« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010.12.31

自演乙!最高!『Dynamite!! ~勇気のチカラ2010~』

20110101002_3 当の武士道継承者、長島☆自演乙☆雄一郎、素晴らしすぎ!
 オタクと武士道の関係などを研究している(?)、日本文化研究家のワタクシとしては最高の年越しとなりました!
 昨年の大晦日ここに書いたように青木真也のおかげで、実に気分の悪い年越しを余儀なくされました。そのモヤモヤを1年後、我らが自演乙が晴らしてくれました。
 そして、今日の青木もまたひどかった。K-1を、MMAを、プロレスを、そして日本拳法をなめるとこういうことになる。まさに天誅下る。
 地元の雄、渡辺一久も良かったし。サクは耳取れちゃうし、サップは逃げちゃったけど。入場する猪木さんをガードする二人は知り合いだし(笑)。
 やっぱり「闘い」は「闘魂」、気持ちですね。人生を重ねて観るから面白いのです。
 今年はなんだかんだ盛り上がったなあ…今実家にいますので、帰宅後PPVで全て観てから、感想など書きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.12.30

音楽番組三昧

2010122900000328oric0004view_2 末はやっぱり音楽番組ですね。今夜はずっとBS2を鑑賞。音楽史のおさらいをしました。こうして俯瞰すると面白いですね。はたして、日本の大衆音楽は進化しているか、退化しているか…。
 そうそう、昨日の前夜祭がすごすぎた日本レコード大賞ですが、結局大賞はEXILEの「I Wish For You」でしたね。3年連続は浜崎あゆみ以来とのこと。
 浜崎あゆみは、意外に伝統的な日本音楽と日本文学の世界を継承しているので、私としてはそれほどイヤではなかったのですが、はたしてEXILEはどうなんでしょう。あれは日本の音楽なのでしょうか。いや、別に嫌いでもありませんよ。好きでもありませんが。
 そう、私にとってのEXILEはこちらに書いたようにアメリカのバンドなんですよね。日本レコード大賞よりずっとすごい。全米1位ですから(笑)。
 ま、それはいいとして、なぜ2008年から今年までEXILEなのか。どういう道筋を通ってこういうことになったのか、その流れを感じながら今日連続鑑賞した番組はこれらです。

美空ひばり 遺した言葉たち〜歌そして人生〜
J-POP 永遠の80's
SUMMER SONIC 2010
黄金の洋楽ライブ オリビア・ニュートン=ジョン

 美空ひばりさんについては、今までもたくさん書いてきましたから今日は割愛します。ただ、昨日の日本の歌謡史50年とひばりさんの業績がぴったり重なっているかというと、微妙にそういうわけではありません。
 なんといいますかね、いい例えかどうか分かりませんが、ヨーロッパのバロック音楽時代のバッハみたいな存在なんですよね。世間一般の音楽世界とはちょっと一線を画している感じがする。そして、後世の評価がどんどん高くなってくる。
 もちろん、ひばりさんは大スターだったわけですが、大スターだからこそちょっと浮いた存在でもあったと思うんです。もちろん反ひばり、敵対勢力もありましたし。
 ひばりさんはなんでも歌いますからね。だから代表曲というのが、案外わかりづらい。楽曲には恵まれなかったとも言えなくもない。不思議な存在です。
 さてさて、そんな昭和の歌姫の栄光に陰りが見え始めた1980年代。ひばりさんと並行して発展してきた「歌謡曲」もまた息絶えようとしていました。お茶の間ではアイドルが大量生産され、それに対するアンチテーゼの意味も含め、楽曲と演奏の実力で勝負しようとする「素人」が出てきました。
 「素人」という言葉をあえて使ったのは、それまでの「職人作曲家」、たとえば昨日紹介した筒美京平さんたちや(いや、筒美さんはうまいこと80年代も活躍してましたね)、「職人作詞家」、ひばりさんのような「職人歌手」、そして「職人バンド」と区別するためです。
 70年代までの「歌謡曲」は職人による完全なる分業制がしかれていました。だからこそ世界に誇るレベルの音楽が大量に生まれたんですね。
 80年代は、それが大きく崩れた時代です。もちろん、70年代にもフォークやロックの畑があって、全て自前でやってしまう「素人」がたくさんいました。ある意味ではそれこそが本来の音楽の姿であるとも言えますし。
 洋楽の影響というのもあるでしょうね。ロックの台頭という流れもあるでしょう。そして生まれたのが、J-POPという言葉です。歌謡曲との決別ですね。
 ま、今日の番組で再確認しましたが、80'sも作詞、作曲は歌手本人でないことが多かったんですよね。ただ、その作詞家、作曲家が職人かというとそういうわけでもなかった。いわゆるニューミュージック畑からの参加が多かったんですね。
 そうした流れについては、こちらの本に詳しく書かれていました。この本を読んだあとだったので、より流れをつかみやすかったかもしれません。
 私は80年代の日本の音楽、ほとんど聴いていないんですよ。もちろん、耳には残っていますが、当時は洋楽やらバロックやらジャズやらに一生懸命でしたので。ちょっとバカにしているところすらありました。
 その後の小室哲哉的音楽やビーイング系音楽を経て、今の日本の音楽界になっていくわけですね。そして、私はどんどん日本の大衆音楽から離れていきました。
 さらに変化(退化?)に拍車をかけたのは、ラップの登場です。のちにヒップホップやR&Bと称されて日本の大衆音楽の中心になっていく「(えせ)ブラック」の流入ですね。今夜のSUMMER SONIC 2010の番組では、ちょうどそのあたりが特集されていて、私は閉口、いや閉耳してしまいました。
 歌からメロディーや「日本語」がなくなってしまった。これは古い人間にとっては非常に辛いことです。
 そして、EXILE時代へ…。どんなもんなんでしょうね。どう評価すればいいのでしょうか。
 さてさて、最後に観たオリビア・ニュートン=ジョンですが、これが実に良かった。歌姫オリビア、職業作曲家による素晴らしい楽曲、トム・スコット率いる超強力バンド。良質のエンターテインメント。
 では、最後にこれをお聴き(ご覧)下さい。ELOのジェフ・リン作曲の名曲「XANADU」です。洋楽もまた古き良き時代だったのかも…。

 あっそうそう、全体を通じて一番インパクトあって、心ふるえたのはSHOW-YAでした。再結成してたんだ、知らなかった。かっこよかったっす。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010.12.29

レコード大賞前夜祭(日本の歌謡史50年SP)

Vlcsnap2010123009h53m02s14_3 ばい!すごすぎました。
 録画して2回観て(聴いて)しまいました。
 どう考えても明日の本番よりもすごい。半世紀分の名曲が凝縮されているわけですから、当然と言えば当然ですが、まあ最近の楽曲のレベルの低さは尋常ではないので、特に過去の曲のすごさが際立ってしまっていました。
 そう、今日は昼間、なんとなくCSのある放送局をかけっぱなしにしていまして、最近の日本の楽曲のひどさにうんざりしていたんですよ。カミさんと「何これ?」みたいなことをずっと言っていました。
 それに比べてなんでしょう、この濃さは。世界中でもこれほど充実した音楽がひしめいていた時代はそうそうないですよ。まじで。プロによるプロのための歌。
 歌手の個性もすごければ、楽曲の個性もすごい。互いに似た曲というのがホントにないんですよね。プロの作曲家の充実度ということで言えば、まじで西洋クラシック音楽史の比ではありません。
 それも、いつも言っているように、昭和の楽曲というのは、日本の音楽の伝統を継ぎつつ、世界中の音楽のエッセンスを融合した、まさに「和」の音楽なんですよね。日本人のこうした消化力、昇華力というのはすごいですね。
 リアルタイムで体験していた頃は、正直気づかなかったんですよ。当たり前だと思っていましたから。
 しかし、今こうして世界中のいろいろな時代の音楽を聴いたり、演奏したりするようになってみて、改めて昭和の歌謡曲のすごさに気づかされたと。
 まあ、ここ数年はですね、私たちも「歌謡曲バンドふじやま」を結成して、いろいろ曲を演奏するようになりましたから、特にそのすごさが分かるようになりましたね。やはり、自分でやってみないと分からない部分もあるんですよ。
 メロディーの素晴らしさや歌詞の素晴らしさはもちろん、編曲やバンド演奏の素晴らしさですね。このレベルはそれこそ尋常ではない。
 今日特に印象に残ったのは、筒美京平さんの才能でしょうかね。彼は本当に世界の音楽史に残る作曲家の一人だと思いますよ。ものすごい創造力です。幅が広いし。編曲もすごいんですよ、彼。ああ、CDボックス買っておけばよかった…。
 そうですねえ、今日の番組を記念して、この曲を貼っておきましょうか。司会の堺正章さんの「さらば恋人」です。

 なんすか、このメロディー!筒美さんの特徴というか、当時の楽曲のすごさは、サビ以前にAメロ(なんていう言い方もちゃんちゃらおかしいですが)の入り、いやイントロからしてものすごく魅力なことです。今どきの曲のひどさと言ったら。
 今日聴いた名曲の数々、う〜む、全部演奏したくなったぞ。カミさんはもう全部歌ってましたが(笑)。
 演奏ということで言えばですね、今日のこの番組のもう一つの見所、それは「服部隆之バンド」でしたね。皆さん、ちゃんとチェックしてましたか(笑)。
 いや、冗談でなく、はっきり言って理想的な「歌謡曲バンド」でしたよ。演奏が余裕で上手なのは当然として、それ以前に、服部隆之さんのにくいにくい編曲、アレンジ、そして指揮(!)。
 実は今日一番地味に目立っていたのは、そして一番楽しんでいたのは服部隆之さんだったのでは。彼も昭和の遺伝子を継ぐ天才音楽家ですね。彼の編曲術は見事です。無駄がないんですよね。それでいて単なる伴奏で終わらない、ある意味目立つ。にくいなあ。
 くやしいけれど、完璧でした。彼、私と同じ名前(漢字も同じ)なんですよねえ。だから勝手にライバル視してます(笑)。
 今日は特別、その神的演奏を一つ紹介しましょう。カミさんと私で号泣してしまった、布施明によるMisiaの「Everything」です。これ、やばかったでしょう。この曲がこんないい曲だったとは!本家は違って、全く張り上げることなく、言葉とメロディーを伝えることのみ考えて歌ってらっしゃる。そして、それを支えるバンドの編曲、演奏の素晴らしさ。これは世界に誇るべき音楽ですね。では、どうぞ。

布施明「Everything」


映画・テレビ, 音楽, 芸能・アイドル | | コメント (1) | トラックバック (0)

2010.12.28

夕方5時のチャイム

 ずは今朝の富士山です。少しずつ近づいてみましょう。快晴ですね。これが夜には雪模様になります。

Gedc0060_2

Gedc0064_2

Gedc0061_2

Gedc0062_2

 去年の今日、志村正彦くんは天にその才能を返しました。
 あの日、彼から学んだことは、今の私を確実に形成してくれています。今のこの充実感は、彼のおかげだと心から思っています。
 今日はあらためて、彼の残した名曲中の名曲「若者のすべて」を聴き直してみましょう。


Fujifabric - Wakamono No Subete
アップロード者 EMI_Music. -

 この曲について、彼の詩の素晴らしさについては、こちらに書きました。改めて歌詞を読んでみまして、なんというか、「今」を足場として、過去、未来へ確実に行くことができる、その才能に驚きます。ただの思い出や妄想の詩とは明らかに一線を画していますね。それこそ詩人中原中也や小説家太宰治と同じレベルだと思います。
 以前紹介した泉谷閑示さんの「普通がいい」という病には、詩人についてこういう記述がありました。中原中也の詩を引用して、「詩人」について語る中での一節です。

 「正常」と「異常」の両方を股にかけて、往ったり来たりしながら「異常」の世界の言葉を「正常」の方へ持ってきて伝えようとしているのが詩ではないのかと私は思います…決して生きやすい生き方ではないかもしれないけれども、この境界線上に立って誠実に生きようとしていることが、詩を生む上で欠かせない前提だと考えます…私は、このように境界線上に立って生きる人を「詩人」と呼びたい。

 全く同感です。そういう意味で、志村くんはまさに「詩人」だったと思います。私たちにとっては、実は「正常」なのは「今」だけなんですね。「過去」や「未来」は「今」ではないという時点で、実は「異常」なのです。今ここにないんですから。脳内での「コト」なのですから。しかし、その「コト」に普遍性を持たせ、誰にとっても、そこにない、不随意な「モノ」とすることによって、「物語(モノガタリ)」が成立します。それができるのが、つまり「詩人」なのでしょう。
 この「若者のすべて」では、志村くんは、「今」という「正常」の世界から、「過去」や「未来」という「異常」なる世界へ、いとも簡単に旅をし、そして確実に原点たる「今(正常)」に帰ってきています。そして「今」しか共有できない私たち聴き手をも、その旅先に連れていってくれます。「今」が「永遠」になる瞬間です。おそるべき才能です。
 そして、この詩を詩たらしめるにあたって、最も重要な役割を果たしているものの一つである「夕方5時のチャイム」。今日12月28日の「夕方5時のチャイム」を録音、録画してみました。先日、本当にお尻の部分だけお聴かせしましたが、ぜひ全編をとの要望がたくさんありましたので、今日のこの日に記録してみました。
 私たち富士吉田にいる人間にとっては、なんでもない、ある意味チープなチャイムですけれど、こうして彼が「詩」にし、そして「音楽」にしてくれることで、世界中で注目される特別な存在になりました。全く不思議なものです。
 この曲、お聴きになって分かるとおり、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」の第2楽章のテーマですね。日本では「遠き山に日は落ちて」として有名です。では、お聴き下さい。たぶんこれが志村くんの胸に響いたそのチャイムです。
 
 夕方5時のチャイム

 富士山は雲に覆われていますでしょう。実はこの雲の中では雪が舞っていたんです。私は6時ごろ帰宅しましたが、彼が天に昇った聖苑や我が家のあたりは雪が積もっていました。
 お気づきの方もいらっしゃるかもしれません…いや、私も今気づいたんですけれど、このドヴォルザークのメロディーの出だしのリズムとメロディーの稜線は、「若者のすべて」のBメロ、まさに「夕方5時のチャイムが…」のところの出だしと似ていますね。
 もしかすると、志村くん、意識して作ったか、あるいは無意識に刷り込まれていてこうなったか…。いずれにせよ、こういうところが天才詩人たる証拠ですよね。
 彼は今、ここ富士吉田の空で毎日このチャイムを聴いています。そして、今も魅力的な「詩」や「音楽」を作り続けています。それは絶対間違いありません。
 そして、彼の作品は、富士山から全世界に広がっていっています。この名曲中の名曲「若者のすべて」も、Bank Bandによるカバーや、Perfumeのフェイバリットとして一気に世間に知られるようになりました。もちろん、原曲の「歌力」があるからです。
 私なんか、カバー全然オッケー派ですので、誰か欧米の有名ミュージシャンに英語とかでカバーしてもらいたいくらいです。原曲の力がある場合は、どんなカバーのされ方をしても魅力が減じることはありません。志村くんの敬愛したビートルズがそのいい例ですね。
 それにしても、こんなふうに富士吉田のチャイムを聴くようになるとは。これ一つとっても、志村くんには感謝しなくてはなりませんね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2010.12.27

『日本建国の暗号』 中矢伸一 (ビジネス社)

伊勢神宮の謎と天照大神の真実
728 日の「龍神」の話が、この本でもたっぷり出てきます。非常に重要なポイントになっています。
 なんとなく最近、話が「宗教的」「オカルト的」「トンデモ的」「妄想的」だとお感じになる方もいらっしゃるかもしれませんね。
 私は自分のことを、こういう世界も比較的冷静に、そして客観的に見ることができる人間だと思っています。かといって、こういう世界を全て信用したり、あるいは絶対正しいとして人に押しつけたりする人間ではありません。
 そう、世の中、こういう話をですね、最初っから全て否定する人と、完全に信じきってしまう人と、両極端の方が多いんですよね。私からしますと、その両方とも、自分で考えたり感じたりすることを怠けている原理主義者だと感じます。
 ですから、ご心配なく(笑)。いつかそっちの世界に行っちゃうんじゃないかとか、あるいは学校教育の現場でこういう話ばっかりしてるんじゃないかと思われるかもしれませんが、大丈夫ですよ。ちなみにこのブログに書いているようなことは、教室では全く話しません。リアルな私は、全く違うキャラクターの人間です。
 先日初めて、この本の著者の中矢伸一さんにお会い、その博覧強記ぶりと、紳士で真摯なお人柄にすっかりほれこんでしまいました。
 その時のお話の内容は、基本この本の内容と重なるものでした。まあ普通の人にはちょっと難しいかもしれませんね。中矢さん自身も「神様の名前とかでいっぱいになってしまう」とおっしゃっていました。たしかに、私もとても全て理解、暗記はできません。しかし、全体像が見えてくると、この世の中の仕組みがはっきり見えるようになってくるんです。細かい神名などはさほど重要ではありません。それらが織りなす構造こそが大切です。
 中矢さんが日本の古代史を研究したり、日月神示を研究したりするのには、私たちが同様に古代史や地方史、さらに各種宗教や出口王仁三郎について研究するのと同じ目的があります。
 それはすなわち、正しい歴史と神観を確認することによって、この日本が、そして世界が、さらに宇宙が、または我々個人が、平和で和合した未来を築けるようになるということです。
 本来私たちが尊崇し、信じるべき「神」や「祖先」や「魂」というものが、歴史上様々な思惑の結果、どこかに幽閉されてしまい、その代わりに悪神や捏造された歴史が跋扈しているという現状をいかに打破し、この世をいかに「真の道」に戻すか、それこそが私たちの課題なのです。
 こんなことを言っても、なかなか一般には理解されませんが、ある種の「霊脈」の存在に気づき、自らの「霊性」を活性化させるなら、この世の中の、そうした間違った表面と、その裏にある正しいモノの存在を確認せずにはおられないのですね。
 その正しいモノの象徴が、この本でも語られている、「クニトコタチ」であったり、「ニギハヤヒ」であったり、「銅鐸」であったり、「縄文」であったり、「龍」であったり、「物部氏」であったり、「艮の金神」であったりするわけです。
 また、そうした伏流水の泉としてのメディアが、「教派神道」であったり、「大本」であったり、「出口王仁三郎」であったり、「超古代文献」であったり、そして、私にとっては「富士山」であったりするのです。
 そうした、この世界、この宇宙の大きな物語的構造を、総括的に、しかし細部にわたって検証し、組み立てて見せてくれるのがこの本だと言えるでしょう。
 アカデミックな世界からしますと、それこそトンデモな世界観なのかもしれませんが、人間の本来の聖性が欠如し、また一方で明らかに世の中がおかしくなっている現代において、こうした「モノガタリ」を感受することはとても大切だと感じます。
 たとえば、一昨日、昨日の「クニマス」の話に重ねるなら、こんなストーリーも出来上がりますよ。
 宮下文書(富士古文献)によると、浦島太郎が見た龍宮城は、まさに西湖の湖底にあったということになっています。そして、宮下文書にも縁の深い王仁三郎の霊界物語では、龍宮の乙姫は貪欲で自己中心的な神として登場しますが、突如改心して国常立尊の神業の手助けをする善神となります。それまで、乙姫は海底に世界中の財宝を集め隠し持っていたのですが、それを全て神業のために差し出すのです。
 今回、龍神に因縁の深い田沢湖のクニマスが突如西湖に現れた(実際はずっといたにしても、私たちの意識上では「絶滅」したことになっていたのです)のは、霊界物語において、乙姫が噴火の熱に焼かれて海底から浮上し改心したということと符合するような気もするのです。
 そうだとすると、この世を覆い尽くした拝金主義が大きく覆る時節が到来しているのだとも言えそうではありませんか。
 こういうファンタジーこそが、実は私たちの明るく正しい未来を切り開く力になるのだと、私は信じています。

Amazon 日本建国の暗号

楽天ブックス 【送料無料】日本建国の暗号

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.12.26

『相模三浦一族とその周辺史』 鈴木かほる (新人物往来社)

その発祥から江戸期まで
20101227_82114 は忙しく現地には行けませんでしたが、今日ははるばる秋田から約20人が西湖を訪問しました。今をときめくクニマスに会うためです。
 例の記事にも書きましたとおり、今回の大発見というか再発見には実は大きな意味があると思うのです。
 そこに見え隠れするのは、「龍神」「三浦氏」です。
 今日も秋田でクニマスの研究をしている三浦さんが西湖の漁協の三浦さんに会いました。そうそう、さかなクンのイラストを販売しているのも三浦さんですね。クニマスをめぐって「三浦氏」がつながっています。
 前の記事にも書いたように、三浦氏の家紋は「引き両」。「りょう」は「龍」であると言われています。もともと水軍であった三浦氏は、水に縁の深い一族でした。水の神様と言えば龍神。海にも川にも湖にも泉にも沼にも龍神は祀られます。
 田沢湖の龍神の話は以前書いたとおりですし、西湖には青木龍神と呼ばれる神様がいると言われています。また、西湖の湖畔、青木ケ原樹海の中には「竜宮洞穴」もあったりします。
 相模の三浦氏は北条に滅ぼされたとされていますが、実際のところは、全国各地に落ち延びました。それはほとんど山の中だったのでしょう。それぞれの地で、水と関わりのあるところに、龍神を祀りつつ生き延びたものと思われます。
 実はワタクシ山口の祖先にも相模三浦氏の血が流れ込んでいるようなんですよね。ある意味、私も「龍脈」に乗ってここ富士山に落ち延びてきたとも言えます。そして、カミさんもまるでクニマスのごとく、秋田からここにやってきました。
 この本を買って読んだきっかけにも面白いものがあります。西湖周辺の三浦氏とともに、地元で三浦の血を受け継いでいるのは、宮下氏です。
 富士吉田は明見(あすみ)の宮下氏と言えば、謎の超古代文書の一つ、いわゆる「偽書」、「古史古伝」と言われる「宮下文書(富士古文献)」を伝えた旧家です。実はこの宮下氏、もともとは相模の三浦氏なんですよね。
 私が大学時代、その古文書に出会って、その研究のため、実家の静岡に帰らずここに残ったというのも、今考えれば龍神の因縁だったのかもしれません。
 また、その宮下文書関係で知った近代の巨人、出口王仁三郎の婿入りした出口氏も、相模三浦氏と深い関係があるようなのです。
 また、王仁三郎の孫、出口和明さんが「龍神」そのものであるということ、また田沢湖とも因縁があるということは、前の記事に書いたとおりです。
 さらに言えば、九鬼文書や宮下文書を研究した三浦一郎や、三浦天皇こと三浦芳聖など、尾張方面の三浦氏も関わってきますから、もう大変。
 そうそう、今上天皇陛下の「クニマス発言」にもビックリしましたね。あそこまで言及するとは。
 まったく不思議なことばかりですね。
20101227_04_1 さて、さて、今日はそんな三浦氏の多く住む富士河口湖町の西湖に、みちのくの三浦さんらが来たわけで、まあ、クニマスとの70年ぶりの再会ということもありますが、私はそれ以上に数百年前に生き別れた(?)一族が再会したということに感銘を覚えますね。写真は帯同したさかなクンと「釣りキチ三平」の矢口高雄さんです。
 あっそうそう、無理矢理こじつければ、さかなクンのお父さん、名棋士の宮沢五朗九段は「竜星戦」に出てますな(笑)。さかなクン、「西湖サイコー」とかベタな駄洒落言ってました。お父さんも天才なら、息子さんもある意味天才だわ。
 というわけで、話がなかなかこの本にたどりつきませんね(笑)。この本、何冊かある「三浦本」の中では最も読みやすく、そしてうまくまとまっているものだと思います。
 一部はGoogleブックスで読むことができますので、興味のある方はぜひどうぞ。
 どうも自分のルーツを探っていくと、こういった「龍脈」が現れてくるんですよね。実に面白いことですし、今まで自分とは関係ないと思っていた知識が、いきなり自分とつながったりするんで、もうこの世界から抜けられないという感じですね。全ては必然だったと。

Amazon 相模三浦一族とその周辺史
 
 

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2010.12.25

尖閣衝突ビデオの真相…当てられ逃げ?

 の日にいきなりこういう話題ですみません。相変わらず振り幅の大きいブログですね(笑)。
 ある意味もう旬を過ぎてしまった話題ですが、どうしても言いたいことがあるので、クリスマスを祝って記しておきます。
 ま、大騒ぎしていた頃だったら、いろいろ感情的な反応があったかもしれませんね。今ならもういいでしょう。
 まず今までの私の基本スタンスから。
 中国に限らず外国からの領海侵犯は許してはなりません。相手にも言い分があるにしても、まずは毅然とした態度で臨むべきです。それは国家として当たり前。
 国際法に基づいて対応すればいいだけです。特に今回のようなケースは、単に漁船が魚を釣っていたということではないと思いますから、海上保安庁はその場でしっかり職務を遂行してほしかった。
 それから、ビデオの公開についてですけれど、これも外交上その他の様々な問題があることを冷静に勘案しても、やはり私たちの知る権利を優先すべきだったと思います。
 ただし、全ての記録や放送がそうであるように、そこには人間の脳による「編集」が加わっていますから、見る側にもその意識が必要となります。いわゆるメディア・リテラシーですね。
 事実を切り取って記録したオリジナル・ビデオをさらに編集したニュース映像を見ただけで、皆さんよくあれだけコメントできるものだなと思いますよ。
 こういう時こそ、先方とは違って(笑)、国民は冷静に対処したいですね。実はそれがなめられないための唯一の方法なのです。
 流出については、これはまた難しい部分がありますねえ。それこそコメントしにくい。公務員としての職務や義務を優先させるべきだったのか、それとも国民としての権利を優先させるべきだったのか。基本、私はよくやった!と思いたい方なのですが、それでも、自分に正義感や義侠心や憂国心があったとして、彼と同じ行為に至ったかというと、ちょっと微妙です。ひと事として考えるのは簡単ですよね…。
 さて、本題はこれからです。
 実は昨日の夜、近所でクリスマス・パーティーをしたんです。日頃お世話になっている方のお宅で。その方は「キャプテン」と呼ばれています。この地域の「主将」という意味ではないですよ。実は、その方いわゆる「船長」さんだった方なのです。まさに人生を海と船に捧げた方。世界中を股にかけて、日本の高度成長を支えた男です。
 その方が、専門的な立場から、あの「衝突」映像について、いろいろ解説してくださいました。そのおかげで、私は、ある意味非常にシンプルにこの問題の原点を知ることができたのです。
 細かいことはとりあえず置いておいて(守秘義務もありますから…笑)、一番肝心な部分だけ。
 上の動画の衝突(接触)の瞬間の、その後が大切です。皆さんもニュース等でご覧になっていたと思います。ご覧になってなにか変な感じがしませんでしたか。
 そう、ここが先ほど書いた「海上保安庁の職務」放棄に関わる部分なのです。
 ご覧になって分かるとおり、衝突後、黒煙がもうもうと上がっています。私たちシロウトからしますと、この煙は接触によって何かが燃えていると思ってしまうこともあるでしょう。しかし、専門家はこの黒煙について、ごく簡単にこう説明します。
 「衝突後、巡視船は機関(エンジン)を全開にした。黒煙はディーゼル・エンジンの排気である」
 たしかにそう言われるとそのとおり、それ以外にはありえないことが分かります。
 黒煙とともに立つスクリュー波を見ても、全速力であることが分かるそうです。つまり、衝突(接触)後、巡視船は全速力で「現場」から「逃走」したと言うのです。
 キャプテンが言うには、これは本当に考えられないことだそうです。現役時代、たくさんの事故や事件に遭遇し、直接海保と交渉した経験も豊富な彼は断言しました。これこそが、ビデオを公開できない理由であると。
 こう考えれば分かりやすいかもしれません。路上で暴走行為をするバイクに対して、パトカーが出動し、停止命令をした。しかし、バイクはそれを無視して蛇行など挑発行為を続けた。パトカーは安全に留意しつつ幅寄せをして強制的に停止させることにした。しかし、暴走バイクは危険をかえりみず、挑発的に接近してきた。そして、接触。
 ここでパトカーはどうするべきか。おわかりになりますね。ただでさえ違法行為をしているのに加え、公務執行妨害です。あらゆる手段を使って犯人を捕獲すべきですね。
 しかし、パトカーは何を考えたか、突然アクセル全開全速力でその場から逃走してしまった!
 こういうことなのです。最終的には暴走族のリーダーはつかまりましたが、いつのまにか釈放。もうこうなったら、暴走族グループが警察に対してどういう意識を持つか説明するまでもないでしょう。
 当て逃げならぬ、当てられ逃げ。それも国家を守るべき立場の者なのに。もし、それが事実だとしたら、これはたしかに世界に対する恥さらしビデオです。公開できませんね。
 キャプテンは、海の男として、船乗りとして、本当に心から怒っていました。情けないと。哀しいと。
 もちろん、これはこれで全容の一面的な解釈でしかないと思います。しかし、やはり専門家の言葉は重いと感じました。
 このビデオが出て、反中感情が一気に高まりました。そして腰抜け政権に対する批判。それも結構ですが、それ以上に憂うべきものがあるのではないでしょうか。
 ビデオを流出させた海保の彼は、いったい何を憂い、そして何を暴露しようとしたのか。もう一度冷静に考えるべきなのかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.12.24

あなたが空しく生きた今日は、昨日死んでいった者があれほど生きたいと願った明日

Vlcsnap2010122508h36m01s197 2010年12月24日。クリスマス・イヴ。終業式。そして、志村正彦くんの一周忌。
 今日の富士山はちょっと荒れ模様でしたね。すごい西風。雲がすごいスピードで流れ、生まれ、消えてゆきます。あまりの風の強さに、東斜面では気流が逆流して、小さな雲や雪煙が頂上向かって登っていきます。また動画を録りましたので、目を凝らして観てみて下さい。こちらです。
 終業式で、校長先生がこの言葉を何度か繰り返しました。

「あなたが空しく生きた今日は、昨日死んでいった者が、あれほど生きたいと願った明日」

 韓国のベストセラー小説「カシコギ」の中にある一節です。たしかに心に残る言葉ですね。私も毎日を空しく生きています。刹那刹那を大切にしているかというと、決してそんなことはありません。なんとなく、生きていることを当たり前ととらえて、わがまま勝手に生きているのです。
 今日は、終業式のあと、ある方の法事に参列しました。読経を聴きながら、いろいろなことを考えました。
 仏教では、今日を、いや、「今」を一所懸命生きることを教えます。キリスト教では死後の永遠の命を語りますが、仏教では「今」という瞬間こそが永遠であると言います。
 過去や未来にとらわれるのは、自分にとらわれているということです。過去の思い出も未来の夢も、ある意味自分の煩悩でしかないというのですね。そこに苦しみが生まれると。
 しかし、私たちはなかなかそんな自分を捨てることができません。だから日々苦しく、そしてそれから逃げることによって、今日を空しく生きてしまうのです。
 フジファブリックの志村正彦くんは、まさに「今を一所懸命生きた」人でした。決して現実の厳しさや自分の弱さから逃げず、常に真っ向勝負した、男らしい男だったと思います。
 もちろん、彼の詩や音楽には、過去も未来もたくさん語られています。しかし、それは私たち凡人のように、ただ過去を懐かしがったり、過去に未練を感じたり、未来をただ夢見たり、妄想したりしているのとは少し違うような気がします。
 その刹那、その瞬間を大切に、真面目に生きたからこそ、過去は永遠の命を得て、常に彼の「今」に息づいていたのでしょう。だから、彼の歌は全て「今」だと感じるのです。そして、彼の「生」は、歌を通じて永遠の輝きを得て、私たちの心の中にずっと残り続けるのです。
 ブッダやイエスが言いたかったこととは、「今を一所懸命生きれば永遠の命を得られる」ということだったのかもしれませんね。
 さて、そんな志村くんに、今日はこの曲を捧げましょう。私からのクリスマスプレゼントです。
 彼の音楽のベースにはビートルズが存在しています。彼は、クリスマスになるとビートルズの「アクロス・ザ・ユニバース」を聴きたくなると言っていました。今日はそれをELOによるカバーで聴いてもらいましょう。彼、このバージョン知ってたかなあ。たぶん知らなかったのでは。
 彼の膨大なCDコレクションの中に、ビートルズの全てのアルバムがあったのはもちろんです。さらに私としてうれしかったのは、ビートルズとともに私の音楽人生の基礎を形成している、そして私の青春の風景と重なっているELO(エレクトリック・ライト・オーケストラ)の全アルバムがあったことです。
 奥田民生さんの影響を考えれば、まあ当然と言えば当然だったのかもしれませんが、こうして彼と同じ音楽を共有していたことに、私は感激しました。ずっと奥の方で、彼の音楽と共鳴していた、その理由の一つが分かったような気がしました。
 そんなELOのジェフ・リンは、もちろんビートルズ狂であり、また、5人目のメンバーと言ってもいい関わりを持っている人物です。そんな彼が、ライヴでジョン・レノンをトリビュートして歌ったのがこの音源です。ブートレグなので、志村くんも知らなかったのではないでしょうか。
 皆さんもぜひお聴き下さい。

 いかがでしたか?素晴らしいメドレーですね。ジェフやその他のメンバーの思い入れが伝わってきますね。
 さて、今日という特別の日、朝から一つ目標があったのですが、見事に失敗してしまいました。
 富士吉田の夕方5時のチャイムを記録して皆さんに聴いていただこうと思っていたのです。しかし、ちょうどその時間、受験生の指導で、東大の古文を必死に解いていたものですから、すっかり忘れてしまいました。ま、「今」に集中していたということでしょうか(笑)。
 気がついた時には、もうホントに最後の最後の音が鳴り響いていました。それでも、学校の玄関に飛んで出て記録しましたので、その余韻だけでも聴いてみてください。
 そう言えば、Perfumeの3人が「今年めっちゃ聴いた曲」として「若者のすべて」を挙げていたそうですね。「あの曲を聴かないとなれない感情があって、一年間楽屋でもあの曲ばかり聴いていた」のだとか…わかるなあ。
 ところで、今PVを観ていて思ったのですが、「5時」の「ご」、ものすごくきれいな「鼻濁音」ですね。山梨の人は鼻濁音が苦手なのですが、志村くんはきれいに発音していますね。
 では、リアル「夕方5時のチャイム」(の一部というかお尻だけ)をお聴き下さい。こちらです。今度は耳を凝らして、ボリュームを上げてお聴き下さい。
 このチャイム、志村くんも聴いていたことでしょう。

| | コメント (13) | トラックバック (0)

2010.12.23

天皇誕生日はたいがい忙しい

 ほどではないせよ、今年もまた天皇誕生日は大忙しでした。
 あんまり忙しかったし、今も忙しいので、時系列的、日記的に記すだけにいたします。
Photo_12_24_15_06_30 午前中は家の仕事などをこなしまして、お昼過ぎに富士急ハイランドから高速バスに乗って東京へ。写真はフジフジ富士Qが開催されたコニファーの方向に富士山とお日様を臨んだ図です。
 フジフジ富士Qからもう5ヶ月。そして、明日であの日から1年です。時が経つのは早いものです。
 この時間帯の高速バスはガラガラ。高速道路もガラガラ。新宿まで90分。あっという間です。この近さが富士北麓のいいところですね。
 バスの中では BUMP OF CHICKEN のニューアルバムを聴きながら1冊本を読みました。両方とも近いうちにレビューします。
 さて新宿に着いた私は、いつものコース、新宿御苑沿いの道を千駄ケ谷方面に向かいます。明治通りから一本入るとなかなかいい風情なんですよね。
Photo_12_24_15_07_04 向かうは東京体育館。昨年同様、我が高校の女子バスケットボール部が県優勝しまして、ウィンターカップに出場するんです。なんと10年連続出場なんです。特に今年のチームは強い。歴代の中でも屈指の実力を誇ります。今日は1回戦。
 会場に着きますと、我が中学生のバスケ部のみんなや、懐かしい卒業生の姿もあり、ワイワイ楽しいムード。
 試合結果は101対65で勝利!明日の2回戦は優勝候補との夢の対戦です。楽しみですね。
 まあ、いつも思うことですけれど、生徒が選手に変わると、本当に別人のように見えるんですよね。特に高校3年生のバスケ部員には、小論文の指導などをよくしてあげていましたから、制服姿の明るくてニコニコした姿、あるいは苦手なことで難渋している姿を見ていました。それがああいう全国レベルの大会のコートの上では、全く別人のように生き生き、そして立派に見えます。尊敬しちゃいますね。かっこいいし。女性はカワイイ瞬間とカッコいい瞬間の両方があると俄然魅力的に見えますよ(笑)。
 さて、試合の応援を終えた私は、その足で渋谷へ。今日は初めて歌会に参加したんです。
 ひょんなことから若手超個性派歌人である笹公人さんに誘われて始めた短歌。いつもはメールで投稿、投票し、批評してもらっています。でも、今日はリアル歌会。いつもはネット上で文字での交流をしている方々が集まりました。
 うむむ、歌会面白い!私の歌ももちろん俎上に上がりますし、私も皆さんの歌の批評などをします。こりゃあ、楽しいですねえ。ネット上でのやりとりより、数百倍面白い。
 なんというか、ジャズのセッションみたいな感じですね。適度な緊張感やユーモア、絶妙な駆け引きなど、ライヴな音楽に通じるものがありました。あるいは茶会のような。いやいや、プロレスのような…。
 そして、集まった歌人たちの多彩で多才なことと言ったら…。会長の出口光さんや、師範の笹さんを筆頭に、まあよくこれだけ個性的な面々が集まったなあと。
Photo_12_24_15_07_20 今日は歌会のあと、忘年会が催されました。そこでもまあレアでコアでディープな会話が飛び交っておりました。す、すごい。そして楽しい!いいもんですなあ、歌を通じて、こうして全く出会う可能性のなかった者どうしが会して意気投合するというのは。まさに芸は身を助くですなあ。
 つくづくお誘いいただいてよかったと思います。ありがとうございました。人生またまた変わっちゃいましたよ(笑)。
 私はなにしろ遠いところから来ておりますので、終電というものがあります。ちょっと早めに引き上げさせていただき、そしていざ渋谷駅に行こうとしたら、あらら、こういう時に限ってGoogleマップが「コンパスが干渉しています」状態に!ピンチ!やっぱりちゃんと自分の目と頭と第六感を働かせて道を記憶しなちゃいけませんね。気がついたらなぜか東京タワーに向かって全力疾走していました(笑)。
 途中タクシーを拾い、時速100キロで夜の東京を疾走してもらい、なんとか新宿発大月行きの終電に乗ることができました。危ない危ない…。
 大月駅にはカミさんが迎えに来てくれていました。もう日付はとっく変わっています。つまり12月24日。午前2時近く、車は志村正彦くんの眠るお墓のすぐそばを通過したのでした…。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010.12.22

Akinator

 ずは今朝の富士山から。我が家では大雨でしたが、少し上では雪だったようです。それにしても今年は笠雲がよく出る。この季節には珍しいのでは。
Gedc0029

Gedc0028
 
 龍がたくさんいますねえ。この龍脈の流れは、江戸城、すなわち皇居につながっていると言われています。

Akinator_1_defi_3 さてさて天皇誕生日イブは職場の忘年会。その最中、隣の先生がiPhoneアプリでやらせてくれました。ふむ、なかなか面白い。頭に思い浮かべた人やキャラを、人工頭脳に当てられて喜ぶ、あるいは感心する、そしてちょっと悔しくなるゲームです。
 これは、いわゆる「二十の質問」ですね。ずいぶん前に、バンダイのおもちゃ20Qを紹介しましたが、その人名(キャラクター名)版ということですか。
 20Qもかなりマニアックな人やものを当ててきましたけれど、こっちはオンラインですから、どんどん学習していって、正当精度が上がっていく。世界中の人がやればやるほどランプの怪人というかオジサンAkinatorが賢くなっていくということですね。
 ウェブ版はこちらになります。
 さっそくいろいろやってみましたが、超マニアックな(つまり今まで誰も頭に浮かべなかった)人はさすがに当てられなかったけれども、まあけっこうファンのいる人やキャラでは驚くほど正確に的中しました。
 娘たちも面白がって、ポケモンの地味な女性キャラなどで挑戦して、みごとに正解されて愕然としていました。それも10くらいの質問で…。
 ま、理論的にはyes,noの二択でも、10問やればパターンは2の10乗あるわけですからね。しかし、感覚的には二択(実際には五択ですが)という単純作業を数回重ねているだけなので、我々は驚くわけです。
 正答率を上げて喜ぶには、やはりこちらが思い入れを持っている人やキャラを選んだ方がいいですね。あんまり詳しくない人(キャラ)でやると、こちらの答えの精度が下がっていますから、なかなか当たりません。これは先方のオジサンの責任じゃないんですよね。
 それにしてもあの当てられた時の感覚、特にジワーッと当人の写真が出てくる瞬間というのは、なんとも不思議な感じですね。自分の心を読まれてしまう驚きと、なぜか快感(笑)。たぶん、機械と、知識や愛情を共有しているような気分になるんでしょう。
 さっき書いたように、娘たちはポケモンキャラに興奮していましたし、カミさんは桜庭がジワーッと現れてきてキャーって悲鳴を上げていました。私は、志村くんをすぐに当てられたのにはびっくり。バッハもすぐに当たっちゃった。
 ここから私たちの認識、認知のしくみを知ることができるということも分かりますね。つまり、私たちのキャラ認識というのは、けっこう単純なものなのです。
 といいますか、私たちは、対象の無限の複雑さを有限に単純化して(ワタクシ流に言えば「モノ」を「コト」化して)記憶しており、そしてそこに「思い入れ」を乗せているんですね。
 こうした抽象化、デジタル化こそ、私たちの「脳」の機能なのでありました。そして、「愛情」とか「こだわり」とか「思い入れ」というのは、こうした抽象化、デジタル化がより進んだ状態とも言えるのです。そう考えると、ちょっと複雑な気持ちにもなりますね。ある意味、大好きな対象をパターン化して脳に収納しているということですから。
 というわけで、そんな観点も含めて皆さんためしてみてください。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2010.12.21

『生きる勉強』 アルボムッレ・スマナサーラ・香山リカ (サンガ新書)

軽くして生きるため、上座仏教長老と精神科医が語り合う
20101222_100229 くいろいろな人に聞かれます。「山口さんは、何教の信者なんですか?」と。
 たしかに謎ですよね(笑)。風貌は明らかに坊さんです。でも、しょっちゅうキリスト教音楽を演奏しています。そして、出口王仁三郎やら古神道の研究会やらにも顔を出している。最近はイスラム教にも興味があるとか…。
 というわけで、答は…?…自分でも分かりません(笑)。ただ一つ言えるのは、「信仰」というものは持っていないということです。ですから、「信者」ではないのでしょうね。
 そして、理想とするのは「宗教のない世界」です。そういう意味で、出口王仁三郎の思想には大賛成ですし、スマナサーラ長老の意見にも賛成です。
 仏教は完全なる科学である。そのとおりだと思っていますし、そういうものだと思って仏教に接しています。スマナサーラさんが「100%正しい心の科学」と断言するのも理解できますし、そこに一厘の疑問もありません。
 それこそ「原理主義」ではないか!と感じられるかもしれませんが、まあとにかくブッダの語ったことをちゃんと勉強すれば、それはどうしようもない動かしようのない真実であることが、誰にでもわかるでしょう。だって、正しいもの正しいのだからしかたありません。
 私からすると、他の宗教、キリスト教やイスラム教や、まあこれも宗教ではありませんが「神道」も、ブッダの観じた世界をベースとして生まれたことは間違いありません。それほど仏教は当たり前のことを言っているのです。
 もちろん、ブッダののちの、たとえば日本に伝わって現存している「仏教」は、ある意味、まやかしであり、詐欺であり、ピエロであり、信仰の対象であり、宗教法人ですよ。スマナサーラさんや、私が言っているのは、あくまで「仏教=ブッダの教え(悟り)」のことです。
 ブッダの説いたことは「当たり前」すぎて、ある意味ずるいんです。様々な思想や哲学や宗教や歴史や科学など、私たちが描く全ての「コト」の、キャンバスたる「モノ」なのです。だから、たとえば私たちが仏教を「否定」しようとするにしても、その「否定」自体がキャンバスあってのものなので、もうどうしようもないのです。
 と、抽象的な書き方をしてまいました。仏教を「宗教」だと思っていらっしゃる普通の方々からすると、「で、ブッダの教えって何よ?」と思われることでしょう。それはぜひこの本で勉強してみてください。
 いろいろな仏教入門書がありますし、スマナサーラさんの著書もたくさんありますが、この本は実際のところ、非常に有用で分かりやすい仏教入門書になっていますね。
 それは、ひとえに香山リカさんのおかげです。香山さんが、私たち、こちら側に生きる者の代表として、本当に素直にスマナサーラ長老の(すなわち近ブッダの)言葉に耳を傾け、ある時は正直に納得し、ある時は正直に納得せず、見事な聞き手を演じてくれています。演じているというより、素直に仏弟子になっているような感じですね。
 香山さん、半年くらい前、こちらの記事にわざわざコメントくださいました。香山さんとは、おそらく「ナショナリズム」に対する考え方などでは、やや意見を異にするのではと思われますけれど、実はそんな些末なコト(笑)はどうでもよく、生き仏様である「ジャイアント馬場」を信仰する者どうしとして、勝手に「隣人」に認定させていただいているんですよ。そっか、私も香山さんも「馬場教」の信者か(笑)。
 この本によると、香山さん、今キリスト教に興味がおありのようですけれど、どうでしょうね、今回の対談によって、かなり折伏(?)されちゃったんじゃないでしょうか。
 そう、ジャイアント馬場さんって、決してキリスト的じゃありませんよ、慈悲深い仏様ですよ。だから、香山さん、ぜったい仏教向きだと思います。どちらかというと、アントニオ猪木さんの方がキリスト的です。
 と、ちょっと話がそれてしまいましたけれど、教育者としてもとても勉強になる内容でした。少し前に絶賛して紹介した、泉谷閑示さんの「普通がいい」という病と合わせて読まれるとより効果的でありましょう。
 で、結局私は何を信仰してるのか?やっぱり分かりませんね。ホント困った時には、「神様仏様キリスト様」とお願いしますから、まあ、ずいぶんと虫のいい、いいかげんな人間だということでしょうか。
 もうすぐ天皇誕生日ですし、クリスマスですし、お寺で大般若もあるし、神社に初詣でもしなくちゃならないし…つまり、私は立派な日本人だということでしょう。もしかすると、もう日本は立派な「宗教のない国」なのかもしれません。
 いやいや、「拝金教」がはびこってるのかも。だとしたら、まずは科学としての「仏教」を勉強した方がいいかもしれませんね、私たち。

Amazon 生きる勉強

楽天ブックス 【送料無料】生きる勉強

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.12.20

富士変幻その3

Gedc0016

                                                                                                                    富士にたのまう。突然それを思ひついた。おい、こいつらを、よろしく頼むぜ、そんな気持で振り仰げば、寒空のなか、のつそり突つ立つてゐる富士山、そのときの富士はまるで、どてら姿に、ふところ手して傲然とかまへてゐる大親分のやうにさへ見えたのである…                「太宰治 富嶽百景より」

 というわけで、本日も忙しく、またかなり精神的に疲れているので(笑)、富士によろしく頼みたいと思います。ま、私の無駄に長い戯れ言よりも、富士山の「単一表現」の方が優れているし、実際評判がいいみたいですね。そうそう、その「単一表現」の部分も引用しておきましょう。

 ねるまへに、部屋のカーテンをそつとあけて硝子窓越しに富士を見る。月の在る夜は富士が青白く、水の精みたいな姿で立つてゐる。私は溜息をつく。ああ、富士が見える。星が大きい。あしたは、お天気だな、とそれだけが、幽かに生きてゐる喜びで、さうしてまた、そつとカーテンをしめて、そのまま寝るのであるが、あした、天気だからとて、別段この身には、なんといふこともないのに、と思へば、をかしく、ひとりで蒲団の中で苦笑するのだ。くるしいのである。仕事が、――純粋に運筆することの、その苦しさよりも、いや、運筆はかへつて私の楽しみでさへあるのだが、そのことではなく、私の世界観、芸術といふもの、あすの文学といふもの、謂はば、新しさといふもの、私はそれらに就いて、未だ愚図愚図、思ひ悩み、誇張ではなしに、身悶えしてゐた。  素朴な、自然のもの、従つて簡潔な鮮明なもの、そいつをさつと一挙動で掴まへて、そのままに紙にうつしとること、それより他には無いと思ひ、さう思ふときには、眼前の富士の姿も、別な意味をもつて目にうつる。この姿は、この表現は、結局、私の考へてゐる「単一表現」の美しさなのかも知れない、と少し富士に妥協しかけて、けれどもやはりどこかこの富士の、あまりにも棒状の素朴には閉口して居るところもあり、これがいいなら、ほていさまの置物だつていい筈だ、ほていさまの置物は、どうにも我慢できない、あんなもの、とても、いい表現とは思へない、この富士の姿も、やはりどこか間違つてゐる、これは違ふ、と再び思ひまどふのである。


 これまた名文ですね。というか、全ての表現活動の本質をとらえていて強い。ここにも月夜富士が登場します。水の精かあ…うまい、にくい。
 今日も月夜富士がきれいでしたよ。明日皆既月食、すなわち満月ですからね。昨日書いたように、冬の太陽の南中高度は低い。冬至に近い今頃はたった31度。思っている以上に低いのです。
 それに対して冬至の頃の月の南中高度は、夏至の頃の太陽の南中高度に近くなります。80度くらい。80度と言えば、もうほとんど天頂です。ですから、冬の月夜富士は美しいのです。
 しかし、私の安物デジカメでは、なかなかその美しい風景をとらえることができません。以前、天体写真をよく撮っていた頃は、毎年の年賀状を、富士山と星をテーマにしていましたので、夜の富士山の写真をたくさん撮りましたが。もちろん完全機械式の一眼レフで。最近、天体写真撮ってないなあ…。ああいう時間の過ごし方、撮影の時も、現像の時も、あの「待つ」感覚なあ…。
 ま、そんな個人的な感慨はいいとして、今日は月夜富士とは全然関係ない、笠雲の動画を見ていただきましょう。
 富士山に笠雲がかかると、まあほとんどの場合が天気が崩れます。これは本当に確率が高い。地元の人たちはみんな経験的に信じています。実際、統計的にも70%を超えるそうです。
 今日は朝方、UFOのような吊るし雲も出ていましたので、より雨が降る確率が高かった。笠雲と吊るし雲の両方が出た時は、降水確率90%です。
 しかし、今日は雨が降りませんでした。これは実に珍しいことですね。天気予報でも夕方は雨という感じだったのですが、そちらもはずれました。
 私たち富士山麓の人間にとっては、そんなふうに身近な笠雲、一見動いていないように見えますけれど、実はものすごい勢いで動いているのです。形がほとんど変わらないようでいて、よく見ると常に新陳代謝が行われていることがわかります。今日は、いつものデジカメで、その動画を撮ってみましたので、ご覧下さい。まさに生きている自然という感じです。実にダイナミック。あの中、すなわち山頂は大変だろうなあ…。ものすごい霧なのか、吹雪なのか。風速何十メートルでしょう。では、どうぞ。
 笠雲の動き

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010.12.19

富士変幻その2

 「士にたのもう(富嶽百景)」…太宰治もこの地でそう言っています。困った時の富士頼み。ここ1ヶ月くらいの間に、いつもの窓から撮影した富士山をご覧いただきましょう。
 まさに普段着の富士山。なかなか写真集やカレンダーや絵はがきでは見られない富士山だと思います。私たちは毎日こういう富士山と顔を合わせています…というか、あまりに日常的にそこにあるので、意識せず、つまり見たという記憶なく暮らしています。そういう意味では、こうして皆さんに見ていただくために写真を撮るというのは、私にとってもいいことです。そう、ちょうど短歌を詠むようなものですね。意識の中に何気ない風景を取り込む。
 まずは11月29日の夕刻の富士。今年は西風が強く、西斜面の雪は積もってもすぐに飛ばされます。
 Gedc1578

Gedc1579

 翌日11月30日昼間。こういう微妙な雲との共演がいいんですよね。
Gedc1593

Gedc1598

Gedc1602

 12月4日。これぞ「裏富士」というのをお見せいたします。月夜富士と同様に、あまり知られていない、富士北麓独特の風景です。
 まずはお昼ごろ。富士吉田は富士山の北東にありますので、南中した太陽光を向かって左から受けます。そして雪に反射して光って見えます。
Gedc1606

 太陽との位置関係はこんな感じですね。冬の太陽の南中高度はこんなに低いのです。
Gedc1622

 そして、1時間半後、太陽が富士山をまたぎますと、ほら、こんなふうに富士山の北斜面には日が当たらなくなるんです。まさに「裏富士」という感じです。静岡では考えられない光景。
Gedc1633

 続いて、これはこの前紹介しましたね。歴史的特異日12月8日、雪が降りました。
Gedc1634

 翌9日夕刻。月齢3.4の、まさに「三日月」がぽっかり浮かんでいます。
Gedc1641

 こういう雲をまとっている富士山もいいですよね。富士はくまなきをのみ見るものかは。
Gedc1642

 12月14日。富士山から東は曇り、西は晴れという、面白い景色をどうぞ。
Gedc1647

Gedc1652

 ダイナミックな天候変化。富士山にも不思議な造形が現れ変化します。
Gedc1654

 天気は西から東へ変化するということを実感。でも、富士山にひっかかっちゃうんですよね、空気の流れが。
Gedc1658

 12月16日。曇り空の富士。高曇りの日の富士山は明暗のコントラストが小さく、とても穏やかに見えます。こんな富士も案外知られていない?
Gedc1661

Gedc1664

Gedc1665

 いかがでしたか?素晴らしいでしょう。こういういろいろな表情の富士山に見守られて、私たちは生活しています。
 フジファブリックの志村正彦くんも、今、故郷に帰ってきて、毎日こんな富士山を眺めていることでしょう。彼の感性のかなり多くの部分は、こんな富士山に育てられたのです。

 撮影に使っているカメラはこちらの安物です。案外きれいに撮れます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010.12.18

クリスマスコンサート無事終了

Photo_12_19_10_26_49 知していました、片野耕喜さん指揮、甲府コンチェントス・アヴィウムとカンターテ・ドミノのジョイント・コンサートにバロック・ヴァイオリン&ヴィオラで参加させていただきました。ご来場くださった皆さまありがとうございました。出演者の皆さまお疲れさまでした。
 本日演奏されたのは以下の曲です。

シュッツ 「宗教的合唱曲集」より<わたしが真のぶどうの木> SWV389
バッハ  モテット<御霊はわれらが弱きを助けたもう> BWV226
バッハ カンタータBWV62 「さあおいでください異邦人の救い主よ」
パーセル パヴァーヌとシャコンヌ ト短調
バッハ カンタータBWV140 「目覚めよと呼ぶ声あり」

 私は後半3曲の演奏に参加しました。最近、バッハのカンタータの演奏をすることが増えました。バロック・ヴァイオリンを始めた四半世紀前には、こんな日が来るなんて夢にも思っていませんでしたね。ありがたいことです。芸事は25年くらいやってなんぼ、ってことでしょうか。続けててよかった…。
 片野さん、終演後の楽屋で、満面の笑みを浮かべて「こういうの大好き!指揮者が一番楽しんでるね!」とおっしゃってましたが、こちらアマチュアとしては、このような素晴らしい機会を与えていただけるなんて、本当に幸せなことです。
 シロウト集団だけに、プロ、それも世界レベルのプロからすると、いろいろとキズやほころびがあるでしょうけれど、そういうところではなく、皆で気持ちを一つにして音楽を作り上げていく、そういう部分を楽しんでくれるのは、まさに片野さんのお人柄のなせるわざでありましょう。
 それがまた、信教の有無や宗教の違いなどを超えた、なにかサムシング・グレートのようなものへの奉仕になっていると感じました。今まではどうもクリスマスなんかに対しても、ちょっと斜めに見るようなところがあったワタクシでありますが、今年はなぜか心から祝福の気持ちをもって演奏できたような気がしました。
 キリスト教とか聖書とかイエスとか、そういう「言葉」の次元へのこだわりがなくなったのでしょうかね。そういう意味ではとても楽になりました。
 そうした成長(?)ということで言いますと、唯一の器楽曲パーセルのパヴァーヌとシャコンヌでは、数え間違いという基本的なミスを本番でやらかしてしまい、一瞬真っ白になってしまいました。しかし、もともとパーセルの曲、特にこのパヴァーヌはわざと拍節感をなくすような作曲法がなされています(ある意味イギリスの伝統です)から、一度落ちるとかなりやばいことになるんです。
 それでも、今回は次の小節ではしっかり復帰できました。冷静に他の声部を聴くことができたんでしょうね。ふむ、成長したな、自分(笑)。今までなら、特に本番では真っ白のまま最後まで行ってしまったことでしょう。ようやく舞台上でも冷静でいられるようになった…って、何年かかってるんだよ(笑)。
 さてさて、それから、今回ですね、聴いていてものすごく感動してしまったのがですね、甲府コンチェントス・アヴィウムの演奏したバッハのモテットでした。
 もともとバッハのモテットは好きな曲で、いろいろな録音を聴いてきました。でも、考えてみますと、こうして生で聴くのは初めて。自分でも意外と言えば意外。
 二重合唱の複雑な曲ですけれど、全体がうまくまとまると実にシンプルに聴こえるんですよね。今日はその全体像がよく見えました。難曲だけに、合唱団の皆さんの気持ちが一つになっていたのかもしれませんね。
 この名曲を皆さんにも聴いていただきたいので、動画を貼っておきます。バッハの自筆譜つきです。最後のコラール、すごいテクスチュア。ハレルヤ!バッハはやっぱりバッハだわ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.12.17

宝永の大噴火から303年目

2010121700000027maip0001view さんもニュース等でご存知のとおり、神奈川県に謎の砂状物質が降りました。これがどうも富士山の砂だったらしい。
 ニュースなどではほとんど触れられていませんでしたが、私はこのタイミングにとってもビックリしました。
 そう、実は今から303年前の1707年の12月16日から12月31日にかけて、富士山の南東斜面から大噴火が起き、今の神奈川県や東京都は大変なことになったんですよね。
 その時は、近くでは火山弾や軽石、スコリアが数メートルの厚さで堆積しました。まあ、今で言えば御殿場市や小山町は壊滅ですね。
 そして、軽い灰や砂状の物質は西風に乗って神奈川県全体や東京都まで飛んでいきました。
 江戸でも数センチの降灰が数年にわたって続いたようで、当時の江戸の町民は呼吸器や気管支の疾患にずいぶん悩まされたようです。
 こんな狂歌が残っています。

                                                                                      

これやこの 行も帰るも 風ひきて
      知るも知らぬも おほかたは咳

 笑えない状況…いや、もう笑っちゃうしかなかったのでしょう。てか、この狂歌うまいですね(笑)。もちろん百人一首にもある蝉丸の和歌のパロディーです。
 あの新井白石の折たく柴の記にも、こういう記述があります。

                                                                         よべ地震ひ、この日の午時雷の声す、家を出るに及びて、雪のふり下るごとくなるをよく見るに、白灰の下れる也。西南の方を望むに、黒き雲起こりて、雷の光しきりにす。

 今回は強風による砂の巻き上げが原因だったようですから、もちろん噴出物量8億立方メートルと言われる大噴火とは規模が違いすぎますが、それでもこんなに騒ぎになるんですからね。再び富士山が噴火したら、これは大変なことになります。
 以前、そんな現代の富士山噴火をシミュレーションした小説「昼は雲の柱」を紹介しましたね。あれはなかなかリアルな作品でした。
 実は富士山は、その宝永の大噴火以来、噴火していません。次は、今日来てもおかしくない状況です。そして、宝永以上の規模になる可能性も指摘されています。
 順番から言いますと、次は北西斜面になるんですけれど(つまりウチのすぐ上…笑えねえ!)、エネルギー充填の具合から言って、山体崩壊を起こす全山噴火になる可能性すらあります。
 ま、そうなったら、ウチは一瞬で壊滅…いや、それどころではなく、東京は壊滅ですね。車もダメ、コンピューターもダメ、人もダメ。そうしたら、遷都でしょう。再び西に都が遷ることになるやも。
 考えてみると、有名な関東ローム層って、古富士と箱根山の噴出物が堆積したものですよね。厚さ10メートルを越えるところもありますから、シャレになりません。富士山をなめるなよ!ということです。
 ま、そんな富士山の懐に住んでいるワタクシが、一番なめてると言えばなめてますか(苦笑)。
 


|

2010.12.16

(断捨離)我

↓これはウチではありません(もっとすごい?)
83384bc1f2843a3235fe9e587b10e4e9 イトル「(断捨離)我」は数式です。展開すれば、「断我」「捨我」「離我」となります。
 今日、昼間はある本を読んでいろいろ学び、そして夜はNHKのクローズアップ現代で「断捨離」を観ていろいろ考え、そしてそのあと放送されたBSベスト・オブ・ベスト ハイビジョン特集『生き抜く 小野田寛郎』で大きな衝撃を受けました。
 それらに共通して、私の頭に浮かんだ言葉が「(断捨離)我」だったわけです。
 世ではやっている「断捨離」について私は、単なる片付け術の延長、あるいは、片付けへの老獪狡猾な動機付けに過ぎないととらえています。今日のクローズアップ現代を観ながら、またまた人間は上手な「言葉」を発明したなと思いました。
 なにしろ、世の「断捨離」のスローガンは「ようこそ断捨離へ モノ・コト・ヒト、そして心の片づけ術」ですからねえ。私のこのブログと真っ向から対立してますでしょ(笑)。
 私はどちらかというと五木寛之さんのように、モノ・コト・ヒトのカオスの中にいる方が楽しいですし、現実的に、我が家は全体が「魔界」になっていますので、そういった意味でも、「断捨離」には抵抗があります。というか、1億円いただけるとしても、やりません。
 五木さんと同様(?)、片付けちゃったりすると、なんかすぐに事故か何かで死んでしまいそうな気がします。彼も言ってましたが、たとえば冬山で遭難しても、「あっ、やべ!今死ぬとあれもあれも見られちゃう!なんとか生き延びて帰らねば」という感じで、ちゃんと帰還すると思いますよ(笑)。ま、帰還しても片付けたり隠したりしないでしょうけど。
 結局ですね、「ああ、片付けたい」というのは、自己のイメージの中に自己の理想像があるということで、そのとおりになったらスッキリしたというのは、非常に自己中心的な行為と感情なのです。だいたい、「不要、不適、不快」なものを「断捨離」すると言うけれど、「不要、不適、不快」と判断するのはもちろん自分であり、そしてその基準も自分の中にあるわけでしょう。
 わかりやすく「ヒト」の例で考えてみましょう。あのヒトとは馬が合わないから「断捨離」しようとか、現状私にメリットはないから「断捨離」しようとか、それはあまりにも独善的かつ非倫理的な発想と行為です。
 出会ったからには、必ず何かしらの意味があると考えれば、どんなイヤなヤツでも、そう簡単に「断捨離」できないはずです。そのヒトが未来永劫イヤなヤツで、自分に利益を及ぼさないなどと、どうして言えるでしょうか。
 世の流れ的には、「断捨離」は究極の片付け術だととらえられていますから、それでもできないとなると、もうその人は人にあらず、他人からも白い目で見られるし、またまた強い自己嫌悪に陥ってしまうと思うのです。
A0e256eda8358dee0449f562358bc91c そういう意味で、「断捨離」という一見哲学的、宗教的なお題目は、私からすると、ちょっと危険なドグマ、いやドラッグのようなものにしか思えません。
 ただ、今日読んだ本(いつか紹介します)ではスマナサーラ長老が、クローズアップ現代では釈徹宗さんが言っていましたけれど、やっぱり私たちは「理想的な自分」「こうあるべき自分」にとらわれすぎていると。それは確かですよね。だからこそ、「こんなはずじゃなかった」みたいな発想がわくんですよね。そりゃあ生きにくいに決まってる。
 私なんか、そんな「理想の自分像」なんていうもの持ってませんから、そりゃあ楽ですよ。今の自分が常に「完璧」です(笑)。片付けられない(今も私の周辺はとんでもないことになってます)自分も、さぼってしまった自分も、ウソついちゃった自分も、人に迷惑かけちゃった自分も、ぜ〜んぶ「完璧」です。
 そのかわりですね、「理想の世界像」「理想の社会像」を持っていたい。「理想の自分」とか「未来の自分」ではなくて、「理想の社会」や「未来の世界」です。そっちが先です。そのために自分が何をすべきか、何をができて何で貢献できるかを考えるという順番です。
 そうすると、案外楽ですし、自分一人が立派になってもどうしようもないので、逆に人の力を上手に借りられるようになる。
 それが、私の言う「(断捨離)我」なのです。自分を断ち、自分を捨て、自分を離れる。ま、結局仏教の教えそのものになってしまうのでありますが。
 もちろん、オーソドックスな「断捨離」も、モノやコトやヒトに対する執着を捨てるというのが出発点になっているとは思いますが、「いらないモノ」「無意味なコト」「嫌いなヒト」を「断捨離」するのではなく、ワタクシ的には「いるモノ」「意味のあるコト」「好きなヒト」をも「断捨離」しないと、究極の「心の片付け」はできないのです。
Images そんなことできたら、それこそ「ブッダ」になってしまいますから、まあ最初からそんなことは「断捨離」して(笑)、そうして、先ほど書いたように、今まで出会ってきた、あるいは出会ってしまったモノやコトやヒトを全部大切にして、そこから一つでも何かを頂戴して生きていきたいと思うのです。
 小野田寛郎さんの言葉の全てに重みがあったのは、「今」をとにかく一生懸命、それこそ命懸けで生きていたからです。私たちのような「自己」にとらわれた贅沢な悩みなどひとかけらもなかった。それはあまりにすさまじすぎる「(断捨離)我」の姿でした。
 「断行」「捨行」「離行」は、ヨーガの行法です。その本来の意味は決して「不要、不適、不快」を排除するということではないのです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.12.15

クニマス再発見!=龍脈発見!

View0234064 れは大変なことですよ!さかなクンの功績は計り知れません。彼が単なる学者ではなかったことが奏功したとも言えますよ。
 今まで、いろいろな人たち、秋田の人たちや、鱒ファンの人たちが、こぞって追っていたんですから。釣りキチ三平だって(笑)。
 それが、まさか、ウチの裏(西湖)で見つかるなんて。それもこのタイミングで…。
 そう、実は、私はこの再発見のニュースを見た時、鳥肌が立ったんです。なぜなら、そこに目に見えないおそるべきラインを感じたからです。
 もう鋭い方はお分かりかもしれません。いや、全国誰も気づいていないかもしれない。田沢湖と西湖の共通点とは…。
 「龍神」
 そうなんです。両方の湖ともに「龍」と因縁が深い(田沢湖に関してはこちらの記事参照)。ですから、私にとっては、クニマスは「龍」の使いのような存在なのです。
 もちろん、各地の湖には少なからず「龍神伝説」などがありますよ。たとえば富士五湖(古くは富士八湖)全てに龍神様が祀られています。しかし、私としてはですね、本当にごく個人的な偶然とも言えますけれども、その多くの湖の中で、「田沢湖→西湖」ラインが発見されたことに驚きと喜びをおぼえるのです。
 「龍脈」という言葉があります。これは、日本全体の霊的なネットワークを表す言葉です。いろいろな見方がありますが、たとえば、日本列島全体を龍に見立てることもありますし、富士山をその中心に据える考え方が、特に陰陽道の方面や、その影響を受けた富士講、あるいは新興宗教に見られます。
 ちょっとオカルトっぽい話になって恐縮なんですが、私は最近そうした霊脈(龍脈)にひかれ、また影響を受けている感じがするんですよね。
 たとえば、昨日もそうだったんです。昨日、東京で出口汪さんと出口健さんにお会いしました。京都亀岡の彼らの実家は曽祖父である出口王仁三郎の終の住み処だったところです。実はこの夏、そのお宅で大変な事件が起きました。火の洗礼です。昨日汪さんも語られていましたが、その手荒い洗礼には非常に不思議な不思議な意味がありました。
 私はその洗礼の一報を、たまたま秋田で受けました。なんと私は、彼らとの約束もあって、その翌日、田沢湖と十和田湖を訪ねることにしていたのです。お二人のお父様出口和明さんは「十和田龍」と名乗っておられました。王仁三郎が言うには、孫の和明さんは、八郎太郎が化けた十和田湖の龍神と戦った、南祖坊という男の生まれかわりです。ですから、帰幽された和明さんは、現在は新たなる龍神として十和田湖にいらっしゃるということになるでしょう。そして、八郎太郎の龍は田沢湖の辰子姫と結婚して、今田沢湖にいると。
 我が家でお預かりしている王仁三郎の耀わんは「十和田」。そんな因縁もあって、私はここ数年、田沢湖と十和田湖に異様に惹かれていたのです。龍神たちに呼ばれていたわけですね。
 その洗礼があった翌日、私は特別な思いで両湖の三匹の龍にお参りしたのでありました(その日の記事はこちら)。
201012162607751l そして田沢湖に行くたび気になっていたのが「クニマス」。この記事の中で、私はどういうわけか、「クニマスもたくさん泳いでいました」って書いてるんですよね(笑)。何か感じたんでしょうかね。絶滅したなんてことはとっくに分かっていたはずなんですが…。
 龍神の使いであるそのクニマスが、ここ富士北麓に自力で生き続けていたというのは、本当に不思議なことです。専門的なことはわかりませんが、正直田沢湖とは環境の全く違う西湖で自然繁殖していたというのは、これはほとんど奇跡だと思いますよ。もうこれは何かの力が働いていたとしか思えません。
 そして、このタイミングで…。なにしろ70年ずっと地元ではヒメマスの変り種「クロマス」だと思われてきたのですから。
20101215k0000e040060000p_size5 あと、偶然にしてはできすぎなのが、田沢湖で代々クニマス研究をしていたのが「三浦」さん、そして、西湖と言えば地元の人はわかると思いますけれど、やっぱり「三浦」さんなんですよねえ。
 三浦氏の家紋は「引両」。「両」は「龍」だと言われています。そして、出口氏のルーツは三浦氏。これはいったい…。
 全く不思議な「再発見」でありました。さかなクン、本当に素晴らしいことをやってくれました。封印が解けつつあります!
 ちなみに、秋田からここ山梨の富士山に嫁に来たカミさんは、クニマスと自分を重ねて、「おお同志よ!」と感激しております(笑)。

クニマスと三浦氏について続編

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2010.12.14

中矢伸一さん&佐々木重人さん講演会

82841603 後から東京で講演会&忘年会に参加。
 日月神示の研究で有名な中矢さんとは初めてお会いしました。佐々木さんは二度目。お二人ともに、今や船井幸雄さんの盟友、同志であり、そのことが象徴するように、日本の未来にとって非常に重要な存在である方です。
 いずれも大変興味深いそして刺激的な内容でありました。基本オフレコの内容なので、ここでは紹介できませんが、それぞれの御著書を読んでいただければ、概要はつかめると思います。
 お二人とも博覧強記といいますか、まずは勉強熱心であり、またご自身の意見というものをしっかりお持ちで、私のような全て付け焼き刃でその場しのぎの人間とは大違い。私は7月にこの会で講演をさせていただきました(内容はこちら)けれども、今となっては恥ずかしいかぎりであります。同列に並んでいいのかな(苦笑)。
 中矢さん、非常に柔和で、そして冷静で客観的、決して原理主義に陥らない真の自由を手に入れられておられる方でした。それがとても印象的。高い志を持った方というのは、皆スケールが大きいが、しかしある意味では繊細なんですよね。そして、謙虚。知らないことは知らない、分からないことは分からないとしっかり言える。
 今日も御一緒した出口汪さん考案の論理エンジンを、毎朝生徒たちと勉強しているのですが、今朝その中でちょうど生徒たちに「無知の知」の話をしたんですよ。「知ったかぶり」が一番ダメというようなことを言いましたっけ。それってモロに自分自身のことですよねえ(笑)。恥ずかしい。
51jt4bgltil_sx230_ 忘年会では佐々木さんのお隣に座って、いろいろお話を聞かせていただきました。彼もとにかく巨視眼と微視眼の両方を持っている人物です。そして、世の中に流されない、情報に惑わされない、自分で考える、自分で体験するということをモットーとしておられます。すごいですね。
 逆に私たち凡人は、世の中の本質を見ず、またある種意図的に発信し続けられている情報に振り回され、洗脳される結果、自分で考えたり、自分で確かめたりすることを怠け、あるいは放棄し、いや最初からそんな気もなく毎日を過ごしています。これは大変危険なことですね。いわば「智慧」のない状態なのでしょう。
 彼は秋田出身ということもあり、農業をベースにした理想的な経済の形を模索しています。また、貨幣(お金)に対する考え方は、私が興味を持っている仏教経済学にも通ずる部分があり、そういう意味でも共感する部分が多いと感じました。
 今日はそのほかにもいろいろお世話になった方と再会できたりもしまして、大変有意義な時間を過ごさせていただきました。自分の天命を再確認し、日々の仕事を通じて、理想世界の建設を目指して頑張っていきたいと思います。
 こうして実際に大志を抱いて行動している立派な方々と、不思議なご縁をいただいているという事実に感謝し、少しでも世界に恩を返すことができればいいですね。来年はより利他的に行動していきたいですね。自分のやりたいことばかりではなく、やるべきことを優先的に…なんて、まるで子どもの目標みたい(笑)。
 
Amazon 
 日本建国の暗号
 金融崩壊後の世界 資本主義というマトリックスからの脱却

楽天ブックス
 【送料無料】日本建国の暗号
 【送料無料】金融崩壊後の世界

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.12.13

Yahoo!とGoogleの提携

 日の話は、皆さんにはどうでもいい話かもしれません。しかし、ある意味大変な事態であるとも言えるので記しておきます。
 12月に入ってから、このブログ「不二草紙 本日のおススメ」へのアクセス数がずいぶんと増えました。平均2000ページビューくらいあります。
 6年半ほど前に地味に始めたこのブログ、最初の日のアクセスは12でした。そのうち自分が10(笑)。その後、まあ私にしては珍しく一日も休まず書き続けて、100/日を越え、200/日を越え、ある時期500/日くらいで安定したと思ったら、2年前の3月にGoogle様に嫌われて300/日に落ち、その後謹慎期間が終わって復帰(その時の記事はこちら)、そして昨年末から1000/日を越えるようになり、そしてこの12月からは2000/日になりました。
 このような変遷はですね、つまり私の記事の魅力が増したとか、ファンが増えたとかいうことよりも、検索エンジンがどのようにこのブログを評価してくれたかによるものなんですよね。もちろん、検索でたまたま訪れた一見さんが常連さんになってくれた例もたくさんあります…というか、常連さんのほとんどはそうでしょう。ありがとうございます。
 実態からしますと、日々の常連様は約4分の1、検索から来る一見さんは約4分の3です。これは皆さんからすると意外かもしれませんね。このブログは検索のおかげでアクセス数を伸ばしているのです。
 で、なぜここへ来てまた急にアクセス数が増えたのでしょうか。それは…「Yahoo!JapanがGoogleの検索エンジンを再採用」という事件が原因なのです。
 ちょっと見て下さい。まず、ここ1年間、Googleの検索で我が家にやってきた人の数の変遷です。ご覧のように昨年末の特定の日を除いては比較的安定していますね。

20101214_60814

 続いてYahoo!からのアクセスの変遷です。やはりここ1年。

20101214_60718

 ほら、これはすごいでしょう。11月からうなぎ上りです。これがページビュー数2000/日に達した原因です。繰り返しますが、定期的な読者、ファンが増えたからではありません。
 ではなぜ、Yahoo!とGoogleが提携するとこういうことになるのか。
 これは単純に、私のブログが、以前のYahoo!の検索基準からしますと、あまり高い評価を得ていなかったということです。というか、なんだかとんでもない検索結果になっていたんですよね。ある単語で検索すると、その単語をテーマにした記事ではなく、その前後の記事が表示されたりして、検索順位以前の問題だったのです。
 単にアクセスしてもらいたいという、ある側面の「私」としては、Yahoo!は正直困り者、できないパートナーでした。その点Googleは、私を過大評価してくれるという意味では、なんとなくありがたいパートナーでありました。こんな雑多でいい加減な内容の個人ブログをずいぶんと高い位置に表示してくれるのは、正直こそばゆいですし、なんか世界的大企業に対して詐欺行為をしているようで、むやみに後ろめたいくらいですね。
 で、ある日突然、できないパートナーができるヤツに変ったわけですから、これはそんな「私」にとっては大事件です。いきなりできる部下が二人になったような(なんてずいぶんと上から目線ですな…笑)。
 しかしまた、別の「私」は、この事態を憂慮してもいます。今までもたくさんこのブログで書いてきたように、私はGoogleのやろうとしてる「世界のインデックス化」「情報による世界制覇(征服)」には、生理的に嫌悪感を覚えます。
 もちろん、武器や食糧や地下資源など(つまりモノ)による制覇や征服の歴史にもうんざりしてきましたが、だからと言って情報(つまりコト)によるそうした発想が正しいとも思えません。
 たしかに私は今、Googleのインデックス化(コト化)のおかげで、大変多くのご縁をいただき、人生を大いに楽しませていただいています。しかし、一方で、「言葉」「言語」「文字」という、ある種古典的なメディア…それは「ウソの道具」とも言えます…が、個人の意志を超えて互いに影響し合うことの危険性も感じずにはいられません。
 中国がGoogleを排除するのは、おそらくそういう発想からでしょう。モノ世界だけでなく、コト世界においても反米の意思を表しているのだと感じます。
 インデックス化が、我々の同意なしに行われ、そして近い将来、クラウド・コンピューティングが当たり前になり、「Google(アメリカ?)による平和的世界統治」が完成するのでしょう。
 YouTubeやGoogle Earth、そしてストリートビューなども、ほとんど市民の同意なしに開始され、発展し、ほんの一時期問題視され、しかし勢いで常識化してしまいました。
 Googleの新しい戦略は、とにかく国境を越えることで成り立ちます。なぜなら、それぞれの国では現にいろいろな法がありますし、すぐに法を作ることも可能ですけれども、世界には共通した法が存在しないし、今後も現実的にできないからです。
 彼ら、そこは非常にうまいし、ずるいし、賢い。少し恐ろしくも感じますね。私たちも知らぬ間に彼らに洗脳され、毒され、支配されているような気がします。
 しかしもうこの流れは止められないでしょう。私たちができることは、そうした見えない世界の変化に敏感になり、それをイメージし、自らの中と外にはしっかり防御壁を作っておくことでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.12.12

「走れメロス」とキリスト教

Photo_12_13_9_15_08 日は八ケ岳の懐にある教会で奉仕。待降節第3主日の音楽礼拝にて演奏してまいりました。
 演奏したのはバッハのカンタータ62番「来れ、異教徒の救い主よ」全曲ほかです。全体に素晴らしい体験だっと思いますが、特に片野耕喜さんのテノールのアリアの伴奏ができたのは感激。片野さんのドイツ語は実に美しい。
 そうそう、昨年は同名の61番を演奏したんだよなあ…と思って、昨年の記事の記事を見てビックリ!
 あらら、やっぱり太宰じゃないですか。なんなんでしょうね、これって。すっかり忘れてました。いやあ、ブログっていい日記になりますねえ。
 というか、今日感じたことがそのまま書いてある。もう一度同じことを書いちゃうところでした。よかった、ちゃんと見直して(笑)。人間というのは忘れっぽい動物であり、また1年経ってもあんまり成長しない生き物なんですねえ。
 今日もまた、私はスキンヘッドで、まさに「異教徒の救い主」といった風情で堂々と(?)演奏してまいりました。今回は3本点火されたキャンドルのある祭壇の前での演奏ということで、なんとなく身が引き締まる思いがいたしました。
 なぜか私のところには陽の光が差していて、私の頭はいつにましてピカピカと輝き、まさに「異教徒の救い主」という感じだったとか(笑)。失礼いたしました。
 さあ、それで今日は何を書こうかと思ったかと言いますと…お説教を拝聴しながら、またバッハを演奏しながら、昨日の「走れメロス」を思い出していたんですよね。
 メロスってキリストなのかなあ、それともセリヌンティウスの方がキリストかなあ…ふむ、やっぱりセリヌンティウスの方がイエス的だなあ…と。
 太宰とキリスト教の関係については、改めて申し上げるまでもありません。彼はキリスト教信者だったわけではないのですが、たしかに聖書をよく読んでいた形跡があります。作品の中にもた〜くさんでてきますね。
 これってある意味、太宰的なずるさであるとも言えるんでよね。彼の聖書の扱い方には、いかにも彼らしい「なんかネタないかな」と渉猟している姿がうかがえるんですよ。
 聖書というのは、ある意味世界一の「物語」なわけですよ。小説のルーツとも言える。そこに「人間ドラマ」を見て翻案するというのは、まあプロとしてあるまじき、いやいや、あるべき(当然あり得る)行為ですね。
 「走れメロス」については、一般には古伝説、そして、シラー(シルレル)の詩や当時の小学校国語読本のパクり…いやいや、翻案だとされていますけれど、私はそこにプラス聖書の影響も感じてきたんですよね。
 メロスは羊飼いですしね。萎えた心と体に再び精気を与える「清水」の話は、どことなく旧約聖書を思わせます。十字架や緋のマントも象徴的ですよね。
 だいたいが、一般に言われる友情美談的な話だとすれば(私はそう読みませんが)、新約聖書にある「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」そのものだとも言えますよね。
 で、どっちが「友のために命を捨てる」のかというのが問題なのです。つまり、メロスなのかセリヌンティウスなのか。そんなことを考えていたんですよ。皆さん、どう思われますか?
 あの話の中で、十字架で磔刑に処されようとするのは、セリヌンティウスですよね。しかし、言葉としてそれを表明しているのはいちおうメロス。いちおう…というのは、御存知のとおり、あまりに愚か者なメロスの言葉は、常に信用ならないからです。
 その点、セリヌンティウスは多くを語らないからこそ、「マコト」な感じがする。ということは、あえて言うなら、セリヌンティウスがイエスで、メロスはある意味においては、狡猾な言葉を弄して友を売ったユダに匹敵するのかもしれませんね。
 そこまで考えが及んで、さらに面白い!と思ったのは、イエスたるセリヌンティウスが「たった一度だけ、ちらと君を疑った」と告白していることですね。
 これはまた、人間太宰一流のプロテストのようにも感じられます。イエスがたとえ神の子であっても、本当に完璧に「無償の愛」の存在であったのか、「友を一方的に信じ続ける」存在であったのか。それは口だけ言葉だけであって、実は偽善なのではないか。そういう疑問を持つのも、私たち人間からすると当然ですよね。いくら物語でも、それが実生活に影響を及ぼすとなると、こういう現実的な疑問がわいて当然ですし、その疑問の超越なくして信仰があるとするなら、それはそれで恐ろしいことでもあります。
 イエスは神の子ではありますが、神ではないのです。人間から生まれ、実際にこの世に生きたわけですから。そして、だからこそ人間の罪を背負うことができた。罪を背負うということは罪を理解し共感し共有するということにほかなりません。
 そういう意味において、純真無垢で無償の愛と信の真の友情の実践者であるセリヌンティウスが、実は一度だけメロスを(すなわち人間を)疑ったというのは、私たち「悪人」にとっては、非常なる救いとなります。
 あまりに完璧な救い主は救い主になりえないんですよね。仏教的、あるいは神道的な感覚からしますと、そこがキリスト教の難しいところなのです。
 そういうふうに考えてきますと、太宰は聖書を実践していたというよりは、どちらかというとそれに反旗を翻し、人間のドロドロした精神の尊厳、つまりフィクショナルな「偽善」ではなくて、リアルな「真悪」を直視する勇気の方を重視したのではないかとさえ思われるのです。
 私はそういう「弱さを持ち続ける強さ」を持った太宰に共感してきたのでしょうかね。
 作品「走れメロス」自体は、最後とんでもない方向で無理矢理大団円させちゃって、結局「偽善」の勝ちみたいなダメダメなことになってますけど、まあ、それも「最後はグダグダ」の得意だった太宰らしい結末ということで、なんかそれはそれで親しみを感じますね。ま、それを「真の友愛」の話として、道徳やら国語やらの教材にしてしまって満足している人たちには、全く親しみは覚えませんが(笑)。
 …と、この記事は最初から最後までグダグダですみません(苦笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.12.11

太宰治短編小説集(iPhone・iPadアプリ)

Bunka2_488 「宰治短編小説集 走れメロス」が映文連アワード2010準グランプリを受賞しました…とのニュースを見て、ああそうだ、「走れメロス」まだ観てなかったと思い出しまして、さっそくこのアプリを購入。
 いやあ、良かった!素晴らしい。このシリーズ全て傑作ですね。今までこのブログでも5作品を紹介してきました。
女生徒
トカトントン
駆込み訴え
カチカチ山
グッド・バイ
 そして、やっと観ることができた、第1シリーズ3作。再放送も全部見逃してきたので、このアプリは助かりましたね。
 ただ、あまりに細切れなので、なかなか集中できません。まあストリーミングですから、いろいろと制約があるのは分かりますけれど、それにしてもちょっと細切れすぎでは。
 それでもそれぞれの良さは充分に感じることができました。やはり、「走れメロス」が出色でしょうかね。森山未來くん、田中泯さん、モロ師岡さん、純さん、それぞれを活かし切った渋江修平監督のセンスと力量は驚嘆に値しますね。伝統をも凌駕する現代的才能とでも言いましょうか。こちらの批評心も、もうお手上げという感じですよ。
 とにかくご覧になっていただきたいですね、これは。もちろん、ほかの作品も。
 第1シリーズの他の2作品も、普通にお見事でした。しかし、まあ、やはりそれは原作の魅力による部分が大きかったと思いますよ。その点、「渋江メロス」は原作と伍する才能によってスパークしたという印象です。
 ほら、私、太宰と仲いいじゃないですか(笑)。で、「走れメロス」についても、彼からナイショでこんなこと教えてもらっていたわけですよ。だから、そういう視点で、今回のメロスも観ていたんです。で、それについてもですね、渋江さんの実に「ウソ臭い」演出が功を奏していまして、違和感なく観ることができたのです。なるほど、太宰からは「文学の力」「小説の力」と聞いたけれども、こうして現代的に表現されてみますと、「芸術の力」「アートの力」「(広義の)モノガタリの力」とも言えそうですね。
 私たちは常にそうしたフィクションによる予定調和や、逆に未定不調和を欲しているんですね。それがないと生きられない。現実の調和や不調和の方ばかりでは、私たちは疲れ切ってしまうのです。
 「モノ」を「カタル」とは、ワタクシ流に言えば、「自然」を「脳で処理する」ということそのものを表します。人間が自然を再構成して、一瞬でもこの世を自分(たち)のものにしたという幻想を抱きたいのです。
 だから、私たちは小説を読み、マンガを読み、アニメをや映画やドラマを見て、そして音楽を聴き、絵を鑑賞したり、茶の湯をたしなんだりするのでしょう。
 モノたる自然世界に対して挑戦状を叩きつけ、別個の一世界、一宇宙、コト世界を創り上げることができるのは、実は人間だけなのでした。もちろんそれが度を過ぎると、モノからの逆襲を受けてしまうわけですが。その時、私たちが感じるのが「もののあはれ」なのです。
 太宰はやはり、天才的な「語り部」でありました。ここまで堂々と「嘘」をつける人間はなかなかいません。ただし、その「ウソ」が彼自身の「マコト」から生まれていたというのが、彼の作品の力につながっているのです。
 「ウソ」は脳内で創造される「コト世界」です。しかし、彼自身の人生、生きざま、命というものは、実は他律的な「モノ世界」です。つまり「真コト」の究極は「モノ」であるという、ま、お釈迦様がおっしゃったことがそこにあるんですよねえ。難しいですかね。
 もちろん、それは太宰に限らず、歴史に残る全ての芸術家においても。あるいは、私たち凡人においても。

太宰治短編小説集アプリ公式

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.12.10

かぶきもの

20101207mog00m040029000p_size5 老蔵、海老蔵、まあ世の中ヒマなんですね。毎日毎日海老蔵の話題ばかり。犯人というか相手が逮捕されましたが、それをニュース速報でやる必要あるんでしょうかね。
 学校では私が海老蔵です(笑)。髪形が似ています。最近寒いのでニット帽かぶってるし。そして、今なんだか左目が充血しているので、ますます海老蔵してます(笑)。
 そうそう、こう言ったら生徒たち爆笑してましたね。「おい、海老蔵ってさあ、海老蔵だから海老蔵で許されるんだよな。もし、オレが海老蔵っていう名前だったら、お前ら笑うだろ、『エビゾーだって〜ww』って」。
 ま、それはいいとして、なんですか、あの会見は。あれじゃあ「かぶきもの」として失格ですよ。「かぶく」という日本語にはもともと「稲穂が頭を垂れる」という意味がありました。あれじゃあ、まさに「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という感じで、まるで人格者、常識人じゃないですか。
 謝るなら、「全て私が悪い!相手にはなんの非もない」と言うべきでした。それで相手に「いや、海老蔵はウソを言っている。私も手を出した」と言わせなければ。
 「歌舞伎」は「傾き」ですからね。本来「歌舞伎役者」は「傾奇者」なんですよ。かぶいてなんぼ。本来「かぶきもの」は戦国時代から江戸時代初期に現れた乱暴な無法者のことですから。
 江戸時代近くなると「かぶく」という言葉は、「かたむく」というイメージから、世間に対して「斜に構える」「ひねくれる」という意味を持つようになっていきました。そうした「傾奇者」たちが、のちの「ヤクザ」につながっていくわけですが、それが大衆文化の中で芸能化したのが、いわゆる「歌舞伎」ということになります。
 つまり「歌舞伎役者」はルーツをたどれば無頼の輩であるのは当然であり、そこに刃傷沙汰はつきものだったのです。基本彼らは江戸時代を通じて被差別民だったわけですし、反社会的、反体制的になるのは当然と言えば当然ですね。
 だいいち、初代市川團十郎(すなわち初代海老蔵…現山梨県市川三郷町の出身なんですよね)なんか、45歳の時に弟子に刺殺されています。殴られてほお骨が陥没するなんてレベルじゃありません。
 それを泣いて詫びるなんて、情けない。もちろんこれは、大衆芸能を、国を代表する高尚な伝統文化に仕立て上げてしまった国というか、世間も悪いですよ。そして、こうして凡人みんなで強者をバッシングする、気味の悪い「偽善社会」はもっと悪い。虫酸が走ります。
 リオン…じゃなくて梨園では「遊びも芸の肥やし」です。これから彼がマジで人間国宝を目指すならば、もっともっとかぶかねばなりません。行儀のいい「歌舞伎」なんてのは、もともと存在しえないのです。
 …と、同じ海老蔵仲間として(?)、ホンモノの海老蔵さんを少し擁護しておきます(笑)。
 ま、それより、こっちの方が本来の「カブキ」の伝統を継いでいるような気がしますね。これこそ「傾奇者」です!海老蔵よ、これを見習え!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.12.09

あの素晴しい曲をもう一度〜フォークからJポップまで』 富澤一誠 (新潮新書)

41b38ebemul_sl500_ ずはどうでもいい話から。
 今日この本を繰っていたら、窓口に郵便屋さんが荷物を持ってきました。なにやらアヤシイ風貌の男だなと思って無視していましたら(笑)、「先生!」といきなり声をかけられました。よく見ると、10年以上前に卒業させた男でした。
 まさに卒業させた男。どうにもならないグータラ男だったので、「お前はアメリカででも修行してこい!」とテキトーに進路指導したら(笑)、本当に向こうで学生になり、結果として4年間アメリカで一人暮らしをして帰ってきました。
 それで、英語がペラペラになったかというと、全然そんなこともなく、向こうでもなんとなくテキトーに必要なだけ英語を使い、なんも考えずに、日本にいる時と同じようにダラダラ過ごしていたようです(笑)。もちろん、今はもう英語なんて全部忘れて手紙を配達して歩いています。
 それはそれでものすごくスゴイことだと思います。つまり、彼はとんでもなく「図太い」のです。どこでもテキトーに生きていける、ストレスをストレスとも感じない「強さ」を持っているんです。私はそんな彼が好きですし、ちょっと尊敬すらしています。
 実は、彼、フジファブリックの志村正彦くんと、中学時代クラスメイトだったのですが、ある意味、いや全ての意味において、二人は対照的かもしれません。風貌のみならず生き方も正反対…。
 彼が受付にやってきた時、私はちょうどこの本のこういうくだりを読んでいました。
「(彼)の死について、私はこんなふうに考えています。(彼)は全力で走って英雄となりました…プレッシャーと、シンガー・ソングライターの宿命ともいうべき、自分の身を削っての曲作りの間で煮詰まってしまったのです…真面目すぎたために、自分の生きざまを歌にするたびに我が身を細らせなければならなかったのです。(彼)はあまりにも自分の人生に対して生真面目すぎたようです」
 これはそのまま、志村くんに当てはまりますね。かの郵便屋さんには全く当てはまりません(笑)。
 さて、ここでの(彼)とは誰のことでしょうか。
 その答えは「尾崎豊」です。
 著者である富澤さんは、尾崎豊を発掘した張本人です。オーディションの審査員だった富澤さんは、尾崎豊の歌に吉田拓郎に対するのと同様の衝撃を受け、必ずやかけがえのないミュージシャンになると予感したそうです。
 そうそう、志村くんも、ちゃんと尾崎豊のアルバムを聴いていたんですよ。なんとなく結びつかないような気もしますが、真面目で孤独な天才どうし何か惹かれるものがあったのかもしれません。
 さてさて、この本、まさにフォークからJポップまでという感じで、日本のポピュラー音楽史の一側面をしっかり俯瞰できる良書であります。一側面というのは、もちろん、その他の側面があるということですね。たとえば演歌やテクノやダンス・ミュージックやら。もちろん、そうした音楽ジャンルの話も出てきますが、あくまで「一側面」との関連においてです。
 いやあ、実は私、この「一側面」についてはですねえ、あんまり詳しくなかったのですよ。それがちょっとコンプレックスでもあった。
 私の音楽歴はちょっと特殊でして、けっこう大事な部分が抜けてるんですよね。たとえば「フォーク」。これは決定的に抜けています。「演歌」もかなり抜けていたのですが、カミさんの影響で、最近では演奏までするようになりました。フォークも大学時代、フォークソングサークルのお手伝いでストリングスを担当したりしてましたが、あまり好意的に聴いていなかったんですよ。
 私の音楽の目覚めは「ビートルズ」でして、どちらかというと洋楽の方に走ってしまった。ま、そっちもかなり大事なところが抜けてるんですけどね。
 でも、最近になって、いろいろ演奏する機会も増えたりして、やっぱりジャンルを越えていいものはいい!と感じられるようになってきましてね、あらためてこうして復習したり、勉強したりする楽しさを覚えてきたのです。
 ですから、この本は非常に刺激的でした。なるほど!と思うことばかり。そして、今、なんだかんだよく聴きこんでいるJロックたち、フジファブリックやレミオロメンやバンプなどをはじめとする、今どきの若者の日本語ロックが、まさにこうした先人たちの残した「根っこ」、すなわちフォークとロックと歌謡曲と演歌とその他もろもろの葛藤やら格闘やら融合やらの上に咲いた「花」であることを再確認したのです。
 ある意味、私なんかよりも、彼ら若者の方がしっかりルーツの部分を理解し消化している。そして、さらに新しい根っこを作り続けている。そんなふうに感じました。社会へのプロテスト、内省、ファッション、コマーシャル…。
 今、音楽シーンは大変な変革期を迎えています。CDが売れず、ダウンロードが象徴するように、音楽の断片化が進んでいます。しかし、だからこそ富澤さんの言う本当の「歌力(うたぢから)」が試されている、あるいはそれを欲している、またはそれが発揮できる時代になったとも言えるかもしれません。
 とにかく、現場で本物やニセモノをたくさん見て、聴いていらっしゃったプロによる、素晴らしい史書であると思います。巻末の名曲ガイド50も秀逸。まずはこの50曲をしっかり聴いて、また演奏してみたいと思いました。
 最近私は「短歌」をやっていますが、日本の「歌」の伝統には、必ず優れたメロディーとリズムが流れていると感じています。音楽と言葉の昇華、止揚こそ「歌力」の原点なのでしょう。「モノの音(ね)」と「コトの葉」の幸福なせめぎ合いの中に、私たちは生きる喜びや哀しみを聴き取るのです。
 
Amazon あの素晴しい曲をもう一度


| | コメント (5) | トラックバック (0)

2010.12.08

歴史的特異日の富士

 が降りました。鳴沢村の我が家のあたりでは7センチほどの積雪。富士山も美しく雪化粧しています。しかし、上空は西風が強いようで、富士山の高いところではどんどん雪が吹き飛ばされていますね。
 職場のある富士吉田に来てみたら全然雪がない。雪を積んでいるのは私の車だけという、年に何回かあるちょっと恥ずかしい状態。
 それにしても富士山がきれいなので、いつもの窓から撮影してみました。

Gedc1634

 今日は歴史的特異日。6年前こちらに書いたとおりです。皆さんご存知でしたか?そんな特別な日の富士山に少しずつズームインしてみましょう。実に神々しいですね。

Gedc1638

 考えてみると、それぞれの歴史的特異事件が、ジョン・レノンを中心に結びついていることが分かります。彼は仏教を勉強していましたし、弾圧された大本の本部のある亀岡をよく訪れていました。そしてもちろん戦争に強く反対する活動をしていましたね。

Gedc1637

 そんなジョン・レノンもまた、富士山が大好きだったようです。まあ、誰でもこんなお姿を拝せば、特別な気持ちになるでしょうね。この完成された美は、人間のちっぽけな欲望を超えた「みろくの世」の象徴なのですね。

Gedc1635

 ジョン・レノン、富士吉田と来れば、やはりフジファブリックの志村正彦くんを思い出さずにはいられません。彼はジョンの「ラヴ」をカバーしています。彼の音楽の基礎には常にビートルズがありました。特にジョンへの思いは格別だったようです。
 彼が一昨年2008年、ジョン・レノン スーパー・ライヴ に出た時の映像がありました。最後にちょっとだけ出てきます。実に彼らしい歌ですね(笑)。曲は「Happy X'mas (War is over)」…いろいろ思わずにはいられません。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2010.12.07

「志」を持つと「変」になる…その2

77431778 ぜ、自分で考え、自分で学び、伸びていける子が育たないのか?前回第1ラウンドに続き、第2ラウンド。
 今日は東京と山梨の代表の方がわざわざ来校され、またまた3時間にわたる大バトル…いや、教育討議が行なわれました。実に楽しかった。
 おみやげにこの本をいただきましたので、お客様がお帰りになったあとさっと読んでみました。なるほどなかなか面白い。
 基本前回と同じお話をさせていただきましたが、一つあらたに気づいたこと。それはやっぱり「志」がちゃんと伝わっていないということです。私もたくさん誤解していましたし、世間ではほとんどが誤解だと思います。
 私たちの学校も全く同じことが言えます。なかなか伝わらない。実践には絶対の自信を持っているつもりですが、うまく発信されていないのか、あるいは別の何か力が働いているのか、とにかく世間に届かないのですね。
 いや、今日のく○んさんもそうですけれど、まず身内の中でもちゃんと相互理解、意思の統一がなされていないのかもしれません。その結果、お客様…と言っていいのか微妙ですが、子どもたちや保護者や世間一般に伝わっていないのではないかと感じました。
 人のフリ見て我がフリ直せ。そういう意味でも大変勉強になりましたね。
 「志」を持つと「変」になる…の第一義的な内容については第1ラウンドに書いたとおりです。ブラスの意味での「変」ですね。世間に、流行に迎合しない姿。
 しかし、もう一つ、マイナスの意味での「変」もあるかもと思いました。
 つまり、「志」が崇高であり、不動のものであって、その結果プラスの意味で「変」になってきますと、だんだん「志」が「願い」や「信じる」ことに逃げてしまう可能性があるんですよね。それがいわゆる第二の「変」を生み出してしまうと。
 「願い」や「信じること」に逃げてしまうというのは、ある種の宗教的状態です。つまり、「今は理解されなくても、必ず最後には分かってもらえる」とか「これを続けていれば必ずいいことがある」とか「私は崇高なことをやっているのだ」とか、そういう、ある意味現実的、現在的な感覚や行動を飛び越えて、実際には見えていない光を見つめているような気になってしまうということです。
 もちろん、「志」とは「心の指す方向」のことですから、このような「夢」や「目標」は必要不可欠のものです。しかし、それだけを見ることによって、結局、自己肯定、あるいは自己満足に陥ってしまう危険性もあるなと思ったのです。
 他者にとって、その「願い」や「信じること」や「夢」や「目標」は、あくまで不可視のものであり、フィクションの「言葉」でしかありません。それを信じろというのはなかなか難しい。だから誤解や中傷もどんどん増していく。
 つまり、本当の「志」とは、その理想を掲げるだけでなく、それへ向けての現実的、現在的な具体的行動が伴うべきものなのです。ま、簡単に言えば、お題目だけになってしまってはいかんと。
 特に教育というのは、常に崇高な理想を掲げつつ、目の前の子どもたちにどう接するかということが要求されます。そのバランスこそが教師に求められるものだとも言えます。生徒は敏感ですから、この先生が最終的に自分たちをどこへ連れて行こうとしているのかということを、本能的に感じ取るものです。
 とりあえず、この問題だけ解けることを目標としているのか、その積み重ねでこなしたプリントの枚数が増えることを目指しているのか、あるいはもっとその先の何かを見据えているのか。場合によっては、単にお金のことだけを考えているとか、その場しのぎをしているだけだとか…。
 そういう意味で、私たち学校という現場でも、あるいはく○んの現場(各教室)でも、なかなか一定の「志(理念と行動)」のレベルを保つのは難しい。いや、そういう次元での努力を怠りがちだとも言えますでしょうか。私自身も、今こういう立場ですので、大いに反省いたしました。
 く○んさんで言えば、たしかにあの教材を最後までやり通せば、創業者の「志」は実現される可能性が高いでしょう。しかし、実際のところ、小学校の中学年でそこをやめて進学塾へ移ってしまう例が非常に多いわけです。これでは、学校現場から言わせてもらうと「百害あって一利なし」です(ちょっと言いすぎかな)。
 最後までやれば「気づく」「腑に落ちる」「分かる」はずなのに、中途半端で終わってしまうのは、座禅していればいつか分かるのに、途中でやめてしまった生坊主で終わるようなものです(笑)。いや、座禅しているだけじゃだめなんですよね。そこに優れた「導師」がいないと。それが先生だと思うんですが。なかなか難しいですね。
 く○んの先生方は皆さん、全部やり終えて悟りを開いているんでしょうか。
 いやいや、人のことより、まずは私自身から変革せねば…。
 
Amazon 公文式がわかる―なぜ、自分で考え、自分で学び、伸びていける子が育つのか?

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010.12.06

レミオロメン 『10th Anniversary TOUR 2010“花鳥風月”結成10周年記念日ライブ in 山梨』

Gnj1012070506014p3 めでとう!レミオロメン!
 今日がバンドとして10歳のお誕生日ということですね。治くんの日記によると、12月6日に「亮太、啓介とバンド始めた」そうです。信憑性あるのかな(笑)。
 さて、その記念すべき日に、今回の長大なツアーのファイナル(追加公演除く)である山梨凱旋ライヴが行われ、ワタクシもいろいろな方々の計らいのおかげで参戦することができました。皆さん、ありがとう。
 今日はそのような特別な日、そしてマネージャーさんの誕生日でもあり、そしてWOWOWで生中継もあったということで、地元の親族や友人たちはもちろん、全国からこの瞬間を共有しようと参戦した多くのファンたちのおかげで、実にレミオロメンらしい温かいライヴとなりました。うん独特だなあ、やっぱり。ほんわかする。
 私としては、5月の凱旋ライヴ以来となります。基本的な感想は5月の時と同じですが、やはりこのマラソンツアーを通じて成長したというか、余裕や工夫が随所に感じられましたね。深みが増したと言っていいでしょう。
 藤巻くんのボーカルは、ファルセットで思うように声が出ないところが多少あったほかは、いつになく(失礼)安定していて、そして声質にも艶があって実に伸びやか。やはり気持ちがこもっていたのでしょう、いい歌唱でした。
 前田くんのベースはいつも通り、ものすごいグルーヴ感を出しており圧巻。特にバラード系で強いんだよなあ。「恋の予感から」のうねりはカッコよかった。
 神宮司くんはさらにキャラが開花。まったく面白いドラマーですよ。今どき、これほど抜けた(いろいろな意味で)ドラマーはいませんね。何度も書いているように、それがこのバンドの味を出しているのだから、結局すごいとしか言えません(笑)。
 サポートの皆川さん、ワタクシ的には、藤巻くんのMCのバックでさりげなく弾いていた即興曲が良かった(笑)。経験の生むスゴ技ですよ、地味に。
Gnj1012070506014p2 そして、そうそう、今回も大注目はサポート・ギターの河口修二さん!あの夏の夜の夢がまざまざと思い出されましたよ。いろいろと特別講義を受けさせてもらいましたから、今回は超マニアックな視点で彼のプレーを拝見していました。Sakuraでのスコルダトゥーラ・ギターもバッチリ決まっていました。相変わらず弾きにくそうでしたが(笑)。
 今回再確認しましたのは、やはり藤巻くんの独特の作曲術というか作曲センスでしょうか。意外な音程間隔で跳躍するんですよね。それがいつも言っている「非和声音(結果として不協和音)」や、ギタープレー上の困難を生むのです。もちろん、レミオロメンらしさもそこで生まれる。河口さんも感心するやら、困惑するやら。こういう感性の源泉がどこにあるのか、非常に興味のあるところですね。
 今日も披露された新曲の「Your Song」(どっかで聞いたことあるタイトルだな…笑)も、ステレオタイプな下降バスを伴った楽曲でありながら、個性的に感じるのは、そういう独特の音程感覚のおかげだと思います。先を読めそうで読めないというか。
 そうそう、あの日はフジファブリックの志村正彦くんの30回目の誕生日だったんですよね。今日もレミオロメンのライヴを聴きながら、何度も彼のことを思い出してしまいました。
 彼が亡くなってのち、藤巻くんはフジファブリックの「タイムマシン」をiPodに入れて繰り返し聴いてたということです。彼らは特に親密なつきあいをしていたわけではありませんが、お互い「山梨」のミュージシャンとして意識しあっていたのは事実です。
 志村くんは、レミオロメンを「ぶどうバンド」とか言って「吉田の方が都会だ!」みたいに言っていたようですけれど、これはもちろんシャレですよね。富士吉田を含む郡内地方の人たちはみんな、御坂を含む国中地方にコンプレックスを抱いていますから、ちょっとした自虐ネタなんですよ。
 どちらかというと、お互い、全く違った音楽、ロックをやっている者どうしとして、リスペクト、あるいはジェラシーを抱いていたものと思われます。私たち山梨県人からしますと、本当に分かりやすいコントラストなんです、両者は。陰と陽とでも言いましょうかね。
 ですから、私はレミオファンにもフジを聴いてもらいたいし、フジファンにもレミオを聴いてもらいたいのです。それで「完成」という感じがする。どちらが好みか、なんていう次元ではなくて。それがまた、それぞれのバンドのより深い部分を知るきっかけになると思うんです。
 以前、志村くんの膨大なCDコレクションを見せてもらったことがあるのですが、その中にレミオロメンの「ether」があるのに気づきました。なんとなくうれしく思った記憶があります。彼はいったいどういう気持ちであの明るいサウンドを聴いていたのでしょうか。
 さて、また話を今日に戻しましょう。今日は知り合いのレミ友が作った「10周年おめでとう」横断幕(バスタオル製)を振りながらの応援でした。その横断幕、今頃オサの手元に渡っているはずです。帰り際、メンバーの御両親には「お気をつけてお帰りください」と声をかけてもらいました。私が御坂峠を超えて来たことに気づかれたのでしょう。最後の最後まで「愛」や「温かさ」に溢れた「お誕生会」でしたね。
 一つだけ、あえて苦言というか疑問を提示するなら、ライヴでの打ち込みの問題でしょうかね。つまり、この前私たちの歌謡曲バンドがやったような「半カラオケ」状態になっている曲が多々あったということです。今どきのライヴは、まあこんなものですし、いや、昔から「テープ」上に重ねて演奏するというのはよくあったことです。しかしなあ、たとえば、毎度テンポが同じ演奏を「ライヴ」と呼べるのか…これは音楽界の大きな課題ですね。まあ、今やクラシックでもデジタル・リバーブかけちゃう時代ですから、なんとも言えませんが。
 このように、私としてはいろいろなことを考えながらのライヴとなりました。レミオロメンのメンバーにとっても一つの節目でありましたでしょうし、私としても昨年の12月からのある種普通でない状況から一歩踏み出す良いきっかけとなる機会でした。レミオロメンよ、ありがとう。そして、音楽よありがとう。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2010.12.05

プロレスリング・ノア 『~ジョー樋口 追悼興行~ Winter Navig.2010』

2010120600000002spnavi_otfightview0 日はスカパー開放デーなので、夕方から夜にかけてゆっくりノアを観戦しようと思っていたら、急きょ山梨県民文化ホールに行くことに。
 レミオロメンの凱旋2daysの1日目に運転手として(笑)同行しました。今日はカミさんが参戦、明日は私という予定だったのですが、いろいろな仲間、御坂の方々、メンバーのご家族の方々とお会いするために、私も会場までは一緒に行くことになったのです。
 いいなあ御坂は。なんか温かい雰囲気。とにかくみんなで応援しているという感じ。「愛」があふれてるなあ…。明日が楽しみです。富士吉田の方の人間からしますと、なんかうらやましいし、おい富士吉田しっかりしろ!愚痴や悪口ばっかり言ってるな!と、ついつい思ってしまいます(苦笑)。やっぱり風土なのかなあ…。
 さてさて、ある人たちを取り囲む「愛」ということで言えば、このプロレスリング・ノアのファンもまた温かい、あるいは熱いものがありますね。
 昨年の三沢さんの急逝、その後のけが人続出、リストラ…いろいろと不安なことが続いた中、最近、まさに馬場さん、あるいは力道山先生の遺志を継ぐ御大ジョー樋口さんが亡くなられました。本当に続く時には続くものです。
 そのような、ある意味団体の危機の中でのこの武道館興行。前回の武道館大会が不入りだったこともありますしね、ずっと応援してきた者としては、気になる興行でした。
 結論。結果としては感動を呼ぶ内容だったと思います。しかし、どこか後味の悪さも残る…なんなんだろう、この違和感。
 ファンの「愛」や、レスラーのファンへの「愛」もよく分かる内容だったと思うのですが、なんとも言えない「不快感」が残ったのも事実。「不快」なんていうと失礼なくらい高度な技の応酬、気持ちのぶつかり合いがあったのは事実です。しかし、なぜか観ていて辛かった。涙が出たけれど、なんかちょっと哀しい涙だったような…。
 特にメインの杉浦貴 vs 森嶋猛の「危なさ」に私はちょっと引いてしまいました。カミさんも途中から目を逸らして、もうやめてという感じに。
 カミさんの言葉が全てを表しているような気がします。「これが本当のデスマッチ」。
 たしかに命懸けの攻防は感動に値しますが、実際昨年、受け身の天才三沢さんがリング上で亡くなっているんです。そしてたくさんの選手の欠場…。
 頭や首への攻撃ばかりを観ていると辛くなってきます。たとえ今日死ななくても、ダメージが蓄積していく。そういうふうに見えるようになってしまった。丸藤の復帰戦もそう。痛々しくて早く負けてほしかった…そんな感情、やはり正常ではないですよねえ。
 結局、四天王プロレスなんですよね。あの頃は、「レスラーは鍛えているから大丈夫なんだ」と、心から信じていました。しかし、今、私は全く違った気持ちで彼らの攻防を見返しています。「彼らも人間なんだ」。
 興行全体も、どうしても単調になりがちです。基本的に団体の中での日常的反復の様相を呈していました。これもまた、ある意味では皮肉なことです。三沢さんが目指した「プロレスの競技化、スポーツ化」の結果とも言えるからです。
 その点、一昨日のIGFは変化に富んでいて面白かった。それはUWF的、あるいはキャッチ・アズ・キャッチ・キャン的な「強さの表現」の中に、レジェンドやノアや健介オフィスがうまく混入されていたからでしょう。それもまた皮肉と言えば皮肉なことですけれど、結果としては「いろいろ楽しめて飽きが来なかった」。
 難しいですね。ノアの今後が心配です。私としては、IGFともっと絡んで、そう、ちょうどUが新日や全日に刺激を与えた頃のような、ああいう展開を期待します。お互いのためにいいと思うのですが。プロレスには、やはり絶対正しいというものがないんです。深く広い世界。その多様性を見せるのが、プロレスの試合、そして興行であってほしいのです。
 結局は、「馬場と猪木」っていうことになってしまうのかなあ。こういう時代になりましたから、ぜひその垣根をもっと思いっきり取っ払って、互いに活かし合ってほしいと思います。ファンももっといろいろな団体を観て、選手に刺激を与えてほしい。
 「愛」が強すぎるあまり、まわりが見えなくなったり、他を認めない姿勢になったりするのは、やっぱり正しい「愛」のあり方ではないと思います。
 頑張れ、ノア。頑張れ、プロレス。(そして、頑張れ、富士吉田)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.12.04

カンプラ 『レクイエム』&フォーレ 『ラシーヌの雅歌』

 年の12月、突然特別な思い入れのあった人が亡くなってしまいました。フジファブリックの志村正彦くんです。
 もうすぐあれから1年が経とうとしていますが、暗く哀しい気持ちになるよりも、たくさんの宝物を残してくれた彼に感謝し、彼が天国でも素晴らしい音楽活動をしてくれるように、安らかな気持ちで祈りたいと思うこの頃です。
 そこで、今日は、天国の彼に美しい歌2曲をプレゼントしたいと思います。
 今日12月4日はフランス、バロック期の作曲家アンドレ・カンプラの誕生日です。
 リュリやラモー、クープランなどの影で、やや地味な存在のように思われがちなカンプラですが、実は彼らと十分に肩を並べ得る天才作曲家でした。
 私も今まで何回かカンプラの曲を演奏してきました。そのいずれもが、とても美しいメロディーとハーモニーに恵まれた佳曲でした。そう、ある意味とてもポップな感覚のある作曲家なんですよねえ。ポップなんて言うと怒られちゃうか。でも、実際のところ、お〜っと思う瞬間の多い、とてもキャッチーなメロディーを書ける作曲家であったと思います。
 誕生日にちなんで、今日は彼の名作の一つ「レクイエム(死者のためのミサ曲)」を聴きました。聴いたのはクリストフ・ルセ指揮のもの(YouTubeのライヴ版はこちらで聴けます)でしたが、ここでは、こちらの演奏をお聴き頂きましょう(序曲だけですが、グレゴリオ聖歌の先唱つきです)。ゆったりとした美しさがあります。
 

 「死」というと、暗く哀しい感じがするのが当然ですけれども、西洋音楽のレクイエムは言うまでもなく鎮魂歌であり、天国への安らかな道のりを示すものがほとんどです(多少例外がありますが)。
 私も大好きなフォーレのレクイエムなんか、その良い例ですよね。
 そこでもう1曲、そのフォーレの安らかな名曲を。紹介したラター盤に収録されている「ラシーヌの雅歌(ラシーヌ讃歌)」です。この作品、フォーレが18歳の時の作品だと言うから驚きです。これまた天才ですね。17世紀バロック期の劇作家ラシーヌの詩をもとに作曲されたもので、音楽学校の卒業作品だそうです。シンプルな中に深い表現が感じられるあたり、のちのレクイエムなどを生み出す才能がすでに聴いて取れます。フォーレもまた、優れたメロディー・メーカーですね。
 まずは、そのラター盤、すなわちラターが伴奏をオーケストラ用に編曲したものをどうぞ。

 続きまして、オリジナル・ヴァージョンを男声合唱でどうぞ。これまた美しい。ちょっと音量が大きめなのでご注意を。

 このラシーヌの詩はもちろんキリストに対する信仰を表す歌です。キリスト者ではない私は、いつもキリスト教の曲を演奏する際は、キリストや神という言葉を、自分の中の「何か」と置き換えています(失礼ですかね…ちなみにカミさんは全部「猫」に置き換えるとか…笑)。
 今日は志村くんに捧げましょう。この歌でもこういうことが歌われているからです。今日もたくさんの方が、全国から彼の鎮魂のために富士吉田に来ていました。

「…今、あなたを讃えるためにたくさんの人が集まっています。彼らがあなたの不滅の栄光に捧げる歌を受けとってください。あなたからいただいたものへの精一杯のお返しの歌を」(ラシーヌ)

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2010.12.03

IGFプロレスリング 『INOKI BOM-BA-YE2010』

人格者タイガー・ジェット・シン登場!ちょっと感動。
20101203036 、中学校の来年度生徒募集の説明会を行ないました。今年最後の説明会です。やや苦戦が続いておりますが、志を持ってやっていけば、時間はかかれども地域の理解を得られるものと信じています。
 なにごともそう簡単には結果は出ないものです。最低10年単位で考えなければならない業界ですから。
 そういう意味では、この、アントニオ猪木デビュー50周年の興行というのは、いろいろな歴史を感じさせるものでしたね。プロレス界の栄枯盛衰のど真ん中にいた猪木。あらためて彼の業績を見ると、功の部分のみならず、罪の部分も、しっかり意味のあったことだったのかもしれないと、今さらながらに感じ入るのでありました。
 まあ、そのような歴史的な意義、あるいは単純にアントニオ猪木さん個人のアニバーサリーだということを抜きにしても、今回の大会は実に面白かった。今までのIGFの興行の中では断トツに楽しめました。興奮しました。
 最近のIGFは、どうも半数近くがしょっぱい試合になる傾向があったのですが、今回しょっぱかったのは…1試合だけでしょうか(笑)。その他はそれぞれのレスラーの力量、魅力が発揮された好試合、それも変化に富んだ好試合が続きました。
 ちょっと時間がないので、全試合の簡単な感想を書いて記事とさせていただきます。

佐藤光留 vs 定アキラ
 最近私が高く評価している佐藤光留選手。少し前までDDTのKOD王者だった彼が、第1試合でガチガチの試合をやるだけでも大興奮。まあホントにいろいろできる、いろいろ経験している努力家ですよ、彼は。メイド服から総合から掣圏道まで、ここまで幅広いレスラーはいませんよ。もちろん、スネークピットの大器アキラくんの頑張りにも期待していました。試合は予想以上に激しく高度な内容。勝ち負けは抜きにして、闘魂はしっかり表現されていたと思います。

鈴木秀樹 vs マーク・コールマン
 最近特に応援し期待している鈴木秀樹選手。彼の持っているポテンシャルは無限大。今日はビル・ロビンソンのキャッチ・レスリング対UFCという構図で観ましたが、まあコールマンも連敗は許されなかったからでしょう、いつも以上に気合いが入っていましたね。もう少し秀樹のレスリングも観たかった気がしますが、まあ短い中にも見どころの多い、濃い試合でしたね。しかし、前回のコールマンはなんだったのか。体調不良(二日酔い?)というのもプロとしては失格ですよね。

ケンドー・カシン vs カリート
 唯一のしょっぱい試合(笑)。途中まで面白かったんだけどなあ…。ま、1試合くらいこういうのがないとIGFらしくない?…なんて言うと怒られそうですね。カシン選手は本当につかみどころがない。永遠に謎のレスラーであります。カリートもいい選手と見えましたが、本領発揮する前にキツネにつままれた?

エリック・ハマー、タカ・クノウ vs モハメド・ヨネ、青木篤志
 ウチの家族、この試合が圧倒的に盛り上がりました。ノアも長く応援している私たちにとっては、まさに夢の対決。ノア流のタッグ・ワーク、受けの強さも存分に感じられましたが、最後はエリック・ハマーの圧倒的な強さが光りましたね。彼にはもっといろいろな団体で活躍してほしいですね。これを機にノアに参戦するとか、ないですかね。

アレクサンダー大塚 vs アレクサンダー・ティモノフ
 秒殺。ある意味戦慄。興行全体の中では、こういう試合もありかな。前の試合とは好対照。このティモノフという選手、逮捕歴19回、懲役400年(笑)、ヒョードルからの刺客という触れ込みでしたが、いったいどういう格闘技歴があるのか、戦いっぷりを観ても、全くわかりませんでした。パンチ一発でKOという形でしたが、あれはパンチだったのか?でも、こういうロシアの謎の怪人みたいなのは、もう存在だけでゾクゾクしますから、また来てほしいですね。

藤波辰爾、紅白仮面 vs 初代タイガーマスク、ウルティモ・ドラゴン
 Xは紅白仮面。いったい彼の正体は…動きから推察しようと思いましたけれど、結局わからず仕舞いでした。そこそこの実力者と見ましたが。でも会場の盛り上がりという面では、こういうキャラもなんか懐かしく好感を持ちました。その他ベテランはいつも通り、しっかり見せるところは見せてお客さんを満足させていました。これまた、他の試合では感じられない空気があって良し。いやあ、変化に富んだいい興行だ。

ザ・プレデター vs キース・ハンソン
 いつも書いているように、こういうデッカイ化け物同士の対決がプロレスの醍醐味です。結果は意外と言えば意外でしたが、短い時間の中で、大きな会場のお客さんをこれだけ興奮させれば充分でしょう。大きくて動ける選手は絵になる。非日常空間を現出させてGJ!

20101203072澤田敦士 vs 潮崎豪
 注目の試合。潮崎がIGFに上がるなんて…そこで卍固めを繰り出すなんて…まさに夢のような光景。しかし、内容は予想通りの展開。潮崎余裕の勝利、澤田玉砕。ちょっと格が違いましたね。でも、澤田選手も悪くないんですよ。いつも書いているとおり、もっと経験を積ませてあげたい。ノアも少し考えてあげてもいいんじゃないでしょうか。それにしてもIGFの中での、あのノア的(馬場的とも言えるか)リズム、受けのプロレスは、なんか新鮮でしたね。宮戸さんや猪木(旧新日)信者はきっと嫌がるでしょうけれど。でも、プロレスって本当に奥が深くて、そして広いんですよ。これもまた立派なプロレスだと思います。

佐々木健介、中嶋勝彦 vs ボビー・ラシュリー、ハリケーン
 これまた名勝負。私はこういうの好きだなあ。予定調和と言われてもいいんです。昨日の秋吉敏子さんじゃないけれど、名人たちのセッションは、やっぱりすごいんです。基礎と経験がしっかりしているから、やっぱりそれがセッション、アンサンブルであっても「凄み」があるんですよねえ。WWEって本当にすごいですよ。基礎、経験、本当の実力がないと、世界を獲れませんよ。エンターテインメントだと言っても、やっぱりあのレベルになると、とても常人のなせる技ではない。そこにまた、味のある経験を積んでいる健介オフィスが絡んで、ものすごくいい試合になったと思います。子どもたちも興奮していました。

鈴川真一 vs モンターニャ・シウバ
 さて、そしてメイン。後半のこれまでの試合とは全く違う緊張感。これもまたプロレス。いい試合だったと思います。殴り合い蹴り合いの中に見える両者の闘魂と技術。鈴川選手の試合後の四股もいいんじゃないですか。両国に帰ってきて、しっかり生まれかわったところを見せられたのでは。実際、相撲の頃よりずっと稽古してると思いますし。そういう人生の重みを感じさせる好試合でした。ぐっと来ましたね。でも、鈴川選手はこれからですよ。まさにプロレスという大海に漕ぎ出したばかりですから。このままの戦いっぷりでは、勝ち続けてたとしても、お客さんを満足させられません。たとえば、今日リングに上がった全ての選手とシングルで闘ってもらいたい。プロレスリングの基礎が出来てきたら、ぜひ「プロレス」も勉強してほしいですね。

 というわけで、本当にいろいろなタイプのプロレスを堪能しました。ま、分かりやすく言えば二種類ですかね。すなわち、和田レフェリーが裁いた試合と、田山レフェリーが裁いた試合。この両方を観られるIGFというリングは実に面白い。それはまさにアントニオ猪木のプロレス史そのものだとも言えます。あるいは日本のプロレス史そのもの。私は本当にその全てが好きなんだなあと再確認しました。
 次回はゼッタイ会場で観戦します。蝶野選手と宮戸さんのタッグにも期待しています。来年はIGFがプロレス復興の先頭を走ることでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.12.02

『100年インタビュー ジャズピアニスト 秋吉敏子』 (NHK BShi)

Vlcsnap2010120308h43m06s165 い!軽妙だが重い言葉の数々。ジャズマスター秋吉敏子さんのインタビュー。
 途中演奏されたピアノソロもまた軽妙にして重厚。音楽の年輪の豊かさ、演奏家としての成長、ジャズとは、生きるとは…いろいろ考えさせられた番組でした。もうすぐ81歳ですって!?
 秋吉さんについては、たとえばこちらの記事で、私の勝手な感想などを書きましたけれど、案外それが外れていなかったなと思いました。そして、私の若い頃感じた違和感や虚無感を、彼女も、もちろんスケールとクオリティーは違えど、しっかり味わっていたのだなと確認し、なんとなく安心。
 音楽の年輪ということで言えば、想像されたとおり、次のような言葉が発せられていました。
「若い頃の方がメカニックは優れていた。しかし、音楽的内容は今の方がいい。楽器をこなすことが必ずしも音楽にはならない。音も今の方がいい。たとえばバラードで音自体に一つ一つに意味を持たせることができるようになった」
 なるほど、すごいですね。そして、そうした、ある意味自然体の成長を影には、日頃のたゆまぬ訓練があったと言います。宮本武蔵の「五輪書」を愛読するという秋吉さん、あの境地を理想としているようです。
 また、音楽の本質をつくような言葉としては、こういうものがありました。
 「ジャズはアバウト・ライフ。経験のトータル。日常で考えたことをステージで表現する。政策は変えられないけれど、ジャズ語で記録する。自分の胸をタッチしたものを表したい。共有しているテーマ、自分に忠実であるものが他の人と共通するようなものを生み出せればいい」
 素晴らしいですね。
 そして、人生について考えさせられる言葉たち。
 「理想へは到達できないが、常に前進、それが人生。We can't win. But you can try. 一生懸命やらねば自分の可能性はわからない。それをするのが自分に対する義務であり親切。Be kind to yourself.」
 あと、ちょっと個人的に面白いなと思ったのは、彼女が「日本の音楽は横に流れる。西洋音楽は縦」と言ったことです。ん?と思いました。しかし、のちに「なるほど」と得心しました。
 そう、私は一瞬、武満徹の言葉を思い出したんです。こちらにありますように、彼は「洋楽の音は水平に歩行する。だが尺八の音は垂直に樹のように起る」と表現しました。まるで逆、反対、矛盾するような気がしますよね。しかし、これって、実は同じことを違う角度から言っているんです。東西の音楽にお詳しい方には理解できると思います。
 お二人とも、言葉での表現も大変お上手ですが、やはり、言葉には言葉の限界というものがあります。一瞬でもこうして矛盾してしまうんですからね。お二人ともに、きっと言葉で表現するよりも、音楽で表現される方がお得意だったのでしょう。そちらの方が自然なのでしょうし。
Vlcsnap2010120311h15m21s2 それにしても、秋吉さん、大変お元気で、そして相変わらずバイタリティーがものすごい。言葉と演奏を聴いているだけで、すっかり私も元気になってしまいました。歳をとるというのは、実に素晴らしいことですね。アンチエイジングなんてクソ喰らえですよ(笑)。
 なにしろ、この秋吉さんでさえ、音楽や演奏や人生の本質に気づいたのは、ここ20年のことだと言います。80歳の方のここ20年ですからね。私なんて、本当にまだまだワカゾウですよ。
 そういう意味で、感じたのは、昨日の本にも通じますが、最終的には、いかに自己を捨てつつ自己の土台を築くかということですね。秋吉さんの土台は、日本人としての経験と、ジャズ・ジャイアンツと共演したという経験です(+もちろん、母親としての経験なども含まれます)。
 これらって、考えてみますと、ある意味他力的なんですよね。経験とは環境から得たモノであるとも言える。自分で考えたことよりも、外界との関係の中で生じた「モノ」なんです。ここでも、やはり究極は「コト(自己・内部)よりモノ(他者・外部)」だなと。
 そして、それを実現するには、自己のあがき、日々の思索や研鑽、すなわち「コトを為す」という仕事(シゴト)が必要なのです。だから、「コトを窮めてモノに至る」と。
 彼女が、こうしてジャズ・ジャイアンツと並ぶマスターになれたのには、「モノ」を感じて、それを表現して語る力が優れていたからです。
 その点、実に面白いなと思ったのは、彼女が幼い頃から、「頭がシンプル」だったということです。これもまた、昨日の本の内容にも通じる事実でした。「頭」(ワタクシ流に言うと「コト」の主体)が余計なことをせずに、つまり、環境(モノ)に身をまかせることを妨げずにいてくれたのです。泉谷さん流に言えば、自然とつながった「心=体」という「本当の自分」が主体となって行動してきたということです。なるほど、ですね。
 だからこそ、「ジャズに恩返し」という言葉も出てくるのでしょう。
 このように、いろいろな意味で勉強になり、またまた共鳴できる90分間でした。最後に演奏された「HOPE」…本当に心を打つ「音」でした。タッチのミスとか、そういう次元ではない、意味のある音が紡ぎ出されていました。つまずきながら、どもりながらの言葉でも、その中身が本物なら、心に響くのです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010.12.01

『「普通がいい」という病』 泉谷閑示 (講談社現代新書)

「自分を取りもどす」10講
M_untitled1 晴らしい本。必読。ここ数年で読んだ本の中では間違いなくベスト3に入ります。
 全ての人に読んでいただきたいですね。医療、教育、福祉関係のお仕事をしている方にはもちろん、親としても大変有益ですし、なんといっても、今、この「不自然」な現代社会の中で、「違和感」を抱きながら何かと日々闘っている、つまり生きにくさに苦しんでいる人たち(実はほとんど全ての現代人がそれに当てはまるでしょう)に読んでいただきたい。
 そして、みんなで、本当の自分のあり方と、正しい世の中のあり方について、しっかり考え、そして手を取り合って、あきらめずに、自分を他者を世界を変えていきたいものです。
 ちょうどおとといディスレクシア(失読症)について書きましたね。いったい、何が「普通」で何が「正常」なのか。私たちが「普通」とか「正常」とか「健全」とか言っているもの、「異常」とか「〜症」とか「心の病」とか言っているものって、本当は…。
 細かい内容の紹介や一般的な評価については、ぜひ Amazon のレビューをご覧下さい。実際非常に評価が高く、またたしかにたくさんの方に読まれたようですね。
 ここでは、私は私なりの紹介のしかたをしたいと思います。かなり個人的な内容ですが。
 この本には、私が教師をやりながら、日々現実と格闘する生徒たちと共に学んできたこと、独自の日本語論、日本文化論である「モノ・コト論」を通じて考えてきたこと、出口王仁三郎の語る日本古来の「一霊四魂」や「霊主体従」、あるいは幽閉された「艮の金神」の復権などを通じて考えてきたこと、禅を通じて体感してきた「不二」「無我」「空」「他力」、音楽を通じて学び考えてきた世界観など、いろいろなものが全て見事に凝縮され、わかりやすく解説されていたように感じました。
 特に、ワタクシ流に言う「コト(脳で処理された世界)よりもモノ(脳で処理される以前の世界)」、「コトを窮めてモノに至る」という茫漠とした世界観、時代観が、ものすごく鮮明に(もちろん私とは全く違う表現ですが)描かれていたことに驚きました。
 ですから、勉強になったという感動よりも、「共感」「共鳴」「共振」の感動が大きかったのです。そして、泉谷さんの「智慧」、「徳」のようなものに感心させられました。
 私がワケも分からず、あるいは分かってもらおうともせずに、このブログに書き散らしてきたことが、こうして一般性、普遍性をもって示されるとは…悔しいよりも、とてもうれしいのです。
 平易簡明にして至り尽くした文体、見えないモノを見せる様々な図、そして豊かで的確な引用。本というのは、いやプレゼンテーション全ては、こうあるべきでしょうね。
 そう、この方はただ頭がいいだけではない。もちろん、この難しいこと、目に見えにくいことを、これだけわかりやすく語ることができるのは、彼の優れた認識力と表現力、豊かな学識と経験がベースとなっていることでしょう。
 しかし、それにとどまらず、人と人の心や魂と接する仕事をする者としての、本質的な魂のあり方、志の持ち方、そういうものが、そこに加わっていることが、この本の魅力を倍増させているのです。
 さてさて、ここで意外の事実を書きましょう。私がこの本と出会うきっかけとなったことです。全くいろいろ不思議なことが起きます。
 実は、私が泉谷さんに興味を持ったのは、ある音楽がきっかけだったのです。その曲を聴いた時、この作曲者(泉谷さん)はタダモノではない!と直感したのです。
 その曲とは、なんと「横手市民歌」です。秋田県の横手市が市町村合併で大きくなり、新横手市になったのを記念して、新しい「市民歌」を作ることになりました。その歌詞は公募されまして、応募総数230点の中から選ばれたのが、なんと、私のカミさんのお父さんの「詩」だったのです。
 義父は長くお隣の羽後町で暮らしていましたが、いろいろな事情から、数年前に新横手市に含まれた十文字町に引っ越しました。そこで、豊かな自然や産業、そして当地の温かい人たちに囲まれる中で、横手の四季を読み込んだ詩を作って応募したというわけです。それが見事最優秀になったと。これはこれですごいことです。
 そして、その詩に曲を付けたのが、十文字出身で、現在東京で精神科医として御活躍の泉谷閑示さんだったのです。
 いちおう音楽をずっとやってきた私としては、義父の詩にどんなメロディーが乗せられるのか、非常に興味がありました。そして出来上がった曲のCDを電話口で聴かせてもらった時、「おお!これはいい曲だ!」と思ったのです。ある意味、期待を裏切る、期待以上の、想定以上の音楽でした。
 その後秋田の両親がCDを送ってくれまして、またじっくり聴いてみましたが、やはりなかなか素晴らしい。いったいどんな経歴の持ち主なのだろう、音楽をどのように勉強した方だろうと思い、調べてみると…。
 そして、この本との出会いに至ったわけです。これはもう運命ですね。そうなるべくして、そうなったとしか思えません。このタイミングで、この本に出会えたのは、奇跡ではなく、運命、必然です。
 自分自身の自分なりの成熟度からしても、このタイミングしかなかったと思います。本当に不思議ですし、なんといっても、素晴らしい詩を書いてくれた義父に感謝したいと思います。
 ちなみに泉谷さんは、精神科医としての仕事を投げ打って、フランスの音楽院に留学した経歴をお持ちでした。この本を読んで、彼が単なる精神科医でも単なる音楽家でもない、とても聡明で豊かて「人」であることが確認できました。
 きっと、私は彼の音楽の中に、それを直感的に聴き取ったのでしょう。きっと、私の中の「本当の自分」が、泉谷さんの「本当の自分」とつながったのでしょうね。それがまた音楽の魅力でもあるわけです。
 私は間違っていなかったのだ…本の方からも、私の中の「本当の自分」は勇気づけられました。とにかく一読をおススメします。もう私がなにをか言わんや。いつかご本人にお会いしてお話してみたいものです。ちなみに義父らは、記念式典でお会いしたとのことです。

Amazon 「普通がいい」という病

楽天ブックス 「普通がいい」という病

横手市民歌のページ

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »