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2011.05.04

バッハ 『幻想曲とフーガ(ヴァイオリン独奏版)』 テディ・パパヴラミ

 の中にいい意味での「バカ」がたくさんいて素晴らしいですね(笑)。最近、人生は一度きりなので、もう「バカ」になりきっちゃおうと決心しました。
 つまり何事も真剣に寝食忘れて…つまりは命懸けで…やっていると、世間からは「バカ」に見えてしまうようです。バカボンのパパなんかその代表でしょう。退屈するのも命懸け。赤塚不二夫先生ももちろんそうです。死ぬのも命懸けでしたからね。
 バッハもちょっとそういうところがあります。ちょっとじゃないな。当時の世間からするとかなりの「バカ(変人)」だった。もう人に理解されようがされまいが関係ないところまで行ってましたからね。人類が理解するのに100年以上かかってしまった。そして「天才」となった。
 「天才」と「バカ」は紙一重なのです。
 そういう意味では、このヴァイオリニストも「天才=バカ」ですね。まさかこの「大フーガ」をヴァイオリン1挺で演奏しようなんて…そういう発想をするだけでもかなりぶっ飛んでますね。つまり、世界で初めてのこと、誰も考えつかなかったこと、やらなかったことを命懸けでやってしまうのが「天才=バカ」なのです。
 この大フーガについてはこちらに書きました。私にとってもバッハにとっても心に残る作品です(笑)。
 たぶん編曲者、演奏者のテディ・パパヴラミは、あの「トッカータとフーガ(鼻から牛乳)」がヴァイオリン独奏曲であったという話を聴いて、そして実際に演奏してみて、こっちも弾いてしまおうと発想したのでしょう。
 私も鼻から牛乳は弾いてみましたが、さすがに大フーガもやってやろうとは思わなかった。私は凡人ですからね。
 さあ、さっそく聴いていただきましょう。いや、観て聴いていただきましょう。まずはあの変チクリンな幻想曲から。

 まるでオリジナル曲のように聴こえますね。これはなかなかいい編曲ですし演奏ですね。さてさて、いよいよフーガです。あの4声のフーガ、それもそれぞれの声部がかなりメロディックなフーガを、いったいヴァイオリン1挺でどのように弾いているのか!?

 う〜む、すごすぎる…。さすがにお見事です。多少の演奏のキズには目をつぶりましょう。なにしろとんでもないことをやらかしているので。
 これはですね、バロック・ヴァイオリンの技法を完全に超えています。鼻から牛乳の場合は、たとえばバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータで開発されたバロック時代の技法で演奏可能ですが、こちらはとてもとても無理ですね。
 つまり、近代ヴァイオリン技法、パガニーニやバルトークらが極めた技法に基づく編曲と演奏だということです。
 これには、さすがのバッハも驚きを隠せないでしょう。まさか自らのオルガン曲をこうしてヴァイオリンの無伴奏曲として演奏するとは想像すらしなかったのでは。
 つまり、バッハの無伴奏曲は、あくまで当時のヴァイオリン演奏技法の制約の中で作られているわけです。そして、トッカータとフーガはそうして作られた(バッハではないかもしれないが)ヴァイオリン独奏曲を拡張的な発想でオルガン曲に編曲したわけですよね。
 しかし、こちらはその反対の過程を経ているわけです。足鍵盤まで使ったオルガン曲をたった4本の弦、それもフレットを伴わない4弦で演奏するのは(人間工学的にも)当然至難の業となります。
 ある意味引き算の縮小的編曲をしなければならないという難しさもあります。そのあたりも近代的な演奏技法でかなり上手にクリアしていますね。正直この編曲は見事だと思います。ほとんど不自然に聴こえませんからね。
 パパヴラミの(あるいはバッハの)編曲オタク的な気持ちもちょっと分かります。ヴァイオリンという限定された楽器でいかにそれらしく演奏できるか。うまく行った時、いいアイデアが浮かんだ時ってけっこう快感なんですよねえ。私は高校時代にこの曲を弦楽四重奏のために編曲したわけですが、それだけでも結構恍惚とした記憶があります(笑)。
 こうして聴いてみますと、あらためてヴァイオリンという楽器の特殊な能力に気づくことができます。たとえば、あの深遠かつ深淵なるシャコンヌは、あの楽譜のままパイプオルガンで演奏しても全く説得力のない音楽になってしまいます。編曲するにはそれこそ拡張的に足し算をしなければなりません。
 ヴァイオリンというある意味原始的な性質を残す楽器が持つ力とはいったいなんなのでしょうか。最近それがとても気になります。バロック楽器を演奏しているからこそ、近代が忘れてしまったそういう「モノノネ(物の音)」的な魅力を、そして霊界との媒体たる「コト(琴)」的な魅力を見つけたい気もするんですよね。
 やはりヴァイオリンは悪魔の楽器なのでしょうか。
 ちなみにこの編曲と演奏、レコーディングもされています。

NMLで聴く

Amazon Bartk & Bach: Sonata for Solo Violin, Fantaisie & Fugue, Suite

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コメント

はぁ…バイオリンって果てしない可能性がある楽器なのですね。まだ初心者の域にも達していませんがやる気がおきました。

投稿: eco | 2011.05.05 09:45

バッハですか‥‥。グレン・グールドのピアノではよく聴いてます。

いつか是非、ヴァイオリンで聴かせて戴きたい!

投稿: よしの | 2011.05.06 08:36

坂村真民 から やってきました。 

大好きな クロネコとバッハにつられ 

暫く 御邪魔致しました。 

有難う御座います。

投稿: 小川 光 | 2011.05.07 05:56

先日、彼のヴァイオリンの音色を聴いて興味を持ち、検索してこのブログを知りました。それほどすごい人だとは… ますます興味がわいてきました。

投稿: いずみ | 2011.05.10 00:57

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