあると考え、今日こうして記事にすることにしました。グラフに赤丸で示した明日から1週間くらいの期間が要注意だということです。
 震源が浅くさらに内陸や陸に近い沿岸部でM6以上が発生すると、被害地震になるおそれがあります。そういう可能性があるということで、ぜひ関東東北の方々は注意していただきたいと思います。
 M4レベルが多発して(つまり小出しにして)被害が出ないことを祈ります。

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2012.05.08

(学校における)紙飛行機について

C02a が校は、残念ながら日常的に紙飛行機が乱舞したことがなく、よって学校側で「紙飛行機とばし大会」を計画しなければならない、ある意味悲しい状況です(笑)。
 知り合いの勤める某県公立中学では、まさに日常的に紙飛行機が乱舞しているとのこと。授業中はもちろん、休み時間ともなると、教室の窓から大量の紙飛行機が校庭に向けて離陸するらしい。
 まあ、自分の中学生時代を思い出しましても、そんなことは当然のことであり、また、ある種の伝統文化という感じがしないでもありませんね。
 その知り合いの学校では、授業で配布された学習用のプリントは、すぐに飛行機の材料となってしまうために、その数を極力少なくしているそうです。そうなると生徒も面白くないですよね。ルーズリーフやらノートの切れ端やら教科書の切れ端やらを使う使う。しまいには、教室内の掲示物をはがして、巨大な飛行機を作るのだそうです(笑)。なかなかやるな。
 紙飛行機、なんで伝統文化になるほどに魅力的なんでしょうね。あるいはウチの学校に欠けているものはなんなのか。ちょっと考えてみました。
 中学生にとっての紙飛行機には、とりあえず二つの意味があるように感じます。それも相反するというか、それぞれに補完的な関係にある二つの意味。
 一つは、マイナスの心を乗せるものとしての紙飛行機。
 まず、先生から配布されたプリント、お手紙類が、その材料になるという点。これは、やはり一種の反抗の現れでありましょう。学校という非常に不自然な強制システム、あるいは勉強という意味のあるのだかないのだか判然としない苦行に対する本能的な反抗でしょうね。
 そういういやな情報の載った紙っペラを、飛行機という機能的なものに変形し、そして、自らの手で放り投げる。それは、遠ざける、捨てるという行為でもあるし、また、ある程度自らが操縦することによって主従を逆転させる行為でもあります。
 これは反抗期、自立の時期を迎えた中学生にとっては、当然の感情、行動であり、本来とがめられるべきものではないのかもしれません。しかし、たいがいはまた先生に怒られる。禁止される。そこにまた理不尽な大人の壁が立ちふさがるわけですよね。
 そうすると、その飛行機自体が戦闘機、いや特攻機、あるいはミサイルとなって、敵である教師に向けて発射されることになるわけです。この前のドラマ「ブラックボード」でもそんなシーンが象徴的に使われていました。
 そしてもう一つの側面。それはプラスの心を乗せるものとしての紙飛行機。
 「飛翔」「夢」というプラスのイメージですね。自分の夢を乗せてどこまで飛ぶか、あるいは目的地に着地させられるか、そういう自己の未来への期待であるとか、大空に飛び立っていく開放感や解放感であるとか、そういう意味合いもありますよね。
 飛行機の発明というのは、これは実に画期的なことでした。大空を自由に飛ぶというのは、ある意味人間の究極の夢であったわけですからね。
 あっそうそう、飛行機が発明される前、紙飛行機は「紙飛行機」とは呼ばれていなかったはずですよね。なんて呼ばれていたんでしょう(笑)。
 絶対、その「もの」自体はあったはずです。先ほど書いた二つの意味合いからしても、絶対に「もの」や行為としてはあったはずです。それに紙を飛びやすい形に折って飛ばすということは、けっこう自然なことですからね。その辺の歴史について調べてる人もいるだろうなあ。
 まあ、いずれにせよ、そういうおそらく歴史的にも文化的にも王道を行っている「紙飛行機」が、学校から排除されているとしたら、それは問題ですし、ウチみたいに元々そういうことが起こらない学校というのも問題です。いかんな。
 はたして、今日、日本中の、いや世界中の学校で、何機の紙飛行機が華麗に宙を舞ったのでしょうか。それがリアルタイムで分かるカウンターなんかがほしかったりして。
 そして、どうせですから、全国中学校紙飛行機とばし大会とか真剣にやってみたいですね。意外に奥が深い世界ですからね。

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2012.05.07

『美坊主図鑑〜お寺に行こう、お坊さんを愛でよう』 日本美坊主愛好会 (廣済堂出版)

Thumb_250_bibouzu よいよオレの時代が来たか!…来てねえって(笑)。
 今日「僧職男子」女性に人気という記事がニュースになっておりました。
 なるほど、これはいいことですし、ようやく時代が坊主に追いついたということでしょうか。
 ワタクシはご存知のとおり、エセ僧職系です。頭は剃っていますが、僧職免許(?)は持っておりません。教職だけです。
 たまたま勤めている学校が仏教系ということで、最初は半ば強制的に仏教に触れさせられることになりました。その後四半世紀を経て、ついに剃髪するまでに洗脳されてしまいました(笑)。
 いやあ、かっこいいんですよ、ブッダって。お釈迦様ってクールすぎるんです。かっこいいし、冷静だし、超賢いし。たぶんイケメンだし(笑)。
 そんなわけで、私も実は「萌え」てるのかもしれません。いや、絶対そうだな。ファン心理として髪型を真似てみたというか。
 一日一食生活なんてのもその一環かもしれませんね。なんとなく痩せたい願望があるんですよ。あの「修行するブッダ像」みたいに。
 というわけで、仕事上、ホンモノのお坊さんと接する機会もたくさんありましてね、それでまた、正直「萌え」てるわけです(アブナイ?)。
 いや、実際ですね、あの袈裟着て叉手した僧侶の立ち姿の美しさ、座禅の達人のあの座相、黙々と塵をはく作務衣姿なんか、まあホントに美しいわけですよ。そして、読経の声…ドキドキ。
 いずれ写真集とか出ないかな、いやさすがに不謹慎か、と思っていたら、思いっきり「まんま」なのが出て驚きました。
 私も書店で中身を見ましたが、なかなかキレイに仕上がっています。純粋な信仰心や精進の心、崇高で神聖な寺の空気も感じることができますし、「萌え」の視点から見ても充分楽しめるのではないでしょうか(笑)。
 私もたくさんの「美坊主」と出会って来ましたよ。この前お会いした東大出身の若いお坊さんも美しかったなあ。 
 あともちろん「萌え」的には、ボーイズラブならぬボーズラブの視点もありますな。これは歴史的にも正しい。江戸時代の浮世絵にもけっこう二重の意味でのBLがあったりしますからね(笑)。
 不純は純粋さの、不倫は倫理の、不貞は貞淑の、不道徳は道徳の、不信心は信心の、不義は義理の、不潔は潔癖の中にあってこそ輝きます(なんてね)。一種のギャップ萌えということですな。
 私なんかエセですから、純粋に見せかけての不純…等々(自分で書いてて恐ろしくなったので省略)により、きっと写真集にしたら発禁になるでしょう。いや、それ以前に全然「美」じゃないし(笑)。
 しかし、たしかに時代は坊主に向かっていると感じます。ちょっと前までは、私のようなスキンヘッドは目立っていましたが、今では街でけっこう見かけますよね。ファッションになっているのでしょう。
 あっそうそう、私の唯一この美坊主たちに負けないと思うのは、この富士山型の頭の形です。この前も某有名老師3名に揃ってほめられました。最近、また標高が高くなったようだし。もしかして、煩悩が噴火しそうで、山体が膨張してるとか(笑)。

Amazon 美坊主図鑑

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2012.05.06

杖突峠を越える

 夜ネットである中古車を探していたら、それがなぜか全国に2台しかなく、その場所がまた長野県茅野市と駒ヶ根市だという不思議すぎる状況に出くわしました。
 茅野と駒ヶ根と言えば、諏訪大社のご神体である守屋山をはさんで東西に位置する街。これはぜひとも行かねばということで、急きょカミさんを誘ってドライブに行って参りました。
 守屋山を越えるのが国道152号線杖突街道、その峠が杖突峠です。
 この山を越えるということは、東日本と西日本を分ける糸魚川静岡構造線(フォッサマグナ西端)を越えるということですね。
 諏訪大社のご神体が、西日本から東日本を守る急峻な日本アルプスの一部であり、また深い大地溝帯であるというのは、実に象徴的であります。
 実際、今回初めて杖突峠を越えてみまして、まあ驚きました。茅野側のある急坂はまさに来る者(行く者)を拒む城壁のようでしたね。
 太古、比較的緩やかな高遠側から登ってきた西日本の人々は、杖突峠で愕然としたのではないでしょうか。登れないのではなく下りられないのです。
 そう、糸静線は大断層でもありますから大地震も起きますよ。300年ほど前には高遠・諏訪のラインがドドンと動きました。歴史的にも地学的にもダイナミックですね。
 上から諏訪や茅野を見下ろした風景を写真を撮ってくれば良かったのですが、運転に必死で(なにしろ車の調子が悪いので)無理でした。残念。
 いよいよ杖突峠にさしかかかると、桜が満開でした。きれいでしたねえ。標高1300メートルくらいですから、富士山の我が家より少し高いくらいです。空気もひんやりしていました。
 ここでは車を降りて写真をパチリ。最近、日本アルプスでの山の事故のニュースが多いので、守屋山の神様に安全を祈願してまいりました。

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 登山がレジャーやスポーツになって久しい。本来山はご神体ですから、ある一部の許された人々、すなわち山の神と交流できる人たちにのみ入ることができました。
 そういう人たちでさえ、実際に山に入る際には、何週間も山の神の許しを乞い、そして身を清めたのです。
 ちなみにその山(神)と里(人)との境界線が、ワタクシの苗字である「山口」でした。先日、訪れた教来石の「山口」には、諏訪神社とともに実際に関所(番所)が置かれていました。そのあたりのことについては、またよく調べて後日書こうと思っています。自分のルーツを辿る旅はまだ途中なので。
 さてさて、杖突峠を越えて高遠側に下りますと、そこは緩やかな傾斜地となります。この写真は帰りに撮影したものですが、それまでの雨がやみ、日がさしてとても美しい田園風景が広がっていました。明らかに東側とは違う空気です。植生も違いますね。

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 今回は何も考えず調べずの突然の旅でしたし、本来の目的が車を見に行くことだったので、途中どこにも寄らずに帰ってきてしまいました。知り合いの「諏訪学」の権威が、ツイッターで「御堂垣外に気づきましたか?」とメッセージを送って下さった時には、こちら側(生黄泉の国)に帰ってきてしまっておりました。ま、再来週また駒ヶ根の車屋さんに行くことになったので、その時には家族で寄ってみたいと思います。
 そう、西日本から見ると、杖突峠の東側は「黄泉」の世界だったのかもしれませんね。その南側の甲斐の国、特に富士山の北側である都留郡は東海道からの文化も入ってきていたので、半分黄泉の国、すなわち「なまよみ」だっと想像されます。そのへんのことについてももう少しちゃんと書かねば。「甲斐」の枕詞とされる「なまよみの」についての一般の説は絶対間違っているので。
 ちょうど教来石のあたりから、遠くに富士の山を望めるようになります。雨上がりの富士山は、御坂山系に残る雲の上に、それこそ神々しくそびえ立っていました。これを見て神を感じない人はいなかったでしょう。そして、あそこに行きたいと皆思ったはずです。
 車は甲府盆地を横切り(縦切り)そして右左口峠を越えて精進湖へ。そこに現れたのは、とても言葉では表現できない「モノ」。日本を、いや世界を統べる神の姿でした。

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2012.05.05

春の富士山麓、夕刻の風景

 年のゴールデンウィークは基本的に家でゆっくりしております。
 富士山という特別なところに住んでいながら、最近は忙しくて、いや、なんとなく面倒くさくてというのが正しいかなあ、全然近所を散歩していませんでした。恐ろしいほど素晴らしい環境なのですが。全くもったいない話ですよね。
 で、今日は久々にカミさんと二人で近くの森や別荘地を散歩してきました(娘たちは家で宿題など)。
 いつも雄大な富士山の写真をアップしてるじゃないですか。でも、私たちにとっては富士山は案外見慣れてしまっていて、それこそ写真でも撮らないかぎり、あんまり意識的に見ることがありません。
 それから、最近で言えば、フジザクラとミツバツツジのように、美しい花々を紹介したりしていますが、これもまたどちらかと言うと非日常なんですよね。
 そういうわけで、今日は私たちが日常的に接している身近な自然の写真を見ていただこうと思います。ある意味地味ではありますが、そこにはしっかり命が息づいています。それではどうぞ。

↓近くの林道を歩きます。
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↓間伐の切り株に鮮やかな菌が。
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↓こちらでは切り株にアリが住処を建築中。
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↓森の中から空を見上げます。
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↓下を見ると…こりゃ古いぞ。ハイシー。
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↓ゼンマイ。これは食べられません。
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↓ゼンマイを上から。
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↓自生しているフジザクラ。
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↓木々の間から富士山の山肌がのぞきます。
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↓よく見ると目立たない小さなスミレがたくさん咲いています。
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↓マムシソウの花が咲いています。
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↓別荘地ではフジザクラが満開。
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↓ここからは夕方の空をどうぞ。
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↓かわいい雲が浮いています。
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↓アカマツのシルエットが美しい。
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↓雲が微妙な色に染まります。
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↓自然のデザイン力はすごすぎます。
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↓鳥が夕焼けを眺めていました。
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 いかがでしたか。ちょっと歩くとこんな自然に出会えるなんて本当に幸せですね。皆さん、ぜひ遊びにいらしてくださいね。

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2012.05.04

『東方求聞口授 ~ Symposium of Post-mysticism.』 ZUN (一迅社)

20120504_100509 が買ってきてむさぼるように読んでいるので、私もちょっと拝見。
 東方Projectの公式資料読本とのこと。キャラ設定解説書ですかね。
 昨日紹介した私の拙文が掲載されている「國文學」の「萌え」特集にも、東方Projectが取り上げられています。たぶんそのあたりがあの号の価値を高めているんでしょうね(笑)。
 迷走していたとはいえ歴史ある学術雑誌に東方(や初音ミク)が載るということ自体、オタクの皆さんからするととんでもなく画期的で嬉しく誇らしいことだったのでしょう。
 あの「國文學」が発売された頃、私は東方にはほとんど興味ありませんでした。まさか自分の娘が勝手にその世界にはまるなんて思いもよりませんでしたね。
 さて、この本、さっそく娘にお借りいたしまして、ざっと読んでみました。意味が分かるところと分からないところが半々です。
 というのは、ここで紹介されているキャラのほとんどが日本の神々や歴史的人物に取材しているので、そういうバックボーンには比較的詳しいワタクシとしては、そっちの方はそこそこ理解できるわけですね。
 一方、この世界独特のゲーム的な要素、すなわち「能力」や「対策」は正直理解できません。勉強が足りないのでしょう。娘は分かっているようですから(笑)。
 それにしても興味深かったのは、この東方世界が、いわゆる「現代の神話」だなということです。そういう意味では、出口王仁三郎の「霊界物語」に非常に近いですね。
 そう、日本の神様というのは、本来姿形がありませんから、こうしていろいろな時代に「キャラクター」や「フィギュア」を与えられてきたわけですよね。
 特に面白いのは、この東方世界は、元々のゲームにおけるそれぞれの神仏やら妖怪やら妖精やらは、それこそ姿がはっきりしないものだということです。それはコンピューターゲームの画像の解像度の制約によるものでしょう。
 それを多くのファンたちが、ある意味勝手に想像力と創造力を働かせ、ほとんど無限に二次創作していくわけですね。実際、私の娘もオリジナルの絵を毎日のように量産しています。
 私はそこに日本の神道の本質を見るわけです。現代における神々の顕現ですね。そう思うと単なるマニアックなオタク文化として片付けられないように思えますね。それこそ、昨日紹介した「萌え=をかし」論にあったように、日本古来の心性の発露なのでしょう。
 「らき☆すた」や「けいおん」においても、神社が聖地となっているのは決して偶然ではないでしょう。
 まあ、こういう神仏や物の怪だけでなく、元素星座まで萌えキャラにしちゃうくらいですからね、日本人は、まさに森羅万象、万物に神を見ているということでしょう。一神教、原理主義とは対極にある境地ですね。
 私はそういう日本人、日本という国が大好きです。

Amazon 東方求聞口授 ~ Symposium of Post-mysticism.

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2012.05.03

「萌え=をかし」論

0182_2 日(5/3)の夜、教え子たちと飲み過ぎて、今朝(5/4)朝起きられず、その後バスケの応援、さらに東京でコンサートの練習と忙しすぎまして、更新が遅れてしまいました。すんません。
 というわけで、今日は昨日付けの記事として、昔書いた文を掲載します。不二草紙8周年記念ですね。このブログがきっかけとなって、出版物となった文章です。
 一時期この私の原稿が載った「國文學」は定価の10倍の値段がついたりして(今見たらなんと17000円でした)、ずいぶんと評判になりました。
 もう3年半前のことですね。こちらで紹介しましたが、本文は掲載できずにおりました。
 その後「國文學」は廃刊となりましたし、もうそろそろいいでしょうということで、8周年記念に掲載いたします。
 今、自分で読んでもなかなか面白いと思いますよ。この「萌え=をかし」論、おかげさまでWikipediaの「萌え」の項に、外部リンクで紹介していただいております(笑)。ちょっと長いかもしれませんが、はっきり言って楽しいと思いますので、ぜひ最後までお読み下さい。

「萌え=をかし」論    山口隆之

 春はあけぼのが萌え〜(?)

 三年ほど前のことだ。毎日の雑念を書きなぐっているブログ「不二草紙 本日のおススメ」に何気なく書いた記事が、オタキング岡田斗司夫氏の目に留まり、私の「萌え=をかし」論は思わぬところで(ちょっぴり)評判になってしまった。
 もちろん賛否両論あったが、ネット上では比較的「なるほど」という好意的な意見が多かったように思う。
 少々気恥ずかしいけれど、まずはその一節を読んでいただこうか。岡田氏がご自身のブログに引用した、私のブログ記事「萌えキャラを書こう」の該当部分である。

 たとえば、枕草子における「をかし」。これは明らかに「萌え〜」ですよ。「趣がある」なんて訳すからダメなんだって。その点、橋本治さんが「ステキ」と訳したのは、彼ならではの先見の明と言えます。ただ、その頃は残念ながら「萌え」という言葉がなかった。今の私が『オタク語訳枕草子」を書くとしたら(ってなんじゃそりゃ)、「春はあけぼのが萌え〜」ってしますね。だって、「春はあけぼの」って、かなりマニアックでしょ。「春は宵」がマジョリティーですから。もうかなりオタク文化入ってます。しかも女流のオタクだあ。

 ワタクシごとながら、実に軽薄な文体である。このようなまじめな雑誌にこのような駄文が載るとは…いやいや、人のことをあげつらって申し訳ないが、橋本氏が指摘しているように、実は清少納言女史の文章もかなり軽薄なのである。まさに独白日記系ブログのはしりのような文体だ。
 だから、ここからは大いに開き直り、平安軽薄体と平成軽薄体とでタッグを組みつつ、「萌え=をかし」という大胆な仮説を証明するべく歩んでいこうと思う。
 まずは、あまりに有名な「春はあけぼの」の読み直しから始めようではないか。しばし、自由な思索の旅におつきあい願いたい。

 実に巧妙な「春はあけぼの」

 はるはあけほのやうやうしろくなりゆくやまきはすこしあかりてむらさきたちたるくものほそくたなひきたる

 これが枕草子冒頭の原文である。句読点はもちろん濁点すらない。これをワタクシ流に訳すと次のようになる。
 「春と言えばあけぼの。だんだん白くなっていく山際。少し赤みを帯びて紫色っぽくなっている雲が、細くたなびいている…」
 なぜこのような解釈になるのか、今ここで説明をしている余裕はない。それこそブログに書き散らしてあるので、興味をお持ちの方は参照されたい。今は先を急ぐ。
 この冒頭部分、御存知のように、清少納言女史は「(それが)どうだ」という評価の言葉を記していない。今では「をかし」を補い、「趣深い」とか「よい」とか訳すのが常套だが、原典レベルでは何も言っていない。それは事実である。
 というか、実は、女史は巧みに「をかし」を隠蔽しているのである。
 当時としては決してメジャーな嗜好対象とは言えない春の明け方をいきなりとりあげ、少し混乱させておいて、上手に読者を引きつけている。私たちは(特に平安貴族は)「春はあけぼの? えっ? どういうこと? 春眠暁を覚えずじゃないの?」と思い、そして、次を読みたいという欲求にかられる。
 そして、「夏は夜」のお尻のところで、「をかし」を連発してタネ明かしをするのである。実に巧い。そのへんの文才というか技巧というか演出力について、人があまり語らないのは不思議だし不満でしかたがない。私には、まるでドラマや映画のオープニングのように現代的に感じられるのだが、いかがか。
 さて、そんな現代的な技巧と、韻文から散文へと緩やかに変化していく絶妙な文体とで導かれる「をかし」という形容詞。その意味するところは何なのか。

 「をかし」の語源
 
 先ほど、清女の策略によって催された「先を読みたい」という欲求、これは古語では「ゆかし」と表現される。
 「ゆかし」は「行く」が形容詞化したものと考えてよいだろう。だから原義は「行きたい」である。メディアや物流の発達していなかった(ほとんどなかった)平安当時としては、「〜たい」と願望したら、基本その場に行くしかなかった。よって「見たい」「聞きたい」「読みたい」「知りたい」全てが「ゆかし」で表現される。
 では、「をかし」はどうであろうか。「ゆかし」が「ゆく」という動詞から生まれたように、「をかし」も何かの動詞から生まれたとしよう。すると、当然「をく」という語を想定しなければならない。
 そのような動詞があるのかと言えば、実はあるのである。「をく」という動詞は、万葉集などで「招き寄せる」「呼び寄せる」という意味で使われている。
 「をく」→「をかし」説は以前からあったようだ。私もその説を支持する。なぜなら、私の知るかぎり、「をかし」という語には、「招き寄せたい」というニュアンスが必ず含まれているからである。

 「春はあけぼの」の「をかし」

 春はあけぼの。
 やうやう白くなりゆく山際。
 少し赤りて紫だちたる雲の細くたなびきたる。

 先述したように、非常によく練られた枕草子の冒頭部分には、潜在的に「をかし」が内包されている。つまり、各文の下には「〜いとをかし」あるいは「〜こそをかしけれ」のような表現が巧みに隠されていると言えるのだ。
 では、こんな凝ったレトリックで表現された「をかし」には、いったい清女のどのような気持ちがこめられているのであろうか。
 もう一度確認する。「をかし」は「招き寄せたい」である。
 そう、清少納言女史は、これらの光景を、まさに招き寄せたいと感じたのではないだろうか。
 もちろん平安時代の半ばに、そうした語源的な意識が色濃く残っていたかどうかは確かめようがないが、もし「をかし」が「をく」というルーツを持っていたのであれば、「ゆかし」がそうであるように、その痕跡が多少は残っていてもおかしくない。
 「招き寄せる」とは、こちらの意志で身近に引き寄せるということである。現在おのれの五感で確認している物や現象を、こちら側に呼び寄せて所有したいという願望を表すと言ってもよい。できれば、その状態のまま自分のものにしたい、手が届くならつかまえてしまいたい、そういう感情なのではないか。
 つまり、清女は今見ている「あけぼの」の一瞬一瞬を永遠に心に残しておきたいと思っているのである。今ならすぐにデジカメを引っ張り出してきて、カシャッとやるだろう。そういう感覚が「をかし」だと思うのだ。
 そうすると、様々なシーンで様々に訳されてきた「をかし」も、一つのシンプルな心性の表現として捉えなおすことができるのである。

 「萌え」に潜む支配願望

 さて、いきなり時は千年ジャンプする。現代日本文化を代表する言葉とまで言われる「萌え」とは、いったい何なのだろう。
 おそらくこの特集でも多くの解釈が提示されていることだろう。私もいろいろと考えたが、とにかく難しい。だいいち、「萌え」の守備範囲がずいぶんと広くなっていて、その定義はほとんど不可能に近く感じる。
 そんな中、私は強力な援軍をお願いした。すなわち清少納言女史である。彼女に一言いただくことにしよう。
 「『をかし』といふことを、『萌え』なんどは、みないふめり」(もちろんこんな文、実際にはありません)
 なるほど、やはり「萌え=をかし」なのか。よし、この流れに棹さしてどんどん行こう。
 定義は難しい。しかし、私の中にも「萌え」の感情があることはたしかである。いわゆる典型的なオタクの好む美少女キャラやメイドさんにはほとんど萌えない(実は少しは萌える)私だが、ある種の音楽や楽器、ある種の自動車、ある種のパソコンなどに、強烈に萌えている自分がいるのは事実である。
 その感情を、清女の見解に従って客観的に顧みると、たしかにそこには「招き寄せたい」「所有したい」「失いたくない」という欲求が含まれているような気がしてくる。できることなら、所有して、いつでも好きな時に聴いたり、乗ったり、いじったりしたい。そんな気持ちがたしかにある。
 所有と操作によって対象を思い通りにしたい。それはある種の支配願望と言える。

 現代文明と「萌え」

 平安時代には「をかし」と思っても、それを実際に招き寄せることは非常に難しかった。工業技術もほとんどないに等しかったし、だいいち商業システムが確立していなかったから、「ほしいから買う」という荒技ができなかった。せいぜい和歌などに記録し、固定しようと試みるのが関の山である。
 しかし、今はどうだろう。「萌え」と思ったら、デジカメで撮影すればいい、フィギュアを買えばいい、DVDにコピーすればいい、リモコンを操作して何度も繰りかえせばいい…。
 つまり、現代は、「をかし」という願望を工業力と経済力によって実現できる時代、あらゆるものごとを記録、収集、所有することができる時代になったとも言えるのである。
 あるいは、「をかし」という願望の実現のために人類は「進化」してきたのかもしれない。あらゆる発明や発見はそのためのものだったのか。
 考えてみれば、我々は「ゆかし」の感情をもずいぶんと簡単に満足させてしまうまでになっている。
 知りたいこと、見たいもの、聞きたいものがあれば、まずはグーグル様にお尋ねするのが今や日常的な光景である。彼に頼めば、行かずとも招くことができる。彼は迅速に正確に、そして無料で私たちの願望のために奉仕する。
 ゆかしき対象が、ごていねいに茶の間の液晶の中にやってくるのである。そして、そういう時、我々は「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!」と言うことになっている。魔法によって苦労もなく招くことができた感嘆である。
 そこには平安時代のような「諦め」や「もののあはれ」、「無常観」は存在しない。あらゆる現代的魔法によって、我々は挑戦し続けることができる。また、対象の時間的変化(劣化)さえも技術力で超克してしまう。そうした現代の文明力(幻想力)に支えられた飽くなき支配願望の発露が「萌え」なのではないか。

 枕草子に見る「マニアック萌え」

 再び平安時代に戻ろう。ここからは、いったん「春はあけぼの」から離れて、枕草子に表れる無数の「をかし」の中から面白いものをピックアップしながら、現代の「萌え」に通じる属性を考えてみようと思う。
 まずは、次の一節を見てみよう。比較的有名な箇所である。

 「九月ばかり(能一三三)」より
 …すこし日たけぬれば、萩などのいと重げなるに、露の落つるに枝のうち動きて、人も手ふれぬに、ふと上ざまへあがりたるも、いみじうをかし、と言ひたることどもの、人の心にはつゆをかしからじと思ふこそ、またをかしけれ。

 この段は、一般には清女の優れた感性を象徴するものとしてよく読まれている。しかし、私には非常にオタク的に思えるのだ。わかりやすく意訳してみよう。
 「…少し日が高くなったからよね、萩なんかが(前夜の雨で)すごく重くなっているところに、露が落ちたりして枝が少し動いて、人が手を触れたわけでもないのに、ふっと上の方にはねあがるのも超萌えだわ…なんて私が言ってることなんか、ほかの人の心には全然萌えじゃないだろうなあ…なんて思うのもまた萌えなのよねえ!」
 この感じである。このマニアックな感じ。人と違うことに萌えている自分に感じる「萌え」。これは「萌え=をかし」を考える際、忘れてはならない重要な要素である。
 岡田斗司夫氏は、その著書「オタクはすでに死んでいる」の中で、難しいとしながらも暫定的に「萌え」を定義している。その中の一節を抜粋する。
 「単に『美少女っていうのは可愛いなぁ』と思って気持ちが盛り上がるというだけではなく、『こんなものまで好きだといって気持ちが盛り上がるなんて、可愛いなぁ俺は』と『こんなのがわかる、萌えられる俺って素敵で面白いな』という感覚です」
 どうだろう。清女と岡田氏と、全く同じ心性のことを言っているように思えないだろうか。こうした、マニアックな思考、嗜好、指向というものが、どうも「をかし」と「萌え」に共通しているように感じられるのである。
 枕草子の次の部分など、そういう意味で非常にマニアックで興味深い。

 「いみじう暑きころ(能二〇五)」より
 …さやうなるは、牛の鞦の香の、なほあやしう、嗅ぎ知らぬものなれど、をかしきこそもの狂ほしけれ。

 意訳してみようか。かなり衝撃的である。
 「(夏の夕べに、風流な男が乗った牛車が去っていったあと)…牛のお尻から鞍にかけるヒモの匂いね、もちろんそんな下品なもの嗅いだこともないからどんな匂いか知らないけど、萌え〜(近くで嗅いでみたいなあ)なんて思うのは、我ながらなんか危ないわね」
 その他、清女の「匂いフェチ」はかなりのもので、ふとんに残った汗の残り香に萌えるシーンなど、いくつもの「匂い萌え」「香り萌え」の表現がある。こうなってくると、いわゆる「腐女子」のルーツは清少納言にあるかのようにさえ思えてくるではないか。
 いずれにせよ、清女はかなりマニアックなもの、マイナーなものに「をかし」という感情を抱いていることはたしかだ。それはもちろん冒頭の「春はあけぼの」にも言えることである。

 源氏物語に見る「美少女萌え」

 さて、清女には不満かもしれないが、ここで彼女のライバル紫式部に登場してもらおう。
 枕草子が「をかし」の文学であるのに対し、源氏物語は「あはれ」の文学だと言われるが、実は源氏にも「をかし」が大量に使われている。ざっと見るところ、自然の風景、楽器の音色、少女、若い男に対する形容として使われることが多いようだ。
 そのうち、特に興味深いのは「少女」あるいは「幼女」に対する「をかし」の使い方である。
 今までは、そういうシーンでは単に「可愛い」などと訳されることが多かったのだが、よく読んでみると、やはり「招き寄せたい」「自分のものにしたい」という潜在的意味がこめられているようにも思えてくる。
 例の「若紫」の巻では、源氏は垣間見た少女に対して「をかしうおぼす」とともに「さても、いとうつくしかりつる児かな。何人ならむ。かの人の御代はりに、明け暮れの慰めにも見ばや」、「心のままに教へ生ほし立てて見ばや」と思ってしまう。今なら犯罪心理として分析されてしまうような源氏のこころうちだ。
 その名も「少女」の巻には、実際少女たちに対して「をかし」が大量に使われている。そして、それらが「若し」「らうたし」「子めかし」「うつくし」など、幼さの魅力を表す語に近接していることも注目すべき特徴である。
 「をかし」自体は実に広い活用範囲を持つが、こうしたいわゆる「美少女萌え」的な使い方も多くされているところを見ると、ちょうど現代の「萌え」の守備範囲とも重なるような気がするのである。

 「萌え=をかし」は女性のもの?

 ここまで清少納言と紫式部の「をかし」を見てきた。さらに他の有名古典を一望してみると、女性の手による作品に「をかし」が多く使われている事実に気づく。
 本来、現前のものに対する反射的な興奮とその表現というのは、女性が得意とする分野なのであろうか。たしかに「ミーハー」的な思考や、「追っかけ」という行動、「カワイイ」という叫びなどは、女性の専売特許のようにも感じられる。
 いや、実は男性にもそういう部分は当然あるし、あったのだ。しかし、それを許さない雰囲気が日本の歴史ではずっと続いてきた。「もののあはれ」や「武士道」、近くは「男は黙って○ッ○○ビール」のように、心中萌えていても、それを表現してはいけないとされてきたのだ。
 しかし、平成の世になり、ネット社会という新しい匿名社会ができたおかげで、我々男も「萌え=をかし」を気兼ねなく発信することができるようになったのである。
 つまり、我々男は、ネット社会において、「名(名誉)」を失うかわりに「萌え」という言葉を得たのである。千年以上幽閉されてきた感情、言語化されなかった感情をついに発することができる時代が到来したのである。

 「萌え=をかし」の時代は終わった?

 千年の時を飛び越えながら、いろいろと勝手な散策をしてきた。おつきあいくださった方々、楽しんでいただけただろうか。
 ひとことで言えば、「萌え」は進化した貴族文化である。現代日本人は一億総貴族化し、ほとんどがヒマとカネをもてあましている。加えて戦争もなく、とりあえずは平穏無事に毎日を過ごせるとなると、人はたいがいオタク的傾向に走る。
 あの過剰に絢爛なアキバの風景は、私には爛熟した国風文化そのものに見える。では、次に来るのは新しい民衆宗教の時代、そして乱世であろうか。
 人は願望や欲求が達成されると、ある種の「むなしさ」を感じるものだ。時間を微分して疑似的な不変性に酔いしれていたことに気づくと、急に時の流れが意識され、極度に不安になったりする。
 もう「萌え=をかし」の時代は終わりつつあるのかもしれない。そして、次はまた「もののあはれ」の時代が来るのだろうか。
 それはきっと悪いことではないだろう。我々にとっても、社会にとっても、そして地球にとっても。
 加えて言えば「国文学」にとっても。なぜなら、「文学」の主たるテーマは、「時」との、「無常」との、「不随意」との闘いだからである。   


17000円也(笑) Amazon 國文學 2008年 11月号

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2012.05.02

祝!? 不二草紙 本日のおススメ 8周年

20120503_94609 日5月2日はこのブログの誕生日であります。2004年の5月2日づけの記事から毎日書き続けること丸8年(約3000日)、総文字数はおそらく500万を超えていると思われます。
 まあ、我ながらよく続けてきたと思いますよ。三日坊主ならぬエセ坊主であるワタクシが、こんなに欠かさず続けるなんて、自分でも信じられません。いったいなんの力が働いているのでしょうか。
 ちなみにこのブログとほぼ同時に始めた「一日一食」も丸8年になります。こちらもよく続いている…いや、こちらは全然苦ではないので別に褒められたものではありませんね。逆に楽ですから。この一日一食については、近々8年間の成果を報告いたします。
 さて、毎年、この誕生日には生まれた時のことを思い出します。一番最初の記事はこちらです。
 短か!w
 いやあ、年を追うごとにどんどん文章が長くなるというのはどういうことでしょうか。ヒマになったんでしょうか。こうして見ると、短い方がぜったい読む人にとってはいいですよね。うむ、ちょっと基本に立ち返ろうかな。
 文体はあんまり変わりませんね、どの時代も。というか…実は最近、ある方のおかげさまで35年前の自分の書いた日記を読み返す機会があったんですが、まあビックリしましたよ。当時私は小学校6年生だったんですが、今と文体や内容がほとんど同じなんですから(笑)。
 なんといいますかね、歯に衣着せぬというか、怖いもの知らずというか、そういうところもありますし、けれど対象に対する愛情やユーモアは忘れないというか。
 昔から言葉でもってモノやコトやヒトとコミュニケーションするのが好きだったんでしょうね。たぶん、こういうキャラは一生変わらないのでしょう。
 実際、このブログに書いた多くの文字のおかげで、本当にたくさんの方々との想定外の出会いがありました。やはり「言霊」というものがあるのだと確信することにも、また、自らの発する「コト」が想定外の「モノ」を動かすという世の本質を知ることにもなりましたね。
 ほとんど自己満足の内容ではありますが、今では一日に1000人以上の方が訪問してくださり、もうすぐ総ページビュー数も300万に達しようとしています。本当にありがたいことです。
 こうなったらもう死ぬまで更新し続けなければならないでしょう。このプログの更新が完全に止まった時は、私が死んだ時だと思ってください(笑)。
 モノである肉体は必ず滅びますが、情報としてのコトは永遠に残ります。ヒトというのは、そのような存在なのです。
 このブログの中心的な思想である「モノ・コト論」。その毎日の実験がこのブログなのかもしれません。私にとっては毎日のお題が禅の公案のようなものなのです。
 「もののあはれ(諸行無常)」という宇宙の唯一の真理に対抗すべく「ことのは」を虚しく吐き続ける人間の、その無力さ、切なさ、健気さ、愛おしさ…今日も修行の日々は続きます。
 今後ともワタクシの修行におつきあいください。よろしくお願い申し上げます。

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2012.05.01

フジザクラとミツバツツジ 2012

Img_4714_2 士山の中腹…いや下腹かな…にある我が家の周辺では、ようやく桜の花が満開になりました。
 桜の花と言っても二種類。いわゆる普通の桜であるソメイヨシノと、富士桜という異名のあるマメザクラです。今朝は両方ともにほぼ満開となっておりましたので、通勤途中の車窓からパチリと撮って来ました。
 昨年の記事を見ると、なんと同様に満開になったのは、5月6日なんですね。ずいぶんと遅かったようです。
 この季節には、いつもこの風景の写真を載せます。昨年の記事からたどっていってみてください。なかなかキレイな写真を見ることができますよ。
Img_4716_2 さて、今日はちょっと天気が悪く、富士山はほんの少ししか姿を現しませんでした。私はドーンと全てが見える富士山よりも、少し山肌がのぞくくらいの方がセクシーで好きなのですが、写真でそれを表現するのはなかなか難しいですね。
 人間の目はとても性能が良いので、花と富士山を同時に見ることができるのですが、写真、特にデジカメだと今ひとつですね。パソコン上である程度調整してみましたが、これ以上リアルになりませんでした。すみません。
 前にも書いたように、富士山と富士桜と三ツ葉躑躅の組み合わせは最強です。霊性のレベルが最高なのです。いずれも木花咲耶姫命のお姿ですから。

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 明るい紫色の三ツ葉躑躅は、出口王仁三郎によると三つの瑞霊の象徴。ミロクの世の出来の時の証(しるし)として植えられたものだといいます。

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 富士山(天教山)と木花咲耶姫の分霊たる富士桜、そして三ツ葉躑躅。このビジョンは特別です。

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 2005年の記事から引用します。「オニさんがミツバツツジを見つけた高熊山は、彼の霊的体験の端緒となった修行の場。夢の中で、その修行を導いたのは、富士浅間神社の祭神木花咲耶姫命の使、松岡芙蓉仙人でありました」

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 この松岡芙蓉仙人のことを知りたいんですよね。なんで松岡なのかとか…。皆さんにはどうでもいいことでしょうけどね(笑)。


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