↓投球場面だけのダイジェスト。これだとドラマじゃないもんなあ…。
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こ れを観るのは何度目かなあ。また泣いてしまった。球史に残る名勝負1979年の日本シリーズ。広島初優勝のドラマ。天才江夏豊が起こした奇跡。
そして、その実際の21球、30分弱の攻防を、まるで小説のように文学化したのが、山際淳司さんのノンフィクション「江夏の21球」です。
そしてそして、その原作および現実を超えるとも言って良い映像作品に仕上げたのが、このNHK特集「江夏の21球」であります。
今回は、その番組の中で実に冷静に、そして知的に解説をしている野村克也さん自身が「NHKアーカイブス」の第1弾としてセレクトして再放送されました。
1979年、私は15歳。おそらく転校のため中学の野球部を辞めていたとは思いますが、野球少年であることには違いはなく、この試合をリアルタイムで興奮して観たことを覚えています。いちおうピッチャーやってましたしね(信じられないでしょう?)。
NHK特集「江夏の21球」の初回放送はその4年後。1983年ですから、私はもう大学生でした。多少野球熱は下がっていたものの、この番組を観て思わず部屋の中でシャドーピッチングをしたことを記憶しています。
それほどのドラマがあるんですよね。つまり、まるで巨人の星などの野球アニメのように、たった21球の中に様々な人間の様々な「思い」を織り込み、スローモーション、ストップモーション、リバース、回想シーンなどを駆使して、私たちをその奥深い「神の領域」に連れ込んでいくのです。
もちろんそこには大いなる演出の力が働いているわけですが、たしかにプロのスポーツの最高の技や精神性を表現するという意味では、この演出もまた放送のプロの技であると言えますね。
山際さんも含め、プロ中のプロのコラボレーションがこの奇跡の番組を生み出したわけです。
それにしても江夏豊という投手、いや人間はとんでもないですね。まさに昭和の天才、怪物です。この番組の中でも、タバコをふかしながらふてぶてしい態度でインタビューを受けています。今ならありえない光景ですね。しかし、誰も文句を言えない。
その天才的な怪物が、あの奇跡的なドラマを作り出したその過程には、あまりに多くの「偶然」が関与しています。それがこの作品のキモとなっています。たとえば江夏が全てをコントロールしていて、江夏の思い通りに試合が進んでいたら、こんな感動的なドキュメンタリーにはならなかったでしょう。
同点延長になった場合、江夏に打順が回ってくること。三塁手が衣笠でなはなく三村だったこと。そして、あの19球目…。
あの運命の1球、石渡のスクイズをはずしたあのカーブは「偶然」だったのか。江夏が故意にはずしたのか、それともたまたまカーブがすっぽ抜けたのか。
そこに最終的に「謎」が残るところが、この番組の感動的なところです。そして、その答えを知っているであろうはずの本人が、最終的に「偶然」「神業」と言ってのけてしまうところが、まあ江夏の天才的怪物たるところですね。おそるべし。
いや、ちょっと待てよ。今まさに、なんとなく自分なりにその謎が解けたような気がしたぞ。ああ、なるほど!
もちろん間違っているかもしれませんけど、あの時、江夏は近鉄ベンチの動きや石渡の表情から、スクイズが来るとを察知し、最初からあのカーブのウエストでバント失敗を誘おうとしていたのではないか…。
それをのちに謎化、ドラマ化、奇跡化、神業化したのは、実は江夏豊という天才的怪物自身なのではないと。そこまでやりかねないほどの大化物なんですよ、彼は。
…とまあ、今回自分が大人になってみて初めてこのように感じたわけです。こうして何度観てもその時々の感想やアイデアが浮かぶところが、この作品の「文学」たるゆえんでありましょう。いずれにせよ、あっぱれ。
今回は「今の」ノムさんの解説も加えられていました。リーダーとして部下をどう育てるかという話は興味深かった。「革命」…「進歩とは変ること」。それを促すのが上司の役目かあ。
その「革命」という発想もそうなんですが、まあ昭和のプロ野球はなんだか「武士の真剣勝負」みたいでしたね。もともと野球には、単なる集団スポーツを超えた「一対一」の精神的な駆け引きのような部分が色濃くあります。その目に見えない心の戦いを見せてくれたのがこの番組なんでしょうかね。
結局、江夏が近鉄の選手全てを呑み込んでいたということになりましょうか。いや、広島の古葉監督をさえ。そして、なんと言っても衣笠選手、彼はこのドラマを裏の主役でしょう。怪物を操ったのは、実は彼だけだったのですから。
追記
この記事に関して知り合いから熱いメールをいただきました。当日このシーンを生で観ていた方の貴重な証言です。ご本人の了承を得まして掲載させていただきます。ぜひお読みください!
(以下引用)
「江夏の21球」拝読。熱いものが蘇ってきました。
実はこの試合,私,生で,それも三塁側応援席で見ていたのです。(生き証人)
ちょうど,大阪へ転勤になった年で,仕事の関係もあり,第1戦と第7戦のチケットを買っていました。
このシリーズは,ご存知のとおり「内弁慶シリーズ」と言われ,自分のフランチャイズでしか勝てない,それで第6戦まで3勝3敗。であの試合となったわけです。
試合開始前から,異様な雰囲気でした。
大阪球場(近鉄フランチャイズの日生球場は狭い,藤井寺はナイター設備がない)は, 3万数千人の観客の9割が近鉄ファン。3塁側は3000人程度で,周りにも近鉄ファンが大声出していると言う状況。試合前に広島応援団前に,近鉄応援団が古葉監督の張りぼてを持ってきて,5寸釘(もちろんおもちゃですが)を打ち込むパフォーマンスをやるという,ただならぬ雰囲気でした。
あの試合はまさに9回裏に,いろんなものが凝縮されていますが,山口さんのおっしゃる,衣笠が主役と言うのは正に名言。
対江夏だけのことでなく,私はこの試合で9回のこと以外で,今でも覚えているのは7回裏だったか,衣笠がサードを守っている時に,ファールフライをエビゾリになって 掴んだ守備です。
また肩の骨を骨折してしまうのではないかというほど,そっているように見えました。
あの守備にカープの絶対に勝つという執念を見ました。
あの番組でも北別府,池谷のリリーフ準備のことが取り上げられますが,その場にいた 私には,まったく違和感は感じませんでした。
まあ,大阪球場のブルペンは3塁側で丸見えですから話にあんな尾ひれがついたんだと思います。
多分江夏自身のその後の言動も本当はそのことが原因では無かったんだと私は思います。
結果論として,0点に抑え優勝したという結果から見ると,あの江夏の発言になるのでしょうが,その場で応援している立場としては,0点に抑えてという願望と,現実論1点は仕方ない,心の底では逆転サヨナラという不安も持ちながら,見ているわけです。
だから延長なら御の字という気持ちもある。今と違いロングリリーフですから,その先を考えるのは当たり前。
また佐々木のサードぎりぎりのファール,江夏は絶対にヒットにはならない球といいますが,少なくとも,肝を冷やしたのは事実。
ただ,西本監督も仰木サードコーチも抗議しなかったのは,あまりに淡白すぎたかも。
ロッテの有藤や大沢親分なら,抗議で中断という場面かもしれません。
しかし,3塁側スタンドから見たあの西本監督の表情は,今でも鮮明に覚えています。
あの日の応援団の旗や,チケット,翌日の新聞は今でも大事に持っています。
その前も,その後もいろんな試合を見てきましたが,あれだけ感動した試合はありません。
やはりベストゲームです。
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