缶蹴り
毎年恒例となっている新入生歓迎お花見&缶蹴り大会。今年もまた盛り上がりましたねえ。自分で言うのもなんですが、ホント面白い学校だと思いますよ。
そうそう、今年の3年生は、無農薬の米作りにも挑戦しますし、ブルーベリーの栽培、ジャムの製造まで体験します。とにかく自然と格闘する体験を重視しているというわけです。
昨年はこちらの記事にあるように21日に実施しました。一昨年は13日。ということで、今年の桜の開花は少し遅めということですね。
さてさて、この「缶蹴り」ですが、昭和以来長く伝承されている遊びですね。とは言え、最近の小学生の缶けり体験率は25%を切ったそうです。なんか寂しいですね。缶蹴りができる環境がなくなったということでしょうし、集団での外遊びの機会も減ってしまったということでしょうか。あるいは、缶を蹴るという行為自体がゴミを散らかす非道徳的なこととされてしまうのでしょうか。
そういえば、2009年のセンター試験で「かんけりの政治学」という評論が出ましたっけね。こちらで論評しております。あの評論でもどちらかというとノスタルジーの対象として描かれていたような気がします。
缶蹴りは基本的に鬼ごっことかくれんぼの混合した遊びです。そこに、「缶」というアイテムによって陣取りの要素も加わっています。
缶の一般家庭への普及を考えると、やはり戦後に発祥した遊びという気がします。陣取り的な発想、捕虜とその解放の発想などからも、戦争へのノスタルジーや子どもならではの憧憬というものが感じられますね。
そう、今日みんなで缶蹴りをした「忠霊塔」はですね、その名が表すとおり、日清・日露戦争、第一次世界大戦、そして第二次世界大戦の戦没者の慰霊のためのモニュメントや施設ですから、そこで擬似戦争的遊びをすることには、何か意味があるような気もします。
私は単純な反戦主義者ではありませんから、その辺に関してはどちらかというと寛容といいますか、子どもたちがこういう遊びをすること自体がむしろ御霊に対する慰めになると考えます。異論はあって当然ですがね。
まあ、そんなことは抜きとして、毎年のこと、こうして崖から落ちるなどの危険を顧みず、山全体を使ってダイナミックな「集団外遊び」ができる生徒たちは立派だと思いますよ。子どもたちを見ていると、少し安心したりします。
頭脳戦、集団戦、ゲリラ戦などなど、それぞれ個性が現れて面白いですよ。こういう中から、生きる力=死なない力を身につけるのでしょうね。
この缶蹴り、我が校の伝統としてこれからも続けていこうと思っています。
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