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2010.06.29

「期待しない」という生き方

316059_c450 イアグラ…ではなくて、腹具合…ではなくて、パラグアイ戦。皆さんもご覧になりましたよね。まさに惜敗。
 しかし、よく頑張りましたね。たしかにサムライの戦いっぷりだった。勝負としては最も悔しい負け方であり、世界の壁を思い知らされた一戦であったとも言えますが、それなりの感銘を我々日本国民に与えたのは事実です。
 どんな政治家たちよりも、ずっと我々に勇気を与えてくれますよね。ああいう形で負けても、基本誰も責めずに労いと賛美を惜しまないあたりが、いかにも日本らしいところです。戦前はあれほどバカにしていたのにね(笑)。
 そう、そういう変わり身の早さが、日本の良さであり、また日本人のお馬鹿なところでもあります。政治に対してもそうじゃないですか。あれだけ期待していて、いざ始まってみれば愚痴ばっかり。逆のパターンですね。
 そこから見えてくるのは、実に単純な法則です。「期待度と落胆度は比例する」…これです。
 そうしますと、我々が幸せになるには、あまり「期待しない」ことですね。落胆は不幸の原因物質ですから。
 期待自体、未来に対する実は根拠のない興奮です。それだけでもエネルギーを使います。それでいて、未来においてその期待の内容が実現すると、ようやくその報酬がゼロとなり、少しでも実現しなければ、報酬はマイナスになってしまいます。
 期待が妄想である以上、期待以上の結果が出る期待値はかなり低いと言わざるを得ませんから、「期待」という行為がいかに割に合わないものかが分かりますね。
 そんな不経済な「期待」なんてもの、人間が賢くなった現代においては、とっとと捨ててしまえばいいのに、全然そうならないのは、やっぱり人間がそういうふうに設計されているということなのでしょう。
 だいいち、ここで言う「期待」とは、たいがいが他人に対する期待であって、ほとんど自分の能力や意志の及ばないところにあるものに対するある種無責任な感情です。実は行為ですらない。
 もうその原点において、期待する私たちは他律的であり、他力本願的であり、存分に無意志であり、無責任であり、愚かなのでした。
 どうせ他人のことをとやかく言うんだったら、やっぱりほめた方がお互い気分がいいじゃないですか。そのためには最初から期待なんかしないのが一番なのです。期待という妄想を抑えておけば、全ての結果に対して我々は損をしません。悪い結果であれば、それを事実として受けとめればいいし、少しでも良い結果であれば、大いに喜ぶとよろしい。
2010063000000504sansoccview000 実はこれは、我々近代人が手に入れた「貨幣経済」というフィクションに最も端的に表現されています。私たちが払う「金額」は、まんま「期待度」を表しているのです。他に対する無責任な「期待」がお金に変換されているわけです。ただ「貨幣経済」がずるいのは、ある限られた時間の中での「満足」をも、その期待に対する報酬として認めているということです。人間の持つ、「忘れる」「飽きる」という性質をうまいこと利用したシステムだと、私は感じます(「Time is Money」のお話参照)。
 だから究極的には、「期待しない」、すなわち物やサービスなんて全く買わなければいいのです。そうすれば、他者に対する不満足や憤りを感じずにすみ、結果として幸福な人生が送れるはずなのです。ま、簡単に言えば全てを自給自足すればいいということですし、妙な欲求を捨てて、禅僧のように生きればいいということです。
 でもそれができないように私たちはプログラミングされているので、それを互助的に慰め合うのが「市場経済」の仕組みであり、そのための実体のないアイテムが「カネ」であるわけです。
 というわけで、私はですね、基本未来に期待をしないように努力して生きています。そんなこと言うと、なんと味気ないつまらない人生なのだと思われるかもしれません。しかし、実際は私はずいぶんと充実した人生を歩んでいるように見えるらしい。
 そう、それこそが「期待しない」結果なんです。他者に期待しないというのは、決してその他者の能力や努力を評価しないということではありません。たとえ能力や努力があっても、時の運によっては、それが成就しないこともあると覚悟するということです。
 だから、最後のPKも落ち着いて見ることができましたし、もちろん結果も受け入れることができました。ここまで楽しませ興奮させてくれた彼らに、ストレートに感謝したいと思います。
 ところで、他者に対する期待については分かったが、自分に対する期待についてはどうなのか、というご質問にはどう答えるか。
 これはですね、はっきり言って自分には大いに期待していますよ(笑)。そりゃあ当たり前じゃないですか。私には能力もあり、そして日々たゆまぬ努力をしていますから…んなわけないでしょ!w
 そうじゃなくて、他者に期待しないがために、自分の日々の収支は絶対にマイナスになりませんから、もし何かが私に与えられるとすれば、それは「喜び」しかないわけですよ。さっきの経済の理屈で言うなら、お金払ってないのに、じゃんじゃん良品が手に入るわけでしょ(笑)。そりゃあ期待しちゃいますよね。
 なんて、冗談ぽく書いていますが、実はかなり真面目に(不真面目に?)そうやって毎日を生きています。実はこれが私の生き方の極意なのでありました。

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コメント

前略  薀恥庵御亭主 様
師匠がいつも・・・
私に説いておりました
「腹六分で足ることを知れ」。
齢五十に近くなって・・・
有難味が判りました。 笑

満腹おじさん     拝

投稿: 合唱おじさん | 2010.06.30 20:14

合唱おじさん様、おはようございます。
「腹六分で足る」…素晴らしい言葉ですね。
「六分」というところが絶妙です。
この過剰な世の中、いかに「満足」の基準を下げるかが課題のようです。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.07.01 08:46

初めてコメントさせていただきます。
私も「期待しない」は、生きていく上でかなり重要な要素だと思っています。
しかし、ここまで論理的に説明できるお方は、今までいませんでした。
ありがとうございます。

投稿: ウコッピー | 2010.08.12 09:45

ウコッピーさん、コメントありがとうございました!
そんなそんな、思いつきを書いたまでです。
その証拠に何を書いたが全く忘れていて、今日読み返してみまして、自分でも「なるほど〜」と思ってしまいました(笑)。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.08.12 18:57

当たり前の事ですが生きる事は約束を守る事です…

投稿: ラストエンゼル | 2010.10.23 09:51

ラストエンゼルさん、そうなんですか?!
私は吉井和哉さんの言うように「できない約束はできない」が人生だと思ってました(笑)。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.10.25 18:29

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