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2010.11.05

「志」を持つと「変」になる

20101106_63417_2 課後、はるばる東京から某教育系企業の方が来校されました。さあそこから大教育論議が始まりまして、結局3時間半近く激論を戦わせました。
 いや、ケンカしたわけじゃないんですよ。私は、こと教育や宗教や経済に関することについては、人とケンカする、いやいや、ケンカというわけではないな、折伏する?…ちゃうちゃう、まあやっぱり議論ですな…意見をぶつけ合うことが多い。
 で、日常の会話なんかからして、今回の方とも真っ向から意見がぶつかるのではと、周りの先生方は心配、いやいや楽しみにしていたようです。が、しかし、意外や意外、かなりの部分で意気投合してしまったんですよ。
 現代の教育についてですねえ。受験一辺倒、偏差値一辺倒、経営一辺倒の学校や塾に対する不満。そして日本という国への不安。寺子屋教育の復権。家庭教育や自習について。
 実際、彼らの教室に通っている生徒には、ある種の特性というか、特徴というか、まあもちろんいい部分もたくさんあるわけですが、多少懸念される「症状」のようなものがあることを、私たち学校のセンセイは経験的に知っています。それが、どちらかというと、負のイメージで語られることが多いんですね、学校現場では。「く○ん病」とか言ってね。
 ところが、今日じっくり話してみると、たしかに私の知らないこともたくさんあり(特に国語の教材の良さ)、また根っこの部分、まあ簡単に言うと、いわゆる現代の教育についての憂いなんかは、かなり共通していることがわかりました。やっぱり知ったかぶりで語るのはよくないな。対面して言葉をぶつけ合わないと。
 先方もかなり感じるところがあったのでしょう、最後はタイムリミットでお開きになってしまいましたけど、妙に立ち去りがたい雰囲気を醸しておりました。お互いに。ま、共鳴っていうやつでしょうね。アンサンブル。噛み合うところと、微妙に噛み合わないところのバランスが面白く刺激的でした。プロレスだとしたら、初対決で名勝負みたいな(笑)。
 結局なんていいますかね、「志」だと思うんですよ。市場経済の原理に呑まれない「志」。本気で子どもたちのためを思っているか。方法論はまあいろいろでいいんですよ。ただ、世の中の誤った流れに迎合しないで、創始者の「志」をしっかり継いでいけるか。温故知新の上の不易流行。
 彼らの教材って、とにかく「理解」よりも「体験」、「理屈」よりも「慣れ」です。徹底しています。考えてみると、それって「禅」の思想というかシステムと全く同じなんですよね。
 ただ、禅もそうなんですけれど、体験後の「気づき」があるかどうか、その方は「腑におちる」という表現を使ってらっしゃいましたが、そういう次のステップに行けるかどうか、そこをまたどうアシストしフォローしてあげられるか。そこになると、実は彼らも私たちも多少心細く頼りないところがあるんです。そこは本人任せみたいな。
 難しいところですね。まあ、それこそが教育の難しさの原点でありましょう。私だって半世紀近くかかって「腑におちた」、あるいは「合点がいった」ことがたくさんあるくらいですから。もちろん死ぬまで分からないこともたくさんあるでしょうし。
 結局「先生」の個人力によるのでしょうしね。彼らなんかフランチャイズですから、そのあたりはウチなんかよりずっとずっと難しいでしょう。
 それにしても、今日お話してみましてね、最終的に感じたのは、「志」を持つと「変」になるということです。どういうことかと言いますと、正しいことを信念を持ってやっていると、世間からは浮いてしまうということです。変わり者になっちゃうということです。
 彼らも私たちも、業界では相当の変わり者だと思いますよ。自分たちは「志」を持って理想を追求し、当たり前に正しいことをやっているつもりなんですが、はたから見るとかなり「変」なんです。まあそれでもお互いにちゃんと需要があってつぶれないでいるわけですからね、最後は愛が勝つ…じゃなくて最後は正義が勝つと信じてこれからもお互いやっていきましょうと。
 もちろん、言うべきことはしっかり言ってさしあげました。本校の入試問題を見れば分かるとおり、ウチはく○ん的な能力だけを評価する学校ではありません。あれは様々な「学力」の一部に過ぎないと考えています。ああいう能力はもちろんプラスにはなりこそすれ、マイナスにはなりませんが。
 く○んで訓練された子どもたちが不利にならないようにというお話を頂戴しましたが、私は我が校のポリシーをお伝えし、そして「入試をチャンスととらえてもう一つの能力も身につけて臨ませてやってください」と申し上げました。試合は私の勝ちだったかな(笑)。

「志」を持つと「変」になる…その2

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教育」カテゴリの記事

コメント

先生こんにちは!
ワタシの自宅の裏に例の教室があり、多くの子供達が通っています。
うちの子たちはデキるほうではないですが、ワタシの考えがあり、通わせていません。
それに一教科ウン千円…ムリムリ。
中学の時の部活の顧問の先生が かなり「変」でして、授業より先に進めてしまう塾やお稽古に警笛を鳴らしていました。
もう知ってるし。
と 授業を聞かず、結果的に進んでいたはずがついていけなくなってしまう。予習は目を通せば結構。復習をしっかりしなさい。

う〜ん、と納得。
正にそういう友達がいたのです。

いや〜 討論 傍聴したかった〜!!!

投稿: さお | 2010.11.06 13:21

こんばんは。さお様も言われておられますが、
私も討論聞きたかったです!

実際学生の時に通っていましたし(まだ今ほど浸透してない初期に近い頃です)卒業(?)してから複数の教室でアシスタントをさせて頂く機会もあり、そして自分の子供を通わせていました。

私が始めたのは親の諸事情による所が大きいですが、プラスになっている部分は確かにあります。
でも、親として子供を通わせてみて、ウチの子供には
プラスもありましたが、マイナスもついてきてしまいました・・・。

難しいですね・・・。

投稿: さつき | 2010.11.06 21:51

先生,こんばんは。

『志』を持つと『変』になる・・・。 
私も少しそういう所があるので,ドキッとしました。
たまに,自分だけがオカシイんじゃないかと悩む時があるのですが,先生のブログを読んでいると「そうでもないかな〜。」と、安心しました!(笑)

ほんと,いつもありがとうございます!!


投稿: 松原恵子 | 2010.11.07 18:57

皆さん、コメントありがとうございます!
なにごとにもプラスとマイナスはありますし、完璧な何かってありえませんからね。
いいものはいい、悪いものは悪い、学ぶべき点は謙虚に学ぼうと思います。
いずれにせよ、「志」を曲げずにやっていることにはそれなりの価値があり、そういうものはいろいろバッシングがあっても、生き残っていきますよね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.11.09 15:20

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