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2011.01.08

将来の夢…

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 の写真は昨日の夕方のものです。中学の玄関を出たところで撮影しました。三日月が出ていますね。気温もだいぶ下がって氷点下5度くらいでしょうか。
 月江寺の池のイルミネーションはクリスマス以来まだ続いています。池の森の木々にはヤドリギの影がたくさん見えるでしょう。ヤドリギは水の湧くところに生息するんですよね。不思議な植物です。
 森の影と一体化してしまっていますが、観音様が富士山とお月様を眺めています。
 今日は我が中学の推薦入試でした。昨年も書いたように、私は国語の問題の本文を自分で書きます。そこにはいろいろな理由があるのですが、とりあえずは一期一会であるこの試験の機会に、私なりの(本校なりの)メッセージを受験生に伝えたいというのが最大の理由です。ちなみに昨年はこういう文を書きました。
「自然」推薦入試
「自分」一般入試
 今年の推薦入試ではこんな文を書いてみました。昨年同様、空欄や傍線などを取り去ったオリジナルを掲載させていただきます。本校がどんな教育を目指しているかの、その一端を感じていただければと思います。


   将来の夢

 「あなたの将来の夢は?」
 そう聞かれて、みなさんはなんと答えてきましたか? きっと人それぞれ、十人十色でしょうね。
 小さいころ、「ケーキ屋さん」とか「花屋さん」とか「野球選手」とか「お医者さん」とか、そんなふうに答えた記憶のある人もいることでしょう。
 あるいは、「お嫁さん」、「アバレンジャー」なんて答えていたことを、ちょっとはずかしく思い出す人もいるかもしれません。
 小学校六年生になった今はどうですか?
 「学校の先生」、「銀行員」、「看護師」、「お笑い芸人」などなど、前よりもだいぶ現実的になっているのではないでしょうか。
 全国的な調査によると、ある意味もっと現実的に答える小学生が増えているそうです。
 「結婚して普通の暮らしをする」
 「公務員になって安定した生活を送る」
 「ちゃんとした仕事につければいい」
 このような現実的な夢(?)を語るのは、大人の影響でしょうね。親やテレビのコメンテーターの言葉を聞いて、そんなふうに考えるようになったのだと思います。
 さあ、本題はここからです。
 ここまで私が書いてきた、みなさんの「将来の夢」の例をよく見直してみて下さい。何か気づきませんか? 別に普通じゃないの…と思うのもわかりますが、そこでもう一度がんばって考えてみてください。
 実はここにあげた「将来の夢」は、全て「将来の自分像」なんですね。将来、自分がどうなっているか、どうなっていたいか。つまり、「将来の夢」が、「将来の職業」を中心とした「将来の自分の生活」になってしまっているのです。
 私は、みなさんには、これらとはちょっと違う視点をもって、違う次元で「将来の夢」を語ってもらいたいと思います。つまり、「将来の夢」を外から見た自分像ではなく、自分から見た外の世界、あるいは社会のあり方としてとらえ直してもらいたいのです。
 自分が大人になった時、この社会がどういうふうになっていてほしいか。もちろん、自分の家族も社会の一部ですから、理想の家族像を考えるのもけっこうです。ただ、そこにとどまらないで、もっと視野を広げてもらいたい。自分の住む町、山梨県、日本、アジア、世界へと…。
 私たちは、成長するにしたがって、だんだん「社会的な存在」になっていきます。赤ちゃんの時には、この世には自分とお母さんしかいないかもしれませんが、次第に家族を意識したり、友だちができたり、幼稚園や学校に通い始めて、たくさんの他人と関わりを持つようになったりします。
 そして、自分が日本人であることを意識したり、アメリカの経済が自分の生活に影響を与えていることを理解したりするようになります。
 このように、私たちが大人になっていくということは、「自分」が社会の中で、無数の「他者」のおかげで生きていることを知るということだとも言えます。
 実は、仏教の教えは、そういうことに気づくところから始まっています。
 みなさんは「縁起(えんぎ)」という言葉を知っていますか? そう、茶柱が立つと「縁起がいい」とか、「鼻緒が切れる」と「縁起が悪い」とか言いますよね。
 この「縁起」という言葉は、もともと仏教の言葉なのです。知っていましたか? もともとの意味は、漢字のとおり、「縁」があって「起こる」ということです。つまり、私たちの人生の全てのことは、無数の「他者」との「縁」によって起きているということです。
 それを違う角度から言い直すと、「何一つ自分だけでできることはない」ということになります。わかりますね。
 それを理解した上で、話を「将来の夢」に戻しましょう。
 今書いてきたように、私たちは自分一人では何一つできません。だから、「将来この職業につきたい」と言っているばかりでは、その夢も実現できないわけです。
 たとえば、今から何十年も前、日本が戦争をしている時には、野球選手もみんな兵隊にならなくてはなりませんでした。「結婚して普通の暮らしをする」ことも難しかったでしょう。
 私たちの個人的な夢は、実は、平和で正しい世の中があって初めて成り立つものなのです。
 だからこそ、「将来の夢」を考えるにあたって、まず先に「理想的な世の中」を想像してもらいたいのです。将来こういう世の中になってもらいたい、と。そして次に、そういう世の中を実現するために、自分はどういう仕事で役に立てるのか、自分にはどういう役目があるのか、そのためにどういう力を付けていかなければならないのか、を考えてほしいのです。
 そうすると、「将来の夢」のために自分が達成すべきことは、ただ学校の勉強をして、いい大学に入って、そして大きな会社に入って、いい給料をもらうことではないとわかりますね。
 そういう意味での、みなさんの新しい「将来の夢」、いったいどういうものになるのでしょうか。ぜひ聞いてみたいと思います。

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コメント

ご無沙汰しました。

新庄市の、あの今年入ってメールいただきました、あの志村君と縁があった者です。

陰ながら愛読しております。

元気になりました。

投稿: もんげです。 | 2011.01.09 12:06

山口先生

将来の夢、すばらしいです。

自分の心を分数で表すならば、「分子」は自分で良い。「分母」に「公意識」を持って行動してほしいというのは、私の主張にぴったりでございます。

世界や社会は、意志と関係なく流れて行ってしまうものではない。自分で変えていくものだという意識は、最早今の若者には忘れ去られてしまった感覚でしょうか。

今の世に不満をぶつけるのではなく感謝をする。
今の世を仕方ないものとして受け入れるのではなく、自分で変えていけるという事実を知る。
無力を悟るのではなく、有力を信じる。
現代に生きているのではなく、周囲に生かされている。

自分の身に着けているもの、食べているもの、使っているもの。一つとして、自分だけでは作れないものです。

その事実を当然と捕えるのか、当然ではないと捕えるのか。

感性の鋭い子供を育てることが大切ですね。

投稿: ピピン | 2011.01.10 01:39

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