中原中也 『我が生活』
フジファブリックの志村正彦くんは、よく中原中也に似ていると言われていました。
私も初めて間近でお会いした時、あの恐ろしいほどに深い瞳に、思わず「中原中也だ」と思ってしまいました。
ただ写真でよく見る中原中也の目に形が似ているとか、そういうことではありません。
太宰治も「雪の夜の話」で「人間の眼玉は、風景をたくわえる事が出来る」と書いています。
二人の眼玉には、同じように、私たちには見えない日常の何かがたくさん詰まっているような気がしたのです。
志村くんの目は、まるで仔鹿の瞳のようにまんまるく、そしてかすかに震えているように感じました。その何かはとても繊細で壊れやすく、今にもこぼれ落ちそう。いや、実はその直前、彼の瞳にたくわえられていた風景は涙となってこぼれ落ちていたのです。
志村くんの著書『東京、音楽、ロックンロール』に「…僕も"茜色の夕日"のところで泣いてしまいしたけど、僕が泣くのは一生であの一回だけです」とある、あの市民会館ライヴの涙です。
彼が見てきたいろいろな風景があの涙に凝縮していたのでしょうね。美しい涙でした。
私には、中原中也のあの目も、かすかに震えているように感じられます。彼もまた、とんでもなく繊細な感性を持ち合わせ、そして、我が身と命を削って詩(歌)を書き続けました。
残念なことに、結果として二人はほぼ同じ年齢で天に召されてしまいました。しかし、実はそれ以前に不思議な共通点があったのでした。御存知ない方が多いかと思いますので、ここで紹介いたします。
それは「高円寺」です。
志村くんが上京してしばらく住んでいたのが高円寺でした。彼の音楽の原点の一つです。彼は高円寺で様々な人々と出会い、メジャーデビューのきっかけをつかみます。先日、私もたまたま隣に座らせていただいた、あの氣志團の面々と出会ったのも、東高円寺の「ロサンゼルスクラブ」です。
中原中也も上京してすぐ、高円寺に住んでいます。志村くんも路上ライヴをやったという南口の近く、ルック商店街の辺りだと思われます。
志村くんも中也も18歳であそこに立っていたわけですね。
高円寺での中也は、いきなりあまりに厳しい「東京の洗礼」に襲われました。かの有名な事件ですね。親友というか、尊敬していた先輩である小林秀雄に、当時同棲していた長谷川泰子を奪い取られます。5歳年上のエリート(なにしろ、あの小林秀雄ですから)に、あまりにあっさり恋人を取られてしまうのですね。その時、泰子が小林の所に「引っ越す」のを、中也が手伝った話は有名です。
今日はそのことをつづった中也本人の文章を読んでいただきましょう。
それこそ、身を削り、命を削り、自らの恥や情けない部分をさらけ出して表現し続けなければならない「芸術家」としての苦しみが伝わってくる文章です。中也というと、もちろん「詩」が有名ですが、こうした散文にも、独特の「歌」があるので、私は好きです。
きっと志村くんも、この中也の気持ちが痛いほどわかるのではないでしょうか。同じ表現者として…。私はそこまでではないけれども、「男」としての共感は充分にあります。
繊細であることは、すなわち強いということでもあるのですね。よく言われる、太宰に対しての形容「弱さを持ち続ける強さ」とはそういうことなのでしょうか。
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コメント
初めまして
私も、志村くんが天に召された2日後に、こちらのブログを拝見させて頂きました。
読むにつれ…
やはり現実なんだなぁ…
と…
でもきっと、皆の悲しい顔は、志村くんは喜びませんよね?
先生のブログを読む度に、志村くんの色々な顔が見られる気がします。
何だか楽しくて、一人顔をニヤつかせてしまいました(^-^)
端から見たら、気持ち悪いでしょうね(^-^;
子供の手が離れたら、一人でフジファブリックを聴きながら
《ぶらり志村の旅》
と称して、旅行したいですねぇ…
足跡をたどるみたいな(笑)
投稿: あらけい | 2010.01.01 00:12
庵主さん、優しいお言葉ありがとうございます。
先日は本当に失礼いたしました。庵主さんのお話を読み、書き込むことですくわれた思いでいます。
こんな時には、一人のファンの存在の小ささを実感します。
志村くんを映像や写真で見ると、志村くんはメンバーたちと一緒にいても、いつも一人孤独をまとっているように見えました。彼の瞳は、具象を見ているようでもっと遠くを見ているようでした。
昨年末のフェスで、たくさんのミュージシャンがフジの曲をカバーし、あなたにメッセージを送っていました。
あなたは高いところから見ていたのでしょうか。
あなたを愛する人達が、あなたの周りにたくさんいるのを。
そして、もっとたくさんの人達が、あなたが残した曲たちを愛しているのを。
新年の北国の空は雪を降らせています。この空は富士吉田の空とつながっています。志村くんの魂が安らかでありますように、空を見上げて願います。
また長くなってしまいすみません。
庵主さん、ご家族のみなさんにとってよい一年でありますよう、お祈り申しあげます。
投稿: おのみか | 2010.01.01 09:01
なんとなくなのですが、もしかすると、志村さんは中原中也さんの生まれ変わりだったかもしれませんね。
純粋な心の中に兼ね備える、元来ならば、この世に生を受けた者が感じないといけない現実社会への虚無感や悪の存在、孤独、そういう心を感じている本質が似ているような気がします。
志村さんの歌詞をずっと読んでいくうちに、なんともいえない寂しさや、計り知れない虚無感を感じることが多々あります。
しかも、全て、天と繋がっていらっしゃる。
私は、志村さんの歌詞から、なんともいえない不思議な力を感じました。
元々、中原中也さんもダダイズムに対する事を詩にまとめていらっしゃった。そして、なにより、そういう負と思われる虚無感や孤独などを、ただ、自分が感じたままに、ありのままに詩に綴っていらっしゃった。
志村さんは、元来ならば人間が感じる恐怖や孤独を感じたままに、詩にされていらっしゃった。
「快楽」「偽善」「マスコミ」「メディア」等の情報や虚偽の世界に溺れている人が多いこの現代社会に、
純粋さや、ありのままの
元来ならば、人間が生まれたままの姿で感じなければいけない気持ちを素直に表現されていらっしゃってる事を感じ取ることが出来ました。
そして、そういう虚無感、孤独等の感情から見えるものは「光」なんだということを。
事実を受け入れて、光の方向へ進もう!という力強くて真っ直ぐなメッセージを音楽という形で、みんなに伝えていた。すごく透明で、清らかで、自然の道理のまま生きてきた現実が見えます。
二人はそういう本質がすごく似ていると思います。
なので、大きなギフトを志村さんは残してくださったと感謝しております。
事実、私は、志村さんが書かれた詩や音楽に触れて、ありのままの生まれたままの姿の心を取り戻せたのですから。
今回生まれてきた使命を真っ直ぐに全うされた志村さんに、
私は自分の生きる目的を教えていただいたような気がします。
志村さんありがとう。
そして、こちらへ導いてくださったことにも感謝したいです。
天の力は偉大ですね。
未来派明るいような気がします。
全ては繋がってるから・・・。
投稿: 里沙 | 2010.01.06 14:05