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2010.12.26

『相模三浦一族とその周辺史』 鈴木かほる (新人物往来社)

その発祥から江戸期まで
20101227_82114 は忙しく現地には行けませんでしたが、今日ははるばる秋田から約20人が西湖を訪問しました。今をときめくクニマスに会うためです。
 例の記事にも書きましたとおり、今回の大発見というか再発見には実は大きな意味があると思うのです。
 そこに見え隠れするのは、「龍神」「三浦氏」です。
 今日も秋田でクニマスの研究をしている三浦さんが西湖の漁協の三浦さんに会いました。そうそう、さかなクンのイラストを販売しているのも三浦さんですね。クニマスをめぐって「三浦氏」がつながっています。
 前の記事にも書いたように、三浦氏の家紋は「引き両」。「りょう」は「龍」であると言われています。もともと水軍であった三浦氏は、水に縁の深い一族でした。水の神様と言えば龍神。海にも川にも湖にも泉にも沼にも龍神は祀られます。
 田沢湖の龍神の話は以前書いたとおりですし、西湖には青木龍神と呼ばれる神様がいると言われています。また、西湖の湖畔、青木ケ原樹海の中には「竜宮洞穴」もあったりします。
 相模の三浦氏は北条に滅ぼされたとされていますが、実際のところは、全国各地に落ち延びました。それはほとんど山の中だったのでしょう。それぞれの地で、水と関わりのあるところに、龍神を祀りつつ生き延びたものと思われます。
 実はワタクシ山口の祖先にも相模三浦氏の血が流れ込んでいるようなんですよね。ある意味、私も「龍脈」に乗ってここ富士山に落ち延びてきたとも言えます。そして、カミさんもまるでクニマスのごとく、秋田からここにやってきました。
 この本を買って読んだきっかけにも面白いものがあります。西湖周辺の三浦氏とともに、地元で三浦の血を受け継いでいるのは、宮下氏です。
 富士吉田は明見(あすみ)の宮下氏と言えば、謎の超古代文書の一つ、いわゆる「偽書」、「古史古伝」と言われる「宮下文書(富士古文献)」を伝えた旧家です。実はこの宮下氏、もともとは相模の三浦氏なんですよね。
 私が大学時代、その古文書に出会って、その研究のため、実家の静岡に帰らずここに残ったというのも、今考えれば龍神の因縁だったのかもしれません。
 また、その宮下文書関係で知った近代の巨人、出口王仁三郎の婿入りした出口氏も、相模三浦氏と深い関係があるようなのです。
 また、王仁三郎の孫、出口和明さんが「龍神」そのものであるということ、また田沢湖とも因縁があるということは、前の記事に書いたとおりです。
 さらに言えば、九鬼文書や宮下文書を研究した三浦一郎や、三浦天皇こと三浦芳聖など、尾張方面の三浦氏も関わってきますから、もう大変。
 そうそう、今上天皇陛下の「クニマス発言」にもビックリしましたね。あそこまで言及するとは。
 まったく不思議なことばかりですね。
20101227_04_1 さて、さて、今日はそんな三浦氏の多く住む富士河口湖町の西湖に、みちのくの三浦さんらが来たわけで、まあ、クニマスとの70年ぶりの再会ということもありますが、私はそれ以上に数百年前に生き別れた(?)一族が再会したということに感銘を覚えますね。写真は帯同したさかなクンと「釣りキチ三平」の矢口高雄さんです。
 あっそうそう、無理矢理こじつければ、さかなクンのお父さん、名棋士の宮沢五朗九段は「竜星戦」に出てますな(笑)。さかなクン、「西湖サイコー」とかベタな駄洒落言ってました。お父さんも天才なら、息子さんもある意味天才だわ。
 というわけで、話がなかなかこの本にたどりつきませんね(笑)。この本、何冊かある「三浦本」の中では最も読みやすく、そしてうまくまとまっているものだと思います。
 一部はGoogleブックスで読むことができますので、興味のある方はぜひどうぞ。
 どうも自分のルーツを探っていくと、こういった「龍脈」が現れてくるんですよね。実に面白いことですし、今まで自分とは関係ないと思っていた知識が、いきなり自分とつながったりするんで、もうこの世界から抜けられないという感じですね。全ては必然だったと。

Amazon 相模三浦一族とその周辺史
 
 

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コメント

「クニマス再発見」によって,なんだかものすごいことになっていますね! 
先生の周りで龍がぐるぐるうごめいているようです。それとも,先生自身が龍? わくわくしますね!!

私は天皇陛下がさかなクンの功績を讃えられたことに感動しました。
クニマスが発見されたことはマスコミで大きく報道されましたが,さかなクンについてはたいして取り上げられていないことに不満を感じていたのです。
私は「クニマス」が「さかなクン」を選んでやって来たのだと思っていたので・・・。

『西湖サイコー!』ですね!!


投稿: 松原恵子 | 2010.12.27 12:40

最近こちらのホームページに出会い、読ませて頂いていますnotes
私は個人的な趣味で、日本の古代について勉強をしてます。
 
侑子さんが言っていました。
「出会った事で縁し(えにし)は結ばれる、例えそれが物でも人でも。。自分の意思とは関係なく縁しによって物事は運ばれる。。。この世には偶然なんか無い、あるのは必然だけ」
 
実際、私事の趣味でこのホームページに来たのですが・・・。
私は、志村さん武藤さんに、ある意味で繋がっています。
 
ここに来た事は、私には必然だったみたいです

投稿: ラーグ | 2010.12.27 19:34

先生こんにちは(^-^*)/
ここ数日 かなり冷え込んでいますね〜!
本当に先生のお話は毎回興味深いです。
姓の話をすると 私の旧姓はかなり変わっていまして、京都発祥で全国的にも数軒。
旧姓には「馬」がふくまれています。
十数年前からなぜかよく訪れていた富士吉田。
偶然 スペースシャワーの夏フェスで知ったフジファブリック。志村くんの故郷 富士吉田。よく訪れていた小室浅間神社へ。
馬…本殿手前の建物には鳥肌がたつほどリアルな馬の木彫り。
実物も。
「馬の仕事に最初に関わると出世する…」
私の祖先は馬の世話に携わる職。
鳥肌がおさまりませんでした。
しかも地元の浅間大社で行われている 流鏑馬もこちらで行われている。
なにかに導かれているように思えて仕方ないです。
もちろん、山口先生と出会えたのも。
「西湖はサイコー さあ行こう!」

失礼しました。

投稿: さお | 2010.12.28 14:12

たびたび失礼してすみません。
以前,吉井和哉さんが志村くんのことを『真っ白な龍の子どものようだった。』とおっしゃっていたのを思い出して・・・。
やはり,志村くんも龍と関係があるのでしょうか・・・?

投稿: 松原恵子 | 2010.12.28 19:48

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