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2011.05.29

をのこ草紙

Imgres 日はアヤシイ「予言書」を紹介しましょう。数年前、テレビ番組「ビートたけしの超常現象スペシャル」でそれらしく紹介され、一躍注目を浴びることになったこの文書。震災や原発事故を経て、最近また一部のマニアによって紹介されるようになりました(「当たってる…かも」という論調が多い)。
 私はこの分野は専門と言えば専門なのですが、この「をのこ草紙(草子)」については、ネットで流布している情報以外何も知りません。
 いちおう、ネット上には次のように解説されています。

 江戸時代八代将軍徳川吉宗の頃(享保の改革の頃)巷に流布していたという予言書であり、その時代から250年後の未来を予言していると言われている。
 原本の所在、著者名も不明は不明。昭和5年、古神道研究家で宗教家であった友清歓真が、ある人物から雑誌の切り抜きとして「をのこ草紙」の一部を見せられ、自らの書『神道古義地之巻』に引用した。

 もうこの時点で胡散臭さ満載ですね。原本の所在が分からず、「著者」も「ある人物」も「雑誌」も名前が分からず、ですから。
 ちなみに友清歓真についてはある程度知っていますよ。出口王仁三郎の弟子だった人です。大本内ではけっこう重要なポジションで活躍していた人物ですが、ある時反旗を翻して独立し、最終的には宗教団体「神道天行居」を設立します。
 まあ、よくある話ですね。大本からそうして独立して宗教団体や研究団体を起こした人物は多数います。そして、その脈はさらに枝分かれして今でもたくさん存在していますし。
 この「をのこ草紙」の内容もまた、王仁三郎自身の世界観や、やはりそこから枝分かれし、こちらも脚光を浴びている「日月神示」の論調と似たところがうかがえます。つまり、あの時代(戦前)の未来観や「日本中華思想」のまんまだとも言えます。
 まあとにかくネット上に流布している原文をコピペしてみましょうか。せっかくだから縦書きしてみよう。

 今より五代二五〇年を経て、世の様変わり果てなむ。切支丹の法いよいよ盛んになって、空を飛ぶ人も現れなむ。地を潜る人も出て来べし。風雨を駈り、雷電を役する者もあらん。死したるを起こす術もなりなん。さるままに、人の心漸く悪くなり行きて、恐ろしき世の相を見つべし。妻は夫に従わず、男は髪長く色青白く、痩細りて、戦の場などに出て立つこと難きに至らん。女は髪短く色赤黒く、袂なき衣も着、淫りに狂ひて、父母をも夫をも其の子をも顧ぬ者多からん。万づ南蛮の風をまねびて、忠孝節義は固(もと)より仁も義も軽んぜられぬべし。斯くていよいよ衰え行きぬる其の果に、地、水、火、風の大なる災い起りて、世の人、十が五は亡び異国の軍さえ攻め来りなむ。此の時、神の如き大君、世に出で給い、人民悔い改めてこれに従い、世の中、再び正しきに帰らなん。其の間、世の人狂い苦しむこと百年に及ぶべし云々

 仮名遣いが現代仮名遣いである点に難がありますが、(友清の写した?)原文がどうなっているか私は確かめていないので、そこはいいとしましょう。
 文法的にはほとんど間違いはありません(最後の方の「帰らなん」は「帰りなん」の写し間違いではないでしょうか)。そういう意味では江戸期の擬古文の体裁をとっていると言ってもいいかもしれません。それなりの学のある人が書いたことは間違いないでしょう。ちなみに私の研究している古史古伝「宮下文書(富士古文献)」は文法も仮名遣いも漢字もメチャクチャです(笑)。
 全体的な印象としては江戸期のものとしてもギリギリ許されるかなという感じですね。もちろん、明治以降に書かれたとしても不思議ではありません。
 先ほど書いた内容的な面もふまえて、友清自身が書いたという可能性ももちろん否定できませんね。証拠はありませんけど、私は彼が書いたものだと考えます。
 この時代というのは、現代の(戦後の)私たちが想像する以上に不思議な時代でした。日本の近代は西洋化とともにある種の病理を生み出していたのです。そのへんについて最近私は興味を持っています。というのは、その反動が戦後教育につながっているとも言えるからです。
 とってもストレートに書いてしまうと、あの時代はエロ・グロ・ナンセンス・オカルト満載だったんです。日常生活にはもちろん、政治や文学や科学、そして軍事にまで、そうした影が色濃く反映していました。
 そして、戦後はそれらを全て否定するように教育がなされました。つまりワタクシ流に言うと「物語」を消し去るように日本が動いて行ったということです。もちろん、世界的な風潮もそうした方向に流れていましたがね。
 しかし、たとえば今回のような自然災害や人災が発生し、目に見えない「モノ」の存在に気づき恐怖する段になると、急に「物語」が復活してくるわけです。
 ある意味私のように今までもそうした「物語」に積極的に接し、免疫をつけていた変な人はこうして冷静でいられるわけですが、多くの人たちは妙な過剰反応をしてしまいますね。特にそっち系に暴走してしまう人たちには注意です。たとえば陰謀論とか、人工地震論だとか。
 現代の「物語」ですね。それを真に受けるなら、貞観あたりの一連の天変地異もHAARPのしわざだということになってしまう(笑)。ま、当時は「怨霊」とか「物の怪」のせい(つまり陰謀)だと考えていたんですけどね。
 それは戦前も同じだったんですよね。今よりもずっとドラスティックでドラマティックな変化にさらされていたわけですから。戦後がある意味では平和すぎたのかもしれません。
 さてさて、そんなわけで、この「をのこ草紙」も現代に復活してきたわけですよ。たしかに内容的には現代の(平成の)日本を予見していたようにも感じますね。そう思おうとすればそう思えないこともない。
 しかし、冷静に見ると、これが江戸期に書かれたものだとしても、あるいは友清自身が書いたものだとしても、ある意味では凡庸な未来予想図であるとも言えます。多少の想像力のある人なら、数十年後、あるいは数百年後の世界をこんな程度に描くことくらいは難しくないでしょう。
 結論的に言えば、友清が王仁三郎の立替え立直し説に影響を受け、当時すでにあった世の乱れや戦争の予兆をやや誇大妄想的に描いたというのが正解ではないでしょうか。
 しかし、たしかに現代的な意味で面白い「物語」だとも言えますね。まあ、たとえばこれが本物の「予言書」だったとしても、今となっては面白がるしか方法がないわけですし。

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