« 志村正彦くん…追記 | トップページ | 天に帰った才能とは…志村正彦くんに学ぶ »

2009.12.27

ありがとう志村正彦くん

Pic05_01 今日、フジファブリックの志村くんと最後の対面をしてきました。
 ものすごく美しく、そして澄みきったお顔をしていました。
 私はあまりに切なすぎて、思わず慟哭してしまいましたが、彼はとても安らかな表情で私を慰めてくれました。そんな気がしました。
 彼が旅立ってしまうことは、日本の音楽界、世界の音楽界にとって本当に損失です。
 彼の音楽と言葉は、まさに唯一無二、不二な存在でした。
 しかし、彼はこの世に何十曲もの宝物を残してくれました。
 まずはそれを感謝したいと思います。
 また、不二という意味では、彼は私自身であったとも言えます。
 こんな言い方はおこがましいとは思いますが、45歳、音楽歴30年以上の私の理想を実現してくれていたのが、彼だったのです。
 馬鹿を承知で、今日は言わせて下さい。
 私に、もし才能があったら、絶対に彼のような音楽をやっていたはずです。
 そして、彼のような詩を書いたでしょう。
 今日、それを再確認しました。
 だから、とっても悲しいし、悔しい。
 けれども、本来夢にすらならなかったことを、彼がこの世で実現してくれたのですから、やはり、心から感謝しなければならないのです。
 ある意味、皆さんそうなのでしょう。
 その人や音楽や言葉が好きだということは、自分にできない自分の理想をそこに見ているに違いありません。
 何万人ものその夢と理想を背負って頑張った志村くんに、心からお礼とねぎらいの気持ちを贈りたいと思います。
 彼の寝顔には、この世のものとは思えない純粋な魂が宿っていたように感じました。
 それは私の家族全員が感じたことです。
 斎場に向かう車中、小学校1年と4年の娘と家内が泣きながら歌っていた曲です。
 私たち家族にとって、フジファブリックとは、志村くんとは、まさに「心の歌い手」でした。

花屋の娘

陽炎

茜色の夕日

 ビートルズ、バッハ、キース・ジャレット…いろいろな音楽を体験してきて、そして行き着いたのが、志村くんの「日本の歌」「吉田の歌」だったのです。
 ありがとう、志村正彦くん。私は君の曲を一生聴き続けます。

不二草紙に戻る

|

« 志村正彦くん…追記 | トップページ | 天に帰った才能とは…志村正彦くんに学ぶ »

音楽」カテゴリの記事

コメント

先日の広島人です。

そうですか。旅立たれたんですね。

もうこの世に志村正彦はいないのですね。

三日前には全く無かった実感が少しずつ湧いてきました。

でもきれいなお顔だったということで、本当に安心しました。蘊恥庵庵主さん、ありがとうございます。

同じバンドマンのはしくれとして(下手なベーシストですが。。。)、心から彼を尊敬しています。

そしてこれからもずっと。

私事ですが、明日私は志村正彦と並んでただ一人、同じくらい尊敬しているアーティストである吉井和哉の武道館ライブに行ってきます。

私の中でこの二人は何か重なるものがあるのです。

だから志村正彦の魂もきっと見に来る筈だと思います。

きっと。

投稿: 社会人一年生 | 2009.12.28 00:28

夜分に失礼します。

茜色の夕日、富士吉田ライブの日記にコメントした いのえ です。
いつも定期的にブログを拝見させて頂いています。


ここ二日、悲しみに暮れて何度も泣きました。

志村さんとは一度もお話したこともないのに、身内が亡くなったようです。
心にぽっかりと穴が開いています。もう居ないんだ、と思い出しては涙が出てきてしまいます…
それだけ私の生活の大半をフジファブリックが、志村さんが占めてたんだな、と今更ながら実感しました。

前の日記の「天才」の解釈、泣いてしまいました。
才能を世に出してくれた志村さんにも、素晴らしい言葉を綴ってくれる庵主さんにも感謝の気持ちでいっぱいです。

また、綺麗なお顔だったと聞いて安心しました。ありがとうございます。
明日(今日)には本当に、本当にお別れしてしまうのですね。
信じられません…

なにもできないけれど、明日(今日)12時に兵庫県から富士吉田に向かって黙祷します。
たくさんの素晴らしい曲をこの世に生んでくれてありがとう、と伝えたいです。

私も富士吉田の音楽、一生聴き続けます。


長々と失礼しました。
ありがとうございました。


追伸

「東京、音楽、ロックンロール」のあとがきの文章と次のページの後ろ姿が、とても辛いです…
もう振り向いてはくれないんですね…

投稿: いのえ | 2009.12.28 04:46

「ものすごく美しく、そして澄みきったお顔」ときいて、
ほっとしたのと、悲しい気持ちとが入り交じってます。
私は直接お分かれ出来ないけれど、
これから、時間をかけて現実を受け止めて行きたいと思います。
ありがとうございました。

投稿: ikuko | 2009.12.28 08:16

昨日、お通夜へ行って来ました。
飾られた花輪はそうそうたるミュージシャンのお名前ばかりで、志村さんの音楽のすばらしさと、そしてそんな人のファンでいられた喜び、同じ地元という誇らしさを改めて感じました。
斎場で流れた「茜色の夕日」は一生忘れないと思います。
志村さんが天国で歌っているであろう新しい音楽を、この世で聴きたかったなー。とっても寂しいです。
志村さんほんとにありがとう。。

投稿: ユキ | 2009.12.28 09:22

こんばんわ。里沙と申します。
そして、はじめまして。
ふと、志村さんの事をネットで色々と検索していたら、こちらにたどり着きました。
志村さんの事は、「茜色の夕日」と民生さんをリスペクトしているということは知っていたのですが、深くは知りませんでした。

実は、元々志村さんの大好きな音楽を始めるきっかけを与えてくれた奥田民生さんの大FANで、、先日、志村さんの訃報が流れた25日の日に、民生さんが出演されていた生放送を見ていました。民生さんが出演する時間の前に訃報は知りました。知った瞬間に息が詰まる思いになり、民生さんの状況が気になりました・・・。

そそて、生放送に出演されました。
そして・・・その時の民生さんは・・・明らかにいつもの民生さんと違いました・・・。
表情が硬くて重い雰囲気。心ここにあらずでした。

理由は・・・わかりました。

そして、丁度志村さんの葬儀の日に出演されたカウントダウンジャパンでは、「茜色の夕日」を声を詰まらせながら歌われたそうです。

その事実を知った時に、嗚咽して泣いてしまいました。民生さんの気持ちがわかったのです。私に憑依した感覚でした。民生さんから何とも言えない無念さを感じました。志村さんの事をすごく愛していらっしゃったんですね。。。そのことを深く感じました。民生さんはFANの前で、人の前で涙を流すような人ではありません。それは民生さんのFANがよく知っていることです。今まで一度も、そんな民生さんをみたことはありませんでした。なので・・・その場にいた民生さんのFANは戸惑いが大きかったと思います。

そのレポ映像を見たときに何とも言えない胸の痛みを感じました。

そして、見ました・・・。民生さんの隣で民生さんの歌う「茜色の夕日」を聴いていた志村さんを・・・。

私は、民生さんを通して、今更ながらですが、志村さんの事をフジファブリックの曲を知っていってるのですが・・・。知っていくうちに、色んな事に気付きました。

彼は、この世の使命を全うしたんだと・・・。
そして、音楽という形で、この世に愛を残してくれたということ。

私は、素敵な音楽を残してくれた、そして、フジファブリックの音楽に出会わせてくれたことに、志村さんに感謝しています。

深い愛がたくさんの力を与えてくれた。
そして、大好きだった民生さんに深く愛さえていた。今までも、今からもずっと愛され続ける。
そのことをすごく感じました。
そして、いまからも色んな人に愛される。
そして、実際、まだ生き続けていると確信しています。
肉体はないけれど、
魂は生き続けている。

志村さんは、志村さんを愛していた方たち、そして、志村さんが愛していた方たちのそばで生き続けると思います。

その不思議な力を宇宙から感じます。

その愛の深さは、すごく大きくて計り知れない深いものだと感じております。
だから、富士山が見える富士吉田で生を受けたのでしょうね。

庵主さんのブログに辿り着いたのも何かのご縁だと確信しています。

そして、私が辿った、志村さんへつながることをお伝えしたいと感じました。なので、ありのままの文章で綴らせていただきました。

私はこれからのFANですが、志村さんの残してくれた音楽を愛していこうと思います。

きっと2010年も志村さんは私たちFANに何かを与えてくれると確信しております!
未来へつながる何かを。

長い文章を読んでくださってありがとうございました。

投稿: 里沙 | 2010.01.01 03:00

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55913/47131983

この記事へのトラックバック一覧です: ありがとう志村正彦くん:

« 志村正彦くん…追記 | トップページ | 天に帰った才能とは…志村正彦くんに学ぶ »