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2011.06.30

『人はなぜ数学が嫌いになるのか−好きと嫌いは紙一重』 芳沢光雄 (PHPサイエンス・ワールド新書)

Photo れは昨日の続きです。禅と数学、とっても似ています。
 これまたずいぶん前に数学の先生からお借りしておりまして、一度通読して面白いなと思ったにもかかわらず、記事にするのはなぜか躊躇しておりました。やっぱりタイミングを読んでいたんでしょう。変な能力だな(笑)。
 というわけで、このタイミングでのこの本の価値とは…。
 まず、先ほど書いた「自己を滅却する」という禅的な意味における数学世界。
 昨日書いたように、禅の修行では「コトを窮めてモノに至る」という方法をとります。つまり、微細な作法という「コト」世界を窮めていって、最終的に自己への執着を捨て、全体を客観的にとらえることを目指しています(たぶん)。
 数学の世界も完全に客観ですよね。徹底的にというか、完全に主観を排したところにしか存在し得ない世界です。そして、おそらく数学の究極の目的も、宇宙という全体の把握だと思います(たぶん)。
 その点で両者は非常に似ていると思うわけです。ただ道筋が違う。具体的な方法が違う。
 具体的には違いますが、しかし、モノ・コト論的には全く同じとも言えます。「作法」や「伝統」や「教典」というのは、人間の脳内で創られた「コト」世界です。一方、数や式という「記号」もまた脳内の約束事、すなわち「コト」世界ですから。
 寸分ぶれない「コト」世界を目指すうちに、「モノ」という全体に至ってしまうところが面白いわけですし、それが人間の本能を刺激して、それで数学を中心とした学問の世界や宗教の世界というのは、私たちを魅了してきたわけです。
 それから、タイミングということで言えば、こういう意味も見出せます。
 今、私は国語の教師として今「論理力」育成ということに力を注いでいます。もちろん出口汪さんの影響ですし、もっと根源的なところで言えば、恩師大村はま先生の影響です。
 この時代だからこそ、言語の持っている客観や抽象に向かうベクトルを重視したいのです。従来の国語教育では、言語の持っている主観や具象に向かうベクトルの方が重視されてきました。それはそれで大事なことなのですが、あまりにそちらに傾きすぎてしまった。特にこういう国際化、情報化の時代には、それは大変危険なことです。
 ですから、最も純粋な人工言語である「数学」の世界にも、その大きな役割があると感じているのです。
 実は私は「数学が嫌いにな」った人間でした。ですから、正直ここ30年くらいはあえてその世界を避けて生活してきました。あるいは忌避していたとも言えましょう。
 数学的な世界を否定することで、自らの「人間的」なアイデンティティーをどうにか保とうとしていたのです。そして、そうして一生を終えるものだと、なんとなく予感していました。
 しかし、ここへ来て、俄然数学的な世界に興味が出てきました。と言っても、相変わらず「苦手」ではありますが、しかし、「嫌い」ではなくなりつつあります。どちらかというと「好き」になってきたかもしれない。
 ですから、この本で大いに語られる「苦手と嫌いは違う」という論に勇気づけられますし、それ以前にこの本でたっぷり紹介される「嫌いになる理由」のほとんどが、自分に当てはまっていることに救われます。つまり、自分のせいじゃなかったのかもしれないという安心(笑)。
 まあ、そこは半分は自分のせいだと諦めるとしてですね、しかし、一方でもっと根源的な「嫌いになる理由」というのがあるのではないかとも予感し始めたのも事実です。
 それはまさに「禅の修行は嫌い」「禅の世界は好きだけれど、修行はしたくない」というのと同じ理由です。
 そう、ほとんど暴力的に「自我」「自己」「主観」を捨てさせられるところに対する反発ですよ。
 私が数学を「嫌い」になったのは、思春期の頃でした。つまり、「自我」に目覚め、「自己」に夢を抱き、「主観」で世の中を「好き」と「嫌い」に峻別し始めた時期だったのです。
 この歳になって、そのことにはっと気づきました。そうか、もうあんまり「自我」や「自己」や「主観」に興味がなくなった今なら、数学も抵抗なく勉強できるかもしれない!
 この大切なことに気づかさせてくれたのがこの本でした。
 実に面白いことに、この本の最後には「仏教の智恵」が出てきます。「三慧」の発想です。
 「聞慧(もんえ)」「思慧(しえ)」「修慧(しゅえ)」…著者は「日本の教育全体が、修慧の段階まで昇華することを祈りつつ」という言葉でこの本を締めくくっています。これは偶然ではないでしょう。

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2011.06.29

『食う寝る坐る 永平寺修行記』 野々村馨 (新潮文庫)

20110630_71157 400ページ一気に読んでしまいました。こういうのを面白いと言ってしまっていいのかは微妙なところですが、正直面白かったなあ。
 この本は何ヶ月か前にある人にすすめられて購入したのものです。先週、向嶽寺でプチ修行体験をしたのを機に読んでみたら、まあ面白いこと面白いこと。
 そのある人とは、まさに永平寺で修行した人です。教え子です。
 彼は、高校時代はまあとんでもないダメ生徒でした(笑)。登校するのも一苦労、学校に来ても瞑想(睡眠)するばかり。そのくせ、悪さは人並みにしたりして…。
 ま、曹洞宗の寺の長男ということで、ある意味生まれた時から自分の人生が設計されているという不条理に対する彼なりの抵抗だったのでしょうね。
 で、彼が数年間にわたる永平寺での修行から帰ってきまして、比較的最近呑んだんですよ。その時の彼の話がめちゃくちゃ面白かった。非常に興味深いリアルな修行の話を聞くことができたのです。
 そして、この本がそれこそものすごくリアルなので先生ぜひ読んでみて、とおススメされたわけです。それですぐに買ったと。
 しかし、すぐに買ったけれど、すぐには読まなかった。そう、最近読書のタイミングの勘がさえてるんですよね。これは今ではなく、もう少し寝かせておこうという勘が働く。
 今回もその勘が当たりまして、購入後、修行専門道場での座禅体験の話が舞い込んできた。非常に幸運でした。
 道場での雲水さんの生活については、たとえば映画ファンシイ・ダンスを観たり、学校行事で真似事をしたり、それからお坊さんの知り合いや教え子(けっこういる)からいろいろ聞いたりして、ほんの少しだけれども一般の人たちよりは知っていたつもりでした。
 ただ、それは非常に表面的なことで、一番大切な部分、「蘊奥」たる部分、すなわち雲水さんの「心の変化」はなかなか分からなかったわけです。
 そのヒントが教え子の言葉と、そしてこの前のプチ道場体験と、この本の中にあったような気がします。
 すなわち「発心」。正確にいうと「発阿耨多羅三藐三菩提心」ですね。その本質までは当然分からないけれども、それが生じるための「修行」という完成されたシステム、スタイルはなんとなく理解できたような気がする。
 徹底的に形式にこだわり、ある種の暴力性をもって、自己を滅していくそのプロセスは、実体験するのは大変ですから正直イヤですけど、こうして疑似体験するのは実に楽しいし、すっと腑に落ちるものがあるんですよね。
 私の得意の言い方をすれば「コトを窮めてモノに至る」こそが「修行」であるということです。
 徹底的に細部にこだわり、伝統というある種の「無意味」「不条理」を真似し、たとえば雑巾という他者になりきることによって、見えてくる「世界」「宇宙」そして「自己」。
 お釈迦様は、たしかに究極の方法を思いつきましたね。すごいことです。
 教え子の彼はこう言いました。「もうイヤでイヤでしかたなかった。逃げたくてしかたない毎日、いや瞬間の連続だった。でも、ある時、急に悔しくなった。それが発心というものだったのかも」…ううむ、こういう境地に至ったというだけでも、弟子は師を超えている…。
 彼の話にも、この本の話にも当然でてくる肉体的な苦痛…それはシャバでは「暴力」「体罰」と言われる…にも、何百年、何万人もの言葉や論理を超えた「体感」がこもっているのです。それはとんでもなく尊い「感覚」だと思います。
 こういう時代、こういう社会だからこそ、実はこういう修行道場のような世界が残っていることに、安心すらします。
 私はとてもとても何年もあの生活を続けられそうにありませんが、たまに「禅」の風に触れてはいきたいと思っています。ま、ずるいですよね。野狐禅にもなってやしない。
 でもせめて、今日もこの暑さの中、様々な不条理に耐えつつ修行に励んでおられる全国の雲水さんたちを応援していきたいとは思っています。そして実はちょっとうらやましい。私も仏の弟子になりたいな。楽してなれる裏口とかありませんかね?w
 

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2011.06.28

『爆発直前!? 赤い巨星・ベテルギウス』 (NHK BSプレミアム・コズミック フロント)

20110629_80718 日は暑かったですねえ。ここらでも真夏日となりました。
 暑いとは言ってもですね、平地の方々には申し訳ないのですが、こちら標高1200メートルでは、日没とともに一気に気温が下りまして、寝る時間帯では外は18度くらい。窓は閉めないと風邪をひきます。ちなみにこの季節、早朝は15度以下。ちょっと肌寒いくらいです。
 そんな涼しさの中、家に帰りますと、頭上には満天の星。さそり座から天の川が天頂に向けて伸びています。この季節、だいたい久々さそり座に季節の移り変わりを感じるものです。今年も夏が来たなと。
 そう、我が家では庭先で6等星まで確認できるんです。とっても恵まれた環境です。天文少年だった私としては、幼い頃の夢を実現したとも言えますが、まあ不思議なもので、いざこういう環境に住んでみると、なかなか空を見上げることがないんですよね。
 いつでも見られると思っているのでしょうか。富士山でさえ意識して見ない日がありますからね。まったくぜいたくというか、なんというか。
 さて、このさそり座の正反対、つまり今足もとに沈んでいるのがオリオン座。そして、さそりの心臓アンタレスと対比されるオリオンの右肩ベテルギウスのお話です。
 いわゆる赤色巨星であるベテルギウスは星としては大変な長老です。そして、もうすぐその命の絶える日が訪れようとしています。
 もしかすると私たちは生きているうちに、ベテルギウスのその死に際を見ることができるかもしれないのです。つまり、超新星爆発。
 恒星の中では段階的にいろいろな核融合が起きています。その最後に鉄が生まれ、内部の圧力が極限まで高まり大爆発を起こします。それが恒星の一生の最後です。
 その大爆発が、地球上では「超新星(supernova)」として観測されます。この「超新星」という言葉、そういう意味では矛盾していて面白いですね。「新星」というと生まれるというイメージじゃないですか。しかし、実際は「死」です。
 もちろん、その「死」が直接、間接的に新たな星の卵を生み出すわけで、そういう生命の連環ということで言えば、「死」も「生」も同義ということになりますが。
 そう、今日この番組を観まして、なんかまたちっぽけな自分というか、人間というか、地球というか、そういうものを感じましたね。
 スケールの大小が価値の大小の基準ではないとは分かっています。しかし、こういう宇宙的なスケールに立ってみると、日々の雑事や悩み、震災や原発事故などについても、ちょっと違った感覚でとらえることができます。私はこういう視点というか視座というものも実は大切ではないかと思います。
 そういう感覚を、最近忘れていたなあと思いました。子どもの頃、毎日夜空を見上げ、望遠鏡をのぞいていた頃の、あの、ある意味「神」のような視点は、今どこに行ってしまったのだろう。その視点を失ったことによって見えなくなってしまったモノもたくさんあるなあ…。
 はたして私は生きているうちにベテルギウスの超新星爆発を見ることができるのでしょうか。満月の10倍も明るく輝くというその天体ショーをぜひ見てみたいという気持ちももちろんあります。
 しかし、一方で、超新星爆発に伴う、たとえばガンマ線の放射なんか、まあ原発事故の比じゃありませんからね。実際、地球上では超新星爆発によって、多くの地表生物が死滅した歴史があります。
 逆に言えば、そういうピンチを乗り切って生き延びてきた(進化してきた)人間という種はすごいですよ。だから、私は放射線問題については、比較的楽観的なのです。
 ウワサでは2012年のアセンションはこのベテルギウスの超新星爆発によって起きるとも言われています。ま、それはあくまでファンタジーの世界の話です。しかし、実際にそれが近い将来起きることはたしかであり、また、それは今まで地球が経験したことのない至近距離(たった640光年)での大爆発です。それが可視光線として観測される時には、当然他の放射線も地球に到達するこということですからね。全く影響がないはずがありません。
 それにしても、こうした日常の中だからこそ、子どもと一緒にこういう番組を観るというのもいいものですね。いろいろ思い出すこと、気づかされることがあります。
 今度久しぶりに家族で星を見に行こうということになりました。

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2011.06.27

『薬を使わず治すうつ みやじっち先生のメンタルセラピー』 宮島賢也 (ルック)

Photo 近お会いした方シリーズ第6弾。薬を使わないうつ治療を実践されている精神科医さんです。
 私自身は「うつ」とは縁のない生活をしていますが、仕事柄そういう言葉を使う方々とは多く出会います。
 たとえば高校生にもなると「うつ」と診断される生徒もでてきます。昔はそういう診断がなかったからということもありますけれど、「うつ」の生徒はほとんどいなかったと記憶しています。それが最近ずいぶんと増えた。そして、彼らはすぐに心療内科に通い、そして多くの薬を処方される。その様子にどこか違和感を抱いているのもたしかでした。
 以前「はじめに言葉ありき…」という記事に書いたとおり、「名づけ」によるマイナス作用というのもあると思います。
 しかし、社会自体が快適になるどころかストレスフルになっているのは事実なようで、そんな中で必要以上に悩み苦しみ、結果として気が塞いでしまうということは現実としてあるようです。
 そう、私のようないい加減(テキトー)な人間はいいんですよ。自分に甘いから(笑)。まじめな人にとっては、それは辛い時代でしょうね。「自己責任」なんていう言葉を真に受けてしまったら大変でしょう。
 著者の宮島先生はご自身も「うつ」を患い、薬による治療なども試みましたがなかなか改善せず、そして、この本にあるような境地にたどりつかれたとのこと。
 先日の禅寺での修行僧の方も、少年時代から「まじめに」自分と向き合いすぎて、結局「苦しみ」が蓄積してしまって出家という手段をとったというようなことをおっしゃっていました。
 「まじめ」という美徳が報われず、「テキトー」という悪徳が堂々とまかりとおるなんて、まあやっぱり世の中間違っていますよね(苦笑)。
 しかし、私はいつも悩める生徒や親などに接する時、その「苦悩」こそが大切な体験であると申します。ある意味うらやましがりさえする。
 現在の苦悩自体を否定するわけでなく、それをしっかり受け入れた上で、それが必要なものであることに気づき、そしてそこから一歩でも前に進めるよう話をします。
 この本では、まさにそのように「自己肯定」するところから、自らの力によって「うつ」を脱していくことが語られます。それも短い言葉や、かわいいイラストによってですから、誰でもすっとその世界に入っていけます。
 どこか宗教的(仏教的)でさえありますね。自分と現象を認める、すなわち、こだわりを捨てて全世界を肯定していくこと。それはお釈迦様の悟りの境地でもあります。
 これは、ワタクシ流に言えば「よい加減」に、「適当(適切)」に生きるということです。ですから、うつではないワタクシもこの本を楽しんで読めました。なにしろ、完全に私の生き方を肯定してくれているんですから(笑)。
 以前、泉谷閑示さんの『「普通がいい」という病』という名著を紹介しました。あの本も「自己肯定」を説いた内容であったと言えます。
 この現代においては、自分を肯定することすら難しいのでしょうか。その原因はなんなのか、しっかり検証した上で、世の中を正しい方向に変えていかねばなりませんね。
 薬はもちろん、ある意味対症的な言葉がけや洗脳(?)をしなくてもいい、あるいは「宗教」さえ必要としない「みろくの世」の実現のために、私も宮島先生とともに頑張っていきたいと思います。

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2011.06.26

フジファブリック 『Birthday』

 と2週間ほどすると7月10日です。フジファブリック志村正彦くんの31回目の誕生日。昨年は彼からのプレゼントなのか、とても素晴らしい特別な夜を過ごさせていただきました。
 今年の7月10日は個人的に大きなイベントがある予定なので、このブログで彼のことに触れられないかなと思い、一足先に今日、「Birthday」について書こうと思います。
 今日は午前中高校のバスケ応援(見事優勝してインターハイ出場を決めました)。その後、お昼からあるクラスのプチ同窓会に誘われて食べて飲みました。
 そのクラスは今年31歳の年回り、すなわち志村くんと同級の代です。去年の3月「タイムマシン」の記事を書いたあのクラスとは違うクラスです。あの学年は、1年の時は今日のクラスを、2、3年の時はあのクラスを担任したのです。
 今日集まったのは女の子だけだったのですが、その中に志村くんと小・中と一緒だった子がいまして、こんな話をしてくれました。

 「正彦くんはとにかく性格が良かった。男の子にも女の子にも優しくて。小学校の時、正彦くんの誕生日パーティに呼ばれたことがあって、二次会でカラーボール野球を一緒にやった…」
 
 いい話ですね。いかにも彼らしい誕生日にまつわるエピソードです。
 そんな誕生日を歌ったFAB FOX収録の「Birthday」。彼自身もこの歌が好きだったようで、上掲のPVも作られました。
 まず歌詞がいいですね。「体」と「心」が二つあるならという妄想から入って、「昔、なりたかった自分とはかなり違う現実を見てる」という不随意、想定外を語っていく。まさに「もののあはれ」の世界観ですね。
 そして、「特別な夜」だからこそ「急いで帰ろう」と「ゆっくり帰ろう」という矛盾。これはよく分かりますね。楽しい時は始まってしまえば必ず終わりが来ますから。
 こうした「思い通りにならない」という「もののあはれ」世界を、古来の「歌」というメディアで表現するのが、J-ROCKの特徴ですね。特に志村くんの歌世界には、そうした日本の伝統を強く感じます。
 音楽的にはいつもながらユニークです。すんなり耳に入ってくるタイプの曲ですが、似た曲を探すのは難しい。ビートルズが出現した時、たぶんこういう衝撃を与えたんだと思いますよ。
 どこもかしこも没個性なコピーばかりが流行るご時世に、このユニークとポップのバランスを保っているのは本当にすごいと思います。天才としか言いようがありませんね。
 今日はまた、違う子からは「茜色の夕日」にまつわる秘話も聞きました。ただ、これはプライベートな話になるのでここでは割愛させていただきます。あえて言うなら、情熱と切なさは比例するということでしょうか。その結晶があの名曲だということです。

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2011.06.25

座禅は素晴らしい…

Gedc0893 日夕刻から一泊して行われた我が校の「接心」という行事。無事終了いたしました。
 私も憧れの向嶽寺さんで座禅でき、非常に爽やかな気持ちで下山を迎えることができましたが、生徒たちもとても充実した時間を過ごしたようで、口を揃えて「また来たい!」と言っていました。
 考えてみると、これってすごいことですよね。普通あの暑い中で風呂にも入れずただ座っている、また正座してお経を唱える、あるいはお坊さんの説法を聞くというのは、まあ中学生にしては苦痛なことですよね。しかし、我が校では1年生のうちにこうした禅宗の修行に関することをひと通り経験済みですので、いやがらないどころか楽しんでしまうんです。手前みそですが、大したものです。
 手前「みそ」と言えば我が校のMISO、つまりジャズバンド部(ムーン・インレット・サウンズ・オーケストラ)は本日「第7回富士山の森ジャズフェスタ」を催しました。私は所用でいけなかったのですが、素晴らしい演奏会になったようです。日本中からそうそうたる大学生ビッグバンドや中高生のバンドが結集する、名実ともに日本一の学生ジャズの祭典と言えるこのフェスタ。それを運営しているのが、我が校のジャズバンド部なのです。
 彼ら自身も当然演奏をします。大学生の前で、「日本一」の実力を聴かせる良い機会でもありますし、今回は名トランペッター、エリック・ミヤシロさんとの共演もありますから、それだけでも大変なはずです。しかし実際には全体の運営や調整、雑用係も全て本校でこなさねばならないのですから、これはもうすごいとしか言いようがありません。これまた大したものです。
Gedc0854 で、そんな大変な行事があるのに、ジャズバンド部所属の中学生は前日の練習を差し置いて接心に参加していたわけです。本校の教育の主幹たる「心の教育」の、これまた中心にある接心ですから、何よりも優先されるということですね。
 きっと部員たちは座禅しながら、演奏や段取りのイメージトレーニングをしていたのでしょう。
 そういう意味では、ある意味もっとすごかったのが、バスケットボール部のメンバーです。実は今日、地区の総体の決勝戦があったのです。こちらもまた、決勝戦前日の練習を差し置いて座禅をしていたわけですから、まあ普通の学校だったら考えられないことですよねえ。
 全く体を動かさないどころか、座禅を組んだり正座をしたり、朝3時50分に起きたりですから、人によっては「そんなムチャな!」と思いそうな厳しい条件です。
 しかし!実際の試合の結果は!?…見事優勝!
 ウチの学校は創立2年目ですから、最高学年が2年生です。それが県内常にトップクラスの強豪校に見事勝利しました。もちろん厳しい試合でしたが、逆転されてからの反撃や、追いつかれそうになった時のひとふんばりが、いつもより力強く感じられたのは偶然ではないでしょう。すなわち「心の強さ」です。
 やっぱり「座禅」ってすごいですね。たぶんバスケの選手たちも座りながらイメージトレーニングしていたのでしょう。
 同じイメトレでも、これだけたっぷり特別な空気の中ですることはありません。日常を離れて、本当に自分自身とじっくり向かい合えるのは、こうした専門道場という「場」ならではだと思います。
 これからは大事な試合や発表会の前には、あえて「接心」をしようかな(笑)。あらためて自分の「心に接する」ことって本当に大事ですね。
 さて、生徒たちはみんな立派だったんですけど、当の私はどうだったか…。
Img_2690 実は今日私も一つ大事な本番がありました。なななんと、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の伴奏(オケのヴィオラ)をしなければならなかったのです!
 ううむ、まさか人生の中でチャイコンをやることになろうとは。なにしろ、私はそのあたりの音楽が一番苦手でして、いわば言語として全く分からないジャンルだったわけですよ。まあ生きていて活動していれば、いろいろ想定外のことがありますね。
 私はですね、座禅は座禅で、中学生とは違いまして、いわば本来の「無」や「空」を目指して座りましたから、イメトレはまったくしませんでした…というより、なにしろ知らない世界のことですから、イメトレのしようがないというか、イメージがありませんので(苦笑)。
 で、立派な中学生とは違って、私は完全に玉砕。ソリストの青年には実に申し訳ないことをしました。でも、やっぱり想定外のことって勉強になりますね。私が知っているいくつもの現代の音楽(ポピュラー系)の魅力的な和声がチャイコフスキーに発見できました。なるほどなるほど。案外源泉は古かったんだ。
 ま、自分の失態は自分の責任としまして、座禅って本当に素晴らしいですね。これは今までも何回か経験したことですけれど、一流の人たち、たとえば今回であればベテランの雲水さんたちと一緒に座ると、実に気持ちよく座れる。生徒もそう言っていました。脳波が出ているんでしょうね。α波でしょうかね。θ波でしょうかね。そういう意味では「場」が実に大切だと思いました。
 管長さま、雲水の皆さま、本当にありがとうございました。また機会がありましたら、向嶽寺の座禅会などに参加してみたいと思います。


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2011.06.24

向嶽寺にて接心(座禅研修)

110624_14_34_11 日より、臨済宗向嶽寺派大本山塩山向嶽寺にて接心を行ないます。
 接心と言っても、もちろん本物の修行僧の皆さんの接心のマネゴトにすぎませんが、一般人の私や生徒たちにとっては、非常に貴重な経験となります。
 向嶽寺について…と言いますか、臨済宗妙心寺派と向嶽寺派の関係については、6年ほど前にこちらに書きましたね。本来ナイショにすべき内容かもしれませんが(笑)。
 そんな憧れの向嶽寺で座れる日が来るとは。ふむふむ、なにごともしつこく夢見ていると実現するものですな。
 そう、このようなありがたい機会は、ある意味私の長年の思い入れから生じたちょっとした「つぶやき」から実現したものなのです。
 その私の独言をしっかり聞き入れて下さった理事長先生(月江寺住職)に感謝です。
 というわけで、憧れの「南帝勅願禅窟」にて身魂を磨いて参ります!一般公開していない国の名勝である塩の山自体を利用したお庭も拝見できるかな…楽しみです。


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2011.06.23

今後の地震活動について

Photo 朝岩手県沖で大きな余震がありました。Hi-netによればマグニチュードは7.0ということで、かなりの規模であったと思います。
 Twitterでもつぶやきましたが、大地震のあとおよそ100日後、400日後、600日後に大きな余震が起きやすいことが統計的に分かっています。
 今はちょうど100日後くらいですね。そういう期間に入ってきたということです。
 あの大地震の最大余震はまだ起きていません。M8以上の大地震では、最大余震はだいたい本震後3ヶ月から2年の間に起きているわけです。まさに人間の忘却曲線をあざ笑うかのようですね。
 確率的に言って最大余震も上記の期間に起きることが多くなりますから、いよいよ「忘れた頃にやってくる」シーズンに入ったということを、それこそ忘れないことが必要でしょう。
 ここからはあの地震後数ヶ月の間、富士山に住む私が自己流で観測・観察した結果から予想した、今後の地震活動について少し。
 もちろん、これは私個人の実感に基づく予想ですから、あんまり参考にはならないと思います。私の行動及び判断基準ということです。
 まず、東北から関東の太平洋側の余震についてです。
 本震の震源域およびその周辺(内陸部含む)の余震は、一般的な傾向と同様に、いくつかの山を形成しながらその波の振幅を小さくして行っています。順調に収束に向かっているということですね。ただ、その順調な収束の中には、今回のようなM7レベルの発震も数回あるものと思われます。中規模の津波を伴う可能性もありますから気をつけなければなりません。
 より心配なのは、本震の震源域に連続する地域に発生するであろう広義の余震です。具体的には今日の岩手沖から北側、釧路方面へ向けてのアスペリティ(固着域)と、私だけでなくいろいろな方が指摘している房総沖のアスペリティでの動きです。
 それらは、ある意味「新品」ですから、M8以上の巨大地震を発生させるおそれが十分あります。特に私は南側の房総沖を注意してきましたが、ここへ来て北側も同じくらいの危険性を感じるようになってきました。
 それらがいわゆる「最大余震」として、ここ2年くらいの間に起きるのではないかと予想します。南北いずれにしても大きな揺れと津波を伴いますから要注意です。福島第一原発のことを思えば、なるべく発生時期は遅いに越したことはないのですが、逆に発生時期が遅くなれば規模は大きくなる可能性が高くなりますので、なかなか難しいところです。
 また、巨大地震後の余震の一つ、アウターライズ型の地震にももちろん注意が必要ですね。いずれにせよ、東日本はあと数年、場合によっては数十年は安心できない状態が続くかもしれません。
 ところで、タテの地震に対するヨコの地震、すなわち東海・東南海・南海の各地震はどうでしょう。数十年のスパンの中で、タテとヨコが連動したことは歴史上何回もありますから、今回もその可能性は高いと考えます。しかし、あくまで数十年単位のことですから、私たちの感覚としては「連動」とは思わないかもしれませんが。
 中でもずっと発生確率が高く算出され、このたび浜岡原発の停止の件でも再注目された東海地震についてです。私はちょっと一般とは違う感覚をもっているんですよね。
 つまり、今回の東北地方太平洋沖地震によって、東海地震の発生確率が下ったと考えているのです。もっと極端に言ってしまえば、危惧されていた東海地震はもう起きないのではないかと。
 あれだけ大きく東日本が動いたわけですから、その西端に位置する駿河トラフやフィリピン海プレートにも大きな影響があったことはたしかです。私は、その影響は、ストレスが解消された方向に働いたと考えています。考えるというか、感じているというか。
 結果として、いわゆる東海地震は、いずれ(数十年内に)起きる東南海・南海連動型巨大地震の一部として比較的小規模に消費されておしまいになるのではないかと思っているんです。ま、あくまで勘ですけど。
 私、富士山に住んでるじゃないですか。富士山だからこそ分かることってあるような気がするんです。極端に言えば四つのプレートが押し合いへし合いして生まれた火山ですから、日本全国のことが分かるというか。
 だから、あの3.11の前、3月3日に発生したあの雲は、やはり前兆としての「地震雲」であったと信じているのです。なぜ、東北のことが富士山に現れるのか?と言われると、なかなか科学的には説明できませんが、まあ、ここからは私の直感というか霊感というか、オカルトゾーンに入ってしまいますね(苦笑)。
Caption そういう意味で、先日21日に撮影したこの雲は、ちょっと気になります。房総沖というより、これは北東北という感じがしていました。それが今日の朝的中したのか、それともこれからもっと大きい地震があるのか…。
 ちなみに当の富士山ですが、これもまた噴火の時期が遅れたのではないかという気がしています。ストレスが多少解消されたのではないかと。ま、火山については、地震よりも流動的ですので、いつ状況が変わるか分かりませんけど。もちろん日々覚悟をして生活しておりますよ。
 その他、巨大地震に誘発された他地域の地震活動もしばらく活発でしょう。ただ一つ実感的に言えるのは、今までフォッサマグナが日本列島の東西の歪みをずいぶんと吸収してくれていたということです。それがそろそろ限界に達してきた。そうすると、西日本でも各地で地震が発生するようになってきた。それが、1ヶ月ほど前のことのような気がします。
 つまり、西日本の地震活動もこれから活発化していくだろうということです。まさに地震列島日本。実にダイナミックでエネルギッシュな国土であります。全ては安定化へ向けての動きであることを認識しつつ、そこから私たちも何かを学んで行かねばならないかもしれませんね。
 

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2011.06.22

『私だけに教えてくれた船井幸雄のすべて』 佐野浩一(編) (成甲書房)

Photo 日お会いした方シリーズ第5弾。
 船井幸雄さんの息子さんである船井勝仁さんにお会いしました。いろいろお話しましたけれど、今回はちょっと意外な発見がありました。私と勝仁さんの共通点。
 二人は同い年です。つまり、今年47歳になるんですが、二人とも、周りの人たちに「お肌が若々しいね」と言われました(二人とも髪型的には年齢不明ですが…笑)。
 お肌がピチピチの理由はたぶん複合的ですけれども、一つ大きな要因となっているのは、「一日一食夕食のみ」だと思います。
 老化を防ぐための唯一の方法は無駄なカロリーを摂取しないことしかありません。それは科学的に証明されています。私もとうとう「一日一食」生活丸7年になりました。おかげで精神的にも肉体的にも健康そのものですし、なによりそういう食生活を始めてからというもの、人生が大きく変わりました。もちろんいい方向に。
 勝仁さん、あの日は久々にカツ丼を食べてしまい具合が悪くなってしまったとおっしゃっていましたが、その気持ちというか体感、よ〜く分かります。実は私もあの日、数ヶ月ぶりにマクドナルドなるものを食べてしまい一気に体調不良になっていたのでした。
 さて、そんなある意味「同志」である船井勝仁さんがわざわざ私に送ってくださったのがこの本です。彼のそれこそ「本物」の同志である佐野浩一さんがまとめられた船井幸雄さんの名言集です。
 日本版ドラッカー…いえいえ、そういう言い方は失礼ですね、船井さんは世界に誇る唯一無二の経営コンサルタントです。ドラッカーよりももちろん日本的であり、ある意味ではドラッカーよりもスケールの大きな経営観の持ち主です。
 私が船井さんの思想に触れたのは案外最近のことです。ですから、大きな影響を受けているというわけではありません。
 たとえば私の中学校の課題テキストとして『13歳からのシンプルな生き方哲学』を採用しているところなど、人から見れば大いなる影響を受けているように感じられるでしょう。
 しかし、実はそうではないんです。もっと深い共感があるのです。「13歳の…」の記事にも書いてあるように、40歳過ぎてから知った船井さんの哲学や思想が、私自身がずっと考えたり学んだり体験したりしてきたそれと、面白いくらい、あるいは不思議なくらいに重なり合っていたのです。
 私は世界の各種宗教や思想や哲学に興味があって、自分なりにそれらを吸収してきました。特に「神道」と「仏教」の教えには深い共感をもって生きてきました。しかし、それらをいかに現代の生活や、自分の仕事である教育に活かすかとなると、なかなか難しい部分があったわけです。
 そうした悩みにすんなりと答えてくれたのが、船井幸雄さんの思想や哲学でした。それはある意味とてもシンプルな発想の転換でした。私はたぶん難しく考えすぎていたのでしょう。あるいは現代に見切りをつけようと思っていたのかもしれません。しかし、それは間違ったスタンスだったようです。そしてそれを見事に軌道修正してくれたのが船井さんだったと言っていいでしょう。
 さて、そんな船井幸雄さんの長年にわたる「実体験」と「思索」から生まれた「生きた哲学」が凝縮されているのがこの本です。
 船井さんの娘婿でもあり、また船井哲学の良き理解者でもある佐野さんがセレクトしアレンジし適切な解説を加えたこの本は、いわば「聖典」のような趣がある本です。
 良き弟子による師の発言集というのは、世界中の宗教や哲学に普遍的なパターンですね。この本にはそういう雰囲気があるのです。つまり、入門としても読みやすいし、ベテランがじっくり読み直すにも適している。まさに「原典」的な本だと思うのです。
 1日1ページ、一つずつでも、しっかり味わって、そしてその日に実践してみれば、私たちの人生も、あるいは周囲の人たちの人生も少しずつ変わって行くことでしょう。そういう「智恵」がたくさん詰まっている本だと思います。
 私もこの本をありがたく拝読させていただき、ますます人のため世のために努力できる人間になりたいと思います。本当にありがとうございました。
 佐野浩一さんも私と同い年、そして以前は私立中学高校で教師をされていた方ということで、またまた私との共通点がありますね。いつかお会いしてお話させていただければと思っています。

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2011.06.21

『奇跡の記憶術』&『「論理力」短期集中講座』 出口汪 (フォレスト出版)

Photo 日お会いした方シリーズ第4弾。出口汪さんの本です。
 出口汪さんとは非常に不思議なご縁がありまして、最近は時々お会いしてお話しさせていただけるようになりました。
 出口さんには「カリスマ予備校講師」「現代文の神様」というイメージがありますが、実はもっともっと大きなスケールでものをお考えの方です。本当に世の中を変えたい、皆を幸せにしたい、世界を平和にしたい、そういうことをベースに様々な活動をしておられます。
 ご自身は最近まであまり意識されなかった、いやあえて避けていたとおっしゃりますが、汪さんの思想には曽祖父である出口王仁三郎の影響、いやいや、血が色濃く反映していると感じます。
 そう、今回も私はその話をさせていただいたんです。王仁三郎の最重要視する「言霊(コトタマ)」という概念ですが、これってワタクシの「モノ・コト論」で言いますと、「コト」は「内部・概念・人為・想定内」など人間が認知し処理した情報や存在を表す語です。それは当然「言語」や「論理」と言い換えてもよい。そして、「タマ」は「エネルギー」を表しますから、まさに「論理力」ということになりますよね。
 そうした脳内の情報の整理のしかた、つまり「コト」の収納方法が「記憶」に当たると思います。ですから、出口先生がこれらの著書で、「論理」と「理解」と「記憶」を結びつけているのは、ある意味では当然です。
 しかし、その「当然」のことが全く意識されない、あるいは習得されないのが、今の日本の現実です。情緒的・感情的な言葉が跋扈し、人々は一知半解のまま、大切なことを忘れて行く…そんな日本の窮状を憂えて、その当たり前のことをシステム化しよう、そしてそれを教育界に、さらには社会全体に拡げようとしているのが、出口汪先生なのです。
 正直なところ、こうした間違った日本語の世界を作ってしまったのは、私たち学校の国語科の教員の責任です。いつごろからなのでしょうかね、情緒的な文学鑑賞と表現に偏った学習が蔓延してしまったのは。
 私はいつも言っています。今のような文学鑑賞の授業は「芸術科目」として行なってほしいと思います。音読も感想文も創作も、音楽や美術の表現や鑑賞と表現と同じ次元でやってもらいたい。それはそれで大切だと思います。
Photo_2 まあ、考えようによってはですね、他の教科があまりに「丸暗記」に偏ってきたので、それとのバランスを取るために、異様なほどに「暗記ではない」情緒的・感性的な「国語」という教科が出来上がったのかもしれませんが。
 しかし、本来の「国語=日本語」の授業は、出口先生のおっしゃるように、「論理=言語=他者意識」をしっかり教えないといけない。それが正しいコミュニケーションや社会活動の基本となるに違いないからです。
 私が比較的早く(20年以上前に)出口先生のお考えに共感したのは、やはり恩師大村はま先生の授業を受けていたからだと思います。大村先生の授業は、今思えば徹底的に「論理的」でした。「国語教育の神様」というと、一般的には情緒的に豊かな授業をされたと思われがちですが、実際は全く逆でした。どちらかというと冷たいと感じるまでに客観的な活動を要求するものでした。
 そう考えると、こうして大村先生と出口先生というお二人の巨匠の教えとお人柄に直接触れることができた私は、国語教師として非常に幸運だったと言えましょう。もちろん、その分責任も大きいと思いますが。
 数ヶ月前…そうだ、ちょうどあの震災の日でした。東大を卒業したけれども、教員になりたくて別の大学で勉強を始めた知り合いと話しました。彼がこの「奇跡の記憶術」に書かれていることと同じことを言っていたのが印象に残っています。
 「人間の脳は忘れるようにできている」「自分の脳を信用していない」「忘れること前提に学習計画を立てる」などなど。
 彼は本来賢い人間なので、こういう「当たり前」のことに自分で気づくことができたのでしょう。私たち凡人は、どうしても現実から逃避するために(つまり怠惰なだけなのですが)、その「当たり前」から逃げてしまいます。学校の先生もその「当たり前」のことを忘れて、ただただ「覚えろ」と言ってしまいがちです。
 そういう「当たり前」が「奇跡」や「驚異」になってしまうところが、この日本という国の異常事態を物語っているのかもしれませんね。
 私もご縁をいただいた者です。できるかぎり、出口先生のお手伝いをしてゆければと思います。恩返しの意味も含めまして。
 出口先生、今まさに「奇跡の記憶術」第2弾を執筆中だそうです。記憶をコントロールする「メタ記憶」に続いて、「メタ意識」論が展開されるとのこと。楽しみですね。

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2011.06.20

おつかれさま、和田京平さん。

Photo 日の全日本プロレス両国大会メインイベントを最後に、名レフェリー和田京平さんが同団体を離れることになりました。
 1974年のデビューから40年近く全日本一筋でやってらした京平さんにどういう気持ちの変化があったのでしょうか。
 いずれにせよ、黄金期から苦難の時、そして現在の復興期全てにおいてプロレス界を引っぱってきた京平さん、ここで一区切りということで、お疲れさまでしたと申し上げたいと思います。
 聞くところによると、実は2年前からフリーの立場であったとのこと。たしかにここ数年はメジャー、インディー問わずいろいろな団体に引っ張りだこでしたよね。ある意味レスラーよりも人気がありますから。
 全日本一筋でやってきたと言っても、今の全日本は馬場さんの全日本とは全く違う団体ですし、先日の事故(事件)もありましたから、いろいろと思うところがあったのでしょう。
 まだまだプロレス界が厳しかった2年前には、自らも共に戦ったと言える四天王時代のあの激しいプロレスの結果としての、三沢さんの死もありました。そして袂を分かった形になっていた大先輩のジョー樋口さんも亡くなり、それぞれの思いを常に背負い、そして継承し続けてきた京平さんは、私には分からない特別な思いが渦巻いていた数年間だったと思います。
 プロレスにおけるレフェリーは、古来本来の相撲の行事の役割を果たしています。いわば神事の司ということです。相撲の「残った」という掛け声は、劣勢な力士に対して「もっと残れ!頑張れ!」という意味で発せられる言葉であり、それと同じような意味でプロレスのレフェリーが選手に声を掛けることは日常的にあります。
 今日たまたまIGFの宮戸GMから電話があって、いろいろな話で盛り上がったのですが、ちょうどレフェリーの話もしました。宮戸さん、この前のGENOME15でレフェリー・デビューし、見事な「司」ぶりを発揮しました。宮戸さんが司ると全然緊張感が違います。実際、いろいろな場面で檄を飛ばし、喝を入れていましたね。スポーツの審判とは明らかに違う役割を果たしていました。宮戸さんにはぜひこれからもレフェリーとしていい試合を作って行ってほしいと思います。
 そうそう、和田さんも完全にフリーな立場となりましたから、ぜひIGFにも上がってほしいですね。猪木イズムのリングに和田さんが上がるというのは、いろいろな意味で大きな出来事になると思います。スタイルは違えども、ホンモノを体で継承してきた者どうしコラボレーションすると、とんでもないモノが生まれ出る可能性があります。
 いわゆる高橋本が出てから、そうしたレフェリーの「司」ぶりさえも「八百長」などと言われるようになってしまって残念です。宮戸さんもどこかのインタビューで語っていたと記憶していますが、そういうプロレスの「一部」を、高橋さんという名レフェリーがああして悪意をもって書いてしまったことの影響は大きすぎました。それがプロレスの「全て」だと、ファンも一般人も、そしてレスラーでさえも思ってしまった。とてもとても「八百長」だなんていう言葉で語り尽くせない広大で深遠な世界なのに。
 その点、京平さんは高橋さんとは対極的な働きをしてきたと思います。いろいろあったのちも、彼はひたすら「プロレス」の牙城を守り続けようとしていました。選手を鼓舞し、そして試合をディレクションし、ギリギリのところで危険を避け、また会場の空気を創るという本来の「司」の仕事をなさってきたと思います。
 これから京平さんが、どこでどのような仕事ぶり、司ぶりを見せてくれるか、非常に楽しみです。
 今日は彼の今までの偉業を讃え、また慰労の意味も含めて、名著『人生は3つ数えてちょうどいい』を読み直してみようと思います。
 私も教育者として、彼のような立派な「司」ができるよう、日々精進したいと思います。

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2011.06.19

『右大臣実朝』 太宰治

A7np7hflkowgea735ewp1hwbo1_400 日は桜桃忌でした。今年は日曜日にあたりましたし、本来なら近所の御坂峠の天下茶屋にでも行って太宰を偲ぶべきだったのかもしれませんが、どうにも忙しくそれも叶いませんでした。
 しかし、私は太宰とは妙な縁があるようでして、まあそれは「富嶽百景」の舞台に住むようになった20代の頃から始まった腐れ縁のようなものですかね、とにかくずいぶんと彼には驚かされてきました。
 そう、たいがいは彼のシャレにならない悪戯に翻弄されてきたようなものですな。そのへんについては、このブログにも時々書いていましたから、もし興味のある方は右の検索ワードをクリックして探してみて下さい。
 昨年開校した私の勤める中学校が、彼の好んで泊まった旅館の跡地に建つことになったのも、これまた不思議と言えば不思議です。当初は違う場所のはずだったのに、着工寸前にひょんなことから今の地に変わったのですから。
 そして、どうも来年度からはさらに縁が深まりそうなのです。これはもう逃げられませんね。
 私はあんまり小説を読まない人間です。太宰が好きだと言っているわりに、実を言うとそんなに読んでいません。というか、私の人生そのものがそんな感じなんですよね。ちょっとかじっただけなのに、まるでマニアのように振る舞う。このブログがその象徴でしょう(笑)。
 いや、太宰もそんな感じだったと思うんです。彼って(私に)小説家じゃなくて「剽窃家」と呼ばれるくらいパクりが上手ですよね。さっと見かけたものをそれらしく作品に仕上げてしまう「ずるさ」を持っています。それこそが「天才」の証なのでしょう。
 私はもちろん彼ほどの才を持ち合わせていませんが、ある意味共感するところはあるので、それでこうしてあの世の太宰も私に近づいてくるのでしょう(笑)。
 さあ、今日もまた彼の天才的なハッタリ力を再確認してみましょう。名作「右大臣実朝」です。なぜ今日この作品を選んだかと言いますと…「地震」という言葉が多出するからです。

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2011.06.18

『王仁三郎と日月神示のひな型神劇』 伊達宗哲 (徳間書店5次元文庫)

それは国際金融資本とイルミナティ崩壊の型だった!
Photo 日お会いした方シリーズ第3弾。この本の著者とこのタイミングでお会いすることになろうとは。
 実は3月の中旬にお会いするチャンスがあったのですが、寸前にあの大震災が発生し、3ヶ月ほど遅れることとなりました。
 3月に何も起きずお会いしていたとしたら、もちろん今回のような話をすることはなかったでしょう。これもまた運命なのかもしれません。
 この本が出たタイミングも実に絶妙だったのかもしれません。昨年の10月です。私もその月に一度読んでいました。内容がこういう内容ですし、実際非常に素晴らしい本だったので、普通ならすぐにこのブログで紹介するところですよね。ある意味自分の専門分野ですし。しかし、どういうわけかそういう気持ちにならず、いつのまにか年を越してしまいました。その後も2回ほど通読し、いろいろ考えていた矢先にあの大地震と大事故が発生したのです。
 この本の最後の方には、天変地異が発生し世の中の立て替え立て直しが起きるであろうことが書かれています。もちろん、それは王仁三郎の言葉と日月神示の内容をもとにしたものです。筆者がより具体化したヴィジョンは、東海・東南海・南海の連動巨大地震でした。まあ、これはあの東北の大地震の前としては当然の予想でしょう。私もそちらが先だと思っていましたから。
 今思えば、坤(西南)ではなく、艮(東北)の金神が発動したということになるのでしょう。そう、私たちのほとんど全ては、艮の金神のお出ましはもっと先の話だと思っていたのです。つまり、私たちが自らの手で幽閉してしまった「正しい世界」からの警告は、もしかすると自分の生きている間にはないのではないかと漠然と思っていたわけです。それは、私たちが、今の物質文明あるいはマネー文明の中毒的な陶酔状態にもうしばらく浸かっていてもいいかなと思っていたことの裏返しでもあります。
 この本でも語られている「現代の神話」においては、その物質文明、マネー文明の象徴が「ユダヤ資本」であり、「フリーメーソン」であり、「イルミナティ」です。
 私はいわゆる「ユダヤ陰謀論」に対しては(案外)懐疑的な立場をとっています。現実問題として、これだけ大っぴらに「陰」謀が「明」らかになるのは、それ自体矛盾していると感じますし、世界はそんなに単純ではないという実感もあるからです。
 しかし一方で、それを物語論的に解せば、そこに象徴的な自画像が見えてくるのも事実です。「神話」や「物語」とは一つの比喩です。比喩はイメージですから、その情報自体が正しいとか間違っているとかいうのはナンセンスであって、そこから未来へのヒントを得るべき対象なのです。
 この本は、そうした複雑怪奇な「現代の神話」を実に見事にまとめ上げてくれています。物語のさらなる物語化とでも言いましょうか。私の中でかなり錯綜していた情報がかなりスッキリ整理されたのです。
 伊達さんにもまずはそのことをお伝えしました。整理してくれてありがとうと。伊達さんご自身は、思ったとおり、とても冷静で客観的な方でした。こういう世界に入り込むと、ついつい暴走してしまう人が多いものです。しかし、伊達さんはとても謙虚で慎重でした。
 いろいろお話していてお互い妙に共感するところがあったのですが、それには意外な要因がありました。私たちはともに「臨済禅」に触れていたのです。私たちは僧侶ではありませんが、一般人としては禅の思想と実践に比較的触れている方だったのです。
 そういう意味では、私たちは「我執」を超えた世界を垣間見てきたわけですね。そうした視点からの現代文明観や王仁三郎観、物語観はちょっと特殊なのかもしれません。
 この本を書いた伊達さんの視点は、とても高いところにあります。それを前提に読めば、この優れた「物語」から、私たちは未来への大きなヒントを得ることができるものと信じます。
 この大震災と大人災ののち、自らの進むべき道が見えてこない方々には、ぜひこの本を読んでいただきたく思います。もちろん現代の「神話」「物語」として。
 近いうちに続編が出るかもしれないとのこと。非常に楽しみですね。

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2011.06.17

『遊星ハグルマ装置』 朱川湊人・笹公人 (日本経済新聞出版社)

Photo 物語というのは日本の伝統的文学形式です。散文に韻文がちりばめられることによって生まれる立体感というのは、なんとも格別な味わいのあるものですね。
 これは新しい形の「歌物語」でしょう。物語と歌を別々の方が担当するわけですから。
 その歌担当が笹公人さん。我が短歌の師匠ですね。昨日の上杉祥三さんに続いて、東京でお会いした方シリーズ第2弾です。
 師匠にとっては、御大和田誠さんとの共作『連句遊戯』に続く、他者性の強い作品ですね。この本では、またまた師匠の新しいチャレンジを楽しませていただきましたよ。
 この表現する側の複数性というのが、もうそれ自体大いなるチャレンジです。文学において表現する者どうしが「セッション」「アンサンブル」するというのは、実は稀有なことなのです。
 いわゆる文学っていうジャンルは、どうしても独言が多くなるじゃないですか。一方的な自己顕示によって成り立つ分野だと言ってしまってもいい。特に近代日本の自我の目覚めとともに発達した「純文学」は、個人の独言を商業ラインに乗せたところに成立していたわけです。近代短歌、現代短歌もそういった流れの上に花開いたジャンルでした。
 それまでの「歌」は、ある個人との連絡や意思疎通の手段であったり、ある限られたコミュニティーでのスラングにすぎなかった。個人から不特定多数への発信というのは、せいぜい江戸の大衆文化における一過性のエンターテインメントとしてあったくらいです。
 ですから、純文学たる(すなわち個人の独言たる)現代短歌の中で、笹さんのように、積極的に他者性を導入するというのは、非常に珍しいことであると思います。
 考えてみると、作家個人の独言を、「読む」という非常に面倒で能動的な行為をも要求しつつ押しつける(?)純文学というのは、とてつもなく暴力的なジャンルです。音楽やスポーツを鑑賞、観戦するのとは全く違った要素がありますね。
 私は実のところ、そうした一方的な押しつけが大の苦手な体質でして、だからこそ小説を読むヒマがあったら、音楽鑑賞やプロレス観戦の方に向かってしまっていたわけですね。
 しかし、笹さんの、和田さんや朱川さんとのセッションは、もうすでに発信された言葉の中に「他者性」があって、すなわち「共鳴」や「興奮」や「気づき」や「驚き」や「歓び」があるわけですから、どちらかというと、音楽やプロレスのように私も楽しむことができるわけです。
 「純文学」にとっては非常に辛い時代が続いていますが、ある意味においては、それは当然のことであるのかもしれません。特に日本人にとって「自我」や「個人」は輸入されたものでしたから、最初のうちは魅力的に見えても、いずれ飽きが来たり、違和感が出てきたりするのは当たり前ですよね。
 ですから、こうして「純文学」に「他者性」を導入することによって、個人色をなるべく消し去る方向に舵をとるのは大いに結構なことだと思います。いわば「不純文学」(笑)。
 しかし面白いですね。和田さんとの「連句遊戯」の記事にも書いた「昭和臭」、この「遊星ハグルマ装置」ではさらにパワーアップしてますよね。
 だいたいが、諸星大二郎大先生によるこの表紙絵、そして鈴木成一デザイン室による装丁はなんですか。ちょっとコテコテすぎるくらい昭和してますよね。
 そしてその包みの中にはまた、とんでもない昭和が封印されています。笹さんの「妄想短歌」にせよ、朱川さんによる「妄想短編小説」にせよ、そう、その「妄想」こそがメチャクチャ昭和しているわけです。
 「妄想力」というのは、きれいに言えば「想像力」、「物思い力」です。実は日本人が最も得意としていた分野ですね。
 私の「モノ・コト論」では「モノ」はまさに「他者」を表します。ですから、「モノ思い」とは、自らの概念や思想といった閉じた「コト」世界から解き放たれるために、あえてそこに「他者」性を上書きすることなのです。
 昭和にはそうした「モノ思い」の技が生きていました。昨日の上杉さんとの対話の中で出てきた「モノまね」もそうですね。上杉さんがおっしゃるには、「自分を捨てて器になる」とのこと。そこにこそ「モノ」という外部が盛られるわけです。今の私たちには、そうした「器」としての自分が極端に欠落しています。
 その点、笹さんや朱川さんはさすが、見事に互いに器となりあって、そして互いの「妄想」を盛りつけあって、こんなステキなお料理を私たちに提供してくださりました。これがおいしくないはずはありません。
 ところで、短歌と小説をこうして一つの歌物語としていただく機会ってそうないじゃないですか。おかげで双方の違いがよく分かりましたよ。ちょっと意外な発見もありました。
 まずは、日本的なリアリズムの観点からすると、実は短歌の方がリアルなんだなと。短歌はデフォルメが大きいけれど、その分だけ実はリアルなのです。もちろんそれは、たとえば浮世絵のリアリズムや能のリアリズムと同じ次元でのリアリズムです。
 そして、短歌って引き算の文学かと思っていましたが、実は違ったと。イメージの飛躍の自由度は間違いなく小説より短歌の方が大きい。それって自由な足し算ができるっていうことですよね。
 こうした発見を、これからの自分の歌作に活かして行けたらいいなと思います。師匠、これからもよろしくお願いします!

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2011.06.16

予告 『アセンション 日本』 (劇団ユニット トレランス)

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 日は朝から東京。昼間は某私立中学高校にて勉強会など、なかなか充実の時間を過ごしました。
 せっかく東京に出てきましたので、夕方からはたくさんの人に会いました。今日からしばらくはその方々の各種作品を紹介していきましょうか。皆さん素晴らしい表現者でいらっしゃるので。
 今日最後に新宿駅のすし屋で御一緒させていただいたのは俳優の上杉祥三さん。知る人ぞ知る名優さんとこうしてサシで呑めるなんて、そして、ものすごくマニアックな深〜いお話をさせていただけるなんて、夢のようです。
 上杉さんは夢の遊眠社の看板俳優を出発点として、日本を代表とするシェイクスピア俳優として活躍、最近ではテレビドラマでもよくお顔を見かけますし、なんと言っても自らの劇団を率いて、脚本から演出までこなすなど、演劇界の大御所の一人ですよね。
 全く縁というのは不思議なものです。そんな天才俳優さんと、あんな話ができるなんて。私自身もとても勉強になりましたが、ある意味私のようなシロウトのとらわれない言葉に興味を持って下さったのでしょうか、異様に会話が盛り上がりました。
Gedc0822_2 特に私の「ものまね論」は面白かったようです。世阿弥を読んでいて思いついた「モノを招く」というやつです。
 演劇論はもちろん、能の話から、富士山、秦河勝、太秦、弥勒菩薩、そして龍神論。まあ超マニアックな話の連続でしたね(笑)。
 そんな上杉さんが本当に命懸けで臨むお芝居が7月21〜26日に上演されます。「アセンション 日本」です。こちらのチラシをご覧になればお分かりになるように、実にタイムリーな内容です。
 そう、このアセンションシリーズ3部作は平成21年から始まっており、当初から今年は最終章を上演する予定だったと言います。そして、その本を書いているそのまさに最中に、あの東北地方太平洋沖地震が発生し、福島第一原発であのような事故が起きたのです。
 この時期に、この内容で、これだけストレートに、そして深層の真相に迫る作品を発表するのは、いろいろな意味で本当に命懸けなことです。
 しかし、上杉さんの役者魂はごまかしを許しませんでした。いや、役者として以前に人間としてでしょう。ものすごい志だと思います。その覚悟をしっかり感じることができました。
 上杉さんのその志に共鳴して、環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也さんや、世田谷区長の保坂展人さん、そして衆議院議員の河野太郎さんがゲストとして来場するということです。このお三人の心を動かしたというだけでも、この舞台が単なる演劇を超えた大きな力を持っていることが分かりますね。
 上杉さん、頑張って下さい。
 私もぜひともうかがって観賞させていただこうと思います。平日は厳しいから休日かな。河野太郎さんにもお会いしたいかも。彼の奥さん小学校時代の同級生だしな。

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2011.06.15

ジャズで小学生と交流

20110616_55808 日も朝からいろいろと対外的な仕事がめじろ押しでした。午前中は教員志望の大学生とじっくり教育談議も。
 午後は河口湖の某小学校へ。ウチの中学・高校のジャズバンド部が出前コンサートを行ないました。
 ウチのジャズバンド部(ムーン・インレット・サウンズ・オーケストラ)については、もう説明するまでもありませんね。浅草ジャズでグランプリを獲るような名実ともに日本一の高校生ビッグバンドです。
 彼ら、全国から演奏依頼が絶えない人気者なんですけど、考えてみると地元の人たち、特に小学生に対してはなかなか交流の場がありませんでした。
 今回はウチの中学の生徒でピアノを担当している子の出身小学校で、全校生徒および保護者を対象に出前演奏をさせていただくご縁をいただいたので、私も聴かせてもらうこととしました。
 開演前に小学校の校長先生ともそういうお話をさせていただきましたが、小学生にとっても生でビッグバンドを聴くことができる機会というのも貴重ですし、自分たちの将来像として、身近な中学生・高校生の姿を見るという意味でもとてもいい経験になったのではないでしょうか。
 本校のジャズバンド部は演奏はもちろんのこと、人間的にも魅力ある生徒が集まっています。というか、そういう指導がなされているし、実際のところ、音楽にあれだけ没頭し、またたくさんの人たちから注目されていますから、自然と人間的にも成長するという部分もあることでしょう。
 単なる品行方正というわけでもなく、洒落っ気や茶目っ気も充分ありますし、なんと言っても明るく元気です。まあ年間50以上のステージをこなしていますからね、根っからのエンターテイナーになるのも当然と言えば当然です。
 そういう意味においても、小学生からすると、あと数年で自分たちもこういうお兄さんお姉さんになっていくのかなあ…と漠然と思ったことでしょう。なんとなくワクワクしたのではないでしょうか。
 そしてもちろん、音楽、ジャズの素晴らしさ、アンサンブルの楽しさに、驚くほどの興奮を覚えたはずです。
1 私も後から小学生の様子を見ていましたが、ものすごい集中力で耳や目を働かせているなあと思いましたね。数百人の純粋な心の中に、なにか新しいモノが生まれる、光が輝くというか火がつくというか、そういう瞬間を目撃しました。
 なんかジーンとしましたね。去年から中学校を担当するようになり、日々の音を立てんばかりの人間の成長、命の息吹を感じるようになったからでしょうか、こういう子どもたちの変化、成長に接すると、自然と涙が出ちゃうんですよ。私もいい意味で歳をとりましたね(笑)。
 本当に1年と少し前までは、ここで小学生として過ごしていた子が、こうして堂々と凱旋して実に大人っぽくソロを披露している。う〜ん、環境って大事だなあ。一流の高校生と一緒にクラブ活動できるっていうのはすごいことなんだなあ。
 当たり前のことなんですが、学校という現場では、先生の役割というのは実はかなり限られていて、実際生徒を成長させるのは、先輩、後輩、そして同級生どうしだったりするわけですね。それが伝統として定着していれば、案外先生の出る幕というのは少ないものです。また、そういう学校こそ理想の学校だとも思います。
 それにしてもジャズの力ってすごいですね。これが私のやっているような音楽では、こうして小学生を一瞬のうちに変えるなんてこと到底できません。まるで魔法のような音楽ですわ、ジャズは。
 今日は小学生対象ということで、アニメの曲などをたくさん演奏しました。もちろん、それぞれかなり高度なジャズ・アレンジがなされていましたが、全体としては非常に分かりやすかったと思います。そう、こういうビッグバンド・ジャズというのは、いろいろなスケールでの聴き方ができるわけですよ。大人も子どもも、玄人も素人も楽しませることができる。そして他のジャンルに比べ、圧倒的に「場」を作り出す力がある。まさにマジックですね。
 あの体育館の中で、小学生も中学生も高校生も先生も保護者も、み〜んな幸せになっていました。うらやましいくらいの時間と空間を味わわせていただきました。ありがとう!また、どこかの小学校でやらせてもらいたいなあ。

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2011.06.14

原発やめますか、続けますか…

Img_57ed597b2f17e8624ff73fc637ef9b 「(原発論について)あれだけ大きなアクシデントがあったので、集団ヒステリー状態になるのは心情としては分かる」

 石原伸晃幹事長のこの発言が物議を醸しています。それはそうでしょう。私はこのニュースが流れてすぐにこうつぶやきました。

 「客観的に見れば石原幹事長の分析は正しいが、使うべきでない言葉を使ってしまったのは間違い。なぜ今の政治家たちは言葉を選べないのだろう。他者意識が低いのだろうか。頭というより心の中の回路が一つ欠落して短絡している感じがする」 

 ここで「分析は正しい」としたのは、石原さんが原子力に代替する自然エネルギーへの転換には数十年かかるという常識を踏まえたものだと判断したからです。
 基本脱原発論者である私から見ても、現在の一部の感情と発言には冷静さが欠けていると感じます。
 しかし、やっぱり政権奪回を狙う最大野党の幹事長がこの言葉を使ってしまうのはどうでしょうか。私が幹事長だったら、一瞬心の中でそう思ってしまっても絶対に口に出しません。そういう「安全回路」はどこに行ってしまったのでしょうか。もしかして、そういう日本的な装置自体、経済的な効率論に駆逐されてしまったのでしょうか。
 ただ、一方でこういうことも言えると思います。

 「ヒステリー」と言われて「ヒステリック」に反応するのを「ヒステリー」という。

 特に、それまで何も問題意識を持たずに過ごしてきたのに、コトが起きて突然極端な反対論者になったりするのは恥ずかしいことです。
 イタリアの国民投票で「原発不採用」が決まったとして、それをうらやましがるのは結構ですが、じゃあ日本でも国民投票してさっさと全部停止させよ!というのは、さすがに目先しか見ていない「ヒステリー」状態ですね。
 思えば、私がまるで予言者扱いされる原因となったあの「民主党圧勝、政権交代へ…どこかおかしくないですか?」という記事で憂慮した「集団気分」も、石原流に言えば「集団ヒステリー」ということになるかもしれません。
 というわけで、我々はどんな考えをしようと、どんな立場をとろうと、冷静で論理的でありたいですね。「ヒステリー」とまでは言いませんが、私は今の国民は「パニック」に陥っていると感じます。
 脱原発はもちろん理想です。しかし、そこまでの道のりが非常に険しいという現実を示すいい資料があります。

「原発やめますか、続けますか
史上空前の大アンケート 一流企業トップ100人、有識者50人に聞く」

 ご覧になるとよく分かると思いますが、皆さんなんとも歯切れが悪い回答をなさっています。特に企業は死活問題ですから、すんなり「廃止」と言えるはずがありません。ある意味では冷静に論理的に現実的に考えての回答、あるいは無回答です。
 これに対して、一般生活の中で電力を享受している程度の我々が、「もっとはっきりモノを言え」とか「企業こそ責任を感じろ」とか「結局目先の利益しか考えていないのか」と、それこそヒステリックになるのは簡単なことです。
 しかし、こういう一大事を実現するためには、多様な視点を持ち、いろいろな立場に立って、総合的に判断して、なるべく多数が納得する形、すなわち想定されるリスクを最低限にする長期的な計画性をもって臨む必要があります。
 そして、本来それをプロデュースし、ディレクトし、コンダクトするのが政治家であるべきなのです。そういう意味では政治家は教育者でなくてはなりません。
 ついこの前も書きましたが、我々教育の世界では、何か問題が発生した時のみ、生徒や保護者や先生自身の成長を促すことができると考えます。
 今まさに日本は国難という「成長の機会」に直面しています。ピンチをチャンスにできるか。大難を小難にできるか。国民全てが試されているとも言えます。
 そんな国民を正しい方向に導く教育者たる政治家は現れないのでしょうか。
 いずれにせよ、我々国民は「原発やめますか、続けますか」という問いに対する答えを、それぞれ冷静に考えてみるべきでしょう。冷静に考えれば考えるほど、あの選択肢の中から答えを選ぶのが難しいことが分かると思います。それ以前に、この問い自体、現在においては回答不可能な命題であることが分かるのでは。
 「現在の自分」から自由になるのはとても難しいことですが、それこそが今必要な第一歩なのかもしれません。

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2011.06.13

三沢さん三回忌…小橋建太復帰宣言

Img_542486_59095563_0 2009年は私にとって大切な人が何人も亡くなってしまった年でした。自分の中でも何かが変わった年であったと言っていいでしょう。
 音楽関係だけでも、忌野清志郎さん、三木たかしさん、アベフトシさん、マイケル・ジャクソンさん、川村カオリさん、そして志村正彦さん…皆、命懸けで表現活動をなさっていました。真のプロ芸術家でした。
 そういう意味では、2年前のちょうど今日、リング上で亡くなったプロレスラー三沢光晴さんもまた、一人のアーティストであったとも言えましょう。
 今日、三沢さんの三回忌の日に、もう一人の命懸けの表現者小橋建太選手の復帰が発表されました。小橋選手は2006年に腎臓ガンが発覚し1年半欠場、選手生命の危機を乗り越えて翌年復帰(こちらの記事参照)しました。その後も肘や腕の故障から何度か欠場を余儀なくされてきましたが、再び1年半ぶりに復帰することになりました。
20110410150558b40 人生を見せ、人々に勇気と感動を与えるのがプロレスの大切な要素。その点、この小橋建太という男は本当に素晴らしい表現者です。あきらめない不屈の精神と肉体の持ち主小橋建太。三沢光晴さんの遺志を継ぐ人物だと言えましょう。彼が欠場中に演歌歌手のみずき舞さんと結婚したのは、ある意味象徴的でした。
 男と女の人生の春夏秋冬を語るプロレスと演歌、今世の中に足りないものはこの二つかもしれませんね。
 そんな三沢さんと小橋選手のベストバウトと言えば、この2003年3月1日のGHC戦でしょう。実はこの時点ですでに、小橋選手は2度の欠場、5度の手術をしています。そしてノアの至宝GHCヘビー級のベルトに初挑戦したのがこの試合でした。
 矢島アナの絶叫「プロレスラーが一番強い!」が全てを象徴しています。おそらく世界のプロレス史の中で最も壮絶な試合だと言っていいでしょう。なぜここまでやるのか。日本武道舘の観客の盛り上がりもすごい。歓声というより「どよめき」。
 もちろん、こういう頭から落とすプロレスに対して様々な批判があるのも分かりますし、私も正直、その後の二人のことを考えると、ちょっと観るのが辛い。しかし、表現者として舞台上で死ねれば本望とでも言わんばかりの圧倒的な説得力があるのは事実。二人に何ものかが乗り移ったとしか言いようがない試合です。
 今日は三沢さんを偲び、また小橋選手の復帰を祝って、この歴史に残る試合をご覧いただきましょう。ノーカットです。
 

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2011.06.12

ベビースター焼そば『ペヤングやきそば Big』

20110613_65158 ることが溜まっているので、今日は軽めに…と言いつつ、いつも語りすぎてしまう私(苦笑)。
 このネタも語ろうとするといくらでも語れてしまうかも。それほど、私にとって「ベビースターラーメン」と「ペヤングソースやきそば」は大きな存在です。
 米と納豆以外で、子どもの頃からコンスタントに食べ続けているモノと言ったら、考えてみるとこの二つくらいしかないかも。
 実は夢に見たことがあったんです。20年くらい前でしょうかね。ペヤング味のベビースターが発売になる夢。それがついに実現したんです。ま、発売は4月でしたから、夢の実現にしてはずいぶんと遅く食べることになったわけですけど。
 そう、ずいぶんと前にこちらにも書いていましたっけ、私はペヤングをボリボリそのまま食べるのが好きだった、いや今でも好きなんです。
 様々なカップラーメンや即席麺の中で、お湯を注がずに、そして何もかけたりせずにおいしく食べられるのは、私の知る限りではペヤングしかなかったんです。
 おっと、その前に、ペヤングを知らない方も多いんですよね。たしか関西や北海道ではほとんどお目にかかれないのではなかったか。
 基本東日本に生まれて育った私としては、とにかくそのおいしい麺と、あの絶妙な甘さのソースと、あの意外にリアルなキャベツの小片と、得体のしれない、しかし妙に滋味な肉玉と、スパイシーな青のり&紅しょうがのペヤングは、他のカップ焼きそばの追随を許さない魅力に満ちたグルメだったのです。
 そして、ベビースターについては、もう何をか言わんや。このブログでもなんだかんだ、「グルメ」のカテゴリーの半分くらいはベビースターの話でしたからね(笑)。
 で、その二つがついに合体した!私の夢が現実となったわけです。当然と言えば当然、関東甲信越限定販売です。
 パッケージはご覧のとおりです。ベビースターラーメン丸美屋麻婆豆腐の味の時と同じように、他社のパッケージをそのまま流用するという大胆な戦略です。
Photo そう、あのペヤングソースやきそばのパッケージって、大量のカップ麺棚の中でも絶対的に目立つんですよね。周囲がド派手かつイメージ写真に偏ったパッケージになる中で、このシンプルさというか、潔さというか、リアルな昭和っぽさというのは実によろしい。
 現代的なパッケージ・デザインの裏側を行っていますよね。それはすなわち江戸の意匠に近いということをも表します。そのものをデザインするのではなく、「暖簾」という微妙に近くて遠いシンボルと、あとは純粋な文字情報だけですからね。字が多いんですよ、とにかく。それ自体が遠くから見るとある種の絵柄になっていると思います。
 それにしても、このベビースター版ペヤングのパッケージ、「焼そば」と「やきそば」、二つの表記が併存するという、これまたレアでマニアックな状況になってますね(笑)。考えてみるとすごいことです。たしかにどちらかに統一できるものではない。つまり、「焼そば」と書けば「ベビースター」という枕詞がつくし、「やきそば」と書けば「ペヤングソース」という枕詞がつくということです。
 ところで、「ペヤング」って、面白い名前ですよね。時々ペヤングのトラックなんか見かけますと、「peYoung」って書いてあることに気づきます。調べると「ペア+ヤング」ということらしい。「ペア」にしろ「ヤング」にしろ、なんとなく昭和語の雰囲気を持っていますから、その結合体もまた存分に昭和臭を発しているということでしょう。
 ところで、今日こいつを食しながらテレビでいろんな芸人さんを見ていたんです。で、カミさんと話したんですけど、芸人さんにしろなんにしろ、しっかり時代を超えて生き残るには、ペヤングのような頑固一徹なこだわり、つまり「不易」と、ベビースターのような時代に合わせたアイデア、すなわち「流行」の両方が必要だなと。「不易流行」こそ時代を超えるためのキーワードであると、改めて感じたのであります。
 ところで、肝心のお味ですが、まあまあと言ったところでしょうか。もう少し上述のスパイシーの部分が出れば良かったと思います。でも、秘伝のソースの甘みはうまく出ていたと思います。
 というか、まるかさん、ぜひ、ペヤングソースやきそばのあの乾燥麺をそのままスナックにして販売してもらえませんかね。あるいはクズを松田さんの方に譲ってベビースターとして販売してもらうとか。
 あっそうか。ペヤングの麺って、あの「ラメッツ」の味がするんだ!今わかった。私は駄菓子屋では、当時20円と高級だったベビースターは買えず、5円の「ラメッツ」ばかり食べていたからなあ…。
 「ラメッツ」は今はもうないのかなあ…。

追伸 明日発売の「ペヤング 麻婆やきそば」にも興味津々。お湯を全部捨て切らないという新しい発想ということです。

おやつカンパニー公式

まるか食品公式

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2011.06.11

「楽」とは…ピアノの発表会に思う

20110612_84654 楽のステージにはいろいろな種類があります。
 呼び方もいろいろありますね。演奏会、発表会、音楽会、コンクール、コンサート、ライヴ、リサイタル…。
 それぞれ演奏者自身の気持ちと、聴き手としてのお客様の気持ちと、そしてその気持ち相互の関係性が違います。一つ一つ説明するのもなんですから割愛しますが、まあそれぞれの良さと問題点があるのはたしかですね。
 それ以前に、いわゆる「ステージ」が設定されたのは、それほど古い話ではないんですよね。コンサート・ホールができて、「音楽」が商品として一般大衆に消費されるようになったのは、ここ300年くらいの話です。ヨーロッパでも日本でも。
 特にヨーロッパの「コンサート文化」は、大衆と言っても経済力のある(すなわち文化享受力のある)限られた上流階級、すなわち近代的大衆のためのものでした。
 現代においてはほとんどの大衆は上流階級ですから、たとえば今日の発表会のように、ふだんはフツーの生活をしている人たちが、プロが使うステージに上がって、プロと同じようにおめかしして、そしてプロが使うスタインウェイなんかを弾くことができるようになりました。
 それはある意味素晴らしいことです。もしかすると数十年前には考えられない状況とも言えましょう。ある種の夢の実現であり、ある種のハレの舞台の体験なのですから。
 私は今日生まれて初めてその「ハレの舞台」を経験しました。ピアノの発表会でピアノを弾くというのは、考えてみると初めてです。だいたい人前でピアノを弾くなんていうことも初めてです。
 もちろん私の長い長い音楽歴の中で、ヴァイオリンの発表会とか、お琴の発表会とか、そういうのは体験してきましたよ。でも、ピアノは初めて。ピアノという、幸か不幸か世界中で最も大衆化してしまった楽器の発表会は初めてです。
 私には私なりの音楽観、演奏者観というのがありまして(いつのまにか出来上がった)、どんなジャンルのどんなステージに上がる時も、私はそのスタンスだけは変えないでいるつもりです。今日ももちろんそういう姿勢で臨みました。
 というか、いちおう今日は「娘のピアノの発表会」だったんですよね。なのに自分の話かよ!?って感じでゴメンナサイ(笑)。
 実際のところ、娘の出番は2回だったのに、私とカミさんの出番は4回って(笑)。
 別に私たち夫婦も娘と一緒にピアノを習っているわけではないんですよ。そうじゃなくて、ピアノの先生が音楽仲間なので、ついついお互いに楽しんじゃおう的な空気が生まれ、いつのまにかそういうプログラムになってしまっているということです(苦笑)。
 でもですね、実は今日言いたいことの本質はそこにあるんですよ。ものすごく簡略化して超端的に言ってしまうと、「発表会」と「音楽会」の違いと言いますかね。
 やっぱり「音楽」って「楽」だったわけじゃないですか。上の画像にある「樂」の説文の字体はですね、これは今日も私たちがステージで使った「手鈴」の形を表しているものなのです。シャンシャンシャンと鳴らして、鳴らす人と聴く人の体感をシンクロさせて、歓びを共有するための道具なわけです。
 そういう本質的なことが実現しているステージっていったいどれくらいあるのでしょう。たとえば普通の「発表会」がそうだとは思えませんし、普通の「コンサート」の中にも、演奏者の独りよがり、自己満足というものもあるでしょうし、「ライヴ」の中にも、単にファンが生で憧れのミュージシャンを「観る」ためのものもあるでしょう(その価値も認めますが)。
P1000984 結局ですね、何を言いたいかと言いますと…今日の4時間に亘る「発表会」の中で、真に「楽」だったのは、私たち夫婦のステージだけだったのではないか、ということなのです!ウワーォ、言っちゃった、言っちゃった(笑)。皆さん、ここは呆れるところですよ!ww
 まったくこれこそ「自己満足」の最たるものだとお思いになるでしょう。し、しかし!事実として、この「発表会」の中で、舞台上の演者と客席の皆さまが歓びで一体となったのは、「秋田音頭」と「思秋期」だけだったのではないかと、そのように思うのです(ハハハ)。だって、盛り上がってたんだもん。
 で、そのステージには、私たちと今日の主催者たるピアノの先生とフルートの先生が乗っていたわけですよ。そこが、この片田舎の一「発表会」がタダモノではないことの証明です。
 一般にはピアノやフルートやヴァイオリンによる、「クラシックもどき」に終始することが多かろう「発表会」において、堂々と「民謡」と「歌謡曲」が主役となってしまう、このある種の価値逆転現象こそ素晴らしいと、ワタクシ(たち)は強く強く思うのです。どうでしょう。
 自分たちが「楽」しんでいる様子を、とにかく観て聴いていただく。そして、みんながハッピーな気持ちになる。これが「音楽会」のあるべき姿なのではないかと。
 この2曲とも、私は楽譜なしで演奏しました。即興です。「発表会」においては、そういうことも破格でしょう。それもまた生きた音楽の「楽しさ」だと思うんですよね。音楽には楽譜をなぞるのとは違う「楽しみ」もあるのですよ。
 ちなみに今日のピアノの先生や、その先生と共演したお弟子さんは、私にこちらの記事(ヤマハのシステム発表会についての考察)で酷評されてしまったヤマハの先生でもあるのでありました。お二人はそんな私の毒舌記事に素直にコメントをくださりました。そして、こういう「音楽会」を作り上げて下さいました。もちろん私の毒舌以前からそういう問題意識をお持ちになっていたことと思いますが、私もあえてああして語ってよかったなと改めて感じました。ありがとうございました。
 まさに音楽と言葉がつなぐご縁ということで、めでたしめでたし(笑)。ああ楽しかった。
 
音源(mp3)を置いておきます。細かいミスなどは気にしないよう聴きましょう(笑)。

秋田音頭
思秋期

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2011.06.10

飯伏幸太 ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア初優勝!

Photo やあ、感動した〜。感動しすぎて古傷の肩が外れた(痛)。
 肩が外れるほど興奮したんですよ。プロレスをご存知ない方にはなんのことか分からないと思いますが、とにかくワタクシご贔屓の飯伏幸太選手が新日本プロレスの「BEST OF THE SUPER Jr. XVIII ~Bring it on!~」で優勝したんです。
 準決勝でデイビー・リチャーズ選手を激闘の末破り、決勝では昨年優勝のプリンス・デヴィット選手を破った田口隆祐選手と対戦。これまたとんでもない内容の攻防の末、見事勝利し念願の優勝を果たしました。
 そう、昨年のこの大会では、飯伏選手は決勝に進出したものの、プリンス・デヴィット選手との戦いの中で肩を脱臼し、惜しくも敗れてしまっていたのです。この試合です。

 今年は飯伏選手の肩は外れず、私の肩が外れかかりました(笑)。いやあ、それほど強烈なガッツポーズをしてしまったのですよ。
 今日の後楽園ホール大会はサムライTVで生中継がありまして、それを観ながら私も大興奮していたというわけです。う〜む、金曜のゴールデンタイムにこうしてプロレスを生でテレビ観戦するって、なんかいいなあ!再び地上波でこういう興奮を味わえる日が来てほしい!みんなに観てもらいたい!
 彼は理屈抜きの天才児。プロレス界の宝、そしてバカボン的世界の宝です。何度か話をしましたが(たとえばこちらで)、本当に真っ直ぐで純粋、プロレスバカの少年がそのまま大人になったという感じでした。なんとも言えない魅力のある好青年です。
 彼の動きと心の表現は、すでに芸術の域に達していると思います。高校時代、初代タイガーマスクを観た時と同じ衝撃ですね。
 プロレスは幅が広く、ある意味なんでもありですから、正統的伝統的なプロレスリングとともに、彼のような現代的なプロレスも大好きなんです。ファンタジックな物語なんですよ。
 彼は「プロレスごっこ」という言葉をよく使います。一般には「プロレスごっこ」とはマイナスのイメージで使われる言葉でしょう。特に業界においては、ダメダメな学芸会プロレスのことをそう呼ぶこともあります。
 しかし、彼の「プロレスごっこ」の意味は違います。実際、こうして超メジャー団体の伝統ある大会、それも今年のように超強力なメンバーが18人も参加した大会で優勝するのですから当然です。誰もが認める「プロレスごっこ」です。
 そう、それはまさに「少年の夢」なんです。私も少年時代自分で強力な技を考案したり、布団相手にそれを試してみたり、いろいろやってました。私の場合はフツーの大人になってしまったので、それを今実現しようなんて思いません。しかし、飯伏くんは違う。夢をどんどん実現していくんです。当たり前のように。
 ですから、今回の大会でも、たとえば少年時代憧れたサスケ選手やライガー選手の技を使ったりするわけです。子どもの頃憧れて友だちにしかけていた(笑)技を、本人に浴びせていくわけですから、それこそ夢実現ですよね。
 実際、ザ・グレート・サスケ選手との対戦では、もう試合開始前から泣いてましたからね。そういう「人生の大河ドラマ」を見せるのがプロレスです。10年20年単位でのドラマを表現できる、人生の機微や明暗や抒情や思い入れを表現できるのがプロレスの一つの魅力なんです。それはもう単なるスポーツや芸能の域を超えています。私はそういう世界が大好きなんです。
 それにしても、文化系プロレスを標榜していたインディー団体であるDDTプロレスリングから、メジャー団体のメジャー大会優勝者が出るなんて…。それ自体がプロレス的世界観ですね。高木大社長というのは本当にすごい人です。
 飯伏選手、8日後にはデヴィットの持つIWGPジュニアのベルトに挑戦します。ここでもまた奇跡を起こしてもらいたいですね。昨年のリベンジができるか!?そしてチャンピオンになれるか!?「プロレスごっこ」の夢がまた一つ実現するのか!?
 ちなみにですね、私の肩ですが、なんとか原状復帰したようです。しかし痛い。この右肩ですけど、実は今から20年くらい前に脱臼したんです。それが今回再発したのですが…。
 その20年前、なんで私の右肩が脱臼したかと言いますと、もう先生になってた頃なんですけどね、ある夜、全日本プロレスの中継を観てまして、そう「ジャンボ鶴田 vs 三沢光晴」という試合をやっていたんです。それでですね、興奮しすぎまして、三沢選手と一緒にコーナートップから(押し入れの上段から)ダイビング・エルボーを放ったんですね。それで、肘から畳に落下して肩が外れたと(笑)。
 それでも痛みに耐えながら、そして泣きながら試合を最後まで見届けました。そして痛みに一睡もせず朝を迎え、接骨院に向かったのでした。
 そう、私も「プロレスごっこ」のスピリットを持っていたわけです。それですよ。男の夢ですよ。闘魂ですよ。たぶんこの試合だと思います。お二人ともこの世にいませんが、こうして男の心の中に、人生の中に、そしてこの肩の痛みの中に、彼らの魂は生きているわけです。


 


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2011.06.09

AKB総選挙に思う

Photo_2 AKB48 22ndシングル 選抜総選挙『今年もガチです』…まったく、こんなご時世にこちらの「総選挙」の方が盛り上がるのだから、不思議な国です、日本は。
 いや、それがいけないと言っているのではありません。私の彼女たちに対する考え方は、今年の初めに書いた『1ミリ先の未来~ドキュメントAKB48~』という記事をご覧下さい。
 ああした大災害が起きたあとでも、私の考え方は変わっていません。それどころか、ある意味ではより彼女たちの役割を重く見るようになったと言ってもいいかもしれません。
 彼女たち自身や今回の「総選挙」が、このブログで書いてきた神道的な意味における「芸能」の価値を体現していると言えるからです。
 本来ならそうした「まつりごと」は政治の役割の一つでした。しかし、今や男による政治があんな具合になってしまっていますから、たとえ半分はフィクションであっても「女」による「ガチ」な闘いの方に興味が行ってしまうのは致し方ないことかもしれません。
 肚をくくって、筋を通し、かつ自分が属する集団への愛情も忘れず、またライバルへの敬意も忘れないあの姿には、それが芝居であっても、いや芝居だからこそでしょうか、私たちは感情移入することができるわけです。
 今の男の政治に感情移入できますか?
 男の闘いということで言えば、総選挙の速報を気にしながら観たサムライTVの「ザ・グレート・サスケ vs 飯伏幸太」は素晴らしかった。まさに感情移入できる闘いでした。飯伏選手、憧れのサスケ選手と戦うということで、試合が始まる前から泣いていました。あれは男のガチの涙です。そして勝ってまた泣いた。
 そういうまさにサムライの涙というものが、男のリアル政治家にあるんでしょうか。私には女であるはずのAKBたちにこそ、そんな涙を見たような気がしました。男として残念でなりません。
 それこそ、こんな馬鹿げたことを言っている大人の男(私)に対して呆れる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は真剣なんです。
 おととい、中学総体のバスケットボールの会場長をおおせつかり、開会の挨拶をしました。東北で大好きなスポーツをやりたくてもできない仲間がいることに思いを馳せるように話をしたつもりです。
 その意味が中学生に伝わったかどうかは分かりませんが、しかし、スポーツ、特に子どもたちによる真剣で純粋な闘いには、ある種の「力」があると信じて語らせていただきました。
 リアルな政治にも、こうした芸能や音楽やスポーツのように、世の中に大きなうねりを作り出すダイナミズムというか生命力のようなモノがほしいんですよね。そこに必要なのは、もちろん保身でも利権でもなく、純粋なる「志」です。それを自らが演出して発信し伝染させていかないと、国は動きません。そういう器の政治家っているんでしょうか。
10_2_3 そのあたりを当然意識しての今回の「総選挙」だったと思います。秋元康という天才プロデューサーは、私たちのように政治に呆れてしまうのではなく、違った方向から強烈な批判と揶揄をしたとも考えられます。真っ正面からではいけれども、一つのダイナミズムを作り出すきっかけを投下したのかもしれません。
 実際、どこまでがガチでどこまでヤラセか分かりませんが、芸能にはそんなつまらん二元論は無用ですね。
 現実的には、『TOP10は神7+柏木で残る枠を指原・宮澤・R・高城が争う構図だろう』という大方の予想に反して、昨年4位だった板野友美が8位にダウンして「神7」の一角が崩れ、その代わりに昨年8位だった柏木由紀が3位に浮上、指原莉乃が昨年19位から9位に躍進して、「世代交代」を印象づけるなど、お見事な「想定外」な結果となりました。
 もちろん、前田敦子と大島優子による1位2位争いの行方にも関心が集中し、いわゆる「政権交代」的な結果にも心動かされました。
 40位に入るかどうかや、中堅どころのアップダウンも含めて、全体として非常に大きなうねりを作ることに成功していましたね。秋元康おそるべしです。
 それがまた、法隆寺夢殿や富士山をイメージして建てられ、多くの「スポーツ」と「芸能」(たとえばプロレス興行やコンサート)という「まつりごと」の場となった日本武道館で行われていることの意味は実に大きいと思います(ま、そんなこと思うの私だけかもしれませんが)。
 いずれにしても初回には6万だった投票数が、3回目の今回は108万になったというだけでも、実に強力なダイナミズムを感じます。それも男女比に大きな偏りがない。つまり、若い世代の日本人は、あの八百万的な女神たちに「何か」を感じ「何か」を期待しているのでしょう。
 こうした本来の「祭」的なエネルギーこそ、こういう時代に、そして政治の世界に必要なのかもしれないなあなどと思いながら、前田、大島両名の、そして飯伏とサスケの涙を見ていたのでありました。


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2011.06.08

原発という麻薬

20110609_65903 「んぱつ あっかんべー!!」女川に立つ看板です。「止めよう原発!子どもたちの未来のために」…こういう当たり前な発想や意見が、なぜこの村では通用しなかったのか。女川だけでなく全国の小さな漁村が「原発村」に変わることを決意し、実際にそうなってしまったのはなぜか。
 そして、その「原発村」が実際に動き出し、実際に危険と隣り合わせになったにもかかわらず、その「危険」を意識しないかのように、1号機、2号機、3号機…とどんどんと「危険」が増殖していったのはなぜなのでしょうか。
 私たちのほとんど、すなわち「原発村」以外の住人は、福島第一原発の事故があって初めて声高に「原発反対」を叫び始めました。それ自体はたしかに私たちの当然の権利であり、正しい行動だと思いますが、しかし、こうしたコトが起こる以前にそうした発想というか感覚というものが停止してしまっていたのはたしかです。
 ある意味自分には関係ない。危険は自分には及ばないだろうし、結果としての「電力」を今までどおり、あるいは今まで以上に享受できればいいという程度の「無意識」しかなかったと思います。少なくとも私はそうでした。
 そうした日常の裏側で原発村では実はずっと「非日常」が日常化していたのです。
 その構造はまさに「麻薬」。危険だと分かっていたのだが、ある悩みから解放されたくてついつい手を出してしまった。そして、始めたら止まらない。後戻りできない。薬が切れると焦燥する。薬が切れることを恐怖する。そして次第に依存が深まり、薬の量が増えてくる。
 そうした構造を食い物にして稼ぎ続けていた、いわば暴力団のような存在が、政官財各界にたくさんいたわけです。おそろしいことですね。そしてこの期に及んでなお彼らは自らの延命を図っています。大連立なんていうのもそのための大義名分にすぎません。
 そのような「原子村」の現実を知るのに最適な文章がネット上に公開されましたので、今日はそれを読んでいただこうと思います。
 これはニューヨーク・タイムズの記事です。こうした内容が国内のメディアではなく海外のメディアから発信されるというのもまたなんとも皮肉なことですね。
 ではじっくりお読みください。

原発依存を助長する日本の文化


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2011.06.07

またまた楽器が生み出すご縁

20110607_16_28_02 たまた不思議な出会いがありました。偶然にしてもあまりにピンポイントすぎる…。
 我が中学の弦楽合奏部も創立1年が経ち、部員もずいぶん増えて活況を呈してきました。技術的には、全員が初心者でありながら、まあなんとかパッヘルベルのカノンを全曲通して演奏できるようになりました。
 しかし、なにしろ私が全くの自己流でここまでやってきた人間ですし、本業(?)は古楽器だものですから、いわゆるモダン楽器をちゃんと指導できるわけではありません。
 そんな危険な状況(笑)を察してくださったのか、理事長先生が優秀なトレーナーを雇ってくれました。その方と今日初めてお会いしたのですが、またまた不思議な接点にビックリ!
 モダン・ヴァイオリンの世界には無数のプロ奏者がいらっしゃり、しかしそちらとはほとんど接点のないワタクシのことですから、いくらなんでもつながりはないだろうと思っていましたら、なななんと…。
 まあずいぶんと間接的と言えば間接的ではありますけれども、いや、逆にレアすぎるかもしれない。
 その方ご自身とは全く関係はありませんでした。しかし、その方のお母様が古楽界では知る人ぞ知る方だったのです。私は直接はお会いしたことはありませんが、その存在は知っておりましたし、私の古楽界の先生方や仲間の皆さんが、なんだかんだお世話になっていらっしゃる方でした。もうビックリ…。
 具体的に言うとバッハ・コレギウム・ジャパン関係であります。いくら音楽界、特に古楽界が狭いとはいえ、よりによってなんでこんな片田舎のマイナーなところに、その方の娘さんがいらっしゃることになるのか。もちろん人選に私は全く関わっていませんでした。
 で、今日はその方と、その方を間接的に導いてしまった方お二人、計3人のプロの方がおいでになりました。お二人というのは、昨年本校でコンサートをしてくださったこのお二人。彼はたまたまNYから帰国中で、彼女がこちらに来るという情報を聞きつけて、とっても忙しい中わざわざ生徒たちに会いに来てくれました。
 結局、そのプロ3人と私、そして生徒たちとの大合奏タイムとなり、またいろいろと初めての組み合わせでのプチ演奏会となったりして、とっても楽しい時間を過ごさせていただきました。
 これはまさに私が生徒たちに伝えたいことそのものです。音楽が生み出すご縁、そして楽器ができると初対面でもこうして音楽で会話できてしまうこと。なんともありがたい、なにものにも替えがたい生の教材ですね。
 学校でひとしきり音楽を楽しんだあと、今度は地元の音楽仲間のお宅へ。あのクリストフォリがあるお宅です。しかし!今日はクリストフォリもバロック・ヴァイオリンも弾きませんでした。
 そう!大切なことを忘れてました!今週の土曜日、ピアノの発表会なんですよ。娘の。
 娘の…と書きましたが、私の出番もいくつかあるのでした。ええと、まず娘と連弾。私ピアノの発表会って初めての経験です。46歳にしてデビュー(笑)。全然練習してなかった。もうこうなったら、演奏より解釈で勝負だとばかり、とっても大げさな演奏をしてごまかします(娘は恥ずかしがっているが)。
20110607_20_55_47 それから、ええとええと、秋田音頭…ええっ?「秋田音頭」ですか?いきなりすぎる。それも三味線担当だそうです(笑)。民謡の三味線なんかできるわけないっす。というわけでこちらも得意のごまかしで勝負することにしました。
 それから…「思秋期」。これはええっとと…ヴィオラですか?それも楽譜はないのでアドリブで。伴奏にはフルートとヴァイオリンとチェロの楽譜があるようなので、その間を地味に埋めましょう。まあ、当日1回リハすればなんとかなるか…。
 いずれにしても結構ピンチですよね。いくら百戦錬磨とはいえ、どちらかというとアウェーなジャンルばかり。さすがにヤバいかな。
 とりあえず当日初めてお会いする方もいらっしゃいますので、まずは互いに探り合わねば。ま、いずれにせよ、こうして音楽と楽器がどんどん新しいご縁を生んで行くわけですね。翌々週にはななななんとチャイコフスキーのピアノ・コンチェルトのヴィオラも弾くことに!うわっ!フラットが五つも付いている…ヤバい(笑)。

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2011.06.06

そして郵便ポストが残った…

20110607_6_50_50 日は実姉のことを書きましたが、今日は義兄のことを少し。
 今日義兄(姉のダンナ)から小包が届きました。開けてみるとオモチャ(にしてはよく出来ている)のミニミニテニスラケット、「こち亀」「ヒカルの碁」「デトロイト・メタル・シティ」、謎のブレスレットやステッカー、そしてデジタル・フォト・フレームが。
 そう、義兄は時々、こうして謎な組み合わせのグッズを送ってくれるのです。これはいったいどこで手に入れたのだろう、誰にあてたのだろう、どう使えばいいのだろう…というものを突然送ってくるのです。
 こちらとしては福袋を開けるような楽しみがあるので実にありがたいのですが、ホント想定外のモノばかり送ってきてくれるので、子どもたちなんかは毎度「フシ〜ギな」気持ちになっているようです。今日もお礼の電話で何と言っていいのか分からず困惑しておりました(笑)。
 という大変面白い兄であります。風貌も行動も思考もちょっと普通ではないところがあって、私たち弟夫婦はいつも非常に興味深くおつきあいさせていただいています。
 姉は多少苦労しているようです。昨日姉は「バンプの藤くんとだったら結婚してもいい!」などとたわけたことを言っていましたが、はっきり申して義兄は藤くんとは(風貌・行動・思考全てが)まさに正反対なタイプです。繊細な哲学者というよりは、野性の熊と言ったところ(笑)。
 そんな義兄、故郷は仙台ということで、今回の震災では親戚の方々も被災されました。そして、日々報道される被災地の様子を見るにつけ、ふつふつと野性の本能が燃え上がってきたのでしょう、何度か東北地方にボランティアに出かけていきました。
 そういう意味では、いち早く「歌」という形で被災地へメッセージを送った藤原くんと似ているのかもしれませんね。表現は違えども「行動力」は同じかもしれません(姉は認めないかもしれませんが)。
 兄は根っからのアウトドア派です。若い時からずっとオフロード・バイクに乗ってきました。そんな中であの山梨出身の冒険家風間深志さんと知り合い、お互い野生児どうしということもあってか、非常に仲良くなり何かというと一緒に活動してきました。
 今回のボランティアも風間さんを中心としたオフロード・バイク仲間たちによって、普段から鍛えているオフロード・テクニックやアウトドア生活術を被災地で活かそうという目的で行われたようです。
 たしかに被災地は突然オフロードになり、被災者はアウトドアな生活を余儀なくされたわけですからね。これぞ本当の「ボランティア」かもしれません。技術の無償提供ですから。
 実際、車では行けないところへ資材を運んだり、瓦礫を使って椅子や机などを作ったり、かなり現地の方々にも感謝されたようです。私にはできない技ですね。かっこいい。
 さて、そんな兄が現地南三陸町で写真をたくさん撮影してきました。そのデータが小包の中に入っておりました。デジタル・フォト・フレームが入っていたのは、その写真をこれで見ろ!ということなのでしょうか(苦笑)。
 家族でその写真を見ました。テレビやネットで見た光景とはまた違った現実が広がっていました。ある程度覚悟して見たつもりですが、やはり大きな衝撃を受けました。それを全て紹介することはできませんが、特に印象に残った1枚をご覧いただきます。

Dsc02935

 被災地では約3分の2の郵便ポストが津波に流されてしまったとのことです。それを郵便局員が探し出して、中から手紙を回収し届けているというニュースを見たことがあります。
 周囲の建物は全て押し流されてしまいましたが、このポストは津波のすさまじい圧力に耐え、なんとか踏ん張りました。
 中には震災前の日常の思いが詰まっていたのでしょうね。その手紙を出した方はご無事だったのでしょうか。そして、その宛先になっている街は…。


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2011.06.05

BUMP OF CHICKEN  『Smile』

Smiledvd ったく意外なところからバンプの「Smile」について記事を書いてくれと頼まれました。
 私もこの曲を聴いて思うところがありましたが、どうもここ数ヶ月、つまり震災があってからのち、「歌」についてそれまでのように軽々と口にできなくなっており、その思いも置いてけぼりになっていました。
 それまでの流れですと、フジファブリックや志村くんのこと、レミオロメンのこと、そしてバンプのこと、あるいは心にとまったメレンゲの「アポリア」のことなど、いろいろ書くべきだったのでしょうが、なかなかそういう気分になれないでいました。
 中にはそういう記事を期待している読者の方もいらっしゃると思いますが、本当にすみません。
 ただ今日はあまりに特別な人から「書いて!」と頼まれたので、今までのいろいろな思いも含めて書くことといたしました。
 そのあまりに特別な人とは…姉貴です(笑)。
 そう、私には姉が一人います。私より四つ上ですから、もう半世紀も生きている女です。その姉からこんなお願いをされるなんて、この前会った時、つまり今年の正月には全く予想していませんでした。
 姉は、ある意味私よりもマニアックで妙な人生を歩んでいる人間であり、音楽の遍歴もまあ渾沌としております。しかし、考えてみると、私が音楽、すなわちビートルズに出会ったのも姉のおかげですし、その後、寺山修司に出会ったり、小津安二郎に出会ったりしたのも、まあ姉の影響が大なのであります。
 そんな彼女が、まさか今 BUMP OF CHICKEN にはまっているとは…夢にも想いませんでした。
 先方もそれは同様で、まさか私がこのブログでバンプについてけっこう語っているということも、ライヴに行っているということも、あるいは藤原基央くんとある人を通じて微妙に近い関係にあるということも、全く想定外であったようでした。
 それで電話口で互いに大変な興奮のしようでありまして、まあいい歳したオジサンとオバサンが「永遠の中二病」(もちろん褒め言葉ですよ)に浮かされている異様な光景が出現したのでありました。というか、姉弟でここまで真剣に話したのは何十年ぶりかも(笑)。
 というわけで、まずは実際にこの曲を聴いてみましょう。あえて歌詞が確認できる動画を貼ります。井上雅彦さんとのコラボですね。震災のチャリティーという形をとっています。


Smile BUMP OF CHICKEN×井上雄彦 投稿者 plutoatom

 あえて今回は語らないことにします。特にこの曲や詩については、私は語るべきではありません。代わりに私自身の気持ちを書かせていただきます。おそらくこの裏返しが藤原くんの、井上さんの、そしてメンバーの、プロとしての気持ちだと想像するからです。
 震災の日から、私なりに「歌」の意味を考える時間が多くなりました。それまでの私は、音楽や文学を、単なる楽しみとして享受し、そして発信してきました。いわば趣味の領域の中でそれらとつきあってきたのです。
 しかし、あのような大惨事が発生し、自分がやってきたそれらの価値や力といったものについて考えざるをえない状況に追い込まれ、あるいは自分自身の音楽や言葉にはたして魂や志といったものがあったのか、そして今もあるのか、誰からともなく責められているような気持ちになりました。
 そのような懊悩の中で、出演予定のコンサートもいくつかキャンセルしました。また四半世紀運営に携わってきた夏の古楽祭も中止を決定しました。また夏に発刊予定の合同歌集に載せる短歌やエッセイについても、改作や新作を余儀なくされてきました。
 歌集と言えば、その中に志村くんへの追悼の歌を入れるべきかいなかも迷いました。私なりに人の生と死について考える中での迷いです。
 しかし、他の歌人の皆さんの御理解と後押しで、それも結果的に入れることにいたしました。こんな時だからこそ、こんな私でも、いろいろな人に支えられ、励まされ、勇気づけられて前進することができています。
 「歌」…歌には本来、言葉と旋律とリズムがあります。そのいずれもが、単なる「遊び(すさび)」ではなく、命の「うつし(映し・移し)」であることを、それこそ歌歴ウン十年のオジサンが、ようやく気づかされたのであります。
 藤原くんの紡いだ「歌」はまさに命のうつしでありました。

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2011.06.04

満員御礼!バッハとヘンデルとポケモンと…

Chirashi1 来場くださった皆さんありがとうございました。おかげさまで大盛況の中、無事終了することができました。
 今回も超豪華なプログラムでしたね。私たち演奏する方といたしましても、このような大曲、名曲を一度に演奏する機会というのはなかなかありません。ありがたいことです。私たちのようなアマチュアにおつきあいくださるプロの演奏家の皆さんには、心から感謝と敬意を申し上げます。
 今回は私は久々にヴァイオリンがメインということで、いつもと違った緊張感がありました。いえいえ、ヴィオラだと気が楽ということではありませんよ(笑)。役割が全く違うのです。今回は、1stヴァイオリン、2ndヴァイオリン、そしてヴィオラと、三つの役割を演じ分けなければならないわけですから、けっこう大変と言えば大変でした。ま、それが面白くもあるんですが。
385_2 いずれにせよ、バッハやヘンデルといった大家の作品は、どのパートを弾いてもやり甲斐があり、発見も多いわけです。アマチュアとしてこのような体験ができること、本当に幸せに思います。
 コンサートの詳細は早くも公式サイトに写真入りでアップされていますのでご覧下さい。こちらです。
 そんな音楽の面白さ、ヴァイオリンの楽しさ、そして人の縁の素晴らしさを体験してもらおうと企画しているのが我が中学校の横浜遠足&芸術鑑賞です。なんて言えばかっこいいですけど、実際のところは…教頭先生の趣味におつきあいくださった生徒、保護者の皆さん、ありがとうございました(笑)。まあ、天気も良かったし、開港祭も開催中でそれなりに楽しかったのではなないでしょうか。
 ええと…またワタクシの変な趣味の話で申し訳ないのですが…今日、自らのコンサート以外にも感動したライヴがありました。まったく想定外だったんですけどね。
 というのは、リハーサルが終わってお昼の時間にですね、生徒たちがいないかなと思って会場近くのお祭会場の方に行ってみたんです。そうしたら近くから聴いたことのある「歌」が聞こえてくるではないですか!?
20110604_12_51_57 むむ、この声は…もしかして!?松本梨香さん!?
 皆さん、ご存知ですか?マニアな人は知っているでしょう。神です(笑)。
 そう、あのポケモンの主役たるサトシの声を演っている声優さんです。声優界の重鎮ですね。そして、彼女は歌もめっちゃうまい。
 そう、そんな彼女の声がすぐそこに聞こえるんです。歌はポケモンのオープニング・メドレーだ!それもこれは録音ではなく生声です。私はすぐに走っていきました。
 うわっ!ホンモノだ!姐御がいる!そっかあ、そういえば松本さん横浜出身で横浜ベイスターズの大ファンだったっけ。彼女が始球式をした年にベイスターズは38年ぶりに優勝しました(ちなみに私も隠れベイスターズファンです)。
 めっちゃうまい…生で聴いちゃった。ラッキーです。さっそくポケマニアの娘と松本さんを心から尊敬しているカミさんに自慢メールを送っちゃいました(笑)。
 というわけで、まさに「古今東西・硬軟聖俗なんでもござれ」の音楽三昧の一日でした。ああ、音楽っていいなあ。そして、皆さんありがとう。一人ではこんな幸せは味わえませんから。

アンサンブル山手バロッコ公式

松本梨香公式


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2011.06.03

一定の…

↓「一定の」友愛?w
20110319101218a13 団四季の素晴らしいモノガタリに感動している間に、すぐ近くのバカ田大学…いやいや国会議事堂の方ではとんでもない「茶番」が行われていました。
 いやいやいやいや、そんなこと言ったら本来の「茶番狂言」に申し訳ない。
 「茶番狂言」とは、本来歌舞伎の楽屋で行われた即興寸劇のことであり、つまりはプロ中のプロのための慰労のモノガタリであったわけで、ある意味非常に高度なものだったのです。
 それに比べてこの民主党の子どもだましは何なんでしょうねえ。呆れてモノも言えません。被災地の皆さんのことを思うと呆れるより暗澹とした気持ちになります。
 ところで、菅首相の言った「わたしがやるべき一定の役割が果たせた段階で、若い世代の皆さんにいろいろな責任を引き継いでいただきたい」にも出てきた「一定の」って、実にいやな日本語になってしまいましたね。
 これについても本来の意味を確認しておきましょう。
 「一定」…もともとは「いちぢょう」と読んでいました。意味は「物事が確かに一つに定まること。確定すること。確実。また、はっきりした事実」。基本的に名詞やそこから派生した形容動詞、サ変動詞、そして「間違いなく」という意味の副詞の用法しかありませんでした。つまり「一定の」という使い方はしていなかったようです。
 「いってい」と読むようになったのは江戸の末期以降だと思われます。明治になると、ほとんどが「いってい」と読むようになっています。
 そして「一定の」という用法も見られるようになります。しかし、その意味は本来の「一つに定まる」の意味を引き継いでいます。たとえば夏目漱石の「道草」には「みんな一定の目的を有ってゐるらしかった」という表現がありますが、これは「みんな確実に定まった目的を持っているようだった」という意味です。
 それから「熱総量一定の法則」とか、「○○一定の法則」というのがありますよね。これももちろん「一つに定まる」という意味です。当然ですね。
 しかし、菅さんの言った「一定の」の意味はどうも違うような気がしませんか。どう考えても「一つに定まった」「確実な」という意味ではありませんよね。逆に不確実性すら感じさせます。
 そう、この「一定の」は最も新しい意味、「十分とは言えないが、ある範囲は満たされていること」なのです。
 この意味の「一定の」がいつから用いられるようになったか、あるいは誰がどういう状況で使い始めたかというのはよく分かりません。研究すればそれなりの論文が書けるでしょうし、辞書に採用されることでしょう。誰か調べてくれませんかね。
 本来の意味とは正反対の意味に使われるようになったのは、これは私の考えですけれど、たぶん「一」に「ある…」という意味があるからではないでしょうか。「ある…」というのは、それこそ英語の「one day」の「one」のような、「或る」という方の「ある」です。
 この用法は漢文の(中国語の)影響を受けています。たとえば古くは「一旦」と言えば「ある朝」という意味でした(「旦」は地平線から日が昇る様子です。「元旦」は最初の日の出ですね)。
 そこから発想して、明治以降、いろいろな名詞に「一」をつけて不特定な何か、不確実な何かを表すことが多くなってきます。たとえば「一家族」とか「一教育者」とか。
 そして、その影響でしょうかね、「一定」までが不確実になってしまったと。
 「十分とは言えないが、ある範囲は満たされている」の意味で使われるであろう「一定の」をニュースの中から探してみました。そしたら、出てくる出てくる。

 「一定のメド」
 「一定の目途(もくと)」
 「一定の結論」
 「一定の役割」
 「一定の前進」
 「一定の評価」
 「一定の支持」
 「一定の成果」
 「一定の税収」
 「一定の理解」
 「一定の効果」

 どうですか。これら全て「ある程度の」という意味で使われていますね。しかし、それぞれ本来は「確実な、一つに定まった」であるべきものばかり。全く、政治家や御用学者の発言はいいかげんです。
 その中で、ちょっとぞっとしたのは、ある学者さんの「一定の被曝をした可能性がある」という発言です。これもどうも「ある程度の」という意味で使っているようです。こんな命に関わることにまで「ごまかし」の言葉が使われていることに、まさに暗澹たる気持ちになってしまいました。
 それぞれ、本来の意味の「一定」に戻る日が来ることを心から祈ります。しかし、言葉の変化には不可逆性があるんですよね。心を入れ替えた人間が、この言葉を使わず他の言葉で表現するしかないのかもしれません。
 今の政治家が使う「一定の」を平安時代の役人が聞いたらどう思うんでしょうか。「一定」さんもいい迷惑ですね。

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2011.06.02

劇団四季 『ユタと不思議な仲間たち』

20110603_61337 学の芸術鑑賞で四季劇場へ。私にとっては十数年ぶりの「ユタ」。一度目の時とは全く違う感動を得ることができました。うむ、体験は体験を豊かにするのだな。
 まずは脚本。最初のユタ体験ののち、東京で育ったもやしっ子の私は東北の女と結婚し、まさにユタ的な体験を数々いたしました。いやもちろんいじめられたわけではありませんが、あの言葉や生活文化にさらされては、孤独にならないわけにはいきません。ユタの気持ちはよ〜く分かります。
 そして、その後カミさんを通じて多くの東北の歴史や文化や言語を学び、ある意味では地元の方の気づかない東北の魅力を感じ取り、発信してきました。
 ユタ(勇太)もそうなんですよね。彼自身も東北(田舎)の良さ、生命の素晴らしさ、仲間の大切さ、そして「見えないモノ」としての「座敷童」の存在に気づくわけですが、それと同時に地元の人たちもそれに気づかされていく。ふむふむ、まさに私はユタであったのだ!(笑)
 いや、冗談でなくものすごく共感してしまいました。そしてそういう異文化交流ってお互いのために重要だなと再確認。
 「文化」の象徴は「言語」だというのも体験的に納得させられました。最後ユタは「んだ」など東北弁を話すようになっていましたからね。それもよ〜く分かります。
 東北が持つ「モノ」文化については、何度も書いてきましたね。それを東北側から都会(東京→世界)に発信したのが、たとえば寺山修司であり、土方巽であったと思います。逆に都会側から東北の「モノ」文化にアプローチしたのが、たとえば白井晟一。このブログでも彼らを何度か取り上げてきました(たとえばこちら)。
 それから今回の観賞のテーマとして「音楽」というのも大きな要素でした。初回ではほとんど意識していなかったのですが。
 作曲は三木たかし先生、作詞は岩谷時子先生、編曲は宮川彬良先生。
 いやあ、すごすぎました。特に三木先生。東北を舞台とした純日本的な脚本、それも東北弁の歌詞に、あれらの楽曲を乗せるとは…もうその時点で天才だと感じました。
 これも体験が体験を豊かにする例ですね。カミさんと結婚してから、私は歌謡曲に興味を持ち、ともに歌謡曲バンドを結成して、たとえば「三木たかし特集」なんかを演奏してきました。
 すなわち70年代洋楽のエッセンスがたっぷりだったんですよね。ロック、ポップス、ジャズ、フュージョン。いかに三木先生がそれらをよく勉強されていたかが分かりました。
 そこに民謡、演歌などの要素も加わり、さながら音楽の国際見本市状態。そしてそれが全く違和感なく楽しめる。ジャンルを超えたレベルの高い楽曲の数々に驚きを隠せませんでした。もちろん、宮川先生の編曲の妙もありますよ。
 全体としてはマルチインターナショナルな昭和歌謡の歴史を俯瞰したような感じでしたね。三木先生のあの名曲たちの顔もチラチラと(たとえば「夜桜お七」なんか結構露骨に顔を出していましたね)。
 なんか順番が逆になってしまいましたけれど、もちろん役者陣の見事な歌と踊りとセリフ回し、浅利慶太さんの演出、見事な舞台装置にも感動しましたよ。プロ中のブロの仕事を生で体験する喜びです。
 安定したベテラン陣に囲まれて、ユタ役の上川一哉さんの演技の誠実さが際立っていましたね。彼にはまだまだ伸びしろがあるなと感じました。それはある意味誠実純粋すぎるところがあるということでもあります。今後にさらに期待しましょう。
 生徒たちもそれなりに感じるところが多くあったのではないでしょうか。内容的にもいろいろな意味でタイムリーであったと思いますし、なにしろ世界レベルの最高の総合芸術に生で触れることの教育的価値、いやいやそんな教育とかじゃなくて、体験としての価値は何ものにも代え難いと思います。
 彼らもまたより多くの体験を積んで、十年後二十年後にこの作品を観てほしいですね。
 体験は体験を豊かにする。

劇団四季公式


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2011.06.01

RADSticker (放射線測定ステッカー)

Radsticker 震もなかなか収束しませんが、福島第一原発の事故はそれ以上に収束しません。
 もちろん地震という現象自体は地球が存在する限り永遠になくならないものですが、このたびの大震災を引き起こした一連の地震活動は間違いなく収束に向かっていきます。それは地震が比較的単純な物理現象だからです。
 しかし、原子炉内で起きていることは、私たちの日常では存在しない核分裂反応です。核分裂反応は連鎖性が強く、一度反応が始まるとなかなか止められないという特性があります。
 仮に同様の連鎖性が地震にもあったとしましょう。一つ大きな地震が発生すると、次々と世界中で大きな地震が連鎖的連続的に起き、全ての物理的なストレスが解消されるまで止まらなくなるということになります。
 そう想像すると、実際の地震がいかに私たちにとって日常的なのかが分かります。そして、そのおかげである種の安心すら得ることができるのです。
 しかし、原発の事故の行方に関しては、そう簡単に楽観視できません。もともと止めにくいものなのに、そのギリギリの線で止められるように設計してあった構造物や装置が軒並みぶっ壊れているから大変です。
 もうこれは人間の手では収束させられないと言った方が正しいかもしれません。何百年、いや何万年もかけて自然収束するのを待つしかない、いや待っているだけだと私たち生物は死滅してしまうかもしれませんから、それを石棺なり地中に埋めるなりして、「臭いものにフタ」をする必要があるでしょう。
 その「臭いものにフタ」をする作業をするための作業に追われているのが現状ではないでしょうか。本当に作業員の方々にはなんと申して良いのか…。
 原発事故の収束に関しては楽観的になれない私ですが、一方で放射線自体に関してはある意味楽観的な立場をとっています。あえてそうしているとも言えますが(苦笑)。
 先ほどの核分裂反応に対して、核融合反応というものもあります。もしかすると、今回の原発事故を受けて、世界中でこちら核融合反応を使った発電方法の研究が進むかもしれません。
 ええっ?まだ核エネルギーから手を引かないの?と思われる方も多いことでしょう。しかし、核融合反応は核分裂反応とは大きく違います。その違いの一つが連鎖性が低いということです。そのおかげで、反応を持続させることがとても困難です。つまり自然状態だとどんどん収束してしまって、一度反応が止まると再開するのが困難なのです。
 もし、福島第一原発が核融合炉であったなら、今言われている収束という意味においてはとっくに収束してしまっていることでしょう。もちろん、核融合炉には別の危険性や難しさがあるので実用化していないわけですが。
 そんな核融合を安定的に続けているのが「太陽」です。太陽は巨大な自然核融合炉なのです。私たちはその恩恵の中で生きてきました。その恩恵のほとんど全てが「放射線」に由来しています。明るさにせよ、暖かさにせよ、放射線が地球に降り注いでいるおかげです。
 もちろん、今回問題視されている意味での(狭義の)放射線も大量に地球向けて放射されています。何十億年も前、生物が海の中にしかいなかったのは、強力な放射線から身を守るためでした。
 しかし、ある時から我々生物は海から陸上にその生活の場所を移し始めました(かなり楽観的な生物たちですね)。つまり放射線に強い体の構造や仕組みに変異していったのです。それがいわゆる進化です。進化とは放射線との戦いであったと言っても過言ではないでしょう。
 そういう意味で人間は最も進化した生物です。体毛すら退化し、日常的に放射線を素肌に浴びても、こうしてその種を絶やすことなく生きているわけですから。
 何億年単位で考えてみますと、現在よりもずっと放射線が強かった時代があったはずです。そう考えると現在原発の近く以外の放射線量はそれほど心配する数値ではないと思います。
 医学的な経験値として原発事故以来、いろいろな「限界値」が示されました。「年間1ミリシーベルト」とか「年間20ミリシーベルト」とか「年間100ミリシーベルト」とか「年間250ミリシーベルト」とか。
 これのどれが正しいかは全く分かりません。人それぞれ限界値がかなり違うと思われるからです。放射線への耐性というのは、先ほど書いたように進化の内容そのものですから、後天的なものです。それをどれだけ備えているかというのは、きっと個人個人でかなり違うでしょう。そして、それを計る術を私たちは知りません。だから心配になるのでしょうし、怖いのだと思います。
 ちなみに私たちは自然放射線を年間1ミリ〜2ミリシーベルト浴びています(内部被曝含む)。特に私なんか標高も高い森の中にいますし、山梨県は花崗岩が多いですからね、おそらく年間5ミリシーベルト近く被曝していると思っています。
 でも、人はそういう所を快適だと思うじゃないですか。また、山梨の増富ラジウム温泉の例を挙げるまでもなく、放射線が健康に良いと信じられている一面もあります。そこが難しいというか面白い部分です。
 そういう意味でも私は比較的楽観的なのです。放射線は遺伝子レベルに作用します。遺伝子レベルのことについては、「気分」が大きくそれを左右するということが「科学的」に証明されつつあります(たとえば分子生物学者村上和雄さんの研究)。だから、私は楽観的でいるのです。お解りになりますか?
 ということで、やっと本題。ますます自分を楽観的にし、放射線への耐性を高めるための道具として、こんなものはどうでしょう。1枚500円弱のシールです。5万円以上するガイガーカウンターは、どちらかというと安心よりも心配のための道具です。こちらは安心のための道具。
 つまり私たちが本当に知らなければならないのは「累積放射線量」なのです。その量を実にお手軽に確認できるのがこのシールです。
 測定スケール的には「250ミリシーベルト」からの表示になっていますが、もちろんその以下でも変色は始まります。同等のカードタイプを参考にすると20ミリシーベルトから目視で確認できるくらいに変色するようですから、これが変色しないことによって大きな安心を得ることができるでしょう。
 私はこれをiPhoneに貼って持ち歩いています。もちろんセンサーの色は全く変りません。というか、まだ貼ったばかりですけどね。たぶん数年経っても変らないでしょう…たぶん。

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