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2010.01.22

夭折の天才作曲家 ヘンリー・パーセル

250pxhenry_purcell_by_john_closterm 日、Mステを観ていたら、ノラ・ジョーンズが登場したのでビックリ。それまでの、異様に不毛なJ-POP群に辟易していたところに、あの時間も空間もジャンルも軽く飛び越えた楽曲が演奏され、その天才ぶりに余計に驚きました。
 彼女の父はいわずもがな、インドの天才シタール奏者、ラヴィ・シャンカールです。ジョージ・ハリスンに多大な影響を与えたことでも有名なグローバルな音楽家ですね。まだご存命なのでしょうか。
 このMステを観て、聴きながら、改めてフジファブリックの志村正彦くんは天才だったなと思ったのでした。ノラの音楽同様、「今」はどのジャンルにも収まらず、誰にも似ていず、一方で、過去の音楽のエッセンスも感じ、その意味ではたくさんの音楽に似ているとも言える、そういう音楽が今、日本のヒットチャートにはあまりに少なすぎます。
 一般人たるファンを置いていくほどに常に変化し続けるのも天才の特徴です。ジョージというかビートルズもまさにそういう存在でした。
 音楽史にはどの時代にも「天才」はいました。いや、音楽史は天才によって作られていくと言ってもいいかもしれません。のちに「○○派」とか「○○音楽」などと呼ばれ、分類画期されるためには、そのエポックをメイキングする「天才」が必要です。
 そうした天才の中で、「彼がもう少し生きていたら音楽史は変っていただろう」と思わせる、いわゆる「夭折の天才」という人が何人かいます。
 その代表格とされるモーツァルトについては、私は「神童」ではあったけれども、それほど「天才」ではなかったと、かなり辛口な評価しか与えていません(スミマセン)。
 では、私が考える音楽界の「夭折の天才」とは誰かと申しますと、そうですねえ…近いところでは、やはり志村くんも、残念ですが結果としてそういうことになってしまいましたね。
 ジョン・レノンも夭折と言っていいでしょう。ただ、あの時点でもう充分に仕事をしていたとも言えますが。
 もう少し遡って、山田かまちでしょうかね。彼があと10年でも長く生きていれば、音楽のみならず、詩の世界も、絵画の世界も変わっていたかもしれません。
 忘れてはならないのは瀧廉太郎です。彼は23歳でなくなってしまいました。彼こそ世界の音楽史の中でも最も惜しむべき夭折の天才でしょう。彼についてはいつか書きたいと思っています。
 そして、ヨーロッパに目を向けますと、もうこの人しかいないでしょう。イングランドが生んだ天才ヘンリー・パーセルです。36歳で亡くなってしまった彼については、以前『イングランド、我が祖国〜パーセルの生涯』の記事で少し紹介しましたね。
 ちょっと理解してもらえないかもしれませんが、私、志村くんの楽曲とパーセルの楽曲に似た印象を持つんです。そうですねえ、わかりやすく言えば、変幻自在であり、叙情的な面と変態的な面を持ち合わせるというか…。ちょっと言葉で説明するのは難しいのです。とにかく先ほども書いた「過去の遺産を引き継ぎつつ、誰にも似ていない音楽を作る」「型を知りつつ型にはまらない」という「天才」の条件を二人ともしっかり持っていたと思うんです。
 まあ、いろいろ言うより、聴いていただきましょう。今日は2曲。まず、「グラウンド上のファンタジー」です。単純で美しい定番の循環バスの上に、3本のヴァイオリンが「妄想」を紡ぎます。スタイルとしては有名なパッヘルベルのカノンと同じですが、その「変態度=天才度」が違い過ぎます。バロック時代とは思えない実験的な和声がこれでもかこれでもかと展開していきます。先を予想することができません。ある意味プログレしてますね。2小節目の頭の不協和音からしてありえません。
 我々シロウトがこの曲を演奏すると、「間違えた!」「下手くそ」と言われてしまいます。それほど破格な曲です。これを彼は20代で書いていたわけですね。では、どうぞ。

 どうでしたか?変態的な美しさでしょ(笑)。
 彼は本当にいろいろなジャンルでいろいろなスタイルの曲を書いているのですが、いわゆる「歌」でも名曲をたくさん残しています。その中でも有名な「Music for a While」という曲があります。
 たまたま、YouTubeに、音楽祭でお世話になったエブリン・タブさんの演奏があったので、まずはそれを聴いていただきましょう。

 神秘的な美ですね。「ひとときの音楽」の意味は深い。
 さらに今日はそのジャズ・ヴァージョンを聴いていただきましょう。志村くんも最後に音楽的洗礼を受けたものと思われるスウェーデン音楽。そのスウェーデンを代表するジャズ・ピアニスト、ボボ・ステンセンのトリオによる演奏です。骨格的には原曲のままです。しかし、この現代性というか、時代を超越する魅力、美しさは驚愕に値します。演奏的にはポール・モチアンのドラムスもいいですねえ…。では、どうぞ。じっくり味わって下さい。

 夭折の天才…たしかに悔やまれる現実がそこにあるのですが、やはり、こうして聴いてみると、天才たちはいち早く「才能を天に返す」運命にあるのかもしれないと思われてきますね。

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コメント

「天才」・・・。
私には、まだ、いまいち自分の中で噛み砕けないものがありますが、(まだまだ、修行の身な魂なので(汗)否定の意味ではありません。)
しかし、やはり、自然の道理から言えば、「才能を天に返す」流れは、スムーズにそして、それが「天命」のように感じます。

私は、虚偽の中で、常に「惑わされる」こと。「だまされる」こと。「埋もれてしまう」ことから、真実を見出す修行を、今させていただいているところです。

なので、志村さんの生き方で言えば、自然の道理のまま、真実の中で生きてこられた人生に感銘を受け、目標としているのでしょうね。


・・・と、自分の中での悟りです(笑)


本題とずれてしまいましたが、

自分も少しでも、「天才」といわれた方達の生き方や、使命に気付いて、素晴らしいものを素直に真似て、自分の中でも吸収したいと感じてます。


まだまだ・・・まだまだ・・・なのですがw

庵主さんのブログで、なんだか、ネット大学で、講習を受けている気持ちです。


お導きに感謝♪


投稿: 里沙 | 2010.01.23 11:33

たびたびお邪魔しますm(__)m

志村くんが天に召されてしまった何日か後に
私は志村くんに「山田かまち」を重ねてしまいました。
「山田かまち美術館」で見た彼の絵画や詩には
心を揺さぶられるものがあり、
もっともっと作品(それが美術の世界か
音楽の世界か・・・)を見たかったなぁと
思ったからです。

庵主さんのブログにも彼の名前がでてきて
驚くやら嬉しいやら、でした。

投稿: kirari | 2010.01.23 20:04

里沙さん、kirariさん、コメントありがとうございます。
天才…特に夭折の天才は魅力的である反面、私たち凡人の与り知らぬ何かを持っているようです。
山田かまちも中原中也もどこか不思議な危うさを持っていました。
志村くんもそうですが、私たちとは違う何かを日々感じて生きておられたのでしょう。
私たちはある意味鈍感なおかげで、こうして受け身で生きていられるのかもしれませんね。
命を削る勇気…私にはとてもありません。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.01.23 20:47

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