『偽書「東日流外三郡誌」事件』 斉藤光政 (新人物文庫)
抜群に面白い!
全450ページにわたる長編ドキュメンタリー、ルポルタージュですが、あっという間に読みきってしまいました。
私の人生は「偽書」と深く関わっています。偽書抜きでは語れません。私自体が「偽書」みたいなもんですから(笑)。ハッタリ人生。
この前も「偽書の精神史」を紹介しました。そして、近いうちに「教科書」という「偽書(偽史)」についても書こうと思っています(!)。
もちろん私は単純に偽書(偽史)を信じているわけではありません。そしてそれと同様に、「正史」と言われるものにも常に疑問を持って接しています。いや、世の中には「正史」なんてものはないと思っています。全ての歴史書は「偽書(偽史)」であると考えているのです。
そして、その「モノガタリ」が存在したという事実と、それを「カタル(語る・騙る)」人の心の中に「真実」があると考えています。
どうしてその「モノガタリ」は存在しているのか。どうしてその人は「モノガタリ」しなければならなかったのか。
この本で扱われているのは、「戦後最大の偽書」とも言われる「東日流外三郡誌」です。その「モノガタリ」を「騙った」のは、和田喜八郎です。今となっては、彼はほとんど詐欺師の扱いを受けていますが、なぜここまで壮大な「ウソ」をつかねばならなかったのか。
これは他の「古史古伝」にも共通していますし、いわゆる教科書に載っているような、古事記にも、日本書紀にも、神皇正統記にも、大日本史にも言えることです。
私はもう四半世紀以上にわたって「宮下文書(富士古文献)」を研究しています。これなんかも、時代は違えど内容や成立状況は「東日流外三郡誌」とほとんど同じと言えます。
では、私は、この本における「古田武彦」なのかというと、これまた全く違うんですね。私の専門分野である日本語学の立場からすると、それはもう完全に近世以降の書であるわけですが、だからと言って内容が全て妄想だとはなかなか言えないわけです。たとえ妄想にしても、やはりその妄想にはなんらかのルーツとなる情報があるはずです。そこに興味がある。
それは和田さんにしても同じですね。そう、このルポでは、そのあたりもたくさん出てきます。つまり、「東日流」に関しては、「妄想家」の「妄想」のルーツが暴れることによって、それ自体が「偽書」であることが証明されていくんですね。
ではでは、私もまた、その情報ルーツを知ることで、「宮下」が偽書であることを証明しようとしているのかというと、やはり違うわけです。もっと奥底にある「モノガタリ」の古層としての「モノ」自体に興味があるといいますかね。
すなわち、私は「宮下文書」に関しては、擁護派でも偽書派でもないのです。それは、ここ以外の土地からここに住み着き、客観的にも主観的にもここに流れる「空気」を毎日感じている者として、ある意味では当然の姿勢であると思います。近づけば近づくほどに、富士山がいろいろな表情を見せてくれるのと一緒です。単なる火山と思える時もあれば、神の山だと思わざるを得ない時もあるのです。自分にとっては、その両方ともが「真」ですから。
そういう意味では、私、「東日流」に対しても、あるいは和田に対しても、その両方向からのアプローチをしてきました。ブームになった頃には、わざわざ青森にでかけて「聖地巡り」をしました。一方で、学問的、客観的な自分は、もうすでに和田による創作であろうという予感を持っていました。
ほとんど「偽書説」で決着がついた今でも、「偽書」だから、「詐欺師」だからもう相手にしない、とはなかなか言えません。
10数年前に、まったく偶然ではありますが、私は東北の女性と結婚することになりました。それも「安倍氏」の末裔(苗字は「安倍」ですが「あべ」とは読みません)。そして、彼女の故郷秋田に通うたびに、私の知らない「日本」がいまだに残っていることに、本当に驚き興奮してきました。いや、私の知っている「日本」とは違う「国」がそこにあったのです。
表面上は現代日本によるコーティングがなされていますが、その薄皮(そう、薄いのです)をはがすと、すぐに現れてくる「モノ」。これは間違いのない私の実感でした。
そうした新たな経験や、富士山麓での生活を積み重ねるうちに、また新しい視点というか、感性というものが生まれ育ってきたような気がするんですよね。「東日流」に関しても、またちょっと今までと違ったとらえ方ができるようになってきた。
この本でも語られている、まつろわぬ者の、敗者の、弱者の「コンプレックス」「ルサンチマン」…これらは実に根深い。ここ富士北麓でもそうなんです。しかしまた、そういう片づけ方だけでは浮かび上がってこない根本的な「何か」がある予感もしています。そこがこれからの課題です。
その一つのアプローチの方法が、もうすぐ書こうと思っている「教科書という偽書」問題に象徴される戦後教育、そしてそれを生んだ戦争思想、もちろんその原因となった戦争自身との関係を探るというものです。
そしてもう一つが「霊的」なアプローチ。こちらのインタビューにも述べた、歴史やその記録を超えた、あるいは言語や科学を超えたところでの意味の探求です。これは一歩間違えば危険な「オカルト」になりかねませんが、そのへんは私は大丈夫ですからご安心ください(笑)。
それにしても、この「戦後最大の偽書」を産み続けた和田喜八郎という「詐欺師」、いや「妄想家」のそのエネルギーの源泉はなんだったのでしょうか。一種の虚言癖、病気であると言って片づけることもできるでしょう。でもなあ、なんか妙なシンパシーも覚えるんだよなあ…。
いずれにせよ、「日本の偽書」や「トンデモ日本史の真相」の記事にも書いたように、「偽書派」が感じていない、あるいは避けている「モノ」を、私なりに追求していきたいと思っています。
今までこういう世界に興味を持っていなかった方も、ぜひこの本をお読み下さい。そのへんの二流小説よりずっと面白いし、ジャーナリスト(新聞記者)ならではの、無駄のない、しかし必要十分にして正確な文章表現が素晴らしい。そして絶妙な立ち位置から見えてくる、人間の、世の中の実像がなんとも魅力的ですよ。
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