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2011.12.03

「悩み」は「愛」の権現

↓タカ・クノウの「愛」に完敗の定アキラ、再び立ち上がれ!
20111203084 仕事が一つ終わってホッとしています。しかし、その結果新たな「悩み」が…ま、なんとかなるっしょ(笑)。
 少しのんびりして、夜(夜中)に家族で昨日のIGF両国大会「INOKI BOM-BA-YE 2011」をサムライTVで観賞。いやあプロレスはいいなあ。
 プロレスって単純な勝敗の世界ではありません。ある意味「負け」から物語が始まる世界です。負けたところからどう立ち上がって成長していくか。それこそが「闘魂」であります。
 というわけで、今日は人生の「負け」とも言える「悩み」の有用性について書きましょう。
 「悩み」というと、どうしてもマイナスのイメージがありますよね。しかし、悩んでいるだけでいい方向に行くことなんかありません。
 今日の大仕事の中でも語っちゃいましたが、いつも書いているように、人間は「ストレス」や「想定外」や「悩み」と言われる状況がないと成長しないのです。「快適」や「安逸」というのは、今日の自分が昨日の自分と同じだということのサインです。
 学校現場におりますと、日々そういうことを感じるわけですよ。自分だけでなく、成長期の中高生の様子を目の当たりにしているわけですからね。ウチの学校では、そういう意味でかなり生徒にストレスをかけています。一人一人、あるいはクラスに課題を与えることが多いのです。
 もちろんそれは単なる「宿題」とか「罰則」とか、そんな低次元のアイテムということではありませんよ。生徒も人間ですし、先生も保護者も人間ですから、まあいろいろあるのは当たり前。その当たり前の「ストレス」をどう解決するかという課題こそが、いわば新たな「ストレス」となっているのです。
 そして、そのストレスを乗り越えるために何をどう考えるべきなのか、具体的にどういう行動をとればいいのか、一緒に話し合います。そこには絶対的な「愛情」と「信頼」とがあります。
 世間全体もそうなんですが、いい人間関係、いい世の中というのは、「安心して悩める」環境のことなんですよね。案外私たちはそのことを忘れています。
 ウチの学校ではそれほどありませんが、今の親はとにかく我が子にかかるストレスを解消することばかりを望む。解消以前にストレスが発生しないことを望む。つまり、「快適」や「安逸」こそが子どもたちにとって幸福だと思ってしまうんですよね。そして、当たり前に発生してしまったストレスに対して、「学校が悪い」「友達が悪い」というようなことを言い出す。それこそが「モンスター・ペアレント」ということになります。
 誰も成長痛や筋肉痛は悪いことだと思いませんよね。不快ではあるけれども、それが解決することを知っているし、それが成長や筋力アップにつながることを知っていますからね。
 心にもそういう「痛み」があるのです。それが「悩み」ですね。もちろん体の痛みにケガや病気のように心配すべき種類のものがあるのと同様、心の痛みにもいろいろな種類があります。
 私たちはいちおう学校教育のプロ集団ですから、それぞれのストレスの見極めはかなり得意なんです。そのストレスが本人の成長にとってどういう意味を持つのか、あるいは逆に沈滞を招く可能性があるのか。治癒するのにどれくらいの時間がかかるのか。どういう処方をすべきなのか。とりあえず鎮痛薬を与えるべきなのか。周囲のどういう協力が必要なのか。お医者さんの見立てと同じですよね。
 そして、その裏側には、「勝ち」や「成功」や「克服」が促す「成長」という観点があるのはもちろんです。というか、その両者は不即不離の関係、いや表裏一体ですよね。当たり前です。
 ちょっとここから話のスケールが大きくなりますよ。なんていうかなあ、我々って「重力」の上に生きてるじゃないですか。でも、日々それを意識することはあまりない。
 でも、この前宇宙飛行士の古川聡さんが久し振りに地球に還ってきて、その重力の存在を改めて感じていましたよね。約半年、その重力というストレスから解放されて、ずいぶんと筋力や骨密度が落ちたそうですよね。
 なんていうかなあ、重力というストレスは、これは地球の「愛」だと思うんですよ。その上に私たちは立っている。赤ちゃんは立とうとしている。そのために筋力はつき、骨密度は高まる。木々や草もそう。あるいはビルでさえも。
 絶対的な「愛」から自立しようとしているわけですね。それが「成長」そして「生きる」ということだとも思うのです。
 そう考えると、寝たきりの老人は、ある意味その地球の「愛」に身をまかせることになったとも言えますね。大地の「愛」に還ったのだと。充分に頑張って成長して生きてきたので、やっとその懐に抱かれることを許されたと。
 私たちの心の「悩み」も、実はこうした大きな「愛」なのかもしれないと思うのです。それは実は常に存在しているのだが、それを「やだなあ…」とか「ストレスだ」とか感じるのは、何かそういうきっかけがあるのであって、それは私たちが「重力」を意識する時のように、自分が成長する時、あるいは何かを達成しようとしている時なのかもしれない…。
 今日はなんとなくそんなことを思いました。相変わらず能天気でいいね!と言われそうですけど、実際私は毎日こう感じて生きていて、そしてこんな感じなのですから、まあしかたないですね(笑)。これからも、この世の全ての「愛」に甘えて、そのおかげさまで生きていくことでしょう。「悩み」は「愛」の権現様(仮の姿)なのでした。


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