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2010.10.16

プロフェッショナル 仕事の流儀 『松本人志スペシャル』 (NHK)

Main2 日の「MHK」がちょっと微妙だったので、ある意味興味を持って見たこの番組。特に大きな発見はありませんでしたが、再確認したことは多々あり。
 私、お笑いに対する憧れというのは常にあります。仕事柄、人を笑わすことが比較的多いかもしれませんね。毎日がステージですから。
 教師、先生と「お笑い」の関係はあまり取りざたされることはありませんね。しかし、考えてみると、印象に残っている先生、あるいはある種の「いい先生」は、芸人並みに面白い人物であることが多いですね。
 まあ、自分はそこまで行かなくとも、教育に、あるいは学校に「笑い」はとても大切だと思っています。生徒を引きつけておくためには、やはりそういう能力もなければなりませんし、現場の雰囲気としても、常に笑顔に満ちあふれさせておきたいですし。
 で、自分の教室や職員室での「笑い」を客観的に考察してみますと、「下ネタ」「自虐ネタ」「失礼ネタ」が多いような気がしますね。
 いや、笑いの本質はたいがいそんなところにあるんだと思います。芸人さんの笑いもたいがいそんなあたりに落ち着きます。
 そこに何か加えるとしたら、「知的ネタ」と「ナンセンス」かもしれませんね。
 よく仕込まれた構築性の高いネタ、濃密なシナリオのコントや、謎かけのような言葉遊びは「知的ネタ」に属するでしょう。
 そして、全く予想外なこと、理屈に合わない面白さが「ナンセンス」でしょうか。
 松本人志さんはこの「知的ネタ」と「ナンセンス」が得意な芸人さんだと思います。あるいは「知的ナンセンス」とでも言いましょうかね。そういう独自の世界を持っています。
 「知的笑い」と言えば、北野武…いやビートたけし、爆笑問題の太田光、ラーメンズの小林賢太郎なんかが思い出されますね。
 彼らや松本さんに共通して感じられるのは、今日の番組内でも語られていましたけれど、「芸術」との関係(の難しさ)でしょう。たけしはその点上手で、芸術家北野武と芸人ビートたけしをしっかり使い分けていますね。あとの人はそこがごっちゃになってしまって苦しんでいる感じもする。
 太田も言ってましたが、「芸術」は例えば即時的には自己満足であっても、100年後に認められればいいという、ある種のモラトリアムがあるんですよね。「芸」はその点、まずは即時的でなければならない。そして、その芸人さんの人生の長さくらいの長期で見れば、それは即時の連続ではダメで、100年後にも語り継がれるようなものでなければなりません。
 たけしはだからうまいし賢かったのです。使い分けることによって、両方を手に入れてしまったし、両方を手に入れてからは、それらをごっちゃにして新しい「知的笑い」や「笑い的知」さえ作り出してしまった。
 その点、まっちゃんはまだまだ苦しんでいましたね。その苦しみを露骨に見せてしまったのが、昨日の「MHK」だったと思いますよ。MHK…いや、NHKは「お笑い」に関してはけっこう残酷なんです。なぜなら、NHKは民放ではないからです(当たり前だ…笑)。
 民放は芸人にとっては安らかな場所でもあるんです。とりあえず「即時的」であることを許してくれる環境だからです。芸人としては、あくまで「ニーズ」に答えるのが優先されますからね。
 しかしNHKは無言で「芸術性」を求めてきます。NHKという存在、環境、歴史自体が「刹那性」を否定してきます。
 そうするとみんな構えちゃうんでしょうかね。小林賢太郎テレビの時もそうでしたし、サラリーマンNEOボーナススペシャル(ウッチャン登場)の時も感じたんですけれど、どうも「微妙」な感じになっちゃうんですよねえ。
 いつものNEOみたいに、集団で「NHK流」に徹したものはいいんですが、個人がNHKと対峙するとどうしても苦しくなる。
 きっとNHKは彼らの「知」に期待して番組を作るんですよね。で、それに応える芸人さんも「知」で勝負しようとする。そうすると、いわば「エセ芸術」「中途半端芸」みたいなことになっちゃうんですよ。
 番組内で松本さんは「シロウトに圧倒的な差を見せつける」というようなことをおっしゃっていましたが、ある意味、NHKでの彼らは「シロウト」側になってしまうんですよ。おそろしい。
 その点、志村けんという人は本当にすごいと思います。彼にはもちろん「知」はありますが、そこに走りすぎなかった。タモリも芸に関してはそういうところがありましたかね。彼はある意味芸人を捨てたわけでして。
 ま、簡単に言っちゃうと、芸人は「哲学者」になっちゃいけないってことかな。芸術家然するのはまあいいけれども、哲学者の表情を見せちゃいけない。見せるなら別の名前でっていうことでしょう。今日の松本さんは「哲学者」の顔になってしまっていた。
 ところで、今日あらためて感じたこと。
 大人の「笑い」は子どもの頃の哀しみを昇華したものである。
 たけしも太田もまっちゃんも、みんなコンプレックスの塊ですからね。
 ウチのカミさんは、正直とっても面白い人で、「笑い」をとれる人なんですが、その基礎は「悲惨な幼少期」にあります(笑)。これは自他ともに認めるところです。私にはもしかすると、そういう部分が多少足りないかもしれません。残念です。

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コメント

前略    薀恥庵御亭主  様

「笑い」は「残酷」ですね。

愚僧が一番笑うのは・・・
「人の失態」です。笑

愚僧の独断ですが・・・ 時代劇
「素浪人花山大吉」の
中で「笑い」は完成しています。

それ以上の「笑い」は不可能だと
感じています。

近衛十四郎と品川隆二のコンビは
無敵なのです。笑

いやぁぁぁ・・・
俺もホント・・・「馬鹿」ですね。

変態×

失態おじさん        拝

投稿: 合唱おじさん | 2010.10.17 11:28

合唱おじさん、こんにちは。
残酷だから笑えるんですよね。
そういう笑いが最近少なくなってもいます。
残酷がいけないものだされるからでしょうね。
私の生徒に対する笑いもけっこう残酷ですよ。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.10.19 15:52

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