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2010.04.19

『仕事で使える ヤクザ親分の名言』 山平重樹 (徳間書店)

19862892 にとっての「親分」が貸してくれました。そっちの世界の人ではありません。純粋にこっちの世界の人でもありませんが(笑)。
 私はこのブログで何回も「ヤクザ」を取り上げてきました。もちろんそこにはいろいろな理由があります。基本は「文化」としての「ヤクザ」について勉強してきたつもりですが、結果として「政治」も「経済」も「宗教」も「教育」も語ることになっていましたね。つまり、ほとんど日本の全てを語る際に、彼らの存在は無視できないということです。
 その存在価値と魅力については、なかなか一言では説明できません。ただ裏返しにして言えば、歴史的事実と現代の実態を勉強せず、ひたすら無反省に「暴力反対!」とか「社会のクズは消えろ!」とか「あいつらはダニかゴキブリ!」とか言うバカは軽蔑するということです。たぶんそういう人は、この世から(ホンモノの)ダニやゴキブリがいなくなるとどうなるかということを知らない人なのでしょう。そこまで想像力が及ばないというか、単なる嫌悪感や先入観から、彼らのことを知ろうともしない人なのでしょう。
 ヤクザを語る際に必ず出てくる「仁侠」や「義侠」という言葉。この「侠」という字、最近私の中でブームになっています。この本にもありますが、普通「おとこだて」「男気」と訓まれます。もともとは「金離れが良い」という意味です。「金勘定を無視して行動する」ということですね。
 単純に考えて、現代日本にはこういう「侠」がほとんどいないということがわかります。いつも言っているように、現代の大人たちは、「カネ」という悪神に取り憑かれて、それを拝し、それに翻弄され、人としての心より先に、自分が経済的「勝ち組」になることばかり考えています。もちろん、全部が全部ではありませんが、まず自分を省みてみて、どうですか?多少なりともそういう要素はあるでしょう。
 つまり、現代においては、男は常に有能なビジネスマンであるべきでして、「ヤクザ」なんてのはその対極にあってですね、とことん忌避するべきものなのです。皆そう思うでしょう。それはそうです。そういう風潮(空気)に乗っかっていれば楽と言えば楽ですからね。で、こんな世の中になってしまいました。子どもたちに夢なんか与えられましょうか。
 私は現代の教育現場にいますので、言葉としての「侠」は教えられませんが、「お金より大切なものがある」ということは教えることはできます。「自分を犠牲にしてでも、弱い人、困っている人を助けるべきだ」ということも教えることができます。それはすなわち、ヤクザの本来の生き方そのものでもあるんですね。
 もちろん、「ヤクザ」と「暴力団」は同義ではありませよ。私の言っているのは歴史的な「ヤクザ」、抽象的な「侠客」のことです。そこのところも全部ひっくるめて、害虫化してしまった「暴力団」という造語にも大いに問題がありますよね。おそるべき「言葉」です。そこから、法的にもマスコミ的にも教育的にも、彼らの完全に社会の敵となってしまいました。
 いや、「暴力団」という名称は当局によって作られたフィクションではありますが、一方でそういう言葉をあてがわれてしまうように腐敗してしまったヤクザ社会の実態もあります。そこのところは、いろいろ単純化して考えられない歴史があるわけですね。ただ「言葉」というフィクションによる差別には私も抗いたいと思うわけです。この「不必要善(偽善)」ばかり横行する現代社会において、本当の意味での「必要悪」を再評価したいのです。
 ところで、この本を読んで、数々の「親分の名言」を味わっているとですね、どうにも宗教的な気持ちになったから面白い。つまり、「禅」の高僧の言葉のように感じてくるんですよ。
 先ほど、「侠」とは「金離れ」だと書きました。「カネ」は私たちの煩悩の権化のようなものです。そこに執着しないということは、まさに禅的な「自己を捨てる」ということにつながります。
 そして、それをさらに現実世界でつきつめ、究極的に高度な境地に至っているのがヤクザの心理です。つまり、「自分の命にこだわらず、他者のためにいつでも死ねる」ということですね。我々の最大の敵、究極の煩悩、最強の執着は間違いなく「自分の命」なのですから。それをいとも簡単に捨ててしまう彼らは、禅的にも最高の境地に達していると言えましょう。
 ある禅の高僧は死ぬるいまわの際において「死にたくない」と言ったと聞きました。それに対して、瀕死の重傷を負いつつ「オレよりカタギさんを先に」と言った田岡組長や、「俎にゆたりと鯉の昼寝かな」と辞世を詠んだ尾津組長、「仁侠は己を捨てることなり」と喝破した牧野会長や、「仏心のない者は人にあらず」と説いた石井会長、いったいどちらがホンモノの修行者なのか分からなくなってしまいますね。
 善悪清濁全て含めて、世の中を動かしてきたのは、そうした真理を追求した修行者たちだったのです。彼らの据えた「肚」や、通した「筋」は、いったいどこに行ってしまったのでしょうか。「法律」というフィクションによって完全に抹殺されてしまったのでしょうか。残念ですし、不安です。
 最後に、この本でも紹介されていた一休の道歌を紹介します。浜本最高顧問の座右の銘でもあったと言います。
 「心こそ心まよわす心なり、心に心、心ゆるすな」

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コメント

   前略      薀恥庵御亭主 様
 
「仏道」でも「極道」でも・・・
突き詰めると「人情」になります。

愚僧の基本思想は「人情」だけです。笑

「人に施す」ことが人情の原点であります。

そうなると・・・自らは・・・
「貧しく」なります。笑
この点が何よりも大切なのです。

東西の宗教の共通項・・・
「金持ちは救われない」
の原理がここにあるのです。

ドンドン 愚僧も「貧しく」ならねば
なりません。苦笑。

合唱おじさん            拝

投稿: 合唱おじさん | 2010.04.21 21:04

人に施すと貧しくなる…
ううむ、真理ですね。
これは合唱親分の名言ですね!
私ももっと貧しくなるよう精進します。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.04.22 07:40

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