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2011.04.30

熱中スタジアム(NHK BS-P)の収録に参加してきました!

20110430_15_53_48 木さん流に言えば、「人生は想定外」「一寸先はハプニング」。ひょんなことからNHKの番組に出ることになりました。それも家族全員で(笑)。
 その番組名は「熱中スタジアム」。今回のテーマは「赤塚不二夫」。全国数千万の赤塚ファンの代表としてなぜか選ばれてしまいまして、熱くトークしてきてしまいました!ww
 ううむ、私、たしかに赤塚不二夫さんを大尊敬していますし、彼の作品、特に天才バカボンには特別の思い入れがありますが、それほどマニアというほどでもありません。多少独特の作家観、作品観を持っていて、それをブログに何度か書いては来ましたが(たとえばこちら)、とてもとても全国の熱中人の代表になるほどの知識は持っていません。
 最初お話をいただいた時は、正直そんな感じでお断りしようかと思ったのですが、それがいつのまにか家族全員でという話になり、まあ、それなら私の責任も多少軽くなるかな、実際家族の方が赤塚作品に詳しいしな、と思い直しまして、このたびの収録参加と相成りました。
 ああ、終わってみると、ホント参加させていただいて良かったと思います。子どもたちにとってもかけがえのない体験、社会科見学になったと思います。
 朝10時半にNHK放送センター入りしまして、終了は19時すぎ。2本撮りだったということもありますが、トークが思いっきり盛り上がったということもありまして、合計6時間以上スタジオでカメラとマイクを向けられていることになりました。
 もちろん私にとっても、赤塚先生の素晴らしい作品世界と人生、そしてファンの方々の愛に触れられたことは最高の体験でした。超レアな体験もさせていただきましたし…。
 詳しい内容は番組をご覧いただくとしましょう。放送は5月12日と19日の予定です。ぜひご覧下さい。ちょっと恥ずかしいですけどね。
 それにしても感激したのは、プロの芸人さんや文化人、そして放送スタッフの方々のお仕事ぶりです。まあ、プロですからね、当たり前と言えば当たり前ですが、やっぱり一流の人たちは違いますねえ。
 まず司会のオリエンタルラジオ中田敦彦さん。いやあ、芸人さんてすごいわ。見事な司会ぶり。素人相手だといろいろと難しいと思いますが、見事に切り盛り。特にアドリブの冴えは感動もの。基礎がどんだけあるんだろう。あれだけはまればご自身も気持ちいいだろうなあ…。
 収録前に我々シロウトをリラックスさせる「前説」の時、ウチの娘に「ぼくのこと知ってる?」と聞いてくれたんですが、娘は「知らない…」と。失礼いたしました。親の教育がなってませんね(笑)。
 いやあ、ああいうトークって理想ですね。私も仕事柄ああいうアドリブの利いたトークを理想としています。教室での先生って司会者みたいな部分もありますからね。上手にボケたり、つっこんだりしたい。愛をもってね。ホント勉強になりました!
 そして、アシスタントMCは福田萌ちゃん。いつもは中越典子さんなんですけどね。今回はピンチヒッターで萌ちゃん。私、サラリーマンNEO以来中越さんのファンでしたから、密かに期待していたんですけど、舞台のお仕事があるとのことでしかたありませんね。
 その代わりと言ってはなんですが、生萌ちゃんを見られたことにも大満足。う〜ん、カ、カワイイ…。顔ちっちゃい。足細い。声もカワイイ。そして頭いい(私が落ちた大学のご出身です)。
 ゲストもすごかったなあ…私のツボにはまりまくり。
 まずますだおかだの増田英彦さん。中田さんとのアドリブ合戦は意外にも(?)噛み合いながらいいリズムを作っていましたね。ツッコミどころが絶妙ですねえ。さすがです。
 そして山本晋也監督!もちろん赤塚チルドレンのお一人ですよね。こんなところで身近にお話できるとは…感無量です。席も近かったし、娘たちを(必要以上に?)かまってくれまして、ずいぶんとフランクに絡んでくださいました。ありがたや。それにしても監督、元気と言えば元気。いい味出しすぎで、中田さんやディレクターさん苦労してました(笑)。
 さらにさらに大好きなコラムニスト泉麻人さん。彼の言説には私もいろいろと影響を受けてきましたからねえ。まさかこんな形でご一緒するとは…。あの独特の佇まいは、やっぱり「個性」だよなあ。
 皆さん本当にいい「味」が出ていました。もちろん、私たち以外の熱中人の方々も。何かに一生懸命打ち込んでいると、そういう「味」が出るんでしょうね。私なんかホント広く浅くですし、ハッタリがほとんどなので、ああいう味が出ないんですよ。いかんいかん。頑張らねば。
 とにかく、こういう貴重な機会をいただきまして、いろいろな面での一流のお仕事に触れることができましたこと、本当に幸せに思います。ありがたや、ありがたや。
 というわけで、ここからは一流の編集人の仕事が始まりますね。いったいどのような「作品」になるのか。その部分も楽しみです。娘たちにとっても、立派なメディアリテラシーの勉強になるでしょう。とっても疲れましたが楽しかった!ぜひ放送をご覧下さいませ。もちろん内容も面白いし充実していると思いますよ(ちょっと恥ずかしいけど…笑)。

熱中スタジアム公式

ps 今日はオジサン世代からウチの娘(8歳)まで、本当に幅広いファンが集合しました。特に10代の少年少女たちが、赤塚ワールドにどっぷりはまっているのには驚きと感動を覚えました。特に今日の(番組の)主役だった赤塚不二夫マニア小学5年生りきくんはすごい!赤塚先生も喜んでいるでしょう。
 彼のブログ赤塚不二夫ファン
(小学生が書く赤塚不二夫ブログです。)
。ぜひご覧下さい!
 性別も世代も超えた人気こそ赤塚先生の醍醐味でしょう。


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2011.04.29

世界初!iPhone 3GS の味噌汁(iPhone 4 ホワイトをゲット)

X2_5c1e565 れは昨日(28日)の出来事です。
 恐ろしいことが起きました。しかし、最後は「禍転じて福となす」…かな?
 ええっと、結果として今手もとに「白い亡霊」と言われていたiPhone4の白があります。昨日発売日でしたから、待ちに待って買いに行った…のではありません。なんだか知らないけれど、こういうことになっているのであります(笑)。
 まずは「禍」から。これはあんまり思い出したくないなあ…。
 実は昨日の朝、家で朝の味噌汁を沸かしていたんです。で、その鍋を食卓の方へ運ぼうと思っていたら足下に猫が突進してきて…。
 ま、とにかく細かいことは抜きにしてですね、その沸騰した味噌汁の中に私のiPhone3GSくんがザブンと落下しましてですね、見事「具」になってしまったのであります(笑)。
 ワカメと豆腐とiPhoneの味噌汁って、もしかして世界初?ww
 ガーン…なんてもんじゃないですよ〜。すぐに救助しようとしましたが…なにしろ味噌汁の温度は100℃です。さっそく指先をやけどしてしまいました。それでも「闘魂」を振り絞ってすぐに救助しましたよ。
 具を取り出してホームボタンを押したら一瞬バックライトもついて助かった!かと思ったら、すぐに電源ダウン…。
 そりゃあそうだよなあ…沸騰した塩水につけたら普通電気製品ダメでしょ。真水だったらもしかすると最悪の事態は避けられたかもしれません。
 実際この冬、学校の駐車場でiPhoneを落とし雪の中に半日放置しましたが、全く問題なく帰ってきました。つめ〜たくなってましたけどね(笑)。
 ということで、iPhone3GSくん、ここ数ヶ月の間に、0℃から100℃まで味わわされて可哀想に、とうとうお亡くなりになってしまいました orz…。
 いや、正確に言うとまだ生きてはいます。再起動したらバックライトはつかないけれど微かにアップルマークが見えます。しかし、そこから先に進まない。
 いちおうPowerBookにつないでみたら、なんとちゃんと認識している。iTunesでファームウェアのヴァージョンアップまでできてしまいした。しかし、起動はしません。つまり、電源は入っていて、内蔵メモリーは無事だということですよね。これは不幸中の幸いでした。
 さあ、iPhoneがないと仕事にも支障が出ますし、昨日はカミさんとプロレス会場で待ち合わせてだったのでとにかくケータイがないとどうしようもない。そこで、地元のソフトバンクショップに10時の開店と同時に駆けつけたんです。とにかくなんでもいいから代替のケータイがほしかったので。
 私、昨日がホワイトの発売日だって知らなかったんですよ。で、大変です、iPhoneが味噌汁の具になってしまいました…って言ったらスタッフに方に笑われてしまいました。たぶん、皆さん私が開店と同時にホワイトをゲットしに来たと思ったのでしょうね。
 で、たまたまそんなタイミングでしたので、せっかくですからホワイトに機種変しました。たぶんこの田舎には数台しか入荷しなかったと思うんですが、その第1号機を期せずしてゲットしてしまったワタクシでありました(笑)。
 全然興味なかったんですよねえ。次の世代が今年中に出るだろうから、そのタイミングで3GSくんには退役願おうと思っていたんです。それがねえ、どういう因果か、自ら味噌汁の中へ身投げしてその役目を終えるとは…。
 あまりにすごいタイミングでの引き際に驚きました。てか、カミさんには、私がホワイトほしさの余りわざと味噌汁に投入したのではないかと疑われました。たしかにやりかねないな(笑)。ちゃんと壊すにはたしかに確実な方法でしょう、味噌汁の具は(笑)。いやいや、そんな恐ろしいことしませんよ。だって、データがダメになっちゃう可能性もありますし(バックアップしておくという手もありますが)。
 というわけで、あんまり興味がなかったホワイトを持つことになりました。まあ、ただ白いだけで別に感慨深いとは言えません。カミさんはすでに4を持っており、それをいじっていましたから、あんまり新しさというのはない。デザイン的にはたしかにちょっとオシャレかな?っていう程度です。
 今度は落とさないように、ちゃんとクリップかなんか付けよっと。ホワイトだとまんま豆腐って感じですから(苦笑)。
 というわけで、うれしいような悲しいような微妙なiPhone4ホワイトゲットでありました。


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2011.04.28

IGFプロレスリング GENOME15

苦しみの中から立ち上がれ!
Photo 日は久し振りにカミさんとプロレス観戦。およそ1年ぷりとなるアントニオ猪木さん率いるIGFです。
 このたびのGENOME15は東北関東大震災復興イベントチャリティーイベントとして開催されました。いわき市の被災者の方や相撲協会を解雇された元力士を多数招待し、その中で熱い気持ちを表現する試合が行われました。まさに折れない心で逆境からの復活を象徴する内容となりましたね。
 特にオープニング・マッチとメインは非常にいい内容で興奮しました。やっぱりプロレスは「闘魂」、戦う心ですね。
 もちろん多様な世界が混在するのがプロレスであり、それぞれのスタイルを充分に堪能しましたが、そういう多様性の中だからこそ、ホンモノのプロレスリング、すなわち技術と気持ちが見事に表現された「闘い」が際立ったと言えます。
 正直しょっぱい試合もありましたが、興行としてはこれでいいのではないかとも思いました。全てが第1試合やメインのテンションだと疲れますし、それら自身も際立たなくなるからです。そういう意味では、古き良き時代の興行形態に近かったような気がします。それぞれの試合にそれぞれの役割があって、全体として大きな流れを作り、メインで全てが昇華されて終わるという昭和プロレス全盛期の味わいが残りました。
 それでは、全試合の短評を。

第1試合 ○鈴木秀樹、定アキラ VS タカ・クノウ、╳澤宗紀
 レフェリーは宮戸優光さん。宮戸さんなかなかお似合い。そしてこれが功を奏した。これは4人の選手気合いが入ります。まさに道場の緊張感そのままの試合。互いに個性を発揮しつつ気持ちのぶつかり合いも素晴らしい。秀樹のジャンピングして落とすダブルアーム・スープレックスは説得力あったなあ。アキラくん初勝利おめでとう!タカさんもプロレス的な動きや表現がうまくなってgood。澤選手は負けてもお客さんを魅了するプロらしさ満開でした。マニアもうならせる好試合。また観たい。

第2試合 震災復興特別試合 Mask of Super Stars
 初代タイガーマスク、╳ウルティモ・ドラゴン VS ○ザ・グレート・サスケ、マスクド・ゲノムJr.
 この3人の中に入るとゲノムJr.がやはりいろいろな意味で見劣りしてしまいますね。サスケ選手のオーラはすごい。プロレスにおける年輪の意味は大きい。最後はややあっけない幕切れ。もう少し初代タイガーマスクの「本気」を観たかったような気もしました。

第3試合 DRAGON vs BIGBANG 藤波辰爾デビュー40周年特別試合
 △藤波辰爾 VS △ビッグバン・ベイダー
 感慨深いですね。前回のマスカラスにも涙しましたが、ベイダー選手も「らしさ」を維持していて感激。もちろんいろいろな意味で20年前とは違いますが、それをガッカリ感につながらないところがプロレスの深さであり味わいですね。ドラゴンスクリュー観たかった…かも。

第4試合 ○藤原喜明、稔 VS 大谷晋二郎、╳橋本大地
 これもまたプロレスらしい取組み。62歳と18歳が戦って62歳が勝つ世界というのは、そうだなあ、運動系ではプロレスと剣道くらいかなあ。若い大地がここからまた立ち上がっていくドラマができますよね。気持ちでは負けていなかったけれど、まだまだ体ができていない感じですね。今後、定アキラ選手ら同世代とうまく絡んでいくといいと思います。大谷選手は相変わらずの大谷ワールドで会場を湧かせました。そして、稔選手、彼のようなプロレスラーも大切です。近くの一見さんたちも彼の「巧い」プロレスに魅了されていましたよ。それにしても組長元気だなあ…。

第5試合 IGFキックボクシングルールマッチ ╳ボブ・サップ VS ○角谷正義
 折れない心どころか、すぐ折れちゃう心(苦笑)。最初は良かったのになあ…私はもうサップには期待しません。もうどうせならそういう「弱さ」を売りにしたらどうでしょうか。それはそれで商品にはなるかも。角谷選手、体も気持ちもいいのでぜひプロレスを勉強してほしい。

第6試合 IGF×ZERO1 澤田敦士 VS 崔領二(ノーコンテスト)
 崔選手の良さを知っているだけに残念すぎる試合。私の中では、澤田選手、サップと同格です。対戦選手にもファンにも失礼です。どうしちゃったんだろう…。澤田選手の大先輩と最近同僚になったので、彼からも言ってもらおうと思います。プロレスを続けるのならキャラ変した方がいいのでは。

第7試合 セミファイナル IGFチャンピオンシップトーナメント1回戦
 ○ボビー・ラシュリー VS ╳キース・ハンソン
 元WWE同士のけっこうぜいたくなカード。大型選手が好きな私としても期待していました。アメプロ的な部分にどれだけ「闘魂」を注入できるかが課題でしたが、ちょっと中途半端だったかなあ…。猪木さんはこういう試合があんまり好きじゃないんですよねえ。ドタバタというか、迫力はあるけれど、それだけというか…。

第8試合 メインイベント IGFチャンピオンシップトーナメント1回戦
 ╳鈴川真一 VS ○ジェロム・レ・バンナ
 これはいい試合だった!異種格闘技戦という独特の緊張感、どんな試合になるか全く分からない期待、バンナという大物がどういう「闘魂」を見せるか、鈴川選手が「立ち上がる」姿を見せられるか…いろいろな思いがありました。その思いを超える素晴らしい闘いでしたね。結果としてはバンナの圧勝なのかもしれませんが、勝敗だけでは語れないのがプロレスの深さですね。私も久々に大声で鈴川選手を応援してしまいました。K-1系の選手や総合系の選手も、おそらく衝撃を受けたのではないでしょうか。やはり「プロレス最強」だと思いました。もちろん、鈴川選手の戦いぶりに課題はたくさんありましたが、そんなことを超えた「折れない心」に、皆圧倒されたことでしょう。二人の勇気に感謝!

 全体として非常に満足した興行でした。というのも、やはり第1試合とメインが良かったからでしょうね。特にメイン。結局のところ、宮戸さんが育てた生粋のプロレスラーたちが私たちを魅了したということでしょうね。やはり「志」のある所には本物が生まれます。MVPは宮戸さんに送りたいですね!
 あっあと、やっぱり猪木さんのカリスマ性でしょうかね。私たちだったら「不謹慎」や「ドン引き」になってしまう発言や行動も、ちゃんと説得力のある絵になる。天才ですね。


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2011.04.27

LEDクリップ式ライト(譜面台ライト)

Img56816791 私ともどもちょっと(だいぶ)忙しいので、今日は軽めの記事で。
 我が中学校の弦楽合奏部に6人の新入部員が入りました。さっそくヴァイオリン・ヴィオラ・チェロを購入。いつもの安い楽器を通販で頼みました。えぇっ?そんな楽器を与えているのか!という方もいらっしゃると思いますが、私の「楽器観」は独特のものがありまして、ある意味の「こだわり」であります。
 実際、それぞれ充分に実用に耐え得る楽器が到着しました。ただ、やっぱり弓はダメダメですね。ヴィオラの弓にいたっては、私がクルクルッと張り始めた途端、先端がバキッと折れました(笑)。一度も使わずお釈迦です。でももともとそんなものだと思っていたので笑ってすませました。余っているヴィオラの弓がありますので、とりあえずそれを貸与。
 肩当て(私はもちろん使いませんが)も760円のもの(笑)。そして譜面台も950円のものを注文しました。もちろん大したものではありませんが、それを丁寧に長持ちさせる、あるいは修理して使うのも教育の一環であります(ホントか?)。
 こうした一連の注文のついでに私物も購入しました。それがこれです。譜面台用のライトです。
 いやあ、さすがに人生経験半世紀が近づいてきますと、体のいろいろなところにガタが出て来るものです。私は一日一食生活のおかげか、他の人よりはかなり若々しい方だと思いますけど、さすがにそうしたメインテナンスにも限界があります。
 この前も生徒とちょっと硬球でキャッチボールしたら、肩がグキッとか言って上がらなくなってしまいました。もうだいぶよくなりましたが、まだ違和感が残っています。
 そう、それで特に感じるのが、「目」の衰えです。私はけっこう強度な近眼ですから、いわゆる老眼鏡というのは必要ありません。しかし、近眼用のメガネをかけたまま近くを見るのがかなりきつくなってきた。そのうちに憧れの(?)跳ね上げ式眼鏡にしようかなあと考えています。
 特に「あれれ?」と思うのは、楽譜を見て演奏している時ですね。特に暗いところ。
 この前、相田みつを美術館でチャリティーコンサートに参加した時、かなり場内が薄暗くてヤバいことになりました。
 私の演奏って、基本その場で楽譜をしっかり読んで弾く(つまり初見的な楽譜の見方…練習で覚えるというようなことは一切しない)タイプなんです。だから楽譜がないと全然ダメダメ。楽譜はあっても、それが読みにくいと突然ヘタクソになってしまうのです。
 若い時は多少の暗がりでも全然ヘーキだったんですけどね、最近はホント音符が串に刺さってるのか、間にはまってるのかさえ分からない時がある。
 で、ベテランの仲間の皆さんはこうした譜面台用のライトをちゃんと持参されていて事無きを得ていたんですよね。それをとうとう(?)私も買うことにしました。
 とにかく一番安くて使えそうな物をと思って探し出したのがこれ。単四電池3本で稼働するとともに、USB給電で発光させることもできますから、別の用途、例えば災害時にこちらこちらなどの充電器に接続して使うこともできます。なかなか明るい4灯のLEDがついており、左右それぞれ1灯ずつ点灯することもできるので便利です。
 これで薄暗い空間での演奏もバッチリ!?
 

☆USB電源供給可能!!安い!☆FZONE/LEDクリップ式ライト/譜面台ライト(FL9027)

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2011.04.26

科学の限界

20110427_104421_2 震の話ばかりですみません。私自身も自分がこんなに地震に興味があったのだなあと驚いています。
 前も書いたとおり、この傾向は小学生の時から始まったものです。自分は間違いなく理科の先生になると思っていましたからね。小学校時代、理科教育の巨人坂本茂信先生に可愛がってもらいまして、理科の先生に多大な憧れを持っていました。
 そして、中学で国語教育の巨人大村はま先生の教えを受け、理科と国語、どちらにしようかなあと迷っていたところ、大学入試で大失態をおかし、運命的に国語のセンセイになってしまいましたが、潜在的にはどこかで地学のセンセイに憧れていた部分がありました。
 ついでにあともう一人、私にとっての負の巨人(失礼)向山洋一先生と対立していたことも、現在の私を確立する大きなきっかけとなっています。生意気な小学生ですよねえ(笑)。
 こんなすごい巨人たちに直接指導していただいた私は幸せですねえ。人生にとって先生の影響が大だということで、私も気持ちをひきしめて仕事しなければと思います…なんて、今さら遅いよ!という声が聞こえてきそうですな。
 実際、卒業生のほとんどが、私が授業中大地震や富士山噴火についての話ばかりしていたと言いますからね(笑)。困ったものですなあ。
 しかし結果として、私は国語のセンセイになってよかったと思っています。なぜなら、理科が教えるべき科学には明らかな限界があるからです。
 ワタクシのモノ・コト論では、広い意味での科学を「コト」と定義しています。すなわち自然科学、社会科学、人文科学は人間の脳内での出来事だとしているわけです。そして、それ以外を全て「モノ」としています。
 そのへんについては、何度も書いてきた(バラバラでまとまっていませんが)のでここでは詳しく解説しません。とにかくそういう定義です。
 そうしますと、コトは内部に閉じたものであり、モノは外部に開いたものであることになります(飛躍してますかね)。とにかく、コトは限定的であり、モノは無限なのです。
20110427_104346_2 今日も地震予知連絡会か何かがあって、偉い学者さんたちが「我々もいろいろ研究してきたがM9の巨大地震は想定できなかった」と言っておりました。つまり、彼らや私たちが「(たぶん)わかった!」と思っていることこそが「コト」であり、「科学」と呼ばれるものなのです。そして、実際に起きたのは想定外の「モノ」であったと。
 実は「地震予知」という言葉自体が自己矛盾をはらむ言葉です。なぜなら、科学は未来を予知できないからです。未来を予知することを目標に科学が発達してきたのも一つの事実ですが、実際には、科学が進歩すればするほど未来は予知できないことが明らかになってきました。
 科学では再現可能性が重視されます。再現可能でないモノは研究対象になりません。そこが実は科学がはらむ限界の原点です。再現とは「過去の事象をもう一度繰り返す」ことにほかならない。すなわち、その時点ですでに「過去」そのものと「過去のコピー」しか対象にできないのです。
 そうすると、未来はある程度経験則的に「予想」はできるかもしれませんが、100%「予知」することなど到底不可能であることが分かります。
 毎年毎日日常的に経験し、過去をどんどん積み重ねて研究対象としている気象(天気)でさえも、せいぜい「予報」しかできません。それもかなり確率の低い「確率」で表現する程度のものです。昨日、今日もずいぶんと天気予報がはずれています。
 私たちは、たとえばこの天気予報が代表的・伝統的な「科学」であることを意識しなければなりません。科学者は科学者であるからこそ「科学の限界」をよく知っています。だから専門家の発言ははっきりしないし、後手後手に回ります。それはある意味「科学的良心」から生まれる当然の行動です(もちろん「悪意」…たとえば「保身」などによってそういうことになる場合もありますが)。
 天気で言えば、ここ富士山麓での多様な「言い伝え」の方が、ずっと正確に未来を予知してくれます。「言い伝え」は科学だとは意識されていません。実際には再現可能性も高いですし、科学的な説明もある程度可能ですが、「言い伝え」を言う人も聞く人も、そういう意識では扱っていませんね。
 私は国語のセンセイというおいしい(?)立場なので、そのあたり、いわば「科学」の範疇に入らない「モノ」的領域…場合によってはそれは「エセ科学」とか「疑似科学」とか「物語」とか「妄想」とか呼ばれることもある…に気軽に踏み込んで行けます。だからある意味では思いっきり発言することもできるわけです。
 今日の地震予知連絡会で「30年以内に99%の確率で発生すると評価していた「宮城県沖地震」の想定震源域が、今回の大震災によって破壊された可能性が高い」という発表がようやくありました。ずいぶんと「科学的」な物言いですけど、要は「宮城県沖地震が発生した」ということですよね。
 私は4月7日に「宮城県沖地震発生」と断定的に書きました。気象庁はその時「これは巨大地震の余震だ」と言い張りました。結局私の妄想の方が正しかったということでしょうか。いやいや、予知連は「ただし今後、この想定震源域で地震が起きないとは言えないとし、改めて評価する必要がある」とこれまた実に「科学的」な(科学的良心に基づいた)言葉を足していますから、結局わかりませんね。
 いずれにせよ、この地球の歴史の中でもかなり強く記憶されるだろう超巨大地震でさえ「予知」できなかったのです。これが「科学」の現実です。
 副会長の「M7.3が起きた時点で最大地震だと思ってしまった。実はその後にもっと大きなものが控えているとは、私は予見できなかった」という言葉が全てです。良心的発言ですね。もちろん私も予見できませんでした。
 私たちの近現代は科学とともにありました。科学こそが明るい未来を切り拓いてくれると信じていました。そう教育し、そう教育されてきました。もちろん、その一部は正しかったと思いますが、しかし一方で、科学万能主義の行きすぎがあったのも事実。原発問題もその一つでしょう。
 それはまた私たちが何か大切な「モノ」を忘れてきた歴史でもあるのです(国語のセンセイにありがちな結論ですが…苦笑)。


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2011.04.25

春眠暁を覚えず

春曉            春眠不覺曉 處處聞啼鳥 夜來風雨聲 花落知多少       春眠暁を覚えず 処処啼鳥を聞く 夜来風雨の声 花落つること知る多少

Spring77 わずと知れた孟浩然の五言絶句。私もたぶん中学生の時に習ったのだと思います。日本人なら皆知っている漢詩ナンバーワンでしょう。
 中学で教えるようになった私、この季節にちょっと取り上げてみようかなと思ったのですが、これって案外難しい詩ですよねえ。このシンプルな表現の中から何を読み取ればいいのか。
 正直、なんとなくながらこの意味が分かってきたのは最近の話です。ちょうどここ数日は夜風が強く、ようやく咲き始めた近所の桜も落ちてしまうのではないかと心配していたところですし、たしかに朝目覚めると明るくなっていて庭の木で鶯が鳴いていたりします。
 こういうことを「ああ…」という詩情で感じるようになるのは、まあこういう所に住むおじさんくらいのものであって、たとえば高度成長期の東京で中学時代を送っていた私なんかには到底分かるはずもない世界であったと思われます。
 しかし、教養というものは、そういう分からん時に詰め込まれたものが、のちに必要な時に蘇ってくるという性質のものなのでしょうね。意味も分からず教え込むということが大切なのかなあとも思います。
 で、今日はそんな小難しい教育論・教養論ではなく、冒頭の「春眠暁を覚えず」の理由を考えてみたいと思います。
 この詩がこれだけ記憶され、そして冒頭部分が日常会話にも用いられる理由として、たしかに「春は眠い」というのがありますね。
 実感として朝寝坊をした気分になるのが春の特徴なわけですが、実はその理由は非常に複雑なのです。そして難解。それをある意味一言で片づけてしまう魔法の言葉がこの「春眠暁を覚えず」なのではないでしょうか。
 よく言われるのは、寒くてつい目が覚めてしまっていた冬と比べ、春になると適温になってくるため目が覚めにくくなるという説です。あまりに心地よい睡眠のため自然に目が覚めることがなくなると。それもたしかにあるかもしれません。
 ただ、ここ富士山麓はとにかく一年中朝寒い。冬も夏も日較差が15度ありますので、どの季節も朝は寒くて目が覚めます。夏なんか窓を開けて寝たりすると大変なことになりますね。
 ですからある意味ではまだここはいいのでしょう、朝きっぱり起きるには。平地の方ではたしかに春の朝はずいぶん暖かく感じられることでしょうね。それで起きられない…というか自然と深い眠りのまま朝を迎えると。
 それから、感覚的なものもあると思います。日が伸びてそれまで起きていた時間にはすでに日の出後だったりする。真冬は日の出が7時くらいだったりして、6時半とかまだ薄暗かったりするわけですよ。しかし、今は5時に日の出ですから6時半と言うと完全に「昼間」という雰囲気です。実際、鳥などの動物も活発に活動していますから、そんな時にふと目が覚めると、ついつい「出遅れた!」と思うものです。そういう感覚的なものもあるでしょう。
 私なんかとっても原始的で、1年を通して日の出の30分くらい前に起きる生活を心がけていますから、たしかに春はどんどんきつくなっていきます。それまで6時半まで寝ていられたのに日に日にそれが早くなって、今では4時半に起きなければならないわけですからね。
 気温や日の出の時間だけを考えれば「秋眠も暁を覚えず」のはずですが、あんまりそういうことを言わないのは、秋はだんだん遅くまで寝ていられるようになるからでしょう。
 生理学的・精神医学的には、気温が不安定で自律神経がなんだかんだとか、年度初めということで社会的な変化にさらされてストレスがたまるだとかいろいろ言われています。そういうこともたしかにありますね。
 そうそう、一日一食生活を始める前までの私はひどい花粉症でしたから、薬による眠気というのもありました。薬以前に花粉症自体なんとなく神経をぼんやりさせるものです。今ではその原因はなくなりましたが。
 それから今年は、あの巨大地震のあと、毎晩のように大地が揺れますので、それでなんとなく寝不足気味だというのもあります。昨夜なんか富士山はずっと微動をしていて(強風のせいもありますが)、家がミシミシ言ってるし、なんとなく気になって枕元のiPhoneで地震情報を見てしまうというような状態でした。そういう意味でこの春は日本人は皆寝不足気味、朝も起きづらいことでしょう。
 早く本当の意味での「春眠暁を覚えず」を招く平和な夜が戻ってきてほしいと思います。

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2011.04.24

すし兵衛(河口湖)

 日はなんとなくカミさんの機嫌が悪かったので、夕食はいつもの回転寿司に行くことにしました。だいたい寿司を食わせれば機嫌はなおります(笑)。
 いつもの…とは魚屋路(ととやみち)のことです。
 しかし日曜日の夜ということで駐車場は満車、たくさんの待ち客が見えましたので作戦を変更。一度行ったきり私は行っていない某有名回転寿司チェーン店に行こうかと思ったらそちらもいっぱい。さらに娘の提案でファミレスに入ったらそこの駐車場も満杯。
 ううむ、田舎のレジャーが「外食」であるのに加え、観光シーズンということで観光客も立ち寄っているのでしょう。どこもいっぱいです。
Photo_2 そこで思い出したのがここ。国道139号線の船津登山道入口交差点、ショッピングセンターベルの向かいにあるこだわり廻転寿司「にぎり すし兵衛」です。そういえば行ったことなかったっけ。
 お隣というか店内でつながっている焼肉屋「鉄庵」には何度か行ったことがあります。最近では安倍元首相が現れることで有名な(?)お店です。この寿司屋のスペースは以前は中華料理屋でした。いつからすし兵衛になったのだろうか。
 考えてみるとウチから一番近い回転寿司屋だな。山から行けば7分で着きます。ちなみに安倍さんちもウチの近くです。カミさんは時々ホームセンターなどで夫妻に会うようです。
 さあいざ入店。まず不思議だったのは国道沿いから駐車場に入れなかったことです。赤いコーンが立っていてそこに「営業中」と書いてある。あそこが開いてれば観光客も入りやすいだろうに。どういう理由でしょうか。
 まあ我々は裏に入り口があるのは分かっていますから普通に入店しましたけど、通りすがりのお客さんは逃しちゃうな、あれだと。
 さあ店内に入ると…おお、空いている!というかお客さんがウチを入れて4組くらいしかいない!ううむ、これは落ち着いて食べられるぞ。
 そう、普通の回転寿司屋さんて、土日の夜なんかずっと混んでるじゃないですか。おかげで待ち客からの視線を浴びながら食べなきゃいけない。自分も長く待ってようやく席に案内されたと思っても全然ゆっくり出来る雰囲気じゃない。まさに自分が「回転」している感じ(笑)。
 それに比べてこのマッタリ感は素晴らしい。ウチの娘たちも比較的静かなタイプなので、あのワイワイした雰囲気よりもこういう方が好きなようです。
Photo いちおう寿司は回っていましたが、注文すればどんどんその場で握ってくれます。ネタはこういう寿司屋にしては非常にいい感じましたね。新鮮さはもちろん、ボリューム感もあります。一般的なネタはどれも満足できるお味でしたし、職人さんおススメの「まぐろステーキ」「海老ガーリック」などの焼き系もとってもおいしかった。
 娘たちはシンプルな納豆巻きやかっぱ巻きに加え、茶わん蒸しやアイスクリームを頼んでいましたが、ふむふむうまい、海苔が違う、酢が違うなどといっちょ前なこと言ってました。たしかに、シャリも酢もサビも一味違っていて、一般の回転寿司とは一線を画していたように思います。
 「すし兵衛」は小田原に本店を持つチェーン店ですが、ここ河口湖の店舗は準チェーン店のような感じですね。公式ページの店舗紹介にも出ていませんし、お品書きもけっこう違っています。多少の独自性を持っているような感じですね。
 これから富士五湖地域も本格的な観光シーズンを迎えます。標高の高い所では今桜が満開ですし、ゴールデンウィークにはフジザクラやミツバツツジなど様々な花がピークを迎えます。
 ぜひこちらにおいでの際には、この「すし兵衛」にお寄りください。たぶんどんな時間帯でも待たされることなくおいしいお寿司が食べられますよ(笑)。
 お値段もそんなに高くありません。今日は日本酒久保田も呑んで、娘はアイスも食べて、家族で5000円程度でおさまりましたから。魚屋路とそんなに変わりませんね。

地図

すし兵衛公式
 
 

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2011.04.23

地震の現状と今後

 さん、ここ数日地震が少ないとお感じになっていませんか。やっと余震も収束に向かっているのかと安心している方もいらっしゃることでしょう。
 短期的に見ますとその感覚は間違いではありません。しかし、何度もこのブログで書いてきたように、「天災は忘れた頃にやって来る」です。ある意味私たちが日常を取り戻していくにしたがって災害の危険性は増していきます。
 一連の地震活動は、大きな波の中に小さな波を繰り返しながら、次第にその波が小さくなって収束していきます。今はその大きな波の(たぶん)二度目の底の部分にいるのだと思います。
 ですから、また波はやってきます。これは間違いありません。次の波がどの程度の大きさになるのか、それは非常に難しい。科学的というよりも経験的にしか予想ができません。
 その予想とはM8クラスの余震が起きる可能性があるということです。可能性があるということは、次の波の中ではM8レベルの地震は起きない可能性もあるということです。そうとしか言えません。
 つまり、常識的に考えてマグニチュード本震マイナス1の余震は絶対に起きると考えてよいが、それがいつになるか分からないということです。
 ようやく最近になって専門家の方々もそういうことをはっきり言うようになってきました。そして、私が言い続けてきた余震と誘発地震の区別もようやく説明し始めました。なんか後手後手ですけどね。
 余震とはまさに「余り」。一連の震源域の中で割れ残った部分が割れるということです。今回の巨大地震は震源も巨大です。三陸沖から茨城沖まで南北500km、東西200kmの断層というか固着面が破壊されました。
 ここまで大きいと余震域もスケールを拡大して考えなければなりません。そうすると最も大きな「余り」は北側の十勝沖と南側の房総沖ということになります。そこでM8クラスの「余震」が起きる可能性があるのです。
 ちょっと前にご覧頂いた地殻変動図をもう一度掲載します。
 
000060185

 図の上半分に目を向けて見ましょう。矢印が描く全体的な流れを感じてみて下さい。どうですか。東北地方から北海道は、今回の震源域に向かって吸い込まれていくように見えますね。
 今度は下半分、関東地方に目を向けます。すると、不思議なことに房総沖に向けて吸い込まれていくように見えますね。つまり、北米プレートはその南限まで東に引っ張られているということです。
 震源域では破壊が伴ってそういう変動が起きましたから、基本たまりたまったストレスを解消したと考えられるのですが、房総沖は破壊が伴っていませんから、逆に固着面でのストレスが増した可能性が大きいのです。
 そういうわけで、私はずいぶん前から房総沖の危険性を訴えてきたのです。もちろん2004年のスマトラ島沖巨大地震の3ヶ月後、その南隣でM8.6の「余震」が起きているという経験からの予想でもありますが、それ以上に実際の地下の状況を考えると、どうしても看過できないわけですね。
 ただ、そのストレスを解消するのがいつなのか、それは人間の時間感覚だけではなかなか予測できません。房総沖の前に、関東の北米プレート上で断層が動くかもしれませんし、関東フラグメントの活動による東京直下の地震が起きるかもしれません。
 本当に難しいですね。しかし、そのそれぞれの可能性は百年単位で考えると100%でしょう。さらに発見されていない、あるいは今回新たに生成された断層まで想定すれば、もういつどこで大きな地震が起きるか全く分からなくなってしまいます。
 ただ、これは私の独自の観察と勘による「実感」なのですが、フォッサマグナではストレスはだいぶが減少しているようです。頑強なプレートに比べると、もともとフォッサマグナはある意味軟弱なので、ストレスを吸収する傾向があるようです。まあ、そのおかげで、今回の地殻変動は東日本だけで収まっているわけですね。矢印の大きさの変化を見ると、そんなことも感じられますね。
 富士山も基本落ち着いています。南西麓直下の地震はなかなか収束しませんが、別の活動につながる兆候は今のところありません。
 どんな地震も地殻変動も、大局的に見れば全てストレス解消、安定の方向に向かうためのものです。そのことを忘れてはいけません。正座した地球が足のしびれを直すためにちょっと動くようなものです。そういう発想で一連の地殻変動を見ることも必要でしょう。
 もちろん、これも何度も書いていますが、必要以上に心配する必要はありません。必要な分だけ物心両面での準備をしておけばいいのです。

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2011.04.22

テレマン 受難のソナタ

 日は聖金曜日。受難日です。
 イエスが十字架に磔となり息絶えた日ということです。キリスト者ではない私もこの日は人類の罪に思いを馳せます。
 そして、受難曲を演奏したり聴いたりします。やはり、受難曲と言えばどうしてもバッハのマタイとヨハネを思い出してしまいますね。あの二曲はたしかにとんでもない音楽です。宇宙に存在するであろう全ての音楽の中の最高峰であることは間違いありません。人類の誇るべき遺産です。あの音楽が生んだというだけでも、キリスト教はすごいと思います。イエスの死の力を感じます。
 そうそう、去年のレントには、初音ミク(たち)の歌うマタイ受難曲に本気で泣きましたっけ(笑)。いや、(泣)です。ヴォーカロイドさえも受け入れるバッハの音楽の普遍性は恐ろしい。
 しかし、バッハの存命当時、その奇跡の音楽はそれほど人気があったわけではありません。はっきり言って難解であり、長すぎ、暗すぎたのだと思います。
 当然、受難のあとには復活があるわけであり、たとえば現代の日本でも、受難よりもその三日後の復活、すなわちイースターの方についつい気が向くじゃないですか。ルター派台頭の当時も大衆はそんな感じだったのだと思います。
 そんな大衆に人気の受難曲をたくさん書いた作曲家に、当時の大人気作曲家、バッハの友人でもあったゲオルク・フィリップ・テレマンがいます。彼は受難曲だけでも50曲近く作曲しているんですよ。
 そのうち、現代において最も早く録音されたものに、クルト・レーデル指揮のマルコ受難曲があります。この録音の前奏曲というか導入曲というかシンフォニアというかが、ある意味有名になりました。まずは聴いてみてください。美しい曲です。

 それこそバッハの受難曲の、あの重厚なイントロとは大違いですね。受難のイメージが逆転してしまいます。この演奏、その美しさのために、時々「バロック名曲集」などに収録されまして、それで有名になりました。
 しかし、実はこれオリジナルじゃないんですよねえ。つまり実際のこのマルコ受難曲には前奏はないのです。いきなりコラールから始まる(たしか)。テレマンの受難曲にはそういうものが多い。というか、当時の「オラトリオ受難曲」はたいがいそうだったようです。
 では、この美しい曲はなんなのかというと、実は受難曲は受難曲でも別の曲、その名も「受難オラトリオ『聖なる熟慮(Das Selige Erwägen)』」の冒頭のソナタの編曲版なのです。
 おそらく、テレマンの受難曲というある意味マイナーな楽曲の録音に際して、レーデルがバッハのあの壮大なイントロを想起して、それに対抗するためにこういうロマンチックな編曲をほどこして付加したんでしょうね。ある意味見事なお仕事です。
 この曲のオリジナル版の録音も聴くことができました。私も今日初めて聴きました。こちらは現代風な古楽器演奏ですから、テンポも倍、あっという間に終わってしまいます。視聴の1分にぴったり収まってしまっている(笑)。
 こちらをクリックして視聴してみてください。
 これはこれでまた違う美しさがありますね。このあっさりとしたシンプルさは、やはりバッハの対極にあります。
 かえすがえすもこの二人は対照的ですねえ。しかし互いに尊敬し合っていたと言います。バッハは次男に「フィリップ」の名を与えます。テレマンにちなんだと言います。その次男はのちにどちらかというと父親よりもテレマンに似た大作曲家となりました。
 そういえば、聖書によると、イエスが磔刑に処され息絶えたのち大地震が起き、人々はイエスが神の子であったことに気づくんですよね。もう地震は勘弁願いたいところですが、この震災を機に私たちもいろいろなことに気づかねばなりませんね。

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2011.04.21

「いつもの丘」で缶蹴り&大縄跳び

Gedc0658 日のお昼は中学校生徒全員を連れて「忠霊塔」へ。みんなでお花見ランチ&レクレーションです。
 桜もちょうど満開。昨年はこちらに書きましたように13日に行っていますから、今年はちょうど1週間遅れということですね。当地としては昨年が異様に早かったんですよね。
 本校も2期生を迎えまして、ますます賑やかになっております。今日のイベントも異様に盛り上がりました。
 お弁当を食べてから、まず全員で「缶蹴り」です。イマドキの中学生でここまで真剣に缶蹴りやるってありえないですよ(笑)。あの山の斜面やらであんなに全力疾走して、まあ元気というか無鉄砲というか…。いや、そんな危険なことをさせる先生たちも先生たちですが(笑)。てか、担任の先生が一番燃えてましたね。
20110421_13_13_55 見ている方もついつい興奮してしまいました。缶蹴りってこんなにスリリングでエキサイティングなものだったのですね!
 今日は桜も満開ということで、たくさんのカメラマンや花見の方々がいらしてました。まあ平日の昼間ですからお年寄りが中心ですね。静かな花見の真っ只中にギャーギャーうるさい子どもたちが押し寄せて、そしてガチ缶蹴り始めちゃって、さぞ迷惑かと心配しましたが、「いやあ久しぶりに外で思いっきり遊ぶ子どもたちを見ましたよ」とか、「今どきこんな学校なかなかないですよ」と、予想外に喜んでいただけたようで、ちょっと安心しました。
Gedc0670 缶蹴りのあとは「大縄跳び」です。なんだかとってもシンプルでトラディショナルな遊びばかりですね。それがホント盛り上がるんですよ。いつもはゲームとかしてる子も多いのでしょうが、いやあいつになっても子どもの本質は変わらないのですね。
 ウチの学校ではこういう「昭和」を感じさせる遊びを学びに取り入れています。たとえば昨年度は技術科で「模型飛行機」作りました。バルサや竹ひご、紙やゴム、ニウム管(アルミニウム)など、いろいろな素材に触れて、そして全体のバランスを取る難しさ。これなんて、私たち世代からすると当然の通過儀礼だったわけですが、今はなかなかこういう機会ないじゃないですか。
 で、実際やらせてみたら、まあ面白いのなんのって。上手下手はもちろんあるにせよ、いろいろ個性が現れて面白かった。とんでもない事件もいろいろ起きたりして(笑)。そして、最後は完成した飛行機の飛ばしっこ。それが「進級試験」でした。そして全員無事に2年生になれたと(笑)。
 さてさて、この忠霊塔…正式名称は「新倉浅間公園」…なんですよね(地元民はそんな呼び方しないものでして)。コノハナサクヤヒメを祀る浅間神社の上に戦没者の霊を弔う五重の塔があるのです。途中の浅間神社に寄る人はあんまりいなくて、こちら五重の塔の方が有名になっています。
 もともと桜と富士山の名所ということで、多くのカメラマンやアベック…じゃなくてカップルなんかが訪れる場所でした。
Gedc0660 それからもちろんフジファブリックの志村正彦くんがよく登った「丘」としても有名になっています。「いつもの丘」が登場する名曲「浮雲」については昨年書きました。
 この「丘」も、彼が空へ旅立ってしまってからというもの、ある意味聖地のようになりまして、多くのファンが訪れるようになりました(「丘」じゃないじゃん!「山」じゃん!と皆さんお思いになっていることでしょう…笑)。
 いや、志村くんけっこう体力あったんだと思いますよ。野球少年でしたし、彼の同級生である教え子たちの話を聞くと活発な少年だったようですし。なんとなく細くて白くてあんまりたくましくないイメージがありますけど、いやいや案外パワフルだったと思います。ま、ロッカーは体力勝負ですからね。バンドやってみると分かるんですけど、3曲くらいやるとグッタリ疲れるものです。
 今日は生徒たちの姿を見ながら、彼も少年時代からきっとこうやって友だちと遊んだりしてたんだろうなあとか想像していました。あるいはここで富士山眺めながら一服とか(笑)。昔の中高生は、みんな学校抜け出してわざわざここまで登って、それでタバコ吹かしたりしてたんですよ。よくつかまえに行きました(笑)。
 満開の桜と雲の間から見える富士山、そして殉国の士の英霊に守られて、子どもたちが平和に楽しく遊んでいる姿には、なんともいえない感慨を催しますね。今がこういう時だからこそ、みんなで毎日の幸せをかみしめて生きて行きたいと思います。
 
 

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2011.04.20

西湖で津波…龍神と共振

Photo チの学校の脇には、昔「鳴琴泉」と言われていた池があります。先月の巨大地震ののち、一部の女子生徒が「地震が来たら池の津波に呑まれちゃう」と心配していたのを、我々教員は「バ〜カww」と言って笑っていました。
 しかし、それは笑えないことだったようです。昨日のニュースにあったとおり、なんと山梨県の富士五湖の一つ西湖でも津波が発生していたとのこと。
 当地は震度5弱でしたが、いわゆる共振現象が起きて津波のような水位変化があったようです。たしかに家の風呂に張ったお湯が大きく揺れていたという報告もありましたっけ。いろいろな条件が合うと「想定外」の共振現象が起きますね。
 この共振現象は液体のみに起こることではありません。たとえば、東京の高層ビルでも実際の揺れ以上に大きく揺れ続けたものもありましたし、高圧電線が一部地域だけ切れたり、それ以前に地盤の性質によって周辺地域より明らかに震度の高かった地域もありました。つまり地面自体が共振を起こしていたというわけですね。
 それにしてもまた西湖かという感じです。先ほどの話は「科学的」な共振でしたが、西湖には「霊的」(科学的の補集合という意味です)な共振も起きていたからです。
 そう、皆さんの記憶にも新しいことと思いますが、あの「クニマス」の件です。クニマスに関する、西湖と東北地方の不思議な共振については、こちらこちらに詳しく書きました。龍神と三浦氏ですね。そういえば今、クニマスのふるさと田沢湖の周辺で内陸性の地震が相次いでいます。
 今回の巨大地震に関して、私はなるべく科学的な立場での言及を心掛けてきました。事情が事情であったからです。しかし、一方で常に霊的な意味もずっと考えてきた、いや感じてきていたのです。
 その全てをここに書くことはまだ憚られますが、一つだけ龍神との関係で私見を述べさせてもらいましょう。
20080418_258904 日本列島は昔から「龍」にたとえられてきました。細長い弧状列島全体を龍に見立てるというわけです。たしかにそう見ようと思えば見えますよね。これは太平洋戦争中アメリカで敵国日本を悪いドラゴンに見立てて描かれたイラストです。外国ではこういうふうに日本を見ることがけっこう多いみたいですね。現代のポストカードなどにもこういうデザインを時々見かけます。そういう意味では私たち日本人の方が「龍神」の存在を忘れているのかもしれませんね。
 今回その龍神たる日本を思い出してみるとですね、東北地方は龍の震源域にあたります。そして、あえて言うならば、その震源域は龍が持つ「玉」のあたりとなります。玉が震えたとすると何か象徴的です。
 そしてさらに不思議な符合があるんです。気がつかれている方少ないと思いますが…。
 近代日本において、日本列島を龍体ととらえた代表的な人物に出口王仁三郎がいます。王仁三郎と東北、龍神そして地震との関係は深く、たとえば彼が十和田湖を訪れた時、湖に住む龍神が反応(共振)して、実際に大きな地震と嵐が起き湖面を揺らしたということがありました。実際調べたところ、これは単なるエピソードではなく事実でした。
Mes005 そんな彼は日本列島を龍ととらえるとともに、世界の雛型だとも考えていました。私も以前、こちらこちらで紹介しましたね。単なる偶然だと笑ってしまってもいいアナロジーですが、そこは我慢してもう一度このへんちくりんな地図を見てみてください。
 そう今回の震源地の発端部分、すなわち三陸沖は世界の「艮(東北)」である日本の部分なのです。日本からこの大きな震動は起き、世界全体に伝わっていきました。
 そういうことなのです。そう思って、再びこちらをご覧下さい。いったい日本に、世界に何が起きたのか。また違った意味が見えてくるかもしまれせん。
 本当に被災された方々の悲しみ苦しみはたとえようがないと思います。そして追い討ちをかけるような原発問題、余震の数々。そうした苦難が無駄にならないようにするためには、科学的現実的な思考がまず第一であるのは当然として、ある意味では霊的物語的な感性も必要なのかもしれません。私はその両方のバランスをとっていこうと思っています。

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2011.04.19

クリストフォリ(最古のピアノ)で遊ぶ…

Gedc0654 チの歌謡曲バンドのキーボーディストにしてウチの娘のピアノの先生である方のお宅におじゃましました。
 いちおう名目は娘をピアノ教室へ連れて行くということでしたが、結局娘のレッスンそっちのけ(というか1回弾いただけ)で、私と先生はモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ(ヴァイオリンの伴奏付きピアノソナタ)で遊び出してしまいました。娘はそれをぼんやり聴いている…いや、こういう鑑賞も立派なレッスンなのである!ということにしておきましょう(笑)。
 いやはや、なにしろ、そこにあるのはクリストフォリなんですよ!御存知ですか?クリストフォリ。
 バルトロメオ・クリストフォリ…ピアノの発明した人です。正確に言えば、18世紀の初めにチェンバロの弦をハンマーで叩くという機構を考案して実際に製作した人ですね。たしかにそれが現代のピアノの基礎になったわけですから、彼をしてピアノの始祖とするのもあながち間違いではありません。
 クリストフォリが製作したホンモノは世界に3台だけ現存しています。それらを参考にして日本を代表するチェンバロ製作者の久保田彰さんが製作したのがこの楽器。
 以前、私がこちらでフォルテピアノとして紹介した楽器と同じタイプですね。この記事をお読みいただければ、この楽器がどういう素性と性格のものかお分かりいただけると思います。
 それにしてもこの楽器が、この山梨の山奥の我らの仲間の家にあるということが奇跡ですよねえ。まったく縁というのは不思議なものです。
 所有者もまさかこんなことになるとは思わなかったでしょう。教会での奉仕から始まり、バンド活動、そして都留音楽祭での小倉貴久子さんとの出会い、その他もろもろ…。そんなこんなしているうちに、ウチの娘がピアノを習うことになっている。そして今日のモーツァルトにつながる。
 ううむ、音楽というのは面白い。縁を生み出す魔法ですね。特に我らはゴスペルからジャズ、ロック、民謡、歌謡曲からクラシック、古楽までなんでもやりますから、そういう縁の広がり方も尋常じゃない。楽しいですね。
Photo_4_20_10_32_00 というわけで、娘もいきなり発表会で弾くことになっているバッハ(の息子)の作品を、まさに同時代のクリストフォリで演奏させられ、それがまた結構良くて大人二人は異様に感動してしまって、もう今日のレッスンはおしまい!ということになってしまいました(笑)。
 私も即興でチョロチョロとなっちゃってバッハなんかを弾かせていただきました。ううむ、いいなあ…。私クラヴィコード大好きじゃないですか。その感覚に非常に近い。耳のスイッチが入る前に、指先のスイッチが入ります。指先で撫でる。指先で感じる。指先で聴く。これがたまらんのですよ(笑)。
 私、基本ふだんはほとんど鍵盤楽器は弾かないんですけど、クラヴィコードかフォルテピアノがそこにあれば、一日中即興で弾いていられます。楽器に弾かされちゃうんですよ。不思議なものです。
 本来、楽器というのはそういう「メディア」でした。自己表現の道具になったのはつい最近、近代になってからです。日本で言えば「もののね」を媒介する「こと」なわけです。霊界の玄妙な調べたるモノをこちら側のコトにする。それが本来の楽器の役目なのです。
 そういう意味で、フォルテピアノ、特にこの、ちっとも近代化していない最古のタイプは、まだまだ充分に霊媒的な性格を持ち備えているのでした。素晴らしい。
 これぞ「ピアノ」。アタックの強いチェンバロよりも「優しい」音のする「ピアノ」とはこのことです。
 隣に鎮座している「普通の」グランドピアノが、なんだかとんでもない「兵器」のように見えました(笑)。こっちはどっちかと言うと「ピアノ」ではなく「フォルテ」だな。
 これからも時々娘の引率をいたしましょう。今日は急なことでモダン楽器を持って行ってしまいましたが、次はバロック・ヴァイオリンを持参いたしましょう。
 以下、その音世界を体験してみたいという方のために動画を貼っておきます。


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2011.04.18

追悼 出崎統さん

Dezakimain 本のアニメの歴史を語るのに欠かせない存在であった出崎統さんが亡くなられたとのこと。非常に残念です。
 鉄腕アトム、ムーミン、あしたのジョー、ルパン三世、国松さまのお通りだい、赤胴鈴之助、ど根性ガエル、ジャングル黒べえ、エースをねらえ!、空手バカ一代、侍ジャイアンツ、はじめ人間ギャートルズ、ガンバの冒険、元祖天才バカボン、まんが日本昔ばなし、まんが世界昔ばなし、ベルサイユのばら、あしたのジョー2…。
 作画や監督・脚本・演出など関わった作品を挙げるだけでも、どれほど私(たち)の人生に影響を与えたか分かるでしょう。
 今日はある意味私らしい彼への追悼動画をアップさせていただきます。
 出崎さんを語る上で必ず登場する止め絵や静止画のパンニング。それを押井守さんが「うる星やつら」の中でパロったシーンです。
 以前私も記事として紹介した「第66話 ニャオンの恐怖」です。
 今日はそのクライマックス、野良猫のトラジマとあたるの決闘シーンをご覧いただきましょう。
 上の記事にもありますように、この回は唯一押井さんが脚本、演出、絵コンテ三役全てを手がけた作品だそうです。それだけ出崎さんへの強い思い(どういう思いかはわかりませんが)があったのでしょう。
 常に個性を求め、新しい技術に挑戦し続けた(続けている)お二人にしか分からない世界があるのかもしれません。その思いが作品化するとこういうことになってしまうというのをとくとご覧下さい。
 それでは、こちらをクリックしてください(現在視聴不可能になっています。あとで調整します。すみません)。
 二人の天才の技が合体し、とんでもなくダイナミックな表現を生んでいますね。今こういうアニメってあるでしょうか。変なところに手間かけてますよね(笑)。
 出崎さんの本格的な作品として最後を飾ったのは、おそらく「源氏物語千年紀Genji」でしょう。私はこの作品全部は観ていません。源氏には特別の思い入れがあるので、こういう映像化には抵抗があるからです。しかし、そんな私情を抜きにすると、これはたしかに世界に誇るジャパニメーションの一つの極点でありましょう。止め絵とは対照的に、細部に亘ってある種のリアリズムを追究していますね。いや、これはフィクションを極めているのかもしれない。いやいや、両者は極点では一つになってしまうのでしょうか。
 きっと彼はあの世でこんなような世界を実際に体験しているかもしれませんね。ご冥福をお祈りします。

源氏物語千年紀Genji 公式


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2011.04.17

原発問題…事霊と神風

Photo 電から今後の工程が発表されました。努力目標という感じで具体的な印象がなく、なんとも頼りないと言えば頼りない内容でしたが、ぜひとも日本のために、いや世界のために頑張ってもらいたいと思います。
 原子力政策とその顛末ですが、こういう喩えは良くないかもしれませんけれども、太平洋戦争(大東亜戦争)の過程と結果に似ていますね。どう考えても負け戦になるに違いなかったのに勢いで突入してしまい、一部の上層部の体面と保身のために情報操作が行われ、国民もそれに躍らされているうちに、案の定大変なことになってしまった。ともに残念極まりないことです。
 戦後処理もどうせならアメリカなど諸外国に頼んだ方がいいんじゃないですか?と言いたくもなります。
 しかし、日本というのは不思議な国です。あれだけ初動に不備や遅れがあり、その後も多くの試練があったにも関わらず、ギリギリの状態とは言え最悪の状況だけは避けられている。これはもう奇跡としか言いようがないのかもしれません。
 事霊(ことたま)と神風…こんな言葉を使うと怒られるかもしれませんが、実際日本はそうやって、ある意味他力で国難を乗り切ってきてしまった歴史を持っているんです。だからこそ、論理的な反省ができないのだとも言えます。
 ちなみに「ことたま」という言葉、いつも言っているように、私は一般とは違った解釈をしています。それは一般が明らかに間違っているからです。江戸時代の国学者が無責任に言ってしまった「(日本)の言葉には不思議な霊力があって、その力によって日本は栄えてきた」というような説明は、私には到底受け入れられません。
 実際、古い文献ほど「言霊」ではなく「事霊」と書かれていることが多い。ことは「言葉」に関わることではないのです。一般では「往古は事と言とは同じことを意味した」なんていい加減な説明がされていますが、それも根本的に間違っています。「コト」という大きな概念があって、その中に「事」も「言」も含まれているというだけの話です。
 つまり、ワタクシ流に言えば、不随意・自然・外部を表す「モノ」という存在の反対語として、随意・人工・内部を表す「コト」があるということです。単純です。
 たとえば、今回の巨大地震や大津波は「モノ」に近いものでした。だから「想定外」という言葉が跋扈するわけです(実際には「想定内」のコトに収めることも可能でしたが)。そして、原発が制御不能になった。制御可能なコトだと思っていた原発が、突然制御不能なモノになった。物の怪になって襲ってきたわけです。
 しかし、なんとかなっているというのが、まさに「事霊」なのです。万葉集にある「志貴島の日本(やまと)の国は事靈の佑(さき)はふ國ぞ福(さき)くありとぞ」というのはそういうことなんです。異論ないでしょう。なんだか知らないけれど、最後は「神風」が吹いてなんとかなってしまう国だということです。
 「言霊」という文字が使われるのは、そうした「思い通りになる」「脳で処理できる」ということの象徴が「言葉で表現できる」ということだからです。
 逆に、言葉で表現できず、ただただ嘆息するしかないことを「もののあはれ(モノのAh!)」と言うんです。分かりやすいでしょう。
 だから今回も結局「神風」が吹いてなんとかなるような気もしてしまうのです。いや、そうあってほしいと望むのです。もうここからは人間の脳内の「コト」領域だけでは処理し切れないと思います。ある意味「モノ」たる神仏(自然?)の力を借りるしかない。モノコト両者のコラボレーションでなんとか乗り切るしかないと思うんですよね。
 しかし、さすがに今回は論理的な「反省」が必要でしょう。もちろんそれは東電や国だけの問題ではありません。国民みんながこの国難、悲劇を無駄にしないようにしなければなりません。もう今からそういう気持ちでいなければ。
 そうしないと、また別の分野で同じようなことが起きてしまいますよ。
 そうそう、現代のコペルニクスと言われる(自ら言っている?)武田邦彦さんが今日、自身のブログで興味深いことを暴露してくれています。ぜひご覧ください。武田さん、ちょっと行きすぎな時もあるみたいですけれど、基本私は彼のスタンスは嫌いではありません。以前にも「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」「偽善エコロジー」を紹介しましたね。
 とりあえず原発深層流002 危険な原発? 安全委員会速記録(1)原発深層流003 危険な原発・登場の瞬間をお読みください。原子力安全委員会が出した「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の驚愕の事実が明かされます。
 あと、それから言論統制ということで言えば、今日本のメディアよりも外国のメディアの方が正しい情報を発信していますよね。日本語で書かれたものには多くのバイアスがかかっている印象です。
 面白いのは、東京電力のホームページです。日本語のページよりも英語など外国語のページの方がずっと詳しく報告されています(苦笑)。たとえばこちらをご覧下さい。ずいぶんと具体的な惨状を見ることができます。いったいどうなっているんでしょうか。


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2011.04.16

春霞(栗林酒造店)

おくれゐてわれはや恋む春霞 たなびく山を君が越えいなば(萬葉集) 久方の天の芳山この夕 霞たなびく春立つらしも(万葉集) 春のきる霞の衣ぬきをうすみ 山風にこそみだるべらなり(在原行平) 春霞たなびく山の桜花 うつろはむとや色かはりゆく(詠人不知) くれてゆく春の残りをながむれば 霞のそこに有明の月(式子内親王)  春のこし朝の原の八重霞 日をかさねてぞ立まさりける(相模) 春霞たなびきにけり久方の 月の桂も花や咲くらむ(紀貫之)

 は空気の透明度が下がります。今日もなんとなくボンヤリ白い空でしたね。空気中の微粒子が多い状態です。
 この春霞、実は何が原因なのかはっきりとは分かっていません。要因が複合的だからです。
 微粒子と一言で表現してしまいましたが、実際には水蒸気、各種イオン、黄砂、花粉などいろいろなものが空気中に充満しているということですね。
 水蒸気が増える原理も複合的です。冬季に雪や氷という形で地上に固定されていた水分が気温の上昇とともに空気中に発散されるとか、植物の蒸散活動が活発になるとか、いろいろな原因があるようです。
 黄砂は昔から飛んできていたようですね。しかし、スギ花粉やヒノキ花粉は戦後の植林政策によるものでしょう。
 今年は特に春霞が顕著なような気がしますね。気のせいかもしれませんが。あのような大きな地震が起きたので、地殻に無数の目に見えない亀裂ができ、地中に封じ込められていた物質が噴出している可能性もあります。地震雲はそうした物質が作るエアロゾルによって発生すると言われています。
 今日も飛行機雲がたくさん発生していましたね。空気中のエアロゾルが多い状態なのでしょう。空鳴り…主に航空機の飛行音の反響…も発生していました。空全体で音が拡散せずにこもった感じになる現象です。
 ちなみに地中には自然の放射性物質もたくさん閉じこめられています。たとえばウラン。このたびの地震によってそれらが大地から漏れ出ているということもあります。計測値に影響を与える程度なのかは私には分かりませんが、そういう事実もあるということも知っているべきでしょう。
009b さてさて、今日の本題は実はこちらです。
 昨日呑んだお酒。秋田の「春霞」です。秋田の中でも特に酒造が盛んだという(つまりいいお米といい水に恵まれている)仙北市にある栗林酒造店の日本酒です。
 昨日いただいたのは、純米吟醸青ラベルでした。秋田のお酒にしては甘味が強くなく非常にスムーズに舌の上を通過していきます。お刺し身と絶妙にマッチしていましたね。ついつい呑みすぎてしまいました。
 日本酒はその味わいによって、呑む人の気分を大きく左右します。楽しいお酒、幸せなお酒、しんみりするお酒…いろいろあります。この春霞はずばり楽しいお酒でした。
 ところで、栗林さんのホームページにもあるように、「霞」という言葉は「酒」そのものを表す場合があります。15世紀の文書に「霞を飲む」という表現があります。当時の酒はいわゆる濁り酒ですから、白く濁った感じが「霞」のようだったのでしょうね。澄んだ水に対する濁った酒ということです。
 仙人のような浮世離れした生活のことを「霞を食う(喰らう)」と表現しますが、これももしかすると本来は「酒を飲む」という意味かもしれません。
 私もいずれリタイアしたら「霞を喰らう」生活をしたいものです。とりあえず、日本酒大国(?)秋田のお酒を頑張って飲み尽くしてみたいなあ。

栗林酒造店
 
春霞 純米吟醸『青ラベル』1800ml[日本酒/醸造元:栗林酒造店/銘柄:春霞]1117PUP10

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2011.04.15

2011.4.15 今日の富士と雲

 日酔いのため(笑)更新が遅れておりました。今はもう16日です。11時19分に茨城県南部を震源とする地震があり、最大震度5強を記録しました。震源の深さが79キロということで、ここのところ収束傾向だった内陸浅部の断層型の地震とは違いますね。
 さて、また後出しで申し訳ないのですが、昨日撮影した富士山と雲の写真をご覧頂きたいと思います。久々にちょっと気になる雲が出ていたので撮影してみました。
 朝撮影した富士山とその周辺の雲は別に珍しいものではありませんし、実際穏やかな感じでした。
 しかし午後になって曇り始めてからは、ちょっと見かけない雲が南東から北東にかけて現れていたので、いちおう写真を撮っておきました。その後、研修&飲み会がありまして、結局アップせずじまいになっていました。
 こうしてやや大きめの地震が起きまして、やはり全く関係がなかったとは言いきれないなと思い、遅ればせながらアップさせていだだきます。こんな後出しでは全く予知にもなんにもなりませんね(苦笑)。まあ、地震雲とは言えないと思いますけど、変った雰囲気の雲ということで。

↓朝9時頃。
Gedc0642

Gedc0643

Gedc0644

↓夕方5時20分頃。天頂近く。
Gedc0645

↓北東方向。
Gedc0646

↓東方向。
Gedc0647

↓南東方向。
Gedc0648

↓東方向。
Gedc0649

↓南東方向。
Gedc0650

 夕方の東の低空がやや赤みを帯びていました。写真でも判りますでしょうか。

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2011.04.14

フジファブリック 『桜の季節』

 ジファブリックpresents フジフジ富士Q 完全版上映會、無事終了したようです。たくさんの方がいろいろな思いであの日の映像を観て、あの日の音を聴いたことでしょう。
 終了後に3人のメンバーが、ファンにこのようなメッセージを送ったそうです。うれしいことですし安心しましたね。ぜひがんばってほしいと思います。今年中に新しい音が聴けることでしょう。
 さて、ファンの方はご存知のように、今日はメジャーデビューシングル「桜の季節」が発売されてちょうど7年目ということになります。7歳の誕生日とも言えますね。
 今日の富士吉田はポカポカと暖かく、桜も3分咲きになりました。こちら富士北麓では梅と桜がほぼ同時に咲きます。長い冬が終わってようやく雪が解け、そしていっせいに花が咲き始めるのです。
X2_57ff293 写真は、我が校の母体となっている月江寺の境内の桜です。志村くんも子どもの頃よく遊んだところですね。また、東京へ出てからも時々帰ってきては、ここ月江寺の池の端のベンチに座って、この木の下で一服していた場所です。この池にはあひるがいるんですけど、なんか、志村くんとあひる仲良さそう、そんな気がします(笑)。
 さて、「桜の季節」、デビュー曲にしてこれですからね。フジファブリックらしさ満載、志村くんらしさ満載の楽曲です。
 歌詞ももちろんユニークです。日本的な桜と言えば「散る」や「舞う」が代表的な動詞ですね。「桜のように舞い散ってしまうのならばやるせない」はある意味伝統的な「もののあはれ」の世界観です。
 しかし、「桜が枯れた頃」という表現は新しい。もちろん木として枯れるのではなく、桜の葉が枯れる秋を想像してのことでしょうけれど、まあ普通じゃないですね。すさまじい想像力です。
 「作り話に花を咲かせ」という表現もまた「やられた!」という感じですね。リアル世界の「舞い散る」「枯れた」に対して、フィクションは「咲く」わけですから。うまいコントラストです。
 遠くの町へ行く人、手紙の相手は誰かというと、きっと自分自身なのだと思います。もちろん志村くん自身であり、私たち自身なのでしょう。そういう普遍性のある詩ですね。
 音楽的にも実に面白い。ものすごい個性です。
 イントロで持っていくのがフジの特徴ですね。特に彼らの場合はイントロがその後の曲から独立している(有機的に結びついていない)ことか多いんですよね。イントロがまるで別の作品のごとく輝くことが多い。不思議なイントロです。
 そしてAメロでいきなり志村節になりますね。あえてコードをつけるならGm→Cmとなって、イントロと関連性がないとは言えないのですが、実を言うと、Aメロってコード感がないんですよ。
 つまり、ベースの音と五度の音だけで構成されていて、西洋音楽的に間を補う三度の音がないんです。いわば日本の伝統音楽なんですね。志村くんの歌うメロディーは短調の二六抜きどころか、四も抜かれている、とんでもなくプリミティブな音階です。それがかっこいい。フジファブリックらしさですね。
 もちろん山内くんのギターや金澤くんのピアノはコードを弾いているんですが、絶妙にテンションを入れたり、頻繁に動いたりして和声感を消し去っていますね。曲の本質をよく理解したアレンジだと思います。
 そして、いきなり器楽の間奏になってしまう。普通のロックやJ-POPでは考えられませんよ。ここでは先ほどオミットされていた二四六の音がピアノで奏でられていわゆる西洋音楽モードを感じさせます。この「おいしく木に竹を接ぐ感じ」がフジらしさの一つでしょう。
 そしてBメロというか、もうサビなのかなあ…彼らの楽曲にはそういう一般的なカテゴライズが適用できませんね。カミさんはこの曲はサビ入りで、ここの部分はCメロ的なイメージがあるって言ってます。なるほどね。たしかに。
 とにかく盛り上がりそうで盛り上がらない、さっき出てきたプチ間奏に落ち着いてしまうと言うワケのわからん(笑)構成になっていますねえ。いきそうでいかないってヤツですかね。個性的すぎます。
 たしかにそのあと冒頭のメロディーが戻って間奏に入っていきますから、いちおうサビ入りって言えるかもなあ。そして、そのピアノのレッスンのようなスケールによる間奏が面白い。これってすごいセンスと勇気を要する部分ですよ。普通のプロは絶対やらない技です。プロ中のプロだけができる技。
 実はクラシックの世界でも、超一流の超一流の曲は露骨な音階をうまく使っているケースが多いんですよ。そう意識して名曲を聴いてみてください。
 で、これがまた間奏かと思うと歌がかぶってくる。いったいどういう感性してるんでしょうね。
 そしてツインギターのリフによる変ちくりんな間奏というか、もう間奏ばっかりですね(笑)、ここはもう西洋音楽的なルール観からしますとホントメチャクチャ。あり得ない不協和音の連続です。これって西洋音楽への挑戦状ですわ、こりゃ。もう最高に痛快です。
 そこにまた歌が重なってくる。プログレをも超えていますね。なんなんだろう。分析するとメチャクチャですが、普通に楽曲として素直に聴けてしまうところが、彼らのすごいところですし、飽きないところですし、クセになるところです。これがデビュー作品かあ…。
 今もカミさんが、「ああ!富士吉田の風景って感じ!」と言ってます。ふむ、たしかに変ちくりんなところが吉田らしいかもなあ。古いもと新しいものの混在(古いもの優勢)、日本と西洋の混沌(日本優勢)、都会的センスとは程遠いこの街並み…。
 そして、至高の美である富士山と人間の汚れた部分のコントラスト。
 近く富士吉田の市長選があります。この時代、こんなご時世になってもまだ、対立候補どうし下品な中傷ビラを配りまくる、この富士吉田というどうしようもない町、ある意味ものすごく個性的なのかもしれないなあ。
 フジファブリックのファンの方々、志村正彦ファンの方々は、皆さん富士吉田を美化してくださいますが、実際にはホントだめだめでドロドロな困った町なんです。だからこそ、志村君のような才能が生まれたのでしょう。
 泥の中に咲いた花なのかもしれません。そういう、私は彼をコノハナサクヤヒメの分霊だと思っています。桜の花そのものなんです。
 桜のように舞い散ってしまうのならばやるせない…。

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2011.04.13

地震予知はどうあるべきか

Nature10105i20 がいろいろ書いてきたことを、ようやく専門家が発表し始めています。
 再び三陸沖で大きな地震があるであろうこと。余震が余震でないこと。いずれ来るであろう房総沖の地震のこと。他地域での地震の活発化のこと。それから「想定外」のこと。
 これはもちろん、私が偉いとか予言者だとか、そんなことではありませんよ。当たり前のことを専門家はタイムリーに発表できないということです。責任問題があるから、分かっていてもなかなか語れないのです。
 それは政治家も一緒かもしれませんね。あるいは東電も。言葉なんてそんな程度のものです。
 私は専門家ではありませんから、ある程度自分の言葉の責任は軽くなります(もちろん無ではありません)。だからその責任の程度に応じたある種の勇気をもってこうして書けるわけです。
 そのへんの加減を理解しないで、ずいぶんと断定的なことを書く、いわゆる「予言者」のような方々もいます。最近、そういう人たちが、本来オープンであったはずの言論の場をクローズドに変えつつあります。つまり、一定の制限、資格を設けているわけですね。
 これは、宗教団体の成立過程に非常に似ています。誹謗中傷のみならず、反対意見をも封じ込め、ある意味積極的に「敵」を作って、その反対に「信者」を形成していくパターンです。それが社会から遊離して孤立していくと、オウムのようなことになるわけです。
 さて、それは私には関係ないのでこのへんで話を戻します。予言ではなくて予知の話です。
 今日の深夜、いつものとおりイギリスの科学雑誌ネイチャーの電子版を見ていたら、ある意味有名な東大の地震学者ロバート・J・ゲラーさんの論文が載っておりました。これです。
 簡単に言えば、「当たらない地震予知は害になるからやめろ」ということです。私の拙い英語力での読解ですので、かなり乱暴な言葉になってしまいましたね(苦笑)。
 上の画像をクリックして見てみてください。日本列島、濃く色付けされている地域ほど、地震被害に遭う確率が高いとされてきたところです。それに対して、グルグル渦巻き(同心円)のところが実際に起きた被害地震。
 全然当たっていませんよね。これが現実です。たしかに私が静岡で高校時代を送っていた頃から、明日来てもおかしくないとずっと言われ続けてきた東海地震。まるでそこを避けるように違う場所で大規模な地震が起き、被害が出ています。
 ゲラーさんはそういう現実からして、他地域にある種の「油断」を生んでしまっていると言いたいのでしょうね。そして、その油断が「想定外」を生む。
 論文の中には、「想定外“unforeseeable”」についても書かれています。私も全く同意見です。私が散々書いてきた貞観の三陸地震や津波、明治の三陸地震や津波のことも出てきますね。充分に「想定」されたはずだと。
 で、ゲラーさんは、こういう不毛な(百害あって一利なし…とまでは言いませんが)「東海地震の予知」は即刻やめなさい!と言っているわけです(たぶん)。
 では、もう私たちはどうしようもないのか。ただ手をこまねいていればよいのか。あるいは全てを運命と受け入れるだけでよいのか。または、みんなが科学技術や知識よりも「霊感」を磨いて「予言者」になればよいのか。
 これは実に難しい問題ですね。
 私は6年前、北九州で大きな地震があった時、こんなことを書きました。今でもこの考えに変わりはありません。ちょっと大事な部分を引用してみましょう。

 …今回の北九州の地震でも、専門家は空白地域だったと言い訳をしていますが、実際、宏観現象を捕らえたアマチュアもいるようですね。とにかく、そういった情報を集めて、地震発生確率を毎日はじき出して、天気予報の降水確率のように、あるいは花粉情報のように発表すべきだと思います。注意しましょう、傘を持って出ましょう、花粉対策は万全に、でいいのです。
 「明日の何時ごろ、どこそこでマグニチュードいくつの地震があります」…これは無理です。また、これをやったら、パニックを招くだけです。だから、今日は、これだけの数の人がこういう確率で注意を促しています、でいいと思うのです。
 天気予報もしょせん経験による個人的な確率論にすぎません。しかし、それを毎日やることによって、私たちのそれに対するスタンスが安定し、また精度自体も上がってきたのです。

 これですね。「忘れた頃にやってくる」地震というものを、日常の意識の中に戻すのです。
 もちろん、これによって逆に「狼少年」じゃなくて「狼が来た!と叫ぶ羊飼い少年」効果が起きる可能性もあります。つまり慣れや不信による「油断」です。
 しかし、「忘れている」よりはこの種の「油断」の方がまだましです。こういう考え方をするしかないと思うんですが、いかがでしょうか。
 そしてあとは何度も言っている「歴史に学ぶ」ということです。先人の苦難や命を無にしないことです。過去に対して傲慢ではいけません。常に謙虚であるべきです。
 


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2011.04.12

考えよう一人一人・がんばろう一人一人

20110413_85517 日も福島や茨城、千葉、長野などで大きな地震が相次ぎました。
 地震の活動にはいろいろなスケールでの周期性があります。くしくも11日から大きな地震が連続しましたね。このように大地震が発生してちょうど1ヶ月後に再び地震活動が活発化することもよくあることです。おそらくは月と地球の位置関係、すなわち潮汐力が関係しているものと思われます。
 気象庁や専門家は今頃になって「まだ数ヶ月、いや1年以上続く」と言い始めましたが、そんなことはとっくの昔に分かっていたことです。ことが起きてから遡って言及するようでは遅い。原発のレベル7なんかもそうです。全て後手後手。正直呆れてモノも言えません。
 昨日も書いたとおり1000年に一度あるかないかの大変革が起きたのです。私たちはそれをもっとちゃんと認識しなければいけません。その影響は日本列島全体に及びます。
 今日はそれをヴィジュアル的に確認したいと思います。
 3月11日の地震のスケールの大きさを実感していただくために次のアニメーションをご覧ください。これは全国1000箇所に設置された強震観測装置のデータをヴィジュアル化したものです。赤が最も強い揺れを、青が安静な状態を表しています。
 上の画像はその一枚、地震発生から2分後、まさに地の振動が広がりつつある瞬間をとらえたものです。これを地震発生から、九州まで地震波が伝わるまでをアニメーション化したものがありますので、ご覧いただきたいと思います。時間を10倍速にしてあります。こちらをクリックすると見られると思います。
 いかがでしょうか。このたびの巨大地震がいかにとんでもないスケールのもので、そして、とんでもないエネルギーを持ったものであったかが実感できるのではないでしょうか。まさに日本列島全てが震えました。
 続きまして、次の画像をご覧下さい。クリックすると大きくなります。
000060185
 これは巨大地震後の地殻変動を表したものです。もちろん矢印の長さは極端にスケールアップされたものですが、こうして見ると、日本列島にどんな力が働いて、日本列島がどのように動き、歪められたかがよく分かると思います。
 ものすごいスケールでとんでもないことが起きたのだと気づかされますね。
 このようなことの上に現在の地震や原発事故が起きており、今なお進行中なのです。そして私たちはその大地の上にこうして危うい文明生活を送っているわけです。
 何度も書くように、必要以上の心配やマイナス思考を促しているわけではありません。こういうスケールでの感覚を取り戻してほしいのです。
 本来私たち人間をはじめとする生物には、こうした「モノ」スケールでの感覚や発想が備わっていたです。しかし、近代化とともに、私たちはそうした自分の中の大切な「モノ」を失ってしまいました。
 科学や学問や教育や社会や貨幣経済や、そういった「コト」世界で、大地や自らをコーティングしてしまっていたのです。今回、大地からはそれらが一気にはがされてしまいました。それを修復しようとすることももちろん必要ですが、そこに立ち現れた「本質」にも目を向けなければならないと感じます。そして、身ぐるみはがされた自分たちの内側も見つめ直さねばならないでしょう。
 どうも最近の日本人はそういうことが苦手なようです。たとえば東京一つとっても、ここ100年ほどの間に関東大震災、東京大空襲と、二度その薄皮をはがされた経験を持つにも関わらず、その後も本来の都市計画などほとんど行われずに、ただただ復興復興のかけ声の下、再び危うい都市を築き上げてしまいました。
 今回はいろいろな意味で私たちが本来の「モノ=自然」との関わり方を考え直さなければなりませんね。被災者の方々のことを考えた上で、これを一つ大切な「きっかけ」にしなければならないと強く思います。
 「がんばろう日本」と言うのも結構です。「一つになろう日本」とかけ声をかけるのも結構です。しかし、それぞれの言葉に先立って「考えよう日本」がないと、また同じ轍を踏むことになりかねません。
 このたびの大震災、大人災を後世に生かすには、「考えよう一人一人」、「がんばろう一人一人」なのかもしれません。

PS 原発の現状について。こちらもとんでもないことが起きているという認識を。
 京都大学原子炉実験所小出裕章さんの解説


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2011.04.11

木を見て森を見る

20090524dsc02974 日、「いろいろな意味で明日が山場だな」とつぶやきましたが、地震、原発ともに実際のところ、今日から数日が山場になりそうです。
 福島、茨城で大きめの地震が頻発しました。内陸の活断層が連続的に破断しているようですね。
 こうした内陸の地震や先日の宮城県沖地震を、かの巨大地震の「余震」と表現するのに私は反対です。
 これだけ大きなスケールでの地殻変動が起きたわけですから、これは「余り」ではなくて、一連の現象の一部に過ぎません。地球のタイムスケールで言えば、数年、数十年すら「同時」なのですから。
 私も「大地震に誘発された別の地震」と表現していたこともありましたが、それもある意味間違いというか、いかにも人間的なスケールでの認識(言語化)ですね。
 今回は土台がどかんと動いたわけで、その上に乗っかっている表層部がひび割れするのは当たり前と言えば当たり前です。今後も、糸魚川静岡構造線以東の各所で内陸性断層型の地震が頻発するでしょう。これらは結果として「直下型」となりますので、ピンポイントで大きな被害が出る可能性があります。注意してください。
 なお、危機的な状況にある福島第一原発の直下にも活断層があります。それが動く可能性も当然あります。正直もう祈るしかないですね。
 それから何度も書いていますとおり、房総沖のアスペリティがはがれる危険性は相変わらず高い、いや日々高くなりこそすれ低くはならない状況ですので気をつけたいところです。
 まあ、そういう危険性を挙げて行けば、もう日本中安全なところはなくなってしまうので、それはもうしかたありません。
 もう一度確認しておきましょう。日本はこういう国なのです。

 「日本の国土面積は世界の0.074%だが、ここに世界の全火山の7%があり、ここで全地震の10%が起きている」

 こういう国に生活しているということを、私たちは忘れてはいけません。もちろん、その恩恵も限りないものであることも。
080720the_mainichi それにしても、この不二草紙もすっかり地震専門ブログになった感がありますね。まあ、千年に一度あるどうかの自然災害が起きたわけですから当然と言えば当然です。
 ある意味では、私の今まで一番長く続いている趣味が活かされているとも言えましょうか。
 ここであえて確認しますが、私は国語の教員です(笑)。しかし、もともとは地学の教員を目指していました。大学の第一志望校はそちら方面でした。ある意味、今でも言葉よりも天文、気象、地震、噴火の方が得意分野かもしれません。
 そういえば、今ちまたで「予言者」として人気(?)の某作曲家の息子さんも国語の先生ですね。彼の「言葉」については、私は共感できる部分と共感できない部分があります(というか、お忙しいのは分かるけれど、ちょっと誤字脱字が多すぎですね。国語の先生として気をつけた方がよろしいかと…笑)。
 彼も独自の観測データと知識と、そして「霊感」のようなモノをもとに様々な発言をしています。ある意味では私と似ているのかもしれません。もし違う点があるとすれば、彼は自身の地震に関する発言に絶対の自信を持っていて、私は自身の地震に関する発言に全く自信を持っていない(ふぅ、誤字なく書けた!)という点でしょうか。私はあんなにはっきりと断言できません。
 それは、言葉が恐ろしい力を持っていることを知っているからです。自分が発した言葉が自分を洗脳していく過程をよく知っているからです。多くの科学者や霊能者がその罠にはまっていったのをよく知っているからです。
 まず自分の言葉を疑うこと、発した言葉に責任を持つこと、そこをベースにしないと非常に危ないと思います。
 ですから、私の書くことはあくまでも「情報の一つ」だとお考えください。昨日話で言えば、樹海の中の一本の木です。「木を見て森を見ず」ではいけません。前出の某先生のところに集まる方々、そして富士山麓の某の周囲に集まる「信者」の方々には、ぜひ森を見ていただきたく思います。
 木を見て森を見る。私もそれを心がけたいと思います。時間においても空間においても情報においても。
 


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2011.04.10

情報の樹海・情報の津波

↓貞観の噴火で流れ出た溶岩流の上に豊かな森が形成されました。
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 地震が起こり、大津波が起きてからというもの、私たちはまた違った意味での大きな揺れと波に襲われ続けていると感じます。
 それはすなわち「情報」の揺れと波です。
 今日も私は、東京電力の会見を見聞きしたり、石原都知事再選のニュースを見聞きしたり、それに対するネット社会での言説に触れたりしながら、なんとなく溜息をついてしまいました。
 高度情報化社会となり、私たちは様々なメディアから膨大な量の情報を得ています。得ているというよりも、まさにさらされている状態ですね。
 何度か書いてきましたけれども、情報というのは、ワタクシ流に言うと「コト」であり、自然たる「モノ」と違って永遠に不変な存在です。一度生まれると消えることも変化することもありません。
 それがこうしてどんどん発信され、コピーされていく。つまり、その総量が時々刻々と増え続けているということになります。モノとしての記録媒体が消されても、コトたる情報自体は、たとえば誰かの頭の中に残ったりしますから、やっぱり減りません。
 そのへんのことについては昔この記事に書きましたね。
 そう考えると、CO2とか放射性物質とか以前に、もうかなり地球での情報濃度は高くなっていて、もしかするといきなり爆発を起こすかもしれないし、ジワジワと私たちの健康を害するかもしれません。
 しかし、どうも情報というのは、物理的なエネルギー、すなわち物体とは根本的に性質が違うもののようですね。だからこそ怖いということもあります。
 目に見えない状態で充満しているわけですし(いや、充満という概念自体物理的感覚なのか)、どんな効果があるのかもわからない。情報の累積という意味では、「現在」の私たちは常に未知の事態に遭遇しているわけですし。
 そうすると、その状態というのは、ワタクシ流に言うところの未知・不随意たる「モノ」であるわけです。ハッキリさせたつもりが、よけいにボンヤリしてしまう。「コト」が積分されると「モノ」になるということですね。つまり、情報化が進むと、実は自然化が進むことになる。
 その逆のベクトル、すなわち「モノのコト化」=「自然の情報化」の最先端が「コトの端(は)」=「言語」です。それに基づいたシステムであるところの「科学」なのです。昔私がオタクや萌えの定義に使った「時間を微分して疑似的な永遠性を得る」というレトリックも、そういうことを表しています。人間の持って生まれたサガですね。
 本来外に向かって永遠にバラバラになっていく、ビッグバン後の星々のように、お互いどんどん離れて孤独になっていく、そんな状況に恐怖や哀しみや寂しさを感じて、人間はそれぞれのモノや瞬間を固定していこうと画策します。それが言語であり科学であり工業技術であり貨幣であり、全ての情報です。
 人々の考えはコロコロ変るではないか、情報もどんどん変化するではないか、と考えるかもしれませんが、その情報を発したり受け入れたりした瞬間は、やはり「固定」「安定」を望んでいるのです。変化とはその固定したい内容が変わるだけで、いわば「作品」としては単なる別物が出来上がるだけです。
 しかし実際には、自然界のエントロピーは常に増大していきます。時間軸の向かう方向は単一であり、その歩みは止まることもありません。無常です。それに伴って全てのモノは雲散霧消していきます。
 それを観じるのが「もののあはれ」の本質ですね。科学者やオタクと違って観念、諦念してしまうのです。仏教はそういう方向を目指しました。
 今、未曾有の大災害や大人災に直面し、私たちはそうした「安定」「安心」を得るために、様々な情報を発信し、また受信していますね。しかし、それがあまりに雑多になり、いったいどれが正しいのか分からなくなると、結局のところ私たちはまた「不安定」「不安」になってしまいます。
 つまり、先ほど書いたように「コト」の積分によって「モノ」に戻ってしまうということです。自然状態にさらされるんですね。
 これもいつか書いた(コト化した)と記憶していますが、インターネットはなんでもありの自然、ジャングルみたいなものなのです。私の身近なところで言えば青木ケ原樹海。あそこには美しい自然もあれば、食べられるキノコも毒キノコもあるし、落とし穴もあるし、腐乱死体まである。ネットもそういうところなんですよね。だから、実はそこでサバイバルしていくのもけっこう大変なんです。
 みんな「安定」「安心」を得ようとして言語世界、特にネット世界に駆け込むんです。でも、そこは実はとんでもなく多様で複雑で危険な世界。私たちは樹海の中で遭難します。
 私が漠然と恐れているのは、そうした情報(コト)の集積の先に、何か津波のようなモノが起きるのではないかということです。積もり積もった言葉が突然雪崩のように、山津波のように我々を襲うのではないか。そんな気がするのです。
 それはもちろん起きないかもしれませんし、起きるとしてもそれは何万年もあとかもしれません。全く分かりません。
 ただ、私たちが目に見える物(それは感知・理解・制御されているならコトなんですが)しか信じられなかったり、目に見えがたい地震や津波のエネルギーさえも「想定」できなかったりしたのは歴史的事実ですから、私の妄想もあながち完全否定できないのかもしれません。
 ではどうすればいいか。これは「節電」や「省エネ」と同じように、無駄に情報(言語)を弄さず、生産せず、消費せず、その「コトタマ」を大切に大切に使うしかないような気がします。あまりに簡単にコピペやリツイートをするのではなく、しっかり考えて発信・受信すべきなのだと思います。
 まあ、そんなことを言いながらこうして言葉をたれ流している私という人間がここにいるわけですが…。難しいですね。
 今日もこうして情報の小波を起こしているワタクシであります。

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2011.04.09

チャリティーコンサート無事終了しました。

↓リハーサル風景
Photo_4_10_7_37_29 本日、東京国際フォーラム内「相田みつを美術館」において行われた「バッハの素顔にズームイン!」に出演させていただきました。
 会場いっぱい、たくさんの方々においでいただき、義援金もたくさん集まりました。本当にありがとうございました。
 震災が起きてから、こんな時にアマチュアの音楽がいったいどんな意味を持つことができるのか、悩んできましたが、今こうしてお誘いを受けてそれなりの演奏ができたことで、一つの答えに到達できたような気がします。
 「がんばれ日本」というお題目を唱えて、唱えただけでその気になっていてはいけませんね。まず自分のできることを当たり前に、しかし志を持って、魂をこめて行なうこと、それが被災した方々への深い祈りにつながり、また、復興への手助けになるのですね。
 一人一人にそういう意味での仕事があるのでしょう。なにか特別なことをしなければならないということではありません。当たり前に淡々と自分の仕事、生活、趣味をしてゆけばいいのでしょう。
 今日久し振りに東京に行きまして、いろいろなところで様々な節電の工夫を見ることができました。田舎よりもずっと積極的だなと感じました。そうやって、これまでの自分たちの仕事、生活、趣味に普通ではなく過剰な部分があったことに気づけばいいのではないでしょうか。自粛という発想ではなく、それこそ、忘れかけていた「当たり前」「普通」に戻すいうことです。私たちがそのことに気づき、そして改善してゆくことこそ、被災された方々への正しい理解や共感、ある意味での報恩、支援となるのでしょう。
 そういう意味では、まずは「がんばれ自分」なのでしょうね。その集合体が「日本」の立て替え・立て直しにつながるのだと思います。
 今日は本番の前、6月の横浜でのコンサートへ向けての練習にも参加いたしました。そちらもチャリティーコンサートとなることが決定したようです。
 「ヘンデル・愛のアリアとバッハの市民音楽」と題されたこちらのコンサートは、名曲満載の魅力的なものになりそうです。以下に内容を紹介させていただきます。ぜひご来場下さい。

Chirashi

詳細はこちらでご確認ください。

 さて、一つ地震に関することを。今日本番中、降り番で楽屋で待機している時、富士山で地震がありました。発表によると富士山南東麓を震源とする地震だそうです。ちょっと珍しい震源地ですね。十里木の直下でしょうか。深さからしてマグマ溜まり付近なのですが、もちろんマグマの動きによるものではなく、その周辺の断層(もしくは地殻の割れ目)が動いた地震だと思います。
 ちょっとこの観測データを見てください。上は3月15日富士宮震源の地震が起きる以前25日間の富士山周辺の地震の震源分布です。下は3月15日のあと25日間の震源分布です。

20110410_7160220110410_71331

 3月15日以降、地震の回数が大幅に増えているのが分かりますね。そして、その震源分布は富士山南麓に集中していることも分かります。特に富士宮側、つまり15日の地震震源のあたりで頻発していることに気を取られがちですけれども、それはあの断層型地震の余震群であって、よくよく俯瞰してみると、箱根、伊豆半島方向、つまり南東麓での地震の増え方の方が気になってきます。
 実際、箱根火山(これは相当巨大な火山です。関東平野を覆う関東ローム層を作ったのは箱根火山の火山灰です)の活動が活発化していますので、富士山の噴火の心配をするより先に、こちらの方を心配するのが正しいと私は思います。
 もちろん、それにつながる伊豆半島の火山群、伊豆諸島、あるいは小笠原諸島の火山群、そして隣接する小田原付近の断層にも注意したいところです。
 そして、もちろん房総沖の危険性は日々高まりこそすれ、低くなることはないことも忘れてはいけませんね。
 皆さま、お気をつけて。私も、必要以上に心配なさることなく、自分で情報を集め、自分で考え、自然と対話しながら、しっかり物心両面での準備をしつつ、感謝の気持ちも忘れずに毎日を正しく過ごしていこうと思っています。


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2011.04.08

風と富士が生み出す雲の芸術

 日はお釈迦様の誕生日。毎年この日は本校の入学式です。今年新しいドラマがスタートしました。
 こうして平安に出会いの日を迎えられること、今までは当たり前だったのですが、今年は本当に幸せなことだと感じました。
 理事長先生が選んだ生徒の標語は「あなたが空しく生きた今日は、昨日死んでいった者があれほど生きたいと願った明日(精いっぱい、力いっぱい、命いっぱい)」です。
 私たち教職員もその言葉をかみしめながら一日一日を一所懸命に生きていきたいと思います。一期一会を大切に。
 さて、今日は式典中もゴーゴーと風の音が体育館に響いていました。すごい風でしたね。よくある春の強風です。
 そして、明日は天気が崩れるということで、ここ富士山麓ではものすごい光景が一日中繰り広げられていました。
 今日はたくさん写真を撮ったのでそれをとにかくご覧ください。この日本一の独立峰がなければ、絶対にこんな光景は見られません。
 美しさを超えて恐怖すら感じる空模様です。そうです。自然という神はこうして私たちを感動させたり恐怖させたりするものなのです。そこに芸術や宗教が生まれる。
 日本人の「神」観の根底にあるのはこの自然の「モノ」性です。人知(コト)を超えた世界に、私たちは癒されたり、ひれふしたり、恐怖したり、怒りを覚えたりしてきたのです。
 富士山という山の神が風神と出会い、そこにまた雲の神様が生まれる瞬間です。「ムスビ(結び・産び)」ですね。やはり、ここには神が宿るのだなあ。特別な土地です。ここに住めて幸せです。
 時々刻々と移り変わる光景はとても写真には収めきれません。格安のデジカメですし、私自身下手くそですから一層そのニュアンスは伝わりにくいかもしれません。それでも、その一端でも感じていただければと思います。
 あっ、ちなみにこれらは地震雲ではありませんからね(笑)。地震や噴火の兆候ではなく、富士山麓ではたまに見られる気象現象です。まあ、知らない人が見たら、それはビックリしますよね、この造型と色彩には…。
 最初の一枚は昨日撮ったものです。途中、撮影中近づいてきた鹿の群れも登場します。では、どうぞ。

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2011.04.07

2011.4.7 宮城県沖地震発生(M7.4)

 想定していたとは言え、やはり驚きましたし、恐怖を感じましたね。
 私は3月27日の記事に以下のように書きました。

 「最後に一つ注意を喚起しておきます。タテの地震はまだまだ終息していません。M7レベル、震度6強レベルの地震が発生する可能性があります。もちろん、それに伴う津波も数メートルレベルでありうるでしょう。それによって福島原発に大量の海水が注入されるなんていう皮肉なことも起き得ます。被災地にいらっしゃる方々注意してください」

 ちょうど昨日、気象庁も「震度5強以上の余震が3日以内に発生する確率を10%、場所によっては震度6強もありうる」と発表していました。
 地震の数時間前、秋田の親戚に電話していました。その親戚は先日親族の住む仙台方面へ行ってきたとのこと。被災地の方々が「こんな大きな地震を経験したのだから、もうさすがにないだろう」というようなことを言っているという話を聞き、私は上記の記事の内容を伝えて注意するように言った矢先でした。
 今回の地震は、その震源域から考えるに、いわゆる「宮城県沖地震(仙台沖地震)」であると判断します。つまり、余震というよりも東北地方太平洋沖地震に誘発された「想定されていた地震」であるということです。
 ご存知のように、宮城県沖地震は30年くらいの周期でM7.4を6回も繰り返しています。もちろん前回は1978年の宮城県沖地震。あれから33年ということになります。
 気象庁は「余震」としてしか発表していません。ちょっと変な気がしますね。というか、記者会見が遅すぎる。ニュースでも原発の方が先で、なんか我々日本人の感覚がおかしくなっているように感じました。1978年の時と同等、あるいはそれ以上の地震が起きているのに…。
 これは考えれば恐ろしいことですが、今回比較的被害の報告が少ないのは、当地がすでに被災している状況だからです。マスコミも含めてそういう感覚が全くありませんね。
 今回の宮城県沖地震が起きる可能性が高いのは当然でした。もともと大地震前でも10年以内に70%と言われていた地震です。そこに加えて大地震による地殻変動。ちょうど昨日の発表にもありましたね。宮城県沖、まさにこのタイプの地震の震源域が東南東に24メートルも動いていたのです。

 さて、私が3月27日の記事の最後に追伸として書いたことを、もう一度書いておきます。

「追伸 2004年12月のスマトラ島沖地震はM9.3。余震も収まりつつあった3ヶ月後、震源を隣接する南に移してM8.6の地震が発生しています。今回の大地震の震源域の南部にはアスペリティが残っているので要注意」

 つまり、房総沖のM8級地震のことをぜひとも忘れず注意していてほしいということです。これは予言でもなんでもなく、歴史的な経験則による警告です。また、予言ではないからこそ、それが明日起きるのか、数十年後起きるのかは、全く分かりません。
 今回の「宮城県沖地震」も「忘れた頃」にやってきたこと、肝に銘じねばなりません。
 「最大余震は本震の26日後と3ヶ月後に起きる」という、まことしやかにささやかれるウワサも、実はそういう経験則から生まれたものであり、「忘れた頃にやってくる」ということを象徴しているのかもしれませんね。

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2011.04.06

『全日本プロレスSP〜チカラをひとつに〜』 (FIGHTING TV サムライ)

20110407_81548 震災の10日後、両国国技館大会を決行した全日本プロレス。彼らは11日当日、石巻大会が予定されており、スタッフはすでに現地入り、選手たちは会場へ向けて仙台市内を移動中でした。つまり、彼らは被災していたのです。
 地震の瞬間、津波の瞬間、被災地の現実、そして被災した彼らだからこそできたであろう両国大会への軌跡を追うドキュメント番組でした。地震関連の番組に正直ウンザリ気味だったウチの娘たちも、ものすごい集中力で観ておりました。ま、あいつらブードゥー・マーダーズのファンだし(特にTARU選手)。
 その内容についてはこちらのブログで活字化されております(GJ!)ので是非ご覧ください。なにしろマニアックすぎるCS局なので誰でも観られるわけではありませんから(笑)。
 武藤社長、諏訪間選手、TARU選手、近藤選手、阿部リングアナのインタビューを中心に構成された番組でした。そうそう、カズ・ハヤシ選手のナレーションが最高に上手でした。プロのナレーターかと思いました。さすが世界レベルのエンターテイナーは違いますねえ。特に間の取り方。プロレスに通じます。
 インタビューではやはり、阪神淡路大震災でも現地で被災したTARU選手の言葉が重かった。そして、経験というのが、どの世界でもモノを言うということを再確認。
 それにしてもみんな紙一重だったのですね。遅刻したのは誰だろう。そのレスラーが遅刻していなかったら海岸を走っていた…その他にもいろいろな偶然が重なっているように感じました。本当に運命というのはどうなるか分からないものです。
 そして非常に興味深かったのは近藤修二選手の体験と感情です。彼は単身鉄道で石巻に向かっていました。大変な被害を受けた野蒜駅の隣の駅に停車中、地震と津波に襲われたようです。その時のことをこう騙りました。
 「もし津波がきたとしたら窓をぶち破ってでも一人だけその崖を登って行ってやろうという覚悟はできてたからね。最悪、一人でもいいから登ってやろうという…『死ぬか生きるか』というところ。もう、助けあおうと綺麗事を言ってられない状況になる。 助け合いしててみんな流されちゃったら意味ないし。『本当に死ぬのか』っていう時には一人でも助かってやろうという気持ちになると思うんだよね。そこはリアルなところ。 綺麗な話とかが流れたりするかもしれないけど、実際、自分がその気持ちには…。自分が死んでもいいから助けようという気持ちに思う人っていうのは相当な人だよね」
 その後避難所へ行っても一種の「冷たさ」を感じたようです。それも現実でしょうし、それも人間でしょう。私たち被災していない人間が、とかく「美談」で納得したり満足したり安心したりするばかりではいけないということです。
 また、彼の発言で実に興味深かったのは、「怒り」という言葉です。自然に対する怒り。地震や津波に対する怒り。自然と共生なんていう、それこそ美談ではなく、自然に絶対に負けない!クソーッ!という「怒り」。
 もちろん、彼が現代の「モノノフ」であるプロレスラーであるということも考慮に入れなければならないとは思いますが、こうした「想定外」の「モノ」に接した時に、ただただひれ伏すだけでなく、こうして「怒り」が湧いてきて、そしてそれを行動に昇華するということも、私たちにはたしかにあるなと思いました。
 その「怒り」のおかげで、彼はある意味奇跡的に東京に帰って来れました。そして、その「怒り」のやり場としての両国国技館。リング。闘い。
 なるほど、それもまた「祭」の原点であると思いました。私はそうした自然災害と祭祀論を語る時に、どうしても「懐柔」や「服従」や「ご機嫌取り」の方に話を持って行きがちでした。しかし、考えてみると、日本の祭、いや世界の祭には、けっこうとんでもなく荒々しく危険な挑戦的なものが多くありますよね。御柱祭とか、当地の火祭りとか。
 それってある意味、自然の(神の)怒りと人間の怒りとを「真釣る」ということでもあるのかなと思いました。相撲の四股にしても、地の神の怒りを人間の怒りの表現で封じ込める儀式であるとも言えますね。
 そうして考えると、ますます神事としてのプロレスというものが興味深く感じられます。そういうヒントが、非常事態のモノノフたちによって体現されたのが、あの両国大会であったのかもしれません。
 日本の神道は宗教にはあらず。もっと根源的、プリミティヴな人間の魂の部分から生じたシステムなのかもしれませんね。
 それにしても賛否両論ある中よくぞ決断し、そして成功させました。富士吉田の雄、武藤敬司社長あっぱれであります。彼こそ現代の神官なのかもしれませんね。地元の者としてうれしい限りです。

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2011.04.05

レミオロメン 『“Your Songs”with strings at Yokohama Arena』

Jacket_2 日レミオロメンの「アイランド」を紹介しました。そこにはオリジナル・ヴァージョンのPVを貼りましたが、実際にはこの横浜でのライヴ音源を聴きながらいろいろ考えていました。
 まず純粋にレミオの音楽として、ライヴ音源として非常に優れているということを書いておきましょう。ウチの家族もずいぶんと長いこと彼らの音楽に触れてきて、それぞれの感想を持つものなのですが、この音については全員手放しで称賛しております。
 3月9日、彼らにとって特別な日に収録された音。with strings ということで、必要以上にゴージャスになるのではないか、ある意味彼らを苦しめた部分が強調されたりしないか、勝手に心配していました。しかし、それは杞憂でした。
 昨年の12月、『10th Anniversary TOUR 2010“花鳥風月”結成10周年記念日ライブ in 山梨』の記事に「打ち込み」の問題を書きました。彼ら、それを読んだのでしょうか(笑)、こうして、ストリングスやブラスセクションを加えることによって、逆に彼らのがスリーピースのバンドとしての魅力が復活したような気がします。
 神戸のライヴに行かれた知り合いの方も同様の印象を受けたとのこと。録音でのミキシングによるのではなく、会場でもこういうバランスだったのですね。
 つまり、今までライヴでは皆川さんの負担が大きすぎたんですよね。というか、実際一人でこなすのは不可能なのでローディーさんや打ち込みに頼らざるを得なかったと。結果としてバンドの3人も打ち込みにそちらに寄り添うことになってしまった。
 今回のライヴでは、そのあたり多くの演奏家が参加したおかげで、バンドの3人が余裕をもってもう一度アレンジ、演奏を見直した感じがしますね。
 実際、ギターのフレーズ、ベースの進行、ドラムのおかずなども大きく変っています。特に前田くんのベース、いつもいつも書きますが、彼は本当にうまいし、ベースラインの作曲能力がすごい。バッハかポール・マッカートニーという感じですね(笑)。
 アンサンブル的にも、もう一度心をしっかり合わせて基本に立ち返ろうという感じが伝わってきました。
 その結果、聴き慣れたはずのたくさんの楽曲たちが、実に新鮮に心に響きました。今さらながらですが、家族で「名曲ばっかりじゃん!こりゃ、歴史に残るバンドだな」と感心しあっていました。
 それにしても、この3月9日の日。三陸沖でM7.2の地震がありました。それがまさかあの11日の大地震の前震であったとは、誰も思いませんでした。私はもちろん、地震の専門家も一人として想像すらしなかったでしょう。まさに地震予知の、科学の、人間の限界を思い知らされる現実です。
 藤巻くんももちろんそんなことは知る由もなく、ただただ感謝の気持ちをこめてていねいに、どちらかというと静かに平和に全曲を歌っています。今までになく落ち着いた、いい意味で力の抜けた歌唱を聴かせてくれます。
 今となると、それが辛いほどにぐっと胸に迫ります。あの日、東北地方や関東地方の方々も、きっと普通の日常の幸せと平安を味わっていたことでしょう。まさかその二日後にあのような悪夢、いや現実が押し寄せてくるとは…。
 この横浜のライヴは9日、10日と行われました。そして震災をはさんで、3月26日、27日に神戸で、という予定でした。
 きっと彼らも悩みに悩んだことでしょう。私でさえも一昨日書いたように苦しんだくらいですから。それも神戸という土地。なにか因縁めいています。
 結局彼らもチャリティーという意味を加えて、その因縁の土地で立派に演奏しました。神戸の両日に行かれた前出の知り合いも、言葉にならない感動を受けとったようです。
 できれば、私も神戸の音も聴いてみたいような気がします。人の命と魂と音楽と言葉と…。
 そういう意味ではフジファブリックの志村正彦くんの命と魂と音楽と言葉が生かされたYour Songは、間違いなくこのライヴのクライマックスでありました。
 私もこんな年になって、本当にいろいろな命からいろいろなことを教えていただいている気がします。

 アイランド (10th Anniversary ver.)

iTunes “Your Songs”with strings at Yokohama Arena

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2011.04.04

「君に好かれて 君からは嫌われたんだ」…原発の気持ちとは

 くの方がおっしゃっているように、福島第一原発の一部はすでにメルトダウン済みで、今は、膨大な時間を要するその事後処理の段階であると思います。
 近隣住民の方々のご苦労とご心痛を考えると、本当に暗澹たる気持ちになってしまいます。
 今回の事態は本当に「想定外」だったのか。私も今まで何度か発言してきましたが、自然は想定外だからこそ自然であり、また、私たちが人工だ思っているものも実は自然の組み合わせに過ぎないことを考えると、「想定外」が起こり得るということこそが「想定内」であるべきだったと言えそうです。
 さて、今日は少し違った視点から、原発問題を考えてみたいと思います。考えると言うより感じると言った方が適切かもしれません。今の福島原発の気持ちをある歌で感じてみたいと思うのです。
 このような態度や試みがはたして今必要なのかは微妙なところですけれども、しかし、マスコミはじめ全ての論調が一方に偏っている時こそ、私たちはまた違った方向への想像力を働かせねばならないような気がします。そこであえてこのような取り上げ方をすることにしました。
 私は高度経済成長期の東京で育ちました。そういう意味では福島原発のおかげを目一杯こうむってきた人間です。ある意味彼のおかげで今の自分があると言ってもいいほどにお世話になってきました。それは間違いありません。
 今までそれほど意識されることもなく、また感謝されることもなく淡々と仕事をこなしてきた彼は、今世界中から注目されています。その視線はほとんど「恐怖」「憎悪」「敵視」ではないでしょうか。
 私は彼自身にはなんの罪もないと思うのです。憎むべきは…言うまでもないでしょう。
 そんな彼に心があったとしたら、いったい何を思っているでしょう。
 いかにもワタクシらしい変なきっかけですけれども、実は私はある曲を聴いた時、彼はきっとこういう気持ちだろうと悟りました。その曲はレミオロメンの名曲中の名曲「アイランド」です。
 今まさに福島第一原発はこういう気持ちでたたずんでいるのではないでしょうか。「island」は「isolated」な存在です。ポツンと隔離され孤立しています。
 もちろん藤巻くんは原発のことなど想定せずにこの曲を作りました。言うまでもありません。しかし、この個人としてのバンドとしての悩み、自己と社会とのつながり方の難しさを歌った曲には、こういう解釈を許す普遍性があるのです。
 私はこの曲を初めて聴いた時から、聴くたびに毎度涙を流してきました。自分の若かりし頃の悩みと重なる部分もあったのでしょうか。そして、今、ちょっと妙な視点ですけれども、こうして原発と重ねてみると、また心にしみる言葉たちであり、音楽であると強く感じます。
 光と闇など不思議と象徴的な言葉も並んでいますね。
 音楽的にも非常に優れています。天才的な楽曲ですね。複雑な和声と転調、メロディーも豊かだと思います。どうやって作曲したのか、ほとんど神懸かりだと思いますね。
 ぜひこの機会に味わってみてください。歌詞も下に載せておきます。

君に好かれて 君からは嫌われたんだ 僕は後ろ側 仮面を忍ばせる

笑った顔は引きつって 流した涙は冷めていた
理想や愛の言葉は口よりも前へ響かない
心臓の音が鼓膜破るよ

彼方から三日月の明かりに照らされた道
僕は何処へ行けばいい 外は冷たい風 すすきが揺れているよ

光を求めて 闇も捨てきれてなくて
僕は灰色の空を眺めている

蝋燭の灯かり頼って心を旅しているんだよ
そこで見つけてしまった たとえそれが醜さであれ
体温を抱いて呼吸続くよ

体からただ あの夢が褪せてくのを見ていた
僕は君に会いたくて 風のまどろみの中飛び込んで震えているよ

戻れないかな 戻れないよな
届かないよな それが時なら

遠い記憶の太陽が僕の心に入り込むことはなくて
瞳を閉じて 時は止まらず 人は変われない

彼方から三日月の明かりに照らされた道
僕は何処へ行けばいい 外は冷たい風 星空が揺れているよ
答えを待ち居場所なくし汚れてしまった
僕の純粋のような 欠けた月の明かりで君の影探しているよ
戻れない 時の波泳いでいるよ

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2011.04.03

チャリティー演奏会に参加します

Gebirgsbach20110404 誘いを受けましてチャリティー演奏会に参加させていただくこととなりました。今週の土曜日、9日の夜、被災者の方々が避難している東京国際フォーラムにてバッハを中心に演奏いたします。
 入場料収入は楽器運搬費等実費を除き全額寄付となります。ぜひご来場ください。
 この演奏会は音楽学者・評論家である澤谷夏樹さんの「"いっしょに生きよう"--ふさいだ心には楽しみを、被災地には義援金を」という趣旨のもとに企画されたものです。
 テーマは「バッハの素顔にズームイン!」。詳細は以下のとおりです。

日時:4月9日(土) 18:10開場18:30開演

場所:相田みつを美術館第2ホール(東京国際フォーラム) 

料金:1500円(実費を除き全額寄付・被災者の方はご招待)

主催:三田樂所(みたがくそ)/共催:相田みつを美術館/協力:久保田チェンバロ工房

演奏曲目

J.S.バッハ アリア ニ長調 管弦楽組曲第3番 BWV1068より
J.S.バッハ ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ト長調
G.Ph.テレマン フルート、オーボエ、ヴァイオリンと通奏低音のための四重奏曲 ト長調 食卓の音楽 第1集より
J.S.バッハ カンタータ「悲しみを知らぬもの」BWV209より レシタティーヴォとアリア「さあ、悲しみや恐れがあっても旅立とう」

演奏者

 木島千夏(ソプラノ) 
 大山有里子(バロック・オーボエ)
 曽禰寛純(フラウト・トラヴェルソ) 
 原田純子(バロック・ヴァイオリン)
 角田幹夫(バロック・ヴァイオリン)
 山口隆之(バロック・ヴィオラ)
 西谷尚己 (ヴィオラ・ダ・ガンバ)
 野口詩歩梨(チェンバロ)

 突然のお誘いでしたが、このような機会は貴重ですし、また、たまたまその日は東京にいますので参加させていただくことにしました。
 実はいろいろ悩んでいたのです。ちょうど今日4月3日は、本来なら浜離宮朝日ホールでベートーヴェンを演奏している予定でした。
 しかし、あの大震災があり、メンバーの中でもいろいろな意見が出てまいりまして、結局5月4日に延期ということになりました。
 ただ、私は3月までは役職上基本自宅待機という状況で、新年度になってもどのような流れになるか不透明であったためやむなく不参加を表明しました。
 このような時に、いったい「音楽」がどのような力を持つのか。あるいはアマチュア演奏家が今までのようにほとんど自己満足のための演奏活動をしていてよいのか。本当にいろいろ悩みました。
 また、私の演奏する音楽はいわゆる宗教曲が多いということもあって、「宗教」の意味ということについても、今までにない様々な迷いや懊悩が生まれていたのです。
 以前も書いたように、人間の脳内で構築された「コト」が、自然の猛威によって「モノ」に帰すという状況の中、はたして「コト」の代表である「言語」や「音楽」や「芸術」や「宗教」に、どんな価値があるのか、特に自分自身の脳内の「コト」が無力であるどころか、何か邪悪なものにさえ感じられていたのです。
 プロにせよアマにせよ、日常においても「魂」をこめて表現しているのならともかくも、私のようにある意味「適当」に楽しんできただけの人間が、偉そうに「癒し」や「救済」を語ったところで、それは所詮「騙り」に過ぎないのではないか…こういう時は黙するに限る…。
 そんなふうに思いながらも、こうして毎日多弁を弄しているわけですから、また困ったものですね(苦笑)。
 今日、私の短歌の師匠である笹公人さんが、本日鎌倉の臨済宗円覚寺派総本山円覚寺で講演をされました。私は残念ながらうかがうことはできなかったのですが、無事そして有意義に講演が終わったとのご報告をいただきました。
 どのような内容の講演だったか非常に興味のあるところです。今はその詳細は知り得ないのですが、ただその中で、私たちの同志、すなわち笹師匠のもとで「天命歌会」に参加しているお二人の、このたびの震災にまつわる歌と詩が紹介されたということ、そしてそれさが聴く人の心を打ったということだけは知ることができました。
 円覚寺派の管長様もたいへん感激されたということでした。また管長猊下はこのたびの震災を受けて、被災地のお寺へ直筆の延命十句観音経と観音様の絵を送っているとのことです。
 私は師匠や同志や管長猊下の純粋な魂に触れて、何かとても気持ちが軽くなったような気がしました。いろいろ理屈をこねて思い悩むふりをしているよりも、まずは自分のできることを魂こめてする方がずっと有益であるということに気づかされたのです。
 そうか「言語」も「芸術」も「宗教」も単なる「コト」ではなく、「モノ」世界と「コト」世界をつなぐ手段であり媒体なのだ、と思えた瞬間、今までとは逆に「言語」や「芸術」や「宗教」にしかできないことがたくさんあるという、あまりに自明であったはずの基本的なところに立ち返ることができたのです。ありがとうございました。
 そして、臨済宗と言えば、笹さんの友人でもあり、私も一度お会いしてお話ししたことのある玄侑宗久さんの番組が先ほど放送されました。ETV特集 「原発災害の地にて~対談 玄侑宗久 吉岡忍~」です。
 これがまた、心にずしっと響く番組でした。まさに「宗教」と「芸術」。そして「言語」、またお二人ともに「科学」にお強い。
 被災地の実態のほんの一部を知ることができただけでも私にとっては有意義でした。もちろん辛くて辛くてどうしようもなかったのも事実ですが。
 しかし、対談されたお二人の行動と言葉だけでなく、被災地の一つ一つの命、家族や友人やペットや自然や仕事や土地に対するあまりに強い愛情、その全てに心打たれました。
 そして、ちょうど舞い込んだチャリティーコンサートへの誘い。いろいろなタイミングが合って、私は前に進むことができそうです。本当に私はいろいろな方の「おかげさま」でようやく生きているのだなと改めて感じました。
 本当にこういうことがないと分からないなんて、自分でも情けないのですが、しかし、だからこそ一生懸命にやっていくしかないのかなとも思います。
 玄侑宗久さんが「死に甲斐」というある意味取り扱いの難しい言葉を口になさっていました。「周りが変わらなくては死に甲斐がない」と。
 「死に甲斐」を活かすのは「生き甲斐」なのではないかな…そんなことを思いました。ぜひ、私の「生き甲斐」の一つの表現、9日のコンサートにぜひお越しください。

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2011.04.02

2011.4.2 今日の富士山と雲

 日はいろいろ気になる雲がありましたので、気がついた時に写真を撮っておきました。それをご覧頂きます。
 まず朝、出勤途中に撮影した雲です。これなんか、すぐに「地震雲だ!」と言われそうですね。実際、私が「これは間違いなく地震雲です」と書けば、皆さん信じてしまうでしょう。それほど珍しい雲ではあります。

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 これは間違いなく飛行機雲の変形したものです。今日は天気が下り坂に向かうということもあり、飛行機雲の出やすい気象状況、大気の状態でした。3月18日ほどではないにしても、ずいぶん大気中の水蒸気量は多かったようです。富士山の上空にも今まさに飛行機雲が生成されていました。

Gedc0485

 しかし、飛行機雲があのようにねじれて、そしてそのまま消えることなく、また変形することなく東に流れていくというのはやはり珍しいことと言えます。
 ですから、「これは絶対に地震雲ではありません。よくある飛行機雲です」とも言えないわけです。そこは気をつけなければなりません。そんなにしょっちゅうある風景ではありません。
 この雲はこのあとどんどん東に流れていきました。もしこれが「電磁波」によるいわゆる震源地上に現れる竜体の、あるいは直立の、あるいは螺旋状の地震雲だとすると、移動してしまってはいけませんね。その辺も冷静に観察したいところです。写真1枚だと分からないこともあります。

Gedc0483

 さて、仕事が終わった夕方、私は久し振りに雪の残る吉田口登山道を車で上ってみました。途中山頂が樹木の間から見えたのでパチリ。見えますか?富士山って近すぎると見えにくいんですよ。ウチなんかもそうですけど、木に邪魔されて案外見えないんです。
 頂上部から噴煙が上がっていますね…なんて書くと、たしかに!と思われてしまいますね。これは富士山を越えていく西風が作る雲ですのでご安心を。

Gedc0494

 もう1枚。2合目くらいまで上がっています。もうこのくらいまで近づくと、キレイというよりコワイになります。火山としての荒々しさの方が強く印象づけられます。

Gedc0496

 自宅に帰ってきて、2階の窓から気になる雲を撮影してみました。どちらかというと、こちらの方が地震雲に近いと思います。吊るし雲でしたら、必ず富士山の東側に出ます。これは西側です。ちょっといやな感じの雲ですね。

Gedc0499

 隣にももっと大きな円盤風な雲が。木に重なってしまっていますが分かりますか。右側の線は飛行機雲です。

Gedc0500

 最後に夕日を。ちょうど雲のすき間から美しい色の夕日が見えました。手前の木にピントが合ってしまっていますね。

Gedc0507

 夕方5時ちょっと前に茨城県南部で直下型の地震があり、震度5弱を記録しました。それと結びつけて上の雲を語るのも簡単ですし、そういう言った方がインパクトがあると思いますが、私は正直関係ないと思いますので、わざわざ関連付けません。
 ただ気になるのは、夜になって「空鳴り」が続いていることです。これは数分置きに富士山上空を通過する飛行機の音だと思うのですが、それがいつものように減衰していかず、ずっとずっと間断なく響いているのです。たぶん、大気の状態でそのような一種の共鳴が起きているのではないかと思います。しかし、少し気味が悪いのも事実です。
 いずれにせよ、しばらく(数年?)は注意が必要でしょう。特に房総沖はいつかあると考えていた方がいいと思います。

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2011.04.01

秋田県内陸北部で震度5強

Photo のブログ、すっかり「地震・噴火」ブログになっていますね。このような時節ですから当然と言えば当然です。私も一つの義務感をもって書いております。
 しかし、ここでの情報はあくまで専門家でもなんでもない私個人の「勘」にすぎませんので、最終的な判断は読者の皆さんが冷静になさってください。お願いしますね。
 さて、秋田県内陸北部で震度5強の地震があったとのこと。驚きました。
 しかし地震が発生した時間、私は新人の歓迎会で盛り上がっていたため、帰宅してからこの地震があったことに気づきました。なんという不覚。
 ちょうど昨日の午後2時ごろ、Twitterに「地味に秋田県内陸南部の地震活動が活発化している。田沢湖の南、和賀岳(白岩岳)近くが揺れている。横手盆地東縁断層帯が刺激されたか。カミさんの実家にもいちおう注意を喚起しておこう」とつぶやきました。
 結局秋田の家には注意を喚起しないままでした。まあ今回の震度5強は内陸北部の直下型でしたので、南部の横手市は全く揺れなかったとのことで少しほっとしました。やはり思い立った時にしっかり伝えておかねばなりませんね。
 私が内陸南部の地震に注目したのは、明治三陸地震→陸羽地震という歴史的な事実に注目したからです。
 今回の大震災に近い規模の被害が出た明治の三陸地震は1896年(明治29年)6月15日に発生し、遡上高38.2mという大津波も伴いました。今回と同規模の津波ですね。
 その2ヶ月半後の8月31日、陸羽地震が発生しています。この地震は、田沢湖の南から横手盆地を縦断して湯沢市の南までを貫く横手盆地東縁断層帯の一部が活動して起きたもので、直下型であったため推定震度7の大きな揺れになりました。この地震で200人以上の方が亡くなっています。
 当然、この内陸の断層型地震も三陸地震の影響を受けたものと思われます。プレート性の地震は広い範囲に大きな影響を及ぼします。今回の大地震の直後に新潟中越(長野北部)や富士山直下で断層型の地震がありましたよね。
 横手盆地東縁断層帯自体は数千年単位で活動を繰り返すと言われていますが、陸羽地震で活動したのはほんの一部ですので、今回も刺激を受けて別の部分が活動する可能性があると考えられます。ですから、いちおう注意を喚起しようと思っていたのです。
 ところが、まさに「想定外」のところで直下型の地震が起きました。本当に自然を「読む」のは難しいですね。
 今回の震源地は十和田湖の東側、全く想定外の地域でした。地震ハザードステーションを見ても「えっ?ここで?」という地域です。専門家でも「想定外」だったのですから、私にはとても手に負えません。
 おそらく発見されていなかった断層があったのでしょうね。そんなもの全国に無数にありますから。それも数千年周期で活動するとなると、もうそれこそ人知の及ぶ次元ではありませんね。まさに「モノ」世界です。
 今回の地震は火山性のものではないと思われますが、しかし、これも造山活動と断層の関係にまで視野を広げると、全く関係がないとも言えません。
 そういう意味では、私の「勘」は多少は働いていたとも言えるかもしれません。というのは、三日ほど前にこうつぶやいていたからです。
「天災は忘れた頃にやってくる…こういう規模での地異は最低50年単位で俯瞰しなければならない。〈例〉864年貞観の富士山噴火→869年貞観の三陸沖地震(津波)→887年仁和の東海・東南海・南海連動型地震→888年八ヶ岳水蒸気爆発?&山体崩壊→915年十和田大噴火(日本史上最大規模)」
594pxlake_towada_landsat ここで、私はあえて「十和田」の話を出しました。私も大好きな十和田湖。そして妙な因縁のある十和田湖。あの神秘の湖が巨大火山のカルデラであることを意識している方がどれほどいるでしょうか。
 時空の高度を上げて俯瞰すれば、今回の震源地は十和田火山の一部だと見ることもできます。震源地の北側にある田代岳は十和田からつながる活火山です。
 今回の富士山の地震と同様、こうした断層型の地震が直接噴火につながる可能性は低いと思いますが、地殻が破壊されたことにより、その割れ目に地下のマグマが貫入して、突然火山活動が活発化することもないとも言えません。
 結局、我々ちっぽけな人間は、様々な可能性を考えた上で、「何が起こるかわからないけれども、何が起きても冷静に対処する」という姿勢でいるしかないのかもしれません。
 全てを「想定外」ですませて右往左往するのだけは避けたいと思いますね。

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