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2011.10.31

房総半島沖で「スロー地震」再来

20111101_92516 災科学技術研究所が房総半島沖で「スロー地震」再来というプレス資料を公開しました。
 ちょうどおとといの再びM9が!?という記事の最後に「房総沖でM8以上の地震が発生する確率が上がっています」と書きましたので、いよいよかとも思いました。
 しかし、冷静に考えてみると、これはいろいろなケースが考えられますね。
 NIEDが発表したように、今まで房総沖で周期的に発生していたスロースリップが、かの大震災によって普段の周期よりやや早めに発生したという可能性もありますね。これは広義の「余震」ということができます。
 余震ということでいえば、周期的なスロースリップとは直接的に関係なく、東北の大地震のいわゆるアフタースリップ(余効変動)であるという考え方も可能です。3.11のアフタースリップはおそらく各所(海域など)で起きていると思いますが、このたび観測網の発達した房総半島付近で観測されたということでしょうか。
 最悪なケースとしては、このスリップが、想定されるM8以上の大地震の前震、前兆現象であるというケースです。この可能性も捨てきれないので、気象庁は注意を喚起したのでしょう。
 いずれにせよ、スロースリップが発生すると周囲の応力に変化が生じますので、いわゆる普通の地震を誘発することが多々あります。そうした孫誘発地震も震度6程度の揺れになりますから、たしかに注意が必要ですね。
 おおといツイートしたとおり、私も先週は「いやな体感」がありまして、また雲の方もやや東方の歪みを感じさせるものが観察されていたので、それでおおといの記事の最後に「房総沖大地震」の可能性を書いたのでした。
 もしかすると、そうした体感や雲はこのスロースリップに関するものだったかもしれません。公式な見解は見ていませんけれども、おそらく今回のスリップはM6〜7に相当する運動量だったと思いますから、何か感じても不思議はありません。
 今のところ、このスリップはいったん終了したように見えます。しかし、微妙な体感は続いていますので、これからも私なりに空を観察したりしながら、様子をうかがっていこうと思っています。
 房総沖と言っても、大まかに言って3ヶ所あります。半島に近い東側、はるか東方沖、そして南方沖です。そのいずれもが危険な状況であることはたしかです。問題は3月の大地震の影響がどこまで及んでおり、どういう形で表れるかです。正直それは現代の科学では判断できないでしょうね。
 いずれにせよ、千葉のみならず関東の皆さんはそれなりの覚悟と準備が必要だということです。当然東海村についても…ちゃんと津波対策とかできてるんでしょうかね?


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2011.10.30

神童(早稲)モーツァルト

111030_10_33_19_hdr 日は横浜市開港記念会館でのカメラータ・ムジカーレ第51回演奏会においでいただきありがとうございました。我が校弦楽合奏部のカワイイ生徒も5人わざわざ来てくれました。無事帰れたかな。
 皆様のおかげさまで、ワタクシも大きな事故なく楽しく演奏させていただきました。
 まあそれにしても今回もまたこの団体らしい非常に中身の濃いプログラムでしたねえ。なかなかこんなにいっぺんに聴けませんよね、普通。どれもメインディッシュになりうる曲ばかり。3日には東京の原宿で同じプログラムの演奏会があります。ぜひどうぞ。

ヴィヴァルディ/室内協奏曲 ヘ長調 「海の嵐」
モーツァルト/チェンバロ連弾のためのソナタ ハ長調
テレマン/「パリ四重奏曲集」 より 組曲第1番 ニ長調
テレマン/「音楽の練習帳」 より トリオハ短調
テレマン/「食卓の音楽」第2集より 3つのヴァイオリンのための協奏曲 ヘ長調
ラモー/オペラ・バレエ「優雅なインドの国々」 より 管弦楽組曲

 私はヴィヴァルディのソロ・ヴァイオリンと、あとは後半の協奏曲と組曲のヴィオラを担当しました。ですから、他の曲は控室で半分聴衆の立場で楽しませていただきました。
 私自身本番で初めて全貌を知る曲もありました。特にモーツァルトの連弾は今まで全く聞いたことがない曲でしたね。
 なんと、モーツァルト9歳の時の作品だとか。そうそう、つい数日前にウチの下の娘が9歳になったんですけど、たとえばあいつがこんな曲作っちゃったら、そりゃあ親としては商売のネタにしちゃいますよね(笑)。まさに天才、神童。
 YouTubeに今日と同じチェンバロ版があったので聴いてみてください。

 曲想はたしかに子どもらしいものですよね。しかし!テクスチュアというか内声の編み方なんか、まあホント天才ですわ。四手のための曲っていろいろ難しいんですよね。音が多くなりすぎてもいけないし。とにかくいつもと違う効果を狙わなければならない。
 そう、効果ということこで言えば、上の絵にもあるとおり連弾には音だけでは分からない楽しみもあります。今日もそこが「見もの」だったわけですが、客席からは分からなかったかなあ。つまり、二人の手が交差してからみ合うんですよね(笑)。
 上の絵はたぶん少年モーツァルトとお姉さんだと思うんですけど、おませなモーツァルトのことですから、いろいろとイケないことを考えていたかもしれませんね。大器晩成というのは実はウソで、ほとんどの天才は早稲です(笑)。
 今日もベテランのオジサマと若い女の子の連弾でしたから、ちょっとうらやましいというか、ドキドキするというか…笑。ヴァイオリンには連弾、いや連奏ってことがないからな。できないことないけど。二人羽織みたいにね。作曲してみようかな(邪念)。案外大器晩成かもしれない。
 連弾で交差ということでいえば…レ・フレールを思い出しますね。男同士。それも兄弟でした。おばさんたちが萌えてましたっけ(笑)。
 ということで、先ほども書きましたが、今週の木曜日、3日文化の日には下記のとおり同じプログラムで演奏会が開かれます。この連弾も含めて、ぜひ生で「ご覧ください」。今日もメンバーと話したんです。やっぱり音楽にヴィジュアルは大切だと。
 教会に坊主…これもまたある種のヴィジュアル系(ギャップ萌え?)ですぞ!ww 

カメラータ・ムジカーレ公式


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2011.10.29

再びM9が!?

Erm1011oct26

 「びマグニチュード9の地震が発生する確率が高くなってきました」
 先日、北海道大学理学研究院附属地震火山研究観測センターの森谷武男さんがこちらで上のような衝撃的な観測結果(途中経過)を発表しました。
 アカデミズムの方の発言だったこともあって、驚かれた方も多かったのではないでしょうか。
 しかし、森谷さんがこちらで述べているように、あくまでもこれは「予報」であって「安全情報」の一つであるということです。
 私もこのブログのどこかに書きましたね。最近ではここ「地震予知はどうあるべきか」でしょうか。ここでは「予知」という言葉を使っていますが、記事中にあるように、私も基本的に「安全情報」たる「予報」を一般化せよと言っているのです。
 最近の私は、地震雲や体感によって予報をしています。それをあくまでも「安全情報」「予報」として時々Twitterやこのブログで発表しています。もちろん、予報がはずれて良かったと思うことも多々あります。たまに的中して自分でも驚く時もあります。
 そういう各個人の得意とする方法での「予報」はどんどん世の中に出てきていいと思います。その一つが森谷さんのVHF帯電磁波散乱体探査法による予報なのです。
 森谷さんの手法は、有名な串田さん(天文少年だった私にとっては流星観測の世界で神でした)のFM波観測を発展させたものです。最近では似たような方法で電通大の先生方も予報をしていますね(ただし電離層に関する考え方については両者は相容れないようですが)。
 まあ、いずれにせよ、電波を使った科学的、いや「半」科学的な研究方法です。「半」という理由はお分かりになるでしょう。観測方法は科学的ですが、結論は科学的でない、つまり「なぜそうなるか分からない」ということです。
 その「半」科学的な観測データを見ますと、3.11の時の観測実績から言って、たしかにデータ的には「M9の地震が発生する確率」は上がっていると判断できますね。ですから、予報的な観点から言えば、上記の言葉には全く間違いはありません。ただ、それが何%上がって何%になったのかは分かりません。そこまで研究が進んでいない、すなわちまだ「科学」の入り口だということです。
 しかし、森谷さんはあえて発表しました。これは正しい判断だと思います。私が自らの予報を発表するのと同じように、「地震予報」という土壌を作るためには、とにかく自らが知り得た情報はどんどん開示すべきだからです。
 そう言うと、「嘘やデマやオカルト的予言が横行したりして、情報が玉石混交になって混乱するのではないか」という意見も出てきそうですが、こうした絶対に必要な情報というのは、時間とともに必ず確率の高いものが残っていきます。不必要な情報は淘汰されていきます。
 今はとにかく、地震予報がはずれた時、「なんだ起きないじゃないか!ウソつき!」ではなく、「はずれて良かった」と皆さんが思えるような環境を作ることが大切です。もちろん、「はずれて良かった」の先には、「地震は先送りになっただけで、さらに大規模な地震が未来に発生する確率が上がった」という捉え方も必要ですが。
 さて、今回の森谷さんの予報についてですが、私にはさすがに連続してM9が同じ場所で起きるという発想はありませんでした。しかし冷静に考えれば確率がゼロだとは絶対に言えません。今までの歴史的経験から想定される科学的な(すなわち再現可能な)意味ではほとんどゼロでしょう。しかし、そういう発想こそが以前書いた科学の限界であって、私たちが未知のメカニズムで地殻の破壊が起きることもありえますし、東北地方太平洋沖地震の震源域に隣接するアスペリティが同程度に破壊される可能性もあると思います。
 いずれにせよ、最近余震の回数も減り、規模も比較的小さくなって、いわゆる収束に向かっている印象がありますが、私はまだ最大余震さえ起きていないと判断していますし、こうした「予報」によって、我々が「天災は忘れた頃にやってくる」という経験則から脱却できることを願うのみです。
 ちなみに私の「予報」では「房総沖でM8以上の地震が発生する確率が上がっています」という警報が継続発令中です。


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2011.10.28

フジファブリック 『銀河』

 学の授業でフジファブリックを鑑賞しております。来月の17日に初の文化祭を行なうのですが、その中の2年生の活動として、今回は地元富士吉田市下吉田が生んだ天才「志村正彦」に学ぶというテーマで、「若者のすべて」を歌い、そしてオリジナルpvを制作し、また「銀河」でフォーメーション・パフォーマンスをします。
 中学2年生の秋、子どもと大人の狭間で悩み苦しみ、しかし大きな夢に向かって歩き出そうと、あるいは走り出そうとしている彼ら彼女らの言葉にならない気持ちを、志村くんの詩と音楽は見事に表しているのだと思います。
 その証拠に、私がある意味恐る恐る紹介した彼の音楽は、瞬く間に学校中に広がって行きました。文化祭の作業のBGMはいつもフジファブリック。教室や廊下で口ずさむ音楽もフジファブリック。あの曲かけて〜とリクエストする生徒、歌詞を何度も読み返す生徒。
 彼の音楽や言葉が普遍性を持っているということでしょうね。そして、それはこの青春の純粋な魂に依拠している。中二病と言ってしまってはなんですが、そういう精神を持ち続けたのが彼だったのかもしれません。
 大人になるということは、世界の約束を知って、それなりになるということです。そして「運命」なんて便利なものでぼんやりさせてごまかして生きることです。それへの予感と反抗にドキドキ、モヤモヤしているのが彼ら中学2年生たちです。
 そして、いちおう大人になってしまった私たちも、あの頃の純粋な魂を思い出して、志村くんの歌に涙するのです。そういう普遍性を持っていますね。
 今回パフォーマンスに使う「銀河」、これは間違いなく最もフジファブリックらしい曲、志村正彦らしい曲です。そして、それは一方で、最も「変な」曲であることをも表しています。つまり、「約束」どおりに作られたコマーシャルな音楽とは、間違いなく一線を画しているのです(たとえばこの曲のサビはいったいどこなのでしょう)。
 メジャーなやり方でないこの変態曲(?)が普遍性を持つというのは、実に皮肉なことであり、興味深いことですね。
 昨日の記事にも書きましたとおり、表面を飾ったメッキは継続的な力を持ちません。純粋な志や魂、行動や経験に基づいた「言葉」「音楽」はずっと力を持つのです。そこには本当の「社会」や「世界」か描かれることになるのです。
 しかし、改めてこうして何度も聴いてみるとですね、どうやってこんな曲や詩が生まれるのか、妙な「約束」をたくさん知ってしまった私からすると、本当に不思議でなりません。天才のなせる業です。
 この天才の仕事に、中二の今出会った生徒たちは幸せです。あらためて志村くんにありがとうと言いたい。
 彼に校歌や愛唱歌を作ってもらうという私の夢は、あの聖夜に残念ながら夢のままになってしまったと思っていました。しかし、こうして歌い踊ってる生徒たちを見ると、実はその夢は実現していたのかもとも思うのでした。


真夜中 二時過ぎ
二人は街を 逃げ出した

「タッタッタッタラッタラッタッタッ」
「タッタッタッタラッタラッタッタッ」と

「タッタッタッタラッタラッタッタッ」
「タッタッタッタラッタラッタッタッ」と

飛び出した

丘から 見下ろす
二人は白い息を吐いた

「パッパッパッパラッパラッパッパッ」
「パッパッパッパラッパラッパッパッ」と

「パッパッパッパラッパラッパッパッ」
「パッパッパッパラッパラッパッパッ」と

飛び出した

U.F.Oの軌道に乗って
あなたと逃避行
夜空の果てまで向かおう

U.F.Oの軌道に沿って
流れるメロディーと
夜空の果てまで向かおう

きらきらの空が
ぐらぐら動き出している!

確かな鼓動が膨らむ
動き出している!

このまま
U.F.Oの軌道に乗って
あなたと逃避行
夜空の果てまで向かおう

U.F.Oの軌道に沿って
流れるメロディーと
夜空の果てまで向かおう

Amazon 銀河

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2011.10.27

『言葉の力- 「作家の視点」で国をつくる』 猪瀬直樹 (中公新書ラクレ)

412mi90asgl_sx230_ 「葉の力」…毎日それについて考えています。昨日も中学生の合唱を聴きながらいろいろ考えました。
 変な話に思えるかもしれませんが、今日「言葉の力」を感じたのは、女子プロレスの団体対抗戦のニアライブを見ている時でした。そこには、今、世の中に足りない言葉がたくさんあったのです。特に教育界に欠けている言葉…それはすなわち「魂」につながるものなのですが…が見事に力をもって存在していました。
 今、女子プロレスの世界では、ベテランがそれぞれ団体を作り、若手を育てるという、まさに教育が行われています。そこで発せられるベテランたちの言葉には、実に重みがあります。若手の心と体、そして私たちファンの心を動かす力があるのです。私たち夫婦は試合が始まる前から泣きっぱなしでした(笑)。
 それに比べて、今の政治家の言葉はどうでしょう。失言はもう問題外ですね。失言集ができてしまうくらいですから。日本語の歴史においても、これほど汚れた時代はないでしょう。
 失言ではない普通の言葉でさえも、とても人の心や体を動かすような重みを持つものはありません。猪瀬さんもそこを嘆くことからこの本を始めています。
20111027002 女子プロレスを見て思うのは、「言葉の力」は行動と経験に基づいているということです。そして、その行動と経験とは、ある意味言葉にならない「志」、あるいは「魂」に基づいているということです。それがない言葉には力がないのです。
 つまり、志や魂に突き動かされた行動と経験から生まれた言葉以外は全て「嘘」だということです。表面だけをごまかすメッキのような言葉には継続的な力はありません。
 猪瀬さんは「言語技術」という言葉を使っています。これは、我が校が出口汪さんの論理エンジンを使って生徒に伝授している「論理力」とほぼ同義であると感じました。戦後日本の国語教育に欠けていたものです。欠けていたというか、おそらくアメリカによって意図的に骨抜きにされたその「骨」の部分でしょうね。
 そうした技術や論理力と志や魂がどう関係しているのかと疑問に思われる方も多いことでしょう。ある意味正反対に位置するような気さえしますよね。
 しかし、これらは実を言うと表裏一体というか、ほとんど同体であると言ってもいいものなのです。
 つまり、真剣に他者を動かしたいという意志を実現するには、「他者意識」が絶対に必要なのです。受け取る側に立って言語を駆使しなければならない。それが猪瀬さんの言う「言語技術」であり、出口さんの言う「論理力」であるわけです。
 そしておそらくそういう本物の言葉が持つ力のことを、我々は古来「言霊」と呼んでいたのだと思います。テクニックやロジックと「言霊」は相容れないのではないかというイメージを持つのが一般でしょう。しかしそうではないところが面白いところであり、難しいところなのです。
 最後に、この本の後半、猪瀬さんの読書術は興味深かった。とりあえず買って10分読む。全部読まなくてもいい。必要な時に思い出して、取り出して読む。そのためには買った上での10分の「立ち読み」が必要だとのこと。これ、よく分かります。
 う〜む、それより何より、センダイガールズの里村明衣子の「言葉の力」はすごかった!!

Amazon 言葉の力

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2011.10.26

中学生の合唱 2011

↓体育館での最終チェックの様子。
Img_3765 年もこちらに書きました、富士吉田市内の中学校の合唱祭である親善音楽会が行われました。
 今年は新生なった「ふじさんホール(旧富士五湖文化センター大ホール)」で開催された音楽会。昨年も昨年で感動をいただきましたが、今年はまた「あの舞台」での演奏でしたから、違った意味でも大いに心を打つものとなりましたね。
 我が校は創立2年目ですから、2年生までしかいません。他の学校は校内の予選を勝ち抜いた代表クラスが歌うわけですが、ウチは選抜するほど人がいませんので、結局全校生徒全員参加ということになりました。
 この中学の合唱については、昨年書いたとおりの、ある意味独特の雰囲気といいますか、教育的な価値がありますよね。
 特に男子の声を出させるのが大変というのが、ほとんどの学校の先生の感想です。ですから、男子の声が大きいところは「よく頑張った」と言われる傾向があるようです。
 それもよく分かりますね。声変りや反抗期を迎えて、男子はいろいろと複雑な心境で毎日を送っています。私もそうでした。女子はそれほどではありませんけれど、男子は一生の中で最もイライラ、ムカムカ、ムラムラしている時期でしょう。自分でもどうしようもない、得体の知れない「モノ」が蠢いている時期ですからね、人前で一生懸命歌を歌うなんていうのは、実にはずかしい。
 ロックならまだしも、ああいう曲たちですからね(笑)。今日も数えていましたら、70%以上の楽曲が、「ドシラソ…」の下降バスを伴うコテコテ楽曲でしたし、「青春」なんていう、今や死語となったような恥ずかしい(?)言葉がちりばめられていました。
 男子は家でもブスーっとしていることでしょう。それが、あんなに一生懸命、純粋な魂で歌っていればですね、たしかに母親なんかは感動して涙してしまうでしょう。
 そして、男子がそんなふうだと、女子も燃えて大きな声を出す。それが一つのエネルギーの塊となって飛んでくるけですから、ある意味ロック的な音空間が演出されるわけでしょうかね。かなりグッとくるものがあります。特に今日は、そういうタイプの歌唱におけるユニゾンのパワーを再認識させられましたよ。
 しかし、それがまた「音楽的」かどうかは全く別問題です。今日もそこが大きな問題となっていたと感じます。
 ウチの学校は、指導してくれた音楽の先生のお考えもあって、まずは「音楽」を作ることを大切にして臨みましたから、音量的には他校に全くかなわなかったと思います。しかし、一方で最も声質がよく、また細かいアンサンブルが実現されていたのは、我が校だったと感じました。決して手前みそでありません。いろいろな基準があるであろう中学生の合唱の、そのある一面では一番だったということにすぎません。
 実際、どちらかというと芸術的なコーラスを専門とされている講師の先生には、ずいぶんとお褒めの言葉をいただきました。それはそれで実にありがたい評価です。生徒たちにとっても、そうした評価が「ウチの学校のやり方」に自信を持つきっかけとなったのは事実ですね。
 それこそ、学校の個性や日常の様子が表れるのが、こうした学校対抗の合唱祭の面白さでありましょう。コンペではありませんしね。みんな同じではつまらない。
 ところで、我が校では、あのステージで歌ったことは、明日からまた新しい意味を持ちます。そう、明日から本格的に「若者のすべて」の練習に入ります。明日の授業で市民会館ライヴフジフジ富士Qを観賞しながら、志村正彦くんが、中学の合唱にどんな思いを抱き、それがその後の彼の人生にどんな影響を与えたか、そしてあのステージに帰ってきたことや、そこで語った言葉や流した涙の意味をみんなで考えたい。そして、その思いを共有しながら「若者のすべて」を歌っていきたいと思っています。
 前回の授業で初めてフジファブリックや志村くんを知った生徒たちも、あっという間に「若者のすべて」を口ずさむようになりました。ピアノ担当の生徒も、耳コピで楽譜を作り、またある子は教材として配った志村正彦全詩集のコピーをいつのまにか本のように綴じて表紙まで付けてくれました。なんともうれしいですね。これからしばらくは学校に志村くんの作った歌が鳴り響きます。
 こうして歌を通じて、彼は人生を学んでいくのです。ただ音符や活字を声にするだけではない。そういう歌を歌う学校でありたいと思います。

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2011.10.25

追悼 北杜夫さん(山梨県北杜市との関係は?)

Pn2011102601000163ci0002 杜夫さんが亡くなられました。最近はあまり作品にも接する機会がなかったけれども、若い頃は「どくとるマンボウ」を楽しんでいました。独特のユーモアと鋭い社会批判の目は、今後も高く評価され続けるでしょう。ある意味ではお父様の斎藤茂吉さんを越えたお仕事をされたかもしれません。
 さて、今日は、北杜夫さんに関するちょっとしたローカルなネタを紹介します。
 私たち山梨県民は、「北杜夫」という文字の並びを見ますと、北杜市を思い出さずにはいられません。「北」という漢字と「杜」という字が並ぶのは、おそらく「北杜夫」さんと「北杜市」しかないのではないでしょうか。
 えっもしかして、北杜夫さんって北杜市のご出身?なんて思われた方もいらっしゃるかもしれませんね。いやいや、もちろんそんなことはありませんよ。しかし、不思議な縁があることもたしかなんです。
 ちなみに「北杜市」は、2004年に平成の大合併で北巨摩郡に属していた長坂町・高根町・大泉村・白州町・武川村・須玉町・明野村の7町村が合併して生まれた市です。
 「北杜」という地名が古来あったわけではなく、全く新しく生まれた日本語です。その由来はいろいろと複雜です。
 合併に際してそれぞれの町村が自らの特徴(特に名山…たとえば八ケ岳)を新市名に盛り込むことを画策し、なかなか調整がつきませんでした。そこで、「やまなし」という植物を表す「杜」という字を使い、「北山梨」という意味にして「北杜」と名づけたとのことです。
 正直無理がありますね(笑)。我々山梨県民、地元の人たちも、「えっ?なんて読むの?」と思いました。私なんかも「北杜夫」が真っ先に頭に浮かびましたから、「きたもり」市かと思いましたよ。
 「ほくと」という響き自体は「北斗」や「北都」がありましたから、なんとなくなじみ深いし、カッコよく感じられさえします。しかし、「杜」が「やまなし」だなんて知っている人はそんなにいませんから、意味はよく分からなかったのは事実でしょうね。
 さて、そんな新しい造語である「北杜市」と「北杜夫」が関係あるわけないですよねえ。しかし、そこが運命の面白いところでして、実は三つの意味で関係があると言えばあるのです。北杜夫さんご自身もそこは「不思議だ」とおっしゃっていました。
 まず最初の縁は30年ほど前に現北杜市の付近を散策したことに始まります。北杜夫さんの昆虫好きはとても有名ですね。ほとんど本業ではないかというくらい昆虫採集がお好きでした。虫マニア。で、知り合いの虫仲間に誘われて天然記念物オオムラサキを見に当地にいらしたようです。
 それが縁で、昨年の春には、北杜市にあるオオムラサキセンターを長女のエッセイスト斎藤由香さんとともに訪れています。
 その長女斎藤由香さんはサントリーの社員ですよね。そう、サントリーと言えば、北杜市に有名なサントリー白州蒸留所があります。そんな縁もあってか、北杜夫さんのご自宅にはサントリーのウイスキー「北杜」が常備されていたとか。
 それから、これは北杜市のお隣、韮崎市の話になりますけれども、実は北杜夫さん、お若い時に山梨県立精神病院で臨床医として働いていらっしゃるんですよね。ホントに隣町ですから、これも偶然としてはできすぎのように感じます。
 のちに躁鬱を患いながらも、それを作品にまで昇華することができたのは、精神科医としての知識と実体験があったからではないでしょうか。そう考えると、この地がはたした役割も新しく見えてくるというものです。
 あっそうそう、「北杜夫」というペンネームの由来は…杜の都仙台と敬愛するトーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』のトニオ(杜二夫)にちなんだのだそうです。
 また昭和の偉人が一人この世を去りましたね。近く北杜市を訪ねる予定もありますので、オオムラサキセンターあたりで彼の作品を久々に読んでみようかと思います。
 ご冥福をお祈りします。
 

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2011.10.24

トルコでM7.2

2011102400000079mai0003view 日の午後、トルコ東部で大きな地震があり、多くの被害が出ているとのことです。亡くなった方のご冥福を祈りつつ、けが人の救助作業が進むことを願います。
 数日前から体左側を中心に強い体感が続いていました。私は雛型体感に基づいて日本海側の地震に対する注意を喚起していましたが、もっともっと西の方だったのでしょうか。この前も九州を想定していたら南太平洋だったりして、どうも私の「雛型」は拡大傾向にあるようです。
 というか、つまりこういう形でもやはり予知というのは難しいのです。科学の「当たらなさ」とあまり変わらない。まさに「もののあはれ=不随意への嘆息」ということですね。古来日本人はそういう感覚を大切にしていたわけです。
 トルコは元来地震の多い場所です。ユーラシアプレート、アラビアプレート、アフリカプレート、アナトリアプレートの四つのプレートが重なり合っているからです。そういう意味では日本と似た環境と言えます。
 今回はアラビアプレートとユーラシアプレートのせめぎ合いの部分で起きた地震のようです。M7.2ですから3.11のM9に比べればそのエネルギー自体は500分の1程度ですが、直下型ということで最大震度は7にまで及んだと思われます。
 日本ほど耐震構造物が普及していないこともあって、トルコでは地震が起きるたびに建物の倒壊による死者が多数出ています。
 5年に1度くらいはM7クラスの地震が起きており、88年、99年の大地震では死者が2万人規模になりました。東日本大震災でもそれ以上の死者が出ましたが、そのほとんどが津波による被災だったことを考えると、建物倒壊等地震の揺れ自体でその規模の死者が出るということが、いかにすさまじい事態か想像できます。
 トルコは親日的な国としても知られています。ともに地震が多いということにも、その原因があるのかもしれません。東日本大震災の際にもトルコから多くの救援の手が差し伸べられました。今度は日本が手助けする番です。特に長期的な展望に立ち、耐震に関する技術支援などは重要になってくるでしょう。
 ちなみに、トルコは日本から原発を輸入しようと考えていました。昨年末には、耐震性などを考慮して、また親日的という部分もあったのでしょうね、日本を最優先の交渉国と決めましたが、大震災があってやや情勢が変わったようです。
 たしかに現在の福島第一原発の状況を考えると、とてもとても安易には語れませんが、少し違う角度から考えてみると、地震の振動自体に対する耐性ということで言えば、たしかに日本の原発は優れていたとも言えましょう。震源により近かった女川原発の被害が最小限であったことは事実であり、ある方面からは高い評価を受けているのもたしかです。
 今、ふくいちで命懸けで復旧作業をされている方々、また安全な原発を心から願って開発し、施工した方々もいらっしゃるわけですから、あまり感情的になったり、あるいは短絡的に論議するのはどうかとも思いますが…。難しいですね。
 ところで、またちょっとオカルト的な話になってしまいますが、例の雛型地図によれば、トルコはまさに阪神淡路大震災の起きた場所と符合しますね。
 ちなみに阪神淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震はM7.3(当初の発表では7.2)、深さもともに20キロくらいと、今回のトルコの地震は大変似たような地震だと言えます。そう考えるとさらに、石組みの家などがいかに危険であるか分かるというものです。
 まさに隣人の被災と考えて、いろいろな支援をすべきでしょう。我が校でもさっそく募金活動などを展開したいと考えています。
 


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2011.10.23

microPIANO (KORG)

P1 アノを買いました。持ち運びできる鍵盤楽器がほしかったので。本当ならクラヴィコードが理想なのですが、残念ながら予算に限界があります。結局1万5千円のこの楽器にしました。
 今日届いて、仕事も兼ねて数時間いじってみました。とってもいい。これはいい買い物をしました。何がいいか。
 まず、小さい。クラヴィコードよりも小さい。これなら持ち運びできます。5キロ強なんですが、このあまりに立派なフタ(反響板)だけでも1キロくらいありそうなので、実際運ぶ時はフタをはずそうかな。
 乾電池単三6本で15時間駆動。全く問題ありませんね。立派なもんです。
 音も素晴らしい。デジタルサンプリング音源ですから。チェンバロもまあまあ使えます。エレピ系がいいなあ。コルグらしい音です。61鍵で同時発音数も120と充分すぎるくらい。もちろんベロシティ(タッチセンス)対応。
 もう少し音量があれば最高でしたが、まあ一人で弾くには充分でしょう。ストリートで弾いたりするには、やはりアンプがほしいでしょうか。
 鍵盤はミニサイズです。これがいい。なにしろクラヴィコードの代わりですから、このくらいがちょうどいい。何度も書いているとおり、あのピアノの鍵盤サイズはあまりに理不尽です。あのサイズである意味はありません。特に子どもにとってはきつい。不思議な標準化の一つです。
 タッチはフニャフニャです。これもこれでいいのです。ピアノタッチである必要性は私には全くありません。なにしろクラヴィコードの代わりですから(しつこい)。
 あっそうそう、クラヴィコードの音は全然私の望むクラヴィコードの音ではなく、いわゆるキーボードの「クラビ」ですね。それはちょっと残念。ま、私みたいな人はあんまりいないでしょうけど。
 いっちょまえにトランスポーズができるのもいいですね。今日さっそく「若者のすべて」の音取りで役立ちました。パロック(半音下げ)チューニングなので。これでMIDI端子がついていれば最高だったのになあ。
 いったい誰が買うのかという気もしないでもありませんが、インテリアとしてもすぐれているし、枕元でちょろっと弾くには最高ですね。
 発売時のプレゼンです。

 海外でもけっこう人気みたいで、YouTubeにもたくさん演奏の動画が上がっています。たとえばこんなの。

 なかなかいいでしょう?ぜひ皆さんも使えるオモチャとしてぜひ1台。サンプル曲が61曲も入っていて、BGM(オルゴール)にも使えますよ。

Amazon KORG microPIANO

【62%OFF!】KORGのミニチュアピアノが大特価!高級感のある黒色!KORG/コルグmicroPIANOマイク...

公式

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2011.10.22

告知! カメラータ・ムジカーレ演奏会

↓click!
Bill

 日は八王子でコンサートの練習。なんだか忙しくしているうちに、いつのまにか1週間後に迫っていました(苦笑)。
 遅ればせながらご案内申し上げます。ワタクシはバロック・ヴァイオリンとヴィオラで出演いたします。
 世界最古の現役アマチュア古楽アンサンブルとのウワサもあるこの団体。今回がなんと51回目のコンサートです!すごいですね〜。
 私もなんだかんだ参加させていただいて20年以上が経過してしまいました。メンバーの皆さんもそれぞれ年季を積みますます音楽的表現の幅を広げております。
 まるで学生の時のノリのように挑戦を続けてきたこの団体、最近はワタクシも含め「疲れる」「楽譜が見えない」等、寄る年波に抗えない問題点も出てきておりますが、そこはそれぞれの経験と情熱、そして人間性でカバーしているという感じです。
 このたびのプログラムもなかなか変化に富んでおり、バロック音楽は初めてという方にも充分お楽しみいただけると思います。
 ぜひご来場下さい!
 前売券ご入り用の方はこちらにご連絡ください。会場で皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。

カメラータ・ムジカーレ公式


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2011.10.21

結果はスタート(実=種)

Images 日のバンプのゼロの記事でも、『終わりを描いて、しかしそれがスタート地点ゼロであるというのも、やはり、「今」の終わりが「未来」の始まりだという感覚に基づいたものでしょう』と書きましたね。
 実は一昨日には、生徒にそんなような話をしたんです。それを今日はここに記しておきます。
 本当のことを言うと、実はもっと前に一部の生徒には話していました。この日です。そう、バスケットボールの新人戦の開会式での挨拶です。
 ところが一昨日バスケ部の生徒に確認したら、全然覚えてない(笑)。まあ、そんなもんですよね。大会前の(エライ人?の)挨拶なんて、誰も聴いてはいません(苦笑)。
 きっと皆さんも「ふ〜ん」とか「へえ」とか思う程度、あるいは全く読まないかいずれかでしょうけれど、自分としては忘れたくないので書いておきます(自分も忘れたりして)。
 ずいぶんと秋らしくなってきましたね。秋は実りの季節です。いろいろな実がなる季節です。果実が結ぶのですから、つまりは「結果」が出る季節ということですね。
 これはもちろん植物界の話です。たとえば各種くだもの、そしてお米。たしかに実がなりますね。春に芽が出て、夏に花を咲かせ、そして実がなる。そういうイメージを私たちはたしかに持っています。
 そうしたサイクルで考えれば、たしかに「結果」は最後のステージという気もしますし、実際のところ我々は、「結果」という言葉に「終わり」のイメージを重ねていますね。
 原因があって結果があるとか、結果的にこうなったとか、結果を出せとか、結果が全てだとか、一連の物語の結末という感じはたしかにある。
Images1 しかし、よく考えてみると、「実」というのは「種」なんですよね。くだものも米も「種」です。それが地に落ち、寒く厳しい冬、氷や雪の下でじっと堪え、機を待ち、そうして春になって芽を出す。そういうものです。
 ですから、「結果」というのは、ある意味では「終わり」であると同時に、ある意味では「始まり」であるわけです。おそらく、おそらくですが、植物は「果」に新たなスタートへの祈りをこめているのでしょう。だから、実は強く美しい。
 これをそのまま人間にあてはめると、「結果」は出産(誕生)ということになりますが、実際にはそういう感覚を持っていない方がほとんどでしょう。人間は最も大切な仕事である「子孫を残す」ということともに、ずいぶんとたくさんの仕事を持ってしまっているので、なかなかそういう本当のところに気づきません。ついついテストの結果とか、試合の結果とかに一喜一憂してしまうんですね。
 まあ、中学生にはそこまでは話しませんでしたが、とにかく「結果」のためだけに努力するのではない、「結果」は新たなステージへの第一歩なのだ、というようなことを伝えたつもりです。
 「結果」という言葉自体が「実を結ぶ」意味だと捉えていなかった生徒がほとんどでしょう。「成果」もそうですよね。そうして何気ない日常の本質的なところに気づくことこそ勉強だと思います。
 「結果」はスタートである…そうすると、やっぱり「結果」を出さなきゃ始まらないということです。別にたいそうな結果でなくともよいのです。負けでも失敗でも、それが「結果」すなわち「新しい時代への出発点」だと思うことが大切なのです。
 「結果が出なかった」とか「結果が悪かった」とかいうことの方が多いのが人生。しかし、それもまた立派な「結果」であり、それが次のステップへの必然であったと考えれば、後悔したり反省したり自責したり、もちろん他責したりする必要は全くありません…なんて、いかにもワタクシらしい能天気な哲学でありますな(笑)。
 でも、私はけっこう真剣にそう思っているんですよ。その「結果」がこういう私の人生なのです。どうです?見習った方がいいか、それとも…。

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2011.10.20

BUMP OF CHICKEN 『ゼロ』

51vzs54wzkl_sl500_aa300_ 昨日の記事でも話題にしましたバンプの新曲「ゼロ」、さっそく聴いてみました。
 私は意外にも(?)ほとんどゲームというものをしない人間なので、FINAL FANTASYも全く知りません。なんとなくの勝手なイメージしか持っていないので、もしかすると、この楽曲の本当の意味は分からないのかもしれませんが、まあそういう人もたくさんいるでしょうしね。バンプのファンが皆FFのプレーヤーだとは限らないわけですから。
 FFというと、それこそなんとなくですが、中世ヨーロッパ的なイメージがあります。また近未来的なイメージも。これって面白いですね。そういうファンタジー系の近未来って、なぜか中世風なことが多い。日本に限らずそういう傾向があります。
 これってどういう文化的歴史的背景があるのか、案外考察されていません。私も実はよく分からないのですが、まあ一つ言えることは、近現代という一つの固定された世界観があって、我々がそこに生きていて、そしてそこに常に違和感を持っているからこそ、いろいろなファンタジー(物語)が生まれるということ。その反近現代の象徴が「中世」ということになり、それが近未来という半近現代にも投影されるということでしょうか。
 つまり、私たちの記憶、あるいは知識の中の最も近現代に近い過去、つまり近過去は中世であって、ファンタジーの源泉はそこに依拠するしかないということでしょう。つまりファンタジーの限界がそこにあるとも言えますね。
 で、藤原くんはそこにどう挑んだかというと、やはり我々の記憶や知識という「過去」から逆算して近未来の音楽をやったと感じました。
 たとえば、いわゆるAメロは固執低音を含む、まさに反近代的、つまり中世風と言ってもよい自然短音階に基づいたコード進行とペンタトニックの音階を使っています。音作り的にもなんとなくケルティッシュですよね。
 Bメロというかブリッジを経て、平行調のサビに入りますと、近代音楽の入り口、バロック的な下降バスに普通の長音階のメロディーが乗ります。そしてサビの終わりには、フジファブリックの志村正彦くんも好んで使った胸キュン進行があって、ある意味一気に現代性を帯びてくるわけですね。そして偽終止して中世に戻る。
 こうした中世(前近代)と現代をうまく融合することによって、FFと同様に近未来的な音楽を実現していると思います。これが、藤くんの意図したところなのか、感性のなせるわざなのか、私にはわかりませんが、結果として世界観の統一ができたと思います。
 歌詞の世界はいつもどおり難解ですね(苦笑)。語り過ぎるほど饒舌であるほど謎が深まる、そういう言葉の残酷さがあぶり出されるのが、藤原くんの詩の世界です。昨日の綾小路きみまろさんとは、ある意味好対照かな(笑)。いや、多義性ということでいえば同じか。
 彼の詩にいつも感じる、なんといいますかね、何気なく流れていく「現代」の「日常」への不安というか、違和感というか、そんなものがこのゼロにも感じられます。
 終わりを描いて、しかしそれがスタート地点ゼロであるというのも、やはり、「今」の終わりが「未来」の始まりだという感覚に基づいたものでしょう。つまり、私たち凡人が流されているだけの日常に、彼は確かな変革の期待をしているということです。
 私たちがつい見過ごしてしまう、あるいは無意識に封印してしまう「現代(今)」の様々な汚点や矛盾を、彼はしっかりかき出してくれます。そして、共有する。不安や不快感を共有するだけでなく、未来への希望を語る。みんなで変えていこうというメッセージを感じるのは私だけではないでしょう。そこがバンプの魅力です。
 今は消えそうな私小説を正統的に引き継いだ感の強いJ-ROCKの世界において、やはり彼らは特殊な存在だと思います。それは、藤原くんの持つ独特な「公共性」がもたらしている現象でしょう。ある種宗教的な感じがするのは、そのためです。そこが好きか嫌いかは、はっきり分かれますがね(苦笑)。
 こうしてみると、ドラえもん、ファイナルファンタジーという流れも、そういう未来性や公共性、あるいは宗教性を象徴しているかもしれないと思えてきます。いかがでしょうか。

Amazon ゼロ(期間限定盤)
 


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2011.10.19

綾小路きみまろ 『爆笑スーパーライブ』

51h1gk0tcgl 日から河口湖畔で合宿です。ある大学のセミナーハウスをお借りしての勉強合宿。昨日中間テストが終わったばかりだというのに可哀想…かと言うと全然そんなことはなく、みんな楽しみにしています。何をやっても楽しい子どもたち。偉い。
 さて、ここ河口湖の大石地区には、綾小路きみまろさんのご自宅があります。富士山に憧れ、ここに住み始めてから彼はブレイクしました。やっぱり富士山のパワーがあるのでしょう。
 ちょうどちょっと前に職場の後輩からこのCDシリーズ3枚を借りていたので、行き帰りの車の中で聴きました。
 もう爆笑の嵐でしたよ。これはたしかに素晴らしい芸ですね。何度聴いても面白いというのがその証拠です。次になんの話が来るかわかっているのに、それでも面白いし、逆に次の言葉が出て来るのか楽しみでワクワクする。これってホンモノの笑いである証拠ですよね。そして「芸」の神髄。
 今テレビに氾濫している実にその場しのぎの薄っぺらい笑いとは大違いです。しっかり構築され、ある種「型」をもった笑い。しかし、そこに「場」がある。ライブな場がある。
 これは,まさに昨日の話にも通じます。「アンサンブル」ですよ。オーディエンス(もちろんここでは中高年の皆さん)との一体感。空間的な一体感だけではありません。歴史という時間軸上に生ずる一体感もあります。
 そう、個々人の歴史を言霊によってすくい上げる、救い上げるのがきみまろさんの「毒舌漫談」の醍醐味です。
 つくづく「言葉」というのは面白いと思いますね。毒舌というのは、まあ彼の言葉を借りれば、「悪口じゃなくて批判しているだけです」ということになるのでしょうが(笑)、まあ活字上での、あるいは音韻上での意味論で言えば、これはやはり「悪口」ですよね。
 しかし、そこに中高年の皆さんのみならず、たとえばウチの小学生の娘たちでさえ、ある種のカタルシスをおぼえ、そして涙を流して笑うわけです。これは実に面白い。言霊の多面性、複雑性を感じさせますね。
 私も生徒からは「面白い先生」というレッテルは貼られています。たしかに日常的に笑いをとることに専念しているとも言える(笑)。そのネタは、実際のところ「毒舌」が多いこともたしかです。かなりガツンと「悪口」を公言します。
 実はこれって一つの教育テクニックでもあるんですがね。私に関わった生徒たちは「そうそう」とみんな首肯してくれると信じますが、私の毒舌によって救われた生徒がけっこういると思っています。
 きみまろさんが中高年のコンプレックスやストレスを「毒舌」によって解放するのと同様に、私は日常的に若者のコンプレックスやストレスを「毒舌」によって解放しています。ね?教え子のみんなはよ〜く分かるよね?てか、そればっかりやってるかも。
 極端に言えば、私は普通の先生が腫れ物に触るようにするところを、けっこうグッと掴んだり、いじったりすることが多いのです。
 これはそれこそ表層的な意味論から言えば、「いじめ」とも「暴力」とも「反教育的行為」ともとれるでしょう。実際、よく生徒たちと笑うんですが、「今の会話、活字にしたら絶対新聞沙汰だよな」ということばかり。
 しかし、実際にはその反対の反応と現象が起きるわけですから不思議ですよね。きみまろさんがこうして中高年のアイドルとして活躍し、彼からの「悪口」「いじめ」を受けるためにお金を払って会場に行ったり、あるいはCDやDVDを買ったりする人が絶えないのと、ある意味似たことが起きているのだと思います。
 では、文字や音韻や辞書的な意味や社会の常識や教育の先入観を越えるのは、何がそこにあるからなのでしょうか。
 それは、間違いなく「愛」だと思います。カッコつけてるように思われるかもしれませんが、そこに「愛」があって、そして「愛」に基づいた「関係」が出来上がっていれば、「毒舌」は「福音」に変わります。表面を飾った偽善的なお題目なんかよりも、ずっとずっと強い救済の力を持ちます。面白いですね。
 国語でも、こういう力のある生きた言葉の使い方について教えたいなあ。とってもとっても難しいけれども。とりあえず聴かせてみようか。
 よく後輩の先生方からも、そのテクニックについて問われますけれど、なかなかマニュアル的にそれを伝えることは難しいですね。まさに「アンサンブル」、つまり衝突から生まれる調和、不調和の調和がもたらすカタルシスなのでしょうから。
 いやあ、それにしても勉強になりましたね。あのリズム感。メリハリ。間の取り方。もちろん言葉遊びの巧みさも。一度生で拝聴したいですね。ご近所ですし。
 ああ、笑った。私も心が浄化されました。

Amazon 爆笑スーパーライブ第1集! 中高年に愛をこめて・・・


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2011.10.18

『演出家の仕事』 栗山民也 (岩波新書)

00431105 日、BUMP OF CHICKENの「ゼロ」発売日ということで、本屋さんで藤原くんの言葉を少しつまみ読み。bridgeの3万字インタビューがなかなか面白かった。
 特に、ソロでも充分やっていけるのでは?というイジワルな質問に対する答えにあった「アンサンブル」論は実に重要だと思いましたね。他者の融合にこそ音楽の力は生まれる。これは私が常に実感していることです。
 そんな「アンサンブル」論が、この本にもあります。
 「アンサンブルのよい舞台」というと、一糸乱れ呼吸のあった舞台だと解釈されがちですが、はたしてそうなのでしょうか…と始まり、モロッコのマラケシュでのある音楽体験について語っているところです。とても刺激的な部分ですね。引用します。

 人間の性格もそうですが、芝居は全員違った立場の人が舞台上でぶつかり合い、それぞれが自分の声で主張する。そのときの衝突のうむ、不調和な調和の時間。私は、それこそアンサンブルだと考えます。アンサンブルという言葉は、「演劇とは何か」という言葉と重なります。

 この解釈は、実によく理解できますね、体験的に。そのとおりです。演劇でも音楽でも、はたまたプロレスでも。私は人生においてもそれをベースにしているのです。単なる仲良しではつまらないのです。ある意味闘魂に基づいた力学。衝突にして調和。アウフヘーベン。
 そうそう、今日燃えろ!新日本プロレス 1号を買ってきて、DVDをじっくり観ましたよ。猪木 vs ホーガン、猪木 vs 前田、アンドレ vs ハンセン、タイガーマスク vs ダイナマイト・キッド…どれも、素晴らしいアンサンブルが生まれていました。予定調和の現代学芸会プロレスもどきとは大違いのエネルギーが生じていました。ホンモノですね。
 今、1年生が演劇の稽古に励んでいます。その道では実力も実績も豊かな先生に来ていただき、指導をしていただいています。
 今回は私は珍しく?完全に観客側に回ろうと思っています。なにしろ、教師は演出家であるといつも思っている私ですからね、なにかと「演出」したがる傾向がある(苦笑)。
 そのような意味でも、この本は私にとってのバイブルの一つです。素晴らしい内容です。
 もちろん、具体的に演出家がどのような気持ちでどのような技術でその仕事をしていくかもよく分かります。しかし、その意味では、他の職業を紹介した本と同じ価値しかないでしょう。この本のスゴイところは、それがそこにとどまらず、見事な文化論、あるいは哲学になっているところです。
 一流の芸は全てに通じます。だから芸なのです。ホンモノはそういうものです。本物の調和が衝突から生まれるように、本当の普遍性は個性から生まれるのです。
 教育においても、私はそこを理想としてやっていきたい。そういう意味で、どんな教育関係の書物よりも、この本は有用です。

Amazon 演出家の仕事


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2011.10.17

『神社仏閣に隠された古代史の謎』 関裕二 (徳間文庫)

9784198934484 の前、想定外に電車に長く乗ることになり、駅の売店で急遽購入した本。こういう読書には案外掘り出し物があったりする。
 関さんの古代史関係の本は今までも何冊か読んだ記憶がありますが、内容はほとんど覚えていません(苦笑)。
 皆さんは私が古代史にかなり詳しいのではないかと思っていらっしゃるかもしれませんが、それは大きな間違いです。実はあのあたりはかなり苦手な分野です。というか、日本史自体かなり苦手な分野なんです。意外でしょう。
 古代史はたしかにロマンがありますし、興味を持ったことは何度もありますね。しかし、そのたびに、あまりに資料が少ない、つまり情報が少ないことに、なんというか戦意を喪失するというか、そんな気分になってしまっていました。
 つまり、シロウトの想像(創造)する「物語」と科学としての歴史が、ある意味あまりに近い関係にあって、どこからどこまでがフィクションでどこからどこまでがノンフィクションなのか、さっぱり分からなくなってイヤになってしまう傾向があったのです。
 それなのに、学者も含めて歴史マニアの方々は、持論自説を信じて疑わず、結果として我田引水合戦みたいなことになりがちです。あるいは批判合戦ですね。そこに嫌悪感を覚えてしまった。
 だからでしょうか、私はどちらかというと、さらにいい加減な、いや「良い」加減な絶対的物語世界である、超古代史や宗教の方に興味を持ってしまったのでしょう。オカルトと言えばオカルトですけどね。
 と、そんな古代史シロウトの私にとって、この本は比較的読みやすいものでした。なぜなら、その「物語」のベースになっているのが「神社仏閣」という宗教世界だからです。
 神社仏閣と歴史はもちろん不離の関係にあります。イメージとしては歴史の中心にそれらが鎮座しているイメージですよね。もちろん戦後の歴史は違いますけれど。
 広い意味では、庶民の生活も歴史の大切な一部ですから、そこに集まった記録に残らない人々の生活や感情もまた歴史です。資料が残っていないわけですから、そこは私たちが庶民の感覚で想像するしかありません。
 その作業こそが、実は私たち現代人にとって非常に重要なことだとも言えます。近年のパワースポットブームも、そんな根底があっての現象だととらえれば、そんなに悪いことではありません。今も昔も、庶民はそこに誰が何が祀ってあるのかなんてことは、それほど興味がなかったわけですし、現世利益のみ求める人もいれば、来世利益を求める人もいたことでしょう。
 もともと言語化(コト化)された「神名」や「祝詞」や「縁起」や「神話」が本体ではありませんからね。つまり、発掘され、発見された情報のみが歴史ではないということです。だから、実は私たちのような庶民の「なんだかパワーを感じるね」「気持ちがいいね」「やる気が出てきた」「幸せになれそう」程度の感覚(モノ)の集合体の方が歴史の本体であるかもしれないのです。
 この本の中で、特に私の感覚を刺激したのは、「籠神社(このじんじゃ)」の項でしょうか。もともと、元伊勢としての籠神社、王仁三郎との関係、宮下文書との関係としての籠神社には興味を持っていましたけれど、関さんの言う、「籠」・「竹取」・「カゴ(ヤ)」・「カグ(ヤ)」・「カゴメ」のあたりの考察にはインスパイアされましたね。
 ついでに思いつきを言うと、「コノハナサクヤヒメ」の「コノ」と「籠神社」の「籠」も関係あるかもしれませんよ。一気に見えてきました。豊受大神、出口王仁三郎、丹波、富士、コノハナサクヤヒメ、カグヤヒメ、スサノヲ、宮下文書…。
 昨日の静岡浅間神社での気づきとも関係するところがあるので、また私の妄想がまとまったら記事にしたいと思います。うむ、なにか予感がするぞよ…。

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2011.10.16

「手放す」ことが本質への入り口

Img_3724 々に母校の前を通りました。私にとって「静岡」は微妙な土地です。
 私の出身地であり、私が多感な青春時代を送った場所であるにも関わらず、どうしても「故郷」という感覚を持てないできたところでもあります。
 私は長男ですので、本当は静岡に帰って両親の面倒を見なければならないはずですが、結局それもせずにお隣山梨県に定住する道を選びました。
 私は故郷を捨てたのでしょうか。実際のところ、すぐ近くでありながら、年に3回くらいしか帰りません。滞在日数で言えば、カミさんの故郷秋田の方が数倍長いのです。愛着も興味も、なぜか秋田の方が深い。不思議ですね。
 たぶん、それは青春時代の苦い思い出のせいなのでしょう。ある意味挫折の地がここ静岡なのです。
 だから無意識のうちに、いや意識的に避けてきたのです。特にその苦い思い出の場所にはなかなか足が向きませんでした。
 そういう意味で、今日は本当に不思議な日でした。運命の一日だと言っても過言ではないでしょう。もちろん、それは私個人の問題であって、皆さんには全く理解できないことでしょうけれど。
 今日がそんな日になろうとは、実は全然意識していなかったのです。ただ、船井勝仁さんの話を聞こうという気持ちだけでした。今日は静岡メキキの昼食会があり、そこで船井さんの講演が計画されていたのです。
 ただでさえ、なかなか土日のスケジュールが空かないのに、なぜか今日10月16日だけはポッカリ空いていたというのも不思議です。最近そういうことが多いんですよね。
Img_3726 母校の前を通って向かったのは静岡の浅間神社です。まさにここでその昼食会が開かれるのでした。
 この場所こそ実に運命的です。今日勝仁さんの話にもありましたとおり、ここは観阿弥が最後に舞った場所だとも言われています(時代的なことも含め、私は異論を唱えているのですが…)。能や舞踏、さらにはプロレスに縁がどんどん深くなっている私には、やはり特別な「場」です。
 というか、それ以上に、こちらに書いた「賽銭拒否事件(?)」が発生した場所ですね(笑)。私の人生はコノハナサクヤヒメによって強制的に変えられたのです。それがあの場あの瞬間だったと、最近気づいたんです。ここは、そういう聖地でもあるのです。
 そう、なんだかんだ言って、18歳の私が体験した非常なる、そして非情なる試練は全て「仕組み」の一部であったんですよね。今こうして富士山に住んで世の中に奉仕しているのは、あの挫折と失敗があったからです。そして、その修行の現場となった静岡と横浜は、避けても避けてもなかなか逃げられない、いや逆に縁がどんどん深くなっていく土地となっています。
 自分としては、暗い過去の思い出、忘れたい思い出であったはずのあの日々。今はそれとしっかり対峙し、そして「ありがとう」と素直に言えるようになってきました。
 今日の船井勝仁さんのお話は,まさにそういうお話だったので、本当にビックリしました。偉大な父親や母親の「呪い(呪縛)」、さらに社会(世間)の目を気にする「自我」の呪縛から、本当にようやく抜け出すことができた体験、いや、抜け出すというより、その本当の意味、「本質」に気づいた体験。それは、スケールは違えども、私も全く同じだったのです。
 ここのところ、勝仁さんともいろいろな場で席をともにすることが多くなりまして、私と同級であり、また一日一食(夕食のみ)主義であるところなどから、なんとなく勝手に親近感を覚えていました。しかし、ここまで深いところで共鳴するとは、正直驚きました。
 苦い過去やトラウマを「捨てる」のではなく「手放す」。「今までありがとう」と言って手放す。それこそが「本質」をつかむための第一歩であると、勝仁さんは熱く語ってくださいました。 「両親」「常識」「既成概念」…私たちが「手放す」必要があるのは、実は今まで私たちを守ってくれたものたちです。それと敵対するのではなく、排除するのではなく、感謝の気持ちをもってお別れする時代が訪れているようです。
 本当に魂のこもった素晴らしい講演であったと思います。気づきの連鎖というのは素晴らしいですね。これこそ、教育の原点であるとも思いました。教育についても勝仁さんとはいろいろお話したいことがあります。今の腐った教育界をぶち壊して、真の教育を実現するのが、私の夢です。敵が巨大なほど闘魂が熱く燃えたぎりますね。
 そのほかにも、様々な気づきを与えていただきました。本当にありがとうございました。まさに、全ては「必要・必然・ベスト」。私も大きな流れに乗って皆様の力をお借りしながら、自らの天命の全うに邁進したいと思います。


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2011.10.15

『 シリーズ東日本大震災 “帰宅困難 1400万人”の警告』 (NHKスペシャル)

Images たちを連れて静岡市の実家に来ています。
 今日は特別とはいえ、この「暑さ」には閉口。ひと山(富士山)越えただけで、どうしてこうも違うのか。それだけ富士山が偉大な存在だということでしょうね。ま、標高差だけでも1200メートルありますから、単純計算だけでも6度は違うわけですけど。
 途中国道1号線の由比・蒲原付近を通過しながら、ここで今東海地震が起きたら、さすがにヤバいなと思いましたね。津波も早ければ5分で来てしまう。あの山のどこまで登れるかな、さすがに無理か。
 そして、さっそく父に半ば強制的に見せられた録画がこれ。まあたしかに勉強にはなりました。帰宅困難者か。
 静岡市は人口70万。地方都市としてはまあ中規模ということでしょう。東海地震が発生すると、当然帰宅困難者が発生しますが、それは首都圏の比ではありません。その数のみならず、通勤距離からしても大きな混乱は起きないと考えられます。
 ま、私は政府が想定する東海地震は単独ではもうしばらく起きないと考えてるんですけどね。あの東北の大地震のおかげで歪みの一部が解消したと感じているのです。今までかけた労力とお金とストレスはなんだったのか。そんな防災の歴史と今回の大震災は、地震予知の難しさというか不可能さを皮肉にも雄弁に語ってくれましたね。
 さて、3.11や台風15号で露呈した首都圏の帰宅困難者問題。これは明らかに「人災」に属するものです。その根源は1000万都市の存在にあるでしょう。なにごとも局所に集中するとそこにリスクが発生します。自然界でもそうです。何かの拍子に高密度が生まれると、そのカウンターとしてエントロピーの法則が顕在化します。そんな自然の力に反してでも、その高密度を保とうとするのが人間のサガです。
 それらを解決する方法として、一昨日も話題にしたネット社会とクラウド・コンピューティングが期待されているのでしょう。物理的、空間的な密集を拡散する術としては期待できると思います。あの記事では「分離と拡散の不安を避けるため」と書きましたよね。それを裏返せば、今後の社会のあり方が見えてくるというものです。
 多くの帰宅者が抱えた不安、それは「家族の安否」です。家族は自分の一部。「分離と拡散の不安」を感じるのは当然ですね。都市がそういう不安を煽っているわけです。高密度であるのに、実は関係が疎遠で希薄というパラドックス。
 出口王仁三郎が「みろくの世」として、「10万人都市」を提唱しているのは興味深いですね。農業を中心とした10万都市を世界中にちりばめるのが理想だと。たしかに経済性とリスク管理のバランスを考えると、そのくらいの規模のコロニーがちょうどいいかもしれません。
 それらを網や雲が緩く覆っている状態。それが「みろくの世」なのかもしれません。
 番組中、ある保育園が園児の安否情報にツイッターを使ったと紹介されていましたね。ウチの学校も地震発生後数分で一斉メールとツイッターへの投稿をしました。ウチの場合はほぼ全員がフォロワーだったこともあって、非常に有効に機能したと思います。その点ではもしかして全国一だったかもしれません。実際に混乱なく全員を保護者に引き渡しました。
 リアルなコミュニケーションとネットを介しての情報交換。そのバランスを取ることがこれから私たちの課題なのかもしれません。そして、それを可能にする基盤としての都市の規模についても考えなければならないでしょう。
 と言いつつ、久々に実家に帰ってきても、パソコンやiPhoneとにらめっこしていて、親と会話しない私って…苦笑。


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2011.10.14

advantage lucy 『飛び立った7頭の蝶たち』

51v6sdokvl_sl500_aa300_ しい!
 忙しいということはいいことです。「忙しいとは心を亡くすこと」と言われたりして、なんとなく悪いことのように受け取られがちですよね。いえいえ、「心を亡くす」ことはいいことです。
 「心」なんてコロコロ変わる皮相的なコトです。それがなくなれば、そこに残るのは本質的な「魂」というモノです。いろいろ考える間もないほどに忙しいことは案外いいことだったりします。
 しかし、焦ってしまったり、イライラしてしまったりしてはダメ。そういう時こそ一休み一休み…はしていられないので、せめてリラックスしましょう。
 リラックスするのに一番いい音楽はこれです。なんだかんが言って、私のヘビーローテーションは、この素敵なインディーバンドだったりします。
 今日は2008年のミニアルバムをそれこそ繰り返し繰り返し聴きました。繰り返しても全然イヤミにならないところがこのバンドのすごいところです。
 まあ、いろいろ事情もあって、なんとなくバンド規模も縮小して、今や二人なのかな。それでもルーシーはルーシーです。
 このアルバムから1曲、いかにも advantage lucy らしいナンバーをどうぞ。「Hello Again」です。

 アイコさんの声が魂まで癒してくれますね。
 10数ほど前、初めて「station」聴いた時の衝撃というか、感激というか、いやそんな動きのあるものではないな、愉悦というか、ちょっとした感心というか、そんなものを思い出しますね。あの頃の自分と重なって。
 station は実に名曲ぞろいだったのですが、特に「めまい」はいいですねえ。あの単純なコード進行の上に、こんなに豊かで飽きない音楽が展開できるのかと、今でも驚きます。音だけですけれど、素晴らしいライヴ音源をどうぞ。「めまい」とアルバム『Echo ParK』から「遠い日」です。

 「めまい」はこのヴァージョンもいいですね。「Solaris」も面白い曲だ。

 「Solaris」と同じくアルバムファンファーレに入っている名曲「シトラス」もぜひ聴いてみて下さい。このライヴはヴォーカルはアイコさんですが、バンドは富澤タクさんのNumber the.です。

Amazon 飛び立った7頭の蝶たち

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2011.10.13

iCloud

Overview_title_2 もなくiPhone4Sが発売されますね。私は4に替えたばかりなので関係ありません。5に期待した人(ほとんどそうだったのでしょう)は皆あの時は落胆しましたけれども、その後ジョブズの訃報に接し、結果として4Sが遺作となったということでしょうかね、大変な人気になったようです。皮肉なことではあります。
 私はさっそく今日発表になったiOS5を導入し、またMacのLionも更新して、違った意味でジョブズの遺志を感じさせていただきました。デバイスよりも、ソフトとしてのiOS5およびそこに付随しているiCloudの方に、そうした思い入れを感じたということですね。
 iOS5では地味に細かいところが改良されていて関心しました。たとえば10キー入力がフリックのみに設定できるようになったところなどです。同音が連続する時などのちょっとしたストレスがなくなりました。機能の拡張よりも、そういう細かい(ある意味強く意識されない)部分の方が実は私たちにとって大切だったりします。
 ジョブズのモノ作りには、一見ハードとソフトの両面があるわけですが、それは決して別々のものではなく、結局は不二一如です。両方とも「何ができる」という機能よりも、「何かをしたくなる」という操作感や質感というものを大切にしていると感じます。
 そういう意味においても、iCloudはジョブズの大きな夢の一つであったことでしょう。
 なぜなら、我々の脳や身体の拡張たる各Appleデバイスは、それが増えれば増えるほど(たとえば私であれば職場のMacと自宅のMacとiPhone)、ある意味分離拡散してしまうわけですね。自己の分離拡散と不一致は大きな「不安」と「不便」を感じさせるものです。
 それを「雲」の上で同期してくれるiCloudは、彼にとって絶対に必要なシステムだったと思います。さっそく実際使ってみましたが、なるほど「連絡先」だけでもこうして簡単に共有してくれると助かりますね。あとカレンダー、フォトストリームも便利。
 もちろん、分離しておきたい自分もいますから、たとえばブックマークやメールは同期しません。職場の自分、家の自分、そして外出している時の自分を使い分けたいからです。
 文書やファイルについては、すでにDropboxSugarSyncを使って管理していますので、iCloudには頼りません。
 iPhoneの自動バックアップもしたいところですけれども、結局5GBで足りるわけはなく、さらなる領域を購入しなければならないので、ちょっと二の足を踏んでいます。
 たぶん、各業界とも今後はこうしたクラウドの管理運営によって収益を得るようになるのでしょうね。情報の貸し倉庫業です。
 数年後にはOSもアプリケーションも含め、全ての情報は私たちの手もとに残らなくなることでしょう。そう、ちょうど3年前なんですね、私が「クラウド・コンピューティング」という物語という記事を書いたのは。ある意味3年経ってもまだこの状態というのは、やや予想よりも遅いかもしれませんね。
 つまり、いまだにユビキタス情報網ができあがっていないということですね。クラウドの基礎にあるのは、いつでもどこでも雲にアクセスできるという環境ですから、たしかに現状では全くそういう次元にはない。
 しかし、今回のiCloudがそうした雲の世界をより身近にしてくれることは間違いありません。そうしますと、そういう貸し倉庫業が儲かるということが認知されていきますから、環境としての無線ネットワークインフラは急速に整備されていくことでしょう。まあ、そのための強引な地デジ化があったわけでしょうし(苦笑)。
 ジョブズ死して雲を残す。彼の夢が正しい方向に進化していくことを祈ります。

iCloud公式

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2011.10.12

『大麻入門』 長吉秀夫 (幻冬舎新書)

34498112 常に勉強になりました。
 生物学、政治学、歴史学、宗教学、そして日本語学的にも、今まで知らなかったこと、疑問に思っていたことが満載。よくまとまっている本だと思います。
 国語のセンセーとしてはずかしかったのは、「麻薬」や「麻酔」の「麻」と、「大麻」の「麻」は同じものだとなんとなく思い込んでいたことですね。
 本来「まやく」は「痲薬」であって、「麻薬」と書くのは「痲」が常用(当用)漢字になかったからだとは知りませんでした。「痲」は「しびれる」という意味であって、「麻」とは関係ありません。「麻」はとんだとばっちりを受けたということですね。
 ここで断っておきますが、私はドラッグとしての「大麻」の解禁には基本反対です。単純に、酒や煙草と同様なくてもいいものだと思うからです。
 現行大麻取締法の成立事情や過程(この本に詳しい)がいかであれ、現行では禁止されているわけですから、やはり法に従わなければなりません。ただ、全ての法と同様に、その歴史性や時代性などに鑑み、よく議論して改正していくことは必要だと思います。
 ドラッグとしての大麻(マリファナ)については、たとえば映画『スーパーハイ・ミー』について書いたこちらの記事にさりげなく(?)書いたことがありましたっけ。
 いや、あの映画は大麻をドラッグとしてのみとらえていたのではありませんね。他の側面もえぐりだしていました。
 あれからだいぶ経って、この本を読んでみようと思ったきっかけは、ある「神社」の儀式にありました。
 我が校のすぐ近くに通称「下浅間」、「冨士山下宮小室浅間神社」という神社があります。そう、その記事にも書いてあるように、志村正彦くんとも縁の深い神社です。
 そこで、昨年の9月、素晴らしい儀式が行われました。『御更衣祭』です。60年に一度の神様(コノハナサクヤヒメ)のお着替えですね。本当に感動しました、あれは。
 あれから1年して、神社から「神秘の稀祭 神衣御召し替え 富士山北口里宮に伝承される」という冊子をお贈りいただきました。多く写真や資料が掲載されている、なかなか立派なものです。
 それを興味深く眺めておりましたら、「大麻」という文字が目に飛び込んできました。
 そして、ああそう言えば神道と大麻は切っても切り離せない関係だったな、と思い出し、具体的にどういう関係があったのか調べたくなって、この本を注文したというわけです。
 神道では「大麻」は「たいま」とも読まれますし、「おおぬさ」とも読まれます。祓えのときに用い幣帛(へいはく)ですね。これが実際に麻を使って作られていました。また、たとえば注連縄や神事としての相撲の「横綱」も本来は大麻草で作るべきものでした。
 麻は非常に生命力に溢れた植物であり、またいろいろな用途において優秀な性質を持っていましたから、どこか「神」に通ずる部分があったのでしょうね。世界的に見ても、宗教と結びつくことが多くありました。
 もちろん、ある種の陶酔感や幻覚作用などと宗教が結びついたということもあるでしょう。しかし、日本では、ある意味その点を利用されて、主にアメリカの事情によりGHQがその使用や所持を禁止するに至りました。
 そのアメリカの事情については、この本に非常に詳しく書かれていますから、ぜひお読みいただきたい。ある意味では、ここでも日本古来の「魂」が欧米列強の「マネー」に駆逐されていく様子を見ることができます。非常に象徴的だなあと思いましたね。
 もちろん、医療用、産業用、あるいは食料としての「大麻」についても詳しく書かれています。これほど豊かな「資源」と「文化」を、一つの法律のもとに本当に全て失ってしまっていいのか、とりあえず誰もが疑問に思うことでしょう。
 そうした様々な背景を知らねば、先ほど述べた「議論」も始まりませんね。そういう意味で、この本のタイトル「大麻入門」は、全く間違いでないことが分かるでしょう。非常にまじめな「論文」であったと思います。おススメします。

Amazon 大麻入門


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2011.10.11

首都圏(東京)直下地震の危険性

20110917k0000m040091000p_size5 「都圏直下急増 M7級、30年で98%」…3.11から7ヶ月。その影響は確実に他の地域にも及びつつあります。
 被災地のことももちろん忘れてはいけないわけですけれど、尊い命の犠牲があったからこそ、それぞれの人がそれぞれの場所なりの危険性というものを認識しなければなりませんね。
 昨日は江戸を歩きながら、いろいろな気の流れを感じました。その一つが地震の気。地震の気というと何か変ですが、まあ動物的な勘ってやつでしょうかね。地の底から伝わってくる鼓動を感じると言えば、ちょっとカッコいい。まあ、そんな感じのモノです。
 これはたとえば地表や上空の気の流れとも関係してきます。地震雲もその現れですね。
 で、結論から言いますと、東京足下はそれなりに危険な状態ではありますが、喫緊という感じはしませんでした。東北の大地震がある前から、感覚的には危険度6くらいだったのですが、それが7に上がったくらいの感じです。ま、それでも他の土地に比べるとやっぱり高いんですけどね。
 首都圏での地震の回数は震災前の数倍になっています。これをもって、いたずらに不安をあおる必要はないとは思います。地震は全て安定へ向けての動きなので、溜めすぎるよりは小出しにした方がいいこともあるからです。つまり先送りにすればするほど危険度が高まることもあるので、地震が起きないことの方が心配なこともあるのです。
 今日ちょうど政府が首都直下地震などに備えて専門調査会を設置することを決めたようです。今ごろ何?というような気もしないでもありませんが、まあ何もしないよりはいいでしょう。ただ、いわゆる「専門家」とは「科学者」のことでしょうから、ただ数値と、それを可視化した図や地図を発表して終わりになるでしょう。
 以前「科学の限界」という記事を書きましたね。いわゆる専門家が世界史に残るようなM9の巨大地震を、ほとんど全く予知できなかったという事実を忘れてはいけません。
 いわゆる専門家の方々は、たとえば私の体感や雲の観察による地震予測など相手にもしないでしょう。噴飯どころか一笑すらしてくれません。
 でもいいんです。自分や大切な人の命は最後には自分で守るしかないんですから。
 江戸の地震と言えば安政江戸大地震が思い浮かびますね。1855年11月11日(これも11日か)。東京湾北部震源M6.9。
 江戸の坂の下、つまり沖積層の土地や海岸の新しい埋め立て地では、おそらく震度7になったことでしょう。坂の上、すなわち森や神社や寺や墓地があるところは一次的な被害は大きくありませんでした。火事という二次的な被害は甚大でしたけれども。
 今の東京はどういうふうに街が形成されているかというと、坂の上は古いままでほとんど手つかず、結局坂の下に薄く現代がコーティングされているだけです。あるいはより海の方に埋め立て地が広がっている。
 つまり、現代東京人の生活範囲のほとんどは、地震に弱い土地にあるわけです。そこに高層ビルや高速道路などの巨大構造物を詰め込んでいる。だから、当然その危険性は江戸の比ではありません。
 ちなみに東京湾の津波はせいぜい2メートルくらいだと思いますが、それでも低地のかなりの部分が浸水するでしょう。
 湾岸のオシャレなエリアほど複合的に危険度が増すということですね。これは当然です。
 もともと東京直下は3枚のプレートが複雑に重なり合っていて、地震の巣のようなところです。そして複雑なだけに、そのメカニズムがほとんど解明されておらず、結果として予測や予知が非常に難しい場所です。
 また、内陸の方にも、たとえば立川断層のような巨大活断層がありますし、関東大地震や房総沖大地震のような、やや離れた地域での大規模地震の影響も受けやすい特殊な場所です。
 江戸時代以前の江戸は、池や沼地や湿地ばかりで、ほとんど人が住んでいなかったというのもうなずけます。もともと危険な土地だったのですね。
 東京に住む方々は、そういう事実を認識した上で生活してほしいと思います。
 明日から静岡市で始まる日本地震学会では、「専門家」たちがどんな発表をし、議論をするのでしょうか。首都圏直下地震の話題も出ると思いますが。

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2011.10.10

根津神社(根津権現)

111010_7_34_10_hdr 夜の谷中サミットは若い人たちといろいろ話ができまして、大変充実いたしました。
 そして、一夜明けて谷中から根津へ散歩。
 東京は水平方向に歴史の地層が見られます。古くは縄文、そして次は江戸でしょうかね、さらに昭和、平成と。
 東京は坂が多い。その坂の上、すなわち標高の高いところ、つまりは大昔から陸地だったところには、必ず森があって、そこには神社やお寺、墓地などがあります。霊的なスポットですね。坂の上は「モノ」世界が表出しています。
111010_7_40_45_hdr それに対して、坂の下、低いところは江戸時代になって開発されました。それが最古層。その上に昭和や平成のコーティングがなされています。いわば「コト」世界。人間の脳によって計画され形成された街です。
 今日の散歩も坂を上ったり下ったり。そのたびに見える、感じる「時代」が変化します。東京散歩の面白さです。
 そして、初めて根津神社に参拝しました。驚きました。こんな立派な神社がこんな低いところに!?
 縁起を読んで納得しました。江戸の創建なんですね。社伝には、多くの神社のご多分にもれず「日本武尊創建」と書かれていますが、実際は違います。
111010_7_41_55_hdr  山梨と縁があるとも言えますね。この場所はもともと甲府宰相の徳川綱重の江戸根津屋敷だったとのこと。そして、そこで生まれたのが六代将軍徳川家宣。五代将軍綱吉が、家宣の産土社であった千駄木の根津権現を綱重屋敷跡に移して創建したのが現在の根津神社です。
 この新しい立派な社も明治の排仏毀釈前は「根津権現」と呼ばれていました。実際見るからに「権現造」。そこら中に卍が描かれていて、どう見ても神仏習合しまくりです。
 祭神も今では、須佐之男命・大山咋命・誉田別命・大国主命・菅原道真公となっていますが、もともとは根津三所権現すなわち「素盞烏尊本地十一面観世音菩薩、 相殿二社山王大権現本地薬師如来、八幡宮本地阿弥陀如来」でした。
111010_7_43_05_hdr ご存知と思いますが、神仏習合の近世的カタチは「本地垂迹」です。つまり、日本の八百万の神々は、仏の仮の姿だという考え方ですね。たとえば今本殿に祀られているスサノヲノミコトは十一面観世音菩薩が日本用に変身した
姿ということです。「権現」とはそういう意味。「権」とは「仮」という意味です。
 そのへんの事情を知っていれば、この根津神社のお参りの中身も微妙に変わるというものです。
 まあ最近はやりのパワースポット的に言うならば、神仏両方のパワーをいただけるわけですから、それはそれでお得だとも言えるでしょうし(笑)。
 ワタクシ的にはですね、それよりも「鬼門鎮護」の機能の方が気になりましたね。ここは江戸城のほとんど北にあたるわけですが、風水的に言えば北東、すなわち「艮」「鬼門」にあたります。方角だけではなく、気の流れといいますか、先ほど書いたようにここは低い土地ですから、気が滞留するというか、川のように谷に沿って気が流れ込んでいますね。それがたしかに鬼門方向から来ているように感じました。
111010_7_46_21_hdr 江戸の鬼門除け、鬼門封じとしては、寛永寺とか湯島天神とか神田明神とかが有名ですけれど、それらは谷ではなく「山」にありますから、たぶん古くからあったものに鬼門封じの機能を付加したのでしょう。
 その点、この根津権現はすごい。新しく本気で封じた、いや鎮護した感じですね。風水師が誰か分かりませんけれど、真剣に考えられているのはたしかだと思いました。
 結果としてスサノヲが祀られている点、これは江戸の民間信仰、たとえば金神に対する畏怖と敬意が感じられます。根津権現には凶事を封じるというよりも、金神の力を借りて江戸城を守るという機能があったのではないでしょうか。
 根津神社には二つの稲荷神社もあります。乙女稲荷と駒込稲荷。乙女稲荷は、どうでしょうね、調べてみない分かりませけれど、この権現さんの門前にあった根津遊郭の遊女たちの信仰を集めていたのではないでしょうか。
111010_7_55_09_hdr こういう聖俗混淆するところ、あるいは性のエネルギー、遊びのエネルギーさえも習合してしまう日本の宗教のすごさを実感しますね。
 そういう意味では、遊廓のあたりに東京帝国大学が移転してきてしまったのはなんとも妙な話です。赤線じゃなくて赤門になっちゃった(笑)。すさまじい変わりようですね。そのへんの転変も日本流なのか。聖俗不二。
 まあいずれにしてもですね、東京というか江戸の大きな気の流れがここには集まってきています。このパワーをうまいこと使うには、それなりの心構えというものが必要でしょう。
 あまりに純粋な気持ちで(?)お参りするとやられちゃうかもしれませんよ。私はしっかり力をいただいてきまた。また行ってみようっと。

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2011.10.09

横浜の格安駐車場 タイムズ「MEGAドン・キホーテ山下公園店」

Buk0027750 (追記…2013年2月11日現在、料金体系が改訂され、平日1日800円、土日祝は1200円、それぞれ24時以降は通常加算となっています。それでも使い方によっては安いですね)
 て、今日は今から東京谷中サミット(?)に参加することになっています。夕方出かけてサミットして(飲み会して)一泊、明日は午後次のコンサートの練習なので、今日の分の記事は早めに軽〜く書いておきます。
 東京に行く時によく使うのがこちら武蔵境の駐車場。24時間以上停める時にはここが最安になります。24時間以内なら北口に700円のところがありますので、今日はそちらに停めようかな。
 その他の駐車場も含めて東京は最近どんどんコイン駐車場が安くなって助かっています。
 しかし、昨日行った横浜はなかなかいい駐車場がなくて困っていたんです。平日は上限1400円とかあるんですが、土日休日だとそれがなくて、5000円近く取られちゃったりして、それが悩みの種だったんですね。
 もともと横浜というのは車で行きにくいところです。しかし、最近は私も縁があって(昔の縁が復活してとも言えます)横浜に行くことが増えました。
 そんな私に朗報です!いや、皆さんにも朗報でしょう。昨日さっそく使いましたよ。
 それがここ「MEGAドン・キホーテ山下公園店」です。
2010100712864355260 ドン・キホーテさんも太っ腹ですねえ。買い物しなくても24時間600円!!ですから。これは安い。安すぎる。突然の価格破壊。さすが安売り王。
 安いだけではない。まず222台も停められますから、満車になることがない(たぶん)。そして場所もいいですね。歩いて港の見える丘公園、元町や山下公園、中華街などにも行けますし、みなとみらい線の「元町・中華街駅」にもほど近い。
 さらにドン・キホーテで買い物もできる(しなくてもいいが)。1円でも買い物すれば1時間無料、3,000円以上の買い物をすると2時間分無料になったり、そして高速の「新山下」出入り口にも近いですし、いいことずくめですね。
 これは私たち家族にとっては革命的なことです。昨日も時間を気にせず横浜を楽しむことができました。
 ぜひ皆さんも使ってみて下さい。ただ一つ注意点は5:00-9:00は入出庫不可だということですが、普通に考えれば問題ないでしょうね。

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2011.10.08

挨拶とバロックとジャズと…アドリブは楽しい!

111008_12_33_13_hdr_2 日は麻酔&止血剤のおかげか11時間も寝ることができました(笑)。そのおかげで、今日の準備を全くしてない!という大ピンチ。
 こういう時こそ今まで培った「集中力」と「アドリブ力」を活かすべし(人はそれを「ハッタリ力」と言いますが…笑)。
 まずは中学校バスケットボールの新人戦の開会式にてご挨拶。子どもたちの顔を見て思いついたことをしゃべりましたが、結果として面白い内容になったのでは。こういう挨拶というのは通り一遍の固くてつまらぬものになりがちですから、逆に私のような変人の生の言葉の方がインパクトはあるのでは。
 一期一会ですからね。生徒にとっても私にとっても大切な時間ですから、私にしか言えないようなことを言うべきです。オトナの世界ならステロタイプな眠くなるような挨拶もけっこうですけど、相手は未来ある濃密な時間を送っている若者たちですから。その内容については、後日書きましょう。
 さて、挨拶が終わって私はすぐに家族と横浜へ。
 今日は山手聖公会にてコンサート。プロの皆さんとご一緒させていただく貴重な機会です。詳細な内容はこちらをご覧下さい。超満員札止めの中で大変に気持ちよく演奏させていただきました。ご来場くださった方々、共演してくださった皆さま、ありがとうございました。
 バロック音楽においてもアドリブは重要な要素です。たとえば今日のヘンデルのオルガン協奏曲では、もともとヘンデル自身の指示によって、「ここは長大なアドリブを入れよ!」というようなことが楽譜に書かれています。
 バロックのアドリブにはいくつのパターンがあります。完全なる即興、つまりインプロヴィゼーションと、楽譜にはない音楽をあらかじめ作っておくというもの、あるいは装飾音を足すというものなどいろいろあるんですよね。
 今日の演奏にはそのうち、あらかじめ作っておくパターンと装飾のパターンがたくさん織り込まれていました。それによって、私たち演奏家も「ライヴ」を味わいながら演奏できる。そうすると当然お客様も生きた音楽を体験できるますね。
 それこそが、私がバロックを演奏する理由です。基本楽譜どおり演奏すべしという音楽はどうも…。
 ちなみに今日の演奏会での私の最高のアドリブは…演奏ではなくて、あれでしたね(笑)。
 実はそのオルガンコンチェルトの時に、ちょうど私の立ち位置にですね、西側のステンドグラスからお日さまの光が差し込んできまして、非常にまぶしい状況だったんですね。
 楽譜が見にくいというワタクシの事情もあったわけですけど、多少経験を積んだおかげでしょうか、ステージ上の自分を落ち着いて客観視できるようになったんでしょうね、思わず笑ってしまったんですよ。
 だって、あの赤、青、黄色の光が今自分に当たってるんでしょ?私だけ思いっきりスキンヘッドですし。教会のステンドグラスに照らされるお坊さんですからね(笑)。
 で、影になる部分を探して右に左に前に後に動いてみたわけですけど、結果として、私がまるでミラーボールのように赤、青、黄色に輝くわけですから、厳かな聖公会の祭壇がまるでディスコの舞台ですよ(笑)。こちらにも青く輝く私が写っています。これを見て、カミさんは「ブルーマンじゃん!w」と言ってました。
 これはお客様も笑いたいに違いない、しかしこの雰囲気ではそれもできず皆緊張を強いられている(お葬式の正座でしびれた人を見るかのように)に違いないと思い、自らの頭上で手でピカピカを表現して笑いをとって差し上げました(笑)。
 皆さん、緊張が解けたようにお笑いになられました。見事会場が一体となった瞬間(?)。失礼いたしました(笑)。ま、これもアドリブ力の一つでしょうかね。
 さて、演奏会が盛況のうちに終了いたしまして、私はお客様よりも早く会場をあとにしまして、電車でみなとみらいへ。そう、今日はたまたま教え子たちも横浜で演奏だったのです。
 我が校が誇るジャズバンド部(ムーン・インレット・サウンズ・オーケストラ)は今月だけでも、地元各所での演奏はもちろん、ここ横浜、浜松、そして京都への遠征と多忙をきわめています。今やプロよりも忙しいのでは。年間60以上のステージを体験しているわけですから、私の比ではりません。
111008_17_06_36_hdr 今日は横濱ジャズプロムナードへの参加です。私の終演時間から30分後出番ということで、ギリギリ間に合いました。
 いつもどおり彼ら中高生は堂々とノリノリの演奏を披露してくれました。なかなかこうして外での活躍の場に居合わせることがないので、新鮮に感じましたし、いやあホントに立派だなあと思いました。私なんかよりずっと落ち着いているし、お客様の心をつかんでいる。すごいですね。
 ここでも彼らはアドリブをこなしていきます。もちろん、彼らのアドリブのほとんどは楽譜に書き起こされたものなのですが、それにしても、あのライヴ感を出すのは見事です。
 ジャズもバロックと同様、楽譜に書かれた部分と書かれていない部分、すなわちワタクシ流に言うと「コト」と「モノ」のバランスが面白いジャンルですよね。
 この前クラシックはジャズを用意するための存在にすぎないというような過激な発言をしました。ある意味ではそれは正解であると思っています。クラシック専門の方々にはそういう意識は希薄ですけれども、実際そういう解釈をした方が面白いし、近代西洋芸術音楽の真の価値を認めるためも必要な視点だと思います。
 その点バロックというのは、半分前近代なんですよね。私たちが古楽器を愛好するのは、楽器が近代工業製品として不完全だからです。また音楽自体も、通奏低音にはベースラインとコードネームに該当する数字しか書かれていないこと、旋律楽器や歌にもアドリブが必須であることなど、古代的、民族音楽的な部分を残しているわけです。
 そのバランスがジャズに近いところもあるわけですね。もちろんジャズは全く別のアプローチでそのバランスを追求しました。この前書いたとおり、楽器は完全なる工業製品を用います。電子楽器さえも当たり前に使いますかね。楽器がそういうものであるということは、音楽理論も近代ヨーロッパのものをそのまま使います。しかし、そこにアドリブやモードやブルースや不協和音を導入して、古代に原始に還ろうとしたんですよね。それが新しかった。
 私がバロックとジャズと、それ風な人生(笑)を愛するのは、そういう世界が好きだからなんです。今日はそういうことをいろいろなところから再確認した一日でした。


 

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2011.10.07

1日3回食後 朝・昼・夕…って言っても(苦笑)

111009_10_10_50 新が遅れてしまいました。7日の夜は酩酊していたので今書きます。
 まずなぜ酩酊していたかというと、麻酔のせいです。昨年は麻酔なしで鼻から牛乳…ではなくて、鼻からカメラで(覚悟していたほどではなかったにせよ)ゲーゲー涙ボロボロという屈辱を味わったのですが、今年は全身麻酔復活で楽チンでした。
 そのかわり、麻酔がきつかったのか、なんだか午後から夜にかけてずっと酒を痛飲した時のような酩酊感と頭痛に襲われました。検査終了直後は良かったのに薬を飲んだあとそうなったので、そっちが原因かもしれません。
 今回はいちおう組織を取ったということで、念のため止血剤をもらってきたんですよね。私、一日一食ですし、ストレスためない人間なので胃の方は基本きれいなんですけど、その一日一食の弊害というのを今日は初めて感じました。なにしろ薬をほとんど飲んだことがないので。
 「1日3回食後 朝・昼・夕」とか言われてもですねえ、一日一食なんでどうすればいいんですか?ww
 今回はとりあえずエア昼ご飯(?)のあとに飲まなければなりませんでした。しかたなく引き出しに隠してあったかりんとうをボリボリ食べてから飲みました。しかし、結果としてそのあと酩酊が始まったので、どうもやっぱり麻酔と薬のコラボレーションの結果なのではないかと推察せざるをえないわけです。
 こんなところにも「1日3食」が「常識」になっていることが表れていますね。何度も書いてきたとおり、現代社会が1日3食になってからというもの、肥満、成人病、さらにはガンも増え続けています。
 胃一つとっても、その負担たるや数倍になっているはずです。私は24時間に1回しか胃を使いません。あとは休んでもらっています。普通の現代日本人はどうでしょう。間食を含めると本当に胃の休むヒマはないのではないでしょうか。
 この前何かで読みました。血液は体重の7%くらいしかない。だから、必要なところに重点的に送り込まれる。そうするとその他のところは基本酸素不足になっていると。
 消化には多くのエネルギーを要します。また食物から得た栄養を運ぶためにも血液は必須です。ですから、常に食べているとどうしても消化に血液をとられて、その他の機能、たとえば脳ミソへの血流量が減ってしまいます。
 おなかいっぱいになると眠くなるのはそのためだとも言われていますね。脳や筋肉に休んでもらわないと消化が効率的にできないわけです。
 私は夕食しか食べませんし、食べて呑んだら3時間後には確実に寝ています。プロレス観たり音楽聴いたりしてボーッとして寝ます。そして寝ている間にしっかり消化吸収しますから、朝には快適。朝はただ排泄するだけです。
 そのおかげもあって、非常に健康ですし、精神的にも常にハングリー(笑)。仕事中眠くなることは絶対にありませんし、悪いことはなにもありません。
 そんな中、今日はどうしようもなく眠くなってしまって、さらにフラフラ、そしてロレツが回らないし、いきなりゲラゲラ笑い出すという、単なる酔っ払いオヤジ状態になってしまいました(笑)。生徒たちはみんな心配して、いや、気持ち悪がって「早く帰れ!」と言ってくれました。ありがたい(笑)。
 というわけで、私たち人間にとって食事とはなんなのか、1日3食が本当に健康の基礎なのか、考えてみませんか?実際私は一日一食8年目に入ってますます元気で若返っております。お金も150万円ほど浮きました。まじですよ。
 信じられない人は、ぜひ私に会ってみて下さい。ちゃんと生きてますし、とっても元気ですから。こうして壮大な人体実験は続くのでありました。それにしても健康を守るはずのお医者さんが「1日3回食後 朝・昼・夕…」なんていう処方をしているのは問題と言えば問題ですよね。
 ちなみに10月4日、満100歳の誕生日を迎えた日野原重明医師の食生活は私のそれとほとんど同じです。
 


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2011.10.06

追悼 スティーヴ・ジョブズ

20111006_153433 リスマ逝く。ファンの一人として、人生を変えていただいた者の一人として、心から感謝しご冥福をお祈りします。
 彼に対する私の尊敬の念はこちらに書いたとおりです。
 出口王仁三郎流に言えば現代の「世界改造業者」だったのでは。そう、私からすると、ジョブズは一経営者というよりも、宗教家あるいは芸術家に近かったかもしれません。
 彼は世界に、いや宇宙に革命を起こすことを目標としていました。もちろん皆を幸せにするための革命です。そういう発想自体がすでに宗教家的、芸術家的であったと言えましょう。
 ジョブズの禅好きは有名な話です。曹洞禅の影響を強く受けているといいます。彼のシンプルをきわめたデザイン思想やプレゼンの技術はもちろんのこと、ネットワークによる脳の共有の概念は、ある意味自他同一、不二の境地と同じだったのかもしれません。
 おとといの「稽古」、そして昨日の「雛型」の話とも重なりますが、ジョブズの想像力や創造力のバックグラウンドには、「自然に学ぶ」ところがあったように思います。
 もう少し具体的に言うと、デジタルでアナログを模する、アナログをデジタルに移写する、という感じでしょうか。MacやiPhone、iPadなどにおける、ある種生活感にあふれるインターフェイスやネーミングに、そのような感性がうかがえますね。
 志半ばであったクラウド・コンピューティングについても、そのことが言えると思います。クラウドは以前こちらに書いたとおり、非常に「古代的」なんですよね。日本で言えば神道や仏教のネットワーク、私の言う「web0.0」の模写にすぎません。
 そうすると、そのデバイスたるiPhoneやiPadは、「持仏」や「お守り」というところでしょうか(笑)。いや、まじめな話、そういうことだと思います。
 ずばりジョブズは善神だったと思います。私はずっとMacに善意と良心を感じてきました。そして、自らの善意と良心をかきたてるツールとして使ってきました。Windowsに向かう自分とMacに向かう自分とでは、あまりにその人格が違うと実感してきたのです。
 そうした「モノ」を作ることができた神。思想や人間性をモノに乗り移らせ、私たちをコントロールしてきた神。そんな神なきあとのこのIT業界、世界、宇宙はどうなっていくのでしょうか。
 どこの誰たちとは言いませんが、あからさまな「悪神」もいますし、「偽善神」もいます。彼らがのさばるようになるのか。それともクック新CEOらが偉大なる創始者、先駆者の遺志を継ぐことができるのか。もしかすると、ジョブズの死は世界史の分水嶺となるのかもしれません。
 私は理想の世を創るために彼の言葉を唱え続けたいと思っています。
 Think Different. Stay hungry, Stay foolish.
 


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2011.10.05

雛型体感と地震予測

Large 山(長野)・熊本で中規模地震相次ぎましたね。予想通りの展開でした。私は10月1日に次のようにツイートしていました。

 「昨夜は地震の前兆と思われる体感のため眠れなかった。いつもとは違う感じだったので日本海側や西日本かもしれない。単なる霊現象という説もあるが(苦笑)。どっちもあまり好ましくないな」

 結果としてそのとおりになってきましたね。「体感」というある意味非科学的なモノについて語るのは、実はちょっと憚られるのですが、昨日の「稽古」の話とも絡めて少し説明しておきます。変な話なので眉に唾をつけて読んでください。
 今、ちょうど出口王仁三郎の雛型経綸の本を読んでいます。この世界、宇宙がいわばフラクタルな構造になっており、様々な相似形の中で様々な現象が縮小拡大されながら移写されていくという発想です。
 ほとんどお笑いのネタにもなりそうですけど、こちらで紹介した世界地図と日本地図の相似の例なんかその典型です。
 笑ってすまそうと思えばすませられますが、偶然にしてはあまりにピンポイントな符合もあるんですよね。たとえば3.11の震源地は牡鹿半島沖でしたよね。王仁三郎の雛型地図によれば、牡鹿半島は朝鮮半島にあたります。その朝鮮半島の東にはもちろん日本があるわけですよね。ですから、あの地震の震源はやはり「日本」であるわけです。
 そういう「物語」がどういう意味を持つのか、あるいは持たないのか、それを合理的に判断する術はありません。いや、合理的には、まずそういう発想を持たないでしょう。
 しかし、昨日書いた「稽古」の発想からしますと、私たちはこうしたなんだか分からない不思議なモノに対して、ある種の素直さを持って臨むことも必要な気がしてくるんです。
 私は学校の教師であり、もちろん現場ではそんなことを教えているわけではありません。逆に「コト」世界を徹底的に教えこんでいます。それが学校という社会的な装置の役割であるわけですし。
 しかし、一個人、人間としては、そういうコト世界とのバランスを取るためにもモノ世界へのアンテナもしっかり立てておきたいと思っているのです。
 そんな中、実は最近変なことに気づいているのです。それは自分の体も、その宇宙的雛型構造の一部を構成しているのではないかということです。
 とってもトンデモな話なので、とうとう庵主もおかしくなったかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんね(笑)。大丈夫ですよ。けっこう客観的に自分を見ていますから。
 つまりですね、自分自身が日本列島の雛型であるということです。
 実はそういうことをおっしゃる方は昔からいて、まあたとえば今回の震災後注目されたいわゆる「体感系」地震予知者の一部は、まさにそういう前提に立った方だったんですよね。
 以前は、それを「ふ〜ん、そういう人もいるんだ」程度にしか思っていなかったのですが、最近は「もしかして自分も…」と予感するようになったのです。
 たとえば、冒頭にあげたツイートは、実は左半身と両足の膝から下の違和感がその根拠となっていました。えっ?どういうこと?とお思いでしょうから説明します。
 実は春先から右肩が五十肩(四十肩)を発症していました。震災の頃はほとんど違和感がなかったのですが、その後3月末からは全く手を挙げられない程になってしまい、黒板に字を書くのも、服を着替えるのも難儀でした。
 それが7月頃にだいぶ良くなって、今では多少の痛みは残っているものの日常生活ではほとんど支障がないくらいに回復しました。ちょうど東北の地震が落ち着き始めた頃ですね。そこでふと気づいたのです。
 「オレの右肩ってもしかして東北の太平洋側なのかも…」
 だから笑わないでくださいよ。あるいは怒らないでくださいよ(笑)。私はけっこうまじめなのですから。
 つまり、冒頭のツイートも含めてまとめますと、私の体が日本列島と相似形であって(以前からそうだったのか、震災後にそうなったのかは分かりません)、私を後から(背中から)見て、頭の方が北海道、右上半身が本州の太平洋側、左半身が日本海側、足の方が九州方面…。
 今、それを王仁三郎の地図のようにイラスト化してみたら、トンデモなくアホくさい絵になったので掲載は差し控えます。腰をくねらせた私の後ろ姿なんか見たくないですよね(笑)。
 つまり、冒頭のツイートは「右上半身と足の先に異様な違和感があった」ということなのです。
 実は9月の浦河沖地震の時は、右の後頭部が痛かったんですよね。見事にピンポイントでしょう(笑)。
 まあこれを信じるか信じないかは自分自身の問題です。自分が自分を自然の一部あるいは雛型として考えて、そこから得られる情報を自分のために使うのは自由ですが、たとえばTwitterなどでパブリックなコトにしてしまっていいのか。そこは迷うところです。
 と言いつつ、雛型体感による今後の地震予測です(笑)。
 東北太平洋側の余震はしばらく続きます。時々激痛が…いや大きな発震があるでしょう。右上半身の大きな歪みを腹部(フォッサマグナ)がかなり吸収してくれましたが、だんだんそれも限界になって、左上半身(日本海側)にも影響が出ています。実際五十肩は片方かかるともう一方もということが多いんですよね。そして、下半身(西日本)にも歪みが生じています。どこかをかばうと遠くにも歪みが出るものです。皆さんも経験がおありでしょう。私も以前、ウオノメのせいで大変な腰痛になったことがあります(笑)。
 …とまあ、ずいぶんといい加減な地震予測ですが、これからも明らかに異常な体感があったらツイートします。あとは地震雲ですね。これらはちっとも科学ではないので、もちろん信じる信じないは皆さんの自由ですよ。


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2011.10.04

『稽古』とは

20111005_100230 古するとつながる…今日はそんなことを実感させられる、これまた不思議なご縁に遭遇しました。
 間接的にではありますが、まさか土方巽がフジファブリックを助けているとは…もちろん、本人たちはそんなこと意識していないと思いますけれども。私としては完全につながりました。
 そう、「稽古」の本質は「つながる」ことなのです。
 「稽古」とか「おけいこ」とか、私たちは日常的に使っている言葉ではありますが、その本来の意味はあまり意識されていません。今日はそこを少し書いてみようと思います。
 「稽古」という言葉は大変古い言葉です。日本では9世紀の文献にも登場しています。中国ではもっと古くから使われていました。
 「稽古」の「古」は、言うまでもなく「古い、いにしえ」という意味です。「口」は大切なものを収める箱、「十」は「干」で、その箱を護る「盾(たて)」です。厳重に保管されている「何か」ということですね。
 そして、「稽」は「考える」という意味です。もっと深く説くなら「神を招いて、その意思を感じる」ということです。
 つまり「稽古」とは「いにしえを考える」、もっと言うなら「大切に守られてきた先人の魂と一体化する」ということです。
 ただのプラクティスやレッスンやトレーニングとは違います(もちろん、それらの英語にも深い歴史があるのですが、ここでは一般的な意味で)。
 「稽古」という言葉は日本の芸道に用いられることが多いですね。「おけいこ」となるとピアノなどにも使いますが、それも「洋琴」前の「お琴」のおけいこからの流れです。
 つまり日本での「芸」や「道」においては、自らのスキルアップ、パワーアップとは別次元で、師匠と言われる人たちに綿々と受け継がれてきた「魂」を、その人たちと時空を共有することによって体感し、そしていずれはそれらと一体化することを目指します。
 そこにはいわゆるメソッドやロジックは必要ありません。いや、必要ないわけではない。自然とそれは生まれるものであって、最初に「マニュアル」や「テキスト」があるわけではないということです。
 私たちは、実は「過去」の体験にのみ基づいて生活をしています。未来を予想したり、予測したり、夢想したりすることも、あくまでも過去の経験(素材)をもとにしており、それなくしては絶対に不可能なことです。
 そういう点では、科学も同じなんです。前も書いたように、科学で未来の予知などできません。DNAにも過去の情報しか記録されていませんし。
 ただ、芸事にせよ、生活にせよ、科学にせよ、最も恐ろしいのは、「過去」の一部を知っただけで、全体を知ったように錯覚してしまうことです。日本で「稽古」が重視されてきたのは、まさにそういう危険性を知っていたからでしょう。
 稽古が完成し、完全に過去と一体化できたら、それこそがお釈迦様の至った「悟り」ということになってしまうわけで、それはそれは我々人類にとって非常な、ほとんど不可能なほどの困難です。
 だから、我々凡夫にとっては「稽古」は一生続けなければならないものであり、その過程こそが重要なものになってくるわけです。
 以前、世阿弥(観阿弥)の風姿花伝の「年来稽古条々」の一部を、プロレスに当てはめて現代語訳したことがありました。こちらこちらです。
 能とプロレスを一緒にするなんて…と失笑する方もいらっしゃるかもしれませんが、これは今読んで我ながらなかなか鋭い観点だと思います。三沢さんの死の直後でもありました、私も一瞬でも「稽古」していたのかもしれませんね。
 現代の様々な分野でのプラクティスやレッスンやトレーニングを見ますと、どうもこの「稽古」がなされていないような気がしてなりません。日本の伝統芸能や武道でもそうですし、西洋音楽やスポーツもそうですし、そしてそれ以前に学校という教育現場でも「稽古」の姿勢というか、発想というものさえも失われつつあるように思います。
 「稽古照今」という言葉もあります。故きを温ねて新しきを知るですね。古人の体験や智恵や喜びや哀しみを我がものとして今の自分や世界を見る。そこにしか真実は見えてこない。
 今に限らず未来に思いを馳せるというのも、実は「稽古」なのです。今の現象も未来のヴィジョンも全て「古」という箱を開けた時に溢れ出るモノです。
 過去自体は情報として不変なはずですが、それがその箱に閉じこめられている内に熟成され醸成され、あるいは腐敗してゆき、そして「モノ」となります。実際データとして残されたコト(たとえば文字)はコトのまま残りますが、人の思いや魂といったモノは必ず時間とともに変化します。
 「稽古」とは、そうしたモノと一体化して、その素になった「マコト」にまで時間を遡って近づくことなのです。
 先ほど書いたように、その際重要なのはメソッドでもテキストでもロジックでもなく、一種の「霊感」ということになりましょうか。ワタクシ流に言うと、やはり「コト」より「モノ」を優先すべしということになります。メソッドやテキストやロジックやヒストリーを超えた「想像力」こそが「稽」の本質だと思います。
 冒頭で書いたご縁は、そのご縁を作ってくれた方々が皆真剣に稽古されているからこそ、まさに神が降りてつながってくれたのだと思います。ルーツをたどれば、皆どこかでつながっている。そのルーツを、無意識にであれ真剣に探求している姿は美しく、人々に感動を与えます。つまり、観る人、聴く人ともしっかり「つながる」わけです。
 「稽古は神変す」という言葉もあります。真剣に「稽古」していると、自己の意識レベルを超えた奇跡が起きるのですね。私はそんな奇跡を垣間見させていただいたようです。
 まあ、なんか偉そうに、さも分かったかのように述べてきてしまいましたが、実は私、全然「稽古」できていません(苦笑)。こうやってテキスト(文字)の世界で右往左往しているようではダメですな。ハッタリの稽古ばっかり(笑)。

 

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2011.10.03

かりんとう饅頭

1c1579e1b65699acac2b4b0a1272b8fb 日ある方からおやみげとして鎌倉ほしのの「カリッと黒糖まんじゅう」をいただきました。
 これが実にうまかった。いわゆる「かりんとう饅頭」ですね。黒糖入りの皮をまとった饅頭を油で揚げたものです。
 この種の「かりんとう饅頭」は日本全国にあります。我らが山梨県でもいくつかの和菓子屋さんが製造販売しています。最近ではワインかりんとう饅頭なんていう亜種というか、地方によくある「一歩間違うとゲテモノ系」も出ました(これはおいしかった)。
 実はこの「かりんとう饅頭」のルーツは福島県にあるらしいんですね。田村市のあくつ屋さんが21世紀になってから開発・命名して有名になったのだとか。
 饅頭を油で揚げるというお菓子自体は古くからあったものと思われます。おそらく江戸時代に一般化したのではないでしょうか。
 日本での揚げ物の歴史というのは古くて新しいと言えます。なんとなくイメージできると思いますが、中国では古来甘いものを揚げる文化がありました。唐菓子ですね。それが奈良時代には日本に入ってきていたとは思います。しかし、それを食べられるのは一部の上流階級。我々庶衆が揚げ菓子になじみを持つのは江戸時代になってからのことです。
 江戸時代には、ごま油や米油、なたね油などの生産技術が一般化しましたし、南蛮料理である「天ぷら」が庶衆の人気グルメになったこともあって、家庭でも「とりあえずなんでも揚げてみよう」的な機運が高まっていたものと思われます。
 そんな時、庶衆の定番おやつであった団子や饅頭や煎餅がその対象になったことは想像に難くありませんね。
 そうそう、ちなみに我が鳴沢村には有名な?「ビス天」があります。ビスケットの天ぷらです。この起源はさすがに江戸時代ではないでしょう(笑)。昭和に入ってからだと思いますけどね。ちょっと小ジャレたおやつだったビスケットを誰かがジャーッと揚げちゃった。そしたらおいしかったと。あのほのかな甘さがさつまいもの天ぷら風だったということでしょうか。
 おっと話がそれた。で、この「かりんとう饅頭」ですけど、やっぱりネーミングもうまかったんでしょうね。もともと「かりんとう」をイメージして作ったというよりは、結果として「かりんとう」風だったということでしょう。
 実際、皮の部分はかなり固く、どちらかというとパリッというか「カリッ」としていて、歯ごたえはかなりあります。ボロボロ崩れるかと思うと、そのへんはなかなかうまく作られていてそんなことはありません。
 「カリッと黒糖まんじゅう」は「かりんとう」という言葉は使っていません。その代わり、音韻的にちょっと似ている「カリッと」をくっつけたんでしょう。商標の問題かなにかあるのかな。
 製造する側からしますと、一度蒸したものを油で揚げるというのは案外難しいとのことです。また、揚げる前のベストな味の調合が揚げたあとにもベストとは限らないそうで、その調整が大変だそうです。
 油で揚げることによる効果の一つとして、腹持ちがよくなるというのがありますね。私なんか比較的油に弱い胃を持っているので、これ一つ食べただけで、けっこうもたれちゃいました。
 香ばしい香りとほのかな甘さ、そして食べごたえ満点の食感…なかなかの逸品でありました。


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2011.10.02

山口組組長 一問一答

Tumblr_ljfcmziirc1qzpqkyo1_250 読みになった方も多いと思いますが、あえてここでも紹介しておきます。
 しかしビックリしました。産経新聞にここまでの勇気があるとは。いちおう全国紙ですからね。
 このインタビューの内容をどうとらえるかは、それぞれの思想や体験、そして立場によって違って当然です。ただ、単純に「感動した。暴排条例は行きすぎだ」とか「暴力団美化でとんでもない」とか、そんな単純な問題ではありませんのでご注意を。
 ヤクザ(あえて暴力団とは言いません)について、その歴史的側面、文化的側面、そして宗教的側面からそれなりに研究をしてきた私としては、その世界はまさに白黒二分法にあてはまらない「グレー」な存在であり、だからこそ世の中で必要とされてきたということだけは信じていますので、今回の「排除」という「暴力的」な条例の全国的な完成に関しては、やはり非常に憂慮していることはたしかです。
 今日も東京でその道にも詳しい方といろいろお話をしてきましたけれども、目に見えやすい、すなわちあえて舞台の上で演じている彼らを取り締まり、地下や舞台の裏側で利益をむさぼる「団体」を取り締まらないのは、これはおかしいと感じます。
 このブログでも何度も書いてきていますから繰り返しませんが、舞台の上を一掃するのは、その地下や裏側をのさばらせることになりますから、これからの日本、特に東京は非常に危険になると考えています。
 彼らに「暴力団」という名を与え、また実際に「暴力」の部分を助長する方向に動かしたのは、間違いなく警察です。そうして警察は表に裏に仕事を得ました。
 また、警察を動かしたのは国家権力者の一部であり、またそれを動かしたのはアメリカであったと言っても過言ではありません。そういう一面も否定できないはずです。
 言うまでもなく、現代は「ダニ」やら「ウジ虫」やらを害虫として徹底的に駆除する方向に動いてきました。自然界でもそれが非常に暴力的な行為であり、その歪みが様々なところに現れつつあるように、人間界においても近い将来において大きな問題が生じると予想されます。
 本来の仁侠道と暴力というのは相容れないものかというと、そうでもないところがこの問題を複雑化しています。日本の神話、いや世界の神話に「荒ぶる神」が不可欠であること、またこのたびの震災も含めて、自然界においてはある種の暴力性が不可避であることなどを考えれば、私たち人間の日常レベルでの価値判断だけで世界は割り切れないことが分かりますね。
 山口組三代目田岡組長の頃は、ある意味世間が賢く、そういう「世界の本質」を受け入れる土壌があり、そこにまた彼らは義理を感じ、人情を発揮していたのです。
 六代目組長は必死にその頃のよき伝統を守ろうとしているように感じます。しかし、末端はそんな理想論、いわば神話のレベルではどうしようもないほどに疲弊し困窮しています。だからこそ、組長の言葉は美しくも虚しく響きますね。 
 ヤクザはもしかすると、伝統文化として国家に守られ保存される立場になるのかもしれません。それもまた皮肉なことですね。
 昨日のジャズの話とも重なる部分はあります。対立なのか融和なのか、はたまた止揚なのか。
 久しぶりに「YOUNG YAKUZA」を観てみようかと思います。これも皮肉なことですが、今、教育現場に足りないモノがここにはあります。

【山口組組長 一問一答】上 全国で暴排条例施行「異様な時代が来た」

【山口組組長 一問一答】下 芸能界との関係「恩恵受けること一つもない」


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2011.10.01

『東京大学のアルバート・アイラー - 東大ジャズ講義録・歴史編』  菊地成孔・大谷能生 (文春文庫)

32202658 事上急に必要になって一気に読破しました。
 評判がいい本だったのでいつか読もうと思っていたんですよね。それをこうして生徒のおかげで読むことができるなんて、まあいい仕事ですね。
 そして、たいがいそれらの本は面白いから得した気分になりますね。人様のおかげでこんなに楽しめるなんて。
 このブログで紹介してきた本は、実はほとんどそういう必要と強制によって読んだ本がほとんどなんですよね。私読書苦手なんで(笑)。
 この本もメチャクチャ面白かった!ある意味では私の知っている、あるいは感じてきたジャズの歴史と同じであったわけですけど、実際の曲(聴けませんが想像することはできます。あとネットで聴こうと思えば聴ける)の絶妙のセレクトが楽しかったし、そのおかげで「歴史」を体感することができました。
 菊地さん、私と同世代の方ですから、ちょっとした言葉(つまり世の中の切り取り方)が、なんというか妙に納得できるといいいますかね、思わずニヤついてしまう瞬間がたくさんありました。
 たとえば、彼は最初から「ジャズ史に限らず、およそ人間が編纂する歴史は総て偽史である」と宣言して、実に立派な偽史を開陳して見せてくれています。実に我らの世代的な姿勢ですね。
 あと、ちょっと変かもしれませんが、私が一番ウケたのは、次の一節です。十二音平均率とバークリー・メソッドの上に展開されていた(楽譜に記された)プレ・モダンからモダンへの変遷を説明しているところです。

 「ノーマン・グランツっていうプロデューサーはさ、ジャム・セッションっていう、ミュージシャンにとってはいわばスパーリングみたいな演奏に目をつけて、『大物同士のガチなスパーリングは金になる』ってことで、それまでアンダーグラウンドで行われてたバトルを立派な興行に仕立て上げることに成功した人です…大所帯で巡業する『伝統的な団体プロレス』が、スパーリングの商品化である『総合格闘技』に駆逐されていくっていう、近年の格闘技界の流れを思い起こさせるって話もありますね!(笑)」

 そっかあ…ジャズ界ではこの流れが1950年代にあったんですね(笑)。ま、今やその総合格闘技とやらも絶滅の危機に瀕し、再び「プレ・モダン」たるプロレスが復興してきていますからね、その後さらに「フリー化」していったジャズと格闘技とでは同列に扱えないということですかね。でも、たしかに、一点の現象としては上記の比喩はなかなか的を射ていると思いますよ。
 ここで私はいつも生徒に言っていることを書きます。極端な論かもしれませんが、結局菊地さんや大谷さんの言いたかったことになるかと思うからです。
 ドレミファソラシドの音楽、つまりクラシック音楽、言い換えれば西洋近代芸術音楽は、「ジャズ」を生み出すための準備に過ぎなかった。
 私はいつも書いているように、いわゆるクラシック音楽は、「科学」と同様、ある面においては人間の叡知の極点であって、それはそれで素晴らしい「物語」「幻想」であったと思っています。神不在となった近代に、人間の妄想としての、つまり人間の脳内で構築された「コト」としては、それこそ疑似的な神世界を創造するまでに至ったと考えていますが、しかし、それはあくまで人間の脳内の仕業であったとも思うんです。
 その象徴が西洋近代楽器たちです。ほとんど工業製品ですよね。楽譜というデータと工業製品によって、どんどん(人間の価値観の上で)純化していったのがクラシックと言われる分野です。
 ジャズのすごいところは、そのカウンター・カルチャーである黒人文化が、その白人文化を駆逐することなく、逆にその楽譜と工業製品を使って発達してしまったことにあります。皆さんご存知のように、ジャズはアフリカをはじめとする民族音楽のリズムや音階への回帰を目指しつつ、しかし使用する楽器はモロに欧米近代楽器ですよね。
 そここそがジャズの魅力であり、価値であると思います。対立ではなく融和、いや対立している(それぞれそのままの姿である)のに、見事にアウフヘーベンされていく。それはそれまでの民族音楽やクラシック音楽ではなしえなかった境地です。
 民族音楽は自然発生的にどこにでもあり、今もこれからも生き続けます。しかしクラシック音楽は人工的な欲求から生まれた部分も多い。そして、それはジャズというより高次でいまだ完成せず変化し続ける、つまり常に「モダン(現代的)」でありうる音楽を生み出すのに不可欠な要素だったわけです。
 だから、あのヨーロッパというちっぽけな空間で300年くらいというちっぽけな時間の中で精緻を窮めていったクラシック音楽というのは、世界の、地球の音楽史において非常に特殊であり、かつ重要な役割を果たしているのです(だから、私は演奏するのです)。ちなみにそれが「高級」であるとは全く思っていませんが(笑)。
 「コード」と「モード」…これはまさに近代と前近代、ヨーロッパとその他のせめぎあいの象徴です。いや、せめぎあいではなくなったのかもしれません。ジャズの100年近い歴史を通じて、地球の音楽は次のステップに入ったと言えるかもしれません。
 ちなみにこの本ではMIDIをもって最先端の「現代」を語っています。まあそれはそうですね。この講義が行われたのは2004年ですから。
 私は、そうした電化・磁化、あるいは情報化・数値化の上に、最近またとんでもない革命が起きつつあると思っています。それは「初音ミク」です。「科学」を下敷きにした「アニマ」の復権だと、私は本気で思っています(笑)。
 なんて、こんな感じの私的な「偽史」を妄想してしまうほどに、この本は刺激に満ちておりました。青に続いて次は赤「キーワード編」も読んでみようっと。

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