『太宰治“人間失格”裁判』 (NHKハイビジョン特集)
午前中、八ケ岳中央高原教会において行われた待降節第三主日音楽礼拝に、奏楽隊の一人として参加いたしました。
バッハのカンタータ61番「来れ、異教徒の救い主よ」やクリスマスオラトリオのアリアを中心に、賛美歌や説教を交えながらの演奏。今までも何回か教会でカンタータを演奏してきましたが、このような本来の形、すなわち日曜礼拝における全体の流れの中での有機的なカンタータ体験、というのは初めてでした。
そんな体験をして初めて知る「音楽」の価値、キリスト教の世界観、純粋な信仰の美しさ。もちろん、「異教徒」としてはこれもまた皮相的な体験にすぎないのでしょうが、しかし、私にとっては非常に貴重な経験でありました。言葉にするのは難しいのですが、やっぱり「現場」で感じる「何か」というのはあるものです。
そんな感動をよそに、自宅に帰ればまた、いつもの俗っぽくて理屈っぽい私が発動します。
あれだけ、「罪」とか「懺悔」とか言われますと、なんだか本当に自分が「悪人」のような気がしてきますね(笑)。性悪説とも言えなくもない。ああ、やっぱりキリスト教って「悪人正機」なんだな。
全体に「弱き者」「不幸なる者」への愛あらんことを祈る機会が多かったのですが、私の専門分野から、ある意味意地悪な見方をすると、それら人間の「罪」は皆なにごとかの「報い」であって、結局イエスもそうした因縁からの解脱を説いたのではないか…と。
悔い改めれば、誰しもが天の国で永遠の命を得ることができる。それは、まさに「一切衆生悉有仏性」であるということの、キリスト教的レトリックであるのかもしれません。
当時のイエスが仏教…というか、釈迦の教えを知っていたのはほぼ間違いないので(状況証拠しかありませんが)、彼はある意味で、龍樹らよりも本質的にその教えを理解し、より効果的な方法でそれを広めた人物と言えるかもしれません。
と、相変わらずそんなたわ言を語っている私ですが、その私の前に、これまた天才的に「悪人正機」を現代人に説いて回っている使徒、宣教者が現れました。
太宰治です。
昨日放送されたNHKハイビジョン特集「太宰治“人間失格”裁判」の録画を観ました。
これは実に面白かった。まず企画段階で秀逸。太宰の「人間失格」の本文をもとに、主人公である大庭葉蔵が本当に「人間失格」であるのか、それとも「人間失格ではない(合格)」のかを裁くというものです。
本文の引用である被告人や証人の発言、そしてそれに対する検察、弁護人の見解も面白い。そして、何と言っても、裁判員たちの喧々諤々が実に勉強になりました。
もともと、この小説に対する賛否や解釈は、大きく二派に分かれると思うんですよ。それを、それぞれかなり太宰に思い入れのある裁判員たち(猪瀬直樹, 小倉千加子, 木村綾子, 中村うさぎ, 枡野浩一, 森 達也)…そういう意味ではリアルな選ばれ方じゃないですね…が、それぞれの意見を戦わせるわけです。
事実そこが一番面白かったし、本当に目からウロコでしたね。ああいう面々をあれだけ悩ませ、あれだけ語らせてしまう太宰というのは、本当に「罪なヤツ」であります。
で、結局裁判長小林恭二が下した判決は…ナイショです(笑)。皆さんはどのように判決を下されますか?
ちなみに、私はもう最初から決定ですよ。こちらに書いた通りです。タイトルが正しい。大庭葉蔵=太宰治は、「人間失格」して「神」になったのです。まさに悪人正機。ああしてバイブルに匹敵するテキストを残して、そうして懺悔して、永遠の命を得ました。
最後の審判、それはすなわち、「今」彼が救われるかという裁判です。「最後の」というのは、それもまたキリスト教的なレトリックであります。神も仏も、みんな根は優しい。だから、もっともっと待ってくれます。あの太宰でさえ許されて神になったのですから、私(たち)も安心です。
人間合格している内は救われませんね。私も早く人間失格しないと(笑)。
あっそうそう、最後に言いたいこと言わないと。
今回バッハを弾いて聴いての「最後の審判」。
この前の「誰がヴァイオリンを殺したか」裁判です。
(大)バッハを、ヴァイオリン殺人事件の主犯として有罪と認めます。
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