ウォーキング(ランニング)・ベース
NHKの「schola 音楽の学校」面白いですねえ。坂本龍一さんがジャンルを問わず音楽の本質を分かりやすく解説してくれます。4月のバッハ、5月のジャズ、私のツボにはまりまくっていました。豪華ゲストとのセッションも楽しみですよね。
6月は「ドラムズ&ベース」。先週の放送では、なななんとゲストに高橋幸宏さんと細野晴臣さんが!さりげなくYMOが演奏しているところがすごい。NHKおそるべし。
さて、先週の「ドラムズ&ベース」の歴史解説コーナーで、坂本さんがウォーキング・ベースの上に和音が乗るというポピュラー音楽のルーツは、バロック音楽の通奏低音ではないかと言っていました。それを聞いて、ピーター・バラカンさんが、バッハのベースはかっこいい!当時の舞曲はダンス・ミュージックで、バッハのベースの強さはそこに由来しているのではないか、と言っていました。
てか、この二人の発言って、私がしょっちゅう言ってることじゃあ〜りませんか。今頃気づいたの?なんちゃって。
ただ、その二人の会話というか解説を聞いていて、私も気づかされたたことがあります。歴史的になぜベースが歩いてリズムをキープするようになったかについての解説ですね。ドラムズ(ドラムスではない)がより自由になって、リズム・キーパーの役割から解放された結果、まあしかたなくベースが一定のリズムを担当するようになったと。
ふむふむ。で、たぶんただリズムをキープするだけではつまらないから、音階的に流れるようになったんでしょうかね。
番組でも、ウォーキング・ベースの代表格として紹介されていたレイ・ブラウンのすごい「歩き」…いやこれはランニング(走り)だな…を聴いてみましょうか。ベニー・グリーンのピアノ以上にレイ・ブラウンのベースが聞き物です。
正確なリズムのキープももちろんですが、縦の和声の中でいかに横の流れを作るかは、ベーシストのセンスによります。単純そうで実はめちゃくちゃ難しい…私はできません。
さてさて、それでふと思いついたのは、バッハのある曲です。バロック音楽において通奏低音のチェンバロはいろいろな役割を果たしていますが、その中心にあるのは「リズムのキープ」です。指揮者はいない時代ですからね、通奏低音のチェンバリストが全体をしきる役割をしていました。
まあ、あの金属的な倍音を多く含んだ音質は、ある意味打楽器的、シンバル的なんですよね。音程は聞こえなくとも、常に演奏者の耳に届きます。アンサンブルを経験しますとよくわかります。チェンバロがいないと私たち古楽奏者は急に不安になります。リズムの面でも和声の面でも。逆に言えば、そういうことを理解している、そしてそれができるチェンバリストと共演したいと思うものです。
さて、それで、さっき書いたドラムズが自由を得たのと同じように、実はチェンバロもリズム・キープから解放される瞬間が訪れたんですね。それが、バッハのブランデンブルク協奏曲の5番です。チェンバロがソロ楽器として活躍することによって、それまでの役割を放棄してしまいます。
ちなみにこの曲、今月の横浜のコンサートで演奏します。明日も練習に行ってきます。
で、この曲のベースライン、すなわちチェロのパート(&チェンバロの左手パート)が、見事なウォーキング(ランニング)ベースになってるんですよね。バッハの意図がどこにあったかは定かではありませんが、ジャズやブルースの歴史と重なる部分があるような気がしたのです。チェンバロがリズムをキープしなくなったために、チェロが音階的に一定のリズムを刻んでいると。
それが実にかっこいいんですよね。バッハの名低音の中でも、特に傑作だと思います。チェリストはたまらないでしょう。気持ちいいと思いますよ。では、それもお聴き下さい。
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コメント
このチェンバロで、辛くて退屈だった「インベンション」の練習を思い出しました(;ω;)。
礼拝堂で流れているイメージの強いバッハ。
仏教とご縁の深い庵主さまほか、宗教色の強すぎない日本の演奏家たちによるブランデンブルグ。
本場と違う良い「だし」のきいた演奏になるでしょうね!
今朝、NHK国際で「富士吉田の道の駅から吉田のうどん」、中継してました。
いいお天気なんですね。
志村君、うどんも天気も堪能したかな?
投稿: バンコクのジャックラッセル | 2010.06.07 10:11
バンコクのジャックラッセルさん、こんにちは。
インベンションは、あれは実は最大の難曲ですよ。
5年前にこういうふうなこと書いていました。
http://fuji-san.txt-nifty.com/osusume/2005/04/23_500c.html
ここでもそうですが、私にとっては、ジャンルとか国境とか宗教とか、あんまり大事じゃないみたいですね(笑)。
なんでもありです。
ただ自分が日本人であることだけには自信があります!
たぶん志村くんもそうだったと思います。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.06.08 18:39
インベンションは「シンプルにみえるものほど難しい」の典型だったのか・・・。
バッハのメヌエットだって、真剣に弾くとメチャメチャ難しいですものね。楽器も奏者も、あれやこれや、みんなばればれ(笑)。
最近、「セミリンガル」(どの言語でも、自分の思いのたけを100%いえないこと)の人が急増中です。
それは、とても不幸だと思いませんか?
自分のルーツを正しく理解し、バックアップする教養が、子供も大人も必要な時代ですね。
なんていっても、ふるさとほどいいものないですから。
離れると見えてくるものは多いです。
投稿: バンコクのジャックラッセル | 2010.06.09 19:06
バンコクのジャックラッセルさん、こんにちは。
そうですね。ルーツを大切です。
そういう意味で若いうちに外に出るのもいいかもしれませんね。
私は全然外に出なかったので、今頃気づきました。
実はいまだにけっこう西洋かぶれですし(笑)。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.06.12 15:46