フジファブリック 『まばたき』
フジファブリックの曲でランキングを作るのは非常に難しい。全曲1位だという言い方もできますが、それぞれ変幻自在、聴くたびに印象が変わるというのも事実です。
また、自分なりのいろいろな基準、歌詞であるとか、作曲技法上の面白さであるとか、ギターリフの魅力であるとか、そういうものを設ければ、それはそれは様々なランキングを作ることができます。
だから結局、総合ランキングのようなものはできないんですよね。こういうバンドは、私にとっては珍しいことです。あのビートルズでさえも、ベスト20くらいは選べますからね。
そんな中で、無理やりある種の基準(それが何か実は自分でもよくわからないのですが…)を設けると、必ず1位になるのが、この「まばたき」という曲です。
そう、自分でもなぜこの曲なのかよく分からないんですよ。いつもは理屈っぽく音楽や詩を味わうワタクシですけど、この曲に関しては、初めて聴いた時から妙に心にしっくり来たんです。
ある高名な評論家は「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」などとカッコつけて言いました。あいつは正直嫌いですけど、その意味は実際には「様々な解釈を受け入れて、さらに成長していくものだけが美しい」ということなんです。逆説的なんですよね、あの言葉って。みんな間違って「解釈」してます(笑)。動じないで全部受け入れているから、一見拒絶しているように見える。
「愛」と一緒です。全てを受け入れて許すイエスに対して、自分だけを拒絶していると勘違いしたユダを見れば納得でしょう。
そうそう、この曲の作詞者である志村正彦くんと、何かと縁の深い中原中也も、その純粋さのために、言葉を弄するカッコつけ評論家小林秀雄にさんざん振り回されましたっけ。ホントやなヤツです(笑)。
さてさて、「まばたき」でした。曲はこちらで聴けます。
ではまずは詩から見ていきましょうか。私はこれこそ「詩」だと思いますね。もうすぐ志村くんの全詩集が出ますね。まさに彼の織りなした言葉たちは「詩」と呼ぶにふさわしいものです。この「まばたき」の詩、これをもっていかで現代詩と言わざるや。
この前、詩の対極にあるセンター試験の「言葉」が多義的に読めてしまうことに苦言を呈しましたけれど、たとえば、この素晴らしい「詩」は、まさに「解釈」を受け入れていくらでもその世界が拡張していきます。これぞ、「文学」の醍醐味です。
あのセンターの選択肢は、日本語の語順の自由性の落とし穴にはまった悪い例でしたが、こちらはそのまさに対極。日本語の語順の緩さから、まさに「物語」が生まれていく。
たとえばサビの「わがままな僕らは期待を たいしたことも知らずに 手招きをしている未来のせいで 家をまた出る」、このそれぞれの分節がどの分節にかかっているか、完璧に説明できますでしょうか。それこそいろいろな解釈が生まれますね。
これはですね、センターの作問委員のバカどもが陥った多義性とは全く違うんです。志村くんにとっては、この語順、あるいは文順しかあり得ないのです。彼が伝えたかった、あるいは表現したかったのは「情報」ではなくて、まさに「言葉」そのものなのです。
私はこの曲でこの「言葉」を聴いた時、うわっ!と思いました。意味が確定しないのに(解釈しようと思えばいくらでも解釈できるのに)、それを抜きにして、直接「言葉」が入ってきてしまった。あえて言えばイメージでしょうかね。風景や匂い、空気感というか質感というか。
「未来のせいで」なんて言った日本人が今までいたでしょうか。「未来のために」とか「未来のおかげで」だったらいくらでも生産されてい感情やイメージです。「せいで」かぁ…天才としか言いようがありませんね。「未来」って女の名前じゃないかとさえ疑ってしまう(笑)。
「まばたきを三回してる間に大人になるんですと君が言った」
これなんか、その意味とか、出典とか、なんとでも想像できますよね。しかし、結局そのものでしかない。これなんか、ちょっと手を加えれば、見事な現代短歌になりえます。歴史に残る美しい日本語ですね。
「今日も 昼と夜がずっと 晴れたままで 冬が終わる」
これなんか、文法的にはおかしいかもしれませんが、これ以上の表現はないでしょう。ここ富士吉田はまだまだ寒い。しかし、花粉も飛び始めて、冬が終わることを予感させます。そして、今日も昼と夜がずっと晴れたままです。
この日常の感覚を、どうしてこんな言葉で完璧に表現できるのか。素晴らしいですね。
さて、音楽的にはどうでしょうか。この曲の作曲は山内総一郎くんです。このアルバムは志村くん以外のメンバー二人の楽曲も入っているという意味で、今となってはやや特異な存在となってしまいました。
私の音楽的なルーツはビートルズ、それも「マジカル・ミステリー・ツアー」ですので、このアルバム「TEENAGER」の持つ、ポップさ変態さのバランス、そして楽曲の個性の豊富さが大好きです。
「まばたき」は、明らかに志村くんとは違う作曲作法で作られています。いかにもギタリストらしい方法とも言えます。志村くんはたぶん、メロディーを中心にコードをまとわせながら作曲するタイプだと思います。歌歌いはたいがいそうです。志村くんがそうした作法をとっていたことは、彼の遺したボイスレコーダーの鼻歌を聴けば明らかでしょう。
その点、楽器弾きというのは、ついついコードから入ってしまう。あるいはリフを先に作ってからコードをつける、そしてメロディーという順に進むことが多いんですね。この「まばたき」なんか、明らかに初めにコードありきだと思いますよ。
そういう意味では、ある程度「理屈」っぽく聴こえるのです。もちろんいい意味でですよ。総くんの曲、私は全部大好きですし。ビートルズで言えば、ポール的な作曲法なんですよ。「よく出来た曲」なんです。
その「よく出来た曲」と、ある意味「よく出来ていない詩」とのバランスが、もう絶妙すぎるんです。だから、この曲にしびれるんですよねえ。
そして、それぞれの楽器のアレンジの妙。楽器隊のアレンジというのは、それぞれの「作曲能力」そのものですからね。このバンドは非常にその点が優れている。この「まばたき」も全く無駄がない、完璧なアレンジだと思います。よくぞ、これだけ簡素にできるなあ。勇気あるなあ。総くんのリフ、金澤くんのそれこそ「短歌」のようなピアノ。加藤さんの「俳句」のような(!)ベース。
この前レビューしたBUMP OF CHICKENなんか、どうしても楽曲的には藤原くんのワンマンになってしまうではないですか。だからこそ、いい面もあるし、パターンから抜けられないマイナス面もあります。今やそういうバンドがほとんどですし。
その点、フジファブリックは非常にバランスの良いバンドだと思いますね。まさにビートルズ的な豊かさを持っていると思います。そうそう、この「まばたき」、それこそビートルズ、マジカル・ミステリー・ツアーの「ストローベリー・フィールズ・フォーエバー」ばりの「メロトロン」風な音が入っていますね。そんなところも私の心の琴線を震わせるんでしょうかね。
ううむ、あらためて、これは名曲だ…。
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コメント
先生はじめまして。
志村さんフジファブリックのファンの者です。
いつも陰ながら先生のブログを拝見させてもらっています。そして今回初めてコメントさせていただきます。
私も「まばたき」という曲にどうしてこんなにも惹きつけられるのか…。「teennajer」のアルバムを再生するときなんでこの決して派手ではない「まばたき」から再生してしまうのか。自分自身何でかわからないまま、歌詞もそんなにじっくりと読まぬままに今まできました。とにかく大好きなんです。身体になじむのです。
なるほどほんと絶妙だ。
先生いつも発見をありがとうございます。
投稿: ゆりこ | 2011.01.25 11:04
初めまして。
初めてのコメントなのですが、いつも拝見させていただいております。
この曲、最近のお気に入りでよく聴いていました。
なので、先生の日記に書かれていてとても嬉しかったです。
フジファブリック、やっぱり良いですね。
投稿: とも | 2011.01.25 12:14
以前コメントさせて頂いた青と申します。先生のブログ、毎日楽しく見せて頂いてます!
最近、頭の中でやけに鳴り響いている曲が「まばたき」でした。そんな時だったので、「まばたき」を取り上げて下さってびっくりしたやら嬉しいやら…!
有難う御座居ます、と言いたいです。
もうすぐ二月。富士吉田まで旅行に行くのですが、その日が迫ってきました。
志村さんの、見て歩いたであろう景色を、私も辿りたいと思います。
投稿: 青 | 2011.01.25 17:38
こんばんは。
フジネタ嬉しいです。
私も「まばたき」を初めて聴いた時から大好きです。
この曲も富士吉田の風景と繋がっていたのですね。きらきらして、涙が出そうになるくらいピュアで美しい感覚的なものをこの曲から受け取っています。私は九州の暖かい地方育ちなので、志村さんの富士吉田を背景に育った感性は新鮮で刺激的です。こちらも雪は降りますが、もっとカラッとしています。
先生のことばに、いつも気づかされることがたくさんあります。興味深く大切に受け止めています。ありがとうございます。
投稿: ぐりとぐら | 2011.01.25 21:11
先生,こんばんは。
今日のこの記事を読む前に,たまたま3年前に書かれた『注文の多い料理店〜序』(宮沢賢治)[2008.1.25]の記事を読ませてもらっていました。その内容がまさに志村くんと重なるなあ〜と感じていたところでした。
フジファブリックの曲は私にとって,賢治の言う『すきとほつたほんたうのたべもの』になっています。そして,先生がこんな風に書いてくださることで,よりおいしくなっているのです。ありがとうございます。
投稿: 松原恵子 | 2011.01.25 23:32
まばたき、
イントロからいつも胸がキュっとしめつけられてたまらなく大好きです。
志村さんの歌詞は、なかなか独特な物が多いけれど
この曲は特に難解です。笑.
未来は分からない
でも未来は誰にもやってくる
そんな未来に誰もが翻弄されている
そのような想いも込められてるのかなぁって、勝手に思っちゃったりしてます*
いつか、フジファブリックのHelloについてブログで取り上げていただきたいです♪
投稿: なじゅ | 2011.01.26 02:35
はじめまして。
フジファブリック好きの高校生です。
先生のブログは1年前から
時々拝見しております。
まばたき、いいですよね。
楽曲としても素晴らしく、
アルバム全体の流れからしても
こんなにしっくりくる曲は
なかなかないでしょう。
総くんが作った曲は
志村さんの言葉を大事に
している印象があって
とても心に響きますね。
とにかく富士吉田の景色を
一回見てみたいものです。
投稿: ARSM | 2011.01.26 13:09
山口先生
こんにちは。
「まばたき」私にとっては、少し不思議な感覚を覚える曲です。そして、なぜか私の中では「ペダル」がセットで流れてきます。
「瞬きを三回 してる間に 大人になるんですと 君が言った」本当に印象的で志村さんの発想・感性ってすごいなあと聴くたびに思います。
いつのライブだったか…、この曲に入る前に志村さんが「この曲は綺麗な心じゃないと歌えないんです」というような主旨のことをコメントされていたのを覚えています。
先生のコラムのおかげで、色々なライブの様子を思い出すことができます。ありがとうございます。
あの宝物のような時間、ずっと忘れたくないです。
(メールアドレス少し変えました)
投稿: まこ | 2011.01.26 18:17
先生、はじめまして。
ずっとブログを読ませていただいてましたが、初めてコメントします。
昨日、初めて富士吉田に行ってきました。
フジファブリックが大好きな友達数人で、のんびり富士吉田の町を歩いたり、吉田うどんを食べたり、幸せな時間を過ごしました。
忠霊塔への坂がきつくって、こんな坂を登りたくなっちゃったのは志村さんのせいだー、なんて言いながら(笑)
寂しくて泣いちゃうことはあるけれど、今の自分があるのは志村さんのおかげだと思って、感謝して過ごしてます。
大好きな曲、難しいですね。
決められないです・・・。
でも、好きになったきっかけの、若者のすべては特別な感じはあります。
それでは、またフジファブリックの記事を楽しみにしています。
投稿: さっつん。 | 2011.01.31 23:08
先生はじめまして。
先生のお言葉に、励まされたり「そうだそうだ!」と強く共感したりと、いつも楽しませていただいているものです。
特にフジファブリックに関する記事には、知識不足の自分では上手く説明できないことを、先生に丁寧に冷静に言葉にしてもらえるので、手放しで(勝手に)満足させてもらってます。
「まばたき」、僕も初めて聴いた時から心惹かれ、今聴いてもその感覚は色褪せません。先生のおっしゃる「モノ」に対する憧憬がそこにはあるのです。また、その後の「星降る夜になったら」への流れが、ドラマチックな希望が湧いてくるようで大好きです。
さて、レミオロメンの新曲「Your Song」が好きで、先日、その曲に関する藤巻さんのインタビュー(ロッキン•オン•ジャパン)を立ち読みしていたのですが、その本屋の中で思いがけず心が震えてしまいました。
レミオロメンがセルフプロデュースで「花鳥風月」を作った時も、もしかしたらと想像していました。得にこのアルバムの「小さな幸せ」の歌詞には心の底からグッときてしまいます。
先生、いつか気が向いた時があれば、是非その藤巻さんのインタビューに関する記事を取り上げて下さい!
あ、あとフジファブリックの曲の「Day Dripper」の歌詞に関する感想も、いつか聞いてみたいです。
駄文になってしまってすみません。
失礼しました。
投稿: 恋する惑星 | 2011.02.01 01:07