カンプラ 『レクイエム』&フォーレ 『ラシーヌの雅歌』
昨年の12月、突然特別な思い入れのあった人が亡くなってしまいました。フジファブリックの志村正彦くんです。
もうすぐあれから1年が経とうとしていますが、暗く哀しい気持ちになるよりも、たくさんの宝物を残してくれた彼に感謝し、彼が天国でも素晴らしい音楽活動をしてくれるように、安らかな気持ちで祈りたいと思うこの頃です。
そこで、今日は、天国の彼に美しい歌2曲をプレゼントしたいと思います。
今日12月4日はフランス、バロック期の作曲家アンドレ・カンプラの誕生日です。
リュリやラモー、クープランなどの影で、やや地味な存在のように思われがちなカンプラですが、実は彼らと十分に肩を並べ得る天才作曲家でした。
私も今まで何回かカンプラの曲を演奏してきました。そのいずれもが、とても美しいメロディーとハーモニーに恵まれた佳曲でした。そう、ある意味とてもポップな感覚のある作曲家なんですよねえ。ポップなんて言うと怒られちゃうか。でも、実際のところ、お〜っと思う瞬間の多い、とてもキャッチーなメロディーを書ける作曲家であったと思います。
誕生日にちなんで、今日は彼の名作の一つ「レクイエム(死者のためのミサ曲)」を聴きました。聴いたのはクリストフ・ルセ指揮のもの(YouTubeのライヴ版はこちらで聴けます)でしたが、ここでは、こちらの演奏をお聴き頂きましょう(序曲だけですが、グレゴリオ聖歌の先唱つきです)。ゆったりとした美しさがあります。
「死」というと、暗く哀しい感じがするのが当然ですけれども、西洋音楽のレクイエムは言うまでもなく鎮魂歌であり、天国への安らかな道のりを示すものがほとんどです(多少例外がありますが)。
私も大好きなフォーレのレクイエムなんか、その良い例ですよね。
そこでもう1曲、そのフォーレの安らかな名曲を。紹介したラター盤に収録されている「ラシーヌの雅歌(ラシーヌ讃歌)」です。この作品、フォーレが18歳の時の作品だと言うから驚きです。これまた天才ですね。17世紀バロック期の劇作家ラシーヌの詩をもとに作曲されたもので、音楽学校の卒業作品だそうです。シンプルな中に深い表現が感じられるあたり、のちのレクイエムなどを生み出す才能がすでに聴いて取れます。フォーレもまた、優れたメロディー・メーカーですね。
まずは、そのラター盤、すなわちラターが伴奏をオーケストラ用に編曲したものをどうぞ。
続きまして、オリジナル・ヴァージョンを男声合唱でどうぞ。これまた美しい。ちょっと音量が大きめなのでご注意を。
このラシーヌの詩はもちろんキリストに対する信仰を表す歌です。キリスト者ではない私は、いつもキリスト教の曲を演奏する際は、キリストや神という言葉を、自分の中の「何か」と置き換えています(失礼ですかね…ちなみにカミさんは全部「猫」に置き換えるとか…笑)。
今日は志村くんに捧げましょう。この歌でもこういうことが歌われているからです。今日もたくさんの方が、全国から彼の鎮魂のために富士吉田に来ていました。
「…今、あなたを讃えるためにたくさんの人が集まっています。彼らがあなたの不滅の栄光に捧げる歌を受けとってください。あなたからいただいたものへの精一杯のお返しの歌を」(ラシーヌ)
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コメント
鎮魂歌・・・一人静かに聞くと、おかしなことに自分自身の魂が慰められていくような気がします。喪失感をうめてくれる感覚です。
志村君が逝ってしまってから一年が経とうとしているなんて、まだ現実感がありません。富士吉田に集った方々の思い
も、いろいろな場所で志村君のことを忘れずにいる私のような者の思いも、志村君には届いているんでしょうね。下界の
私たちを相変わらず素敵な笑みで眺めているのかもしれませんね。
新曲がどこからともなく舞い降りてこないかな〜と空をながめてしまいます。以前にお聞きになった新曲、その後降りてきませんか?聞きたいです。
投稿: KONO | 2010.12.05 17:20
最後に書いてある言葉・・・
本当にその通りだなあと思いました。
志村さんがまだどこからともなく現れそうな
そんな感じを捨てきれないです。
富士吉田に行っても。
志村さんは本当にたくさんの人に愛されているんだと
実感する1年でもありました。
時々はこの様な曲をゆったり聴くのも
よいのかなと思った今日でした。
投稿: さつき | 2010.12.05 19:08
先生こんにちは!
週末はファンの方々で 富士吉田はさぞかし賑やか(表現正しいですか?)だったでしょう。
ワタシは平日の休みがあるので、ゆっくり伺いたいと思います(^_^)
一年あっという間ですね。交流のあった先生の喪失感や悲しみは想像がつきません。
いちファンであるわたしでさえも、これ程に日々いろんな事を考えてしまうのです。
志村くんがいない寂しさを 志村くんの歌が慰めてくれています。
みんなそうなんだと思います。
投稿: さお | 2010.12.06 13:43
初めまして。突然失礼致します。
数ヶ月前に教育関連の記事で富士山蘊恥庵庵主さんのブログに辿り着きまして、それ以後度々拝見しておりました。
ある日フジファブリックの志村さんのことが出てきた記事があり、驚きました。
フジファブリックはほとんど毎日聴いている大好きな音楽だったからです。
そして今回の記事で「ラシーヌ讃歌」が出てきて再び驚きました。
数年前に出会って、とても好きだなあと思っていた曲だったからです。
ついにこちらにコメントを書いてしまいました。
ラシーヌの詩は恥ずかしながら初めて知りましたが、読んでいる最中に涙がぶわっと出てきました。
志村さんに、たくさんの方々の思いが届いていると良いなと、心からそう思います。
別々の時期に全く違う場所で出会った音楽がこちらのブログに出てきて、何となくご縁のようなものを感じてしまいました。
偶然と言ってしまえば偶然ですし、一方的な気持ちではありますが…。
自分が素晴らしい音楽と出会えていることを再確認できました。ありがとうございます。
長々と申し訳ありませんでした。では失礼致します。
投稿: cacco | 2010.12.07 00:42
皆さん、コメントありがとうございます。
音楽は哀しみを癒してくれる、いや、昇華してくれます。
と同時に、私たちの生活も人生も、無数の哀しみの上になりたっているのだと再確認します。
しかし、たしかにこうして皆さんと何かを共有できるのは、志村くんのおかげですね。
だからこそ、私たちも新たな一歩を踏み出さねばならないのかもしれません。
全てのご縁に感謝します。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.12.08 09:48