愛妻からみた素顔の三沢光晴―LAST BUMP』 丸井乙生 (ベースボールマガジン社)
ようやく読み終えました。あの日から16ヶ月。この本を買ってから3ヶ月。やっとのことで、三沢さんの死を受け入れることができたのかもしれません。
もちろん今でも、なんで…という気持ちはあります。しかし、一方で「本当にお疲れさまでした」という、一種の安堵にも似た気持ちがあるのも事実です。あまりに過酷で、あまりに正直で、あまりに誠実で、あまりに自己犠牲のすぎた人生でしたから。
リングの上では、まさに歴史に残る天才であり偉大なレスラーであった三沢光晴。そして、組織の中では、これまた尊敬される社長であった三沢光晴さん。
彼はまさに「バンプ(受け身)」を取り続けた人間であったのかもしれません。美しい受け身を。
プロレスに内在する「受けの美学」あるいは「受け切る強さ」を、言葉として世の中に認知させたのは、三沢選手の功績だったと思います。これによって、プロレスはスポーツやエンターテインメントから芸術に昇華されたと言っても過言ではありません。
社長業においても、彼は常に上手な受けと攻めのバランスを保っていました。特に「守り」を超えた「受け」は、ビジネスの部分でも、ある種の「美しさ」を感じさせるものがありました。
そんな三沢さんを、男として心から尊敬し、師匠として慕っている私ですが、この本によって、そんな神格化された三沢さんを、本当に身近な「男」として感じることができたと思います。
ある意味月並みな表現となってしまいますが、外から見た三沢さんの姿の裏側にある「人間三澤光晴」を見た気がするのです。そして安堵したのです。
もちろん、肉親を失った奥様やお子さんの気持ちを忖度するに、軽々しく「安心した」などと言うべきでないことも分かっています。この本が世に出るにあたっての、奥様のいろいろな葛藤も充分に想像できます。
しかし、一人の男として、一人の社会人として、一人の父親として、一人の夫として、敬意とともにある種の親近感を覚え、それが「安堵」につながったのも事実であると言いたい。
やはり家庭での三澤光晴は、ある意味「男の弱さ」を持っていました。彼にも、妻に対する甘え…それはすなわち母性への思慕に帰着するものだと思いますが…が人一倍あったのです。
愛情深い反面、わがままで、子供っぽい三澤光晴の姿に、男の私は安心したんでしょうね。仕事の上では、つまり社会人としては、とてもとても追いつけない遠い存在でしたが、家庭人としては、案外自分と同じレベルではないか。ここでも、差を見せつけられたら、もう男として立つ瀬がないところでした。
以前紹介した香山リカさん発行の『ドンマイドンマイッ!』にも、ある種の「人間三沢光晴」が表現されていましたけれど、あれはあれで、やはり「社会」に向けての「三沢光晴」の一部だったと思います。それももちろん、非常に大切な部分です。
一方こちらは、まさに「三澤光晴」本人の素の姿という意味で貴重な内容でした。よそゆきでない、かっこいいけど、ちょっとかっこわるい父ちゃんがそこにいました。
辛く苦しい日々を送っていた真由美夫人から、これだけの言葉や風景を引きだしたのは、著者の丸井さんの功績ですね。サムライTVに丸井さんが出演されたのを拝見しましたが、やはり女性どうしの、そしてお互い辛いことがあったどうしの共感があったからこそ、こういう素晴らしい本が出来上がったのだと思います。
変な話ですが、私が今死んだら、これほど語ることがありますかね。仕事においても家庭においても。今、私は三沢さんの亡くなった年齢です。今、私が死んでも、誰にも「お疲れさま」なんて言われないだろうなあ。もちろん自分自身にも。
もっともっと私も、男としてこの世に「風景」や「言葉」を残していかなければならないと思いました。「受けの美学」「受け切る強さ」を体現していかなければ。相手の個性を活かし、伸ばし、輝かせる…そういう「バンプ」を身につけたいものです。
そうか、三沢さんは優れた教育者だったのだ!命懸けでみんなを育てたんだ。
そして最後に、一言付け加えておきましょう。この本を読んだ方なら皆気づくことでしょう。最高の受け身の名手は真由美夫人であったことを。
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