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2010.10.22

『江戸の教育力』 高橋敏 (ちくま新書)

48006398 日は中学の募集説明会がありました。勉強はもちろん、いかに「生」の体験をする機会が多いかアピールしたつもりです。
 説明会が始まる前に、校長先生といろいろお話しました。校長先生、昨日たいへん面白い講演を聴いてきたとのこと。講演者は江戸東京博物館の館長さん。江戸の教育や文化の素晴らしさを楽しくお話されたようです。
 私、ちょうどこの本を読んでいました(なぜかカミさんが買ってキッチンにあった)ので、興味津々でした。学問と実学、文化、人間力、読書、そして笑顔…たしかに理想的な教育の姿がそこにありますね。
 それから、昨日再放送されていたNHKの「COOL JAPAN〜学校」を観たあとでしたから、まさにいろいろ重なったんですよねえ。この番組では、諸外国の人たちが日本の学校(教育)を「cool!」と評していました。
 どこがクールかと言うなら、やはり、学問と実学の両立、人間力や人格の形成にまで学校が関わること、そして集団としての結束力の強さでしょうかね。ベスト・オブ・クールは「高校の文化祭」でした。夏休みをつぶしてまで準備し、当日に成果を燃焼させ、涙のフィナーレを迎える、そんな「青春像」が、外国の方からするとかなり新鮮だったようです。
 そういう現代の全ての要素が、実は江戸時代、あるいはそれ以前中世から形成されていたのです。それを実際の史料をもとに実証的に紹介しているのがこの本。
 う〜む、これはかなり高度な新書ですね。ほとんど学術論文です。読むのに難渋するほどです。ある意味、これほどの内容の書物が、「新書」という形で出版され、そして我々庶民が本屋で手にして購入し、そしてそして、台所に野菜や卵とともに並んでいるという事態自体が、江戸以来の日本の教育水準の高さを証明しているかもしれません(?)。いや、まじでそうかも。
 「文字教育と非文字教育のゆるやかな結合」こそ、日本の教育の原点であり、そして特長でありましょう。COOL JAPANでも外国人の皆さんがさかんに驚いていましたっけ。家庭科や技術科や音楽や農業高校などにおけるあれねば体験的な学習は諸外国にはないようです。日本じゃ当たり前ですけどね。
 それでも、近代日本の教育はずいぶんと西欧化してしまったんですよね。校長先生というか館長さんもおっしゃっていたように、明治維新後の教育改革は、江戸以前の教育を否定するところから始まりましたから。
 しかし、それがもたらした様々な弊害については、もうここで語るまでもないと思います。そして、そうした国策としての教育は、公教育が担ってきたわけですね。逆に否定されたのは「寺子屋」教育、すなわち私教育だったわけです。
 そういう文脈から言っても、これからは「私学」が見直されるべきだと思うんですよね。私学人だからそう思うのではなく、一人の日本人として純粋にそういうふうに思います。
 社会が積極的に個人の人生に関与するのが、日本本来のあり方だったはずです。単なる懐古主義ではなく、歴史が…すなわち人々の人生の集積が…作り上げ、発見してきた「智恵」をもう一度しっかり見つめたいのです。隠蔽、幽閉されてしまった「智恵」を再発見しなくてはいけない時が来ているのです。
 学校や教育を取り巻く環境は、今とても厳しい。マスコミによるある種西欧的な「人権」や「個人」の尊重(その行為自体が商業的なのですが)によって、私たち教師は苦境に立たされています。こんな時だからこそ、日本人としての「歴史的事実」に基づく反論を試みるべきだと思うんですよね。
 そういう意味で、今、こうした江戸以前の「私教育」についていろいろ調べています。もちろん「江戸」という都会だけではありません。この本でもどちらかというと地方の方が多く取り上げられていますが、当時の地方の文化的水準の高さは、実は現代の我々の想像以上のものがあるんです。
 私の住むここ富士北麓地方も、今は正直あまり教育的、文化的ではありませんが、幕末以前は非常に私教育が盛んだったようです。
 私たち現代人も、そうした真に勉強熱心だった「師匠」と「筆子」の精神と関係を取り戻さねばならないかもしれませんね。

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コメント

松下村塾は、修復された建物が今も萩市に残っているのですが、最初見たときびっくりしましたね、あまりの小ささに。
もうですね、
「関係ねぇな! いろんな意味で。」
と、思いましたね。
その狭い空間での密接かつ濃密な師と弟子の時間に思いを馳せると、不思議とこちらにも熱いものがこみ上げてくるようでした。

投稿: LUKE | 2010.10.23 18:26

前略    薀恥庵御亭主 様

原則 「読み書きそろばん」が
教育の「柱」となります。

「拙者」の場合・・・
「愚僧」の場合・・・

●「仏教漢文」も苦手

●「楷書・行書・草書・隷書」
 すべて苦手・・・

●「そろばん」は得意?。 笑

愚僧も「寺子屋」に通います。

合唱おじさん       拝

投稿: 合唱おじさん | 2010.10.23 20:11

LUKEさん、その狭さがポイントなんでしょうね。
わかりますよ、教育は恋愛に近いですから(笑)。

合唱おじさん様、こんばんは。
私もほとんど一緒ですね。
最近はそろばんも忘れてしまいました。
ぜひ寺子屋ごいっしょしましょう。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.10.25 18:36

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