『iPhoneとツイッターで会社は儲かる』 山本敏行 (マイコミ新書)
これまた後輩の先生が貸してくれました。この本の内容は、昨日の話にも関わってきますね。ここでいう「儲かる」とは、単に「カネが増える」ということだけではありませんでした。
結論から言えば、「会社の中の人間関係がよくなる→社員が生き生きする→生産性が上がる」ということです。昨日の言い方で言うなら、「個人が幸せになるだけでなく、組織のみんなが幸せになることによって、その組織、そしてその構成員である個人も、より幸せになる」ということですね。
これは「経営」のステージとしては最高レベルとは言いませんが、最低でもありません。以前モスバーガーの社長さんとお会いした時も「まずは社員に満足を。それが笑顔を生み、お客様に還元される」というような話がありました。おそらく、そういった理念で頑張っている会社というのも、けっこうあるとは思います。
もちろん、もっと先を見据えた「経営」というのが理想なわけですが、そこはなかなか難しいですよね。教育の現場でも同じようなことが言えます。まあ、簡単に言ってしまえば、どこまでの「他者」を想定できるか、想像力がどこまで豊かかということでしょう。
で、昨日の大前さんはですね、いわゆるアメリカ流ですから、言うべきことははっきり言う、まずは相手の意見を否定する、みたいな発想なんですよね。それはそれで、そういうことに耐性のある「強い」人間たちにとっては、一番ストレスのたまらない人間関係の構築法だと思いますよ。
でも、我々純粋な日本人は、そんな「強い」人間ではありません。ズバッと言われると「ガ〜ン」となってしまう「弱い」人々です。だから、昔から「赤ちょうちんで上司の悪口」みたいな装置があるわけじゃないですか。
そこに登場した新しい装置が、この「iPhoneとTwitter」だと思うんです。新しいコミュニケーション・ツール。これが、「弱い」日本人にはちょうどいい道具となったわけですね。なかなか、口ごもってしまって、あるいは呑み込んでしまって言えないことを、リアルタイムに、そして適度に無責任に発することができるようになったと。
1対1では言えなかったことが、いきなり世界の不特定多数相手では発することができる、というのは面白いですね。これには、その相手を「その他大勢」に放り込むことによって、たとえば上下関係から生じる理不尽などを解消し、常識人に仕立て上げてしまうという効果があると思います。また、自分をも「その他大勢」に放り込んで、そして、そのうちの何パーセントかを自分の味方につけてしまうという効果もありますね。とにかく、そうして、「愚痴」や「陰口」の生じる可能性を低くしているわけです。
そういう意味では、このツイッターというのは、日本人のためのツールとも言えなくもないですね。面白い。
そんなツイッターについては、以前『Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流』という本に関する記事で、私の意見を書きました。ただ、あの時はアカウントも持っていなかったし、実際のところどういうものかよく分からず書いていたんですね。
その後、いちおうアカウントを二つ取りました。一つは個人のもの。ただしまだ一言もつぶやいていません。やっぱり上の記事に書いたとおり、その価値がよく分からんからです。つぶやいているヒマがあったら、ブログの記事を書いていた方がいいと。
もう一つは中学校の中の人としてのアカウントです。これは上に書いたような本来の機能ではなく、もっと単純なコミュニケーション・ツールとして使ってみようというものです。
つまり、授業の様子などを随時iPhoneから写真つきでツイッターに投稿し、それを保護者が適当な時に見るという使い方です。もちろん、この場合、プライバシーの問題等ありますから、基本クローズドということになります。生徒の親以外は見ることができないというわけです。
また、「中の人」は私だけではありませんから、つぶやいているのが私だとは限りません。一つのアカウントで何人かがつぶやくということですね。もちろん、それが誰なのかは分かるようにしようと思いますが。保護者の方も感想などをつぶやくことができますから、まあある意味、リアルタイムでゆるいコミュニケーションが可能になりますね。
どうも、学校は閉鎖的で、また先生と保護者の会話は緊張感を伴う(すなわち、さっきの上司と部下みたいな理不尽さがある)ものでした。それを少しでも解消するために、iPhoneとTwitterが活躍してくれるのではないかと、ひそかに期待しています。
学校は会社と違いますから、この本に書かれていることがそのまま通用するはずもありません。しかし、アイデア次第では、学校にとっても面白い「装置」になりうるんじゃないでしょうか。もしかして、この「授業の実況」という試みは日本初なのかな?
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同僚がどこかでもらってきたとかで、私のところに回ってきました。
4月から(おそらく)中学校の職員室が私のオフィスになります。少しずつ引っ越しをしなければならないのですが、なにしろ高校の進学棟に大量の書籍やらプリントやらがあって、途方に暮れております。
段ボールのところにも書いたように、私は親指シフト愛用者なので、ノートパソコンも基本外付けの専用キーボードを使います。ですから、このような使い方が可能になるんですね。
実はですねえ、この製品、左の写真のように使うのが本道です。私の使い方は邪道らしい。
今日は4年前に卒業させた教え子たちのクラス会に参戦。夕方富士山を出発して、新宿は歌舞伎町へ。そして、今帰ってきました。日帰りです。
で、今日は飲み放題コースだったのですが、私は珍しくソフトドリンクの飲み放題でした。明日地元のテレビ局の取材などがあって、どうしても今日中に帰宅しなければならなかったのです。
まさか優勝するとは…まあ、小比類巻選手の突然の引退というのもありましたが。



ここ富士北麓地域は、以前は織物の街として大いに栄えました。江戸時代から昭和初期にかけて、国内で高級生地寝具と言えば「郡内=甲斐絹(かいき)」が定番でした。江戸の文学にも、しょっちゅう「郡内縞」などの文字を見つけることができます。ひとつのブランドだったわけですね。
先日紹介した
「経験」という意味で、今回番組でも盛り上がっていた、現場への「お年寄り」の参加には大賛成です。経験豊富で元気なおじいちゃん、おばあちゃんが、今世の中に溢れ返っていますから。それはたしかに小宮山宏さんの言うとおり、素晴らしい「リソース」です。活用させていただきたいですね。
バッハのマタイ受難曲全曲を演奏するというのは、古楽奏者なら一生の夢ですよね。今日はそれが叶うチャンスだったのですが、それ以上に重要な仕事があったので、泣く泣くお誘いをお断りしました。はたして死ぬまでにもう一度チャンスがあるでしょうか…。
「健康で豊かな踏み出す力が世の中を良くすると思う。個々の発想と力は小さいが、それが積み重なって世界が変わっていく」。まさに先日のドラッカーや船井幸雄さんと同じ考え、生き方です。
東芝が白熱灯生産120年の歴史を閉じるというニュースが流れました。パナソニックも2012年で完全に生産をストップするとのこと。なんとなく寂しいですね。
「ファミエイト」…知る人ぞ知る(らしい)ファミコン互換機です。
カミさんは私より10ほど年下なのですが、なにしろ秋田の山奥積雪3メートルのところに育ったので、時代がやっぱりずれています。ですから、けっこうファミコン世代なんですよね。大人になってからもファミコンをやっていたようです。特にマリオ。
ドラッカー学会代表の上田惇生さんと糸井重里さんを招いて、ドラッカーの魅力と現代における意味を紹介する番組でした。
新しい中学校が始まるにあたりまして、基本的な方針の確認作業をしています。
今日はシンプルですがとっても重要なことを書きます。
今日は浜松駅隣接のホテルで結婚式がありましたので、ついでと言ってはなんですが、久しぶりに楽器博物館に行ってきました。
電子楽器と言えば、1階に未整理のまま並べてあった、古典的シンセサイザーたちに萌えました。うわぁ、元祖ドンカマだ!初めて実物を見ました。その他歴史的名機がゾロゾロと。ぜひしっかり整理してもらいたところです。日本の電子楽器は世界に誇るべきものですからね。
そうそう、そういう意味で挑戦しようと思っていて忘れていた楽器と再会しました。おお、お前の存在忘れてたよ!それは、スウェーデンの楽器、「ニッケルハルパ」です。これは究極の共鳴弦付き擦弦鍵盤楽器(?)でしょう。弾いてみたいなあ。
昨年の
いよいよ戦後最悪の暴力的施策「地デジ化」完全実施、すなわちアナログ放送停波まで1年あまりとなり、我がアナロ熊も絶滅の危機に瀕しております。温暖化でホッキョクグマが…とかいうくだらないことはいいから、こっちをなんとかしてほしいものです。
私は何かに「ふと」気づくことが多い人間でして、まあ、つまりはそういう思いつきで行動していく、あるいはそういうモノに頼って生きているというようなところがあるんですね。
「ずるい!」…これを言ってしまうと、ある意味全てが終わりになってしまいます。特に土方巽の「研究」をされている方々にとっては。
ご来場くださった皆様、ありがとうございました。
なんと30年ぶりの再会。このタイミングでこの会が開催されたことに運命を感じます。
文句なし!面白い。
うふぉ〜寒い!今日は最高気温が2度って…朝から雪が舞っています。
考えてみますと、志村くんはコノハナサクヤヒメと縁が深かったのかもしれませんね。浅間神社の祭神は木花咲耶姫です。初期の名曲「浮雲」に出てくる「いつもの丘」は、地元では忠霊塔と言われて親しまれていますが、あそこも「新倉浅間神社」です。御両親のお話によりますと、帰省した際には、彼はあの丘(実際はものすごい急坂で、丘と言うより山の中腹なんですが…)にも必ず足を運んでいたそうです。
ま、つらつらとそんなことを考えながら、下浅間の境内を徘徊していたのでした。
今日はひなまつり。上巳の節供。今までもこの日にちなんでいろいろな記事を書いてきました。
で、サビの方はもうすっかりウチでくつろいでしまい、いつのまにか自宅警備員たちのトイレを借用、いや占拠して用を足すようになってしまったり、それこそもうすっかりまったりモードに入ってしまっています。
まあ、ホントにとってもいい猫ちゃんなので、このまま飼ってもいいんですけどね、いちおう黒猫三匹のストレスやら、猫の食費やらを考えると、そういうわけにもいかない、誰かにもらってもらおうと考えています。というか、どうも教え子にもらってもらえそうな気配です。
「何所へ行って見ても、半歳か一年経つ中に、自分の方が偉く思われて来て仕方がない」…秋山真之の言葉です。ちょっと困った人ですね、本当にこう思っていたのだとしたら(笑)。
音楽における「変態性」とは何か。最近興味のあることです。
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