『日本人の脳』 角田忠信 (大修館書店)
初音ミクの声(音)はいったいどちらの脳で聴いているのでしょうか。
昨日、vocaloid版のロ短調ミサを紹介しました。私はなぜか機械である彼女らの歌が心に染みるんです。それも不思議なもので、日本語の歌よりもドイツ語やラテン語など外国語の歌の場合に特に顕著に反応してしまう。
これはいったいどういうことなのでしょう。
というわけで、とんでもなく懐かしい本を引っ張り出してきました。大学の時ですよ。これを買って読んだのは。当時の私は真剣に「言語美学」というのをやりたかったんです。小林英夫という人が先駆的な研究をしていた分野ですが、その後は「科学」にはなりえないということでしょうか、すっかり鳴りを潜めてしまいました。
結局私は尊敬していた教授に若気の至りを指摘され、直接的には言語美学を研究テーマにすることは断念しました。しかし、日本語と音楽の関係を知りたい気持ちは捨てられず、当時やっていた山田流箏曲の秘譜をアクセント史的に解析するという若気の至りを果たしてしまいました(笑)。いやあ、楽しかったなあ。
で、その時の参考文献の一つが、当時最新画期的の「角田理論」を紹介したこの本だったわけです。
世界中でほとんど日本人だけが、「虫の音」や「雨音」などを左脳で言語的にとらえているという、日本人にとっては、非常にショッキングというか、いやいやちょっとうれしいというか、そういう科学的データ満載の本でした。
あれから30年経って読んでみても、なかなかエキサイティングでしたね。なんでも、今の最新の脳科学でも「角田理論」を否定しきれないようですね。つまりどうもこれは確からしいと。ますます面白いじゃないですか。
角田さんは、日本人がこのような認知をするのは、遺伝的な要因ではなく後天的の要因、すなわち習得する日本語が母音に特別な意味を蔵しているからである、とします。
これが日本語や日本人の起源論にもつながっていきますし、東西の音楽の比較にも、またワタクシの「モノ・コト論」や「オタク論」にもつながっていきます。面白いですよ。
角田さんは、左脳を「心」担当、右脳を「もの」担当としていますが、これはワタクシ的には「コト」と「モノ」そのものになります。意識と無意識、既知と未知、想定内と想定外。
日本人は左脳に偏っている、すなわち「コト」として自分の箱庭の中で解釈するオタク的な傾向が強い。虫や雨という自然のみならず、アニメのキャラだとか、デジタル化された音声であるとか、そういうものにも感情移入してしまう。
ウチのカミさんなんかその典型ですね。素晴らしいサンプルです。彼女の認知パターンは超左脳的です。つまり言語的。猫の鳴き声のみならず、すべての事象を「翻訳」できますからね。初音ミクを歌手として真剣に尊敬してますし(笑)。そして反対に、たとえばヴァイオリンなどの西洋楽器音には全く無関心。言語化されないようです。バッハなども勝手な歌詞をつけ(もちろん日本語の変な歌詞)、ようやくメロディーを認知できるとのことです(笑)。それができないと興味のない雑音以下。
世界一般としては、こういうのは「幼稚」だと言われます。ある意味発達障害。日本人のネオテニーですね。いい年してお人形さんになりきって喋ったりしてるわけですからね。それが日本の貴族文化、いやオタク文化の特徴です。そして、これは決して恥じることではなく、誇るべき特質である…と最近は思いますし、実際世界の評価はそうなりつつありますね。
私なんか、比較的東西の音楽をバランス良く聴いたり演奏したりしている人間だと思いますけど、たしかに両者は脳の違う領域で認知している感じがしますね。どこどことは言えませんが、違うことはたしかです。
ちなみに、日本人は右脳を全然使っていないかというと、これがまたそうではないところが面白い。現状の認知が左脳寄りになるということは、右脳には余裕があるということです。そうするとどうなるかというと、現状ではない、過去や未来への「想像力」の場として右脳が活用されるということです。
それが新たな世界を創造することは、まさに日本のオタク文化が証明していますね。右脳はイメージとクリエイトの場だということです。ま、これもまた私の右脳による勝手な「ゾウゾウ」なわけですが。
とにかくこの本は今でも十分に刺激的です。特に小泉文夫さんと角田さんの対談は興味深かったなあ。なんていうか、ほんの30年前だけれども、学問の世界も今よりエキサイティングだったような気がしました。
Amazon 日本人の脳
| 固定リンク
「音楽」カテゴリの記事
- Keith Jarrett Trio 『I Fall In Love Too Easily』(2021.04.12)
- コント 『従軍看護婦』〜由紀さおり 『空の神兵』(2021.04.11)
- 冬木透(蒔田尚昊)『君が代 パラフレーズ』(2021.04.09)
- バッハ 『復活祭オラトリオ BWV 249』(2021.04.08)
- 交響詩「ウルトラセブン」より「第3楽章 ウルトラホーク発進」 / 冬木透(2021.04.07)
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 『日本習合論』 内田樹 (ミシマ社)(2021.04.01)
- 『日本の感性が世界を変える 言語生態学的文明論』 鈴木孝夫 (新潮選書)(2021.03.30)
- 地下鉄サリン事件から26年(2021.03.20)
- 『ゲンロン戦記ー「知の観客」をつくる』 東浩紀 (中公新書ラクレ)(2021.03.01)
- いろいろな「二・二六」(2021.02.26)
「心と体」カテゴリの記事
- 和歌の予言力(2021.04.03)
- 『日本の感性が世界を変える 言語生態学的文明論』 鈴木孝夫 (新潮選書)(2021.03.30)
- ホモ・パティエンス(悩める人)(2021.03.31)
- 『俺の家の話』最終回に嗚咽…(2021.03.26)
- 追悼 古賀稔彦さん(2021.03.24)
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 『海辺の映画館 キネマの玉手箱』 大林宣彦監督作品(2021.04.10)
- 『8日で死んだ怪獣の12日の物語』 岩井俊二監督作品(2021.04.05)
- 『日本習合論』 内田樹 (ミシマ社)(2021.04.01)
- 『日本の感性が世界を変える 言語生態学的文明論』 鈴木孝夫 (新潮選書)(2021.03.30)
- ホモ・パティエンス(悩める人)(2021.03.31)
「自然・科学」カテゴリの記事
- 南海トラフ地震や首都直下地震、富士山噴火。天災リスクのリアル(2021.04.02)
- 『日本習合論』 内田樹 (ミシマ社)(2021.04.01)
- 『日本の感性が世界を変える 言語生態学的文明論』 鈴木孝夫 (新潮選書)(2021.03.30)
- ホモ・パティエンス(悩める人)(2021.03.31)
- EV推進の嘘(2021.03.17)
「文学・言語」カテゴリの記事
- 和歌の予言力(2021.04.03)
- 『日本習合論』 内田樹 (ミシマ社)(2021.04.01)
- 『日本の感性が世界を変える 言語生態学的文明論』 鈴木孝夫 (新潮選書)(2021.03.30)
- 『三島由紀夫 vs 東大全共闘 50年目の真実』 豊島圭介監督作品(2021.03.28)
- 武藤敬司は世阿弥を超えた!?(2021.03.14)
「モノ・コト論」カテゴリの記事
- 『日本習合論』 内田樹 (ミシマ社)(2021.04.01)
- 『俺の家の話』最終回に嗚咽…(2021.03.26)
- 地下鉄サリン事件から26年(2021.03.20)
- 能・狂言から「いま」を読み解く (武蔵野大学オンライン講座)(2021.03.13)
- (マイナスな)コトタマは恐ろしい…(2021.02.25)
コメント
これは私も、ずいぶん触発されて凝りました。懐疑的に、ですけど。
たとえば、日本人が左脳優位なのは、聴覚(音→言葉翻訳癖)に関してであり、視覚(デザイン感覚)に関しては優れて右脳的ではないか?とか。言葉脳に関しても、西洋ロジック的な論理としての言葉ではなく、マントラ(呪文)的なシンボルとしての言葉優位である、とか…。
西洋音楽でも、バイオリンのメロディなどは左脳直撃で話しかけてくるようで、BGMになりづらいけど、複数のストリングスになると右脳っぽい。世界の巨匠と呼ばれるような演奏家は、その両方(両脳)の音を持っていて、本能的にうまく組み合わせてるような気がします。
投稿: Dr.TOM | 2012.02.12 10:56