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2011.01.18

ありがとう…

Gedc0122 得いかない(笑)センター試験の日、我が中学校では一般入試が行なわれました。
 この富士山は、その帰り、ウチの近くで撮影したものです。なんとも美しかったのですが、写真ではなかなかうまく再現できませんね。
 さて、いつものとおり、国語の試験の本文を公開いたします。先週の「将来の夢」に続きまして、今回は「ありがとう」という文章を書いてみました。
 なんとなく仏教くさいのは、単にウチが仏教系の学校だからです。最初は「おかげさま」という題で書き始めたのですが、いつのまにか違う方向に行ってしまったので、タイトルを変更したという次第です。
 難しい漢字が出てきますが、もちろん試験ではルビが振られていますよ。


   ありがとう

 みなさんは、生まれてから何回「ありがとう」と言いましたか?
 数え切れないほど言ってきましたか?
 それとも案外少ないでしょうか。
 「ありがとう」という言葉、漢字で書くと「有難う」となります。「有難い」とは字のとおり、「有ることが難しい」という意味ですから、言いかえると「めったにない」ということになります。
 「めったにない」…えっ、そうだとしたら、「ありがとう」という言葉、頻繁に使ってはいけないのか…いえいえ、そうではありません。私たちはいつでも「ありがとう」と言っていいのです。
 日々当たり前のように、朝起きて、学校へ行き、友だちと笑い合ったり、場合によってはケンカをしたり、そして家に帰ってきて、ご飯を食べたり、テレビを見たり、ゲームをしたりして、眠くなったらふとんにもぐる…そんなことが、実は奇跡的なことだと考えたことがありますか。
 いや、それ以前に、自分がこの世にいること自体が、実は「めったにない」「ありがたい」ことだと意識したことがありますか。
 ではここで、今の自分が生まれてきたことの「ありがたさ」について、一つのヒントを与えましょう。
 あなたのお父さん、お母さんには、それぞれお父さんとお母さんがいるでしょう。つまり、おじいちゃんとおばあちゃんはそれぞれ二人ずつ計四人いることになります。その四人にまたそれぞれ二人ずつの両親が必ずいますから、あなたのひいおじいちゃんとひいおばあちゃんは全員で八人いることになります。
 今、あなたから三代さかのぼっただけで、もう八人のご先祖様がいることになります。ためしに十代さかのぼってみましょうか。その数は千を超えます。三十代さかのぼると、さあ何人のご先祖様が現れるでしょうか。その数なんと十億を超えるのです。驚きですね。
 三十代前というと、だいたい平安時代の終わりくらいではないでしょうか。そのころの、あなたのご先祖様の一人に「太郎」という男の人がいたとしましょう。
 太郎は幼い時に熱病にかかり、一度は死にそうな思いをしました。また、青年になったころには、地方の戦乱に巻き込まれて、家が焼かれ田畑も奪い取られてしまいました。結婚して子どもができたころには、大変な飢饉があって、毎日食べるものにも事欠きましたが、自分の食べるものは最低限にして、なるべく子どもに分け与えました。
 たとえば「太郎」一人とっても、こうして、それこそ命がけで命をつないできたのです。そういう人が十億人いて、今のあなたの命があるのですね。十億人ですよ。もし、そのうちの一人でも、その命を奪われていたら、あるいは自分や子どもの命を粗末にしていたら、もうあなたはこの世にいないことになります。
 どうでしょう。ほら、今あなたがここにいることは、実に「ありがたい」「めったにない」ことですよね。もちろん、人間の歴史はもっともっとさかのぼれますし、それぞれの人のそれぞれの運命も無限に可能性があります。たとえば、太郎が誰か違う人と結婚していたら、今の「あなた」はいないことになります。
 もうこう考えると、今ここにいること自体に「ありがとう」と言わねばならなくなります。もちろん、元気に平和に暮らしていることにも。
 しかし、人間はなかなかそういう意味で「ありがとう」と言えませんし、思えません。逆に「なんで自分ばっかり」とか、「あれがいやだ、これがいやだ」とか、不満ばかり言っています。そして、場合によっては、自分や他人の命を粗末に扱ったりもします。困ったものですね。
 自分や世界の未来に思いをはせるのもいいものですが、こうして、自分や世界の過去を想像してみるのもまた大切なことではないでしょうか。未来より過去が、あなたの価値を高めてくれることもあるのです。
 「ありがたい」「めったにない」存在である「私」。たくさんの人たちの命がけの命でできている、かけがえのない「私」。
 そういうことを意識すると、今度は自分の命だけでなく、ほかの人の命も大切にするようになります。
 たとえば、あなたの嫌いな人、苦手な人にも両親がいて、祖父母がいて、曽祖父母がいて、三十代前には十億人以上のご先祖様がいてと考えると、やっぱりその人の存在自体が「ありがたい」ものだと感じるようになります。
 たとえ気の合わない者どうしでも、奇跡の存在と奇跡の存在が出会ったのですから、それなりの意味があるはずですね。そう考えると、急に今までの感情がつまらないものに思えてきたりします。
 また、ご先祖様の大変なご苦労を思えば、今の私たちの悩みや苦しみも大したことないと気づくかもしれません。こんな平和な時代に、こんな平和な国に生まれただけでも、実に「ありがたい」ことですから。
 さあ、こんな自分やご先祖様や家族や友だちに、思いっきり「ありがとう」と言ってみましょう。言うのがはずかしければ、ただ強く思うだけでもいいのです。仏壇に手を合わせなくとも、寝る前にふとんの中で、ふと「過去」に思いをはせてみるだけでいいのです。 

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コメント

先生こんにちは!
今日も寒いですね〜。
この記事、多くの方に読んでもらいたいです。
先日書かせていただいた「志村くんのところに行きたい」と私のブログに書き込んできたコは翌日、ごめんなさい!と言ってきてくれました。
確かに嫌な事はあったけど、夜中で感情的になっていたと…
で、ホッとしていたら先日「ブログしばらくお休みします」とのこと。
何もなければいいのですが、なにかのきっかけにここにたどり着いてくれたらいいな…。

投稿: さお | 2011.01.19 13:32

先生、ご無沙汰しております。

『ありがとう』は自分の今の現状に対して使う言葉です。

幸せは勝ち取るものではなくて、感じるものです。

『ありがとう』の反対語は『当たり前』

イライラ、不平不満が起こるのは感謝が足りないからです。

今の日本に住んでいるのが、どれだけ幸せかをもっと皆に知ってほしいですね

投稿: ピピン | 2011.01.19 15:12

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