『没後150年 歌川国芳展 江戸の奇才浮世絵師』 (静岡市立美術館)
あまりに豪華なご馳走で気持ちが悪くなってしまった。そんな感じです。
ちょうどそう、3D映画を見終ったような疲労感。それなりに楽しめたのだが、なんというかもうちょっと違う観賞法で見てみたいというか。
見終って私はすぐにつぶやきました。
「国芳おそるべし。詳しくはブログに書こう。しかし江戸の絵画をああやって美術館に並べてみんなで鑑賞するのはナシだな。一枚を自分の懐に入れて持ち歩き、時々出しては独りニヤニヤ愛でるのが正しいやり方だろう」
つまりそういうことなのです。いわば江戸小唄と浄瑠璃と歌舞伎をごっちゃにオペラハウスで鑑賞したような感じですね。
いかに国芳が西洋絵画の影響を受けていようとも、やはり「近世日本」は「近代ヨーロッパ」とは相容れません。国芳も苦笑していることでしょう。
しかしすごいと思ったのは事実ですよ。すごすぎて圧倒されたとも言えましょう。何がすごいって、まあ言い出せばキリがないでしょうから、一つに絞りましょう。
先ほど3Dという話が出ましたよね。そう、私の絵画観賞法は必ず独眼流立体視の術用います。
何年か前、山梨県立博物館で北斎と広重を見ました。その時の記事に、北斎と広重二人の、3Dを2Dにする方法に関する考察を書きました。
では国芳はどうだったか。それが面白かったんですよね。基本国芳は広重流だと思いました。しかし、そこにある意味北斎流も混入している、というか融合されているように感じました。そして、それこそが「疲れる」流だったのかもしれません。
西洋の遠近法は、実際に人間の眼で見た遠近感を理想とします。つまり一眼レフカメラ用レンズで言えば、90ミリあたりのパースペクティヴですね。広重はそこに根ざしている感じがします。広重をずっと見ていても疲れないのは、そのあたりに理由がありそうです。
広重を評して「遠近法が強調されている」というのは、実は正しくありません。彼の強調とはあくまでステレオ写真における前景と背景の配置の工夫であって、決して広角レンズ風な「パースペクティヴの強調」ではありません。
では国芳はどうであったか。これこそ今流行りの3D映画のような露骨なエンファシスだと感じました。
3D映画の遠近法というのは、そのシステム自体の自己主張のために、いかに現実的な3D感(自然で日常的な無意識的な風景)と違うものを見せるかを意図しています。
しかし、一方で3D映画が北斎のような空間の歪みを表現したらどうでしょうか。たぶん、「失敗」「下手くそ」と見なされることでしょう。つまり論理的な遠近法と空間座標の中でのリアリズムではないと「不自然」になってしまうのです(逆に言うと、北斎は脳内のリアリズムに徹した)。
国芳はまさに西洋的な遠近法の中で、様々な交換レンズを使って「遠近感を強調」しているなと感じました。それも一つの画面の中にいくつもの焦点距離を持ってきている感じ。それはまさに現代の3D映画の技法と同じです。ある部分だけ突然飛び出したりする。
だから疲れたのだろうと思います。広重は論理的に自然、北斎は脳内感覚的に自然だから疲れない。国芳はあまりに現代的なのです。おそるべし天才。
ところで、もう一つ昨日のつぶやきを。
「3D、3Dって騒ぎすぎだな。だってこの目の前の現実が完全に3Dだもん。だから、たとえば映画なら4Dである(過去も未来も見せられるという)点について騒ぐべきだろう」
そういう視点で言うと、国芳は2Dでありながら、思いっきり4Dでしたね。時間を封じ込め、止まっているのに動いている。過去も現在も未来も全て「静止」の中に放り込んである。時間軸が究極に自由なんですね。だから四次元。
いや、5Dかもしれない。いやもっと多次元かも。発想の自由さとユーモアは現実世界のあらゆる次元を軽く超越していますからね。それをあれだけ見せられれば、そりゃあ疲れるわ。
ぜひとも1枚、お気に入りを入手して、懐に入れて持ち歩きたいものです。そして時々取り出しては独りニヤニヤしてみたいものです。
おそるべし国芳。彼の高笑いが聞こえてきそうです。
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大震災後、いつか書こうと思っていたことを、この前週刊朝日に書かれてしまいました。そういう意味では少し遅ればせとなってしまいましたが、ずっと思っていたことを書かせていただきます。
今日は学生スポーツでたくさんの感動をいただきました。
最近ちょっと飛ばしすぎたか、やや体調不良。こういう時は猫みたいにじっと寝ているのが一番です。
中山く〜ん、頼む!
そう、私が小さい時、まさにこれが家にあったんですよ。母親が愛用していました。この箱、この箱。これだ。実に懐かしい。これって昭和22年発売の1号機だったんだ。へえ〜。たぶん実家にはまだありますよ。
昨夜も不思議な音楽の出会いがありましたが、今日もまたなかなか楽しい遭遇がありましたぞ。
中学の弦楽合奏部から選ばれし出演者3名の中二病男子と同じチームになってくれたのは、
あと私がお話させてもらったのは、オカモトレイジくん。
う〜む、またまた信じられないことが起きました。
昨夜は飲んだので東京で1泊。朝早く起きて武蔵野散歩などしてから都心へ車を走らせました。
今日特に印象に残ったのは、第5試合「ワンダー・オブ・スターダム王座決定戦」愛川ゆず季 vs 世IV虎と第6試合「ハイスピード選手権試合」Leon vs 夏樹☆たいようでした。
最後に、今日は地上アナログ放送最後の日でした。その瞬間を、ここプロレス放送の聖地後楽園ホールで迎えることになるとは、なんとも運命的だなあと感じました。
本郷教会でのバッハカンタータ演奏会、いや演奏会というよりも「礼拝」ですね、参加させていただいた私も大変に感動いたしました。やはりああいう場所でああいう形で演奏すべきものです。
来月、生徒たちと一緒に「はやぶさプロジェクト」の川口淳一郎さんの話をお聞きする機会がありそうなので、事前にいろいろ勉強をしておこうと思って購入しました。
昨年の学園祭に続き、本年も中学1年生は「実写版うる星やつら」を出品。大変な好評を得ました!それを今年も超小画面でご覧いただきましょう。
また一人、昭和の男逝く。
もう皆さん、誰もが感動し興奮したであろう「なでしこジャパン」のワールドカップ優勝。
先日紹介した
「闘魂」…草間彌生さんはまさに戦う女でした。うん、たしかにレスラーの目だ。
おとといの記事で告知しておりました赤津眞言さんと武澤秀平くんによる二重奏コンサート、盛会のうちに無事終了いたしました。
最後は聴きに来てくれた生徒たちと記念撮影。あれ?なんか私が小さく見えますね。お二人大きいんですよ。
このブログでも何度も指摘しているように、学校現場では基本的に「原子力教育」というのがなされてきました。
ここで大切なことを書いておきます。これらのポスターを一生懸命描き、立派な賞をとった子どもたちにはなんの罪もありません。逆に可哀想ですね。今回このような事故が起き、こうして原子力に対する逆風が吹きまくることになったわけですから、彼ら彼女らの今の気持ちを考えると実に胸が痛くなります。
かっこいい!同世代のオヤジとして非常に刺激を受けます。
















2007年に出たこの本。まさかこの本の内容に匹敵することが、その数年後に現実化するとは、いったい誰が想像したことでしょう。
「日本の国土面積は世界の0.07%だが、ここに世界の全火山の7%があり、ここで全地震の10%が起きている。そして、ここに世界の原発の13%がある」
では、原子力発電所に対する「ストレステスト」はどのようにどこまでやればよいのでしょうか。実はそこにナンセンスの理由があるのです。
今我が家ではちょっとした折り紙ブームです。
とりあえず一つ作ってみました。マンモスです。これもなかなか折り甲斐のある作品でしたね。慣れないと子どもにはけっこうキツイかもしれません。いや、ちょうどいいチャレンジ・レベルでしょうか。

帰宅してすぐに和歌山県北部を震源とした最大震度5強の地震発生。なんか久々なような気がします。NHKのニュースの最中に緊急地震速報の「G-C-E-B♭-E♭→G#-C#-E#-B-E」聞くのは。
蛍狩りに行ってきました。
福島第一原発周辺の放射線量に関して、衝撃的な数値が紹介されていました。これは異常事態です。福島県に関しては緊急事態宣言を出して、強制的に退去を迫る必要があるでしょう。
今日のNスペでもシミュレーションされていたように、3月15日に大量の放射性物質が関東から中部にかけてばらまかれました。
いやあ暑いですねえ…なんて、ここ富士山でそんなこと言ったら怒られちゃいますね。正直夜は寒いです。
そうそう、これって希釈して飲むわけですけれど、私は10倍でちょうどいい感じですね。無料の希釈用ポットが付いてくるので、目盛りに従って原液を入れ、富士山の水で割って冷蔵庫に入れておけば、いつでも冷たくておいしいリンゴ酢を飲むことができます。
これまた一昨日、昨日の続き。禅→数学→ものまね。
もし、そうした無数の「コト」が自分から全てはがれ落ちたら、いったい自分はどういう自分になるのでしょうか。皆さん想像してみてください。「先生らしい」とか「男らしい」とか「日本人らしい」とか「父親らしい」とか、そういう「コト」を全部捨てるのです。
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