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2010.10.31

ランペのAIR

Rampesiegbert2 ばらく音楽ネタが続きますよ。
 昨日の八ヶ岳に続き、今日は東京でバッハなどを演奏。3日のコンサートの最終練習でした。
 今回私は、この前生徒も弾いたパッヘルベルのカノン(&ジーグ)と、有名なG線上のアリアの原曲が入っているバッハの管弦楽組曲3番を弾きます。
 もちろん古楽器ですから、それなりのそれらしい解釈となっています。両曲とも、いわゆる名曲集のCDに収められているような演奏に比べると、ずいぶんと違う味わいになっていると思います(たとえばテンポが速いとか)。
 特に管弦楽組曲は、トランペットとティンパニの入っていない「初期稿」を使って演奏します。ただし、2本のオーボエをトランペットの代わりに入れるというオリジナル(独自)なアレンジも施してありますから、ある意味では世界初演ということになるでしょう。
 ランペによる初期型の管弦楽組曲の録音については、以前こちらで紹介しました。なかなか刺激的ないい演奏でした。
 ちょうど今回一緒に演奏するヴィオラ・ダ・ガンバ奏者の方が、団体のホームページでより詳しくこのアルバムを紹介していますので、そちらもぜひお読み下さい(こちら)。
 そのランペ指揮ノヴァ・ストラヴァガンツァの演奏の中でも、けっこうインパクトが強いのが「AIR」です。そう、G線上のアリアの原曲ですね。
 この曲はあまりに有名な曲ですけど、その前半と後半のそれぞれの繰り返しにおいて、ランペはかなり派手で過激な装飾…いや装飾を超えて編曲…いや編曲を超えて作曲を行なっています。
 当時の習慣としてそういうことも当然ありだと思いますけれど、ただやたらにやればいいというものでもなく、当然センスが問われるわけですね。バッハにケンカ売るようなものですから(笑)。
 あっそうそう、今日ちょうど坂本龍一さんの「schola 音楽の学校」の再放送で、「バッハ〜通奏低音」の回をやってたんですよね。
 まさにこのAIRの通奏低音の上に子どもたちが自由にメロディーを作るというワークショップをやっていました。なかなか面白い試みです。ポップス風あり、沖縄風あり、ロック風あり。
 それと全く同じ発想で、いや他のパートはそのままだから、ちょっと違うかもしれませんね、でも基本同じように別の「アリア(歌)」を作ってしまったのが、このランペの録音です。
 それがですねえ、けっこうセンスいいんですよねえ。私もいろいろ考えたことがありましたけれど、これはしてやられたという感じでした。う〜む、そう来たか。そこまでやったか。
 というわけで、今日はそれを聴いていただきましょう。

ランペのAIR

 ピッチもかなり低いのでハ長調に聞こえますね。それこそG線上のアリアのようです(あれはハ長調に編曲されています)。
 前半後半とも1回目は楽譜通りの演奏です。繰り返しのあと、1stヴァイオリンはかなり自由に動いていますね。ジャズも顔負けの自由度です。ま、バロック音楽は、いわゆるクラシック音楽よりもジャズに近いのですが。
 ちなみに今回の我々の演奏はいたってオーソドックスに、繰り返し後も基本楽譜通り弾きますよ。1stヴァイオリン二人ですし、それぞれが即興やったらさすがに大変なことになるでしょう。
 ん?そう言えば、ヴィオラは私一人だな。ということは、本番何やってもいいってことでしょうか?
 さあ、それは本番のお楽しみということで。ぜひご来場ください。

Amazon J.S.Bach The Early Overture


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2010.10.30

目覚めよ!

↓click!
20101030_b ヶ岳中央高原キリスト教会での「カンターテ・ドミノ」演奏会が無事終了。台風接近の中にも関わらずたくさんのお客様に聴いていただき感謝感謝です。
 私自身といたしましては、昨日遅くまで呑みすぎたため、まさに自らに「目覚めよ!」と呼び続けた一日でありましたが(苦笑)。
 まあ、そのおかげで、バッハのカンタータ「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」の演奏はうまく行きました(?)。いやあ、いい曲でしたなあ。演奏しながら感動できるって幸せですよね。
 先日の「中学生の合唱」から、今度は本格的な合唱団や声楽のプロの方々との共演。やはりこれもまた素晴らしい体験ですね。
 この前のopt&tcsのコンサートもそうでしたが、とにかく楽器奏者にとってですね、こうして「歌」と共演するのは、最も勉強になるんです。
 特に今回は指揮者の片野耕喜先生の、テキストの意味に沿った発音や言葉の響かせ方の指導が心に残りましたね。ドイツ語ってきれいだなあ…と思いました。
 片野先生のユーモアあふれる、そして適切な比喩による指導は、いつも感心します。テノール歌手としてももちろん第一人者でありますが、研究者、教育者としての魅力も満載の方です。高いレベルでの音楽作りとああいう温かい雰囲気を両立するのはなかなか難しいものなんですよね。教育や音楽やスポーツに関する全ての指導にそのことは言えるのです。
 それにしてもバッハの音楽ってすごい。毎度のことですけど、やっぱり特別ですね。特にああやってカンタータの真ん中にいて、皆さんと一緒にその世界を作り上げている瞬間の感動というか心の震えは格別ですね。
 これはおそらく「信仰」の根源的な形だと思います。いつも書いているように、かの出口王仁三郎が言った「芸術は宗教の母」というのを、言葉を超えて(つまり「はじめに言葉ありき」以前の)体験しているのだと思います。それだけでも私は幸せな人間です。
 そういったライヴな感動からは遠いかもしれませんが、皆さんにもこの名曲を体験していただきたく思います。コープマンの指揮による演奏の映像がありましたので、ぜひどうぞ(レチがありませんが)。

 12月18日にも、もう一度この曲を演奏します。お近くの方はぜひどうぞ。

20101218


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2010.10.29

スパラ!

88660b03bff841c3bcc1a8f4847b2654 日は保護者会がありまして、全体会で文化部の発表が行われました。我が弦楽合奏部も2ヶ月ぶりのステージ。デビューではパッヘルベルのカノン特別版を演奏しましたが、今回は…いや実は今回もカノン特別版でした(笑)。この前は8分音符までをうまく編曲してごまかしましたが、今回は16分音符まではうまいこと編曲して6分くらいの長さにしてみました。
 体育館の舞台での演奏ということで音量が心配だったのですが、彼らだいぶ楽器を鳴らせるようになってきまして、マイクなしでも十分遠くまで音が届いていたようです。
 ちなみに彼らが使っている楽器は、弓・ケース込みで1万2000円程度のものです(!)。私の弾いているのはもっと安いものです(笑)。私は楽器について独自の考えがありまして…。高い楽器を買うのがいいとは限らないと思っています(詳細はこちら)。
 とりあえず演奏は好評だったようで一安心。まあ始めて半年であれだけできれば上等でしょう。これからまた本格的に練習していこうと思います。次はクリスマス・コンサートかな。
 さて、私は保護者会が終了したのち、八ヶ岳に飛びました。明日のコンサートのリハーサルです。
 そしてリハーサルが終わって、オーボエの石野さんと、ヴァイオリニストの小渕さんのお宅へ。小渕さんは鍵盤楽器の製作者としても有名な方。お宅にチェンバロ、ヴァージナル、オルガン、クラヴィコードなどが転がっています(笑)。なんともぜいたくなお泊まりであります。カワイイ猫ちゃんもいるし、もう至上の幸せ。
 私は自ら持参した「黒駒の勝蔵(御坂のにごり酒)」をいただきながら、音楽談義、楽器談義、文化談義…。その他もろもろアヤシイ話にも花が咲きましたね。
 そんな酔っぱらった状態で撮ったのがこの写真。ヴィオロンチェロ・ダ・スパラを演奏するワタクシであります。
 そう、今回のコンサートでは、小渕さんがこの楽器を演奏するんですよね。で、私はそれを拝借して弾いているふりをしたということです。
 ううむ、これはほしいぞ!もともとヴァイオリン弾きというのはチェロ弾きにジェラシーを抱いているものなんですよ。ヴァイオリンってキーキーうるさいし、深みのある低音は出ないし、だいたいがもともととっても野蛮な(?)楽器ですからね。その点チェロはガンバの流れもくんでいますし、なにしろ音域も音質の可能性も広く、出てくる音楽に深みがあります。
 それにバロック音楽をやっていると、やっぱり通奏低音に憧れるじゃないですか。今回のバッハにしても、どう考えても最もカッコいいパートはバス・パートです。なのにヴァイオリン弾きにはそれが遠い存在。私はヴィオラ弾きでもあり、ヴィオラにはヴィオラならではの音楽を作る喜びがあるのもわかりますけど、通奏低音にはかなわないような気もまたするんですよね。
 じゃあチェロを弾けばいいじゃないか、楽器もあるわけだし…と言われそうですね。でも、やっぱりヴァイオリンやヴィオラを専門にやってきた者からすると、チェロにはちょっとした、しかし高いハードルがあるんですよねえ。つまり、左手のフィンガリングの問題です。専門的なことはここでは書きませんが、とにかく根本的に違うシステムで音程を取るのです。それがけっこう難しい(ま、私の場合努力不足なんですけど)。
 しかし!この肩にかけて弾くスパラはヴァイオリン流のフィンガリングで弾けるのです!しかし出てくる音はチェロと同じ音域。楽器本体が音域に比べてかなり小さめ(8分の1チェロくらいの大きさ)なので、あの豊かな響きは期待できませんが、そのアンバランスが独特の味を出しているも事実です。けっこういい音がするんでよすね。とりあえず弾いている自分はとんでもなく気持ちいい。
 最近この楽器での演奏会や録音に萌えている、いや燃えているシギスヴァルト・クイケンの演奏をご覧(お聴き)ください。

 ううううう、やばい、ほしくなってきた。
 すっかり酔っぱらった私が寝ようとしたら、そこにはクラヴィコードが…。ついついそれを弾き始めたら、さあ止まらなくなっちゃった。あの幽なる音と、指先に伝わる振動…いつもそうなんですけど、弾き始めるとどんどん即興で音楽が生まれてきちゃうんですよね。ピアノではこんなことはできません。これまた私にとっては理想的な「自分のための」楽器です。
 両方ともなんていうかなあ…神降ろしの道具みたいな感じなんですよねえ。誰に聴かせるためとかではなくて、自分と天とがつながるというか、そういう本来の「コト」(=メディア、ミーディアム」としての魅力があります。
 ううううむむむ、ほしい、両方(笑)。両方とも同じくらいのお値段です。私が一日一食にして6年間で節約した金額くらいで買えます。ということは、もう一食減らして夕食を抜けば買えるかも。ついに一日零食、つまり不食生活が始まりそうです(笑)。
 小渕さん、ありがとうございました。修行します。

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2010.10.28

『幕末外交と開国』 加藤祐三 (ちくま新書)

20101029_90135 日親善音楽会が行なわれた小学校で、今日は地域の教育フォーラムがあり私も参加しました。
 幼稚園から大学まで、あらゆる教育機関が集まり互いの連携について研修を行なうというものです。何年か前に私も発表をした覚えがあります。何しゃべったんだっけなあ?
 こういう機会は非常にいいものだと思います。私が参加した分科会は「連携の中で子どもたちを取り巻く情報環境を考える」というテーマでした。いろいろ勉強になりましたし、せっかくですから私もた〜くさん発言させていただきました。
 さてさて、そんなフォーラムでしたが、オープニングの全体会で何人かの来賓の言葉がありました。その中で印象に残ったのが、この本の著者である加藤祐三さんの言葉でした。加藤さんは私の出身校でもある都留文科大学の現学長さんです。いろいろ大学の中でごたごたがあったのち、今年度から学長になられました。大変だと思います。私は8月の国文科50周年の時に初めてお会いしてお話させていただきました。
 今日の挨拶の中でポイントとなったのは次の三つの言葉。ご自身に対する問いかけでもあるとのこと。

・足腰使え
・月一古典
・世界を見据え、持ち場で動かん
 
 ふむふむ、なかなか分かりやすいし、現代に欠ける重要な点をついていますね。私もこれらをスローガンにしたいくらいです。
 運動してないしなあ。自然の中に出て行くことも少ないし。心も枯れちゃいますよね。
 「古典」というのは、別に文学などの古典作品だけを指すのではないとのこと。ちょっとした季節の変化に気づき感動したり、そういう「古典的な心」を持とうということだと理解しました。毎日ではないところがいいですね(笑)。
 世界と持ち場ってとても大切な視点だと思います。有機的に結びついたグローバルとローカルですよ。どちらも大切です。いろいろな焦点距離を持つことは、私の目標でもあります。そして、自らの持ち場(天命)を全うすることで、その集積として全体が良くなるというのも真理だと思います。自分と世界がイコールで結ばれる、ローカルとグローバルが同義になる、禅的な境地がそこにあります。
 私、ずいぶん前から、加藤さんに興味を持っていたんですよね。そう、以前この本を図書室で読んで、とっても感動したからです。感動というか、目からウロコが落ちたというか、心の中で燃えてきたというか(笑)。その時は、まさか母校の学長さんになられるとは夢にも思いませんでしたけど。
 この本ではですね、いわゆる「開国」が、ペリーらの黒船来航による強制的、受動的なものではなく、案外に優れた外交政策の結果だったということが実証的に語られていました。
 教科書で習う「開国」は、なんとなくカッコいいものではなかったと思います。しかし、この本を読んだら、それこそ「燃える」ほどカッコいいと感じたのです。
 もちろん、一般的な印象に近い側面もあったと思いますが、とりあえず当時の日本は単なる腑抜けではなかったということがよく分かるのです。そしてその内容は、現代の外交、特に日米外交に対して、大きなヒントを与えてくれるのです。
 やっぱり「志」「信念」「矜恃」のようなものがないとダメですね、何事にも。最近の民主党外交は特に情けなく感じられますよ。
 今、幕末ブームですが、当時は幕府も親幕府派も反幕府勢力も命懸けで「志」「信念」「矜恃」を保とうとしたんですよね。
 おそらく、そこで必要だったのは、加藤さんのおっしゃった三つの「行動」であったのだと思います。今こそそれを実践すべき時かもしれませんね。

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2010.10.27

中学生の合唱

X2_32a6804 の写真は学校での最終練習の様子です。
 今日、我が校の生徒たちは地域の中学校が一同に会しての合唱の発表会に参加しました。
 本校は今春開校したばかりの中学ですから、もちろん初参加。1年生全員25名だけでのステージでした。
 この「親善音楽会」と称する発表会は、この地域にずいぶんと昔からある行事のようですね。小学校の部では主に4年生が、そして中学校の部では三つの学年がそれぞれ参加します。
 私はなにしろ昨年までは高校勤務でしたし、本校も初めての参加ということで、どういう内容なのか、どういう歴史があるのか、あまりよく分かりませんけれども、だいたいが「合唱」ということになるようですね。
 地域の大規模公立中学は、クラス合唱コンペなどを経て選抜隊で参加できますが、本校はなにしろ25人しかいないので全員が出るしかありませんでした。逆にそれが本人たちにとっても良い経験となりましたし、会自体にとっても、初の私立校参加ということで、よい刺激になったのではないでしょうか。
 本校は1年生だけの少人数ですので、トップバッターとしてステージに上がりました。生徒たち、緊張するのかなと思いきや、なかなかどうして、堂々たる様子です。こちらも初体験となる教員の方が緊張気味。私はある生徒が本番中にくしゃみをしないか心配でしかたありませんでした。大切な時にいきなりやらかすので(笑)。ま、それも杞憂に終わりまして、無事、そして見事に演奏を終えました。
 ちょっと年甲斐もなく感動してしまいましたよ。音楽を、それもいわゆる「合唱」を伴う演奏を無数にしてきた私ですが、そういう、まあどちらかというとプロフェッショナルな合唱の良さとは違う、なんというか、少年少女たちの純粋な(大人が不純とはいうわけではありませんが…笑)声の、また別の「美しさ」があるものだなと、あらためて確認いたしました。
 私の通っていた東京と静岡の中学では、あまり合唱に熱心ではなかったのでしょうか、記憶がないんですよねえ、クラス合唱とかの。
 だからでしょうか、高校に勤めていて、生徒が「中学の合唱は盛り上がった」などと言っているのを、なんとなく冷めた目で見ていたんですよ。NHKでやる中学生の合唱のコンクールなんかの「痛さ」しか知らなかったので(苦笑)。
 でも、実際こうして初めて彼らの練習から本番までの様子を見ていると、やはりこれはいいものだなと思いました。月並みな表現ですけれど、「みんなで心を一つにして作り上げる感動」でしょうか。
 私は全く熱血教師ではないので、案外そういうのが苦手だったんですよ。あるいはそういうふうにクラスなりクラブなりを演出していくことができなかったのかもしれませんが。教師になる前は、そういう「青春」こそが学校生活だと思っていたんです。でも、実際教師になってみたら、なかなかうまく生徒をその気にさせられなかった。たぶん、根が面倒くさがりやでいい加減だからでしょうな。
 今回は、世界に誇るジャズバンド部の顧問でもある音楽の先生が、短時間の中で見事に本校らしい合唱を作り上げてくれました。さすがですね。ただむやみに声を出させるわけでもないし、むやみに頑張らせるわけでもなく、こうして「音楽」にまで仕上げてくれるのですから感服します。
 結果として、ウチは少人数ということもあって、声量は他の学校に比べ小さめでしたけれども、1年生にしてもとてもきれいなアンサンブルになっていたと思います。とてもていねいに歌えていたと思います。
 どうしても、中学の合唱というと、とにかく大きな声を、ということになりがちで、結果として地声の塊になったり、テンポが走ったり(特に難しいところで)する傾向があります。ま、それこそが「中学の合唱らしさ」なんでしょうけどね。
 とにかくウチはウチらしさを発揮できて良かった。デビュー戦にしては充分すぎる出来だったと思います。みんなお疲れさま!
 いちおう生徒たちの許可を得まして、ここに録音を置いておきます。かなり遠い位置からのものなので、いまいち雰囲気が伝わりにくいかもしれませんが。

 フェニックス

 お聴きのように、男子は音程が上がり切っていません。変声期ということもあり、なかなか大変なんです。来年にはもっとしっかり歌えるのでは。女子は全体にきれいに発声し、音程もしっかり取っていましたけど、最後気合いが入りすぎて音が高すぎたのが若干1名ほど(笑)。それも含めていい作品、いい思い出ができました。
 ところで、この親善音楽会と言えば、フジファブリックの志村くんも中学生当時参加したものと思われます。今日は彼の母校も見事な合唱を聴かせてくれました。あの中学も伝統的に合唱に力を入れているんですよね。
 あの伝説の富士五湖文化センター(市民会館)ライヴのオープニングにも使われた「大地讃頌」は、学年合唱の記念CDですよね。高校の何人かの教え子が志村くんと同級だったので、あのCDを貸してもらいました。
 志村くん、音楽が好きでしたから、きっと一生懸命歌ったことでしょうね。そうそう、今日全体を聴いていて感じたのですが、彼の音楽に「中学の合唱」の影響もありますね。
 といいますか、まあ日本人全体の音楽的な好みにも関わるわけですけど、ハ長調で言うなら、「ドシラソ」という下降バス、そしてサビへのブリッジC7→F、志村くんも多用する(特に「CHRONICLE」で)G→E7/G#→Amなんかが、どの曲にもじゃんじゃん出てくる。なるほど、こういうところで、日本人は「感動的」な音楽を学んでいくんだなと思いました。面白いですね。
 来年にはまた違った機会になるとは思いますが、志村くんの楽曲を合唱に編曲して生徒たちに歌ってもらおうと思っています。本来なら校歌とは言わずとも愛唱歌を作ってもらうつもりでしたから。彼の見た風景と、彼自身の中学の思い出をもとに…。
 いずれにせよ、音楽が青春の大切な要素であることを再確認した今日の音楽会でありました。うむ、中学で仕事をするようになって、本当に毎日「再発見」がありますねえ。

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2010.10.26

『鎌鼬(普及版)』 細江英公 (青幻舎)

86152208 江さん、文化功労者に選ばれましたね。おめでとうございます。
 今日、文化勲章受章者と文化功労者が発表されました。昭和の文化を育み、それを平成の世まで継承している方々が並んでいます。なかなか個性的な面々。
 中でも感慨深かったのが写真家の細江英公さん。ここ数年で何回かお会いしてお話させていただきました。
 そう、細江さんの代表作、舞踏家土方巽を被写体にした世界的傑作「鎌鼬」の撮影場所が、ウチのカミさんの母方の実家の前だったんですよね。ものすごい山奥の名もない土地だったのに、なぜそこが選ばれたのか…。
 そんな驚きの事実が発覚したのが、土方巽生誕80年の一昨年の正月のことでした。私の中でも特別な存在だったこの写真集が、まさかこういう形でつながっていたとは…というか、それまで知らずにその撮影場所を何気なく訪ねていたわけですから。
 その後、私はヘソクリはたいてその「鎌鼬」を買いました。二十数年来の夢がこういうタイミングでこういう流れで叶うとは。その日の興奮はこちらの記事に記してあります。
 そしてそこから何かが動き出しました。私たち夫婦と土方巽を結ぶ不思議な流れが生まれたんですよね。
Img_2010102600296 その年の土方の誕生日に行われたこちらのフォーラムで、初めて細江さんとお会いし、お話をする機会を得ました。とてもフランクでスケールの大きな、まさに昭和のパワーを感じさせる方でした。
 その後、土方巽研究の稲田奈緒美さんと知り合ったり、土方の本家を訪ねたり、「鎌鼬」のもう一方の主役たる地元の農民高橋さん夫妻を訪ねたり、本当にいろいろなことがありました。そのへんに関しましては、右側にある人気検索ワード「土方巽」をクリックして記事をご覧ください。
 細江さんとは、昨年の12月に再会しました。この「鎌鼬普及版」の発行記念の場でした。その日はプロレスラー藤波辰巳さんと細江さんをはしごするという、とんでもない日でしたね(笑)。
 実はその時、高橋さんの奥様がが亡くなったことを細江さんにお伝えしたのですが、今年になってご主人も奥様のあとを追うように亡くなってしまいました。この歴史的な写真集に若々しくたくましい姿として刻まれているとは言え、なんとも寂しいことでした。お元気なお二人にお会いできたのも、考えてみれば奇跡的なことだったと感じます。やはり、何かを語り継いでいく責任が私たちにはあるようです。
 さて、こんなふうに不思議な縁で身近な感じていた細江さんが、このたび王貞治さんらとともに文化功労者に選ばれたこと、本当にうれしく思います。相変わらず精力的に活動されているご様子。ぜひとも、またお会いしたいですし、「鎌鼬の里」計画をいよいよ現実のものにしていくために、私も微力ながら動いていきたいと思っています。
 「写真はものの見方。被写体をどう見るか。whatではなくhow」…細江さんの言葉です。これは写真に限らず全ての「芸術」や「文化活動」に適用できる言葉でしょう。あるいは「仕事」に対しても、「人生」に対しても。

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2010.10.25

『増殖する監視カメラ』 (NHKクローズアップ現代)

Photo29542_2 宅したらちょうど放送していました。
 昨日も東京で感じたんですよね。商店街に張り巡らされた監視カメラ網の恐怖。
 いや、別にやましいものがあるわけではないんですが、なんとなく気持ち悪いというか。
 今日のこの番組でも、「安心だ」という意見と、「プライバシーの侵害だ」という意見、両方とも正しいので折り合いをつけるのが難しいと説明されていました。まあ、そうでしょう。
 日本では法的な規制がないために、「安心」「防犯」の御旗の下、ほとんど暴力的に監視カメラが設置され続けています。その数今や330万だとか。いや、それって全部カウントされてるとは思えないから、絶対にその倍はありますね。
 番組では、盗撮サイトへの画像流出や、イギリスでのあの「猫捨て」映像事件の顛末などが紹介されました。たしかに一部にはそういうことも起き得ますよね。しかし、一方で現実的に犯罪が減る、あるいは検挙率が上がるという事実も報告されています。
 監視大国イギリスなどでも法整備が進み始めていると言いますし、ドイツではなんと「監視カメラを監視する」制度があるそうです。なんだか変な感じですけどね(笑)。
 まあ、そういう運用上の問題より以前にですね、物言わぬ機械が人間よりも権威をもって、そしてその記録が記憶よりも証拠として優先されるようになるということは、これはこれで恐ろしい状況であるとも言えます。機械という人間が操作できるものが他者の人権を侵害ことによって、場合によっては冤罪が生まれることもあるでしょうし、特定の人のための情報操作が行なわれることもあるでしょう。その方が問題なような気がします。
 考えてみると、もともと「プライバシー」という概念自体が茫漠としたものなんですよね。特に日本社会においては。「プライバシー」の日本語訳ってなんだと思いますか?名詞一語では表せませんよね。
 実は、住宅や街の構造自体が極度に「通風的」であった日本には、もともとそういう感覚、観念すらなかったのです。あるいはそこから生じる心理的な面においても。
 そういう文化的土壌こそが、日本を「世界一安全な国」たらしめてきたのだと思います。
Photo29541_2 それがこうして「カメラ」様の手を借りなければならなくなってしまった。こんな現代日本は、番組で語られたのとは違う文脈においても、実に憂慮すべき状況にあると言えなくもありません。
 つまり、古く日本人の心の中には、特定的ではないけれども絶対的であった「神仏」がいたわけです。それを「良心」とか「善意」とか「徳」だとか「義侠心」だとか言ってもいいと思います。それが特定の信仰対象である必要は全くありません。いや、特定の対象でないからこそ「絶対的」だったのです。
 「お天道さまが見ている」、あるいは「ご先祖様に申し訳が立たない」、そして究極的には「自分が見ている」という、こうした宗教以前の「良心」や「省みる心」があったのだと思います。日本古来の「一霊四魂」の考え方で言うと、「一霊」がそれに当たるのでしょうか。
 それがなくなり、「他人が見ていなければいい」、「バレなければいい」というような感覚が広がっているとしたら、それは本当に恐ろしいことですね。それが敷延されると「他人に迷惑をかけなければ何をしてもいい」とか、「証拠はあるのか!?」と言って逆ギレするとか、そういう実に情けない言動を生むことにもなります。
 監視社会における「安心」「防犯」「プライバシー」を語ることもけっこうですが、実はこのような根本的なことこそを心配すべきなのではないでしょうか。
 もっと単純に考えても、たとえば監視カメラに落書きをする人が映っていたとして、その映像を証拠として警察が犯人をつかまえるのと、落書きをしているところへ行って、直接叱ったり、話し合ったりしてその行為をやめさせるのと、いったいどっちが「人間的な社会」であり「安心して暮らせる社会」なのか。そういう発想さえも奪われている私たち現代人は、本当にさびしい存在ですね。
 こんなことを思いながら番組を見ていました。

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2010.10.24

アメ横(カレー)→北千住(バトラーツ)

Gedc1291 が家のお出かけはたいがい渋いのであります。
 ディズニーランドなんか行ったことがありません。娘たちもすっかり両親の影響を受けまして、そういうところには全く興味がなく、東京と言えば「江戸」の風情を感じるところにしか行きたがりません。
 先日もいちおう世間並みに原宿なんぞという所に連れて行ったら、上の娘なんかすぐに「浅草でだんご食べたい…」とぼそっと言いました(笑)。お前らいったい…。
 今日もけっこう渋い東京旅行でしたなあ。まずはアメ横。娘たちも大好きなスポットです。ここでなんだか渋い買い物をしていました。たしかに学校に持っていってもある意味目立つわな、こりゃ。
Gedc1292 昼飯もせっかくですから渋く「カレー専門店クラウンエース」。娘たちも辛い辛い言いながら見事完食。店内にかかる昭和歌謡が食欲を誘ったに違いありません(笑)。
 本来ならそこから谷中へ歩いて、野良猫でも探そうと画策していたのですが、ちょっと買い物に手間取り残念ながら中止。北千住へ向かうことにしました。今度は谷中だけで一日過ごすぞ!
 今日は、先月私だけで観戦したバトラーツの北千住大会が行われるのです。久々の家族全員でのプロレス観戦。それもバトラーツって…渋すぎでしょ。
 私以外はバトラーツ初参戦。今回も前から2列目(ま、最後列が3列目なんですが)のSRS席。2列目とは言っても、他の団体で言えば最前列の近さです。普通の女子小学生だったら、あのバチバチのしばき合いを目の前で見たら、かなり驚くか、ドン引くか、泣き出すことでしょう。
 実際、試合終了後、石川雄規社長はじめいろんなレスラーの方々に「怖くなかった?」と心配されていました。
 ま、そんな心配はご無用であります。普段テレビとは言え大日本のデスマッチなんかを観ているウチの娘たちは、全く動じず、いや動ずるどころか、マニアックなツッコミを入れながら熱心に観戦していました。やはり、バチバチスタイルは子どもたちにもかなり強烈な印象を残すようです。
Gedc1293 そう、私やカミさんはいろんなスタイルのプロレスをそれなりに楽しめるタイプなんですけど、娘たち、案外内容を選ぶんですよね。最近今一つなのは、一番フツーなプロレスです。メジャー団体のやつですね。やはりパターン化してるんでしょうか。
 どちらかというと緊張感のある真剣さの強いスタイルか、思いっきりお笑いに走った文化系スタイルかのどっちかにしか集中しないのです。
 これって結構鋭い感覚かもしれませんね。どうも最近のメジャーのプロレスはあまりに「予定調和」すぎるというか、ある種の慣れですかね、工夫や新鮮味がない。それを子どもたちは敏感に感じているのかもしれません。
 バトラーツは真剣スタイルです。会場もとっても静かでしたが、子どもたちは退屈することなく見入っていました。てか、ウチの娘たちだけ特殊なのかも(苦笑)。
 さて、試合内容ですが、今回も全体になかなか楽しめた大会でした。全5試合ですけれど、それぞれ中身も濃く、また適度に個性が違った闘い模様が見られ良かったと思います。バトラーツ初生観戦で、比較的総合の方にも詳しいカミさんも、「面白かった!好きかも」と言っていました。
Gedc1315
 私たちの今日のお目当てはメインの「石川雄規vs鈴木秀樹」です。前大会で初参戦した我らがUWFスネークピットジャパンの鈴木秀樹が、いきなりメインで社長とシングル・マッチです。
 結果は石川選手の蜂の一刺し(アンクル・ロック?…見えませんでした)で大逆転でしたが、試合全体を支配していたのは鈴木選手。ものすごいポテンシャルの高さを見せつけてくれました。
 全体に打撃の少ない渋い攻防でしたが、カール・ゴッチの弟子石川選手に勝るとも劣らぬ関節技テクニック、相手をコントロールしまくる技術に加え、各種の豪快なスープレックスで観客をうならせました。
Vlcsnap2010102511h37m50s136 飛んだり跳ねたりは全くなく、流れるような古典的な技の攻防。しつこいしつこいボディー・シザースでギブアップを迫るなんて、なんとなく新鮮でした。あれってかけられてる方は実際ものすごくきついんですよね。子どもの頃、プロレスごっこでやられて死にそうになったのを思い出しました(笑)。
 最後はその胴挟みを待っていたかのような電光石火の切り返し技で大逆転。ヘロヘロにやられまくった上で最後に決めて見せるあたり、石川選手のいい部分もしっかり出た試合でした。
Vlcsnap2010102509h59m33s45
 鈴木選手は、ロビンソン直伝のダブルアームスープレックスやワンハンドバックブリーカーはもちろん、弓矢固めも披露しましたね。そのいずれもが完成度が高く驚きました。
 ある意味実にプロレス的な内容だったと思います。若獅子の猛攻を耐え切っての老獪な一発逆転。勝敗を超えた感動があったのでは。
 一緒に観戦していた、鈴木選手の師匠宮戸優光さんは、さすがに厳しい目で試合を分析していましたけれど、私たちシロウトのファンからしますと、これぞプロレスリング!というべき、とてもいい試合だったと感じましたよ。
 試合後、鈴木選手、石川選手に感謝と労いの言葉をかけさせていただき、また、前回同様観戦に来ていたタカ・クノウ選手ともご挨拶し、我々は北千住をあとにしたのでした。
 ううむ、なかなか濃い日曜日でありました。ふぅ、帰りの車の中ではみんな爆睡。私は首都高で道を間違えつつ必死に運転。なんとか富士山に帰ってきました。
 まあ、なんだかんだ言って、家族で趣味を共有できるのはいいことですね。
 

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2010.10.23

フジファブリック 『TAIFU』

 日は無性にこの曲が聴きたくなりました。どこかへ走り出したいような…。
 突っ走った先には、いったい何があるのでしょう。わからないからとにかく「行け!」なんでしょうね。
 音楽ももちろん唯一無二ですが、この歌詞もまたすごい。日本語詩の新しい地平ですよ。ぜひこちらで読んでみてください。英語訳もあります(難しかっただろうなあ…)。説明のしようがないんですよねえ。言葉という「コト」世界(脳内で構築され認識される世界)によって「モノ」世界(理論や五感では認知できない世界)を現出させるという最も難しいこと、まるで出口王仁三郎の霊界物語のようなことをしでかしています。
 今、こちらの国際的フジファブリック・ファンサイトを訪問する外国人の方が急増しているそうです。本当にうれしいことです。彼らにとっても実に不思議な言葉と音楽の世界でしょうね。
 このサイトの管理者の方ともよく話すのですが、フジファブリックの音楽は「日本のロック」として絶対に諸外国、欧米に限らずアジアなどでも受け入れられるはずです。
 冷静に考えて、これほど日本的な音楽と日本的な詩の世界が融合されたバンドはありません。まさに西洋音楽史を呑み込む完成度の高さです。音楽においても「コト」による「モノ」の現出をやってくれています。
 こちらにも書きましたね。あの西洋的な「コト」世界を象徴する「ドミソ」は「不快和音」なんですよ。
 皆さんだまされてはいけません。明治になって、西洋音楽(今で言うクラシック音楽)が日本に輸入された時、初めてあの「ドミソ」の響きを聴いた日本人は、皆耳を覆ったと言います。吐き気さえ催したと。それが実は正常な反応なのです。
 しかし、現代はもう生まれた時から、いや生まれる前から、たとえばモーツァルトなんていうお子ちゃま音楽(失礼!)を聴かされたりしますからね、ま、簡単に言えば洗脳されて生まれてくるんですよ。それで本来の正しい感性が幽閉されてしまう。
 私なんか、40年かけてようやくその呪縛から解き放たれました。あのヨーロッパの限定された地域で、ごく短い期間に、限定された環境で育った「五線譜音楽」が、実は「異常」なものであると気づいたのは、実は最近です(もちろんその「異常」にこそ芸術的価値や宗教的価値があるからこそ、私はそれらを演奏しているわけですが)。
 フジファブリックの志村正彦くんは、いろいろな音楽環境と、あるいはそれを凌駕する自然環境、文化的環境の中で育つことによって、若い頃からその不自然さに対抗していたように思われます。対抗というより、やっぱり「併呑」かなあ。99%の「自然」によって1%の「不自然」を呑み込んでしまった。
 たとえばこの曲、もちろん演奏される楽器は西洋音楽用に進化したものです。しかし、そこで奏でられるのは、ほぼ完全なる「二六抜き」音楽です。メロディー的に言えば「二」である「ファ♯」と「六」である「ド」は意図的に(いや本能的にか?)はずされています。
 ところが、スパイス的に数箇所それらの二六の音も出てくるんですよね。歌や楽器音に。そこがうまい。かっこいい。それがまた「自然」なんですよ。意識的にやると不自然になってしまうものです。
 この前紹介した由紀さおりさんの「う・ふ・ふ」(宇崎竜童さん作曲)は、ちょっと意図的な感じがしますね。作曲技法としての融合だからでしょう。
 フジファブリックの、つまり志村くんの楽曲は、そこらへんがまさに「本能的(モノ的)」なんです。もちろん、他のメンバーの編曲力(作曲力)もそこに寄与していますよ。しかし基本にあるのは志村くんの才能です。
 今日久しぶりに志村くんのお母様とお話をしました。お元気そうで安心しました。私は正直に正彦くんの素晴らしい才能と人間性についてお話させていただきました。
 お母様は全てファンの皆さんのおかげだとしみじみおっしゃっていました。正彦くんも常にファンへの感謝の気持ちを持っていたそうです。
 不器用なくらいに純粋にまじめに突っ走った彼。私たちも彼を追いかけて「自然」に飛び出して行くべきなのかもしれません。洗脳から解き放たれて。感情のおもむくままに。勇気をもって。

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2010.10.22

『江戸の教育力』 高橋敏 (ちくま新書)

48006398 日は中学の募集説明会がありました。勉強はもちろん、いかに「生」の体験をする機会が多いかアピールしたつもりです。
 説明会が始まる前に、校長先生といろいろお話しました。校長先生、昨日たいへん面白い講演を聴いてきたとのこと。講演者は江戸東京博物館の館長さん。江戸の教育や文化の素晴らしさを楽しくお話されたようです。
 私、ちょうどこの本を読んでいました(なぜかカミさんが買ってキッチンにあった)ので、興味津々でした。学問と実学、文化、人間力、読書、そして笑顔…たしかに理想的な教育の姿がそこにありますね。
 それから、昨日再放送されていたNHKの「COOL JAPAN〜学校」を観たあとでしたから、まさにいろいろ重なったんですよねえ。この番組では、諸外国の人たちが日本の学校(教育)を「cool!」と評していました。
 どこがクールかと言うなら、やはり、学問と実学の両立、人間力や人格の形成にまで学校が関わること、そして集団としての結束力の強さでしょうかね。ベスト・オブ・クールは「高校の文化祭」でした。夏休みをつぶしてまで準備し、当日に成果を燃焼させ、涙のフィナーレを迎える、そんな「青春像」が、外国の方からするとかなり新鮮だったようです。
 そういう現代の全ての要素が、実は江戸時代、あるいはそれ以前中世から形成されていたのです。それを実際の史料をもとに実証的に紹介しているのがこの本。
 う〜む、これはかなり高度な新書ですね。ほとんど学術論文です。読むのに難渋するほどです。ある意味、これほどの内容の書物が、「新書」という形で出版され、そして我々庶民が本屋で手にして購入し、そしてそして、台所に野菜や卵とともに並んでいるという事態自体が、江戸以来の日本の教育水準の高さを証明しているかもしれません(?)。いや、まじでそうかも。
 「文字教育と非文字教育のゆるやかな結合」こそ、日本の教育の原点であり、そして特長でありましょう。COOL JAPANでも外国人の皆さんがさかんに驚いていましたっけ。家庭科や技術科や音楽や農業高校などにおけるあれねば体験的な学習は諸外国にはないようです。日本じゃ当たり前ですけどね。
 それでも、近代日本の教育はずいぶんと西欧化してしまったんですよね。校長先生というか館長さんもおっしゃっていたように、明治維新後の教育改革は、江戸以前の教育を否定するところから始まりましたから。
 しかし、それがもたらした様々な弊害については、もうここで語るまでもないと思います。そして、そうした国策としての教育は、公教育が担ってきたわけですね。逆に否定されたのは「寺子屋」教育、すなわち私教育だったわけです。
 そういう文脈から言っても、これからは「私学」が見直されるべきだと思うんですよね。私学人だからそう思うのではなく、一人の日本人として純粋にそういうふうに思います。
 社会が積極的に個人の人生に関与するのが、日本本来のあり方だったはずです。単なる懐古主義ではなく、歴史が…すなわち人々の人生の集積が…作り上げ、発見してきた「智恵」をもう一度しっかり見つめたいのです。隠蔽、幽閉されてしまった「智恵」を再発見しなくてはいけない時が来ているのです。
 学校や教育を取り巻く環境は、今とても厳しい。マスコミによるある種西欧的な「人権」や「個人」の尊重(その行為自体が商業的なのですが)によって、私たち教師は苦境に立たされています。こんな時だからこそ、日本人としての「歴史的事実」に基づく反論を試みるべきだと思うんですよね。
 そういう意味で、今、こうした江戸以前の「私教育」についていろいろ調べています。もちろん「江戸」という都会だけではありません。この本でもどちらかというと地方の方が多く取り上げられていますが、当時の地方の文化的水準の高さは、実は現代の我々の想像以上のものがあるんです。
 私の住むここ富士北麓地方も、今は正直あまり教育的、文化的ではありませんが、幕末以前は非常に私教育が盛んだったようです。
 私たち現代人も、そうした真に勉強熱心だった「師匠」と「筆子」の精神と関係を取り戻さねばならないかもしれませんね。

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2010.10.21

車中泊用マット2種

Sfm01 間がないので、今日は軽めに。
 相変わらずいろいろな用事(趣味やら仕事やら)で東京に出ることが多々あります。二日にわたる場合はどこかで車中泊します。気兼ねなくて楽ですね。お金もかかりませんし。
 以前こちらに紹介した武蔵境の格安駐車場は今でもよく利用します。ここは24時間800円が繰り返し適用されるので、2泊3日の用事の時なんかは最高ですね。
 ただ最近では駐車場の安値競争も激化しており、たとえば武蔵境でも北口の方に行くと、24時間600円なんていうのも登場しました。それも84台も停められる大規模駐車場。ここです。1日あるいは1泊の場合はこちらの方がお得ですね。比較的都心に近く、駅にも近く、また中央道からの利便性(行き帰りともに)ということを考えますと圧倒的にバリュアブルでリーズナブルなパーキングです。
 さて、車中泊ですが、今までは布団を積み込んでいったりしてたんですが(笑)、どうもエブリイランディのシートは寝にくいのです。ま、どの車種もフルフラットとか言いいつつ、シートの形状上デコボコ、ウネウネになるんですよね。そこで寝ようとすると、布団を敷いても、けっこう腰が痛くなったりして安眠できないものです。
 今はやりのキャンパーですと、荷台を完全にフラットにして、そこにマットやふとんを敷いて寝られますが、こういう一般のバンだとそこまではできません。
 そこで最近揃えたのがこの二種類の車中泊用のマットです。
 一つは大量のビーズが入っていて、それをうまいことシートのデコボコにならして平らにするというものです。これはかなりいい感じですね。こいつをまず敷いてほぼフラットな空間を作り出します。
20101022_92903 もちろん、この上にそのまま寝ても全然快適なんですけどね、さらに究極の安眠のためにもう一枚、トゥルースリーパーの車内版とも言える「X-スリーパー」を敷きます。
 これがまたいいんですねえ。いわゆる低反発マット、いや超硬質ウレタンなんですけど、それがハニカム構造になっていて、デコボコを完全にならしてくれます。これで完璧。
 両方とも面白いほどコンパクトにたためますし。ビーズやマットを片側に寄せることができるからです。
 もう、ふだんも寝室のせんべい布団ではなく、車の中で寝たいくらいです。家の中よりその方が静かだし(笑)。最近猫が一緒に寝たがってうるさいんですよ。で、一緒に寝るとこれまたゴロゴロうるさいし。
 ふだんは車のトランクに詰め込んでおきます。家に持ち込んでもいいんですけど、そうすると絶対にカミさんもしくは猫の超快眠昼寝用マットになってしまうからです(笑)。
 なんて、そうこうしている内に、家を追い出されて毎日庭で車中泊…なんてことになったりして(笑)。
 ま、そんなジプシーな、ボヘミアンな、ロマな、エグザイルな、山窩な生活もいいかもしれませんね。おいらは宿無し(笑)。
 

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2010.10.20

愛妻からみた素顔の三沢光晴―LAST BUMP』 丸井乙生 (ベースボールマガジン社)

58310289 うやく読み終えました。あの日から16ヶ月。この本を買ってから3ヶ月。やっとのことで、三沢さんの死を受け入れることができたのかもしれません。
 もちろん今でも、なんで…という気持ちはあります。しかし、一方で「本当にお疲れさまでした」という、一種の安堵にも似た気持ちがあるのも事実です。あまりに過酷で、あまりに正直で、あまりに誠実で、あまりに自己犠牲のすぎた人生でしたから。
 リングの上では、まさに歴史に残る天才であり偉大なレスラーであった三沢光晴。そして、組織の中では、これまた尊敬される社長であった三沢光晴さん。
 彼はまさに「バンプ(受け身)」を取り続けた人間であったのかもしれません。美しい受け身を。
 プロレスに内在する「受けの美学」あるいは「受け切る強さ」を、言葉として世の中に認知させたのは、三沢選手の功績だったと思います。これによって、プロレスはスポーツやエンターテインメントから芸術に昇華されたと言っても過言ではありません。
 社長業においても、彼は常に上手な受けと攻めのバランスを保っていました。特に「守り」を超えた「受け」は、ビジネスの部分でも、ある種の「美しさ」を感じさせるものがありました。
 そんな三沢さんを、男として心から尊敬し、師匠として慕っている私ですが、この本によって、そんな神格化された三沢さんを、本当に身近な「男」として感じることができたと思います。
 ある意味月並みな表現となってしまいますが、外から見た三沢さんの姿の裏側にある「人間三澤光晴」を見た気がするのです。そして安堵したのです。
 もちろん、肉親を失った奥様やお子さんの気持ちを忖度するに、軽々しく「安心した」などと言うべきでないことも分かっています。この本が世に出るにあたっての、奥様のいろいろな葛藤も充分に想像できます。
 しかし、一人の男として、一人の社会人として、一人の父親として、一人の夫として、敬意とともにある種の親近感を覚え、それが「安堵」につながったのも事実であると言いたい。
 やはり家庭での三澤光晴は、ある意味「男の弱さ」を持っていました。彼にも、妻に対する甘え…それはすなわち母性への思慕に帰着するものだと思いますが…が人一倍あったのです。
 愛情深い反面、わがままで、子供っぽい三澤光晴の姿に、男の私は安心したんでしょうね。仕事の上では、つまり社会人としては、とてもとても追いつけない遠い存在でしたが、家庭人としては、案外自分と同じレベルではないか。ここでも、差を見せつけられたら、もう男として立つ瀬がないところでした。
 以前紹介した香山リカさん発行の『ドンマイドンマイッ!』にも、ある種の「人間三沢光晴」が表現されていましたけれど、あれはあれで、やはり「社会」に向けての「三沢光晴」の一部だったと思います。それももちろん、非常に大切な部分です。
 一方こちらは、まさに「三澤光晴」本人の素の姿という意味で貴重な内容でした。よそゆきでない、かっこいいけど、ちょっとかっこわるい父ちゃんがそこにいました。
 辛く苦しい日々を送っていた真由美夫人から、これだけの言葉や風景を引きだしたのは、著者の丸井さんの功績ですね。サムライTVに丸井さんが出演されたのを拝見しましたが、やはり女性どうしの、そしてお互い辛いことがあったどうしの共感があったからこそ、こういう素晴らしい本が出来上がったのだと思います。
 変な話ですが、私が今死んだら、これほど語ることがありますかね。仕事においても家庭においても。今、私は三沢さんの亡くなった年齢です。今、私が死んでも、誰にも「お疲れさま」なんて言われないだろうなあ。もちろん自分自身にも。
 もっともっと私も、男としてこの世に「風景」や「言葉」を残していかなければならないと思いました。「受けの美学」「受け切る強さ」を体現していかなければ。相手の個性を活かし、伸ばし、輝かせる…そういう「バンプ」を身につけたいものです。
 そうか、三沢さんは優れた教育者だったのだ!命懸けでみんなを育てたんだ。
 そして最後に、一言付け加えておきましょう。この本を読んだ方なら皆気づくことでしょう。最高の受け身の名手は真由美夫人であったことを。

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2010.10.19

足和田山登山(下見)

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20101020_93206 元の村にある超有名な山なのに、実は一度も登ったことがなかった「足和田山」に登りました。
 来月はじめに我が中学で紅葉の富士山と湖を眺めながらの遠足というか、ちょっとしたハイキングを計画していまして、その下見ということでワタクシが行ってまいりました。私が歩ければ若者は大丈夫だろうということです。
 当初の計画では、プチ富士登山だったのですが、今年はなにしろクマが多く出没しておりまして、もしものことを考えて、より安全なコースに変更しました。
 画像をクリックしていただけると、私が歩いた道筋をご理解いただけると思います。富士山の北側、富士吉田市と富士河口湖町の境界あたりにあるビジターセンターから、我が鳴沢村まで平坦な道を歩き、そこから一気に山登りです。
 この足和田山(五湖台)→三湖台→紅葉台のハイキングコースは、東京から大阪まで続くいわゆる東海自然歩道の中で一番最初に整備された区間となります。つまりそれだけ風光明媚で、さらに歩きやすいということですね。
 地元の保育所や幼稚園、小学校などでは、必ずこのコースを歩きます。ウチの娘たちももちろん歩いています。
 なのにもうほとんどここの原住民化しているワタクシは一度も歩いたことがなかったのであります。ちょっと恥ずかしい事態ですね。ま、地元でも富士山に登ったことがない人もたくさんいますけど。東京の人が東京タワーに上らないのといっしょでしょう。あまりに生活に根差してそこにいつもあるものですから。自分の家の屋根にだってそうそう登るもんじゃありませんよね。
 というわけで、のべ5時間の旅でした。鳴沢村大田和から足和田山山頂(五湖台)へは急坂を一気に登る形になるので、けっこう大変でしたけれど、森林浴&キノコ狩りしながらの久々の登山…いや、歩くのさえ久しぶりのような気がする…は、とっても楽しく充実感にあふれるものでした。
 帰ってからのメシと酒のうまいこと(笑)。やっぱり体を動かして自然と交流すると、命がよみがえりますね。心も体もリフレッシュ。オタク的な生活ばかりだと心も体も病んじゃいますよねえ。
 今日はあえて写真も載せませんし、詳細も書きません。本番の日、たぶんすさまじい紅葉の中を歩くので、その時写真入りで紹介します。お楽しみに。
 さて、山を下りまして、紅葉台の入り口からは車でビジターセンターまで帰ってきたのですが、ほんの10分でした。いつもの見慣れた光景。何も心に残るものはありません。私たちは日々こうして希薄な時間を過ごしているんだなと実感しました。
 行きの5時間は瞬間瞬間が発見の連続。ある意味あっという間でした。たまにはこうして日常とは違う時間を過ごすのもいいものですね。まずは歩くことか…。こんなに素晴らしい所に住んでるのに、移動はほとんど車。つまり、外に出てないっていうことですよね。歩くことが非日常なんていう生活、ちょっと、いや、かなり問題ですな(苦笑)。
Gedc0241 最後にやっぱり1枚だけ写真を。おととい紹介したデジカメで撮ったものです。
 これなんだか分かりますか?私は単なるぬかるみだと思ったのですが、同行したガイドさんの話によりますと、これはイノシシの泥浴び場なんだそうです。たしかにイノシシのひづめの跡がありました。いわゆる「ぬた(ぬたば)」というやつですね。
 猪はこうして泥を体に塗ることによって、ダニなどの害虫や寄生虫を駆除します。ちなみにベタベタ塗るという意味の「ぬたくる」や、体をくねらせて苦しみもがく様を表す「のたうつ」「のたうちまわる」の語源は、この「沼田」です。
 おっともう一つ書き忘れたことが。宗教・歴史における足和田山の価値。
 この足和田山、古くは「愛鷹山(足高山)」「足柄山」と並んで、「富士の三脚」と言われていました。そして、『富士山の祭神論』にも書かれているとおり、かぐや姫伝説においても重要な位置を占めているのでした。現在地元では単なる「裏山」という意識しかありませんけれど、実は神聖な山なんですよね。
 あるいは甲斐源氏が歴史の表舞台に登場するきっかけとなった有名な合戦「波志田山の合戦」の「波志田山」が「足和田山」であるとの説もあり、歴史上案外に重要な山なんですよね。
 山頂近くに奉納されている「榛名山の宝剣」や中腹にある「ハルナの池」など、信仰的にも興味深いものがあります。いずれしっかり調べてみようと思います。

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2010.10.18

『デジカメに1000万画素はいらない』 たくき よしみつ (講談社現代新書)

06287963 日格安(しかし必要十分な)デジカメを紹介しましたが、私の周辺にも「画素数自慢」する方がいらっしゃいましたので(笑)、この本を紹介しておきました。
 もっと専門的な本の方がよりいいのですが、この問題についてのまとまった1冊の本がこれ以外ないのでしかたありません。
 タイトルからしてズバリですよね。「デジカメに1000万画素はいらない」。
 実は私はこの本を読んでいません。本屋さんでペラペラしただけです。書いてあることは想像できます。後半は撮影テクニックの話になっているようですが、画素数に関してはおそらく私の知っていることが書いてあることでしょう。
20101019_72209 そうそう、この本、タイトルもストレートですが、1ページ目にも、ある意味露骨な写真が掲載されています。ものすごく画質が悪いけれど(笑)、アマゾンのなか見!検索をキャプチャーした画像を掲載させていただきます。
 1000万画素と600万画素…どっちがきれいに見えますか?ということですね。ま、こんなキャプチャー画像でもその差は歴然。
 小さなCCDにたくさんの受光体(フォトダイオード)を詰め込むとなると、その一つ一つの受光体はどんどん小さくなっていき、結果として、一つ一つの受光体の受ける絶対的な光量は減少します。
 この状況をワタクシ流にたとえて説明いたしますとこんな感じになります。
 畑に野菜を植えるとしましょう。その際、欲をかいて、やたらたくさん種をまいてギューギューに詰め込めばいいというものではありません。ある程度の適切な最高密度というものがあります。
 ギューギューに詰め込めば、もしかすると収量は上がるかもしれませんが、一つ一つの野菜の品質は下がります。日光が当たらなくなったりしてね。
 そんなふうに、現在の超小型高画素数CCDやCMOSでは、品質の良くない野菜がやたらと生産されているという状況なのです。そして、それらを保存するためにとっても大きな倉庫も必要になってしまっている。やたらとデータ量が増えてしまい、保存も大変だし、運搬も大変、処理も時間がかかるという事態になっているのです。さらに品質の悪さをごまかすために、いろいろあとから細工する必要が出てくる。それが結果としてノイズを生み出したりしています。
 フルハイビジョンの規格でも、それを画素数に換算しますと約200万画素。ディスプレイで見ている限りは残りの800万画素分は無駄に終わっています。
 プリントする時も同様です。A4プリントすることなんてそうそうありませんが、もししたとしても400万画素あれば十分です。
 私が300万画素にこだわる理由はそのへんにあります。データサイズも1MB以下に抑えられます。ブログへのアップロードのことなどを考えると、やはり1枚1MB未満、すなわち「KB」という懐かしい(?)単位で表せる大きさ(小ささ)にしたいものです。
 昨日紹介したデジカメでも、私は記録サイズを300万画素にスペックダウンして使っています。もちろん、これは疑似的なスペックダウンであり、一つ一つの野菜の株…いや受光体の大きさ(小ささ)は1000万画素のフルスペック時と変らないわけですから、根本的な解決にはなっていません。しかし、サイズが小さくなるというだけでもそうする意味はあるのです。
 この本の著者は「200万画素時代の幸せ」と書いていましたけれど、たしかに私にとっても「デジカメ最幸福時代」はあの200万画素名機SANYOのMZ3を使っている時でしたね。あれは素晴らしかった。
 今となっては古き良き時代。今やサンヨーはデジカメ事業から撤退しただけでなく、サンヨーという社名自体も消えようとしています。ああ諸行無常。
 ちなみに「デジカメ」と名称、三洋電機の登録商標なんですよね。なんという皮肉なことなのでしょう。死して名を残す…か。

Amazon デジカメに1000万画素はいらない

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2010.10.17

格安デジカメ C1033(GE)

516f5gwsg9l_sl500_aa300_ 年5月に「とにかく安くてしっかり使えるデジカメ」として同じGEの1050Aを紹介しました。その後も重宝しております。あの価格で光学5倍ズームはいいですね。
 ただ、操作性になんとなく癖があって、子どもたちだとやや難儀します。あんまり手に取らない。私でもちょっと迷う時があります。
 なにしろ、ウチの家族のメイン・デジカメはずっとユニデンの名機UDC-5Mでしたから。これは本当にいいデジカメでした。
 「でした」と過去形で書いたのは、実は1ヶ月ほど前にお亡くなりになったのです。それも全く想定外な事故(事件?)によって。
 なななんと、ウチの3匹の黒猫のうちの1匹が、ユニデンに思いっきりオシッコをひっかけてしまったのです。あの強烈な液体がしみ込んでしまったため、電源すら入らなくなってしまいました。せっかく重宝してたのに…。
 そこで、それに代わるデジカメをということでこれをちょっと前に買いました。つまりユニデン並みにシンプルで子どもでもさっと撮れるデジカメとして購入したのです。
 いつも書いているように、私は「乾電池仕様」のデジカメしか買いません。充電池は死んでもイヤです。ま、実際はエネループを使うんですが、とにかく専用リチウムイオン電池だけは使いたくありません。その理由は今まで何度も書いてきたので割愛。
 そして値段が安いこと。これも重要なポイントです。また、無駄な機能がついていないこと。デザインがちょっと個性的なこと。そして画素数がなるべく低いこと。これらの条件を満たしたのが、このGEのC1033だったのです。
 GEというある意味老舗、ある意味新興メーカーのデジカメの写りについては、1050Aでしっかり確認し、また満足していたので、信頼していました。実際このデジカメも全く問題ない写りをします。
 ユニデンでもそうでしたし、1050Aでもそうしていますけれど、私は記録画素数を300万画素に落として使っています。基本デジタルズームは使わない派ですので、そのくらいの画素数が一番効率いいんです。それもいつも書いている通りです。このC1033も1010万画素だそうですが、そんなのはどうでもいいし、今まで忘れてました(今調べ直した…笑)。
 起動も速く、AFやAEの精度もまあまあ、様々な撮影条件において画質や色味も良好ですし、今のところなんの問題もありません。光学3倍ズームもスムーズです。子どもたちも楽しそうに使っています。もちろんエネループを使えば電池の存在すら忘れてしまいますし。
 操作性の面やパソコンとの接続に関しては、1050Aよりずっと素直でシンプルで使いやすい。これは誰にでもおススメできるデジカメですね。
 質感もそんなに悪くないですよ。思いっきりプラスチックですが、塗装の感じがいいので、はたから見ると全然安っぽくないでしょう。このレッドはきれいです。とにかく軽くて小さいのがいい。
 上位機種の1050Aとほとんど値段は変わりませんけれど、普通にスナップ写真を撮るんだったら、こちらの方がおススメかもしれません。
 あと、今回はついでに「偏光フィルター」を買いました。これ1枚あるだけでスナップ写真の質が大きく変わります。意味のない画素数信仰なんかさっさとやめて、偏光フィルター標準装備とかを出した方がいいような気がするんですけどね。どうなんでしょうか。

Amazon C1033

公式

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2010.10.16

プロフェッショナル 仕事の流儀 『松本人志スペシャル』 (NHK)

Main2 日の「MHK」がちょっと微妙だったので、ある意味興味を持って見たこの番組。特に大きな発見はありませんでしたが、再確認したことは多々あり。
 私、お笑いに対する憧れというのは常にあります。仕事柄、人を笑わすことが比較的多いかもしれませんね。毎日がステージですから。
 教師、先生と「お笑い」の関係はあまり取りざたされることはありませんね。しかし、考えてみると、印象に残っている先生、あるいはある種の「いい先生」は、芸人並みに面白い人物であることが多いですね。
 まあ、自分はそこまで行かなくとも、教育に、あるいは学校に「笑い」はとても大切だと思っています。生徒を引きつけておくためには、やはりそういう能力もなければなりませんし、現場の雰囲気としても、常に笑顔に満ちあふれさせておきたいですし。
 で、自分の教室や職員室での「笑い」を客観的に考察してみますと、「下ネタ」「自虐ネタ」「失礼ネタ」が多いような気がしますね。
 いや、笑いの本質はたいがいそんなところにあるんだと思います。芸人さんの笑いもたいがいそんなあたりに落ち着きます。
 そこに何か加えるとしたら、「知的ネタ」と「ナンセンス」かもしれませんね。
 よく仕込まれた構築性の高いネタ、濃密なシナリオのコントや、謎かけのような言葉遊びは「知的ネタ」に属するでしょう。
 そして、全く予想外なこと、理屈に合わない面白さが「ナンセンス」でしょうか。
 松本人志さんはこの「知的ネタ」と「ナンセンス」が得意な芸人さんだと思います。あるいは「知的ナンセンス」とでも言いましょうかね。そういう独自の世界を持っています。
 「知的笑い」と言えば、北野武…いやビートたけし、爆笑問題の太田光、ラーメンズの小林賢太郎なんかが思い出されますね。
 彼らや松本さんに共通して感じられるのは、今日の番組内でも語られていましたけれど、「芸術」との関係(の難しさ)でしょう。たけしはその点上手で、芸術家北野武と芸人ビートたけしをしっかり使い分けていますね。あとの人はそこがごっちゃになってしまって苦しんでいる感じもする。
 太田も言ってましたが、「芸術」は例えば即時的には自己満足であっても、100年後に認められればいいという、ある種のモラトリアムがあるんですよね。「芸」はその点、まずは即時的でなければならない。そして、その芸人さんの人生の長さくらいの長期で見れば、それは即時の連続ではダメで、100年後にも語り継がれるようなものでなければなりません。
 たけしはだからうまいし賢かったのです。使い分けることによって、両方を手に入れてしまったし、両方を手に入れてからは、それらをごっちゃにして新しい「知的笑い」や「笑い的知」さえ作り出してしまった。
 その点、まっちゃんはまだまだ苦しんでいましたね。その苦しみを露骨に見せてしまったのが、昨日の「MHK」だったと思いますよ。MHK…いや、NHKは「お笑い」に関してはけっこう残酷なんです。なぜなら、NHKは民放ではないからです(当たり前だ…笑)。
 民放は芸人にとっては安らかな場所でもあるんです。とりあえず「即時的」であることを許してくれる環境だからです。芸人としては、あくまで「ニーズ」に答えるのが優先されますからね。
 しかしNHKは無言で「芸術性」を求めてきます。NHKという存在、環境、歴史自体が「刹那性」を否定してきます。
 そうするとみんな構えちゃうんでしょうかね。小林賢太郎テレビの時もそうでしたし、サラリーマンNEOボーナススペシャル(ウッチャン登場)の時も感じたんですけれど、どうも「微妙」な感じになっちゃうんですよねえ。
 いつものNEOみたいに、集団で「NHK流」に徹したものはいいんですが、個人がNHKと対峙するとどうしても苦しくなる。
 きっとNHKは彼らの「知」に期待して番組を作るんですよね。で、それに応える芸人さんも「知」で勝負しようとする。そうすると、いわば「エセ芸術」「中途半端芸」みたいなことになっちゃうんですよ。
 番組内で松本さんは「シロウトに圧倒的な差を見せつける」というようなことをおっしゃっていましたが、ある意味、NHKでの彼らは「シロウト」側になってしまうんですよ。おそろしい。
 その点、志村けんという人は本当にすごいと思います。彼にはもちろん「知」はありますが、そこに走りすぎなかった。タモリも芸に関してはそういうところがありましたかね。彼はある意味芸人を捨てたわけでして。
 ま、簡単に言っちゃうと、芸人は「哲学者」になっちゃいけないってことかな。芸術家然するのはまあいいけれども、哲学者の表情を見せちゃいけない。見せるなら別の名前でっていうことでしょう。今日の松本さんは「哲学者」の顔になってしまっていた。
 ところで、今日あらためて感じたこと。
 大人の「笑い」は子どもの頃の哀しみを昇華したものである。
 たけしも太田もまっちゃんも、みんなコンプレックスの塊ですからね。
 ウチのカミさんは、正直とっても面白い人で、「笑い」をとれる人なんですが、その基礎は「悲惨な幼少期」にあります(笑)。これは自他ともに認めるところです。私にはもしかすると、そういう部分が多少足りないかもしれません。残念です。

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2010.10.15

グッバイガール

 一の思い出。
 昨日の記事を書きながら、自分の中一時代の甘酸っぱい記憶を思い出しました。
 私は中一の終わりに東京の中学から静岡の中学へ転校することになりました。とっても恥ずかしい話なのですが、その1週間くらい前のある日に、どういうわけか人生最大の(?)春がやってきまして、その東京の中学のマドンナ的存在だったある女の子と「両思い」になったのですよ(汗)。
 その子とはその5年後にまったく不思議な再会があったのですが、とりあえずその春には私の転校によって、彼女とお別れしなくてはならなくなったのでした。せっかく奇跡的に(?)結ばれたのに、その1週間後にはお別れしなくてはならない…なんか、ドラマみたいですね。だから昨日、中一が人生のピークだって書いたじゃないですか(笑)。
 で、その頃、ビートルズからコンテンポラリーな洋楽にも目覚め始めていた私が、本当に好きでよく聴いていた曲がこのデヴィッド・ゲイツの「グッバイガール」なのです。
 この曲が主題歌となったニール・サイモン脚本の名画「グッバイガール」については、以前こちらに書きましたとおりです。ぜひ一度ご覧になっていただきたい映画です。
 その記事にも書いてありますが、当時の私はその曲を、そのまんま「女の子にさよなら」の意味に取っていたので、まさにその時の気持ちにピッタリ。甘酸っぱい涙を味わいながら何度もヘッドフォンで聴いていたものです。
 当時私は社宅に住んでいたのですが、いよいよ引越しの日、ひそかに部屋の壁に「goodbye girl」と、習いたての筆記体で小さく書いたのを思い出します(お〜、恥ずかしい)。
 さて、その曲ですが、ちょっと聴いていただきましょうかね。この前の八神純子もですけど、考えてみると結構おませな少年でしたね(笑)。こんなの聴き込んでるんだから。
 映画から抜粋でどうぞ。

 う〜ん、いい曲だなあ。そして、いい映画ですなあ。大好きです。
 さらに!案外知られていない事実。この曲、全米ではたしかビルボード15位、日本ではほとんどヒットしなかったと記憶しているんですけど、なんと、あの松田聖子が、いや聖子ちゃんがカバーしてるんですよね。
 私は高校生になってからというもの、真剣に結婚しようと思うくらい(笑)松田聖子に惚れ込んだのですが、実は当時このカバーがあるなんて知らなかったのですよ。最近YouTubeで見つけて驚愕、興奮したのです。
 

 調べてみると、どうもこれは南沙織さんの楽曲だったらしい。シングルだったんですね。それをさらに聖子ちゃんがカバーしたっていうことでしょうか。南沙織さんのバージョンを聴いてみましょう。たしかに同じ歌詞、アレンジですね。

 と思ったら、英語バージョンもあった。B面は英語歌唱だったのですね。ううむ、YouTubeおそるべし。

 名曲だからこそ、こうしてカバーされるのでしょう。どのバージョンもいいけれど、やっぱり聖子ちゃんのあの声が最高かもなあ。カワイイ表情も(笑)。

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2010.10.14

二人いるから一人になれる

Donald Woods Winnicott
Donald_winnicott567 よいよ中学1年生も本格的な思秋期(岩崎宏美)…ではなくて思春期を迎えはじめまして、まあいろいろな変化が現れてまいりました。
 昨年までは高校生とウン十年つきあってきましたからね、いわゆる高二病(?)のような冷めた変化というのは毎年たくさん見てきましたが、こういう熱い(!)変化を目の当たりにするのは初めてです。ウチの子はまだ小学生ですしね。
 自我に目覚め、自分を客観視するようになり、親に反抗し、秘密を持ち、性に興味を持ち、なんとなく世の中や他者に対して不満を持ち始め、自分や友人が今までと違う人間のような気がしてくる。ある場合には「小学校時代は良かった」と言う場合もある。嫉妬心による他者批判も顕著になります。
 この前書いた「中二病」の始まりです。
 自分のそういう時代を思い出して懐かしくも思いますよね。私の人生のピークは中一でしたから(笑)。変革のエネルギーを自ら実感していたんでしょう。不安もあったけれども、大きな期待や夢もありました。自分はなんでもできるという妄想もありましたし。
 そういう生徒を見ていて、そして自分を振り返って思い出されるのは、昔ちょっとかじった発達心理学の中に出てきたウィニコットの言葉です。

 「二人いるから一人になれる」
 「自立とは二人いて一人でいられる能力」
 「依存のない自立は孤立にすぎない」

 ドナルド・ウィニコットはイギリスの小児科医で精神分析家です。そちらの世界ではいわゆる中間派に属する方でしょうか。
 彼のこれらの言葉は、思春期の生徒たちを見る私たち教師に大きな示唆を与えてくれます。
 少し前まで、とかく世の中では、「早く自立しろ」とばかり叫ばれがちでした。私たち教師もついそういう発想で突き放してしまい、あるいは極端な場合「早く世話の焼けない生徒にならないかな」と考えがちだったのです。「自己責任」ブームの時代です。
 親はどうかというと、自分の子どもはそれまで自分の分身、いや自分の一部だったわけで、なかなか突き放すことができません。子離れできない親というわけですね。
 だから、ちょっと前(今20代後半から30代前半くらいの人が高校生くらいだった頃)の親子関係についてはこんなことを感じていました。
 当時の子どもは「自立」をむやみに促されるために、その障壁となっていると思われがちな「依存」を意識的にやめるように努めました。誰も頼りにしないで、全部自分でやってやると意気込むわけです。親も社会も学校も、やれ「なんでも自己責任だ」とか、やれ「国際化してるから自分の意見をちゃんと持たなきゃダメだ」とか言ってましたから。
 一方、親はいつまでも自分に依存してもらいたいという潜在意識が強く働きますから、それまでどおり過干渉になりがちでした。どの時代も「本能」は変わりません。
 そうしますと、当然不自然な親子関係が成立してしまいますね。これは親子関係よりも、恋人関係で考える方が分かりよいくらいに、顕著な不自然さとして現れます。つまり、片思いのストーカーとそれを極度に嫌悪するその相手という関係です。
 それが過度にねじれた親子関係につながり、別居願望になったり、あるいは双方の極度な孤独感につながったりしました。ある意味では、この世代の晩婚化や失業・貧困問題はここに端を発しているとも言えるかもしれません。あるいはこの世代のロックや文学における「孤独感」「寂しさ」も。つまり、彼らはまじめに社会のかけ声に答えてしまったと。私はちょっとそんな気もしています。
 最近の親子関係はどうかというと、親の側は本能なので以前とそんなに変わりませんが、子どもの方がなかなか「自立」に踏み切れないという部分が見受けられます。世の中が「自立」の推奨を自重するようになったからでしょうか。我々が資本主義市場経済に疲れ、「共同体」を見直しているからでしょうか。
 そうしますと、今度は親子の利害がある意味一致してしまいますから、「共依存」の状態が持続してしまいます。ある種「お友だち」のような関係が続く場合もあります。特に母親と娘の関係。
 一見平和そうですが、それはそれで、本来家族の中に境界線を引くことによって形成されるべきだった「社会性(他者意識)」が芽生えるのを阻害しますから、いずれ必ず面倒な問題として発露します。
 最近の高校生なんか見ていても、私なんか信じられないのですが、卒業しても家にいたいとか、家から通える大学に行きたいとか言うんですよ。ま、いつまでも自立しないで寄生していたいんですね。これはこれで重篤化すれば、不登校やひきこもりやパラサイトシングルになってしまいます。
 昔から反抗期、思春期の子どもを持つ親は、多かれ少なかれそういう関係に苦しみ、悩み、ある意味あきらめてきたわけですが、そこに社会の雰囲気や論調が大きく働くようになったのが現代なのだと思います。
 昔だったら、世間の理屈よりも、じいさんばあさんの「独自の子育て論」が優先したりしましたからね。というか、それが正常な姿だったのだと思います。社会的に「頑迷な」「理不尽な」ことを言う個人には、当然それなりの体験的確信や、そこから生じる「責任」も存在したからです。
 世論というのは、実体のないものです。だからそこに依拠すると、誰にも責任をとってもらえない結末になります。
 ウィニコットの言葉や思想を紹介している臨床心理士の氏原寛さんも、そうした間違った世論によって、我々が「かけがえのある自分」になってしまっていると説いていました。自分にとっての「かけがえのない他者」がいないために、結果として自分も他者にとっていくらでも代わりのいる「かけがえのある」存在になってしまっていると。
 そうしますと、上記のウィニコットの言葉から分かるのは、自立のためには適度な距離を保った他者、すなわち依存の対象が必要だということです。
 幼い子どもは、母親がいれば一人でおとなしく遊ぶことができます。母親がいないと不安で泣き出してしまうでしょう。それと同じようなことが、私たちには、どの年代であっても、誰に対しても常に起きているのです。
 「二人いて一人になれる」…非常に深く本質的な言葉だと思います。
 私も、親として教師として、子どもたちに対して「あるべきもう一人」になれるよう意識、努力していこうと思っています。
 それ以前に、私は本当に「自立」しているのか、「依存」ばかりになっていないか、いや反対に「孤立」していないか、自己検証していかねばなりませんね。
 いざという時に「依存」できる他者がどれほどいるのだろう…。
 

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2010.10.13

『SONGS〜八神純子』 (NHK)

Pic_101013 やあ、良かった良かった。ぐっと来ましたね。今日のSONGS。
 八神純子さん。全くお変わりない澄んだ歌声とシャープなリズム感。素晴らしい。
 バンドもまあ錚々たるスタジオ・ミュージシャンの方々、ストリングスもカッコよかったし、このままライヴツアーに出かけてもらいたいクオリティーでした。
 セットリストとそれぞれの感想など。

『思い出は美しすぎて』

(Arr)山川惠津子
(Gt)今  剛
(Strings)クラッシャー木村ストリングス

 まず、ボサノヴァのアレンジがオシャレでグー。今さんのボッサ・ギターというのは初めて聴きましたけど渋い!
 この曲なんか、たぶん十代で作ったんでしょうね。ものすごく大人な曲ですよね。たぶん当時はかなり背伸びをしてテクニカルに作った部分(特にコードの選択なんか)もあったと思いますが、こうして人も曲も成熟したのを聴きますと、やっぱり音楽は生きていて変わらないけれど変わっていくものなのだなあと実感。
 この「思い出」って、今まさに奇跡の救出劇で注目のチリの思い出なんですね。知りませんでした。

『みずいろの雨』

(Arr&Pf&Cho)山川惠津子
(Dr)山木秀夫
(Ba)高水健司
(Gt)今  剛
(Cho)比山貴咏史
(Strings)クラッシャー木村ストリングス

 ふむふむ、この曲は最近ウチのバンドでもやりましたからねえ。ちなみにその時のライヴ映像はこちらです。八神さんとウチのカミさんを比較したり、今さんのギターと私のヴァイオリンを並べて語るのもどうかと思いますが(笑)、まあこっちも聴いてやってくださいな。
 まあやっぱり曲が素晴らしいので、やってて楽しいですよ。日本が世界に誇る楽曲の一つでしょう。洋楽的でありながら、「日本語の歌!」という感じがします。まさに「神曲」。今回のアレンジも良かった。大仏さんのベースの安定感も最高。
 この曲ができた瞬間のエピソードも興味深かった。「作ろうと思ってもいいものはできない。潜在意識で作ろう作ろうと思っていると『生まれる』。そこにたまたまメロディーが待っていてくれて、それをたもでとるような」。納得。名曲が生まれる瞬間(原宿の歩道橋の上だったそうな)。

ヒット曲メドレー『Mr.ブルー ~私の地球~』~『ポーラー・スター』~『パープルタウン~You Oughta Know By Now~』

(Arr&Pf&Cho)山川惠津子
(Dr)山木秀夫
(Ba)高水健司
(Gt)今  剛
(Cho)比山貴咏史
(Strings)クラッシャー木村ストリングス

 このあたりの曲についての八神さんのコメントも、なるほどでした。ヒット曲は頭で作っていた…かあ。なるほどね。売るための音楽ですね。いい曲たちですが、当時の私もどこか違和感を感じていましたっけ。
 当時の、特にディスコ・シーンに迎合していくポップ・ロックへの嫌悪感でしょうかね。八神さんの曲も、たとえばELOそのままだったり(転調とかストリング・アレンジとかも)して。そういう時代だったんですよね。

『想い出のスクリーン』

(Arr&EP&Cho)山川惠津子
(Dr)山木秀夫
(Ba)高水健司
(Gt)今  剛

 私はこの曲大好きだったんです。だから、今日の最大の感動はこれ。当時私は中三でしょうかね。ませてましたね。思いっきり背伸びしてたんでしょうね。ピアノ譜まで買ってちょっと練習したりしてました(笑)。「愛」とか、訳も分からず憧れていましたし。
 今回、これもまた成熟のアレンジ、歌唱、演奏でしたね。ぜったい生で聴きたい!
 当時の映像はこちら。これもまたいいですね。

 成熟という意味では、最近の岩崎宏美さんとのデュエットは最高ですね。

 とにかくライヴで八神純子を体験したくなりました。ツアーしてくれ〜!

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2010.10.12

ノイズキャンセリングヘッドホン HP-NC88N (オーム電機)

20101013_74719 980円だったので買ってみました。私にとっては初めてのNCヘッドフォンです。
 なんで買ったかというと、単純に試してみたかったからです(笑)。で、効果は「お〜!」という感じでした。けっこうイケますね。
 今、カーステレオがぶっ壊れているので、こちらのカーナビにつないで、音楽を聴くこともあります。
 ウチの車はうるさいことで有名なエブリイランディなので、このNCヘッドフォンを使うと効果がはっきり分かります。エンジンノイズ、ロードロイズがかなり減って静かに音楽を聴くことができます。
 ちなみにこのノイズキャンセルは、70㎐から1000㎐の範囲の音、すなわち低音に関して効果があるので、人間の声やサイレンの音、警笛などは聞こえますから、安全上の問題はそれほどないと思います。
 ただし、路面のギャップなど「ガツン」系の音には対応できないのか、逆に「ブツッ」というノイズを発生してしまいます。ま、これは本来の使い方ではないからしかたないか。
 そう、このようなノイズキャンセラーの本来の使用環境というのは、たぶん電車の中や、飛行機の中なんでしょうね。「ゴーッ」系の音をキャンセルする設計になっているのでしょう。
 で、意外にこの機能が役立ったのが、音楽を聴く時ではなくて寝る時だったのです。
 先日も東京で車中泊しましたけれど、たとえば大通りに面した駐車場なんかで寝る時、これをかけて寝るとよく眠れるんですよ。もちろん無音です。車の通過音が気にならなくなります。
 以前、長旅の途中、高速道路SAで仮眠をとった時も、隣にエンジンをかけたままの大型トラックがいたのですが、そのアイドリングの音も見事に軽減されて熟睡できました。雨の音なんかもほとんど気にならなくなります。そういう使い道もあるんです。
 ちなみにこのようなノイズキャンセルが働いている時には、独特の違和感があるのも事実です。なんというか、トンネルに入った時のような、気圧の変化があったような感じ、鼓膜のあたりに圧迫感があります。どういう理由でそのようになるのか分かりませんけれど、あの頭を軽く指圧されているような感じが、微妙に気持ちよくて(変かな?)、なんというか眠気を助長してくれるんですよね。
 というわけで、最近では音楽を聴くためというよりは、「安眠ヘッドフォン」として使用しております。
 980円で安眠できるのですから、けっこういい買い物をしたのではないかと思っています。電池もeneloopを使えばストレスレスです。
 「騒音カットで快適安眠ライフ!」っていうところですかね(笑)。

Amazon HP-NC88N

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2010.10.11

千葉市美術館開館15周年記念 『世界の絵本がやってきた ブラティスラヴァ世界絵本原画展とチェコの人形劇』

Bib_a4_1 夜は東京にお泊まり。今日は午前中時間があったので、千葉市美術館に行ってみました。今ここでは、チェコとスロヴァキアにちなんだ展覧会が開催されています。
 チェコと言えば、まず音楽のことが頭に浮かびますでしょうか。最近もチェコで活躍したピアニストの方とお話しをする機会がありました。もうだいぶ前になりますが、どういうわけかチェコ・フィルのメンバー数人がウチに遊びに来たこともありました。
 それからチェコ語にもなんとなく親しみを覚えます。担任をした教え子二人が、東京外国語大学のチェコ語専攻に行ったからです。
 そんなところが入り口になって、チェコ・アニメの世界にも少し興味を持っていました。ザフラドニークとかポヤルとか、有名どころしか知りませんけれど。
 そしてそのチェコ・アニメの源流となったチェコの絵本や人形劇。これらも独特の世界があります。
 あっそうそう、あの BUMP OF CHICKEN の名作人形劇「ギルド」ってチェコ・アニメみたいですよね。今気づいた。
 ギルドもそうですが、そうした子ども向けでありながら大人の心をも打つ独特の世界があるじゃないですか。最近、そこに興味があったりもするのです。
 すなわち、子どもの視線こそが「本質」を見きわめることができるという、まあ当たり前と言えば当たり前の真実を、この歳になって再確認する作業に入っているということでしょうか。
 この前の柳田邦男さんの講演にも刺激を受けました。それから、もちろん、バンプの藤原くんや、フジファブリックの志村くんの独自の視点によるロックにも影響を受けていますかね。
 さて、そんなわけで今回注目してみたこの美術展。非常に興味深く、また心の奥底の方で深い共感を感じました。皆さんもぜひご覧になってみてください。
 この美術展は、スロヴァキアで行われているブラティスラヴァ世界絵本原画展の入賞作品を中心とした展示(8F)と、チェコの伝統的な人形の展示(7F)の二部に分かれており、けっこう贅沢な内容となっています。私はあまり時間がなかったので、ちょっと消化不良気味でした。
 先ほど書いたように、社会的な抑圧に対する抵抗としての「子ども」という側面もあります。「子ども」という社会化していない存在をメディアとして使う「大人」のずるさということもできます。
Bib_a4_2 しかし、一方で、社会化されていない、すなわち近代的な意味で「芸術」になっていないこうしたメディアにこ、それこそ「芸術」以前の「芸術」が存在していることも事実です。
 私は今まで、それを日本の文化の中にたくさん見てきました。このブログでも、日本画の伝統や、最近のマンガやアニメを、そういう視点で語ってきたつもりです。最近、それが実はヨーロッパをはじめとする「近代国家」にも存在するということを再認識させられました。その一つが「絵本」という文化です。
 たとえば「リアリズム」一つとっても、絵本のそれは、近代芸術のそれとは一線を画しています。そのいびつにデフォルメされた造形は、決して近代のキュビズムやアヴァンギャルドとは違います。あくまでも、大人による、子どもの脳内での「リアリズム」の復元、再構成なのだと思います。
 つまり、近代的な「理論」や「技術」や「システム」や「デザイン」という「コト」を通過していない、「モノ」としての「形」なのだと思うんですね。
 日本では、それを普通にやってきた。だからこそ、たとえば、浮世絵が印象派を生んだわけでしょう。ショックだったのだと思います。
 ある意味、そんな流れの中で大人の世界においても復権したのが、「絵本」であり、「人形劇」であり、そして「アニメーション」だったのです。
 だからでしょうか、今回強く想像されたのは、日本画と絵本の親和性です。教え子にも何人か日本画家を志している者がいますので、そんな話もしてみようかなと思いました。なにしろ、今、日本画界はグラフィック・アートに毒されていますの(苦笑)。
 特に智内兄助さんの《 ぼくのうまれた音 》の原画(完全に「絵」を超えていましたが)は興味深かったし、新鮮でもありました。ちょっと涙が出てしまった。彼は洋画家でありながら、日本画の影響を強く受けています(たぶん)。
 もちろん、同級生であるジャズトランペッターの近藤等則さんの生い立ちの物語としても感動的だったけれど、それ以上に作品としての完成度の高さ、絵自体が物語になっている、そのまさに渦潮のようなエネルギーにすっかりやられてしまいました。
 「子ども」の目、耳、頭、皮膚、肺…私もこんな大人になってしまい、すっかり社会的な動物というより機械のようになってしまいましたが、改めて自分にも存したその壮大な「物語」のメディアを思い出してみようかと思っています。
 今、中学生と共に日々を送るようになり、かたや「子どもの大人化計画」を実行しつつ、かたや「大人の子ども化計画」も着々と進めようかなと(ニヤッ)。


千葉市美術館公式

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2010.10.10

オーケストラ・オン・ピリオド・トウキョウ&東京クラシカルシンガーズ第10回演奏会

Photo_10_11_20_42_39 ーケストラ・オン・ピリオド・トウキョウ&東京クラシカルシンガーズ第10回記念演奏会にヴィオラで出演いたしました。ご来場くださった皆さま、ありがとうございました。
 今回は忙しく充分に練習に参加できませんでした。皆さまにご迷惑をかけてしまったかもしれません。すみません。
 

日 時 2010年10月10日(日) 午後2時開演(午後1時30分開場)
場 所 浜離宮朝日ホール
曲 目
 F.J.ハイドン/ミサ曲第10番変ロ長調「テレジア・ミサ」 Hob.XXII
 W.A.モーツァルト/フルート協奏曲第1番ト長調 K.313
 W.A.モーツァルト/Venite populi K.260
出 演 ソリスト:本宮廉子(ソプラノ)、北條加奈(アルト)、坂口寿一(テノール)、浦野智行(バス)、水谷定徳(フルート)
ゲスト・コンサートマスター:石川和彦
指揮:坂本 徹
合唱:東京クラシカル・シンガーズ

 いやあ、演奏しながらまたまた感動してしまいました。この団体の演奏会ではいつもそうなんです。
 やはりこれだけの編成でこのホールでということもあるでしょう。そしてなんと言っても本番ならではの緊張感と高揚は、練習とは大違いです。
 プロの歌手の方々も、本番ではそれまでとは全く違う声量、声質、表現で臨みます。合唱の統一感も格別。オケも同様。そしてお客様の視線というか、聴線というか。
 音楽はライヴが一番だと思う瞬間ですね。お客様も含めて数百人の人々が一つの作品を作り上げる恍惚は何ものにも代えがたいものがあります。それを体験できるだけで、私たちは本当に幸せです。
 特にミサ曲。もちろん、厳密な意味での宗教的な一体感というのは味わえないのかもしれませんが、ハイドンが目指したであろう「場」の統一のための音楽は、あの瞬間見事にあそこに結実していたと感じました。
 出口王仁三郎が言うように、実は「芸術は宗教の母」なんですよね。逆じゃないんです。まず、我々の理想とする「一体感」というものがあるのです。キリスト教を完全には介さずとも、あれだけの感動を作り上げることができるわけですから。
 今日は、私の中学から生徒が6人来てくれました。子どもたちだけの東京旅行ということで、ちょっと心配でしたが、無事たどり着いたようで一安心。終演後の感想はまだ聴いていませんが、きっとそれなりに感動してくれたことだと思います。
 彼らは新しく作った「弦楽合奏部」のメンバーです。少しは刺激になったかな。そして、もうすぐクラス合唱を披露する機会があります。それへ向けてもいい勉強になったのではないでしょうか。
 やはり「生」を体験させてあげたいですね、子どもたちには。来月は、それぞれ一流(超一流)の、モダン&古楽のアンサンブルを学校で聴く機会を作りました。ある意味ぜいたくだよなあ…。それから、生のプロスポーツ観戦も計画しています。また、丸一日使って富士山の自然散策も。とにかく「生」の体験が一番です。
 私もこうして自分が「生」体験できることを、本当に幸せに思います。楽器をやっていて良かった。音楽が好きで良かった。つくづくそう思った演奏会でした。皆さん、ありがとうございました。

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2010.10.09

ショーン・レノン 『イントゥ・ザ・サン』

Sean Lennon 『Into the Sun』
41707jjfkgl_sl500_aa300_ 日はジョン・レノンの70回目の誕生日。Googleにもジョンのアニメーションロゴが。
 ジョンについては、おそらく多くの人が語ってくれると思いますので、私はちょっと違う人のお誕生日を祝いましょう。
 そう、今日はジョンの息子ショーン・レノンの誕生日でもあるんですよね。1975年生まれですから35歳になったということですか。
 彼も実はミュージシャンです。今日もお母さんのオノ・ヨーコさんと一緒にイギリスでコンサートをするのだとか。
 日本にもよく来ていましたし、マイケル・ジャクソンのトンデモ映画「ムーンウォーカー」やCMにも出ていましたから、案外顔を知られてたんですよね。ジョンにも似てるしヨーコにも似てる、なかなかの美男というか個性的な顔の男です。
 ちなみにショーンの本名は「ショーン・タロー・オノ・レノン(Sean Taro Ono Lennon)」です。小野太郎なんですよね。そして、考えてみると彼は安田善次郎の玄孫(やしゃご)なんですよね。安田財閥の血が流れているというわけです。
 さて今日は、そんなショーンのデビューアルバムを紹介しましょう。知られざる名アルバムです。(少なくとも私にとっては)。
 これが発売された1998年、ちょうど私が結婚した頃ですか、このアルバムを買って車の中でよく聴いていたことを思い出します。ビートルズをほとんど知らない(あまり好きではないらしい)カミさんにとっては、ジョン・レノンの息子だというのはどうでもいいようでしたが、しかし、そのちょっと無国籍風な音楽はそんなに嫌いではなかったようです。特にボサノヴァ調やフュージョン調の曲は気に入っていたようです。なるほど。
 プロデュースは当時ニューヨークで活躍していた前衛音楽集団チボ・マットの本田ゆかさんです。彼女の影響も強く出ているアルバムですね。同ユニットの羽鳥美保さんも参加しているようです。
 ジュリアン・レノンほどではありませんが、声質もちょっとお父さんに似ていますね。お父さんよりもハスキー度が低くて甘い感じです。作曲の力もけっこうあると思いますよ。かなり風変わりなのは、お母さんの血、すなわち安田財閥の血が入っているからでしょうか(笑)。前衛的ながらキャッチーであり、当時私は「ショーン・レノンがこれからの音楽シーンを変える!」と本気で思ったものでした。
 その後数枚のアルバムをちょろっちょろっと出しましたが、評判にも話題にもならず、なんとなくもったいないような気もしますねえ。偉大すぎる父を持つ二代目の辛さがあるのかなあ。なんとなく萎縮しているような気がしないでもない。いや、まだ35ですから、これから何か大きなことをしでかしてくれかもしれません。期待しています。
 今日はYouTubeで全曲聴いていただきましょう。ロック・アルバムを想像して聴くとたぶん退屈です。父親とは全く違うものとしてお聴き下さい。

1. Mystery Juice
2. Into The Sun
3. Home
4. Bathtub
5. One Night
6. Spaceship
7. Photosynthesis
8. Queue
9. Two Fine Lovers
10. Part One Of The Cowboy Trilogy
11. Wasted
12. Breeze
13. Sean's Theme

Amazon Into the Sun

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2010.10.08

更級日記より『富士山』

Popocatepetl 日、更級日記の「富士川」を紹介しましたら、ある方より、そのすぐ前にある「富士山」の描写も紹介せよとの命が下りました。
 たしかに富士山の噴火史を語る上で、非常に重要な記述ですね。平安時代の中期、10世紀、11世紀頃は比較的富士山が活発に噴煙を上げていた時代です。
 宝永の噴火以来300年以上噴煙を見ていない私たちからしますと、なんとなく新鮮な感じさえする記述です。
 あっ、この写真リアルでしょ。これは実は今も活動を続けているメキシコのポポカテペトル山です。
 私、こういう「ニセ富士山」の写真や実物を見ると異様にゾッとするんですよね。富士山だけは大丈夫で、なぜかその他は「邪悪」に見えるんです。なんでだろう…。
 ま、それはいいや。では、再び縦書き現代語訳付きで。

 富士の山はこの國なり。富士の山はここ駿河の国にあるわが生ひ出でし國にては、私が生まれた常陸の国では西おもてに見えし山なり。西側に見えた山であるその山のさまいと世に見えぬさまなり。その山の様子は全くこの世のものとは思えない様子であるさまことなる山のすがたの、異様な山の姿の紺青を塗りたるやうなるに、その紺青を塗ったようなところに雪の消ゆる世もなく積りたれば、雪が消える時もなく積もっているので色濃き衣に白き袙着たらむやうに見えて、色の濃い衣に白い衵を着ているように見えて山の頂のすこし平ぎたるより煙は立ちのぼる。山の頂上の少し平らになっているところから煙は立ちのぼる夕暮れは火の燃え立つも見ゆ。 夕暮には火が燃え立つのも見える

 なかなか上手な描写ですね。噴煙の上がる富士山も幻想的でしょうね。そして暗くなってからチラチラと見えたであろう火焔や火の粉は、そこらのイルミネーションとはケタ違いに美しかったことでしょう。
 私の家は富士山の標高1200メートル地点にあるんですが、もし今こんなふうに軽い噴火を起こしていたら、それはそれで毎晩楽しめることでしょう…いや、いろいろ降ってきたりしてそんなに風流なことは言ってられないか。

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2010.10.07

更級日記より『富士川』

Photo_10_08_7_07_33 な写真ですみません。富士川のSAで「桜えびラーメン」を食べた「あと」の風景です。
 今日は静岡で叔父の葬儀が執り行われました。若い頃はいわば侠客、博徒のような生活をしたこともあり、豪放磊落、波乱万丈の人生を送った叔父でしたが、最後はひたすら土と親しみ、畑仕事に精を出し、孫やひ孫を愛でる仏さまのような好々爺になりました。
 いろいろな意味で、人々の記憶に残る、太く長い人生であったと思います。
 精進落としの場でも、皆が叔父のいろいろな「物語」を思い出して、大笑いしました。
 戦争中の台湾での話が面白かった。体長10メートルの大蛇と戦った話、大量のとかげににらまれた話、棒高跳びの要領で川を飛び越えたら、それは(なぜか)揚子江だったという話…笑。
 私はこうした話を何度も聞きながら、「ああ、神話や伝説はこうして生まれるのだな」と思いました。そういう意味で、叔父は立派な「語り部」であったわけです。
 帰途、カミさんと雄大な富士山と富士川を眺めつつラーメンをすすながら、そんなことをしんみり話し合いました。大自然は「物語」を生む舞台なんだろうなあ。台湾だからこそ生まれた大蛇なんだろうなあ。
 そこで思い出したのが、この更級日記の「富士川・富士山伝説」です。
 私も深く関わっている神話「富士王朝」の伝承として、実は非常に重要な文献なのですが、どういうわけかあまり取り上げられることがありませんので、今日、私がここに紹介させていただきます。
 まず本文を縦書きでどうぞ。右に(ワタクシ流)現代語訳を付すという新技を試してみました。

 富士河といふは富士の山より落ちたる水なり。富士川というのは富士の山から落ちている水であるその國の人の出でて語るやう、その国の人が出てきて語るには一年ごろ物にまかりたりしに、一年くらい前ある用事で出かけた折にいと暑かりしかば、とても暑かったのでこの水の面に休みつゝ見れば、この川のほとりで休みながら見ていると河上の方より黄なるもの流れ來て、川上の方から黄色いものが流れてきて物につきて止まりたるを見れば反故なり。物にひっかかって止まったのを見ると古紙であるとりあげて見れば、とりあげて見ると黄なる紙に丹して濃くうるはしく書かれたり。黄色い紙に朱色で濃く美しく字が書かれているあやしくて見れば、不思議に思って見ると來年なるべき國どもを除目のごとみな書きて、翌年なるはずの国司たちを除目のように全て書いてこの國來年あくべきにも守なして、駿河の国で来年空席になるはずのところにも国守とあり又添へて二人をなしたり。またそこに添えて計二人の名があったあやし、不思議だあさましと思ひて、ありえないと思ってとり上げて乾してをさめたりしを、取り上げて干して取っておいたのだがかへる年の司召にこの文に書かれたりし一つたがはず、翌年の司召とこの紙に書かれていたものとが一つとしてたがわずこの國の守とありしまゝなるを、駿河の国の国守としてあったその人が三月のうちになくなりて、三月のうちに亡くなって又なり代りたるも、またその人になり代わった人もこのかたはらに書きつけられたりし人なり。この傍らに書きつけられてあった人であったかかる事なむありし。このような事があったのだ來年の司召などは、来る年の司召などは今年この山にそこばくの神々集まりて、今年富士山にたくさんの神々が集まってない給ふなりけりと見給へし。決めなさるのであったのかと拝見しためづらかなることにさぶらふ」不思議なことでございますとかたると語った

 富士川が富士山から流れてきているというのは間違いです。この時点ですでに、この記述は「物語」となっています。そして、翌年の公務員の人事異動は、富士山に神々が集まって決めているという「伝説」、これは他には見られない特異な伝承です。
 ご存知のように、記紀はもちろん、中央の諸書には、意図的とも言えるような「富士山忌避」が見られます。おそらく、中央にとって富士山はそれこそ煙ったい存在だったのでしょうね。まつろわぬモノどもの象徴。
 そんな中、平安中期に書かれたこの更級日記のこの記述は、富士山に神々が集うということ、あるいは政治的重要事項も富士山で決められているという、いわば中央に対する富士山の優越性が語られている意味において、非常に興味深いものです。
 しかし、一方で、そこそこ有名ながら、あまりに素通りされてきた「物語」「伝説」だということもできます。やはり何らかの意図、意志が働いてきたのでしょうかね。
 私はこの「物語」「伝説」に、ここ富士北麓、富士吉田に伝わる超古代文献、ある意味トンデモ文書の代表ともされている「宮下文書(富士古文献)」の源流の一つを見ますが、いかに。
 叔父の「物語」「伝説」「神話」もそうですし、この更級日記もそうですが、ちゃんとその意味をとらえた人、感銘を受けた人が、責任をもって語り継がねばなりませんね。
 感動するということは、ある種の責任を担うということでもあるのです。

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2010.10.06

フジファブリック 『赤黄色の金木犀』

Photo_10_06_10_59_59 高校に用事があって中学の外に出ましたら、突然金木犀の香りに包まれました。昨日までは全く気づきませんでしたから、今日は富士吉田での開花日だったのでしょう。  いったいどこから香ってくるのだろうと、鼻をピクピクさせながら路地裏を少し歩くと、そこはまさにフジファブリックの志村正彦くんの生まれ育った場所。  もしこの木が昔からあったのなら、彼もこの香りをかいだに違いありません。なぜなら、その金木犀は彼の部屋のすぐ目の前に立っているからです。  彼は、窓を開けて富士山を眺めながら、この金木犀の香りに何を思ったのでしょうか。  その答えはこの名曲の中にあります。「赤黄色の金木犀」。

 私を含めほとんどの人が「ああ、いい香りだな」とうっとりするこの景色に、この感情を乗せた志村くんは、やはり天才詩人でした。  あらためて歌詞を読んでみましょうか。こちらで英訳も含めてご覧下さい。  タイにお住まいの知り合いが、今とっても大切なお仕事をなさっています。フジファブリックを世界の人に知ってもらうための地道なお仕事です。  彼の音楽や詩には、色濃く昭和の日本の、もっと言うなら、ここ富士吉田の、いやもっと言うならここ下吉田の香りがしますが、一方でグローバルな魅力にも溢れています。真にローカルな「文化」は、真にグローバルな「芸術」になりうるものです。それについては、私も何度か書きましたね。  そういう意味で、私もなんとか海外の人たちにたくさん彼らの音楽を聴いてもらいたいと思っていましたが、なにしろ私にはそういう能力がありません。そんな時に、タイの彼女と不思議なご縁もあって知り合うことができ、私は本当に嬉しく思いました。まさに志村くんが、私たちを家族ぐるみで結びつけてくれたのですから。  たとえば、最近の記事「世界のFujifabric アメリカ編」なんか、私たち日本人にとっても、ものすごくうれしい内容ではないですか。  彼女にはこれからもぜひ頑張ってほしいと思いますし、世界や日本のたくさんの方々にこの素晴らしいサイトを知っていただきたいと思います。  さあ、この名曲の歌詞はいかがでしたか。彼の詩は、多くの日本人の歌人、詩人たちと同様、「不随意」との葛藤をテーマにしています。日本では古来、「不随意」を「もの」と表現していました。そこに嘆息することを「もののあはれ」と言ったのです。そして、その不随意な「もの」の代表とされてきたのが、「時」であり、「我」であったのでした。  志村くんの歌はまさに「もののあはれ」そのもの。音楽も、今の「J」ミュージックのようにカタにはまった薄っぺらで安っぽいものではなく、また、どこか期待を裏切る、「いききらない」流れになっています。  完成や極点や完全な造型や規則性を好む西洋的な感性とは違う、未完なもの、不確かなもの、切ないものに対する愛情という、まことに日本的な「もののあはれ」の魂が、彼の楽曲には深く沈潜、底流しています。  私の教え子のお母さんは、彼の保育所時代の先生でした。その方が「小さい時から詩人みたいだった」とおっしゃっていました。まわりの子どもたちとは明らかに違う感性を持っていたようです。しかし、それはある意味においては、私たち現代の日本人が忘れてしまった大切な感性だったのかもしれませんね。  今日、この金木犀の香りに包まれ、彼の過した家や、そのお隣の保育所を眺めながら、ふとそんなことを思いました。

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2010.10.05

縦書きエンジン「涅槃」

 っぱり日本語は縦書きでなければ。
 いつも書いていますように、縦書きと横書きとでは文章も違ってきますし、気持ちも違いますね。
 ブログも内容によっては、本当は縦書き表示したかったのです。その時は、もちろん、原稿を書く時も縦書きにしなければいけません。
 今までなかなかいい方法がなかったのですが、時々私も引用させてもらっていた「縦書き文庫」さんが、その基本エンジン「涅槃」(すごい名前だ)を公開してくれましたので、今日試してみました。
 ためしに、おとといの記事を縦書きしてみましょう。

33403577 内田樹というメディアは、いつもながら面白い。彼の言説は常に発見のあるエンターテインメントとなっています。  つまり、なんだかとっても正しいような気がするのですが、だからと言ってそれらがちっとも現実化しないという、いわば夢のような感じがするんですよね。  彼一流の視点と理論と言い回しのおかげで、それこそ我々の知性が劣化するんじゃないでしょうかね。でも、それが気持ちいいので、一種麻薬のような魅力があると。  読後すぐには、まさに目からウロコ、膝を打って興奮していた私も、こうして少し経ってから記事を書こうとすると、なんかちょっと意地悪な気持ちになるんですよね。遊園地で遊んだあとの空しさというか。  ここに書かれているキャリア論、教育論、マスコミ論、テレビ論、新聞論、読書論その他も、実に見事な「楽しさ」を演出してくれています。現実や常識がひっくり返る快感を与えてくれます。  しかし、そうした快感の集合体をもって、はたして本当に世の中がひっくり返るかというと、やはりひっくり返らない。  ヤクザ映画を観たあとしばらく、自分がその道の人になったかのように錯覚して街を闊歩するのと同じような感じでしょうか。だからエンターテインメントだと言うのです。実際売れていますし。  そんな我々は、エセヤクザ、いやいやエセインテリ、エセ知性派、エセ憂国の士なのかもしれませんよ。とっても意地悪な言い方をするとそういうことです。  しかし、そんな内田さんの言葉によるエンターテインメントを私も、彼のブログではもちろん、けっこう書籍も買わせていただいて楽しんでいます。プロレスを観て、現実逃避するのと同じなのかもしれませんね。どこか「これは現実化しない」「フィクションである」という意識があるのも事実です。  センセイという職業上も、彼の言説はコンビニエントなんですよね。ちょっとそれらしいことを生徒に語るには、すなわち教室を遊園地化するには、彼からの受け売りは非常に便利です。この前も私、説明会でしっかり受け売りさせてもらいました。読後すぐだったので(苦笑)。  もちろん、彼の博覧強記と柔軟性と謙虚さは私の憧れでもあります。レベルは違えど私も自分のブログで人と違うこと(現実的でないこと)を書いて悦に入っているとも言えます。今、こうして人と違う「内田樹論」をやらかしているのも、その一つの例かもしれませんね。  そして、彼が著作権というものを放棄しているように、私も権利とともに責任をも放棄して好き勝手をやっています。いや、「私も」なんて書いたら失礼か。彼は権利は捨てても責任は持てと主張しているわけですから。  いずれにせよ、彼の言説にいちいち納得する私たちがいくら増えても、なぜか世の中は大きく変化しないんですよね。ある意味不思議です。いや、ある意味、そのように現実に対して現実的な影響力がないからこそ、彼も私もこうして発言し続けることができるのかもしれませんね。  ちなみに私には私のメディア論があります。ここのところ、某巨大広告代理店の方や、地方の広告会社の方とお話をする機会が多くあります。そこで、現実を動かすべく(動かないでしょうけれど)いくつかのアイデアを提示させていただいています。私は、たとえばこういうブログのような、不特定多数を対象にした媒体ではエンターテインメントに徹していますが、個別の専門家に対しては、案外現実的な提案を(ずうずうしく)するんですよ。  まあ、きっと内田さんもそうなんでしょうね。マスに対しては遊園地であり、麻薬に徹する。つまり、言説は嗜好品なのかもしれませんね。言葉や思想というのは、もともとそういう種類のものなのかもしれません。  人には「知的遊戯」というのも必要です。「知的遊戯」が真の知性の動力になることもあるからです。それが現実離れしているのは、その人間の知性こそが現実世界ではあまり重要視されていないという事実の裏返しなのです。

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 ふむふむ、素晴らしい。ルビや傍点なども振れます。フォントもリンクも自由に扱えます(こちら参照)。シンプルですし、ブラウザの種類にも基本依存しません。これは画期的ですね。こういうのを待っていました。
 先ほどの内田樹論の記事ですが、縦書きにすると全然違って読めますね。やっぱり横書きで原稿を書いたものは「横書き文体」「横書き内容」になってしまうのです。
 これから、縦書きで表示させる時は、ワープロかなにかで縦書きで原稿書きます。
 あと、最近始めた「短歌」なんかも、やっぱり縦書きで表示したいですよね。短歌を作る時は、手書き縦書きしていますが、投稿はメールでするので、そこでは活字で横書きになってしまいます。そうすると、全然イメージが違う。不思議なものです。
 それにしても、「涅槃」…おそるべしです。まさに「涅槃」の境地です。作者に心から感謝いたします。

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2010.10.04

由紀さおり 『う・ふ・ふ』

 日も隠れた名曲を一つ紹介します。まさにこれ、これ。この映像です。昨日観たのは。
 昨日は第一日曜日ということで、スカパーが無料開放の日。夜、ウチではたいがいファミリー劇場でドリフを観ます。
 あいかわらずメチャクチャ面白いコントの連続で、もう笑うというより感動しまくっていたのですが、挿入された歌謡コーナーの一つが、この由紀さおりの「う・ふ・ふ」だったのでした。
 1977年ですから、それこそ熱心にドリフを観ていた頃だと思います。しかし、私もそろそろ中二病(笑)が始まる頃でして、たぶん洋楽に入れ込んでいたんでしょうね、この曲、恥ずかしながら知りませんでした。
 歌謡曲に異様に詳しいカミさんも初めて聴いたと。彼女、当時まだ3歳でしたからね。まあ知らないのはしかたないか。それにしても私が知らないとは、これは不覚でした。
 で、カミさんと娘たちと聴いて、あまりの魅力的な歌にしびれちゃったのですよ。これはいい曲ですねえ。
 作曲は誰だ?と思いましたら、ああ、そっか〜、宇崎竜童さんかあ。さすがですね。彼らしい天才的な楽曲ですよ。
 彼の曲って、まさに日本と西洋のダイナミックな結婚なんですよね。スーパー・ハイブリッドという感じがする。山口百恵さんの曲なんかをウチの歌謡曲バンドでやってみましてね、とにかく発見がたくさんあって、もうホントに感激しまくったんですよ。
 この曲も、冒頭は完全な「都節」ですよね。美しい日本の旋律。陰旋法の四七抜きです。しかし、そこに加わるコード進行はDm→Gm→Aという西洋風。そのうちメロディーも二六抜き風になったり、あるいは西洋風になったり、しかしそれが不自然ではなく行き来するところがすごい。
 そう、この曲、基本的に上記の三つのコードしかないんですよ。それなのにこれだけ豊かなイメージを与えるのは、優れた旋律のおかげです。これこそが昭和歌謡の真髄ですよ。コードの発見ではなく、メロディーの発見だったんです、ある頃は。
 そういう意味で、私たち夫婦の琴線に触れたのは、先ほど書いた基本コード進行の中に咲いた一輪の明るい花、そう、歌詞で言うと「振り返る事を」のところ、上の動画でいうと、58秒あたりですかね、いきなりB♭→C→Fという平行調のSD→D→Tという展開をします。束の間のさわやかな風。これはお見事ですね。
 そして、この潜在的難曲をす〜いすいと軽く歌ってしまう由紀さおりさんの歌唱力。これはすごい。ウチのカミさん、この曲気に入って早速歌ってましたが、実に難しいと。どうしてもできない節回しがあると申しておりました。
 ついでと言ってはなんですが、こちらの動画もご覧下さい。最近の由紀さんです。昭和の名曲メドレー。すごい楽曲が並んでいます。名曲揃い。ある意味実験的な曲ばっかりですね。この個性はなんなんでしょう。今のJ-POPやJ-ROCKにこんな個性あるでしょうか。

 そう考えると、フジファブリックの楽曲、つまり志村正彦くんの残した曲たちというのは、現代においては特別だったかもしれませんね。改めてこうした昭和の曲を聴いてみますと、彼の感性には間違いなく「昭和歌謡」のスピリットが流れていると感じますね。おそらく彼のお父様やお母様が聴いておられた音楽が、自然と彼の心に残っていたのでしょう。
 これからもそういうバンドやミュージシャンが出てきてくれることを祈ります。それから、歌手ですね。こういう曲をさりげなく歌える「歌姫」も出てきてほしい。おそらく今最もうまい「歌姫」は初音ミクですから。それじゃ、やっぱりさみしいじゃないですか(苦笑)。

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2010.10.03

格安高性能カーナビ 『MANDO JM-HT700NE』 (エー・アイ・ディー)

Telaffy_jmht700ne 7月に買った格安のカーナビ。3ヶ月近く使ってみましたが、なかなかの製品なのでおススメいたします。
 なにしろ7インチタッチパネルで2万円台ですからねえ。安すぎます。そして中身も充実。
 ちなみに、この記事の終わりに「オチ」がありますのでお楽しみに(笑)。
 さて、10年以上使ったサンヨーのゴリラがとうとう起動しなくなったので、最近はやりのPNDを買おうと思い、いつものように価格.comを見てましたら妙に安くて評価の高い製品を見つけました。ふむふむ、なるほど韓国製か。
 いや、今となってはこういった製品は韓国の方が優れている部分も多い。なんとなく残念なような気がしますけれどしかたない。時代の流れです。
 で、思いきって買ってみたら、これがなかなかいいんですよ。10年前のカーナビとは次元が違いすぎました。
 いくつか気に入った点を挙げてみましょうか。あくまでも10年前の製品との比較です。今じゃ常識のものばかりでしょうが。

・とにかく安い
・大きくて見やすい
・タッチパネルが使いやすい
・ゼンリンの地図(2010年版4G)がとても見やすい
・車線案内や標識案内が便利
・GPS信号の捕捉が早い
・リルートが瞬時
・ワンセグが見られる(2画面分割でナビと同時に見られる)
・バッテリー内蔵
・エンジンキーのオンオフと連動
・トンネルアシスト機能
・SDカード対応(16Gまで)で音楽や動画が再生できる
・FMトランスミッター内蔵
・USB端子があり、iPhoneの充電なども可能
・デザインもまあまあ

 肝心のルート検索はゴリラの方が詳細な設定もできるし自然だったような気がします。知っている道だとちょっと不満かな。まあ、知っている道はルート検索しなくていいのですが。
 まあとにかく上記のような機能を装備してですね、それで2万円台後半で買えるというのは、これは日本のメーカーとしては脅威でしょう。ヘタすると一ケタ違うことになりますからね。
 というわけで今のところ大変に満足しております。価格コムで皆さんが言っているとおりです。これで故障なく長持ちすれば日本の負けですね。
 さあいよいよ「オチ」です。まずは軽いのから。
 このカーナビ、実に不思議な新機能が搭載されました。それが上の写真にもありますが、「韓国版美人時計」です。実に微妙です。だいたい写真の中の時間の字が小さすぎて読めないのも多い。たまにハングルでいろいろ書いてあったりして不思議な気分にさせられます(笑)。そしてなんと言っても「韓国版の美女」が微妙です。日本人の好みとはちょっと違うみたいです…。
 そして、ガーン!これは今日の出来事です。このカーナビのせいでひどい目に遭いました。いや、このカーナビに特有のことではなくて、全てのカーナビに共通している(と思う)ことです。
 実は今日東京の北区にオケの練習に行ったんですよ。それで、帰りにどういうわけかいつもと違う道を帰ってみようと思って、しばらく知らない道を走ってからルート検索したんですね。
 それでそれに従って次の交差点を右折しようと思ったら、前にバスがいた。そのバスも右にウィンカーを出していまして、そのすぐ後についていたわけです。信号が黄色になった頃、ようやく前方からの直進車が途絶えたのかバスが動き出しましたので、私もバスのお尻にくっついて右折しました。
 そうしたら、ウィ〜ンというサイレンが…。バックミラーに白バイの姿が小さく見えました。まさか標的が私だとは思いませんから、私はルンルンと普通に走っていました。
 「富士山ナンバー止まりなさい!」
 「?富士山ナンバー?…オレじゃん!」
 というわけで、2点7000円のお買い上げです(笑)。罪状は「右折禁止違反」。その時間帯は路線バスを除いて「右折禁止」だったのです。そんなあ〜。バスのすぐ後だったから標識は全然見えないし、正直全く気づきませんでした。
 というわけで、27年間続いた無事故無違反の記録は途切れました。ははは。
 でもいいんです。全然ショックじゃありません。たとえ待ち伏せされていたとしても悔しくありません。なぜなら、この27年間、潜在的な違反や事故はた〜くさんやらかしてきているからです。それはおそらく私を捕まえたあの善良そうな交通機動隊の巡査部長さんもそうです。
 それに、今日に限って違う道を行こうとしたこと、そしてバスの後についたこと、白バイに捕まって15分くらい時間をロスしたこと、全てに意味があったと思います。極端な話をすると、いつもどおり帰路についていたら、もしかすると事故を起こして死んでいたかもしれないのです。それを避けるための緊急的な措置だったのかもしれません。
 帰宅しましたら、今日の午後、叔父が亡くなったとの報を受けました。きっとおじさんが私を助けてくれたに違いありません。
 ま、いずれにしてもですね、カーナビを過信してはいけないということですね。便利なものほど人間の本来の仕事や義務を奪ってしまいます。気をつけたいですね。
 最近ちょっと調子に乗ってるところがあったので、そんな基本的なところを思い出させてくれるいい機会となりました。7000円なら安いものです。

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2010.10.02

『街場のメディア論』 内田樹  (光文社新書)

33403577 田樹というメディアは、いつもながら面白い。彼の言説は常に発見のあるエンターテインメントとなっています。
 つまり、なんだかとっても正しいような気がするのですが、だからと言ってそれらがちっとも現実化しないという、いわば夢のような感じがするんですよね。
 彼一流の視点と理論と言い回しのおかげで、それこそ我々の知性が劣化するんじゃないでしょうかね。でも、それが気持ちいいので、一種麻薬のような魅力があると。
 読後すぐには、まさに目からウロコ、膝を打って興奮していた私も、こうして少し経ってから記事を書こうとすると、なんかちょっと意地悪な気持ちになるんですよね。遊園地で遊んだあとの空しさというか。
 ここに書かれているキャリア論、教育論、マスコミ論、テレビ論、新聞論、読書論その他も、実に見事な「楽しさ」を演出してくれています。現実や常識がひっくり返る快感を与えてくれます。
 しかし、そうした快感の集合体をもって、はたして本当に世の中がひっくり返るかというと、やはりひっくり返らない。
 ヤクザ映画を観たあとしばらく、自分がその道の人になったかのように錯覚して街を闊歩するのと同じような感じでしょうか。だからエンターテインメントだと言うのです。実際売れていますし。
 そんな我々は、エセヤクザ、いやいやエセインテリ、エセ知性派、エセ憂国の士なのかもしれませんよ。とっても意地悪な言い方をするとそういうことです。
 しかし、そんな内田さんの言葉によるエンターテインメントを私も、彼のブログではもちろん、けっこう書籍も買わせていただいて楽しんでいます。プロレスを観て、現実逃避するのと同じなのかもしれませんね。どこか「これは現実化しない」「フィクションである」という意識があるのも事実です。
 センセイという職業上も、彼の言説はコンビニエントなんですよね。ちょっとそれらしいことを生徒に語るには、すなわち教室を遊園地化するには、彼からの受け売りは非常に便利です。この前も私、説明会でしっかり受け売りさせてもらいました。読後すぐだったので(苦笑)。
 もちろん、彼の博覧強記と柔軟性と謙虚さは私の憧れでもあります。レベルは違えど私も自分のブログで人と違うこと(現実的でないこと)を書いて悦に入っているとも言えます。今、こうして人と違う「内田樹論」をやらかしているのも、その一つの例かもしれませんね。
 そして、彼が著作権というものを放棄しているように、私も権利とともに責任をも放棄して好き勝手をやっています。いや、「私も」なんて書いたら失礼か。彼は権利は捨てても責任は持てと主張しているわけですから。
 いずれにせよ、彼の言説にいちいち納得する私たちがいくら増えても、なぜか世の中は大きく変化しないんですよね。ある意味不思議です。いや、ある意味、そのように現実に対して現実的な影響力がないからこそ、彼も私もこうして発言し続けることができるのかもしれませんね。
 ちなみに私には私のメディア論があります。ここのところ、某巨大広告代理店の方や、地方の広告会社の方とお話をする機会が多くあります。そこで、現実を動かすべく(動かないでしょうけれど)いくつかのアイデアを提示させていただいています。私は、たとえばこういうブログのような、不特定多数を対象にした媒体ではエンターテインメントに徹していますが、個別の専門家に対しては、案外現実的な提案を(ずうずうしく)するんですよ。
 まあ、きっと内田さんもそうなんでしょうね。マスに対しては遊園地であり、麻薬に徹する。つまり、言説は嗜好品なのかもしれませんね。言葉や思想というのは、もともとそういう種類のものなのかもしれません。
 人には「知的遊戯」というのも必要です。「知的遊戯」が真の知性の動力になることもあるからです。それが現実離れしているのは、その人間の知性こそが現実世界ではあまり重要視されていないという事実の裏返しなのです。

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2010.10.01

エリック・カルメン 『アイム・スルー・ウィズ・ラヴ』

Eric Carmen 『I'm Through With Love』

 う恋なんてうんざり!っていうことでしょうか。
 昨日のバッハからだいぶ飛びますが、いい曲はいいのです。今日は隠れた名曲を一つ紹介しましょう。
 1984年の作品ですから、私は20歳。大学生ですね。この頃はもうほとんど洋楽を聴いていなかったはずなんですが、この曲だけは妙に心に残っています。
 エリック・カルメンと言えば、1976年に全米2位に輝いた「オール・バイ・マイセルフ」ですね。ラフマニノフのピアノ・コンチェルトをモチーフにした名曲です。このライヴ・ヴァージョンはいかがですか。
 シングルは中間部のピアノ・ソロを大幅にカットしており、それが実に不自然で私はあまり好きではありません。まさに木に竹を接ぐような転調になっているんですよね。やっぱりこの長い長いのがいいですね。

 彼はいわばアイドル系ですよね。伊達男です(笑)。曲や詞もベタベタにベタですし、顔も濃い(長い?)。ピアノ上手だし。それから英語の発音ですね。母音の前に「h」の音が入りますよね。だから、小学生の私には「All By Myself」も「ハーバーマーセー」にしか聞こえませんでした。これが女性には萌えなのでしょう。ウチのカミさんに言わせると「和田アキ子じゃん」ですが(笑)。
 彼、この大ヒットの後にも、何曲かスマッシュ・ヒットを出しましたけれど、80年頃にはすっかり忘れられていました。そして、久々に出したアルバムが「Eric Carmen」。そのセカンド・シングルがたしかこの「I'm Through With Love」でした。
 この曲は、全米でも100位にようやく入るくらい、日本では当時も全く知られていなかったはずなのですが、どうして私が知ったのか、そしてなぜここまで記憶に残したのか、正直よくわからないんですよね。
 おそらくその時の私の恋愛事情(?)と関係していると思うのですが、それもいったいどれのことなのか(笑)今となっては判然としません。
 いずれにせよ、失恋したんでしょうね、ハハハ。
 というわけで、今でもこの曲を聴くと、なんとも切ない気持ちになります。
 ま、そういうのを抜きにして客観的に聴いてみますと、本当になかなかよく出来ていますよね。エリック・カルメンが単なるアイドルではなく、ソング・ライターとしてかなり才能があることがわかります。隠れた名曲だと思います。
 歌詞を意識して聴いたことがなかったので探していたら、こんなのを見つけました。こりゃすごいな(笑)。なるほど、これって「女歌」か。アメリカの演歌っていうことですね。

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