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2010.09.27

太宰治短編小説集「駆込み訴え」 (NHK BS2)

(↓イエス)
T10050319514170 〜ん、やられた…。久々の「やられた」感。
 おそるべし西川美和。おそるべし太宰治。おそるべし聖書。
 あまりにグッド・タイミングだったということもあります。ちょうどキリスト教のことについていろいろ考えていたところでしたし、テレマンの受難曲を1曲聴いたあとでしたし、カミさんが「女性の嫉妬心」をあおるようなミスをおかしたところでしたし(笑)。
 そう、この「駆込み訴え」は女子高生のドラマになっていたのでした。まずこの設定に目からウロコ。西川監督のアイデアでしょうね。ううむ、やられた。
 そうかあ、ユダの言動に対する私の妙なシンパシーと違和感は、そこに由来していたのか。あれは「女性の嫉妬心」とするとたしかに理解できる。
 聖書の世界を人間の世界に一般化した太宰もすごければ、それを見事な逆説的手法によって現代の風景に具現化した西川さんもすごい。そして、そうした普遍性を持っていた聖書はもっとすごい。
 もちろんそれを書かせたイエスもなかなかやり手であり、また、その物語の中で一人奮闘して玉砕した人間ユダは、実に不器用で純粋な神々しい存在であったわけです。
 私はもともとイスカリオテのユダこそが本当の意味で十字架を背負った「人間」であると思っていました。現代の資本主義(カネ)のもとで苦しみ続ける我々の象徴として、彼は「裏切り者」の名をほしいままにしていると思うからです。
 だから、彼が最終的に砂漠の片隅で一人自殺したという事実の方が、華々しい復活を用意されたイエスの死よりも、より根源的に私たちの魂にずっとリアルに、そして優しく寄り添うものだと感じます。
 そう言えば、一時注目された「ユダの福音書」はどうなったんでしょうね。今思うとあれはあれで「外伝」による「現実逃避」なのかもしれませんね。
 やっぱり私たち人間は本当のユダの姿から目を逸らしたいのでしょうか。そして反省に基づかない表面的な御利益信仰を求めてしまうのでしょうか。契約すれば救済というサービスが得られるという、まさに現代の悪徳商法のようなまやかしに乗ってしまうのでしょうか。
 まあ、そんな小難しいことは抜きにして、この西川流駆込み訴えをぜひご覧あれ。再放送は要チェックです。あまりに分かりやすくなっていて辛いくらいでした。そこにいるのはまさに私たちだからです。
(↓ユダ)
Images もちろん太宰が行なった「小説化」という聖書の「世俗化」に非難があるのも事実でしょうし、それをさらに女子高生的世界に引き下げた(引き上げた?)西川さんにも批判があってもおかしくありません。しかし、もうそこからは「原典」を離れた個人の世界観にまかせればいいと思うんですよね。
 そう、ちょうど昨日ある方からのコメントに対するお答えとしても書いたのですが、もともと、たとえばキリスト教の「聖書」の言葉も、ごく個人的(個別的)な言語によって翻訳されたものなんですよね。
 つまり、この世ではない、人間界ではない、すなわち天界や霊界や幽界などと称される「モノ(外部)」を、それぞれの自然環境や文化環境の中で、あたかもそれぞれの方言やしきたりのごとく「コト(内部)」化したものが「宗教」なのでしょう。
 だからたとえば出口王仁三郎が言うとおりに、「万教」は「同根」であり、本来私たちが「言語」を超えて外部に出ていけるなら、そこには「宗教」なんていう個別の方言は存在せず、ただ「真理(…と言うべきかもわかりませんが)」がそこにあるのみのはずです。
 だから、貝殻のようなものが付いたナメクジのような動物を、カタツムリと呼ぼうがデンデンムシと呼ぼうがマイマイと呼ぼうが、どれも実は正しいわけであって、そこを互いが「こっちの方が正しい」とか「そっちは間違っている」とか言う必要はないわけですね。
 しかし、世界中の宗教事情は見ての通り、その些末な「コト」にこだわってばかりいて、ひどい場合には戦争まで引き起こしている。非常にアホらしいことだと思います。
 また妙にスケールが大きい話になってしまいましたけれど、私は、今回この作品を観て、とにかく、聖書や太宰や西川さんのように、まず自分の言語で翻訳し合うことこそ大切だなと思ったのですよ。
 いえ、私の言っていることは矛盾はしていませんよ。個別の「コト」を無限に集合させると、総体的な「モノ」になるに違いないからです。お互い全部正しいとして出し合えば、必ずホンモノに至ると。逆にいつまでも個人的な言語にこだわってばかりいると、人間はどんどん視野狭窄を起こしていって不幸になっていくと。
 ううむ、それにしても見事だったなあ。やられた。こういう見せ方があったか。こういう解釈があったか。
 うん、やっぱり「他人の個人言語」にはどんどん耳を傾けた方がいい。いろいろな方言を聞いた方がいい。「本物」はそういう「コト」に耐えられる、いや、それどころかそれによってさらに豊かになる「モノ」なのでした。感服。
 明日は「カチカチ山」。私の最も好きな太宰作品の一つ。どういう個人言語で表現されるか、非常に楽しみ。

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コメント

先生こんにちは(*゚ー゚)v
ワタシは先生に(このブログに)影響されて太宰の世界にはまりました。
NHKでやったんですね!
しかも今日かちかち山とは〜(>_<)
今ちょうど 以前ご紹介されていた「奇想と微笑」読んでいるんです。
絶妙のタイミング〜!ああ〜!でも今夜は区民体育祭の打ち合わせと太鼓の稽古が〜(T_T)
再放送にかけるか…。

投稿: さお | 2010.09.28 13:58

さおさん、どうもです。
いやあ、以前のシリーズも良かったんですが、今回もすごいですね。
やはりこういう作品を創るモチベーションを与えてしまう太宰は「罪な男」ですよ(笑)。
悔しいけど天才ですね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.09.28 17:18

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