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2012.01.27

「リリジョンフリー」というアイデンティティ

Store 道家でもある我が校の校長から宮脇磊介氏の講演録のコピーをいただきました。拝読して感銘を受けましたので紹介させていただきます。
 リージョンフリーならぬ「リリジョンフリー」という発想はなかなか面白いし、日本人のアイデンティティの根幹をうまく表した言葉だと思います。
 「宗教」という言葉や概念からの解放ということで言えば、出口王仁三郎の思想もこれに近いかもしれませんね。
 私は「武士道」という言葉にある種の違和感を抱いてきた者なのですが、今回の宮脇さんの解説により自分なりに腑に落ちるところがありました。
 その他、「武道」ではなく「武芸」、「見」でなく「観」、さらに「観」でなく「映」、スポーツとして勝つために何が必要か…などなど、非常に興味深いお話が盛りだくさんです。
 結局植芝盛平が最強ってことでしょうか。ということは、やっぱりその師である王仁三郎はとんでもない大化物だったということですね。そんなことも再確認しました。
 では、縦書きでどうぞ。

 宮脇磊介 「日本のアイデンティティとは何か」を考える 「国際化する武道」と日本文化に連綿と流れる「普遍的価値」  全日本剣道連盟剣道文化講演会 2011.12.10

(はじめに、の部分は省略させていただきます)

 武道の国際化

 みなさまご存じのように、日本の武道が国際化しております。柔道も合気道も国内の参加人口よりもはるかに多い人たちが、海外で稽古に励んでいます。剣道もまた、海外人口が増えてきて、世界選手権大会がもたれるに至っています。そうした状況下で、特に近年、柔道、なかでも男子柔道が国際試合で金メダルを取ることが難しくなってきました。怪力の選手や巨大な選手に、力で振り回されて、技が出せない哀れな姿がテレビで報じられるようになりました。日本のお家芸であった柔道が、世界各国のレベルに追い付かなくなってきますと、国際団体の中での主導権が日本から離れて行く状況が見られるようになりました。本来の日本の柔道が長年受け継いできたルールが変更され、否定されてきました。白ではなくて、青い柔道着も現れました。日本は、当初、こうした日本流のルールを変えられることに反対しました。
 しかしながら、武道をスポーツ化した以上、また、国際的に広まってきた以上、「テレビ向け」と「コマーシャリズム化」は、必然的であり宿命的であります。オリンピックや世界選手権大会で、世界中の視聴者に分かりやすく楽しんでもらうためには、柔道着の色で識別してもらうのが、最も適当です。普段柔道の試合を見たことも無い視聴者、選手の名前も知らない視聴者が、両方とも白い柔道着を着ていては、興趣(きょうしゅ)が湧いてきません。世界の流れに従わざるを得ません。
 でも、100%国際柔道連盟が決めたことに従ってよいのでしょうか。決してそうではありません。また、国際柔連としても、いかにスポーツ化したからといって、世界の人々から支持されている「柔道」が求める精神面での意味が否定されては、柔道ではなくなってしまう。国際化された「JUDO(じゅうどう)」にも限界があることが次第に分かってきました。海外で柔道に魅力を感じて稽古に励む人たちが求めるものは、「礼に始まって礼に終わる」ことを始め、「謙虚な心」で相手に対峙すること、などの「求道」でした。それまで否定するわけにはいかないことに気付いてきました。皆様方ご案内のとおりです。一方、日本の柔道界には、ぎりぎり最後まで守り抜かなければならない価値は何か、譲ってはならないものは何か、が厳しく問われてくることになりました。
 「日本柔道の真髄」とは何か。それは、「日本文化の本質」にかかわるものであります。言葉を換えて言えば、「日本のアイデンティティ」が問われてきたのです。剣道でも、全く同じ傾向が見受けられるようになりました。武道とは異なる日本文化でも、俳句などでは、国際俳句連盟の方が、海外各国に向けて影響力を持つようになってきています。

日本のアイデンティティ

 さて、ちょうどこの頃、日本の社会でも、武道の国際化とは関わりなく、「日本のアイデンティティとは何か」が、日本の文化人や学者などの間で、にわかに論議されるようになりました。
 武道に限りませず、あらゆる分野に亘って日本のアイデンティティが問われるようになってきたのでした。それには、東西冷戦の終結に伴う「グローバリゼーション」が関わっているように思われます。
 それぞれの国は、言葉の相違だけではなく、それぞれ異なる文化を持っています。お互いの国、相手の国の文化を知り、それと自国、日本の文化との違いを知ることが、国際的な交際や折衝に欠くべからざる要素となってきたのです。文化とは、それぞれの国や民族の「アイデンティティ」と表裏をなすものです。その国の文化の本質・文化の精髄が、その国の「アイデンティティ」に他ならないからであります。
 さようなことからでしょう。文化人はじめ多種多様な人たちが「日本のアイデンティティ論」を取り上げるようになりました。そこで等しく「日本のアイデンティティ」として取り上げられたのは、「武士道」でした。新渡戸稲造氏が英文で著した「BUSHIDO」が、なにかと引用されて、「武士道が日本のアイデンティティである」かのように、喧伝されるようになりました。
 みなさま。武士道を日本のアイデンティティと考えてよろしいのでしょうか。とんでもない話です。ちょっと考えればわかることです。「武士道」という言葉が歴史上、現われたのは、いつごろでしょうか。そうです。戦国時代の後期、武道をおやりの皆様ご存じの「甲陽軍鑑」からです。「武士道」が、武士の行動規範として主張され、広まったのは、江戸時代に入ってからのことです。たかだか400年前のことではありませんか。
 日本の歴史は、神話の時代に始まります。日本の神話を初めて綴ったのは、皆様ご存じの「古事記」です。そこに、「武の文化」ともいうべき「日本文化の源流」が明瞭に示されています。日本人としての価値観も示されている。現在においても、それが連綿と受け継がれている。しかも、途切れることなく、です。「日本のアイデンティティ」が、そこに見出されるのです。にもかかわらず、たかだか400年前からの「武士道」を、1300年ほど前から示された、「武の文化」の長い歴史があるにもかかわらず、「日本のアイデンティティ」とすることは、いかにおかしいことか。子供にでも分かることです。そんなことが、堂々と横行する日本の現状は、嘆かわしい。賢明なる皆様方には、そう御感じであろうかと存じます。
 このようにして、日本は、そして日本人は、日本のアイデンティティを見詰め、日本のアイデンティティを心の中に据えておくことが求められるようになった。そう考えてよろしいのではないでしょうか。  
 「アイデンティティ」と言う言葉は、日本人には分かり難い言葉です。「アイデンティティ」を平たく申しますと、「自分で見つけた自分」「自分自身の個体(個人・民族・国家など)の価値」と考えてよいでしょう。したがって本論では、「日本人自身で見つけた日本ないし日本人」「日本本来の日本の価値」「日本人であることの価値」などと、大まかに理解しておけばよいと考えています。定義にこだわると、「神学論争」に嵌まってしまいがちです。
 日本は、島国です。たしかに、「黒船ショック」がありました。「明治維新」という無血革命も、成し遂げました。しかしながら、これまで、日本ないしは日本人は、「世界の中の日本」「世界の中の自分自身の価値」をあまり考えないでも、なんとかやってこられました。「自分が何であるか」とか「アイデンティティは何か」を問いかけなくても、今まではそれで済んできた。そう思ってきたのでした。それが、日本が国際化から後れをとる大きな原因のひとつにもなっていたのです。
 さて、きょうのお話のタイトルは、「日本のアイデンティティとは何かを考える」とさせていただきました。「考える」としましたのは、「日本のアイデンティティ」について、わたくし自身の考えを申し上げようとしているのではなく、みなさまと一緒に「日本のアイデンティティとは何か」を考えて参りたい、それについて、わたくしとして出来ることは、みなさまと考えるに当たって「ヒント」になるであろうことを提供させていただきたい。さような考えからにほかなりません。この点、あらかじめご理解賜りたい。心からお願い申し上げたい、さように存じております。

 武芸を体験しない文化人

文化人が語る新渡戸稲造氏の「BUSHIDO」を引用する「日本のアイデンティティ論」で痛切に感じられますことは、日本の文化人たちが日本の「武芸」に馴染んでいないことであります。剣道・柔道など「武道」の稽古をした経験が無い人が殆どです。武道への「関心」といっても、せいぜいオリンピックや世界選手権大会でのテレビを見るくらいの程度です。そんな人たちが、「武士道」や「日本のアイデンティティ」を論じて本や随筆を書いたりしているのです。
 さきに申し上げたように、日本の文化の底流をなすものに、「武の文化」があります。日本文化を論じる時、欠かすことの出来ない重要な要素です。
 日本の歴史は、豊葦原瑞穂国(とゆあしはらみずほのくに)の生成に始まります。古事記などが記す神話の時代から、日本人の祖先は、タケミカズチノ神を「武の神」としたように、武を尊び、刀剣に格別の権威を抱いていました。神代(かみよ・神話の時代)にあって、刀剣の持つ力への崇敬の念は、日本人の精神性の柱をなしていました。また、「心身の在り方」として、「明らけく清らけくあること」が尊ばれ、「禊ぎ(みそぎ)」「祓い(はらい)」が、穢れのない清澄な精神に導く手段でした。
 その後の日本の歴史は、武芸におきまして、世界の他の国々や地域で発達した武術と異なって、「相手を殺傷しないあり方」を求めるところに特徴を示すようになりました。「平安な心のありよう」を追及する茶道・華道・能楽など、日本の伝統文化には、日本古来の「武」が尊んできた、「高い精神性」から生まれる「平和な心・清冽(せいれつ)な心」のありようが、底流をなしてきたのであります。
 このように、古事記の時代からの日本にあった「武の文化」が、日本文化の底流をなし、あるいは、直接間接に影響を及ぼしてきたのでした。したがいまして、「日本の文化」を論じる時、この「武の文化」を抜きにして語ることは出来ないのであります。
 また、最近の傾向として、茶道、華道、俳句、柔道、合気道などの伝統文化の中には、日本国内よりも、海外の愛好者人口の多い所も出てきました。また、昨今は、アニメやマンガなどのサブカルチャーと言われるものが、日本の人びとの理解を越えて、世界の人びとの心をとらえるようになっているのです。日本の人びとが、自らの文化の本質への理解を欠いているために、その本質を海外の人たちに解説も出来ない。そんな状態が、許されなくなってきているのです。ここに、きょうのテーマである「日本のアイデンティティ」ですとか「武の文化」への国民挙げての理解が求められるゆえんであります。
 なお、すでにお気づきの方もおられるでしょうが、きょうのお話では、日本古来の武に関する体技を、「武芸」と呼称させていただいております。「武道」「武術」「武芸」と三つの言葉を、使い分けいたしております。「武道」という言葉は、皆様ご存じのように、明治時代に入ってから一般化しました。「武術」という言葉には、技術・技(わざ)に重きが置かれている印象がございます。そこで、日本古来からの「精神性」と併せて「心のありよう」を含めた「武芸」を適当と考えました。

 国際試合で金メダルを取るためには、どうしたらよいか

 さて、それでは、まず第一に、日本の武道が当面抱えている国際化に伴う問題点とそれをいかに克服するか、について検討を致したい。第二に、その背景にある日本古来の武芸への関心を喚起する必要性。第三に、日本の武芸を担ってきた先人達が求めた究極のものは何だったか、について、検討を進めて参りたい。
 その上で、連綿として流れてきた「武の文化」を底流とする「日本の文化」に眼を転じて、三つのことを申し上げたい。一つは、その特徴、「日本文化の特質」を、皆様と共に確認し合いたい。二つには、その「日本文化の精髄」が、こんにち、および、これからの「世界に普遍的な価値観」として全世界に向けて提供することが、日本の役割であることを申し述べたい。そして三つめ、最後に、その中で「日本の武道家の役割」、武道家が考え、かつ、なすべきことは何か、を見詰めて参りたい。換言すれば、「日本武道の目的」とするものは何か、ということです。
 まず、当面の問題として、本来日本が元祖であり、日本のお家芸とされてきた日本武道が、各種目の国際試合で、圧倒的に金メダルを獲得するためにどうしたらよいか、について見て参りたいと思います。
 柔道に例をとってみますと、特に、男子の不振には、目を覆うものがあります。負け方の多くは、外国選手の怪力に屈して技を出せないうちに負けてしまうパターンです。「力負け」しないことは、今や、世界を目指すものにとっては、絶対的な必要条件なのです。日本選手は、いくら技が切れて、「美しく勝つこと」や「一本勝ち」を勇ましく宣言しても、外国選手の怪力に歯が立たず、惨めな結果となるパターンの連続です。世界を目指すからには、優れた技を持ち、かつ、長身や目方のある怪力外国選手を相手にして力負けしないだけの怪力と持続力とを持つことが先決です。いくら技が切れても、体力が伴わない選手は、もはや、始めから「国際試合不適格者」として国際試合へのエントリーから外してしまうことです。「国内試合優勝用選手」に甘んじさせる以外に道はありません。
 剣道でも、同様なことが言えるのでしょう。体力とその持続力、集中力とその持続力に加えて、柔道とは異質の様ざまな資質が求められることでしょう。
 怪力に加えて、技(わざ)の習得について格別の工夫があってしかるべきであります。これには二つの道があります。一つは、世界中、古今東西の格闘技の技を取り入れて、必要なものを身につけることです。もう一つは、日本古来の武道家が心血を注いで開発し、磨き上げた格闘技の技を吸収することであります。ここでは、後者について考えてみます。
 世界一を目指すからには、「世界最高の技」を習得しなければなりません。
日本古来の日本の武芸各派が、長年月をかけて、生死を賭けた勝負での「必勝」を期するために開発し、磨き上げてきた独特な技や手法がございます。近代科学では、説明のつかない、無数のノウハウが、そこにあります。
 16世紀後半に、上泉伊勢守信綱が、当時主流をなしていた、力とスピードで相手を圧倒したうえで自分の得意とする技に引き込んで勝つ、という戦い方に囚われないで、相手の動きに対応して、いかなる形の攻撃に対しても無理なく勝つ方法を体系化し、全く新しい流派を創設しました。それが、新陰流でした。また、合気道は、相手の力や心身反応を利用して、相手の態勢を崩すのが基本原理です。
 スポーツ武道の国際試合で勝利を得ようとするのであれば、日本選手は、手近なところに、海外の選手たちが直ぐには真似の出来ない、日本独特の幻妙にして多彩な技と理法が山ほどあることに着目し、その精髄を窮める修練を尽くさなければならないのであります。
 武田惣角の「壁抜けの術」ですとか、三船久蔵の「空気投げ(隅落し)」などもクリアしたいものです。前者は、目にもとまらぬ速い所作(しょさ)と催眠誘導が基礎になっているように思われます。また、相手に触れないで投げ飛ばす「隅落し」は、相手が自分自身でも感じていない心身反応のツボへの刺激と反応の活用と考えられます。夥しい魚の群れが一斉に同一方向に流れるように移動するのは、何百万年という長い年月のなかで、身の危険をかわす必要から、一般の人間からすれば、一瞬としか感じられない時間が、魚群にとっては、身をかわすのに十分な時間となっているからだと思うのです。「凝縮された集中力による時空のスパンの変化」といってよいものでしょう。植芝盛平が屡しば口にしたと言われる、戦地で鉄砲玉が見えるから当たらない、と言ったことは、ある程度合点がいくところです。なお、植芝盛平の十人掛け・十人飛ばしのフイルムを見ると、座位のまま、目にもとまらぬ早業で、前後左右に移動して、体さばきをしていることが分かります。人並み外れた修行の賜物が、そこに明瞭に映し出されているのです。
 勝負での必勝法を見出そうとする時、欠かせないのは、宮本武蔵の「平常心」です。皆様ご存じのように、武蔵は、「平常心」と言う言葉は使いませんでした。「兵法の道において、心の持ちやうは、常の心に変わることなかれ」と説くのを、一般に「平常心」と呼んでいるわけですね。俗な解釈では、「緊張せずに、平素と同じようなリラックスした気持ちで試合に臨め」と理解されています。そんな気持ちで真剣勝負に臨んでは、たちどころにバッサリやられてしまいます。武蔵が言わんとするものは、「必勝は、真剣勝負で相手に負ける事のない最高の精神状態を、日常平素から持ち続けていることによって得られる」と言うことにあるのでしょう。皆様に申し上げるまでもないことです。
 宮本武蔵は、「見(けん)」でなく「観(かん)」と説きました。これについて、植芝盛平が、「観(み)る」でなく「映(うつ)る」じゃ、武蔵はまだ完成していなかった、と評しました。「映る」という捉え方は、柳生家の一大事(秘伝)である「西江水(せいごうすい)」の中にも出てきます。「心が何物にも煩わされることが無くなり、心が明らかとなってすべての道理が分かるような状態である。この状態になると、自ずと敵の心が自分の心に映ってくる」と解説されています。

 武芸を担ってきた先人たちが求めた究極のものは何だったのか

 このように、日本には、他の諸国、特に西欧諸国の近代科学では、到底及びもつかない幻妙な技(わざ)が山ほど開発されてきました。「小宇宙」とされる、人間の経穴や無意識の反射反応を自在に操ることにより、手を触れなくても相手のバランスを崩し、相手の力で相手を無力化する技までも、伝習されているのであります。人体構造における心身の玄妙な働きのメカニズムに、厳しい修行を通じて迫った結果、習得された貴重な文化遺産であります。
 日本の武芸諸流派が共通して鍛錬するものに、「呼吸法」があります。意義の説明の仕方や鍛錬の手法は、まちまちですが、言わんとするところは皆同じです。「心身の働きを自在にする」「集中力を高める」「丹田に気を集める/気を練る/気を蓄える」と、心身の全ての感覚が総動員され、かつ、状況に応じて最も有効に機能する状態を作り上げる効果を期待します。
 森羅万象ことごとく「宇宙のリズム」に随って生成し、消滅します。呼吸の加減は「宇宙のリズム」に則したものであることでなければなりません。結局、諸流派が「極意」「奥儀(おうぎ)」として求めるものは、「無形の位(くらい)」「轉(まろばし)」「無構え(構えあって構え無し)」その他様ざまな表現がありますが、いずれも、「いかなる状況にも対応できる心身の状態」に尽きます。それが「自然のありのままの心身の姿」であり、「宇宙のリズムに適ったあり方」などと表現されるのであります。
 武技が高度なものに磨かれてきますと、重点は「力」よりも「技」へと移ります。次いで「心のありよう」が、修練の目標として見えてきます。さらに進むと「相手を殺傷しないで制圧する」「相手と力によるバトルをしないで勝つ」「気位(きぐらい)/高度な精神力を相手に感応させて戦意を喪失させる」といったことを尊し、とするようになります。
 日本の武の文化は、西欧での武のありようと異質であります。刀剣については、日本では古来から権威あるものとして受け止められ、精神性が尊重されます。天皇の天皇としての証しである三種の神器には「草薙の剣(天叢雲剣・あめのむらくものつるぎ)」があります。海外では、どうでしょうか。ダガーナイフや青龍刀など、精神性の無い「殺傷の用具」でしかありません。また、戦国時代から江戸時代にかけて「武士道」「士道」など武士の行動規範が武家社会の中に広まりました。日本の「武士道」と西欧の「騎士道」もまた、質を異にします。日本では「死生観」を見詰める精神性が強い。これに反して、西欧の「騎士道(chivalry)」では、「勇気」「婦人尊重」などを看板にしていますが、本質は「カッコよさ」の顕示というスノビズム(俗物主義)に過ぎないのです。

 武芸に求めていた究極の目標

 ところで、では、先人が武芸に求めていた究極の目標・究極の理念は、何だったのでしょうか。植芝盛平は、「武技は、天の理法を体に移し、霊肉一体の至上境に至る業(わざ)であり、道程である」(「合気道の精神」)と説いています。「宇宙との一体感/一体化」「宇宙の理法に適った心身の働き」「宇宙のリズムとの調和」などとも説かれています。この場合の「宇宙」という言葉は、「自然」「山川草木・森羅万象」「天」などと置き換えることが出来るでしょう。
 「身心一如(しんしんいちにょ)」と説かれるように、日本では心身は、キリスト教文明で考える二つの別々のものではなく、一つであります。五感や経穴、あるいは、それら以外に未だに発見されていない心と身体の反応・感応のメカニズムは、心身一体のものとして捉えられなければなりません。そうでないと、日本の諸武芸の理法や、それらの奥にある究極の目標である「宇宙の理法」は、理解できません。

「世界に平和をもたらす理念」への集約

 武芸の先人達が、後世に残そうとしたものは、何であったのでしょうか。
日本の武芸は、殺傷の技術から出発しながら、その中に「神武不殺(しんぶふさつ)」すなわち「殺すなかれ、破るなかれ」を理想としてきました。そして、「相討ち」から「相抜け」へと脱皮するなど、相手を殺(あや)めたり、傷つけたりする世界から、相手を生かし合う世界へと転化を進めて参りました。
 日本の武芸の中で、代表的なものは、剣術と柔術でした。剣術は、本来、刀剣という「武器」によって相手を殺傷する技術であります。しかしながら、日本では、やがて、相手を活かして勝つことを求めるようになりました。柔術は、もともとから、武器を持たないで、「無手」「空手・空拳」で、場合によっては武器を持つ相手にも勝つ、という技術を目指してきました。 
 柳生新陰流の流祖、上泉伊勢守信綱は、真剣勝負での必勝法を極めようとして、その極意に達しました。しかしながら、上泉伊勢守は、自分が極めきれなかった「無刀の位」を工夫することを、兵法者として名をなしていた大和の国の柳生宗厳(やぎゅう・むねとし)に託したのでした。宗厳は、「無刀の位」を極めることに成功しました。武器を持たないで、武器を持っている相手を制圧する手法を編み出したのでした。これは、塚原卜傳(つかはら・ぼくでん)が、「一の太刀(ひとつのたち)」を考案して、その開発した木刀使いの威力を発揮して、すべての相手を、パワーとスピードで捩じ伏せたのと対照的であります。上泉伊勢守が目的とした哲学は、この卜傳流のやり方を乗り越えることにあったのでした。
 合気道になりますと、これまた、殺傷の技術から出発しながら、次第に、「神武不殺」へと、相手を生かし合う世界へと転化しました。技法、技の出し方も、決して自分自身から先制攻撃をしないことを練磨の基本とし、これを「武の究極の理法」としました。そして、「人と争わず、自然を損なわず、力でのぞまず、対すれば相和す。宇宙との和合を目指す愛の武道(、それ)が、合気道である」(植芝盛平)としたのでした。
 講道館の創設者、嘉納治五郎師範は、「柔道とは、心身の力を最も有効に使用する道」であって、かつ、「相助相譲自他共栄の道」であるとしました。「精力善用」「自他共栄」の理念であります。これは、今日これまで述べてきました日本武芸が長い年月の中で求めてきたものの集大成であると言えるのでしょう。また、日本から世界に向けて、「発信」を意識した一つの体系化された理念でもありました。事実、国際的な武道界で、こんにち膾炙されているところであります。なお、嘉納師範は、「無心にして自然の妙に入り、無為にして変化の神を極む」と説きました。上泉伊勢守・柳生宗厳の「無構え」から進めて、「無心」に到達したのでした。宮本武蔵の五輪書「空の巻」の最後の締めくくりの言葉は「心(しん)は空(くう)なり」とあります。相通じるものがみえてきます。

 「武の文化」を始めとする日本文化を生み出すことができた「環境」

 これまで皆様に申し上げてきた事柄は、異論はありましても、日本人にとりましては、格別の違和感なく理解でき、受け入れられることだと思います。ところが、海外、なかでも白人支配のキリスト教文明諸国の人びとにとっては、なかなか理解されないのです。どうしてでしょうか。理由は、はっきりしているのです。そして、この点は、日本文化の特質、および、その発生の源を考える上でとても大事なことであります。
 日本人は、長い歴史上、ほとんど「宗教」と「イデオロギー」の呪縛を受けてきませんでした。それは、日本にとりまして、とても恵まれた環境だったと言えます。そうした拘束の無い中で、日本人は、自由闊達に精神活動を展開することが出来、様ざまな文化を育てることが出来たのでした。
 海外では、そうはいきません。17世紀以来、世界は、白人によるキリスト教文明支配に覆われました。キリスト教は、一神教の宗教です。人間が創ったフィクションに基づく一神教や一神教文明は、人間が生まれ持った自由で無垢な心と行動を、宗教上の戒律によって、ときには強制的に、一つの方向に、人間を加工してしまいます。
 こうした、ヤーヴェ信仰に基づく、唯一絶対の神への服従を説き、天国と地獄、それに悪魔の存在を心底信じさせられてきた「一神教のユダヤ教(旧約聖書)やキリスト教の世界」は、日本に存在しないと言えるくらい、影響力を持っていません。そのために、日本では、古事記の昔から今日まで、「明らけく清らけく」ある心を、切れ目なく保持しつつ、日本独特の自由な環境の中で、絢爛たる文化が育ってきました。自由で平等な人間性を謳歌し、闊達な神話や芸術作品を産んだギリシャの環境は、キリスト教によって断絶しました。
 この「一神教の拘束から自由な環境」を「リリジョンフリー(religion free)」と呼ばせて頂きたいと思います。英語として、必ずしも正確な表現とはいえないかもしれません。また、もう一つ、一神教の宗教だけからの自由ではなく、他の諸々のイデオロギー上の精神的制約を受けない自由までを含めている。ほぼ完全な「自由環境」を意味しております。その「リリジョンフリーの環境」によって、「日本文化」があるのです。
 「日本人の信仰心」は、学問的には、「アニミズム」として捉えられてきました。西欧キリスト教文明からは、やや軽侮の意味が籠められていました。「日本人は、無宗教だ。野蛮人だ」とする見方です。しかしながら、むしろ、日本が「リリジョンフリー」であることを、誇ってよいことだ。そう強調したいのです。欧米の人から「神(GOD)の存在を信じるか」と、問われることがあります。 日本人の宗教観を確かめたいのでしょう。その時は「一神教の神(GOD)は信じません。宇宙に存在する万物を支配している“宇宙の理法”の存在を信じます。そして、“宇宙の理法/宇宙のリズム“に適った、心身の在り方、呼吸の仕方、物の捉え方、考え方をすることが、”人間本来の姿“と考えています。それが、人に”幸せ”をもたらせもします」と答えればよいのです。
 また、キリスト教文明諸国からは、日本は「神道の国」とか「儒教の国」とか言われてきました。しかしながら、神道には教義も無ければ経典も無い。また、布教行為もありません。宗教の定義は無数にあります。けれども、こうした神道までキリスト教と肩を並べて宗教とはとても言えるものではありません。また、儒教についても、本来、生活上・処世上の指針のようなものでしたし、日本では、中国や韓国よりも遥かに宗教的色彩が薄まっているばかりか、江戸時代に儒学者の手によって加工されて、「武士の行動規範」として、変形・変質されたものになっていました。仏教は、キリスト教・イスラム教と並んで、世界の三大宗教の一つとされてきました。しかしながら、仏教は、もとより一神教ではありません。さまざまな宗派がありますが、教義も、一言でいえば、困った人に投げられる「筏(いかだ)」と説明されています。このようなことから、日本を「リリジョンフリーの国」と表現することが適当でしょう。

 リリジョンフリーの国であることの恩恵

 日本が「リリジョンフリーの国」であることが、どれだけ日本人自身に幸せをもたらせているか、計り知れないものがあります。皆さんにも、お考えいただきたいと存じます。
 リリジョンフリーの日本の環境のもとで、絢爛多彩な文化の花が、長い歴史の中で、いつの時代にも、咲き匂い、咲き誇ってきました。海外からも「日本文化の特徴」と指摘されてきたのは、「わび」「さび」「もののあはれ」「いつくしみ」など、「繊細で洗練された美意識と感性」であります。和歌や俳句には、「人間以外のものの心」を詠(よ)むものが多く見られます。日本人は、人間以外の生命体、動物・植物、ですとか、石や岩のような無機質の物体、ロボット、人工衛星はやぶさなどですね、そういうものを含めて森羅万象すべてに「心(こころ)が存在している」と感じているところから生まれる発想です。何とでも心が通じるのです。ですから、和歌・俳句にあらゆるものの心が詠みこまれるのです。
 日本の文化には、「より高い精神性を求める」という特質があります。その「精神性の希求(追い求める)」は、日本文化の全ての領域に亘って浸透しています。茶道、華道を始め、野球道からマンガ道など、何でもかんでも「道(どう」」をつけてしまいます。また、何でもかんでも「神様」にしてしまいます。千葉幕張には、ロッテを優勝に導いたバレンタイン監督を祀った「バレンタイン神社」があります。東電本社の屋上には、エジソンを電気の神様にした「エジソン神社」があるそうです。地方では、あちこちに〆縄を巻いた大きな岩が、神様として祀られています。
 また、「感謝」の気持ち。なかでもはっきりしているのは、「自然に対する感謝の気持ち」です。キリスト教文明諸国では、「人間は万物の霊長」であり、「人類が自然を征服」する、とされているのとは、正反対です。キリスト教文明諸国での「感謝」は、神が人間に求めるものです。日本人が持つ「感謝」は、本来自然に生まれてくる感情です。では、どういうところから自然に感謝の気持ちが生まれるのでしょうか。それは、「畏敬の念」のあるところに生まれてくるのです。自然に対する畏敬の念が、日本人の「感謝の気持ち」の根源なのです。
 「自由」「人権」などの価値観・概念も、キリスト教文明諸国と日本とでは、異質です。欧米では、「束縛から解放された自由の状態」です。日本の場合は、「人間としてありのままの心の状態」が「自由」な状態です。また、「人権」も、神が人間に付託されたものとされるのに対して、日本ではもともとそれと比較される概念がみあたりません。人も動植物も森羅万象ことごとく平等だからなのです。多くの日本人に気付いてもらいたいことです。「日本は、欧米先進諸国と価値観を共有する」と言われます。なにも相違を積極的に強調する必要はありません。しかしながら、日本人/日本国民としては、心の中では、きちんと整理して、そのアイデンティティを堅持していて頂きたい。そうお願いしたいのです。
 ただいま、「自由」について申し上げました。日本では「とらわれない心」「無心」という言葉でも置き換えられます。そして、これらは、「武の文化」が求めてきたもの、そのものであります。これが、「リリジョンフリーの環境」の下で、初めて存在できる、そして、自分自身で認識できる「人間の本来の姿」なのです。そうした「リリジョンフリーの環境」の中で、日本人の「洞察力」「直観力」が研ぎ澄まされます。また、「想像性(イマジネーション)」「創造性(クリエイテイヴィテイ)」が伸び伸びと発揚されます。世界トップを行くファッションデザイナ―や建築家が日本から生まれるわけです。国家の支援ではなく、文化のお蔭なのです。
 日本の時代劇と米国の西部劇との間に決定的な違いが見られます。日本の時代劇では、武芸の達人が、道角(みちかど)の向こうに潜む敵、あるいは、背面から足音を忍ばせて近付いてくる敵を、「気配(けはい)」で察知します。これに対して、西部劇では、拳銃王といえども分かりません。危険地帯に入って、きょろきょろしたり、石を投げて反応を引き出したりするにとどまります。
 「道徳」にしても、キリスト教文明諸国では、宗教上、神が示すもので、道徳教育は宗教教育の一環です。日本では、躾(しつけ)のように様ざまな価値観などを混然と取り入れた社会行動規範と併せて、個々人の価値観にゆだねられています。日本の武道の目的が、「人格形成」という、日本人の感覚からすれば宗教色の無い道徳的なものとされていることも、「リリジョンフリーの環境」のしからしむところでありましょう。
 近年、日本武道の国際化によって来日して修行する海外選手とは別に、欧米はじめ、海外諸国から日本古来の武芸や文化に強い関心を寄せて遥々来日する人が増えてきました。強くなるための修行だけでなく、日本の武芸や文化の本質は何かを、宗教とは離れて、自ら哲理的(「理」に照らして)かつ体系的に求めます。また一方、アニメやマンガなど日本のサブカルチャーに熱狂する世界の若者が増えています。なぜでしょうか。キリスト教文明の傲岸さやイスラム教諸国との宗教を異にする対決構造。同じ宗教内での宗派の対立など、血を血で争う戦争や紛争に倦(あぐ)んだ人たち、そしてまた、キリスト教の「人間が自然を支配する」とする考えが、自然破壊をもたらし、人類の生存に危機感を抱き始めてきた人たちが、自由な「リリジョンフリーの国・日本の文化」に魅力を感じるようになってきた。そう考えて当たらずといえども遠からず、でしょう。

 まとめ

 さて、きょうの皆様へのご報告も、終わりに近づいてきました。ここで、これまで申し上げてきたことを、かいつまんで、整理させていただきたいと思います。
まず、日本の武道が国際化してきて、国際試合で、海外の選手の方が、日本のお家芸である剣道や柔道を脅かす存在になってきた。その結果、日本の武道が守り抜かなければならない価値は何か、すなわち、「日本武道のアイデンティティ」が問われることになってきた。ということでした。
 次に、それでは、「日本の武道の本質」をなすものは何か。それを、武芸の達人といわれた人びとを始め、先人達が武芸の求めてきた究極のものは何だったのか、に目を向けることを通じて、探り当てようと試みました。そして、極意とか奥儀と言われているもの、および、その周辺にある考え方、すなわち、心の在り方、ものの捉え方が、「古来の日本文化の本質」と重なり合う、あるいは、「日本文化の本質」そのものであることが、理解されてきました。
 その「日本文化の特質」とされる多彩な美点は、ことごとく、「リリジョンフリー」ともいうべき、日本独特の自由で自然な精神環境の中で生まれ、そして、育ってきたものである、という姿が浮かび上がってきました。
 そして今、海外の人たちが、日本古来の武芸や、日本に新しく生まれてくるサブカルチャーまでの、幅広い分野に亘って、日本の魅力を感じ、心を寄せるようになってきた。それは、すなわち、日本文化の本質の中に、「世界に共通する新しい価値」、それを背景にした「世界全体に広まるであろう普遍性のある理念」。普遍的理念であります。海外からの関心の高まりは、それが世界に平和をもたらせる理念であることを予感させる現象、と考えてよいものであることが言えるようになってきた。
 つまり、「リリジョンフリーの環境」への憧憬(しょうけい)か芽生えつつある中、海外から日本の武道や文化、サブカルチャーまで、それらの本質を追究しようと人たちは、日本の文化、なかでも「武の文化」が究極的に見出した、「世界に平和をもたらすであろう理念」が、「リリジョンフリーの環境」の中からでこそ、生まれるものであることに、気付いてくることになるのでしょう。そして、そのことが、日本で生まれ育った理念を世界に広める素地になって行くことでありましょう。

 武道家の役割

 そこで、次に考えなければならないことは、「武道家の役割」です。「世界の中の日本」を視野に入れた、日本の武道家の役割です。日本の武道家がこんにち目指すべき目標は、なになのでしょうか。
 日本の武道界では、日本の伝統文化である「武道の目的」を、心技体の一体的な修練を通して「人格形成/人間形成」を図ること、としています。1987年(昭和62年)4月23日に日本武道協議会が制定した「武道憲章」には、その第1条に、「目的」として「武道は、武技による心身の鍛練を通じて人格を磨き、識見を高め、有為(ゆうい)の人物を育成することを目的とする」とあります。
ですが、人格形成/人間形成を図る程度のレベルを目指すことが、いまや、「世界の中の日本武道の目的」として留まったままでいてよいのでしょうか。
 また、新しい技法や心の在り方を開発する動きが見られないことも、大変気になるところです。私は、柳生新陰流について、昭和38年、内務省の柏村信雄先輩に連れられて、参宮橋の道場に行って二十世柳生厳長先生の講道を受けました。落合の養神館道場に変わって柳生延春先生に、そして現在は、二十二世の耕一厳信先生について学んでいます。古武道一般に言えることですが、もっぱら、奥儀を開発した先人の教えを学び、継承するばかりで、更に新たな奥儀・極意を開発しようとする気配が見られないことに物足りなさを感じざるを得ないのです。つい明治・大正そして昭和の初期までは、種目にもよりますが、開発努力の厳しい修行がありました。いまでは、そこそこの心技の継承にとどまっているのです。それはそれで貴重なことです。けれども、それでよいのでしょうか。教えていただきたいのです。
 一方、スポーツ化した武道種目では、試合に勝つことに集中する。これはやむを得ないことですが、経営の厳しい道場はともかく、大学などでは何とかならないものでしょうか。「武道の目標」について、小学生以下には「躾(しつけ」「礼」を、中学生には「人格形成」を、高校生には「武の文化」を、大学生には「リリジョンフリーの国・日本の文化」を、そして、大学研究室、学校・職場・道場指導者などの武道専門家には「日本ないし日本武道のアイデンティティ」「世界を平和に導くに普遍的な理念」を、といった形で整えるなどの工夫があってよいのではないでしょうか。
 「武道と日本文化とのかかわり」については、本日論考をしたところです。この点について、気になることは、海外から武道や文化に強い関心を持って日本に来て修行をし、文化を学ぶ人たちの貪欲な努力です。彼等/彼女らの方が、本家本元の日本の武道家に先んじて「日本武道のアイデンティティ」に到達しかねない懸念です。
 先人たちの厳しい修行の積み重ねの上に築かれた「世界平和実現に向けた普遍性のある理念」、その背景をなす「リリジョンフリーの精神環境」、そこから次々に生まれてくる「繊細にして洗練された日本文化」と「自由闊達な発想力と創造力に富んだ日本文化」を、海外の人たちと十分議論し合えるだけの説得力と、いつでも海外に発信できる力とを涵養することとあわせて、自らが、先人達が見出した極意・奥儀を超える心技の開発を目指すことが、いま、日本の武道家に求められているのではないしょうか。
 時間が参りました。以上を持ちましてご報告に代えさせて頂きます。ご清聴有難うございました。以上


 


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コメント

 武田惣角を研究して10年になります。生家や関係者を取材して、昨年8月月刊「秘伝」に「武田惣角空白の時代」を掲載しました。
 戦前は格式や身分などが重視され、古事記や戦国武将などを引き合いに出して、これが今もって語られていることに違和感を持ちます。
 武田惣角は幼い頃から盲目の妹を世話をした。戊辰戦争後、隣りに住んだ武芸18般の達人から指導を受け、怪我の後遺症から霊能者の易者に九字護身法、真言宗瑜祗経(ヨガ)、易などを学び、気を自在に操り「合気」を発見しました。今までの史実とはまったく違います。
 合気の語源は、禅密功の陰陽合気法(呼吸法)で、密教の宇宙合一、中国の天人合一と同じでです。合気道の宇宙合一は出口王仁三郎から教えられたとありますが、もともとあるものです。
 合気はアイキと訓読みですが、古い文献はゴーキの音読みです。武田惣角も易者も農民で本来なら修行できる身分ではありません。易者は戊辰戦争の背景から藩の命令で特別な修行をさせられ、自分と同じ能力をもった惣角に教えた。
 ヨガを修行した惣角は、道場を持たず、組織化せず、名誉も欲せず、ヨガの哲人のように生きた。易者も無料で病気治療、占いをやりました。
 出口、植芝は神道系宗教で組織化するという違いがありました。神がかりの予言は、卑弥呼の時代じゃあるまいし、新興宗教の考え方には賛同できません。
 相撲、柔道はお家芸という話がありますが、日本は西洋化して、生活が便利になったから勝てなくなった。
 モンゴルでは、家畜の世話、乗馬、弓、相撲がチンギスハーン以来続いているから強い。心技一体、力、気転が自然とつくられている。
 自動車に乗ってメタボの親から、世界に勝つ人材が育つのは難しいかもしれません。
 武道教育を叫ぶなら、創作された古代神話は不要です。勝ち負けよりも、武道教育で人格形成、道徳など大事なものがあることを教えることが先でしょう。
 
 

投稿: 池月映 | 2012.02.16 10:55

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