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2010.07.31

さらける

20100801_105936 たちにとって日本語はあまりに日常的な存在であり、また、ある種社会的な縛りの象徴のような部分もあって、その無意識の枠組みから飛び出すことには、非常なる勇気とエネルギー、すなわち才能が必要です。
 それを仕事にしているのが、たとえば「詩人」であると思います。
 フジファブリックのニューアルバム、もう何度も聴いています。いろいろと感じるところがありますが、今日は一つ、前から気にかかっていたことを書きます。
 アルバム最終曲の「眠れぬ夜」。これほど胸をしめつける音楽はそうそうありません。先に一つ、本題ではないけれどもどうしても言っておきたいことを書きます。
 この曲のストリング・アレンジについてです。フジファブリックとしては、おそらく初めてのストリングス導入です。ストリングスを入れるというのは、ある意味「メジャー」の証。ビートルズ以来の伝統です。
 メジャーになったバンドが、ストリングスを入れたくなって、実際に入れて、そして失敗する例もたくさんありました。
 ロックにストリングスということに関しては、まあ私は、聴く方も弾く方も、半分プロみたいな立場であるわけでして(ここだけは譲れません…笑)、かなりうるさい評論家になりうると思っています。
 で、正直、有名なプロデューサーや編曲家の方でも、その悪魔的な魅力にやられて、結果として失敗してしまう例を、いやというほど聴いてきたんですね。
 今回もプレビューで「ストリングス」を入れたとあったのを見て、正直心配だったわけですよ。アルバム制作の事情が事情だけに。
 しかし!私は初めてこの曲を聴いて、そのストリング・アレンジにも、心から感動しました。うまい!
 金澤くん、お見事です。弦が持っている力をしっかり引き出しています。各楽器の音域や音形、全体の中での音量、文句のつけようがありません。久々に納得の行く弦のアレンジを聴きました。
 あのバンドやあのバンドのアレンジみたいにしたら、ぜったい志村くん怒っちゃったと思いますよ。弦楽器奏者から言わせていただきますと、ストリングスというのは、豪華さや高貴さを表すものではないんです。もっと空気のような、香りのような、あるいは切ない雰囲気のような、そういうものなんですよね。
20110308_191851 さてさて、続いては本題、志村正彦くんの「言葉」について語りましょう。
 この曲の重要なキーワードについてです。
 実は、「蒼い鳥」を聴いた時にも気になったのですが、すっかり忘れていました。「さらける」という言葉です。
 「蒼い鳥」では、「可能なら さらけてしまえたらいい 蒼さに足止めをされている」と歌っていました。はあ、「さらける」か、「さらけ出す」の意味だろうな、「さらける+出す」で「さらけ出す」だから、そういう日本語もあるんだろうな、でもオレは使わないなあ…と思ったのを思い出します。
 そして、「眠れぬ夜」では、サビの部分にこうあります。

そしてできれば 何より君に先ず
伝えたい事がある
嫌がれる程何もかも
さらけてしまえたらいい

 この曲はずいぶん前から出来ていたと言いますから、もしかすると、2006年頃、志村くんの中に、この「さらけてしまえたらいい」というフレーズが巡っていたのかもしれませんね。
 私、今回、この曲のこの言葉を聴いて、突然涙が溢れ出てしまったんです。そこまでは、先日書いたように、比較的冷静に聴いていたんですけどね。
 「さらける」という日本語の意味が突然分かった。辞書的な意味ではなくて、「さらける」でないといけない意味、たとえば「さらけ出す」とか「さらす」ではダメな意味が、理性を越えて飛び込んできたのです。
 それを言葉にするには、私たちは残念ながら、理性すなわち辞書や社会的な日本語を使わなくてはなりません。そこが「詩人」と違うところなんだよなあ…。
 そう、私も今回調べて初めて知ったのです。「さらける」という日本語は基本的にないということを。
 日本国語大辞典には
1、すべて隠さずにする。さらけだす。
*社会百面相〔1902〕〈内田魯庵〉破調・中「貴郎の愛想の尽きるやうに、妾くしの楽屋を悉皆暴露(サラ)けて御覧に入れます」
2、すべて投げ出す。投げすてる。
 とありますが、1も2も決して一般的な用法ではないと思います。方言では、たとえば栃木や茨城では「(乗り物で)転ぶ」という意味で使われているようですね。山梨では私の知っているかぎり、「さらける」という言葉はないような気がします(もし、使うという方がいらっしゃったら教えて下さい)。
 いろいろ調べてみますと、実は「さらけ出す」の「さらけ」は、「さらける(さらく)」という動詞ではないようなんですね。どちらかというと「さらに〜ず」の「さらに」とか、「まっさら」の「さら」とか、山梨の方言の「いっさら」の「さら」に近い意味を持った接頭辞のようです。
 つまり、「さらけあげる」「さらけおちる」「さらけこむ」「さらけやめる」のように、「すっかり〜する」「全てを〜する」という意味を持っているようなのです。
 これと「さらす(曝す・晒す)」は、もちろん関係しています。「水にさらす」とか「日にさらす」とか「恥をさらす」とかいう「さらす」ですね。つまり、「主体の意志を無視して、なかば強制的に、ある絶対的な存在の中に放り込む」という感じです(ああ、詩人じゃないと、こういう無粋な表現しかできなくてイヤだなあ…苦笑)。
 志村くんの「さらける」も、まあ言葉で無理矢理説明すれば、そういう感じを持っているんですよね。私の「モノ・コト論」で言えば、不随意の「モノ」、自己の外界に身をまかせる「もののあはれ」の境地です。お分かりになるでしょうか。
 「可能なら」とか「しまえたら」という可能表現が使われているのもミソだと思います。まさに、自己の意志ではどうしようもなく、他力にまかせたい気持ちです。日本人にとっての「可能」は、「be able to」ではありません。こちらにも書いたように、自分の意志ではないんですよね。
 もう、誰か、僕を「さらって」、もう勝手に「さらして」くれ。自分というちっぽけで勇気のない存在じゃあ、実現不可能だ…。誰か、誰か…という気持ちが「さらける」という動詞にこめられているような気がします。
 浜崎あゆみの、他動詞の「咲き誇る」もそうです。冒頭に書いたような言葉の枠組みから飛び出して、つまり辞書や社会や常識や日常という牢獄から言葉を解放して見せるのが、「詩人」の仕事です。
 志村正彦は本当に優れた詩人です。彼によって解放された言葉は無数にあります。そして、それを聴く私たちの心も、ある種の牢獄から解き放たれるのでした。

眠れぬ夜

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2010.07.30

あきらめてはいけない…その4

20100731_13_1 近、子ども(生徒)に教えられること機会がたくさんありますね。今日も高校生から、そして中学生から大切なことを学びました。
 まず非常に感動したのが、高校の女子バスケットボール部の活躍です。沖縄のインターハイ1勝して臨んだ2回戦、強豪中の強豪、優勝候補の一角である東京の伝統校との対戦です。
 結果は、63-61。1ゴール差で勝利しました!素晴らしい内容だったようです。追いつき追い越されのシーソーゲーム。まさに最後まであきらめず夢を追いかけた結果の快挙でした。
 20年前、県内でベスト4に入ったことにみんなで泣きながら歓喜したことを思い出しました。あの時、ここまでクラブが成長し、あの有名校を破る時が来ようとは、いったい誰が想像したことでしょう。
 指導者の素晴らしさは言うまでもありませんが、その厳しい指導について行った生徒たちの、あきらめない心の蓄積が、今日の勝利を生んだのでしょう。
 一方、そうした偉大な先輩と一緒に練習しているジュニア9名も含まれる、我が中学校の1期生は、今日から勉強合宿です。1泊2日、ちょうど24時間の中で、10時間自習をするという内容です。自分で計画を立て、自分で必要な持ち物を考えて臨むという、自主性を重んじる高校の特進クラスと同じスタイルです。
X2_220f755 はたして、数カ月前まで普通の小学生だった子どもたちが10時間もひたすら自習ができるのか…正直、私たち教師も、保護者も、そして本人たちも心配だったと思います。しかし、結果はお見事!ある意味、高校生以上にしっかりやってくれています。黙々と、一言もしゃべらず、自分の学習計画をこなしてゆきます。手前みそですが、これはすごいと思います。
 「どうせ無理だろう」…これも「あきらめ」の一種です。やる前からあきらめているのです。大人になってしまった私なんか、そういうことばかり。ひたすら反省です。
 しかし、今回もそうですが、このように「無理かなあ」と思われることは、だいたいやってみると、うまく行くことが多いのですね。「絶対ムリ」と思っても、まあとにかくやってみなくては結果はわからない。最近の子どもたちがすぐ口にする「ムリ!」という言葉、これは逆に「やってみなけりゃわからない」と言っていると思えばいいようです。
 困難なこと、無理そうなことは、こうしてみんなでやるといい。難しいとかムリとか、そういう判断はあくまで個人的な経験から来るものであり、そういう意味では、昨日の自分には難しいしムリだというだけなんですね。今日誰かと一緒にやったらできるかもしれない。まずは私たち教師が、その誰かになってやればいいのです。
 私もいろいろなことをやってきましたが、考えてみると、その全ては人の力を借りてばかりで、自分一人で成し遂げたことなんか一つもないんですよね。でも、そうやって、他者の力を借りるのもまた、その人個人の能力の一部、いや実はほとんど全てなのかもしれません。
 あきらめてはいけない…あきらめないコツは、案外「他力」にあるのかもしれません。私たちにとって「他力」の提供者である「他者」はほとんど無限に存在するわけですから、どんどん利用させてもらった方が得策ですよね。きっと、自分の力もいつのまにか誰かに利用してもらっているのでしょうし。
 そんなことを子どもたちから学んだ今日一日でした。

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2010.07.29

富士吉田…古き良き時代

 から46年ほど前、私は生まれました。昭和39年、東京オリンピックの年です。
 その年の7月、私が生まれる1ヶ月ほど前の大相撲七月場所は、平幕の富士錦が14勝1敗で優勝しました。
 当時横綱だった、大鵬、柏戸、栃ノ海の三人がそろって休場ということもありましたが、大関二人を破っての堂々たる優勝でした。
 富士錦は甲府の出身。山梨県は大盛り上がりだったそうです。富士吉田にも優勝パレードにやってきました。本町通りを通過した時のものでしょうか、美女を帯同してオープンカーから颯爽と手を振る富士錦関の写真を、地元の魚屋さんからお借りして見たことがあります。
 そして、8月の中旬、富士山の向こう側で私は生まれました。ちなみに私の生まれは静岡県の焼津です。東京が水不足だったため、急きょ里帰り出産となったとのこと。
1275290311 その月の26日、私の学校の母体となっている、富士吉田の月江寺の本堂前広場で日本プロレスの興行が行われました。その時の写真も魚屋さんにお借りしまして、当時日本プロレスに在籍していたマティ鈴木さんに見てもらったことがあります(こちらで紹介した夢のようなあの日です)。マティさん懐かしそうに、これは誰それ、これはあいつだなどと指さしていました。
 その時の対戦の記録が残っています。
 豊登、ジャイアント馬場、芳の里 vs ザ・スポイラー、ジョニー・バレンド、ニック・ボックウィンクル
 なかなか豪華な顔ぶれですよねえ。富士吉田市民の興奮の様子が想像されます。
 まあ古き良き時代ですね。夢がありました。
 この優勝パレードやプロレス興行を仕切ったのは、おそらく富士吉田の侠客田辺多美司だと思います。吉田川一家の初代総長です。
 田辺多美司親分は元力士、その名も吉田川。前頭まで行きましたが、その後博徒となって、のちに一家を成すに至りました。
 この前も書きましたよね、野球賭博や花札や暴力団がどうのこうのと、まあ歴史を知らない人の正義感に溢れた(?)発言には、ホントうんざりします。
 そうそう、富士錦は引退後は高砂親方となり、小錦や水戸泉を育てましたね。そして、富士錦のご長男一宮章一さんはプロレスラーになりました。彼は、ちょうどこの前の記事で「大相撲よDDTを見習え」と書いた、そのDDTの初代の社長さんでもあります。なにか不思議な因縁を感じますね。弟の一宮章広さんは朝青龍の元マネージャーですし。
 昭和30年代までの富士吉田は、いわゆる「ガチャマン景気」で大いに活気がありました。機を「ガチャ」と動かせば1万円儲かったというわけです。いろいろな意味で古き良き時代でしたね。

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2010.07.28

フジファブリック 『MUSIC』

20100729_92528 を見て!叫びて逝きしロッカーの墓前にスミレ音もなく咲く

 先月の歌会で披露した歌です。お題は「ロック」でした。もちろん、昨年の聖夜に突然逝ったフジファブリックの志村正彦くんをイメージして作った歌です。
 こういう歌を作ることによって、自分なりに、彼の死をある程度客観的に受け入れようとしたわけですが、結果はまた違った苦しみや辛さを、そして彼に対する別種の共感を体験することとなりました。
 そう、まさに命懸けで、命を絞り出すように「歌」を作り続けた志村正彦くんの、その、天才がゆえの苦悩の一端を自分も味わわせていただくことになったのです。
 私のライフワークである「モノ・コト論」的に言うならば、言葉や音楽による、「モノ」の「コト化」という作業、すなわち、「なんだか表現しにくいモノ」しかし「皆が共通して感じているモノ」を、一般化し公共化するという作業…それこそが「芸術」行為です…の苦しさですね。それを、たった一首であっても、いやというほど体験させられました。これはたしかに参ってしまう…。
 まじめでもなく努力家でもない私は、ある程度のところで自分を、あるいは作品を、そして社会を見限ってしまうことができます。しかし、まじめで努力家であった彼は、それができなかったのでしょう。本当に彼はプロフェッショナルな芸術家でした。
 そんな彼が最後に遺した作品たちが、こうして日の目を見ることになりました。メンバーやスタッフはじめ、多くファンの皆さんの気持ちがここに凝結して、奇跡的な名盤が生まれたと言っていいと思います。
 この7ヶ月の特別な事情を抜きにしても、充分に魅力的なアルバムになっています。しかし、私はあえてこの7ヶ月の様々な思いや出来事を、この音楽に重ねて聴きたいと思います。彼が元気だったら、当然違ったアルバムになっていたのですから。
 しかし、面白いもので、私はこのアルバムを初めて聴いた時、自分の意外な反応に驚いたのです。もう1曲目から気持ちが高ぶってしまい、おそらく涙なしでは聴けないだろうと思っていたのに、実際のところは、歌詞カードをしっかり見ながら、とても冷静に聴くことができたのです。
 いつものとおりの悪いクセで、楽曲や歌詞をストンとダイレクトに受けとめるのではなくて、なんだかエセ評論家めいた理屈っぽい聴き方をしている自分。そして、それを見事に裏切って、「こう来たか!」と思わせる志村くんの音楽や言葉。そう、いつもの通りの、キャッチボールがそこで行われたのです。
 昔のようにフォームからして変則ということはありませんが、手元でクッと変化するクセ球は、いつもの志村くんらしさ、フジファブリックらしさです。
 当然彼の歌は「作品用」ではありませんから、どこか気の抜けたようところ、不安定なところもありますけれど、それはそれで不思議な味わいがあって、なぜか今まで以上に「素の志村正彦」が出ているとさえ言えるような気がします。
 編曲や演奏もいつもどおりの「ニヤッ」とさせるものばかり。特別と言えば特別なのかもしれないが、いや、いつも通りと言えばいつも通り。とにかく自然に体に溶け込んでくるような気がしました。
 冷静に考えてみると、こうした「作品用」でない遺品的な音源を「作品」にすることは、案外多く行われてきたことが思い起こされます。The Beatlesの例なんかが分かりやすいのではないでしょうか。
 面白いもので、あれなんかも、ジェフ・リンというプロデューサーというか、異様なほどビートルズ・マニアが、世界中のファンの気持ちと残されたメンバーの気持ちを統合して、実に「それらしい」、ある意味「最もビートルズらしい」新曲を何曲か作ったわけじゃないですか。そして、そこにはもちろん非難もあったけれども、しかし、結果としては、今やちゃんとビートルズの作品として認められていると思います。
 もともと、ロックという音楽ジャンルは、非常に他力的、他律的なものです。バンドという、他者とのコラボレーションがなければ成り立たない稀有なジャンルなんです。一人でクラシックやジャズやフォークはできるけれども、一人ロックは無理なんです。
 だからこそ、こうした他者による「編集」も可能だし、そうした行為は音楽倫理的(?)にも全然許されると思うんですよね。実際素晴らしい「作品」に昇華されているわけだし。
 1曲1曲、感想や解釈など書こうと思えば、まあいくらでも書けそうですが、それこそそんな評論家めいたたわ言の意味を奪うほどに、アルバム全体としての完成度は高いと思います。
 ただ、一つ、オジサンである私が強く感じることができたのは、志村正彦くんの「これから」の姿です。彼は、「CHRONICLE」で「今の自分」を全て出しきりました。そのあと、彼がどこに進もうとしていたか、それがなんとなく、いやかなりはっきりと分かったような気がして、ある意味納得し安心したのです。
 先ほどたまたま出ましたビートルズの影響(お気づきでしょうが、たとえば「Blackbird」や「The long and winding road」)ジェフ・リンの影響(特にポップ・チューン)、それはまた、たまたま、いや必然的に奥田民生さんのルーツにもつながるわけですけれど、そうした要素がアルバム全体にちりばめられているような気がしたのです。
 それは単純に私の音楽遍歴と重なるとも言えます。だからこそそう思えたのかもしれないのですが、なんかとっても懐かしく感じました。つまり、志村くんは、本当の意味での原点回帰を志したのかもしれない。そう考えると、やはり「CHRONICLE」はターミナルだったのかもしれません。
 「MUSIC」…実に大胆なアルバム・タイトルです。しかし、たしかにそこには志村正彦くん自身の、そしてフジファブリック自身の、そして私自身の「MUSIC」が凝縮されていました。
 単純に「音楽」とは訳したくないですね。やはり、「歌」なのだと思います。タイトル・チューンである「MUSIC」が「春夏秋冬」を歌っているのが象徴的です。先ほど書いた音楽的なルーツとともに、そこに私は「日本の歌」のルーツをも感じました。それは、近いところでは吉井和哉(イエモン)の影響としてこのアルバムに表れています。
 日本のロックは「さびしさ」である。「孤独」である。それはすなわち、日本の「歌」の系譜そのものである。だからこそ、私は冒頭のような拙歌を作ったのです。
 知り合いの、フジファブリック・ファンにして中世和歌の研究家の方が、志村くんはまるで中世歌人のようだとおっしゃっていました。私もこのアルバムを聴いて改めてそう思いました。それも日本の歴史に残る「天才歌人」であると。
 これからまたじっくり聴きこみたいと思っています。おそらく一生の愛聴盤になることでしょう。

PS 大好きな「Bye Bye」、中学生の合唱用に編曲始めました。
 もう一つ、カミさんが「会いに」って「ウォーアイニー」と掛けてるんだよね?だからチャイニーズ調のイントロなのだと。そうなんでしょうか?w
 そうそう、それから、私があの日聴いた天の曲は、このアルバムには入っていませんでした…ということは…。

Amazon MUSIC

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2010.07.27

『コンガリサクサク』 梶谷食品

4901332108319_1 わ〜ぁ!なんじゃ、この忙しさとストレスは!w
 珍しくテンパっております。ま、自分が悪いんですけど。そして、なんとかなるんでしょうが。
 さて、こんな時はテキトーな、しかし案外重要な記事を書くにかぎる!酔っぱらいながら(笑)。
 46年近く生きてきましたが、これ、実は今日初めて食べました。そして感動しました。やめられないとまらない。
 なんじゃ、このゴージャスなチープ感は!?う、うまい。
 たしかにコンガリ、そしてサクサクである。特に、その「コンガリ」感の絶妙さがたまりません。つまり、「焦げてる」わけです。
 基本的に、私の住む鳴沢村の「ビスケット天ぷら=ビス天」に近い発想、すなわち揚げてあるビスケットなわけですが、なんと言ってもその「焦げ」具合がいいんですよね。
 いわゆる「おこげ」って、大切な日本文化の一つですよね。いやいや、腐女子の原形としての「おこげ」ではありませんよ(笑)。
 「焦げ」って、まあ一般には「失敗」であるとか、「発ガン性がある」とか、言われていますよね。でも、実はみんな大好き。微妙なお焦げの香ばしさって格別ですよね。
 そう、日本語学的に言いますと、「焦げ」と「お焦げ」って全然違うわけですよ。「お」が付くことによって、そこに「敬愛の情」がこもるわけです。同じような科学現象であっても、その文化的価値はいろいろです。単なる炭化としては捉えきれない何かが、そのある領域には存在します。
 そこを見事にとらえたのが、この「コンガリサクサク」だと言うわけです。うん、これは実に絶妙。
 ビスケット固有の甘さとしょっぱさに加えて、お焦げのほろ苦さ。う〜む、見事なアンサンブル。
 ええと、岡山の会社ですか。へえ〜、「シガーフライ」というのが有名なロングセラーなんですね。知りませんでした。乾パンの会社だったんだ。
 この「コンガリサクサク」、今やいろいろなところで買える商品だそうです。今回はとあるドラッグストアで購入しました。皆さんもぜひ。

梶谷 コンガリサクサク 105g×10個

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2010.07.26

白鵬優勝・HARASHIMA戴冠(大相撲かDDTか)

Pn2010072501000394ci0003 日は個人的にもいろいろな「戦い」を観まして、いわゆる「スポーツ」の興奮というものを存分に味わわせていただきました。
 もう少し視界を広くいたしますと、いろいろと物議を醸した大相撲の千秋楽と、その大相撲の聖地両国国技館で行なわれたDDTプロレスの興行「両国ピーターパン2010 ~夏休み ああ夏休み 夏休み~」が注目でしたかね。
 この両興行、なんかとっても対照的であったような気がします。日本の伝統文化を考える上で、この両者のおかれた世間的状況や評価は、実は切っても切り離せないような気がします。
 あまり時間がないので、たっぷりは語れませんが、まあ結論から言えば、DDTこそが本来の大相撲の伝統をしっかり受け継いでいるということです。
 こんなことを言うと、誰かに怒られちゃいそうですが、いつものとおり、私は大まじめにそういうことを言います。
 古来の相撲が持っていた「神事」の部分、聖なるものと俗なるものの交点としての「ハレ」の舞台。「祭」としての機能。そういうものをしっかり継いでいるのは、大相撲ではなく、プロレス、それも「文化系プロレス」を堂々と名乗るDDTであると。
 いや、白鵬は素晴らしかった。47連勝。3場所連続全勝優勝。相撲内容も鬼気迫るものであり、まあストロングスタイルとしては文句のつけようがなかったと思います。
 しかし、興行全体として見た時、はたして、先ほど挙げたような本来の機能を持ち得ていたかどうか。はなはだ疑問です。
 今回の賭博問題や反社会的団体(って暴力団でしょ)との関係なんか、それはそういうふうにニュースにするのは誰にでもできることです。そうじゃなくて、相撲を国技と言うなら、その歴史的・文化的・宗教的な意義をしっかり調べ上げ、なぜそういうことになっていたかを説明しなきゃ、マスコミは。
 もう私はこのブログで何度も書いているので、「大相撲とヤクザ」「興行とヤクザ」「日本文化とヤクザ」「天皇家とヤクザ」についてはいちいち書きません。そして、「ヤクザと暴力団の違い」についても略します。
 とにかく、こんなチマチマしたことで、それこそ何千年も続いてきた文化をないがしろにしてもらいたくない。もうアホくさくていやになります。もちろん、協会の腐り具合もひどいですよ。でも、こういう社会的強制力ではなくて、別の方法で改革をしていかないと、本体の相撲自体もダメになってしまいますよ。
 1965年でしたか、柏鵬時代全盛の頃に、その横綱柏戸と大鵬と関脇北の富士がハワイから拳銃を密輸しました。バレるのをおそれて、みんなで川に捨てたんですよね。で、結局バレて書類送検された。しかし、協会としてはほとんどおとがめなし。翌場所も普通に開催されました。
 今そんなことがあったらどうなるんでしょうか。いや、もちろん、だからなんでもいいと言っているわけではありません。そうではなくて、協会の問題と相撲の問題とを一緒くたにしてほしくないんです。
20100725233 その点、いろいろな苦難や非難を経て、プロレス界はずいぶんと変わったと思います。DDTなんか、本当に新しい経営と興行形態を持つ団体です。まさに今の時代に合った改革を自ら進めたのです。
 そして、興行の内容も本来の大相撲のように、いろいろと変化に富んだ内容を誇り、お客様を絶対に満足させるコンテンツ満載です。当然その結果、レスラーと観客の一体感も素晴らしいものとなる。
 まさに腐りきった大相撲の聖地で、代わりに「神事」や「祭祀」をやってくれているんですよ、DDTは。本気でそう思います。
 日本相撲協会はDDTに場所を貸すだけでなく、本気でその経営理念や興行理念を学ぶべきだと思いますよ。他のプロレス団体もです。今やDDTはメジャー団体も一目置くスーパーインディー団体となりました。インディーの雑草魂があるからこそ、こうして健全に文化を継承し、生み出すことができるのでしょう。あっぱれです。
 一方、あわれなのは大相撲。とりあえず日本人よ、しっかりしてくれ。大鵬も半分は日本人でしたから。

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2010.07.25

あきらめてはいけない…その3

Tky201007250404 川高校優勝おめでとう。本校は決勝戦で3-4で敗れ、準優勝でした。あと一歩でした。
 予想通り相手投手のスライダーにてこずり、2試合連続の逆転劇を演じた力をもってしても、あと1点及びませんでした。
 それでも、選手たちは最後まであきらめず全力で戦いました。その姿に心打たれました。彼らもこの大会の勝ちと負けから多くのものを学んでくれたことと思います。
 野球という競技、また、高校野球という文化の特殊性については、こちらに書きました。だからこそある種の悲劇が伴い、それがまた物語を生み、人気を呼ぶ原因になっているんですね。
 そして今日、私の静岡の母校も、準決勝でサヨナラ負けを喫しました。最後の最後に力尽きた感じです。厳しい現実ですね。
 また、本校中学生のバスケットボール部、初の県大会は2回戦で敗退となりました。もちろん、1年生だけのチームですから、1勝しただけでも画期的、歴史的なことだと思います。2回戦は観戦しました。甲府地区1位の強豪チームに対して、第3クオーターまではリードしていたのですが、最終クオーターでは体力の差が表れ、逆転されてしまいました。
 しかし、それこそきゃしゃな体で大きな先輩たちと互角に戦っている姿に感銘を受けましたね。数ヶ月前まで小学生だった彼女たちが、高校生目前の相手にあそこまで肉迫するとは…。本当に立派です。
 スポーツというのは、ある意味残酷なものです。非常にデジタル的なものです。勝ちか負けか。
 特に近代スポーツはルールの標準化と厳格化のために「数値」を多用するようになりました。その結果、内容よりも勝敗や順位や記録が重視されるようになったのです。記憶より記録ということですね。
 そのため、競技に必要な技術もある意味規格化されましたし、そのための練習方法も確立されてきました。それが学校スポーツという特殊な教育活動をも生みました。それがはたしてどこまで教育的なのかは別としまして。
 私は個人的には、記録よりも記憶、勝敗よりも内容という、本来の(古来の)「sport」に興味が持って生きてきました。だから、プロレスが好きだったり、音楽が好きだったりするわけです。
 だからこそ、自分のできない、あるいは通ってこなかった「近代スポーツ」の世界にも憧れを抱きますし、それに日々精進する生徒たちの姿から、自分にない多くのものを学ぶことができるわけですね。
 この夏の彼ら彼女らの熱い戦いからは、「あきらめてはいけない」ということを存分に学ばせていただきました。経過がどうあれ、最後の1秒まで「あきらめてはいけない」。あきらめたら負けしかありません。あきらめなければ、もしかすると逆転があるかもしれません。それはスポーツだけに当てはまることではありませんね。日々の生活の全てがそうなのでしょう。あきらめたら、もうその先はゼロです。あきらめなければ、時間はかかるかもしれませんが、必ず何かが変ります。
 この瞬間瞬間のさまざまな岐路において、常に先がゼロではない、行き止まりではない方を選んで行きたいと思いました。あきらめたら、あるいは満足してしまったら、もう行き止まりなのです。
 仏教の教えの中に「自慢は智恵の行き止まり」という言い方があります。仏教用語としての「自慢」や「我慢」は「慢心」のことです。「慢」という字の義は「怠る」ということです。すなわち、それは「あきらめ」であり、安易な「満足」であります。
 私もこれから、自分自身を、あるいは世界を「明きらめる」「諦観する」ために、いろいろなことを怠らず、あきらめず生きたいと思います。
 あらためて生徒たちにありがとうと言いたいと思います。

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2010.07.24

逆転サヨナラ満塁ホームラン(あきらめてはいけない…その2)

甲府工業020001100
富士学苑10000000
20100724_20_1_2 9回表まで1対4。絶体絶命。初回に1点取っただけで、その後ヒットは出るもののあとが続かずいやな展開。正直3点取るのは難しいか…。
 誰もが一瞬でもそう思ってしまったことでしょう。
 しかし、選手たちはあきらめませんでした。準々決勝でも8回裏に4点取って追いつき、そして延長でサヨナラ勝ちしたではないか!今思えば、あの苦しい試合に勝ってきたことが大きな自信になっていたのですね。
 下位打線8番からの3連打。まずその時点で神がかっていたと思います。それまでなかなか連打をさせてもらえなかったのですから。いや、仏教校ですから「仏」がかっていたのでしょうか。
 まさかのノーアウト満塁。打者は2番のキャプテン。決して長距離打者ではありません。まずスクイズで1点返すという手もありかな…私はそんなことも思いましたが、バックスクリーンの風速表示を見ると、右から左へ6メートルの風が。キャプテンは右打者です。相手の4点のうち、3点は風に乗った2本のホームランでした。
 ここでホームランが出れば…もちろんそういう考えもありました。しかし、それではあまりに出来過ぎ。まずは1点ずつと思い直した3球目。キャプテンが思いきり振ったバットの芯がボールをとらえました。強烈なライナーがレフト方向へ。弾道が低かったので、正直、レフトの頭を超えるかどうか?と思いました。
 しかし、相手校のレフトは頭上を過ぎるボールを見送りました。入った?入った?入った!!
 一瞬何が起きたのか分からなくなりました。しかし、ベンチから飛び出した選手たちを見て、これが現実であることを確信し、あとは記憶がありません。興奮しまくって大声で叫び続けたのでしょう。気づいた時には声がかれていました。
 逆転サヨナラ満塁本塁打。それも「おつりなし」。5対4。こんなことが現実にあるんでしょうか。ドラマやマンガやアニメだったら、「ベタすぎる脚本」と言われてしまうでしょう。
 私ももう40年近く野球を観たりやったりしてきましたが、こんな光景を生で観るのは初めてです。それを自分たちの教え子がやってのけるなんて。それも決勝進出がかかった準決勝で…。
 本当に素晴らしいですね。生徒たち。富士学苑。教師という仕事。そして人生…。
 さあ、明日は日川高校との決勝戦です。日川も15回裏サヨナラ安打で勝利して決勝へ。両校とも信じられないようなドラマを経ての対決です。ここまで来ればもちろん勝ちたい。しかし、それ以上に両校とも、準決勝以上の熱い、しかしすがすがしい戦いをしてもらいたいものです。
 野球の「ジャズ応援」で大活躍のジャズバンド部は、球場から帰ってすぐに「まちジャズ」のステージへ。疲れているはずなのに、相変わらずクオリティーの高すぎる演奏!お見事。私たちの歌謡曲バンドも参加させていただきましたが、私なんて疲れてヘロヘロでした。ごめんなさい。不甲斐ない。
 明日、私は中学校のバスケット部の総体応援があるので、球場へは行けません。こちらはこちらで、1年生だけのチームで県ベスト4を狙います。考えてみれば、いや考えなくとも、歴史に残る戦いです。もう来年には2年生主体のチームになってしまうのですから。創立した今年だけに与えられるであろう特別な試合なのです。
 高校3年生主体の野球部。中学1年生だけの女子バスケ部ジュニア。富士学苑の長男と末っ子がきっとダブル奇跡を起こしてくれるでしょう!とにかく、「最後まであきらめてはいけない」。
 私もこの歳になって、若者たちに「あきらめてはいけない」ということを学ばせていただいています。
 うん、人生あきらめちゃいかんな。
 頑張れ!富士学苑!頑張れ!自分!w

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2010.07.23

茜色の富士(夏編その3)

 のような感動を与えてくれたフジファブリックのフジフジ富士Qからそろそろ1週間ですね。明日、ウチのバンドで「茜色の夕日」を演奏する予定なのですが、全然練習してません。というか、編曲もしていないので、いつものとおりアドリブ合戦になりそうな気配。やばい。志村くんに失礼のないようにしなければ。超地元での演奏ですし…。
 さて、今日も夕刻、富士吉田からの富士山と空、雲がとってもきれいだったので、いつもの丘ならぬいつもの窓から何枚か写真を撮ってみました。
 いろいろ試してみましたが、なかなか肉眼でとらえた光景を伝えることは難しいですね。しかし、こうしてみると、全部本物の色合いにも思えてきます。つくづく自然はすごいなあ、人間の目や脳はすごいなあと思うのでした。
 今日のNHKの特報首都圏は『進化する技術とどうつきあう?』というテーマでした。機械や技術と私たち人間の能力との関係を考え直させる良番組であったと思います。技術者たちの苦悩もよくわかりました。自分たちの開発していく「夢の技術」が人間の本来の能力や意志を退化させてしまう…。たしかに、機械や技術は我々を怠惰にします。
 しかし、こうして最新のデジタル技術を使っても、やはり目の前の空さえ完全には記録できないわけです。人間を造った神のとんでもない技術力に圧倒される瞬間ですね。
 ある意味同じようなことですが、ここ数日のこのような異様な高温や夕焼けは、地震の宏観現象だとも言えます。どんなに科学や技術が進歩しても、あんなデッカイ物理現象すら予知することができません。逆に自然自体にその兆候が現れることが多いのです。あまり機械や技術に頼りすぎると、それこそ身近な自然の変化に気づかなくなってしまいます。
 夏になると私の地震予知が始まるとよく言われますが(笑)、やや危険な感じがするのも事実です。北陸中部東海地域の方々、いちおう注意が必要でしょう。各種観測データよりも、最近の天候、そして黒猫たちの動向、さらには娘たちのテンションなどの方が、天変地異を予感させるのです。あと、自分の気分でしょうかね(笑)。珍しくザワザワしています。単に忙しすぎるのかな?
 ま、それよりなにより、機械が描写した今日の「茜色の富士」をご覧下さい。時系列で並べてありますが、露出などを調整したため明るさはいろいろです。4枚目は富士山は写っていません。その西側に現れた異様な直線です。地震雲の一種です。太陽の方向からして、遠方の障害物(たとえば積乱雲)などの影ではありませんね。なにも起きなければいいのですが。

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2010.07.22

8回裏の攻撃(あきらめてはいけない)

201007225768561l 〜、今日はしびれました〜!夏の高校野球県大会、準々決勝。勢いに乗るご近所の公立校との対戦。
 今日は本校のエースの調子が悪く、7回終了時に2対6と劣勢。好打順の7回裏があっさり三者凡退に打ち取られた時には、正直「負けたな…」と思ってしまいました。
 昨夏も比較的ご近所の公立校にまさかの初戦負け。下馬評では圧倒的有利と言われながら、軟投派の投手を打ちあぐねるという似たようなパターンでした。
 その悔しさを覚えている選手も多かったのでしょうか、なんと8回裏に連打で4点を奪い同点に!そして延長10回サヨナラヒットで7-6の逆転勝ち!
 点差が開いても、あきらめることなく、逆転勝利を信じて頑張った生徒たちに心から拍手を送りたい。それから、今日もまた、名将の采配にも感心しましたねえ。勝つために確率の高い選択肢を選んで行く戦法と、一方でチームとしての一体感を作って行く選手起用のバランスの良さ。途中二番手の投手を挟みながら、最後はまたエースに勝利を託したあたり、この先の闘いを見据えた見事な采配であったと思います。誰もが「えっ?ここで替えるか?」と思ったのではないでしょうか。しかし、結果として見るとそれが大正解でした。うむ、シロウト評論家がとやかく言えるレベルではない。
 いやあ、これで2年ぶりのベスト4。あと二つ勝てば甲子園です。もちろん、ここからの戦いもまた厳しいものになります。以前も数回ベスト4まで勝ち上がっていますし、2年連続決勝で苦杯を舐めたことがありました。ですから、油断はもちろん、予断も許されません。
 しかし、今日こういう勝ち方をしたからこそ、素晴らしい戦いを見せてくれた対戦校のためにも、夢を目指して頑張ってもらいたい。
 何度か書いてきましたが、本校は私学でありながらほとんど他県、他地域から入学する生徒はいません。野球部もほとんどが地元の子供たちです。エースの彼は愛知からやってきましたが、こちらからスカウトしたというわけでなく、当時の監督さんを慕って自ら本校を選んでくれた選手です。今ではすっかり山梨っ子という感じですし(笑)。目指すは富士山の頂上!頑張れ!
 実は今日、本校の試合と全く同じ時間に、静岡の私の母校も試合を行なっていました。そちらも優勝候補に挙げられています。こちら山梨の経過とともに、ネットの速報で静岡の途中経過も確認していました。そちらも7回まで負けていましたのですが、8回裏に大量6点を奪い逆転勝ち。どちらもとにかく「あきらめてはいけない」ということを教えてくれましたね。
 というわけで、私もいろいろピンチなことがありますけど、全部ギリギリ8回裏に逆転してやろう!と思いました。同じ反撃、逆転でも、相手にとっては8回裏にやられるのが一番痛いですよね。8回裏にこそ勝負をかける…そういう人生もいいかも(笑)。9回裏じゃないところがいいんじゃないですか。うん、よし、オレもそれで行こう!てか、いつも9回裏になんとかしようとして失敗してるので…。あるいは相手のミスでラッキーな勝ちを拾うとかね(苦笑)。いかん、いかん。
 あさって準決勝。もちろん実力校との対戦です。生徒たちの健闘を祈ります。頑張れ!

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2010.07.21

逆アフレコ(プレスコ)で優勝!

X2_1dfe16c 日は学園祭でした。中学生は高校生に混ぜてもらっての参加。しかし!結果は総合2位!特に学級パフォーマンスでは、なんと優勝!
 学級パフォーマンスは「映像作品発表」でした。いちおう国語で1学期間アニメを通じて「メディアによる虚構・夢の作り方」や、「編集された世界」の勉強をしてきましたので、そのまとめとしてこんなものを作ってみました。
 アニメ「うる星やつら」の名作「さよならの季節」の音声に重ねて、中学生が演技し、実写ドラマ化する。
 つまり、プレスコアリングですね。プレスコ。日本ではあまり行われませんが、音声や音楽のトラックを先に制作して、それに合わせて俳優が演技したり、アニメーションを作ったりすることです。
 映像を見ながら声優さんがレコーディングする、いわゆるアフレコの逆ヴァージョンです。
 これってめっちゃくちゃ面白いですよ。こういう遊び(勉強?)ってあんまりやらないでしょう。でも、実際やってみると抜群に面白いし、作り手の視点がわかって実に勉強になる。
 私も、海外ドラマなんかにテキトーに即興でアフレコする遊びなんかを、よく生徒とやったりして爆笑してましたが(これもけっこう能力を必要とします)、プレスコは今回が2回目。1回目は5分程度の試作でしたから、本格的なものは初めてです。
 一からドラマを作るとなると大変です。まず演劇部レベルのことをやらねばならない。そこから映画作りのプロセスが始まります。それは正直授業の中では無理。
 しかし、有名作品を使ったプレスコなら、まずシロウトである生徒がセリフでつまずくことがない。演技の難しさのほとんどはセリフ回しですから。
 それから、原作の、たとえば今回ならアニメという、いわば究極の「絵コンテ」があるわけじゃないですか。監督というか撮影、編集をするワタクシとしても、基本それにならって、現実的にできないところだけをオリジナルで作ればよいので、かなり楽な作業になります。しかし、出来上がった作品は、けっこう鑑賞に堪え得るものになるわけですから、これはおいしい。
 というわけで、ぜひとも皆さまにも観ていただきたい。しかし、YouTubeなどにアップするのは、やはりプライバシーなどの問題がありますので、自前のフラッシュムービーにしてみました。サイズをとっても小さくしてありますので、その雰囲気だけしか伝わらないと思いますが、まずはご覧ください。
 オープニングは今日の映像です。あのテーマソングに合わせてみんなで躍りました。踊りが終わってスクリーンに映像が映るという趣向であったわけです。
 生徒だけでなく、本校の顧問的存在である「おじいちゃん」先生も大熱演しております。ラムちゃんは柔道部の男子(笑)。主演男優賞はやっぱりメガネ役の彼でしょうね。
 うむ、我ながらなかなかいい作品ができた(笑)。ちなみに、撮影はこの前紹介したGEのデジカメ。編集はMacBookのiMovieHDです。はっきり言ってとっても簡単でした。

flashムービー「さよならの季節

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2010.07.20

『めぐみ』 大森英敏監督作品

Megumi_img 賢姫元工作員が来日しました。いったいどのような情報を日本にもたらすのでしょうか。
 あまりに長引き、拉致被害家族にとっては辛すぎる日々が続いています。本当にどうにかならないのでしょうか。
 もちろん、この北朝鮮による昭和の拉致問題は、非常に複雑な事情があり、単純化して言えないことがあまりに多すぎますが、しかし、やはり人間としては単純に、被害に遭われた方、そしてそのご家族の方々の筆舌に尽くし難い悲しみと怒りを想像するところから始めなければなりません。
 私は、本当に偶然なんですが、横田めぐみさんと幼なじみだったのです。ほとんど記憶はありませんけれど、おそらく幼少の時に一緒に遊んでいたことと思われます。
 たまたま横田滋さんとウチの父親が同じ職場であり、当時品川区の同じ寮に住んでいたのです。私とめぐみさんは同い年。当時2〜4歳でした。きっと、あの寮の砂場やブランコで一緒に遊んだのだと思います。
 ちょうど双子の弟さんが生まれた頃だったようです。私の両親は、滋さんが早紀江さんを一生懸命助けている様子を覚えていると言います。その後、両家は転居しおつきあいはなくなりました。
 私が東京の石川台中学校で野球にいそしんでいた頃、まさか、幼なじみが北朝鮮に拉致されていたなどとは、全く想像できませんでした。当時は当然拉致事件などという言葉すら聞かれませんでした。
 横田家が新潟に転勤にならなければ、あるいはウチが新潟に転勤になっていたなら…いろいろ考え出すと、「運命」というものの不可解さや残酷さを感じずにはいられません。
 先日、このアニメ「めぐみ」を中学1年生に見せました。一連の、アニメを教材としたメディア学習の一環でしたし、あえて内容については深く触れませんでした。
 こういう事実(おそらく事実でしょう)があったということを知る、そして、先ほど書きました、人間としての基本的な感情の理解という意味では、こうしたアニメーションというメディアは非常に有効であると感じました。
 監督さんは、ガンダムやFFも手がけた大森英敏さん。低予算のためか、いかにもジャパニメーション的な表現が多く見られました。ま、動かないということです。
 う〜ん、内容についてたくさん言いたいことはありますが、いろいろな意味であまり深入りできない問題なので、今日はこの辺で終わりにします。
 無料でダウンロードして観ることができますので、皆様もぜひ。

ダウンロード・ページ

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2010.07.19

野球と音楽と…

20_19_32_26 やあ今日は暑かったですねえ。気温も高かったけれども、試合の方も実に熱い戦いでした。
 我が校(高校)の野球部が甲子園を目指す県大会3回戦で、Aシードの優勝候補校に快勝いたしました。7対1。実にいい内容の試合でした。
 今日は我が校(中学)の生徒も初めての高校野球応援。あの40度はあろうかという球場の中で、声を嗄らして頑張りました。立派。一人も倒れたりすることなく、高校生以上にしっかり応援できました。
 こうして本学園の一員になっていくのでしょうね。そういう意味で、スポーツの応援というのはいいものです。一体感ですね。
 昨年の夏はまさかの初戦敗退。関東大会でベスト4に入ったチームだったのに、ご近所の伝統校に不覚をとりました。まあ、高校生のやっているスポーツですからね、何が起きてもおかしくありません。
 今年のチームも春の大会ではエラーで自滅して初戦敗退。なんとなくいやなムードもあったのですが、さすが夏までにそのあたりの反省にのっとって仕上げてきました。
 今年の山梨県は例年になく実力が拮抗している学校が多くあります。まあ突出した学校がないとも言えましょうか。ですから、総合力にまさる本校としては、大事に大事に戦っていけば、念願の…ということもありえます。
 しかし、先ほども書いたように、あくまで高校生のスポーツですから、何が起きるか全くわかりませんね。ただ、楽しみであるのはたしかです。
 静岡の方でも、私の出身校が優勝候補の最右翼に挙げられているとのこと。甲子園で私にとっての二つの母校が対戦するというのも、ありえない話ではないのかもしれません。
 こう見えてもけっこう本格的な野球少年だった私は、自分の果たせなかった夢を教え子に託すことができる仕事に就けて、本当に幸運ですね。今、中学の方にも一人硬式野球をやっている子がいます。彼もピッチャーです。そう、私、こう見えても実はピッチャーだったんですよ(笑)。
 今日は炎天下の甲府から帰ってきまして、夜は歌謡曲バンドの練習をしました。富士山では夜はちょっぴり寒いほどに冷え込みます。冷房なんてありませんが、しっかり窓をしめきってバンドの練習をしました。それでも別に暑くないんですから、まったくぜいたくな話ですね。
 野球と音楽。まさに小学校高学年から中学校にかけて出会ったものたち。今でも私の人生に大きな意味を持っています。だからこそ、生徒たちの出会いや夢を大切に育ててあげたいですね。
 そういえば、今日バンドで練習したフジファブリックの志村正彦くんも、「ちっちゃな野球少年」だったんですよね。そして、中学時代、コニファーで奥田民生さんの音楽と出会い、そしてミュージシャンに…。
 やっぱり中学時代の出会いは大切ですね。もう少ししたら、私の教え子の中学生にも、志村くんの音楽や詩を紹介したいと思います。まだ1年生には難しいかな。

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2010.07.18

主のために歌え!(カンターテ・ドミノ)

19_6_18_00 日のフジフジ富士Qとは、ある意味打って変わって、今日は教会でバッハ演奏。
 八ヶ岳中央高原キリスト教会で行われたカンターテ・ドミノの演奏会に参加させていただきました。
 中心になった演奏曲目はバッハのカンタータ99番「神のなしたもう御業こそ、いとよけれ」。その他、カンタータ98番からバスのアリア、147番から有名な「主よ、人の望みの喜びよ」、テレマンのリコーダーとフルートのための協奏曲など。
 私は本番だけの参加、そして楽譜もその場で渡されるものありという状況でしたが、そこは百戦錬磨の楽師(?)、まあそれなりに問題なくこなしたと思います。ま、さすがに今回はヴィオラとヴァイオリンの持ち替えありの上に、楽譜はソプラノ記号、アルト記号、テナー記号を行ったり来たりだったので、ちょいと混乱しましたが。
 カンタータの99番は、聴くのも(自分が演奏してるんですがね…笑)初めて。なかなか、素晴らしい曲でした。最初の協奏曲風な合唱曲の美しさ、半音階を多く含んだ過激なフルートのオブリガートを伴うアリアなど、なかなかの力作。弾いていて気持ち良かった。
 バスの森野信生先生、指揮&テノールの片野耕喜先生はもちろん、合唱団の皆さんも素晴らしい歌声を聴かせてくれました。やはり信仰に基づいた歌には力がありますね。単なる芸術音楽の表現とは違うと思いました。
19_6_18_36 それにしても、こうして素晴らしい教会で本来の礼拝形式に則って演奏されるカンタータというのはいいものですね。いわゆる普通の演奏会とは全く違った感じがします。この教会では、二階にオルガンと楽隊のスペースがあります。演奏中はお客様というか、信徒の皆さんは基本見えません。逆に言えば一階の方々にとっては、音が天から降ってくるという感じになるんでしょうね。素敵です。
 ところで、今日、演奏しながら思い出してしまったことがあります。昨年のクリスマス・イヴのことです。あの日、私はこの団体の皆さんと演奏をしていました。こちらの記事に書いてあるとおりです。まさか、その日の未明、あのようなことが起きていたとは知らず…。
 昨夜、あのような素晴らしいフジファブリックのイベントがあり、皆で志村正彦くんを感じ、そして、今日またこの団体とともに神に捧げる音楽を奏でるというのは、何か因縁めいたものがあるように感じます。
 天上の志村くんにこの素晴らしい響きが届いたでしょうか。キリスト教とか、バロック音楽とか、そんなジャンルなんてどうでもいいのです。「祈り」と「音楽」、それでいいじゃないですか。
 また、ここのところまた深いご縁をいただいている出口王仁三郎についても思いを馳せました。「万教同根」「芸術は宗教の母」。形式や言葉にとらわれることなく、ただただ素直な祈りの心を持っていれば、それでいいと思いました。
 先日の高部座の家庭的雰囲気、昨日のコニファーの1万6千人、そして今日。いろいろな「場」と音楽、それぞれ素晴らしいものだと感じました。それをこうして体験できる私は本当に幸せ者です。
 一人一人が平穏で、みんな仲良く、世界が平和で、地上にも素晴らしい音楽が満ちあふれていれば、それでいいのです。

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2010.07.17

フジファブリック presents フジフジ富士Q

Fujifabric 当に忘れられない夜となりました。夢の舞台は、本当に夢の舞台でした。まず最初に志村正彦くん、ありがとう。君は本物の天才だ。
 そして、ダイちゃん、総くん(すんません、字間違ってましたね)、加藤さん、お疲れさま。あなたたちはやっぱりフジファブリックでした。
 本当に感動した時、自分の言葉はほとんど機能しなくなります。だから、今日はあんまり多くを語れません。私の軽い言葉たちは、ただただ音楽の力の前にひれ伏すだけです。
 正直前半は涙が止まりませんでした。今日は最初から楽しんでやる!と意気込んで行ったものの、やはりダメでした。
 バンドの音はたしかにフジファブリックなのに、なんで歌声は志村くんじゃないんだ!なんで夢の舞台に彼はいないんだ?そんな気持ちだったのでしょうか。
 それぞれの曲にまつわる様々な志村くんの想い出や風景が、それこそ走馬燈のように駆け巡ってしまい、どうにもならなくなってしまいました。
 今回は、家族全員で参戦したのですが、不思議なもので、泣いていたのは私だけではありませんでした。特に小学校2年生の下の娘は、ワケもわからず最初から泣いています。帰宅後、あの時なんで泣いてたの?と聞いても、わからないと…。彼女も上の娘も、志村くんとの初対面が永遠の別れだったのですから、何か理屈を超えたあの場の空気を読み取ったのかもしれません。
 そんな私たちでしたが、後半はすっかりノリノリになることができました。それは、そういう「哀しみ」を乗り越えるほど、志村くんの楽曲自体にとんでもない力があることが分かってきたからです。
 どのアーティストも本当に素晴らしいパフォーマンスを聴かせてくれましたが、なんというか、どんどんそれぞれの方々が歌う志村くんの曲が、それぞれのオリジナル曲であるかのように感じられてきたのです。
 これはすごいことだと思います。前半も実はそうだったのでしょう。しかし、「哀しみ」という感情が、そうした客観的な音楽性を聴く耳を塞いでしまっていたのではないでしょうか。今思い出せば、全てが「自然」であったと思います。
 こんなことってあるんでしょうか。あれほど個性的な声と節回しを持った志村くんの代わりを、いったい誰が出来るのか?あのヘタウマな感じこそフジファブリックだと思っていた私にとっては、この事実は衝撃的でした。正直、音楽の教科書的に言うならば、みんな志村くんより歌は上手でしたからね(笑)。
 そう、つまり、志村くんはとんでもなく多様な、おそろしく様々な個性を持った曲を作っていたのです。この曲はこの人風という個性とは違います。誰が歌っても、その人の曲になってしまう究極の個性です。
 表現者の個性を超える個性。それは「普遍性」と言っていいと思います。カバー大会、いや、ある意味究極のカラオケ大会と言ってもいいかもしれない、あの特殊な状況の中で、私は初めて志村楽曲の本当の価値を知ることができました。
 クラシックの世界でも似たようなことがあるんです。実は私、明日は八ヶ岳でバッハを演奏するんですけれど、そのバッハなんか最たるものですね。バッハの作品の、時間や空間、そして楽器や解釈さえも軽く超えてしまう普遍性については、もう語る必要はないと思います。私はピリオド演奏をしますが、たとえば、モダン楽器で弾いてもいいし、シンセサイザーに演奏させてもいい。もちろん、ジャズにアレンジしようが、どうしようがバッハは全く揺らがず、そしてどのバッハもベストになってしまう。
 また、バッハの作品は、はっきり言ってあの時代にしてみると、「へんちくりん」です。異常です。ある意味気持ち悪い。なんじゃこりゃ?です。今日もいろんなアーティストの方がリスペクトをこめて言ってましたね、志村くんの曲は変だと。
 おおげさでなく私は、そうしたバッハに匹敵する楽曲の普遍性を、今回、志村楽曲に感じたのです。志村くんが不在であることによって、彼の本当の存在感を知ることになるとは、ある意味では皮肉なことではありますが…。
 カミさんも、そして二人の娘も本当にたっぷり感動し、泣き、歌い躍った4時間でした。まさに夢の舞台。彼女たちも改めてフジファブリックの魅力に取り憑かれたようです。
 心配された天気も、まさに奇跡的に梅雨明けを迎えて晴れ渡り、ちょっと恥ずかしげに顔を隠していた富士山も、ライヴが始まってからはくっきりと見え始め、そして見事な茜色の夕日。ポッカリ浮かぶおぼろ月。そして、最後の花火…全てが美しい「物語」のために、志村くんが用意してくれた粋な演出だったのかもしれません。
 夢の舞台は、やはり新しいスタートでした。私にとっても、フジファブリックにとっても。
 あの雑踏の中で、本当にたくさんの方々に声をかけていただきました。それも考えてみれば奇跡的なことですね。本当にありがとうございました。
 最後に感謝の気持ちをこめて、セットリストを載せておきます。こうして復習してみると、実にとんでもないイベントだったことが分かりますね。こんな夢の舞台を作りやがって!まったく志村正彦とはどこまで魅力的な男なのでしょう。

奥田民生「桜の季節」
安倍コウセイ「虹」「モノノケハカランダ」
ハナレグミ「ダンス2000」「ルーティーン」
クボケンジ「バウムクーヘン」「赤黄色の金木犀」
斉藤和義「地平線を越えて」「笑ってサヨナラ」
ハヤシ「TAIFU」「B.O.I.P.」
藤井フミヤ「タイムマシン」「若者のすべて」
氣志團「ダンス2000」「茜色の夕日」
和田唱「Strawberry Shortcakes」「陽炎」
真心ブラザーズ「TEENAGER」
真心ブラザーズwithスカパラホーンズ「線香花火」
スカパラホーンズ「Surfer King」
PUFFY「DOKI DOKI」「Bye Bye」
片寄明人「花」「サボテンレコード」
吉井和哉「マリアとアマゾネス」「Anthem」
くるり「Sunny Morning」「銀河」
フジファブリック「会いに」
奥田民生「茜色の夕日」

 個人的には、やはり吉井和哉は別格なロッカーだなと思いましたが、あえて最後にこの曲を貼り付けておきます。名曲、名演でした。

 本当に最後の最後に一言。刃田綴色さんと伊東真一さん、GJ!素晴らしかった。

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2010.07.16

千葉さな子

実際このくらいの美人だったらしい…
20100717_63731 宅しましたら、NHK甲府の「金曜山梨」が始まりました。以前、私も出演したことのある番組です。ローカルとしては、毎度なかなかていねいに作られる隠れた名番組です。
 今日は「山梨 心の龍馬伝」ということで、結ばれることのなかった許嫁千葉さな子と、姉の乙女がとりあげられていました。
 特に前半のさな子に関する部分は、非常によくまとまっていて、思わず集中して観てしまいました。短い番組ですから、今回はさな子だけにスポットライトを当てても良かったかなあ。乙女に関する部分は、蛇足とまではいきませんが、やや盛りだくさんになりすぎていた感じで、ちょっともったいなかったかな。
 千葉さな、今放映中の龍馬伝でも、貫地谷しほりさんが演じて人気。永遠の愛を貫いた女性として、様々な世代にファンが多いようですね。
 そんなさな子さんのお墓が、なぜか山梨は甲府にあるのです。これは本当に不思議ですよね。ある意味全く山梨とは縁のないはずのさな子さん。その謎を調べていくと「龍馬への純愛」が浮かび上がってくる…というのが、今回の番組の趣旨でありました。
 ま、結論から言えば、さな子が営んでいた鍼灸院の客の中に、自由民権運動で活躍した、甲府の小田切謙明、豊次夫妻がおり、きっと龍馬とのことも話に上がったのでしょう、三人は次第に懇意の仲となっていき、互いに行き来するようになっていったようです。そして、謙明の死後は、豊次とさな子は一緒に甲府に住んだらしいのです。
 さな子が亡くなった時、一時は谷中に土葬されたそうですが、無縁仏になってしまうことを危惧した豊次が、分骨して小田切家の墓所に葬ったということなのです。まあ、たしかに不思議な縁ですね。
 その墓石には「坂本龍馬室」と彫られています。
 と、ここで少し水をさすようなことを書きますが、2週間ほど前、こんな記事がニュースになりましたね。「千葉さな:龍馬暗殺後、結婚? 明治時代の新聞に記事」…あらら、永遠の愛ではないのか?
 ま、当時のいろいろな事情や習慣、千葉家の家柄などを考えますと、結婚するのも別に不思議ではありません。結局10年ほどで離縁し、その後はたしかに独身を貫いたようですから、まあ、気持ちはずっと「龍馬様!」だったのでしょう。
 さな子と親友であった豊次は、やはり龍馬への永遠の気持ちを聞いていたのでしょうね。それで「龍馬室」と彫らせたのでしょう。
 龍馬への愛が甲府に眠っている…うむ、実に不思議な気持ちになりました。

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2010.07.15

第4回 王仁魂講演

03 んな日が来ようとは…まさに夢にも思いませんでした。
 出口家の方々、特に王仁三郎の曾孫お三人さんに対して、出口王仁三郎と富士山について講演するなんて。
 宗教、宗派を超えた、いやある意味それらを全く無視した「王仁魂復活プロジェクト」に参加させていただくことになって1年ちょっと。この間にもいろいろと不思議な出会いがありました。
 今回、私の演題は「富士山から見たweb0.0」。わけわからんでしょ(笑)。でも、それなりに専門家の皆さんにも伝わるものがあったのではないかと思います。コノハナサクヤヒメ、経(たていと)緯(よこいと)、艮と坤、国常立と豊雲野、厳と瑞、火と水、出口家と上田家、出口家と三浦家、三浦家と宮下家、宮下家と舟久保家、宮下文書と王仁三郎、本宮山の富士の霊石。そしてまとめは芋とひじき(笑)。
 その他の講演は、私のあとに、カリスマ王仁三郎&霊界物語研究家飯塚弘明さんによる「霊界物語から見た富士山」、続いて同プロジェクト副会長の山崎富士夫さんによる8分間シェア「出口王仁三郎と頭山満」、そして王仁三郎曾孫にして現熊野館主人である出口健さんによる「富士鳴戸」、そして特別ゲスト講師、カリスマ宮司にして古神道研究家、石笛研究家奈良泰秀さんによる「王仁三郎と霊学」。
 ううむ、濃すぎ。私のレジュメもないパソコンもないアドリブ講演は実に恥ずかしい内容でありました。ある意味一番最初でよかった。
 それにしても勉強になりましたし、自分ももっと勉強しなければと思いましたね。まだまだです。
 講演終了後の懇親会が楽しかったですね。出口光さん、出口汪さん、そして奈良さんを中心に、皆さんと、王仁三郎について、神道について、古神道について、宗教のない世について、みろくの世について、言葉について、物語について…本当にいろいろなお話をさせていただきました。
 今回、私個人として非常にうれしかったのは、我が家の耀わん「十和田」で皆さんに富士山の水(ウチの蛇口から出た水ですが…笑)を飲んでいただいたことです。
 出口家の方々にとっても、耀わんに触れる機会はそうそうありません。それを手にしていただくだけでなく、そこに注がれた霊水(?)を飲んでいただいたわけですから、貴重な機会をお作り申し上げることができたと思います。
 特に、この「十和田」、おそらくは王仁三郎が十和田の龍神(男装坊)の生まれ変わりである、孫の出口和明(やすあき)さん(ペンネーム十和田龍)をイメージして造ったものでしょうから、和明さんの息子さんである汪さんと健さんにとっては、ひいおじいさんとの出会いであるとともに、亡くなった父和明さんとの久々の再会であったとも言えるのではないでしょうか。
 あまり時間がないので、講演などの細かい内容については紹介できませんが、とにかく、こうして私の経験と思索の結果を皆さんの前で発表できたことは、最高の幸せでありました。このような機会をあたえていただき、感謝の念にたえません。
 「不二」「モノ・コト論」「言葉をもって言葉を超える」「平和」「融和」「教育」…私の天命を確認できた今回の講演であったとも言えます。ありがとうございました。

出口王仁三郎ミュージアム

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2010.07.14

係り結び

14 間がありません。今日こそ短く!
 今日は恩師(直接ご指導いただいたのはただ一度ですが)、いや怨師?大野晋さんの三回忌です。いろいろな意味で偉大なる方でした。お亡くなりになって、私もいろいろと発言がしやすくなりました。将軍様でしたので。
 さて、いろいろと先生のご意見に異論を唱えてきたワタクシでありますが、一つだけ全面的に賛成していたものがあります。それが「係り結び」の解釈です。
 私は大野センセイ以上に本居宣長センセイが好きになれない人間でして、そういう意味で相対的にこの問題に関しましては、大野センセイを支持いたします。というか、学校文法への生理的嫌悪感でしょうかね。いやいや、生理的感覚が大野説を支持しているんですよ。
 私は現象を法則化する前に、現象の本質を見極めたいと思うタチなのです。たとえば「ぞ・なむ・や・か〜連体形」「こそ〜已然形」というのを暗記するのがいやなのです。自分の中で(自分流であっても)納得いく説明ができないと、どうも生徒に教える気にならないのです。
 で、短く短くと。えっと、簡単に言います。「ぞ・なむ・や・か〜連体形」は倒置。「こそ〜已然形」は省略。もともとはそうであったと。以上です。
 倒置というのは、たとえば「吉野なる夏実の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山影にして(万葉集)」は、もともと「吉野なる夏実の川の川淀に山影にして鳴くなる鴨ぞ」であったと。倒置だから「強調」「強意」です。単純ですね。
 「神風の伊勢の浜荻折り伏せて旅寝やすらむ荒き浜辺に(万葉集)」は、「神風の伊勢の浜荻折り伏せて荒き浜辺にすらむ旅寝や」ということになります。疑問の倒置で、「強調された疑問」になります。
 「こそ〜已然形」は「こそ〜已然形+ど(ども)」の省略です。すなわち、逆接だったわけですね、本来。有名な例としてこういうのがよく挙げられます。
 「昔こそ難波田舎と言はれけめ今は都と都びにけり(万葉集)」これは、「昔は〜だったようだが、今は…」という流れですよね。本来、このように、「こそ」は逆接を強めるために用いられたと考えられます。このような逆接の強調は今でも名残がありますよね、「その場でこそ言わなかったけど、さすがにあとで呼んで注意しといたよ」みたいに。
 これらが、平安時代以降はその出自や本質が忘れられて、いわゆる「係り結びの法則」的な意識でとらえられるようになったと。まあ、そういうことです。
 今日は以上。係り結びについては、ほかにも書きたいことがあるので、またいつか。

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2010.07.13

「迷走」中に「瞑想」しよう。

Plc1007131300008n1 みません、とんでもなく時間がないので、今日はごく簡単に。民主党大敗後の政局、そして日本の未来を占ってみましょう。
 まず、驚いたのが、神奈川選挙区で落選した千葉景子法務大臣が9月まで続投するということです。頼む首相も首相ですが、受ける法相も法相です。国民の選挙によって国会議員として不適格と判断されたんですから、やめて当然です。立法と行政は違うとは、この場合言えません。参議院議員選挙とはいえ、当然有権者は行政者としての千葉さんを見ていたわけですから。
 いったいどこが、民主主義の法治国家なのでしょう(笑)。
 まあ、皮肉なことに千葉さん、70万票近く獲得しているんですよね。それなのに落選。まさに一票の格差に負けたわけです。その格差を現状認めているのが「法」ですからね。
 千葉さんのほかにも3人が非議員の立場で閣内続投を決めました。民間から登用したというのではなく、任期中に議員でなくなってしまう人が4人というのも、さすがに前例がないでしょう。
 さて、こんなテキトーな感じの菅さんですが、9月の代表選のあとようやく内閣改造に着手するようですね。それによって国民の信頼を取り戻そうとするのでしょうか。しかし、これはたぶん逆効果ですよ。
 一つ予言しておきますが、8月までに民主党内で非常に面倒なことが起きるでしょう。表面化するかどうかは分かりませんが、9月の代表選、組閣にも大変な影響が及ぶに違いありません。
 また、夏は天災のシーズン。それらへの対応力にとことん劣る民主党です。しっかりお祈りでもして、神様を敵に回さないようにしていただきたいものです。なんとなくいやな予感がするんだよなあ…。
 そして、結果として9月以降、民主党の内部分裂が激しくなると思います。菅さんの退陣は案外早くなるかもしれませんね。そうしたら、さすがに国民も民主党政権に嫌気がさすでしょう。あとは…。
 国会自体も、まあ迷走するでしょうね。参院が野党優勢という意味でも「ねじれ」ですが、衆議院でも民主党は3分の2の議席を持っているわけではありませんから、これは本格的な「ねじれ」です。衆議院の再議決ができません。つまり法案が通らないということです。
 これでは日本という国家自体が迷走してしまいます。しかし、ある意味これは「迷走」ではなく「瞑想」だと思いましょう(笑)。民主党による暴走(外国人参政権とか)を食い止めるための「瞑想」であると。たまには動かないことも必要ですし、自らを省みることも必要であります。まずは座って呼吸を調えましょう。
 「成長」より「成熟」。これは人間に限らず、国にとっても重要なことです。
 私自身もこの夏以降は、あんまり調子に乗らず、じっくり自分と日本と世界の行く末を考えようと思います。そういう意味では、これからの「迷走」もなんとなくありがたく感じられるかも。
 皆さんも、目先のことに一喜一憂せず、ちょっとじっくり「迷走」、いや「瞑想」してみてはいかがですか?

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2010.07.12

追悼 つかこうへいさん

Pn2010071201000186ci0003 4月の井上ひさしさんに続き、戦後演劇界の宝がまたこの世を去ってしまいました。
 多少演劇にも関わっていた私ですが、考えてみると「つか作品」とは不思議とあまり縁がありませんでしたね。別に嫌いではなかったのですが。
 体調を崩されているというウワサは聞いていましたが、まさか62歳でお亡くなりになるとは…。やはり早すぎます。
 私の親戚でもある筧利夫さんが、8月からつか作品「広島に原爆を落とす日」で主演をすると聞いていたので、久々に観に行こうかなと思っていたところでした。筧さんもショックでしょうね。彼もつかさんに育てられた名優の一人ですから。
 劇作家として、また演出家としての仕事はもちろん、井上さん同様に「美しい日本語」を現代に継承した功績は計り知れないものがありますね。
 彼は御存知のように純粋な日本人ではありません。今年元旦に書いたという遺書には「娘に日本と韓国の間、対馬海峡あたりで散骨してもらおうと思っています」とあったと言います。
 そうした立場だからこそ、日本語のある意味客観的に見ることができたのだとも言えるでしょう。
 そう、井上ひさしさんもそうですが、いわゆる「日本語=標準語」圏で育っていない人、つまり母語が「日本語=標準語」ではない人にこそ、美しい日本語、正しい日本語継承者が多いというのは、実に面白い事実です。
 ある意味では極度に抽象化された世界なんですよね。人工語としての日本語、標準語、共通語。そうした抽象性の高い素材だからこそ、普遍的な芸術を生むことができるのです。音楽も絵画も同様ですね。
 近々、方言についての研究発表をする予定なんですが、方言を知れば知るほどに、逆に共通語としての日本語、フィクションとしての日本語の面白さ、美しさを痛感するようになるのです。
 つかさんの、いわゆる「口立て」方式による稽古は、そうした、構築された人工としての「脚本」に、ある種の「リアル」を吹き込む方法であったのかもしれません。ジャズや古楽の即興演奏でもそうであるように、その「場」や「人」との気脈によって、ライヴな「生命」が、そこに生まれたに違いありません。
 フィクションとリアルの絶妙な交錯と融合こそが、つかさんの日本語の美しさの源泉であったと、私は思います。
 そう言えば、娘さんの「みなこ」こと愛原実花さん、1月に今行われている公演を最後に退団することを発表しましたが、やはりお父さんのことがあったのでしょうかね。せっかく雪組トップにまでなったのに、どういう事情があるのかと思っていました。
 おそらく退団後は、もう少し直接的にお父さんの仕事を継ぐことになるのではないでしょうか。つか世界と宝塚世界とは、けっこう本質が違いますからね。どちらかというと、ヅカではなくツカ向きだと思うのは私だけではないのでは。
 いずれにせよ、これでまた「昭和の偉人」「昭和の豪傑」が一人天に召されてしまいました。もちろん喪失感はありますけれど、嘆いてばかりもいられません。次世代である私たちこそ頑張らねばなりませんね。
 ご冥福をお祈りいたします。

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2010.07.11

参院選'10 in 山梨

2010071100000030maippolview000 輿石東辛勝。まあ、予想通りと言えば予想通りの結果。いや、意外に自民党の宮川さんが頑張りましたね。
 全国的にはどのような評価になるんでしょうか。山梨県民アホか!というのと、意外にやるじゃん!というのと、どっちなんでしょうか。
 ただ、私としてはですね、やはり「山梨県民」とか「教員」とかで十把一からげにされるのは勘弁ねがいたいところです。
 先日、最重点という記事で書いたとおり、狭い狭い小さな山梨県と言えども、甲府盆地を中心とした「国中(くになか)」と、こちら富士山の北麓地域を中心とした「郡内(ぐんない)」とでは、選挙に限らず、かなり風土や文化や雰囲気が違うのです。ある意味両者は没交渉であり、いや、敵対関係にあると言ってもいいでしょうか、とにかく歴史的に見てもとても一緒にできないものがあるのです。
 旧国名はともに「甲斐」ではありますが、こちら郡内は駿河や伊豆や相模の影響が強く、たとえば言葉一つ取っても、「べえ」と「ずら」の両方を使うような、関東と中部のまさに「かひ(交差点・はざま)」でありました。そんなところから「生黄泉(なまよみ)」という枕詞もついたのかもしれませんね。
 勢力的には、そりゃあもう武田氏の甲府盆地側が優勢でありました。こちら郡内は寒冷地である上に、溶岩台のために水田もできない。鎌倉時代なんか、都からの「島流し」の場所、すなわち流刑地だったりしたような、まあ「陸の孤島」みたいな地域です。近代になって、ようやく「観光」「避暑」「リゾート」という概念ができて、多少発展したような所なんですよね。だからかなうわけない。
 そんな感じで国中地方からある意味見下されてきたこの地方での開票結果はどうだったかと言いますと、ほとんど全ての市町村で「自民党の勝利」でありました。この前書いたように国中に対する反発心というのもあると思いますよ。民度が高いとか低いとかではなくて、単なるライバル意識の発現かもしれません。
 ところで、昨日、地元テレビ局の開票速報を観ていて、思わずカミさんと大笑いしてしまったくだりがありました。
 「輿石さんの支持母体である山教組は、今回の選挙では、北教組問題の影響で、現職の教員が萎縮し、動きが鈍かった。それをカバーする形で教員OBが活発に活動し、後半戦には現職の教職員による電話作戦も行なわれたが、逆風を受けて苦戦した」
 おいおい、これってサラリーマンNEOのニュースパロディー番組「Neo Express」かよ!ww まじめな顔してそういうこと言わないでくださいよ。全国版でそんなこと言えますか?フジテレビ、いやチャンネル桜なら、もっと露骨に言うかもしれませんが。
 おっと産経新聞にはこうありますな。

 山教組は以前は教え子の保護者にもクラス名簿を使って手広く電話をかけていたというが、今回は教員の政治活動が表面化するのを警戒し、児童・生徒の保護者への呼びかけを控えたとされる。追い込みの激しさから山教組の選挙スタイルは「三日選挙」と呼ばれるが、動きの鈍くなった現職組合員の代わりに動員されたのはOBで、機動力の低さは否めなかった。

 いや、なんだか、「萎縮」とか「鈍い」とか「活発」とか、まあ本業の教育の話なら分からないでもないですがねえ、この学期末、夏休み前のクソ忙しい時に、現職が伸び伸びと活発に選挙活動されちゃあ、子どもたちが可哀想ですよ。ま、今回はさすがに深夜のポスター貼りとか、ボーナスから選挙費用天引きとかはなかったようで、本業及び家庭サービスができて良かったですね。
 ま、半分冗談みたいな話ですが、実は半分以上かなり深刻な結果であったとも言えます。我々私学にとっては、この民主党及び組合による基本的な教育環境があと6年続くというのは、本当に死活問題であります。
 ウチは別におおっぴらに公立との対決姿勢を表明しているわけではなく、いつも書いているように、私自身も大変公立の皆さんにお世話になっているので、個人個人の先生方にはなんの恨みもありませんし、逆に尊敬申し上げる方々がたくさんいるというのが実情です。ある意味同志でもあるわけで。
 しかし、これも何度も言っているように、子どもをおいてけぼりにした「政治」を、本業の現場に持ち込んでほしくないのです。もちろん、皆さんそんなことは解っていることでしょう。しかし、そういう個人の意志を超える巨大な「悪習」については、やはりどこかで誰かが正していかねばならないでしょう。
 それが内側からできないのであれば、その周辺の私たちがこうして発信するしかないでしょう。それが内側にも飛び火して、まあ何十年かかるか分かりませんが、草の根から変わっていくのを期待するしかない。
 こんなことを言うと、昔(戦国時代?)ならすぐに嫌がらせがあったり、刺客が送り込まれたり、逆に懐柔策を講じられたり、いろいろあったんですが、こういう時代ですからね、もしそういうことがあったら逆に「飛んで火に入る夏の虫」ですよ。私はネットの背後にある「善意」と「常識」を盾に、この異常な事態の改善に努めていきたいと思っています。

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2010.07.10

7月10日…高部座の夜

今日の記事は長くなります。
Gedc0518

 日、「音楽と人」にちなみ、「日本のロックは文学である」と書きました。今日はそれを体感する一日となりました。そして、今日は「ロックとは命がけのメッセージである」とも言いたい。
 今日7月10日は、昨年末残念ながら急逝した、フジファブリック志村正彦くんの30回目の誕生日。昨年の今日、『東京、音楽、ロックンロール』を紹介してから、もう1年経ったのですね。あの日、1年後の7月10日をこんなふうに迎えるとは夢にも思っていませんでした。私だけでなく、全ての人がそうだったことでしょう。もちろん、志村くん本人も…。
 昨日までの雨が嘘のように、今日は朝からきれいな富士山が見えていました。いろいろなところから彼の誕生日を祝いにやってきた仲間たちを迎えるかのように。きっと志村くんも心から嬉しかったのでしょうね。
 私たち夫婦は、夕方、志村くんに「お誕生日おめでとう」を言い、その足で都留へ向かいました。私たちにとってロックの日とも言っていい今日のこの日に、「伝説のロッカー」、そして「憧れのギタリスト」に会うことができるのです。これは志村くんからのプレゼントなのかもしれません。本当は私たちが彼にプレゼントをあげなければならないのに。
Gedc0523 (以下、写真は「宴」の時のものです)その伝説のロッカーの名は小山卓治。ギタリストの名は河口修二。この二人の共演というだけでも、私からしますと、もう夢のまた夢のような事態です。そんなお二人と一緒に呑めるなんて…。
 小山卓治さん、知る人ぞ知るミュージシャンですね。最近では、彼の「煙突のある街」を Bank Band がカバーしました(昨年のap bank fes'09での模様はこちら。原曲はこちら)。そう、彼らは志村くんの「若者のすべて」をカバーしましたから、小山卓治と志村正彦はBank Band(櫻井和寿)を通じてつながっていたのです。考えてみれば不思議なことです。
Gedc0525 もう一歩進めて考えてみると、今回の「沿志奏逢 3」ではRADWIMPSの「有心論」もカバーされていますから、ラッドのサポートをしている河口さんも、実はつながっているとも言えるのです。というか、それ以前にミスチルのサポートで大活躍でしたからね、河口さん。
 さて、今夜はどんなイベントだったのかと言いますと、都留市にある高部座(まあ「高部さんち」なんですが)で、小山、河口両氏によるライヴが行われたと、単純に言えばそういうことです。
 でも、考えようによっては、山梨の都留の、そのまた山奥(失礼)のある民家の居間(仏間)で、この二人のライヴが行われるというのは実に不思議なことです。都留は私たち夫婦にとっては大学生活を送った青春の地でありますし、今でもいろいろな形で関わりの深い市です。
 そこに、憧れのロッカーである小山さんと、ここ数年特に注目していたギタリストの河口さんが、わざわざやってきてくれるなんて…。
 河口さんは、現在62本に及ぶレミオロメンの全国ツアーでサポート真っ最中です(先日の沖縄公演で一段落しましたが)。そう、ツアー二日目の山梨公演については、こちらに書きましたが、ほら、お読みになってわかるとおり、私なんかメンバーそっちのけで河口さんばかり観て聴いていたじゃないですか。まさか、その方と2ヶ月後、こうして一緒に呑めるなんて!そして、私たち夫婦のためだけに、目の前で…ううむ、我ながらすごい展開。
Gedc0533 まず、申し上げておかねばならないのは、この「高部座」の主人、その名も高部さん(笑)の存在です。彼の旺盛な活動力が、こうした縁を生んでいるのです。彼自身もギターを弾き、歌を歌う人間なのですが、それ以上に、プロ中のプロの人をも惹きつける「人間力」の持ち主であるのです。私、たぶん今までにも何回か彼に会っていると思います。なぜなら、彼は山梨の「詩のボクシング」をスタートさせた張本人なのですから。
 そしてそして、実は今日初めて知ったのですが、彼の奥様はなんと、一昨年の優勝者「くりこ」さんだったのです。私もこうして紹介している彼女です。ありゃりゃ、そういう展開になっていたのか…。
 ちなみに今日のライヴでも、彼女の素晴らしい詩が朗読されました。相変わらずいいですねえ。帰りには詩集をいただいてきました。ありがとうございます。彼女の手作り料理もおいしかった!
 そう、この民家ライヴ、とにかく、おもてなしが素晴らしい。おにぎり、おつまみ、つけもの、ビールなどがどんどん出てくる。畳と仏壇と座布団ときゅうりの漬け物とビールとロック!なんという幸福な空間なのでしょう。いや、正直、大会場で何万人動員とかいうライヴがなんなんだ!?という気持ちにさせられました。河口さんも、大きな会場でずっとやってこられたので、こういう空間に自分の音を響かせることにホッとされているように感じました。
Gedc0536_2 ええと、それで、とにかくいろいろ語らねばならない邂逅があったわけですが、まずはメインの前に、山梨を代表するシンガーソングライター、岩崎けんいちさんのミニライヴが行われました。彼は、ミュージシャンとしても大変魅力ある方ですが、実は昨年の詩のボクシングの優勝者でもあります。そして、イラストレーターとしても大活躍しておられます。
 なんといっても、彼の人間性溢れる音楽と言葉に、かなり打たれました。カンボジアでの歌を通じたボランティア活動も素晴らしいですし、披露された歌そのものにこめられた純粋なメッセージに、私たち夫婦はすっかり魅せられてしまいました。カミさんはもう最初から鼻をずるずるしていました(泣いていた)。
Gedc0527_2 そして、いよいよロックの神様小山卓治が仏壇の前に登場です(笑)。うわっ!すごい目力。カミさんは、「土方巽ばりの眼力」と言っておりましたが、たしかにそうです。ロッカーの目だ。かっこいい。
 そして、歌、演奏、言葉…もう、なんというか、私たちにとっての「ロックの日」にふさわしい、どうにも表現しがたいエネルギーを頂戴しました。
 実は私、勉強不足というか、少し彼らとは違った音楽畑を歩んできたので、正直初めて聴く曲がほとんどだったのですが、一発目からどんどん心に食い込んでくる音と言葉には、思わずたじろいでしまうほど。ロック、ブルース、そしてメッセージ・フォーク、いろいろな風景が私の前に広がっていきます。
 うむ、尾崎豊が熱心に小山さんのライヴに出かけていたというのもうなずけます。また、櫻井さん、小林さん、亀田さんはじめ bank band の皆さんが、小山さんをリスペクトしているのもよく理解できました。すごすぎ。
Gedc0529_4 そして、途中から河口さんが参加。実にブルージーなギターソロを聴かせてくれました。河口さんとは打ち上げ(二次会?)でたっぷり話をさせていただきましたけれども、とにかく適度に力の抜けた、無駄のない音とパッセージが、私のツボにはまりまくるんですよね。うわぁ、ギターっていいなあ!ヴァイオリンは絶対かなわない!生まれ変わったらギター弾くぞ!と思わせるんです。
Gedc0538 そうそう、ライヴ本番も素晴らしかったのですが、終演後高部家二階で行われた宴が、こりゃまたメチャクチャぜいたくな「ライヴ」でした。呑みながら食べながら、順繰りにギターを抱えて弾き語り大会!小山さん、河口さん、岩崎さん、そして彼らの抱えるギターを作ったハーパーズ・ミルの坂田さん…。そしてデュオ。延々と続く「宴=歌偈=打ち上げ」にもうメロメロにやられました。
20100711_120404 しまいには、ウチのカミさんなんか、河口さんのギターで○○○○○○の「○○○」を歌っちゃったりして、まあ相変わらずのずうずうしさを発揮しておりました。なんというゼイタクな…。
 ふむふむ、やっぱりレミオロメンのギター、つまり藤巻節は超難しいと。予想したとおりでした。というか、まさに予想通りだったのは、「修ちゃん」のお人柄ですね。本当にステキな方でした。音に人間性が表れるのです。楽器は面白い。
 その他、いろいろな方と交流ができまして、やはり音楽というのは、それぞれの命の交流のためのメッセージであり、人と人をつなぎ、人を束ねる力であると再確認いたしました。
 そして、日本のロックは「言葉」そのものである、文学はここに生き残っていると、強く感じた「ロックの日7月10日高部座の夜」でありました。
 この世に音楽があることに感謝します。そして、その音楽を愛する全ての人たちに、ありがとう。

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2010.07.09

『音楽と人』 2010年 08月号

20100710_90939 本のロックは文学である。西洋音楽の輸入ではなく、日本古来の和歌の系譜そのものです。
 世界にも珍しい独特な文化です。こうした、文芸誌さながらの文字占拠率の雑誌が、かなりの数、若者たちによって購入されます。ミュージシャンも語りたいし、リスナーも読みたい。本来音楽で完結すべきと考えるのが普通でしょうが、そこに様々な「物語」が介することによって、さらなる新しい「読み」というか「聴き」でしょうか、そういう可能性が広がる。全く日本独特な文化現象です。
 久しぶりに、「音楽と人」を買いました。とりあえず、レミオロメンとフジファブリックのところを読みました。ううむ、あとは正直8割は知らない人たち。
 この雑誌を全部読む人とかいるのでしょうかね。本当に面白い文化です。今、こういう「語るロック」雑誌が何種類発行されているのでしょうか。
 レミオロメンについては、実は明日、ここに写っているある人に会うことになっているので、それも含めて少し予習を…。
 フジファブリックについては、言わずもがなでしょうか。
 感想は…あまりに身近な光景なので、なんとも不思議な感じ。
 3人の立っている街並み、私が毎日のように見て、歩いている場所です。
 昨日の話ではありませんが、現実と非現実が交錯する「なまよみ」のような感じがしますね。
 撮影のあった当日、教え子でありフジファブリックの大ファンでもある、月江寺の駅員(残念ながら大月駅に転勤になっちゃいました)から電話があったんですが、その日はたまたま授業が7時間目まである日でして、どうしても抜けられませんでした。本来ならこの街を案内して、いい撮影場所を教えてあげようかと思っていたのですが…。いやいや、私の案内なくしても、なかなかいい所を選んでくれましたね。素晴らしいです。
 金澤くんと加藤さんが立っている場所は、私がずいぶん前、ビデオ映画「今日から俺は!!」に無理矢理出演してしまった場所です(笑)。まあ、なんとも言えない風情のある街並みですからね。
 あの時もそうでしたが、見慣れた風景が映像作品になりますと、なんとも不思議な感じがしますね。先ほど書いた「なまよみ」感です。作品というのは、作品となった時点で全てがフィクションです。私の言う「コト」になるわけですね。人間の脳内の処理を通過した結果です。
 そこに共時的な「リアル」である「モノ」が混入していると、「生黄泉」になるわけです。
 考えてみると富士山は太古の昔から常に「物語」として日本中、あるいは外国の人々の脳内にイメージ化されていたわけですよね。それは、実際に見たことのない人にとっては「フィクション」です。それを現前にした時、突然リアルが混入してきて、それで「なまよみ」感が生まれるんじゃないでしょうかね。もしかするとそういう意味での枕詞なのかもしれません。
 たいがいフィクションというのは大げさで、実物を見るとがっかりしたり拍子抜けしたりすることが多い。たとえば、芸能人なんか、常にテレビの画面を通してフィクションとしてのイメージが刷り込まれていますよね。それで、実際生で見ると、あれ?っていうことが多い。面白いもので、だいたい小さく見えるんですよね。逆にフィクションでは勝手に大きなイメージになる。
 富士山もたいがい大げさに語られているんですが、でも、この実体の存在感は、やはりイメージを遥かに凌駕してしまいます。富士山ならではの大逆転です。それが「なまよみ」感の源泉かもしれませんね。
 志村くんの書く詩や、音楽にも、そうした「なまよみ」感があります。それは、私がこの街で生活しているから、ということもあるでしょうけれども、それ以上に、なんというか、私たちの無意識下の原体験というか、そういう「何か」があるんですよね。だから、別にこの街にゆかりのない人たちでも、心の深いところで不思議な共感が生じる。だからこそ彼の作品には普遍性があるのだと思います。
 そうしたより深い抽象的な共感は、時代や地域を超えて理解されます。そうした作品を残す人のことを天才と言うのでしょうから、やはり、志村正彦は天才であったと…。
 彼は富士山みたいな人間だったのかもしれません。富士山は不思議な独立峰です。いろいろな意味で、世界でも類を見ない若い火山です。
 今、富士山はまるで眠っているように静かです。本来なら最も活動的であってもおかしくないのに。きっと志村くんも、しばしの眠りについているのかもしれません。天才が残した普遍的なエネルギーは絶対に不滅です。それらはもう、地の奥底で、そして天上で、私たちの与り知らぬところで、動き始めています。
 その一端が、おそらく7月17日でありましょうし、その後発売されるニューアルバムでありましょうし、そしてその後の数々の、ある意味意外な展開であると思います。
 普遍的なものは、時間と空間を軽く飛び越えます。未来にわたって、そして世界中で、彼の音楽が聴かれるようになることでしょう。これは私の予言、というより確言です。

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2010.07.08

最重点…

↓たしかにうまい!親譲りか。

 のすごくやるべきことがたまっています。それもとんでもなくいろんな分野のことで、私にしては珍しく混乱しております。処理能力を超えているのかもしれません。処理能力も落ちてるし、たぶん。
 というわけで、目前の選挙のことなんか真剣に考えるヒマもありません。ま、結論は出ているんですがね。問題は投票に行くヒマがあるのか、ないのか。
 あえて書きますが、これだけ問題視され、これだけ注目されているにもかかわらず、公立の先生方は票集めをしております。ま、さすがに一人80ではなく20だそうですが…苦笑。
 もちろん個人個人の先生方を責めるつもりは毛頭ありません。ご苦労様です、大変ですねと申し上げたいくらいです。私もそうした組織に属していたなら当然皆さんと同じ行動をとっていることでしょう。
 しかし、そのようにある意味個人の意志や善意をも凌駕し粉砕してしまう強力な負の力を持った「山教組」については、もう本当に呆れ返るばかりであります。そしてそのドンである輿石東先生。
 いわゆる甲州選挙も、以前のようなあからさまなカネのばらまきなんかはなくなって、多少おとなしくなりましたが、なんというか、それぞれの組織やら地縁やら血縁やらの縛りは相変わらず残っておりまして、それに反旗を翻したりすると、もうその組織や地域や親戚の中では生きていけない、他県にでも亡命しなければならないというような雰囲気は残っています。
 もちろん、他の地方にもそういう縛りはあるのでしょうが、なんというか、山梨県はあまりにそれが強すぎるというか、それ以外の生き方を知らない人が多すぎるというか、もう本当に「保守」とかそういう言葉では表しきれない独特の雰囲気があります。
 私は外から来た人間ですし、生活の拠点はもちろんここですが、人生の拠点は完全に山梨県をはみ出しており(ある意味地球をもはみ出している?w)ので、それほど「縛り」を受けずに毎日を過ごし、たとえばこんなこともヘーキで書いてしまうような教師であります。
 というか、そういう不思議な風習やしきたりも含めて、私の研究対象なのです。客観的に見れば、まさに「日本的」な風土でありますし、古き良き日本、義理人情、あるいは滅私奉公というようなモノが残っているとも言えるからです。
 しかし、そうしたモノが、ある意味無反省に民主党勢力とつながることには危険を感じます。これも、単に私がアンチ民主党だということを言っているのではありません。民主党にも優れた政策はありますし、戦後史的な意味において評価すべき価値もあると思っています。
 ただ、それと、なぜ「日本的」なものがくっつくのかが、正直理解できないのです。いや、状況も理由も理解できるのですが、そうした判断をする人たちのポリシーというか、ポリシーのなさが理解できないのです。ポリシーなくして何がポリティックスかと。
 そう、言い方は悪いのですが、あまりに目先のことに心を奪われているような気がしてならないのです。古き良き日本が残っていると同時に、悪しき甲州商人根性も根深く残っているのですね。まあ、民族も歴史もみんなそういう両面性があるとは思いますが…。
 それにしても、甲府は熱いですね。民主党も自民党も、ともに最重点選挙区と考えていますから。小沢さんに谷垣さん、菅さんに小泉ジュニア、石原さんやら安倍さんやら平沼さんやら、まあ蹌々たる面々が早々に来ました。
 小沢さん、谷垣さんともに「金丸詣で」をしたあたり、まさにポリシーよりも目先の利益のための見せかけの「義理人情」という感じで、実に面白かった。
 そう、どうせなら、金丸さんや小佐野賢治さんみたいに、巨大な必要悪になってくれればまだいいですよ。甲州が生んだ戦後のフィクサーたちは、なんとなく甲州侠客の名残みたいな感じでした。けっこうスケール大きかった。私腹も肥やしたけれど、日本も肥やしました。
 それにくらべると、まあ今の政治家や実業家のスケールの小さいこと。いわゆる小チンピラですか(笑)。
 それにしても、甲府の熱さに比べて、こちら郡内地方の冷えきった感じはなんなんでしょうね。最重点の一部であるはずなのに、全くその熱風は吹き込んできません。これもまた山梨の歴史を象徴する事実です。彼らにとっては、こちらは眼中にありませんから。
 古く、甲斐の国の枕詞は「なまよみの」でした。「生黄泉」、つまり半分あの世とされていたんですね。これって、山梨の皆さんは、今でいう山梨県全体の枕詞だと信じていますけれど、実際は違うと思います。
 「なまよみの」という枕詞は、実は万葉集にただ1回出てくるだけなんです。それも、富士山に関する歌に出てくるだけ。そして、「うちよする駿河」と対比されていますから、これは間違いなく、こちら富士北麓地方のことを言ったものです。甲府盆地の方は想定されていません。
 やっぱり、今でもここ富士北麓地方は半分あの世なんでしょうかね。
 ちなみにここ生黄泉の世界では、自民がリードしているようです。この世に対する無意識の対抗心もあるようですね。いいことだと思います。

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2010.07.07

たなばた

X2_1da38dc 日は七夕。本校でも、生徒それぞれがそれぞれの願い事を短冊に書いて竹に飾り付けました。
 男女とも「身長が伸びますように」というのが一番多かったのは意外。そういうお年頃なのですね。なんとなく懐かしいような。
 今日は昼間ずっと雨がしとしと、いやじとじと降っていたのですが、ここ富士山では夜遅くなって突然晴れ渡りました。寝室の窓から天の川がはっきりと見えます。今ごろ二人は逢引きしてるのでしょうか(笑)。
 そうそう、この「たなばた」ですが、もちろん中国の乞巧奠が日本の宮中に伝来したものです。中国では織姫さんが牽牛くんの方へ出かけていくということになっていますが、日本では「通い婚」の影響で、牽牛くんが織姫さんのところへ夜這いに行くという設定になっているんですよね。国風化です。
 生徒たちは「身長が…」みたいなことを書きましたけれど、本来は「芸事」特に「女性の習い事」特に「裁縫」の上達を願う行事でした。
 「棚機」という字からも分かる通り、もともと日本で「たなばた」というと「棚機女(たなばたつめ)」を思い起こしていました。それは実は7月7日とはなんの関係もありません。ただ単に、神依せの儀式が女性によって機屋で行なわれたことを起源としています。
 その「機」と中国の「織女」のイメージがいつのまにか習合したのでしょうね。またお盆の行事とも重なったりして、現在の形になったと。年に1回会える、というのもお盆と重なっていますからね。
 なんで笹の葉さらさらなのかとか、短冊の意味とか、その他各地方独特の七夕行事の作法などとなると、もう本当にメチャクチャな複合文化の説明を長々としなければならないので、今日は割愛します。
 当地方、富士北麓地域は昔から織物業がさかんでした。今ではすっかり低迷してしまっていますが、以前は世界的に有名な絹織物の産地でありました。ですから、当然「棚機」の行事も今とは違った意味をもって盛大に、いや厳かに行われていたようです。
 なにしろ、富士吉田の織物の起源は、あの秦の時代の徐福だと言われていますからね。徐福直伝の養蚕および織機の技術が伝承されていたと。考えてみればものすごいことです。「たなばた」の由来にも、当然秦氏が関わっていますでしょう。実際当地方にはたくさん「羽田氏」がいますから、ここに伝わっていた「たなばた」の行事は、民俗学的、歴史学的にも貴重なものなのではないでしょうか。
 今は外国産の安い繊維や化学繊維などに押されて、当地方の織物業者は苦戦を強いられています。そんな中、フジファブリックの命名の由来となった「富士ファブリック」さんは頑張っていると思います。ぜひこれからも頑張ってもらいたいですね。
 ただ、なんと言いますかね、この「たなばた」の行事を新暦で行なうようになってから、また少し違った意味というか、雰囲気が漂い始めているような気もするんですよね。なにしろ、梅雨が明けていませんからね。今年なんか特別ですよ。こうして天の川が拝めるのはめったにないことです。
 つまり、年に1回の逢引きさえもかなり危うくなっていて、現実には10年に1回くらいしか二人は会えないということですよ。五月雨で天の川の流れが早すぎて、さすがの牽牛くんも泳いで渡れないということです。
 てか今の時代、男は草食系ばっかりですからね、女は川岸で待っているばかりではダメです。中国みたいにこっちから渡っていかなきゃ(笑)。はっきり言って、女性の方が積極的でアクティブ、いわば肉食系ですからね、増水した川なんかものともせず、安珍清姫伝説の清姫みたいに、「なんで来てくれないんだよ〜!」とか怒りながら(つまり大蛇となって)織姫が増水した川を渡ってくるかもしれません。
 さすがに今日は来ないだろうと思って、ワールドカップでも観るために早めに寝るかと思っていた牽牛くん、突然の大蛇織女の来訪に思わずたじろいでしまう…とか(笑)。
 昔のように旧暦でお祭りしていれば、けっこう晴天率高い頃ですし、天の川もアルタイルもヴェガも天頂付近まで高く昇っていますし、また、ちょうどペルセウス座流星群の頃ですから、いわゆる「よばい星(流星)」もたくさん流れたりして、古来のアクティブな男らしいシチュエーションになるんですけどね。
 こんなところにも(天界にも)、男性の草食化の波が押し寄せているんでしょうか(苦笑)。

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2010.07.06

梅棹忠夫先生と王仁三郎

Gedc0439 が家の床の間、すなわち「艮(鬼門)ゾーン」は、ものすごい混沌になっております。とても全部はお見せできません(笑)。実は新屋山神社のストーンサークルどころではありません。万教同根を象徴するような世界になっております。
 その中心に鎮座ましますのが、かの出口王仁三郎の手びねりによる耀わん「十和田」です。縁あって富士山でお預かりすることになってから数年が経ちました。その霊力たるやすさまじいものがあって、人知を超えた現象が定期的に起きております。おそるべき「web0.0」のデバイス…。
 その耀わんと一緒にいるのが、昨年末、天に召されてしまったフジファブリックの志村正彦くんです。私は彼とコノハナサクヤヒメが深い関係にあると感じてきました。ですから、彼もこうして富士山を中心とした神々のネットワークに乗ることによって、また一つ上の次元で大切なお役目を果たすようになってくれているものと信じています。
020201 さて、今日ニュースで、私の尊敬する「知の巨人」梅棹忠夫先生がお亡くなりになっていたことが報じられました。大変なショックですが、梅棹先生もたぶんこの世でのお役目を終えて、あちらで御活躍なさることになったのでしょう。もう本当に充分にお仕事をなさり、功績を残されましたから。あとは、私たちが受け継いで行かねばなりません。
 ところで、梅棹先生のご研究の世界観の根底にも王仁三郎ありということを御存知でしょうか。今から半世紀ほど前、まだ「大本」や「出口王仁三郎」が正当に評価されていなかった頃、梅棹先生はいち早くその先進性に驚き、またその思想の豊かさに感激し、かなり深く研究をされています。その一端が中央公論の連載「日本探検」で紹介されたのですが、それをもって歴史の闇に葬られた「大本」や「出口王仁三郎」を知ったという戦後日本人も多かったのではないでしょうか。
 その頃すでに高名な民族学者であり、比較文明学者であった梅棹さんは、当然その研究の先にあるべき、「世界平和」という理想を求めて、より広範な事象に興味を持ち始めておられました。その時出会ったのが、王仁三郎の「エスペラント」と「世界連邦運動」でした。
 梅棹さんはそこに通底する「人間愛の上に立った理想主義運動」に心から感銘を受けたそうです。そして、王仁三郎の思想や方法論は、その後の梅棹さんの学際的な研究、平和活動の実践などのベースになっていったのは事実だと思います。
 梅棹さんは「耀わん」について、上田正昭京都大学教授との対談で次のように語っています。


上田 出口聖師は和歌もたくさん詠んでおられますし、書もうまい。特に焼き物は、昭和の本阿弥光悦という人がいるくらいです。

梅棹 耀わんなどは、いずれ国宝になるだろうということを、私は聞きました。

上田 日本の伝統文化や芸術を重視しながら、他方で世界に向かっていく。梅棹先生は、大本は一人の人間を信仰的に救うことを重視するのはもちろん、世界をどう改善するかという問題を絶えず考えている宗教であり、他の新興宗教とは違うということを『日本探検』の中で書いておられます。私も同感です。伝統を重んじて日本文化をこよなく愛し、しかも世界に向かって発信するというところを、仮に「王仁魂」と言うなら、それこそ今日のわれわれが学ばなければならないところではないかと思います。
 また、普通は「宗教は芸術の母なり」と言うんですが、聖師は違っていて「芸術は宗教の母なり」だと。芸術が主語で、芸術が宗教を生むんだと。こういう言葉も、普通の宗教家は申しません。

梅棹 私も早くに、その言葉に感動しました。芸術のほうが先行しているんですね。不思議なことですけれど、聖師の中ではそうなっていたようです。この人は真の天才だったと思うのは、耀わんです。よくぞこんなものができたと。あれは常人にできるものとは違う、すさまじいものです。晩年になってから、1年間に3000個ほど作っておられる。次から次から、まさに輝くばかりの色彩の見事な茶わんができた。驚くべきエネルギーです。私は天才の存在というものは、そう簡単に容認しない方なんですが、耀わんについては「完全にお手上げ。甲を脱ぎました」というのが率直な感想です。


 梅棹先生がこれほどまでに高く評価する天才の耀わんをお預かりしてるなんて、本当に畏れ多いことですし、実に有難いことです。私はもちろんとてもとても梅棹先生には及びませんが、私なりにこの世でのお役目をしっかりやっていきたいと思っています。
 ご冥福をお祈りします。ぜひ、あちらでもご活躍ください。
 改めて先生の「知的生産の技術」を読んでみたいと思います。この本における「技術」とは、まさに「art」「Kunst」です。この古典的な名著を皆さんもぜひ御一読ください。

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2010.07.05

『なぞかけで「脳活」!−脳を活性化させるドリル付き』 Wコロン (東邦出版)

80940840 、中学生は初めての期末テストを受けています。みんなよく頑張っていて感心します。オレ、中一の時、あんなに勉強してたかな?
 ワタクシの国語は相変わらず変チクリンな授業をしていますから、テストもかなり謎なことになっています。「ビューティフル・ドリーマー」で20点分とか…笑。
 1学期、一番一生懸命やったのは「うる星やつら」ですから。どこが国語なのかと言われそうですが、私にとっての「国語」はメディア全般です。かなりレベルや次元は違いますけれど、やっぱり恩師大村はま先生の影響でしょうか。
 テスト終了後は、「うる星やつら」のあの名作「さよならの季節」をクラスのみんなで実写化します!それを学園祭に出品。ほんの少しですが作り手側に回ることで、メディア・リテラシーを意識する端緒としたいと思います。
 ほかにもいろいろ変なことを授業でやってきました。そのうちの一つが「同音異義語」です。日本語の特徴の一つである「音韻の少なさ」から生まれる「同音異義語」、「ダジャレ」などを学びます。学ぶというほどではありませんが…。
 その実例の一つとして、昨年あたりから大人気のWコロンの「謎かけ」を教材として使いました。ねづっちの謎かけって、ほとんどが「ダジャレ」、すなわち「同音異義語」なんですよね。この本の紹介で挙げられている、ねづっちの作品例を見てみましょう。

【お題】お好み焼き
「お好み焼き」と掛けて「ダイエット」と解く、その心は… ヘラない(減らない)と困ります

【お題】告白
「告白」と掛けて「裁判」と解く、その心は… 交際(高裁)に発展することもあるんです

【お題】セレブ
「セレブ」と掛けて「この絵の具、一色足りない」と解く、その心は… シロガネーゼ(白がねえぜ)

【お題】チカン
「チカン」と掛けて「条約を結ぶ」と解く、その心は… やがて手、ケツ(締結)へと向かうでしょう

【お題】のれん
「のれん」と掛けて、「セールスマン」と解く、その心は… 外に出てれば営業中

【お題】ハゲ頭
「ハゲ頭」と掛けて、「再び逃げ出した犯人」と解く、その心は… 頭皮(逃避)がバレてズラ買った(かった)

【お題】太もも
「太もも」と掛けて、「いつも何曜日に飲みに行くの?」と解く、その心は… 大腿筋(だいたい金)

【お題】レンタルビデオ
「レンタルビデオ」と掛けて「幕末の志士」と解く、その心は… 新作高すぎ(晋作高杉)です

 どうですか。「のれん」以外は全部「ダジャレ」、つまり「同音異義語」を駆使した作品ですね。
 この本の冒頭にも挙げられている古典的な謎かけの例、「坊主とかけて朝刊と解く、その心は…ケサキテ、キョウヨム」なんてのも、たしかに見事な「同音異義語」による作品ですね。実に鮮やか。
 実はこういう「ダジャレ」文化は、日本独自のものなのです。音韻数が極端に少ない日本語ならでは。たとえば英語や韓国語ではなかなかこうはいきません。
 坊主と言えば、こんな言い方もありましたね。
「真如とは 若き女の乱れ髪 ゆうにゆわれず とくにとかれず」
 これはお釈迦様が「真如」とは何かと問うた時、文殊菩薩が答えたという一文だそうです。なんで、お釈迦様や文殊菩薩が日本語の「同音異義語」を駆使しているのかよくわかりませんが(笑)、これもまあ「ダジャレ」の一つですよね。
 これと似たようなことを言ったのが、正真正銘の日本人、出口王仁三郎です。
「神とは何か。それは…ゆうにゆわれず、とくにとかれず。オヤジのハゲ頭みたいなもんじゃ」
 ははは、さすがですな。
 講談などでは、
「心の内は賤杣人のつくも髪、とくにとかれず、いうにいわれず」
 と言われていたようです。
 ねづっちは本当古典的なことをやっているんですよね。それがあまりに素早く「ととのいました」になるので、我々は笑うというよりビックリするわけです。アドリブ力ですね。
 きっとある種のテクニックがあるのでしょう。お題が出たら、その周辺の語を片っ端から思い出し、それをいったん平仮名(あるいはカタカナ)に戻して、頭の中の変換キーを何度か押すんでしょう。それで、かけ離れた同音異義語を一つ選び、その周辺語をまた想像して、うまく整えるのではないでしょうか。
 なんて、口で言うのは簡単ですけど、実際やってみようとすると、これが難しい。これもまた、「作り手」側に回ることによって、そのすごさが分かる一例かもしれませんね。
 と、とにかく、今、ワタクシの国語では、「もう一つの視点」「逆の立場」の勉強を、さりげなくやっているでありました。

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2010.07.04

ロー ドゥ イッセイ(L'eau d'Issey)

Isseywomen ったくオシャレと縁遠いこのワタクシが香水をおススメするとは…これはアセンションの予兆か!?
 なにしろ、私の「香り」とは、こちらに書いたとおり、いわゆる「加齢臭」であって、それをおフランスの「香水」なんていう高級なもので隠蔽するのではなく、日本古来の「納豆菌」によって根本から撃退しているのが現実であります。
 で、なんで今日はおフランス&おジャポンの香水なのかというと、ご近所の元国際線スッチーの方に頼まれて私がネット通販でお安いのを見つけて代わりに注文してさしあげたからです。
 実際に空ボトルを持ってきていただいて、その香りをかがせていただきました。うん、たしかにこれは私の加齢臭に似た香りだ…というのはウソで(当たり前)、なんとなくこれを嗅ぐだけで、次元上昇したような気がしますね。
 かと言って、私が日常的にこういった香水をつけるのはどうでしょうか。やはり人には似合う似合わないというものがあります。お笑いになってしまう。
 だいいち、ウチの職員室には立派な仏壇があって、それこそかなり高級なお線香が常時たかれています。ま、これこそ究極のパフュームです。いや、まじで素晴らしい香りがいたしますよ。坊主頭にはやはりこれが一番似合うでしょう。
 しかし、たしかにこのイッセイ、ある意味日本的な上品さを備えた香りがいたしましたね。たまには気分転換にいいかもしれません。物が届いたら、ちょっと分けてもらうか…なんて、せこいこと考えてるような人間にはやっぱり似合いませんね。
 そうそう、日本は日本で、いわゆる「香道」が極度に発展したように、独特の「香り」の文化がありますよね。しかし、それらは基本「お香」の形を取りますから、なかなか「身につける」ことが難しいし面倒です。それを、こういうふうにスプレーボトル式にできれば、それはそれで世界にも売り込めるアイテムになるような気がするのですが、いかがでしょうか。てか、もうそういうものもあるんでしょうか。
 では、最後に、よく分かりませんが、なんだかすごいので、このロー・ドゥ・イッセイの宣伝文句をコピペしておきます。香水の世界も深そうだなあ。

『この香水の登場が、その後の香水界を大きく飛翔させるきっかけとなった。オゾンノートというジャンルを確立し香水の可能性を広げた、天才調香師ジャックキャバリエの最高傑作にして、香水の一つの到達点。革新を湛えた イッセイの水。香りもボトルも洗練を極め、文句のつけようのないフレグランスです。

メロンやスイカの香りにも似ているオゾンノート。トップからミドルはスイレン、シクラメン、フリージア、ローズウォーター、カーネーション、白ユリなどが、春先の森林にたたずむような安らぎと清廉を与えてくれます。ラストはオスマンティス、ムスク、チュベローズ、アンバーなどが、官能の中に、優しさ、穏やかさを加えたロマンティックな甘さで、あなたをフワリと幻想の世界へ誘います。

円錐のボトルも香りと調和していて素晴らしい。マライア・キャリーも愛用。必ずストックしておきたいマストアイテムです』

ロー ドゥ イッセイ EDT・SP 50ml 【イッセイミヤケ 香水・フレグランス フルボトル】

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2010.07.03

バンビ来訪

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 こ富士山では野生動物をよく見かけます。
 我が家の庭にも、野ウサギ、アライグマ、タヌキ、リス、イノシシ、(+ノラ猫)などがやってきます。虫や鳥に関してはもうとても数えられないほどの種類が訪れます。この季節なんか、朝は野鳥がうるさすぎて目が覚めるほどです。庭にもよくキジの親子が遊びに来ますね。
 今週はすぐ近くで熊が目撃されました。やっぱり気候の変動があるんでしょうかね。植生が変って動物も移動しているのでしょう。
 そして、今日はとうとうウチの庭に鹿ちゃんが侵入してきました。
20100704_70244_2 鹿さん自体は通勤、帰宅途中よく見かけます。こんな感じで。でも、さすがにウチの中にまで入ってきたのは初めてです。
 そう言えば何年か前に「富士山の鹿に思う」という記事を書きましたね。そこにも書きましたが、ウチのカミさんは鹿に遭遇すると必ずある歌を歌います。
 「はりつめた〜♪」
 今日の鹿ちゃん(バンビですな)も、カミさんの歌によって金縛り状態にさせられました。そして写真を撮られてしまったということです。
 ふつう鹿は5頭以上の群れで行動しているのですが、このバンビちゃんは迷子になっちゃったんでしょうか、単独行動していました。ちょっと可哀想な感じですね。ウチで飼おうかな(笑)。庭の雑草食べてくれてましたし。
 そう、ウサギの時もそうでしたけど、ウチは周辺の家々とは違い、庭が全くの自然状態なので、動物たちもよくやってくるんですよね。実に自然が豊かであります(笑)。
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 それにしてもカワイイですねえ。まだ子どもですね。ウチには自宅警備員の黒猫3匹が常時配備されていて、アライグマなんか来ると、ものすごいサイレン(うなり声)で退散させるのですが、今日は3匹とも寝ていて鹿ちゃんには気づかなかったとのこと。全然役に立ってないな(笑)。いや、バンビはカワイイから追い払ってほしくないですね。GJ!黒猫軍団。
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 金縛りが解けて、ひとしきり草を食んで立ち去るところです。おしりのホワイトマークがカワイイですねえ。これから一人でどこに行くのでしょうか。子どもたちは真剣に心配していました。今度はお父さんお母さんと一緒に来るといいなあ、と言っております。
 それはちょっと困るなあ…さすがに大人の鹿は間近で見ると怖い。体はデッカイし、角はゴツいし…と、私は思いました。その横でカミさんが、「鹿の肉っておいしいんだよね。猪より…」とか申しておりました。うん、たしかに鹿刺しおいしかったけど…。
 家の中に最強の「肉食獣」がいたのを忘れてました。

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2010.07.02

150万!!

20100703_214118 しくしていたら、いつのまにか、このブログのアクセス数が150万を超えていました。
 皆さま、本当にありがとうございます。
 ブログを始めて6年。よく毎日書いてきたと、我ながら感心します。しかし、それ以上に、よくもまあ毎日たくさんの方がこの冗長な駄文を読んで下さるものだと感心…いやいや感激いたします。
 まあ、駄文というか、それ以前の問題なんですよね。自分で何を書いてきたか、ほとんど覚えていないのです。なんの用意もせず、いきなり書き出して、あとは勢いにまかせるだけ。
 最近では、数日前自分が何を書いたかすら覚えておらず、ちょっと分からないこと、気になることがあってググってみたら、自分の記事が上位に出てきて、そしてその記事に教わるということもしょっちゅうあります(笑)。いや、まじで、さっきも、自分で自分に感心してしまいました。あっ、なるほど!と。
 ま、全ての記事がアドリブですからね、ある意味いつも何かや誰かが憑依して書いているようなものです。
 思えば最初は1日10件くらいだったアクセスが、今では1000を超えるようになりました。継続は力なりですね。今まで何をやっても三日坊主だった私が、こうして継続できたのは、まさに読者の方々がいらっしゃったからです。ありがとうございます。
 そして、この150万アクセスの中に、本当に新しいご縁がた〜くさんありました。おかげさまで信じられないことがたくさん起きました。昨日の記事に書いたいくつかの奇跡も全て、このブログがその端緒となっています。
 こうしてネット上で表現するということは、不特定の誰かに対してメッセージを送っていることになりますね。いわば、手紙を入れたビンを海に流したり、手紙をつけた風船を大空に飛ばすようなものです。それを受け取ってくださって、そして、リアクションしてくださる方がたくさんいらっしゃるわけです。本当に不思議なご縁でつながっているのですね。
 もちろん直接的な相互交流がなく、ただただ読んで下さってくれている方もいらっしゃるでしょう。そういう方々とも、心はつながっていると思っています。たくさんのそういうご縁をも感じます。こういう縁というのは、いったいどういう存在なんでしょうね。物質的な実体があるんでしょうか。エネルギーがあるんでしょうか。いや、ぜったい「何か」ありますよね。科学的に数値では表せないけれど、「何か」が「ある」のは確かです。それがなんなのか、それをどうすれば感じられるのか、それをどのように活用できるのか…これらは私の後半生の課題です。
 ふむ、それが、もしかすると「言霊」なのかもしれないなあ…なんて考えている今日この頃です。
 さてさて、実はもう一つ「150万」という数字に関わる蓄積があります。単位をつけますと「150万円」となります。
 実はこのブログを始めてすぐに私は「一日一食」を始めました。それもしっかり継続して丸6年。およそ2200日の間に抜いた食事は4400食!1日700円くらい節約したとして計算しますと、150万円以上浮いた計算になります。車1台分ですよ。
 これを全国民がやりますと…えっと、えっと、もう計算できないくらいの天文学的数字になってしまいますね。粗食の結果、めちゃくちゃ健康になりましたから、医療費も浮いちゃいます。ダイエットなんてものとも無縁ですしね。ま、いわゆる経済効果というものはないのかもしれませんが、明らかに「地球に優しい」生き方ですよ(笑)。
 というわけで、いちおう死ぬまでこの食生活を続ける予定ですから、そうですねえ、あと40年くらい続けたとしますと、今までのおよそ7倍くらいですから、1000万円くらい貯蓄できる計算です。いやあ、すごいなあ、こりゃ。
 その頃には、このブログのアクセス数も1000万くらいになってるんでしょうかね。いや、最近のペースだと2000万くらいになる計算でしょうか。なんて、それまで続いているかどうか。実際、今週なんかかなりきつい状況でした。仕事や趣味の疲れがとれず、早朝起床できないもので、どうしても執筆の時間が不足しがちでした。
 それでも、なんとなく書かないと落ち着かないんですよね。もうこれはクセというか、まあ道楽みたいなものですかね。三度の飯よりブログ記事執筆。うん、たしかに二食分くらいの時間をかけて書いてますしね。
 とにかく、これからも元気な限り書き続けますし、食事を抜き続けます。いや、食事を抜き続ければ元気になりますので、ブログも続けられるでしょう(笑)。全ては断食から…ということですかね。頑張りますので、応援よろしくお願いします(皆さんも一度試してみては)。

PS 不二草紙本体の方ですが、作成ソフトが新しいOSに対応しなくなったため、更新できずにおります。申し訳ありません。しばらくはブログのみ運営していきます。

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2010.07.01

フジファブリック 『FAB BOX』

315xx6k2gyl_sl500_aa300_ 日は富士山の「山開き」。
 娘たちは給食で「ひじきとじゃがいもの煮物」を食べて帰ってきました。当地では山開きの日に「ひじき」と「新じゃが」を食べる習慣があります。
 これは、「海の幸」と「山の幸」の融合という意味があるのだと思っています。実は再来週、あるところ(私にとってはとんでもないところ)で富士山に関する講演を頼まれていまして、「ひじきとじゃがいも」から発展させてめちゃくちゃスケールの大きな話をしようと思っているところです。富士山の霊的意義と宇宙の仕組みとでも言いましょうか。また、それについては報告いたします。
 そんなお山開きの今日、フジファブリックのボックスセットが届きました。なにしろボックスセットですから、内容も豊富。ファンにはたまらない充実度でした。というか、まだ全部鑑賞していません。
 今日は時間もあまりないので、個人的に心に残ったところをかいつまんで紹介します。
 まず、私にとっては初めて聴く曲やテイクがいくつか入っていたことに興奮を覚えました。
 「陽炎」のアコースティック・ヴァージョン、いいですねえ。こちらの方がここの風景にマッチしています。たぶん志村くんもアコギ片手に作ったのでしょうから、これがまさに原風景とも言えると思いますね。
 この前、ちょうど志村くんが「陽炎」を眺めたであろう辻で、私も「陽炎」を見ました。この季節、天気も不安定で、ポツリと降ってきたと思うと、ギラッと陽が照りつけます。アスファルトから立ちのぼる水蒸気とともに揺らぐ景色。なんとも切なく美しいものでした。
 「Master Line」、これ好きですね。ブリティッシュな感じがなんとも言えません。60年代、70年代のプログレッシヴ・ロックやグラム・ロック、サイケデリック・ロック的な響きがあります。まあ、ビートルズともつながりますし、いや、それより成熟していない、ザ・ムーヴというか、ロイ・ウッドというか。私の音楽のルーツはそのあたりにあるので、なんとなく懐かしくさえありました。もちろん間接的(直接的?)に奥田民生的でもあります。
 「シェリー」も名曲ですね。志村くんの持っている「ポップ性」がよく表れた作品だと思います。私は、個人的に「ポップ」もできるロッカーこそ本物だと思っているので、ひねりすぎていない、けれどもツボがある、こういう長調の彼の作品を好みます。
1 映像はまだ全部観ていませんが、やっぱり個人的にうれしかったのはあの日の「記憶」が「記録」として残されたことです。そう、2008年5月31日市民会館ライヴの「記録」です(私もフツーに映ってますし…笑)。
 ごく個人的な喜びを書くなら、あの日の演奏だけでなく、MCがたっぷり記録されていることでしょうか。「浮雲」の「いつもの丘=忠霊塔」の話は本当に心にしみます。それから、当日の記事にも書きましたけれど、あの月江寺駅の「横断幕(?)」の言葉を考えたのは、当時私のクラスだった女子のお父さんです。すなわちあのMCの中の「駅長クラス」の人です。もうすぐ開催される「フジフジ富士Q」でも、いろいろと尽力くださっている富士吉田&河口湖駅の駅長さんです。
 ちなみに、今、月江寺駅の駅員をしているのも担任した男の子です。本当に不思議な縁あって、月江寺駅をまかされることになりました。彼は私と同じくらい熱いフジファブリックファンでして、勤務中、駅員室でずっとフジを曲をかけています。改札を通る時、聞こえると思いますよ。全国からいらして月江寺で下車されるフジファブリックファンの皆さん、ぜひ耳をそばだてて改札を通ってください。
 そして、もちろんあの「茜色の夕日」の演奏とMCですね。あそこにはもうホントに全てが語られている気がします。私はたまたま国語の授業で「茜色の夕日に見る『もの』と『こと』」というのをやっていましたから、あのMCの中で彼が「いろいろなコトやモノがあって」と言った時には、カミさんと顔を見合わせて鳥肌を立てたものでした。そして、そのあと、実際にお会いできるとは、その時は全く予想していませんでした。
 私にとっては、あの日が大きな人生の転機だったとも言えるのです。おおけさでなく、大きな節目となりました。単にフジファブリックや志村正彦くんとの関係ということだけでなく、仕事においても、趣味においても、本当にいろいろな面で「何か」が動き出した日だったのです。
 その「何か」を動かしてくれた人が、今この世にいないことに、なんともいえない辛く残念な気持ちにならざるをえません。しかし、なんというか、もうこれはもしかすると私にしか分からないことなのでしょうが、冒頭にも書いた「霊的」な意味(アヤシイ意味ではありませんよ)において、自分自身の天命というか、富士山にいる自分の意味というか、そういう「モノ」を強く感じているのもまた事実です。そして、実際にそういうふうに周りも動き始めています。私はその流れの上で自分のできることを精一杯やるだけ。
 やはり、志村くんは、富士山の神霊「コノハナサクヤヒメ」と深い関係があると思うんですよね。トンデモな話に聞こえるかもしれませんが、いちおうここに住み、目に見えない、言葉では表現されないモノを肌で感じてきた者としては、なぜかそう思わずにはいられないのです。
 7月17日、そんな彼がたくさんの人を結びつけ、ここに集結させてくれます。大げさでなく、世界の何かを動かすイベントになる予感がします。皆さん、富士山でお会いしましょう。

PS その1週間後、月江寺駅前でライヴをやります。「茜色の夕日」をカバーする予定です。

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