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2010.09.20

『富士山の祭神論』 竹谷靭負 (岩田書店)

20100921_61632 月の上浅間の『火祭り』や、昨日の下浅間の『御更衣祭』などの主役は、言うまでもなくコノハナサクヤヒメ(木花開耶姫)ですね。
 富士山と言えば浅間神社、浅間神社と言えばコノハナサクヤヒメ、というふうにこんなことは常識になっています。
 しかし、この常識が生まれたのは実は今から300年ほど前のことでした。それまでは「浅間大神」であったり「浅間大菩薩」であったり、はたまた「赫夜姫(かぐやひめ)」であったり、そしてそれらにメジャー神である不動明王や大日如来、天照大神などが複雑にからみ合い、非常に複雑な状況になっていました。
 そのあたりの系譜と経過を、実にていねいに論考しているのが、この「富士山の祭神論」です。
 著者の竹谷靭負(たけやゆきえ)さんは、富士吉田は上吉田の富士山御師(おし)の正当な後継者です。「靭負」という名は御師の世襲名だと言います。
 しかし、そんな竹谷さんのご職業は大学教授でした。それも理学博士。拓殖大学の工学部情報工学科にお勤めでした。昨年の春に定年退職されたとのこと。大学では、御師の世界とはある意味かけ離れた「教育工学」を中心に研究指導されていたようです。
 たしかにこの綿密で客観的な「祭神論」も、充分に「情報工学的」であるとも言えるかもしれません。推論は明確に推論とわかる形で提示されていますし、文系にありがちな「幻想文学(?)」になっていないところに、私は好感を持ちましたね。「富士山の祭神論」としては、まさに決定版と言っていいでしょう。
 詳細な内容は読んでいただくとしましょう。なぜ、これほどに複雑な状況になっているのか、いや、なっていたのか、非常に興味があるところですよね。それが、江戸時代富士講の隆盛とともに一本化されていく。それは宗教的理由と言うよりも、商業的な理由による現象であるような気がします。
 今や、私も含めてほとんどの人々が「コノハナサクヤヒメ」を疑いなく拝んでいるわけですが、このような歴史的な事実を見ますと、あるいは「コノハナサクヤヒメ」というのは、多様な神仏の総合体であるようにも感じてきます。そして、それはそれで実に日本的な「融合」や「ムスビ」の精神の象徴のようでもあり、間違ったことではないような気もしてきますね。
Megamichirashi 今日、久しぶりに富士吉田の歴史民俗博物館に行ってきました。まあ、いつ行っても私しかお客さんがいず(笑)、静かなものです。この連休中にもいったい何人の方が来館したのでしょうか。心配になってしまいます。最近、国道沿いに目立つ看板ができましたが、その効果はいかに…。
 今ちょうど「富士の女神のヒミツ」という企画展をやってるんですよ。タイトルからして分かる通り、小中学生向けの展示ですので、竹谷さんのような深さは微塵もありませんが(失礼)、まあ多少は珍しいものもあって、それなりには楽しめました…かな?
 いや、この博物館、案外常設展がいいんですよ。私のようなマニアにはけっこう勉強になる。ま、興味ない人にとっては「?」という感じでしょうけど。地域の博物館ってどうしてもそういう所に落ち着いちゃうんですよねえ。私の好きな山梨県立の博物館も、なんか県の事業仕分けの対象になってましたよ。けっこう頑張ってると思うんですが、あそこは。
 それにしてもですね、どうして地元ではあの「宮下文書(富士古文献)」を無視するんでしょうね。たしかにアカデミックから見ると「トンデモ」なシロモノですけれど、まさに「歴史民俗」の結果生まれた「物語」じゃないですか。
 たとえば富士山の祭神論を語るにも、あの文献の内容を加味すれば、その世界は数倍も豊かになります。ある意味、近代日本において(あるいは現代日本でも)富士講以上に全国区で庶民の潜在意識に働きかけていますからね。もちろん、出口王仁三郎の大本を通じても。
 繰り返しますが、富士吉田の誇るモノは、実はこの「宮下文書」と、プロレスラー「武藤敬司」と、フジファブリック「志村正彦」なのでした。織物やうどんや富士講は、残念ながらそれらほどの影響力を持っていません…なんて言ったらアカデミックな人たちに怒られちゃいますかね(笑)。

富士吉田市歴史民俗博物館

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コメント

前略  薀恥庵御亭主  様

御姉妹の「御神様」ですね。

「ブス」と「美人」の角質×
確執はまさに「古」よりで
ございます。

うぅぅぅん・・・。
「美人薄命」はここから
来たのでありましょう。笑


「磐長姫様」は「御器量」は
御悪いが・・・
御長寿の「御力」を御持ち
とか・・・。

しかし・・・まぁぁぁ
追い返されたのは・・・
「本当」に・・・
とっても「御可哀想」です。

冷たい美人の「美顔」より
笑顔の似合う「醜顔」です。

えぇぇぇ・・・
当地では「細石神社」に
磐長姫様が祀られています。

合唱おじさん      拝

投稿: 合唱おじさん | 2010.09.21 08:53

合唱おじさん様、こんばんは。
そうですね、私も同感です。
美しいものは命短いですね。
私は長生きできそうです(笑)。
ご姉妹に、イワナガヒメさんと、それからコノハナチルヒメさんもいらっしゃるんですよね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.09.21 18:25

前略   薀恥庵御亭主  様

「木花知流比売」様は・・・
出雲の繁栄をもたらしました。

そういえば・・・
「桜の開花」や「桜の散り時」
は農作物の目安となっていて
とても「重要」であります。

愚僧も桜の散るころに・・・
旅立ちたいと思っています。笑

投稿: 合唱おじさん | 2010.09.21 18:50

こんにちは。

先生のお話、いつも興味深く拝見しています。
そして、深い深い地元愛に微笑ましく思いつつ、感心しております。
自分はと言えば、どこまで自分の生まれ育った地のことを
知っているだろうかと思うとあまりの無知さに自分自身にあきれるほどです。
というより、興味をもって知ろうとしないことが、先生を見てるとはずかしいかな…。

たとえ、田舎の小さな土地でも、どこにだって
それなりに歴史はありますよね。
もうちょっと知ろうと思います。
何十年も住んでるんだから。

それにしても、武藤選手、志村さんに対する愛は
並々ならぬものがありますね。(笑)

投稿: HIROMI | 2010.09.22 00:26

合唱おじさん様、そうですね。
両方とも大切です。
霊界物語では「サク」と「チル」が融合して「コノハナヒメ」となっていますよ。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.09.23 18:44

HIROMIさん、私も自分の生まれ育ったところについては全然知らないんですよ。
ここ富士山は大人になってから縁のあったところなので。
やっぱり、武藤選手と志村くんに会うためにここに来たのかも?ww

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.09.23 18:46

今年の夏に、子供と自由研究で「漢字以前の日本文字」という題名で色々と調べて・・・・・。
文献や古史、記紀などを少しだけ読みました。
少しといっても、何冊もですが。。
脳味噌が理解出来る範囲では少しなのです。
 
学者さんが偽書と言ってる物などの方が色々と楽しく、記紀などより詳しかったり、具体的な事などが書かれていました。
 
今では記紀より偽書の方が正式な書物に思えます。
 
読んでワクワクしたのが、アマテラスが山梨県の酒折の宮で誕生している事、関東地方に時の権力者が住んでた事、富士山以前の霊山は八ヶ岳であった事、神代文字が読めない伊勢派に神代文字が抹消された事などが印象に残ってます。
 
と、色々な資料を集め、いざ子供と自由研究をまとめようとしたとき。。。
プリントに「理科の自由研究」って。。。。。。
そうです、理科なのです、自由研究は。。。
 
結局、漢字以前の・・・自由研究はその場で中止しました。

個人的には面白かったので、時間があれば色々と読みたいと思ってます

投稿: ラーグ・モドキ | 2010.12.26 05:04

ラーグさん、こんにちは。
理科の自由研究で神代文字!いいですねえ(笑)。
私もついやっちゃいそうです。
私も正史よりも偽史?の方が好きですよ。
そちらの「モノガタリ」の方が「本質」が見えるからです。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.12.28 14:37

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