秋山真之と出口王仁三郎
「何所へ行って見ても、半歳か一年経つ中に、自分の方が偉く思われて来て仕方がない」…秋山真之の言葉です。ちょっと困った人ですね、本当にこう思っていたのだとしたら(笑)。
以前、「猫の事務所」の記事で書きましたとおり、戦前の政治・経済・文化など、あらゆる歴史的事象を正しく理解するためには、当時の「心霊ブーム」を研究しなくてはなりません。実はそこのところが、我々現代日本人の苦手なところになっているんですね。すなわち、そのあたりを学校で教えていないわけです。
もちろん、それを積極的に教える必要はありませんが、しかし、教育現場からそれを完全に排除することには大反対です。ま、ウチは仏教系の学校ですから、全然排除していませんけどね。
とにかく、戦前、いや戦中までの日本は、我々が考える以上に「オカルト」的で「スピリチュアル」的なんですよね。政治も、経済も、文学も、音楽も、軍部も、マスコミも。戦後はそれを無反省に反省してしまい、単なる「アヤシイ」世界として嫌悪するか一笑に付すかしてきました。それでこの始末です。
で、そうしたあちら側を研究するのに、どうしてもその中心に置かねばならない人物が出口王仁三郎なのです。
そこで今日は、ある意外な人物と出口王仁三郎の関係がわかる文章を紹介します。書いたのは浅野和三郎。元大本の信者、王仁三郎の右腕だった人物ですね。第一次大本事件ののち大本を去り、現代のスピリチュアルブームにもつながる「心霊科学研究会」を設立した日本心霊主義の父と呼ばれる人です。
彼が大本に入信し、綾部に引っ越してすぐに、あの秋山真之が彼を訪ねています。最近NHKのドラマ「坂の上の雲」で大人気のあの人です。
そう、司馬遼太郎の「秋山真之」像も、先ほど言った視点に欠けているんですよね。司馬作品は全体にそういうところが弱いとも言われます。ま、司馬文学は立派な戦後文学ですからしかたありませんが。
で、その欠けた部分を表現して余りあるのが、この浅野和三郎のこの文章です。和三郎が大本を離れる年に書いた「冬籠」という文章の一部です。
ここでは、実にストレートな秋山評が展開されています。この対面のあと、真之は多くの海軍軍人を巻き込んで王仁三郎に傾倒していくのですが、大正六年にある勝手な「予言」をしてしまい、大本に多大な迷惑をかけてしまいます。結果とし大本を離れざるをえなくなってしまいます。そのあたりの事情も含めて、浅野は苦言を呈しているのでしょう。
しかし、面白いのはこの文章が書かれた大正十年、浅野も秋山と同じようなことをしでかし、結果として大本を離脱したことですね。そう、第一次大本事件の発端となる「大正維新」「大正十年立て替え説」を唱えたのは、彼を中心とする急進派たちでした。彼らの「予言」で世の中は騒然となり、結果として大本は官憲に弾圧されます。
来る者は拒まず、去る者は追わずの王仁三郎のところには、本当に多くの人々が出入りしました。去った者が自らを非難しても、悠然として動ぜず、それどころかそういう人たちのことをいつまでも気にかけていたという王仁三郎のスケールの大きさには感服します。
今、こういう世の中になって、ある意味浅野和三郎や秋山真之が自分以上に注目されているのを見て、王仁三郎はいったい何を思っているのでしょうか。
では、どうぞ。お読みください。
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十二月の十四日の午後であった、自分が二階へ引籠って、頻に「神霊界」の原稿を書いて居る所へ、大から使者が来て名刺を持参した。
『このお方が見えて居ますから直に来てください』
名刺を見ると、意外にもそれは秋山眞之海軍少将であった。
『秋山少将か、こりゃ面白い、早速行くと言ってください』
実際自分の心の中は勇み立った、秋山将軍といえば天下の名士であり、神算鬼謀、天下無比と謳われて居る人だ。自分は永い間海軍部内に居ることは居たが、まだかけ違って一度も其謦咳に接したことがない。然るにこの人が、自分が綾部に引越したたッた三日目に参綾するというのは、不思議といえば不思議だ。斯ンな名士から早く判って呉れれば誠に結構、頑迷不霊な海軍部内も案外容易に覚醒するかも知れぬと、うれしくって耐らなかった。そして神ならぬ身の、意外な突発事件が秋山少将を中心として起り、ますます誤解と紛糾とを重ぬるに至ろうとは、露ばかりも想像し得なかった。
兎も角も急いで大本に行って見ると、出口先生と秋山さんとは、統務閣に於て正に会談中であった。自分も早速其座に加わって初対面の挨拶もそこそこに、直に神霊上の問題に突入した。
秋山さんの顔は従来写真で知って居るだけで、実物を拝見する事は今日が初めてであった。高い湾曲した鼻、やや曲った口元、鋭い、しかし快活な眼光、全体に引緊った風 丯動作、誰が見ても只者でない丈はすぐ判る。海軍士官気質という、一種独特の型には箝って居るが、しかし何処ともなく、其型を超越した秋山一流の特色も現れて居て、妙に人を引きつける所があった。確に僥倖で空名を馳せ居る人ではないと首肯された。
談話を交ゆること一時間ならずして秋山さんの長所は次第次第に判って来たが、しかし其短所弱点も亦髣髴として認められた。頭脳の働きの雋敏鋭利を極め、為に停滞拘泥することを嫌い、自分が善と直覚するものに向って、周囲の一切の顧慮を打棄てて勇往邁進する勇気にかけては、確に天下一品の概を有して居た。軍人でも政治家でも、官吏でも、或る地位に達すると、兎角イヤに固まって了って、心の門戸を鎖し、清新溌刺の気象に乏しくなる。殊に知名の名士という奴が却って可けない。僥倖で博し得た其虚名を傷けまいとして、後生大事に納まり返る。其麼人物には面会せぬに限る。会えば一度でがっかりして了う。所が、秋山さんには微塵も其臭味が無かった。日露戦役の殊勲者などという事を毫末も鼻の端にブラ下げず、思うて居る事は何でも言い、判らぬ事は誰に向っても聴き、キビキビした、イキイキした、何とも言えぬ美わしい、気持のよい、真直な男らしいところがあった。
しかし一方に長所があれば、同時に又短所の伴うのは致し方がないもので、秋山さんは余りに其頭脳の鋭敏なのに任せて八人芸を演じたがる所があった。一つの仕事をして居る中に、モウ其頭の一部には他の仕事を幾つも幾つも考えて居るといった風で、精力の集中、思慮の周到、意志の堅実などというところが乏しかったようだ。
『参謀としては天下無比だが、統率の器としては什麼であろうか』
というのが海軍部内の定評のようであったが、成程この評にも一片の真理は籠って居ると思われた、人にはそれぞれ特長があり、方面がある。秋山さんは日露戦役に海軍の名参謀として立派な職責を果し、又天下の耳目を一身に集めた人である。それ丈で秋山さんの秋山さんたる所以は十分に発揮されて遺憾なしである。終生ただの一度も花咲く春に逢わず、空しく埋木となって了うのも決して尠くない。慾をいえば限りがないが、秋山さんの一生などは先ず以て最も意義ある、又最も華やかなる一生と言うてよかったようだ。
が、自分は茲に秋山さんの人物評を試みるのが目的ではない。秋山さんの晩年と大本との関係を有りのままに描きたいと思うばかりだ。大体に於て言うと、秋山さんの信仰に対する態度には、例の秋山式特色が現れて居た。早呑み込みをするが、ややもすれば移り気が多過ぎて、其結果不徹底に流れた。或る時期には明照教に凝って見たが、一年足らずで之を見棄て、次で川面凡児氏に傾倒し、同志を集めて其講演を聴いたり何ンかしたが、之も一二年で熱がさめた。池袋の天然社にも出入したが、それも余り永くは続かなかった。兎も角も物質かぶれのした現代に一歩を先んじて、神霊方面の問題に研究の歩武を進めようとしたのは、確に卓見たるを失わなかったが、姉崎博士の所謂迷信遍歴者という部類に編入されても致し方がないところがあった。彼方を漁り、此方を漁りて帰著する所を知らない。吾々から無遠慮に之を批評すれば信仰上の前科者であった。最後の秋山さんは大本に来たが、モウ一と息という所でこれにも躓いて了った。
『何所へ行って見ても、半歳か一年経つ中に、自分の方が偉く思われて来て仕方がない』
その日秋山さんは自分に向って斯ンなことを述べたが、秋山さんの長所も短所もよくこの一語の裡にあらわれて居たように思う。
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