『ジョン・レノンの魂 ~アーティストへの脱皮 苦悩の時代~』 (NHK/Blast Films, BBC)
国際共同制作ドラマ ハイビジョン特集フロンティア
なかなかよくできたドラマでした。泣いてしまった。作り手は、おそらく私と同年代かその下、ビートルズ以降の第二世代でしょう。ジョンの、ビートルズの、そしてヨーコの読み直しというか、つまり彼らもいよいよ歴史的人物になったということでしょうかね。まだ元気な方々もいらっしゃるのに。
ジョン・レノンが凶弾に倒れてから30年ですか。歴史の1ページとは言っても、個人的にはあの日のことを昨日のことのように思い出します。今までの人生の中で最も鮮烈な記憶となっている1日です。
記憶と歴史の狭間という微妙な感じが、なんとなく不思議です。だからこそ、このドラマは浮揚感のある印象を残したのかもしれませんね。今だからこそできた解釈や描写なのでしょう。
この、ジョンの苦悩と変容に迫るドキュメンタリー・ドラマ、制作はBBCとNHKです。ある意味彼に捨てられたイギリスと、そのきっかけを作ったとも言えるオノ・ヨーコを生んだ日本。
両者の共同制作と言えば、私は「スーパーボルケーノ」を思い出しますね。あれもその先に「アメリカ」や、アメリカが象徴する「現代」、いわば自由とカネがありました。資本主義市場経済ですね。イギリスにとっても日本にとっても、アメリカというのはなんとも微妙な存在なのでしょう。どこか「恨み」というか、「ルーツ意識」というか、そういうものが感じられますよね、いつも。
さて、このドラマ、ジョンの苦悩と成長のきっかけとなった、父親とヨーコという二人の人物との関係にスポットライトを当てた作りとなっていました。
ジョンの表現の根底にあったのは、やはり「愛の欠落」だったのでしょうか。先日、私、「ロックとは寂しさである」と定義しましたね。寂しさとは、まさに「愛の欠落感」です。もちろん「愛」には様々な種類がありますから、具体的に何の愛かは一般化できませんが、とりあえずジョンにとってのそれは、明らかに「両親の愛」でした。
6歳の時、両親に捨てられたジョンは、ビートルズの一人として、何千万人もの他人の愛を手に入れますが、しかしそれで求めていたものが得られるはずもなく、いや、それはより一層欠落感を大きくすることになってしまいました。みんなに愛されているということは、誰からも愛されていないということ…そういう言葉がありました。
そんな大きくひろがった真っ黒な穴を、真っ白な姿で埋めてくれたのが、オノ・ヨーコだったわけですね。やはり彼女との出会いは運命的だったのでしょう。
その穴を埋めるということはすなわち、何千万人もの幻想を打ち砕くことになります。ですから、ヨーコに対するバッシングはとんでもなく大きなものになりました。それでも、動じなかった、少なくとも動じる様子を見せなかったオノ・ヨーコは本当にすごい女性でした。まさにジョンのために生まれてきたようなものですね。一柳慧やアンソニー・コックスの妻じゃ役不足だったというわけですか(笑)。
おそらくヨーコには父性と母性両方が備わっていたのでしょう。よくジョンは「ヨーコは私の先生だ」というようなことを言っていたと記憶していますが、私もいちおう「先生」のはしくれとして、その仕事には父性と母性の両方が必要だということを痛感しています。ヨーコはそういう「強さ」と「優しさ」、いわば「厳(いづ)」と「瑞(みづ)」の両方を持っていたのだと思います。カミさんならぬ神様ですねえ。
逆にジョンは、世界中の孤独な人間の代表のような存在でした。ですから、この夫婦は神人合一の象徴かもしれませんね。
少し話がそれますけれど、そんな二人が「厳」と「瑞」、「神」と「人」の合一を目指した、大本のお膝元亀岡をお忍びで訪れていたという事実には、なにか不思議な運命を感じます。「Imagine」の「no religion」という言葉も、もしかすると出口王仁三郎の「宗教はみろくの世になれば無用のものであって、宗教が世界から全廃される時が来なければ駄目なのである」という考えとつながる部分があるのかもしれません。
さてさて、このドラマでジョンを演じたクリストファー・エクルストンとヨーコを演じた森尚子さん、なかなかの好演でしたね。最初は似ているとか似ていないとか、ついついそういう次元で見てしまいましたが、ドラマが進行するうちに、すっかりそんなことは忘れてしまいました。まさに「魂」のレベルで本人と一体化した演技をしていたと思います。
このドラマ、オノ・ヨーコさんご自身はどのようにご覧になるのでしょうかね。それなりに高く評価されるのではないかと思うのですか。
ジョンが亡くなって30年。世の中も私もロックも、大きな変化を遂げました。しかし、人間の根源的な「寂しさ」は何ら変っていません。寂しさを埋める私たちの旅は永遠に続くのでしょうか。
「貧乏には耐えられる でもさみしさは さみしさには耐えられない」(オノ・ヨーコ)
再放送はBShi で6月27日(日)午後4時30分からです。
| 固定リンク
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 追悼 馬場元子さん(2018.04.23)
- 松任谷ビル〜新宿西口(仲小路彰の残影)(2018.04.22)
- 追悼 ブルーノ・サンマルチノさん(2018.04.19)
- “100年後”も聞かれる音楽を――ユーミンが語る老い、孤独、未来(2018.04.13)
- 『空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎』 チェン・カイコー監督作品(2018.04.09)
「映画・テレビ」カテゴリの記事
- 渋谷すばる 『Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜』(2018.04.16)
- AbemaTVでベイスターズ戦を観る(祝8連勝!)(2018.04.15)
- 「利他の心」…ザ・リーダー 稲盛和夫(2018.04.11)
- 『空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎』 チェン・カイコー監督作品(2018.04.09)
- スペクトラム 「サウンド・イン"S"貴重音源」(2018.04.05)
「歴史・宗教」カテゴリの記事
- 松任谷ビル〜新宿西口(仲小路彰の残影)(2018.04.22)
- 【討論】属国からの脱出はありうるか?(2018.04.21)
- 『ミライの授業』 瀧本哲史 (講談社)(2018.04.10)
- 『空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎』 チェン・カイコー監督作品(2018.04.09)
- 大相撲の女人禁制について(2018.04.08)
「音楽」カテゴリの記事
- 松任谷ビル〜新宿西口(仲小路彰の残影)(2018.04.22)
- Amazon Music Unlimited(2018.04.17)
- 渋谷すばる 『Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜』(2018.04.16)
- 薬師丸ひろ子 『Woman"Wの悲劇"より』(2018.04.14)
- “100年後”も聞かれる音楽を――ユーミンが語る老い、孤独、未来(2018.04.13)
コメント