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2012.04.03

超高層ビルという不自然

480pxskyscrapers_of_shinjuku_2009_ 日の「爆弾低気圧」はすごかったですねえ。というか、「爆弾低気圧」ってなんだ?w そんな言葉ありましたっけ(あったようです)。
 その爆弾のおかげで、富士山周辺もかなりやられました。我が家の近くも何本か木が倒れていましたね。たしかに台風の時と同じです。
 こういう倒木を見るといつも思います。こうして進化して生き残ってきた「自然」でも、そのうちの数%はこんなふうに折れちゃうんだよなと。
 たしかに木々を見ているとある種の「免震構造」が装備されていることが分かりますね。「免震」と言っていいか分かりませんが、しなやかさをもって風圧や雪の重みをかわす術を持っていることが分かります。
 外部からの力に抗するのではなく、身をまかせてやりすごすというのが、「自然」のふるまいであり、ある種経験的な知恵だと言えそうですね。
 では、人間界ではどうでしょうか。昨日紹介のシンポジウムでも語られていた「首都(圏)直下地震」を考えると、はたして人間の造り給うた構造物がそのような「自然」の摂理や知恵にかなったものなのか考えると、はなはだ不安にならざるをえません。
 先日新宿に行った日もとても風が強かった。そこでこんなつぶやきをしました。

『新宿歌舞伎町到着。高層ビル群を見ながら思う。70年代に建ったものは論外として、免震だから大丈夫なんていうのは原発は絶対安全ですというのと同じレベルのまやかしだ。ことが起きて初めて「なんで地震大国にこんなもの造ったのか」ということになるだろう』

 その後このツイートについて、建築関係の複数の知り合いから意見をいただきました。
 一つは「全くそのとおりだ」という意見。一つは「いや大丈夫だ」という意見。そしてもう一つは「正直分からない」という意見。
 ある意味どれも正しいし、全体としてはことの本質をとらえていると思いますね。つまり、一部の悪徳な人間を除いては、この地震大国において、我々の生命と財産を守ろうと真剣に研究し、あるいは施工していることは事実ですし、しかし、その技術はまだまだ発展途上であって、おそら現在においてベストと言われる研究の成果や技術についても、すぐに古くて脆弱なものになりかねないというのも事実なのです。
 ですから、三者三様の意見があって当然です。私はそれぞれ非常に正直な意見と感じました。
 私のようなシロウトが上記のようなつぶやきをすること自体が問題と言えば問題ですが、しかし、シロウトなりの心配というのがあるのもまた事実です。
 たとえば昨年の東日本大震災の際に、免震構造の建物はそれなりに震動を免れ、大きな破壊に至らなかったという報告がなされていますが、一方では「長周期地震動」に対して「免」どころか増幅してしまったという事実もまた報告されましたよね。
 また、最近読んだ雑誌には、基礎に免震を施すことは、本体の耐震を甘くすることにつながるという記事もありました。
 あるいは、予想される「首都直下地震」、特に「東京湾北部」を震源とする大地震の場合、まさに下から突き上げる揺れになるために、従来の横揺れ対応型の免震構造は役に立たないという考え方もあります。役に立たないどころか、基礎自体が破壊されることも懸念されると。
 思えば、都市の超高層ビルなんていうのは、本当に人間の欲望というか、人間のある種の愚かさを象徴しているようにも思えますよね。
 自然界にあのような形状のモノってあるでしょうか。下から上まで同じ太さで、地面から林立しているなんてモノ。子供でもそれが「不自然」だということが分かるでしょう。
 昨日の話にもありましたとおり、あの安定感のある富士山のような円錐形でもけっこう崩壊しますからね。超高層ビルのあの鉛筆のような形状は、自然界においては最も折れやすい、壊れやすいような気もしなくもありません。それが林立しているわけですから心配です。
 樹木というか林や森も似たようなものだと言えなくもありませんが、あの一本一本の中に何千人もの人間が生活しているわけではありませんよね。だから、あのように風で大揺れに揺れてもいいわけです。木々は自分の生命を守ればいいわけですからね。多少枝が折れても構いません。
 人間の林立させた構造物は、基本自分たち人間を守らねばならないので、まず壊れない「耐震」を施し、次に揺れない「免震」や「制震」を発想するのが普通です。
 しかし基本があのような形状なので不安は消えません。9.11を思い出すまでもなく、設計時の「想定外」の事態が発生すれば、大惨事になってしまいます。
 新宿の高層ビルが建ち始めたのは私が小学校の時です。大田区の小学校の屋上で「ベントラ・ベントラ」とか言ってUFOを呼んでいた時(笑)、そこにはすでに4本の鉛筆が立っていました。友達と「UFOに攻撃されて一本倒れればドミノみたいに全部倒れるよな」と笑い合っていたことを思い出します。
 今になって、それが笑い話ではないことに気づきました。人間の叡智(不自然)は、宇宙人ならぬ自然の力に打ち勝つことができるのでしょうか。

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コメント

人間だけは特別だと思っていると、その「叡智」とやらが不自然ということになるのでしょうか?
ひょっとして蟻塚を見てもそう思います?
バオバブやサボテンなんて下から上まで同じ太さどころか上の方が大きいみたいですが、「不自然」でしょうか?
そんな「自然」の樹木だって風が吹けば幹や根元から折れちゃうみたいですが、それは「叡智」の不足なんでしょうか?

私は東京の過密化は「自然」の成り行きだと思っていますよ。結果、土地が少なくなれば高層化して有効利用しようとする発想も。

風で折れる木のように、種全体で見てある程度リスクを背負った方が、効率的な発展が望めるのでは無いでしょうか? トライ&エラー。見返りを大きく欲張ればその分痛手も覚悟しなければなりません。

投稿: LUKE | 2012.04.05 18:05

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