フィクションとリアル、デジタルとアナログ、コトとモノ
今日は文化の日。私は原宿の東京中央教会にてコンサート。たくさんのお客様にご来場いただき気持ちよく演奏させていただきました。
しかし、不思議なもので、これだけ経験を積んでいても、なぜか本番になると今まで間違ったことのないところで間違ったり、突然分からなくなったり、変なことが気になったりするんですよね。興味深い現象ですね。昔ならそういう状況に陥るとパニックを起こし、さらなる非常事態が発生するのですが、まあ年の功でしょう、そんな非日常な自分を冷静に観察できるようになりました(笑)。
さてさて、今日はなんとなくまとまらないことをつらつらと書き散らそうと思います。文化の日なので(?)。
けっこう前から「コトを窮めてモノに至る」という言い方をしてきました。なんだか分からないという方も多いと思いますが、たとえば、「型(カタ…コトと同源です)」にはまればはまるほど、どんどん個性が顕在化してくるというようなことありますよね。スポーツや芸術や禅の修行やファッションや、まあいろんなことにあてはまります。
音楽なんかもそうです。私が今日演奏したバロック音楽なんかも、そういう「カタ(コト)」が力を持ち始めた頃の音楽です。和声や調性、対位法、拍子、数の象徴性や作品の構成などが、ずいぶんと固まってきた時期です。
しかし一方で、神の世界に人間の感情がくいこんでいく時期でもあり、そういう「劇的」な表現が発達したとも言えます。カタ(コト)がはっきりしていく中で、人間や自然の中に存する何か(モノ)が表出されてきたわけです。
ところで今日は文化の日。皆さん、文化の日は明治天皇のお誕生日だということ意識していますか?明治節です。明治時代なら今上天皇の誕生日ということで天長節。
今日の会場は明治神宮のすぐ近くでしたから、あのいかにも現代的で非明治的であるはずの空間に、なにか不思議な空気が漂っていたのも事実です。まさにコーティングされた現代都市というコトに滲出する明治天皇の霊(モノ)。
そう、今日会場入りする少し前、道路が工事で混んでいましてね、渋滞に巻き込まれたんです。約30分くらいノロノロ動いたり止まったり。で、私の車のすぐ後に、今日は明治節ということでしょうかね、右翼さんの街宣車がいまして、ずっと軍歌を流していたんです。
おかげさまで、久しぶりにゆっくり軍歌を聴きました。なんかとても懐かしい気持ちになりました。これもどこまでがフィクションでどこからがリアルなのか、なんかよく分からない、それこそ「物語的」な世界になりましたね。モノガタリとはまさに「モノ」を「カタ」ることですから、本当のことを表現するために、あえてウソをつくことなんですよ。
考えてみれば、明治天皇という存在、あるいはあの明治神宮という存在、あるいは右翼だ左翼だなんていう存在自体、フィクションと言えばフィクションです。だいたい、そういう右とか左とかいうデジタル的なものってフィクションなんですよね。絶対唯一の天皇自体、その補集合の存在を仮定せずにはありえないので、ある意味とってもデジタルな産物であります。しかし、そこを起点に多くの怪しいアナロジーが生まれたのは言うまでもありません。
それから、また話が飛びつつ一つに集約されていきますが、会場である東京中央教会はセブンスデー・アドベンチスト教会の施設です。SDAはいわゆるプロテスタントに属しますが、土曜日を安息日にするなど、ちょっと珍しい教えを持っています。プロテスタント自体が、まさにカトリックに対するプロテストという、ある意味左右みたいな発想に基づくデジタル的なコトですが、その中でもさらなるプロテストがあるわけでして、そうして行くうちに、なんだか実に多様なモノが現出してくるわけですね。たいがい宗教というフィクションはそうやって「自然(モノ)」に帰っていきます。
ついでに、また飛びつつ戻ります。その教会の隣に、浮世絵の太田記念美術館を見つけましたので、せっかくですから本番前昼食の時間に(私は昼食は食べないので)行ってきました。これが実に面白かった。まさにフィクションのオンパレード。
今展示されている企画は「浮世絵戦国絵巻〜城と武将」でした。江戸期は、たとえば絵本太閤記の事件が示すように、徳川家以外の戦国武将を扱うのがとても難しい時代だったじゃないですか。しかし、徳川家に不満を持つ江戸庶民はついついいけないモノに興味を持つ。
だから皆さんご存知のように、この時代は検閲にひっかからないように、見え見えのウソを連発するわけですよ。浮世絵でも当然そうです。もっと古い時代の武将に仮託したり、名前を微妙に変えたりしてですね、私は徳川家の批判なんてしてませんよと。
それが見え見えバレバレなのが面白い。つまり、ウソはウソだと分からなければ意味がないわけです。ウソだと分かるから、裏の真実が見えてくる。まさにコトがモノを生むのです。
特に幕末から明治初期にかけて活躍した大蘇芳年(月岡芳年)の作品は面白かったなあ。いつのまにか彼を象徴することになった「血みどろ」とか「妖怪」とか、そういういかにも彼「らしい」という後付けのフィクション世界はほとんどありませんでした。あのフィクションは三島由紀夫あたりが作り出したものか?
しかし、そういう物語は抜きにしても、あの激動の時代を見事なウソでホントを表現した天才ですね。ある意味師匠の国芳よりも才能あったかも。
と、いろいろ語ってきましたが、自分でもよくわかりません。こうやって語ることも全てウソと言えばウソです。全ての歴史は偽史である。そういうことです。しかし、その集合体は結局、ホンモノに帰って行くのでしょう。だから、ウソはたくさんつくべきです。もちろんウソと言っても人に迷惑をかけるウソはいけません。皆さんも私の語ることを信じないようにしましょう(笑)。
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