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2010.01.16

「自分」とは…

↓わおっ!いきなりフロイトかよ。
20100117_131644 日は忙しかったなあ…。新しい中学校の一般入試と高校3年生のセンター試験とが重なりました。
 今年はセンター試験の問題がネット上で公開されるのが遅くなりましたので、国語の問題を解くのを明日にさせていただきます。この眠さでこの文は読めない…フロイトという文字が目に入るだけで無意識的に夢判断の態勢に入ってしまう(笑)。また、解いてみてからテキトーにレビュー書きます(面白かったら)。
 まあセンターの国語の問題を作る作成委員の先生方は大変でしょうね。文を選ぶだけでも大変です。お疲れさまです。ご自分で書けばいいのに。評論も小説も古文も漢文も(笑)。
 で、実際のところ私は自分で書きます。この前、推薦入試の時にも宣言しましたように、私はその「選文」の面倒を避けるためもあり、また、せっかくですので、受験生にもお土産を持って帰ってもらうという意味も含めて、問題の本文は自分で書きます。そして、ここにも公開いたします。
 今回の文は「自分」という題で書いてみました。やっぱり小学生にはちょっと難しいかな?では、どうぞ。実際には空欄やら傍線やらルビやら、そして問題(作文含む)がありますが、それらはカットして掲載します。では、どうぞ。

    自分

 あなたは自分とは何者だと思っているでしょうか。
 「あなたは何者ですか?」と聞かれれば、「○○○○」と名前で答えることもできるでしょう。
 また、○○小学校六年○組○番と答えるかもしれません。あるいは、日本人だと答える人もいるでしょうし、男だとか女だとか、そういう答え方をする人もいるかもしれません。
 しかし、よく考えてみると、こういう答は、自分で考え出したものではないことに気づきます。名前もたいがい親がつけてくれたものですし、小学校も自分で決めたわけではないでしょう。クラスや出席番号ももちろんです。日本人であることも、男であることも女であることも自分で決めたことではないはずです。
 そうすると、私たちが「自分」だと思っているものは、全く自分ではないということになってきます。他人の意思や世の中の勝手なルールによって、名づけられ分類されているに過ぎないとも考えられます。
 そして、そういうことが、年齢を重ねるごとにどんどん増えていく。毎日毎日、いろいろな「名づけ」や「分類」を、どんどん背負っていく。私たちは、こういうことを、「大人になる」とか「社会人になる」とか「一人前になる」とか言うようです。
 では、私たちは、昨日より今日、今日より明日と、どんどん「自分」ではなくなっていくのかというと、そんなことはありません。逆に、「自分」を「自分」だと思って疑わなくなってくるのではないでしょうか。
 あなたも、赤ん坊の時には、「自分」を「自分」だとは思わなかったことでしょう。自分の名前もよく分からなかったかもしれません。でも、今はどうでしょう。「自分」を「自分以外の誰か」だとは思いませんね。
 小学校に入ってからのことを考えてみましょうか。六年生になった今、一年生や二年生の時のことを思い出してみると、やっぱり今の方が、「自分」を意識して生活しているのではないでしょうか。
 私もそうでした。ちょっとはずかしい話ですが、私は幼いころ、自分を宇宙人だと思っていました。今こうして○○家の息子として日本で生活しているけれど、それは仮の姿で、本当は地球を救うために違う星からやって来たのだと、本気で信じていました。たぶん、テレビのヒーロー物の影響でしょうね。
 しかし、小学校も高学年になると、そんなばかなことを考えるのはやめて、人から見た「自分」、人が名づけて分類した「自分」こそが、本当の「自分」であるということにしてしまいました。そういう意識はなかったとしても、結果としてそういうふうに変わっていきました。
 私もその時、「大人になる」ことを選んだのでしょう。もちろん、それで良かったと思いますし、周りの人たちもおそらくそういう道を選ぶのでしょうから、後悔したり反省したりする必要はありません。しかし、そうやって「自分」が作られていったと思うと、案外面白いものです。
 「自分」が他人によってどんどん作られていく。そうして、自分でも、そんな「自分」にどこか安心を得たり、自信を持ったりする。考えてみれば不思議なことですね。
 でも、私たちは本当にそれで満足しているのかというと、実はちょっと違ったりします。
 皆さんも、親や先生の言いなりになるのがいやな時がありませんか? 私にはたくさんありました。いやなのだけれども、じゃあ全部自分で「自分」を作れるのかというか、そんなことはない。そんな矛盾に苦しんで、暴れたくなった時もありました。まあ、暴れたところで、「自分」は全然生まれそうになかったのですが。
 人に決めてもらう「自分」の居心地の良さと悪さ。たしかに両方ありました。どのようにそのつじつまを合わせていくのか。これが、中学時代の難しさであるとも言えますね。
 そして、それは難しいからこそ面白い、やりがいのあることだったりします。ゲームなどもそうでしょう。簡単すぎるとつまらない。でも、最初は無理だと思っていたことをクリアしていく喜びと達成感は、何ものにも代え難いものですね。
 これから、皆さんは、そうやって「自分」という難しいものとつきあっていかなければなりません。そして、おおかた「自分」は他者によって作られているわけですから、「自分」とつきあうということは、「他者」や「社会」とつきあうということでもあります。また、逆の立場になって、他人の「自分」を作っていくこともますます増えるでしょう。それはそれで責任重大かもしれません。「あいつは○○なやつだ」などと、簡単に言えないのかもしれません。
 ただ、これらの困難は、私たちが生きているかぎりどうにも避けられそうにありません。皆さんはいよいよ、そうした困難なステージに主役として立つわけです。どうせなら、逃げることなく楽しみながらクリアしていきたいですね。みんなで協力しあって。
 そして、最後に大切なことを確認しておきましょう。ついつい忘れがちなことです。
 現代日本に生活する私たちは、「自分を自分だと思う自由」を手にしている。
 どうでしょう。あまりに当たり前すぎて、私たちはそのことを忘れてしまっているではないでしょうか。
 その大切なことを思い出すのに、わざわざ世界史や日本史を振り返るまでもありません。今の世界をしっかり見回してみるだけで、これが保障されていないところがけっこうあることに気づくことができるでしょう。
 私たちが「自分」とつきあっていく原点は、実はこんなことに気づくところにあるのかもしれません。

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コメント

前略    薀恥庵御亭主 様

「プリントアウト」して保存
しました。名文です。

愚僧など・・・「極楽」は
「M78星雲」にあると・・・
今でも信じております。笑

何といっても「光の国」です。

シュワッチおじさん    拝  

投稿: 合唱おじさん | 2010.01.17 20:54

シュワッチおじさんさま、いつもありがとうございます。
そうそう、ウルトラマンって極楽から来迎した阿弥陀さまですよね。
お顔もそんな感じですし(特にエース?)。
ありがたや、ありがたや。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2010.01.18 06:40

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