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2012.03.31

リストの「キリスト」に「人間」を聴いた…

リハ風景
Img_4583 スト「キリスト」全曲演奏会、盛況のうちに終了いたしまた。
 ご来場くださった皆さま、ありがとうございました。そして、演奏者の皆さま、お疲れ様でした。
 本当に素晴らしい体験をさせていただきました。お誘いくださった淡野弓子、太郎さまありがとうございました。
 私にとっては全くの未体験ゾーン。新たな発見が多数ありました。リストを演奏するのも初めて。というか、19世紀後半の音楽を演奏するのも初めてです。
 私、変なんですよね(笑)。古楽と現代大衆音楽は演奏するけれども、いわゆるジャンルとしての「クラシック」の部分がすっぽり抜けていた。最近皆さまのおかげでそこを埋めつつあります。
 今日もバロック・ヴァイオリンでいつもお世話になっている渡邊慶子さんと話したんですが、「あごで押さえて弾くのも久しぶり」「ヴィブラートのかけ方が分からない」など、モダンの方々からすると、実に妙な状況なんですよね(ま、まんまバロック・チェロでリストを演奏していた猛者もいらっしゃいましたが…笑)。
 私はモダンをちゃんと弾いたことがないので、音楽や楽器や演奏技法の変化(進化かどうかは別として)というのをつくづく感じることが多い。おそらくそうやって歴史の流れ通りに技術を習得していっているのは、世界でも私くらいでしょう(笑)。
Img_4584 あれだけ大きな会場で演奏するのも初めてでしょうかね。新宿文化センター、初めて足を踏み入れたんですが、すごいですね。区でああいうホールを持っているんだ。
 そしてホールに設置してあるパイプオルガン。ああいう大型のパイプオルガンを生で聴くのは実は初めて。初めて聴くのが演奏者として、というのが実に多いですね。
 楽器のみならず、楽曲に関しても、最近そういうことが多くて楽しい。今回の「キリスト」ももちろんそうです。実はロマン派自体初めての経験です。聴くこともほとんどなかったので。私にとってのロマン派は演歌でしたから(笑)。
Img_4580 初めてと言えば、今回の演奏会の一つの目玉、リストが指定した「ハルモニューム」という楽器のことも書かねば。
 私たちヴィオラのすぐ後ろに鎮座したこの楽器がハルモニュームです。まさにリストの時代、19世紀のオリジナルです。日本はもちろん、世界でもなかなかお目にかかれない。
 ものすごく簡単に言ってしまうと、昔幼稚園にあった(今でもあるのかな?)足踏みオルガンですね。実際歴史的に考えてもそういうことです。
Img_4579 私のすぐ後ろで「ふいご」が動いていました。風の音、それも人間が起こす風ということで言えば、やはり管楽器に近いのでしょうか。リストがこの楽器を使いたかった理由がよく分かりました。
 ヨーロッパの演奏家たちによるこのリストの「キリスト」の録音でも、ほとんどがオルガンで代用されています。それが、日本でこうして復元演奏されるすごさ。リストもびっくりというか、喜んでいることでしょう。
 そして、全くの偶然だそうですが、新宿文化センターのパイプオルガンは、ハルモニュームも製作したというかのカヴァエ・コルの様式によるロマンティック・オルガンです。すなわち、強弱がつけられるオルガンですね。19世紀ロマン派の夢とアイデアと工業技術が凝縮した空間となりました。
 もちろん、ロマン派の音楽に対する挑戦と実験、そして発見という点でも興味深かった。いや、大変でしたよ。あんなに♯や♭がたくさんついた楽譜を読むのは初めてですから。そして、いきなりのめちゃくちゃな転調(笑)。♯7つから♭5つとかね。対応するのに必死…というか死亡。
 なぜ、私たち近代人はああいう表現を必要としたのでしょうかね。近代人というか、近代ヨーロッパ人でしょうか。古代日本人(?)である私には、正直別次元での出来事というか、いやある意味新しくも古臭いような気もしましたね。
 つまり、いつも言っている、「近代ヨーロッパ音楽」という世界的に見ると非常に特殊で狭い音楽に対する自己嫌悪というか自己批判というか、それが現れているかなと。五線譜に表現される(表現されてしまう)音楽の異様さというか、不自然さというか、そういうコトに対してモノが湧いてきたような感じでしょうかね。
 その象徴が長三度の気持ち悪さでしょうか(こういうと理解されないことが多いのですが、世界全体で見ると実際そう感じる人の方が多いのです)。そこを克服するために不協和音や半音階、そして異常なほどの珍奇な(!)転調を施したりして、その座りの悪さをごまかそうとした感じがします。
 バッハ(神)に対する絶対的な敬意と、そこから生まれる「人間」の卑屈な精神というか。いや、悪い意味ではなく、人間回帰なんですよ。そして、その後印象派が生まれ、さらにジャズが生まれ、現代の大衆音楽で再び「人間性」を取り戻したと。聖から俗への回帰というか。
250pxliszt_lehmann_portrait そういうプロセスを痛烈に感じながら演奏していました。リストも人間性を取り戻そうと必死だなと。それも「キリスト」の一生を通じて、信仰における「人間性の回復」も含めて、歴史と戦っているなと。
 私は音楽に限らず、ロマン派についてなんの経験も知識もなかったのですが、今回の経験で、急に何かつかんだような気がしましたし、私の中に「ロマン派的なるモノ」があることが分かりました。これは大きな発見でしたね。
 やはり、自分が経験して初めて分かることがたくさんありますね。それも自分の守備範囲外のことを経験すると、ある種の「苦痛」や「困惑」が発見の手助けをしてくれる。今さらながら「成長痛」「筋肉痛」「産みの苦しみ」を味わった気分です。
 本当にありがとうございました。
 最後に、そんなロマン派の原点回帰、人間性回復の祈りを感じた1曲を。今回のオラトリオ「キリスト」の第13曲。ハルモニュームと女声合唱による聖歌です。この古代性こそが実はロマンだったのかと実感して、本番中に涙が出てしまいました。足踏みオルガンの懐かしさってこれだったのか…。
 この動画ではハルモニュームではなくオルガンを使っているようですが、ぜひ聴いてみてください。復活祭のグレゴリオ聖歌です。最後の和音のみ近代人リストが現れていて、それはそれで感動ですね。

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