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2011.11.07

追悼 鳴戸親方(元横綱隆の里)

Imgres 常にショックです。少年の私を支えてくれた恩人が突然亡くなりました。
 「隆ノ里」に出会ったのは小学生の時でした。私たちは休み時間となれば砂場で相撲ばかり取っていました。そういう時代でしたね。私も真剣に力士、いや行司になろうとしていましたっけ。
 「隆ノ里」は当時十両でした。全く注目されない一若手力士だったと思います。なぜ彼のごひいきになったかというと、本当に単純でして、私の名前にも「隆」の字が入っていたからです。当時その字を使っている力士は他にいませんでした。
 その後、彼は「隆の里」と改名し、節制と辛抱と精進を重ね、持病の糖尿病を克服して、昭和58年には第五十九代横綱となりました。そして新横綱として全勝優勝。その後もかの千代の富士の唯一のライバルとして大活躍したのでした。
 その間、私はどうだったかと申しますと、中学、高校になりますと、プチ神童だった(?)小学生の頃の面影はどこへ、なんだか節制も辛抱も精進もできないダメダメな人間になり、それこそ昭和58年には大学入試にも大失敗し、隆の里の横綱昇進は不本意にも山梨県の山の中の大学で祝うことになっていました。
 いや、「祝う」という気持ちすら湧かなかったかもしれません。当時の私にとっての隆の里の活躍は、私のダメダメさを浮き上がらせるまぶしさに過ぎなかったからです。
 本当にごく私的な世界での話ではありますが、このように私にとってはなんともかけがえのない存在であった隆の里関。まさかこういう時に、こういう形でこの世から去ってしまうなんて…。
 まじめな方だったからこそ、ここ数年の相撲界の騒動、そしてご自分の身に降りかかった問題に、強いストレスをお感じになっていたことでしょう。
 最近の一連の話については、私もかつての相撲ファンとして言いたいことがたくさんあります。いや、このブログでも何度も書いてきたかもしれませんね。鳴戸親方のまじめさ、真剣さが認められないような相撲界には、いや日本には何も期待できません。本当にお気の毒です。
 最後に弔意をこめて、以前スポーツは「良い子」を育てるかの記事の中で紹介した鳴戸親方の言葉に関する部分を再掲します。どうかごゆっくりお休みください。

 鳴戸親方(元横綱隆の里)は横綱になった時、「なぜ相撲を取るのか」「何のために相撲を取るのか」という哲学的な自問を繰りかえしたそうです。到達した答は…「それは愛だったね」。
 そう、隆の里関は、それまでお世話になった無数の方々への報恩こそが、相撲(自らの仕事)の本質であることに気づいたのです。これは実に仏教的な発想ですね。美しく重い言葉であります。

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