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2010.05.05

消えゆく秋田弁

Uni_4281 士山に無事帰ってきました。帰りは那須付近まで東北道で。そこからは国道4号線で埼玉まで南下。そこからは圏央道、中央道を使って山梨へ。うまく渋滞を回避してちょうど9時間。まあまあでしょう。新潟回りだとなかなか10時間を切れませんので。
 いつもの春先や夏ですと、どうも単調でつまらない東北道ですが、この季節は本当に沿道の山々が美しくて感動的でしたね。日本人に生まれて良かったと何度も思いましたよ。こういう萌黄色の絨毯は、世界中行ってもそうそう見られないでしょう。
 おそらくそういう自然は100年後もそうそう変らないでしょう。自然破壊が危惧されると言っても、日本の「森の文化」はそうそう簡単に消えません。植林によって往時の面影がなくなった所も多いとは言え、そういうところは逆に保護されていない状態ですから、そのうち本来の姿に戻るでしょう。
 そうしたたくましい自然と比べ、かなりの勢いで失われつつあるのが、その自然とともに生きた人間の生活です。皮肉にも(?)人間が自然から離れることによって、自然が復元されていくというのに対し、人間の生活はどんどん本来の人間らしさを喪失していきます。
 自然から離れるということは、その土地に縛られなくなるということです。グローバル化というのは、文化的総都市化にほかなりません。言葉はその象徴と言えるでしょう。その土地の生活に根ざした言葉はどんどん使われなくなり、都市のために製造された近代的な人工語がそれに取って代わります。
 そこには全く「生活感」はありません。手作業で田植えをしていた時の道具が古い納屋に放置されているかのように、古い秋田弁も農村部の古老の間にひっそりと残されているだけです。
 私が初めて家内の実家を訪れた12年ほど前と比べても、町の中で聞く秋田弁が減ったと感じます。若者もずいぶんときれいな標準語をしゃべるようになりました。郊外の大型店舗に行けば、その店舗のたたずまいと同様に、どの店員さんも東京となんら変らない言葉で出迎えてくれます。
 単に私が秋田弁に慣れてきたというのもあるかもしれませんが、あの頃のアウェー感はずいぶんと低減してしまいました。
 この秋田弁の危機については、自称4世代ネイティヴ(ひいおばあちゃんの代の秋田弁までマスターしている)のウチのカミさんも強く感じているようでして、今回は彼女の提案もあって、様々な「じいちゃん」「ばあちゃん」の会話をiPhoneの録音機能でサンプリングしてきました。結果として親戚のお年寄り10名ほどの会話を数時間に亘って録音することができました。
 その言葉たちは、それはそれは深い味わいのあるものでした。正直、私は話の内容は半分くらいしか解らなかったのですが、それでもその美しい響きには十分に魅せられました。そして、カミさんも、またカミさんの両親も初めて聞くというような昔話の数々…それはまさに自然とともに生きていた、自然に生かされていた頃の話なのですが…は、まさに私にとっては「モノガタリ」そのもの。大変興味深く、また感動的でありました。
 機械化される以前の田植えの流儀。馬や牛との生活。部落内に何人もいる「神おろし」。出稼ぎの話。戦争の話。疎開の話。
 そうそう、驚いたのは、カミさんの母方の「ばあちゃん」は勤労疎開でなんと富士吉田に来ていたということ!その話は今まで誰も聞いたことがなかったようで、突然登場した「ふじよしだ」という言葉と、私の職場近くの光景の描写に、思わず鳥肌が立ってしまいました。不思議な縁です。そう言えば、本家の「とうさん」も、出稼ぎで中央道の富士五湖線の建設に携わっており、富士吉田で生活していたとのこと。いくらなんでもピンポイントすぎですよね。お二人とも、自分の孫や親戚の娘がそこに住むようになるとは夢にも思わなかったことでしょうね。
 あと面白かったのは、その母方の「ばあちゃん」、すなわち土方巽の「鎌鼬の里」に住む「天神堂のばあちゃん」のそのまたひいおばあちゃんは、黒川の出身で瞽女のような仕事をしていて流れ着いたという話。黒川の瞽女と言えば、こちらで紹介した小林ハルさんのことが記憶にありましたから、それはまあ驚きの事実でありました。ばあちゃんが踊りが得意で、かあさんやその娘(カミさん)が異様に歌好きで、人前で歌うことに関して全く抵抗がないというのも、実はこういうルーツがあるからなのだと、妙に納得されてしまったのでした。
 まあ、このように貴重な話が聞けるだけでも十分に幸せなことなのですが、やはりなんと言っても美しい近代化されていない古来の日本語の響きを聴くことができるというのは素晴らしいことです。やはりこうして録音して残しておくというのも大切なことかもしれませんね。
 ああ、そうだ。これは「秋田弁」でも「言葉」でもないのかもしれませんが、私が初めて「本家」を尋ねた時の、あの「かあさん」の「呼び声」は忘れられません。あれも録音しておきたいなあ。その時、「とうさん」は山へ仕事に行っていました。山と言っても裏山とかそういうことではなく、けっこう離れたところで山仕事していたんですね。そこに突然の来客。今なら携帯電話で「お客さんだから帰ってきて」と言うところでしょうが、DoCoMoも圏外の山奥ではそんなこともできません。というより、そんな必要はありません。「かあさん」はさりげなく玄関先に出て、そして虚空に向かって「ホ〜〜!」と一声あげました。その声というか、超音波というか、あれはもう絶対に忘れられません。それから20分ほどして「とうさん」は帰ってきました。
 ああ、これが「与作」の「女房が呼んでいる ホーホー」というやつなんだ!
 これはある意味圏外も電池切れもない、究極の通信手段ですよ。縄文時代、いや旧石器時代、いや動物時代からの智恵であります。いやあ、あの声、いやいやあの音忘れられません。
 これから秋田に行く度にいろいろとサンプリングしてきたいと思います。そして、明日さっそく授業で使おうっと。

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