『方言が明かす日本語の歴史』 小林隆 (岩波書店)
ここのところ、リアルとフィクションの話が多いですね。八百長問題もそうですし、偽書や偽史、教科書問題もそうです。
ワタクシの言い方ですと、モノとコトというやつですね。乱暴に変換すると、自然と人工、他者と自己、神と人間とも言えます。
そのどちらが優れているかということではありません。人間には、あるいは人間の生活や文化、そして個人の人生には、必ずその両面がありますからね。そのバランスの問題です。
方言はもちろんリアルに属します。ですから、たとえば東京育ちのワタクシからすると、カミさんの秋田弁は、もうそれだけで「モノガタリ」となります。
一方、カミさんからすると、ワタクシの「母語」たる標準語には、非常に人工的な無表情さを感じるようです。
私、本当に生きた「母語」を持っていないんです。方言を全く話せない。両親の生まれである静岡の言葉も、今住んでいる山梨の言葉も話せません。
だからこそ、というのもあるんですが、方言をまるで外国語のようにとらえるところがあるんですよね。客観的に聞けるし、異文化として興味を持てる。
そう、ある意味ではネイティヴよりも詳しいわけです。その歴史や文法的な分析においてはもちろんですね。というか、ネイティヴは方言それ自身が方言であることにも気づかないことも多い。だからこそ無意識の領域である「モノ」なんですね。で、それを語られた私は、脳内で処理して「コト」化しているということです。
そんな「コト」をもとに、昨年、ある研修会で発表をさせてもらいました。「方言を利用した古典文法指導」という内容でした。つまり、方言には古い言葉が残っているという部分に注目した研究でした。
この本はある意味、それとは逆の発想の本です。もちろん、いわゆる方言周圏論をもとに、中央から離れれば離れるほど古い言語が残っているということを基礎にしていますが、しかし求めるのは、「方言」によって「文献」を補強し「日本語」の歴史を明らかにする、というものです。つまり、源氏物語とか枕草子とか、書き残されている「文献」は「中央の上流階級の言葉」であって、それはある意味人工的な(コト的な)「国語」であるから、本当の(モノ的な)「日本語」の歴史のごく小さい一面でしかないということです。
当時の都の言葉は、ある意味では当時の「標準語」とも言えるわけですね。で、私はそれが千年経て方言に残っていることに注目し、小林さんは逆に、方言に当時の標準語以外の「日本語」が残っていることに注目したわけです。
ま、私ももちろん基本小林さんと同じ発想をもって方言に接していますけどね。この前の発表はあくまで教育現場での活用を前提にしたものだったので、ちょっと特殊な発想をしたのです。
いずれにせよ、「方言」は豊かな情報源です。実際、こうして日本語学の中で重要なポジションを与えられています。これは非常に健全なことですね。
一方、たとえば歴史学界においては、いわゆる「地方史」があまり重要視されていない、いや、それどころか文献に残っていない伝承であるとか、あるいは偽書とか偽史とか言われてしまう「方言」は、最初から馬鹿にされて相手にされない傾向がある。そこに私は不満を感じているんですよね。
私たちが習う「歴史」なんか、「日本史」じゃなくて「国史」にすぎないんですけどね。やっぱり歴史の世界は物証と文献に依存しすぎですよ。それはある意味「文化」の軽視だと思うんですが。
この本で取り上げられているのは、方言全体のごくごく一部にすぎませんが、それでも充分に私たちの「常識」を揺るがす力をもっています。私が学校で教えられてきたこと、あるいは学校で教えていることが、いかに一面的で、ある意味フィクションの世界であるか、よ〜く分かります。
専門家でなくとも、楽しめる本ですので、皆さんもぜひどうぞ。そして、自らの母語たる方言に、ぜひとも興味をもっていただきたいと思います。
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コメント
面白そうですね。言葉への興味は尽きません。大学に入り、今まで習ってきた国語文法が一学説に過ぎないと知って衝撃でした!(橋本文法だったかな)近々NHKで金田一家の特集があるらしく興味津々…。
投稿: 能楽師(見習) | 2011.02.09 11:04