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2011.09.12

魂柱立て

110903_10_30_58_hdr 然ですが、皆さんには「魂柱」がありますか?
 今日は「魂柱」を立てました。何度も何度も失敗を重ねた末、立てるコツが分かりました。立てる位置にも無限の可能性があることが分かりました。本当に魂の柱から、いろいろなことを学びました。
 と言っても、私の左胸にある魂ではなくて、ヴィオラの左胸にある魂のことです。
 ほとんどの方はご存知ないと思いますが、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロには「魂柱(こんちゅう)」という非常に重要な部品があります。英語では sound post という味気ない機能的な呼ばれ方をしていますが、ヴァイオリンの本場イタリアでは Anima (魂・霊)と呼ばれています。
 ヴァイオリンなどの、あの豊かな独特の音は、いろいろな構造物の奇跡的な共同作業によって生まれます。弓によって弦が振動し、それが駒を介して表板に伝わります。それを裏板に伝える、すなわち楽器全体を響かせるのが「魂柱」の役割です。
 今、ヴィオラにニスを塗っているのですが、いろいろ作業をしているうちに、その魂柱が倒れてしまいました。弦で押さえつけられていた表板がほんの少し浮いて、裏板との間隔が開いてしまったからです。
 そう、この魂柱は、接着されていたりするのではなく、ただ表板と裏板との間に挟まっているだけなのです。そういう微妙なものが「魂」であり、楽器全体の音色や性質を決めるものなのです。
 実際、その柱がない状態で弾いてみると、まさに腑抜けな音しかしません。面白いほどに鳴りません。不思議ですね。たとえばギターなんかにはそういう構造物はないじゃないですか。箱を鳴らす弦楽器としてはヴァイオリンだけでしょうか、魂柱を立てるのは。
 そして、その立てる位置というのが実に面白い。普通の発想なら楽器の中心に堂々と立てそうですよね。しかし、実際には「左胸」、まさに心臓の位置に立てるのです。
 ヴァイオリンという楽器がどういう過程を経て、こういう形や構造になったかは、実はよく分かっていません。極端な言い方をすれば、いきなり歴史に登場して、その時にはすでにあの形であったと。だから悪魔が人類に与えた楽器だとも言われます。そのへんのことはこちらこちらに書きましたでしょうか。
110911_14_34_08 で、おととい、その魂柱が倒れてしまったので、昨日今日と頑張って立てたのであります。それが実に大変だった。まず魂柱立てという道具を注文しました。今までチェロの魂柱は2回倒して、2回とも割り箸と糸で立てるという奇跡の荒技で乗り切りましたが、ヴィオラは小さすぎてそんなことできません。で、しかたなく(?)専門の道具を買いました。
 昔は1万円くらいしてたんですがね、ネットで探したら1500円というのがありましたので、すぐに注文。翌日には届いてくれました。まあ便利でお得な世の中になりましたこと。
 しかし、それからが大変でした。その魂柱には1本の切れ目が入っています。そこにその魂柱立てのとがった刃物のような部分を刺して、それをそっとf字孔から入れて勘に任せて立てるのですが、これがうまく行かない。いったい何十回失敗したことでしょう。失敗すると楽器の中で柱がカラコロ転がっているわけですから、それを取り出すだけでも大変なのです。
 そして、失敗に失敗を重ね、もうすっかり闘魂が萎えてしまった時に、あることに気づきました。そう、楽器の構造と自分の体が一体化したんですね。で、自分の左胸に柱を立てるとしたらどうやって立てるだろうかと考えたら、あるアイデアが浮かびました。
 右胸から入れて立てよう!そうなんです。楽器や人間の体って外側へ向かって薄くなってるじゃないですか。だから、反対側から、つまり厚い広い方から入れて薄い狭い方に押し込んだ方が絶対立てやすいのです。
 魂柱にもともとついている切れ目に魂柱立てを刺すと、自然と左胸から入れる形になるんですが、それにとらわれていて逆の発想ができなかったのです。
 そして、実際魂柱の反対側に刺して右胸から入れてみたら、なんと1回で成功!見事魂柱が立ちました。
 ふむふむ、失敗は成功の母ですな。そして、硬直化した発想を転換する柔軟性も大切ですね。魂柱からそんなことを学びました。
 さらに面白かったのはそこからです。魂柱の位置というのは、現代のヴァイオリンでは駒の足から右に何ミリ、下に何ミリと、それこそ規格化されているわけですが、実際には無限の可能性があります。そして、その位置によって音が全く変わっていくのです。実際1ミリレベルで動かすだけでも、はっきり分かるくらい音色が変わります。
 ある製作家の方に聞いたのですが、バロック時代は駒の足の真下に立てていた形跡があるそうです。現代では規格化されてしまっていますが、昔はもっと自由だったのではないか。そんな気がして本当にいろいろな位置に動かして試してみました。そして、結果としては現代の常識とはずいぶんと違う位置に落ち着きました。
 なんかこれって人間にも当てはまるような気がしましたね。特に教育。人間はこうあるべきだ、勉強はこうするべきだというような「規格化」が現代社会や現代教育の弊害なのかもしれないなあ。自分もそういう生き方や仕事をしてきてしまったような気がします。
 私たちの「魂の柱」の位置も、実はもっともっと自由であっていいのかもしれませんね。そして、実際に魂とはフレキシブルなものなのかもしれません。もちろんだからこそ倒れやすいという部分もあるのかもしれませんが。
 というわけで、あの1本の小さな柱から、本当にいろいろなことを学びました。ぜひヴァイオリンなどを弾いていらっしゃる方は、ご自分の楽器の魂に働きかけてみて下さい。きっと何かが変わりますし、分かりますよ。
 なんて、普通はなかなか勇気がなくてできませんよね(笑)。もちろん、自分の魂や他人の魂に触れるのも、現代においては怖いことなのかもしれません。
 いや、「魂の柱」自体なかったりして…苦笑。

バイオリン用 魂柱立て Sound Post Setter f孔を傷つけない保護ゴム付


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