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2010.05.30

iPadの可能性

20100531_65711 日いよいよ発売なったiPad。日本でもかなり売れているようですね。とりあえず私は買う予定はありませんが、動向は気になります。
 あのようなデバイスの出現は、当然予想されていました。iPhoneが発売された時、クラウド・コンピューティングが普通になった暁には、もう少し大型で、基本ディスプレイだけの地上端末が出現するだろうと思いました。それが現実になったという感じですね。
 今年の1月に、iPad 登場という記事を書いています。基本、今でも同じような感想と考えを持っています。使い道はよくわからないけれど、「大人のオモチャ」として触ってみたい。まあ大人のお小遣い程度で買えますから、なんとなく買って持ってみたい。そういうモノですね。
 日本では、iPadの登場によって、電子書籍の世界がどう発展するか、そしてそれによって従来の紙の書籍がどう変るのかということが注目されています。
 その点に関しても1月の記事に書いたとおり、日本はやや特殊な状況でしょうから、紙の書籍にはそれほど影響はないように思えます。どちらかというと、相乗効果で売り上げが上がるかもしれませんね。
 実は私、5年前に電子書籍端末について、なかなか鋭いこと書いてるんですよ。自分で言うのもなんですけど(笑)。この記事です。iPadって、ここでいう「タブレット」ですよね。私が考案しているのは「ブック」です。結局あの「ペラペラ」のシミュレートができないんですよね。そこがiPhoneやiPadの、書籍としての致命的な欠陥です。
 この前、久々に出張で電車に乗りました。乗車中ずっとiPhoneで出口王仁三郎の霊界物語を読んでいました(ってどういう読書なんだよ!ww)。iPhoneですと小さいですからね、隣の人に見られても別に気になりませんが、これがiPadだったらどうでしょうか。ぜったいにジロジロ見られますよ。で、「なんだコイツ?」って思われますよ(笑)。
 iPadのウリであるウェブ・ブラウズでもそうです。iPhoneでは自分でも見にくいくらい小さいから、隣の人もいったい何のページを見ているのか、あるいは何を検索しているのか、分からないでしょう。iPadはおそらく膝の上で使うものですから、隣の人にも、また前に立っている人にも絶対に見られちゃいますよね。なんかいやじゃないですか?
 そんなこともあって日本では文庫本文化が発達しているのだと思います。だから、日本ではもっと小さな、つまりiPhoneとiPadの中間くらい、A6やB6サイズのデバイスの方が売れると思うんですよね。ポケットにはiPhone、バッグにはシステム手帳サイズのiDiary(?)。
 そうそう、実は今日、突然地元のオーケストラの演奏会に参加することになりまして、ぶっつけ本番でモーツァルトを3曲弾いてきました。全くの初見の曲、それも手書きの楽譜で、時々間違いはあるし、急きょ音を足してくださいと言われるし、まさにモーツァルト時代の楽師のような感じで、それはそれで面白かったのですが、そんなガチ勝負の中、ふとこのiPadのことが思い出されました。というのは、実は私も寸前に送られてきた楽譜の一部を家に忘れてきてしまった(ひどい!)し、あるパートなんか、本番中に楽譜が1枚見当たらなくなるという、トンデモなアクシデントがあって、しばしチューニング・タイムということになったんですね。その時、あっそうか、iPadを楽譜代わりにすればいいじゃんね!と思ったわけです。
 ほら、楽譜ってめくるの面倒じゃないですか。なぜか昔からその解決策は講じられてきませんでした。オーケストラなんか、めくりのために音が薄くなったり、実際アクシデントが起きたりします。そんなもん、現代の技術をもってすればちょちょいのちょいで解決するはずなのに、なぜかそういうところは保守的な世界です。
 もうそろそろいいんじゃないでしょうかね。楽譜のデジタル化のフォーマットを決めてですね、ディスプレイ上に映すということでいいじゃないですか。めくりも自動化、あるいはBluetooth接続のフットスイッチかなんかで対応する。切り貼りや書き込みだって、技術的には全然難しくないですよ。
 でも、iPadだと、今度は小さすぎるような気もしますね。やっぱりA3横置きで使うのがいいかな。まあ、これだったら家に忘れることもないでしょうし、いざとなったらダウンロードとかすればいいし、すごく便利だと思いますよ。楽譜はネットで販売すればいいし、著作権(違法コピー)の問題ももしかしたら解決するかもしれない。
 ただ、やっぱり電子機器はバッテリーの心配とか、あるいはフリーズの心配がありますけどね。それでも、紙よりはストレスが少ないかもしれない。楽譜は本と違って「ペラペラ」することはありませんし、基本前から1ページずつめくっていくものですから、こういうタブレット型端末と相性がいいでしょう。どうでしょうかね。業界の方々、ちょっと考えてみませんか?

iPad

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コメント

なるほど・・・面白い考察ですね。

私は皮膚感覚派なので、紙のペラペラ感と、本と手のなじみ具合が気になります。

 金属と植物?は違いますからね〜。

 でもそのうち電子書籍にも慣れていくと思います。

投稿: 日田の宮田 | 2010.05.31 13:10

宮田さん、こんにちは。
そうそう、紙って植物ですからね。
生き物なんですよね。
デジタル機器やヴァーチャル世界は、そういう生物との波動の共鳴みたいなものがありません。
こればっかりはどうしようもありませんから、きっとリアルな書籍も残りますよ。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.05.31 14:57

いち早くiPad対応書籍を出した京極夏彦氏も「紙が無くなったりするという訳ではなく、相乗効果があるんじゃないか。iPadが紙媒体の後押しをしてくれるような」と言っていました。
紙は紙で捨てがたいですよね。
#そして本棚が崩壊する。

投稿: mya | 2010.05.31 20:20

myaさん、こんばんは。
やっぱり棲み分けでしょうね。
ウチも紙でなくてもいい書籍がたくさんあります。
逆に紙じゃなきゃダメなものもありますね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.06.02 20:20

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