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2009.12.31

レミオロメン 祝!紅白初出場

20100101_95827 めでとう!また一つ夢が実現しましたね。
 地元山梨の雄として、長いこと応援してきましたレミオロメンが、とうとう歌手としての夢の舞台「紅白」に立ちました。
 あえて先に書いておきますが、同じく地元として応援してきたフジファブリックの志村くんがクリスマスイヴに亡くなってしまい、私としてはなんとも言えない年末となってしまいました。レミオロメンの3人も志村くんとほぼ同い年ですから、ますます複雑な心境になってしまいます。
 しかし、レミオロメンの快挙については、純粋にお慶び申し上げましょう!
 地元旧御坂町では、のぼりが立ち並び、懸垂幕が下がり、大型スクリーンでパブリック・ビューイングが行われ、お祭りムード満点となっておりました。
 さあ、本番、どうだったでしょうか。演奏するのが「粉雪」と決まって、ますます、我々ファンの緊張感は高まりましたよね(笑)。
 御存知のように、あのサビの「こな〜」の「な」の音程が難しいんですよ。あれは非和声音ですからね。この曲が他のどんな曲とも似ていず、そしてカラオケで歌いにくいのは、そういう理由があるんです。実はAメロの入りも和声の中にない音です。つまり不協和音が美しくユニークなのです。そこが藤巻くんの作曲のオリジナリティーを生んでいるんです。
 というわけで、本人もよくライヴではずすので(笑)、この大舞台での緊張感の中、大丈夫かなあ…と、まあファンはみんな親心というか母性本能をかき立てられてしまうんですね(笑)。
 いやあ、私、車を運転しながら聴いたんですけど、あまりの緊張感にハンドルを持つ手が震えましたよ。
 さあ結果はどうだったでしょうか。
 結論…セーフ!そこはほぼ完璧にこなしました。
 えっと、いちおう歌謡曲バンドのリーダーをやっている者としまして解説いたしますと、藤巻くん、ある意味安全策をとったと言えますかね。「こな〜」の「な」の音程をいきなり取るのではなく、下からずり上げて取っていました。これは歌手がよくやる技法です。装飾音(前打音)からポルタメントさせて、瞬間的に正しい音程を探すのです。
 で、最初の「こな〜」はそうやって、次の「ふた〜」の「た」はストレートにぶつけて大当たりしました。当て所というのは、一度体が覚えると大丈夫なんですよね。楽器でもよくあることです。
 …と、音程は見事でしたが、やっちゃいましたね、歌詞(笑)。
 ちょうど上の画像のところですけど、「同じララライ」って(笑)。いやあ、そういうところがカワイイのですね。ますます、ファンの皆さん、母性くすぐられたんじゃないでしょうか。
 まあ、歴代の名歌手たちも、紅白ではいろいろやらかしてますからね。たとえば自分が(ありえませんが)この舞台に立ったら、もうオシッコちびっちゃいますよね、絶対。
 藤巻くんも堂々としていましたし、前田くんも、神宮司くんも、気持ちよさそうに演奏していました。感慨深かったのでしょうね。
 サポートの皆川さんと河口さんは、もしかして紅白初めてじゃないとか?どうでしょうか。いろんなところでサポートされてますからね。今度聞いてみましょう。
 というわけで、ちょっとしたアクシデントもありましたが、それもご愛嬌程度、いい語り草になるレベルであって、全体としては実に堂々としたステージでありました。
 3月3日にニューアルバム「花鳥風月」がリリースされると発表もあり、また全県ホールツアーが行われるとの発表もされました。山梨県民文化ホールは全4回かあ!どこかで行かせていただきます。
 ホントいろいろおめでとう!レミオロメン!
 最後にあえてもう一度書かせて下さい。御坂峠をはさんで対照的な年末になってしまいましたが、しかし、こうして山梨の若者たちが日本の「歌」を作り続け、歌い続けてくれることに、心から感謝します。きっと志村くんも、レミオロメンの活躍を天国から喜んでくれていると思います。

Amazon 花鳥風月

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2009.12.30

中原中也 『我が生活』

Image

 ジファブリックの志村正彦くんは、よく中原中也に似ていると言われていました。
 私も初めて間近でお会いした時、あの恐ろしいほどに深い瞳に、思わず「中原中也だ」と思ってしまいました。
 ただ写真でよく見る中原中也の目に形が似ているとか、そういうことではありません。
 太宰治も「雪の夜の話」で「人間の眼玉は、風景をたくわえる事が出来る」と書いています。
 二人の眼玉には、同じように、私たちには見えない日常の何かがたくさん詰まっているような気がしたのです。
 志村くんの目は、まるで仔鹿の瞳のようにまんまるく、そしてかすかに震えているように感じました。その何かはとても繊細で壊れやすく、今にもこぼれ落ちそう。いや、実はその直前、彼の瞳にたくわえられていた風景は涙となってこぼれ落ちていたのです。
 志村くんの著書『東京、音楽、ロックンロール』に「…僕も"茜色の夕日"のところで泣いてしまいしたけど、僕が泣くのは一生であの一回だけです」とある、あの市民会館ライヴの涙です。
 彼が見てきたいろいろな風景があの涙に凝縮していたのでしょうね。美しい涙でした。
 私には、中原中也のあの目も、かすかに震えているように感じられます。彼もまた、とんでもなく繊細な感性を持ち合わせ、そして、我が身と命を削って詩(歌)を書き続けました。
 残念なことに、結果として二人はほぼ同じ年齢で天に召されてしまいました。しかし、実はそれ以前に不思議な共通点があったのでした。御存知ない方が多いかと思いますので、ここで紹介いたします。
 それは「高円寺」です。
 志村くんが上京してしばらく住んでいたのが高円寺でした。彼の音楽の原点の一つです。彼は高円寺で様々な人々と出会い、メジャーデビューのきっかけをつかみます。先日、私もたまたま隣に座らせていただいた、あの氣志團の面々と出会ったのも、東高円寺の「ロサンゼルスクラブ」です。
 中原中也も上京してすぐ、高円寺に住んでいます。志村くんも路上ライヴをやったという南口の近く、ルック商店街の辺りだと思われます。
 志村くんも中也も18歳であそこに立っていたわけですね。
 高円寺での中也は、いきなりあまりに厳しい「東京の洗礼」に襲われました。かの有名な事件ですね。親友というか、尊敬していた先輩である小林秀雄に、当時同棲していた長谷川泰子を奪い取られます。5歳年上のエリート(なにしろ、あの小林秀雄ですから)に、あまりにあっさり恋人を取られてしまうのですね。その時、泰子が小林の所に「引っ越す」のを、中也が手伝った話は有名です。
 今日はそのことをつづった中也本人の文章を読んでいただきましょう。
 それこそ、身を削り、命を削り、自らの恥や情けない部分をさらけ出して表現し続けなければならない「芸術家」としての苦しみが伝わってくる文章です。中也というと、もちろん「詩」が有名ですが、こうした散文にも、独特の「歌」があるので、私は好きです。
 きっと志村くんも、この中也の気持ちが痛いほどわかるのではないでしょうか。同じ表現者として…。私はそこまでではないけれども、「男」としての共感は充分にあります。
 繊細であることは、すなわち強いということでもあるのですね。よく言われる、太宰に対しての形容「弱さを持ち続ける強さ」とはそういうことなのでしょうか。

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2009.12.29

全員集合!!

Uni_3507 年の春卒業させたギャルたちがウチに全員集合して忘年会。
 このクラスはいちおう進学に特化したクラスでして、なんとこれで全員です。女9人。
 今は皆、それぞれの大学で勉強(?)の日々。久々に地元に帰ってきまして、集まろう!ということになりました。
 一人ダブってたヤツを除いて皆未成年ですので、お茶と牛乳で乾杯です。
 昨日までかなり落ち込んでいた私ですが、こうしてみんなの明るさとパワーに触れまして、だいぶ元気になりました。
 考えてみますと、この9人の中にも、志村くんに縁のある人がいるんですよね。何人かはフジファブリックをよく聴くファンですし、一人は私と一緒に告別式に参列させていただきました。
 お母さんが正彦くんの保育園時代の先生という子もいますし、あの市民会館ライヴの日、月江寺駅に堂々と張られた「夢よ叶え!聴かせておくれよフジファブリック!」「富士山から世界へ響け!フジファブリック!」の横断幕を作った駅長さんの娘っこもいます。ちなみに一人が途中メールしていた先輩のお父さんは、正彦くんが中学の野球部時代の顧問の先生です。
 いくら地元とは言え、不思議ですね…。
 さて、この忘年会、みんなの話の結論はとんでもないことになってました。
 「みんな大学やめよう!」
 えぇぇぇぇ!?何言ってるんだよ。せっかくみんな難関大学に入って充実した大学生活送ってるのに…と思ったら、こういうことらしい。
 「高校時代が楽しすぎた。もう一回受験勉強してもいいから、あの日々を送りたい!」「この9人でずっと一緒にいたい!楽しすぎる!」「これを超えるメンバーは考えられない!」
 うむ、たしかにこいつら、日本一お気楽で明るい受験生だったとは思いますが…そこまで…。私なんか、絶対あの高校生活もう一回なんてイヤですよ。
 でも、これってとんでもなく幸せなことですよね。うらやましいかぎりです。
 さすがにもう一度高校生というのは無理だと悟ったのか、今度は「なんで、全員で同じ大学受けなかったのかな!?全員東大受ければ良かったね!」って、まじめに後悔しています(笑)。おいおい、どこまで仲いいんだ…。てか、東大かよ(笑)。
 さらに、それも無理だったと悟ると、「じゃあ、会社作っちゃうか!みんなそこで働けばいいじゃん!」「そうだ!」と真剣に考え始めます。楽しいですね。その時は私は社長として…いや、掃除夫として雇ってもらいましょう(笑)。
 途中からは1年生の時の副担任の先生も交えて、ますます盛り上がり、しまいには迎えに来たある生徒の御両親も巻き込んで、ウチのお節料理のいもきんとんを作り始めるという、ワケわからん状況になりました。
 まったくありがたいことですね。つくづく幸せな仕事をさせてもらっていると思います。
 来年からは中学校を担当することになりそうですから、もしかすると、このギャルたちが私の最後の担任クラスになるかもしれません。こういう超元気で明るく楽しいクラスに関われた(ほとんど私は何もやってない…と自他共に認めていますが)ことは、とってもラッキーだったと思います。
 みんなありがと。

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2009.12.28

天に帰った才能とは…志村正彦くんに学ぶ

Img_0191 起きると、富士北麓ではこの季節珍しい涙雨。
 音もなく柔らかく大地に降り注ぎます。
 しばらくすると、雨はやみ、陽が差してきました。
 大地の潤いは絹のような無数の湯気となって、天に帰っていきます。
 こうして、全てのものは循環しているのですね。

 昨日、最後の対面と書きましたが、今日、本当に本当に最後にもう一度だけ、志村正彦くんに会うことができました。
 あいかわらず美しいそのお顔のすぐ脇に、花を手向けました。

 メンバーやご友人、そしてお父様のお言葉から、志村くんの人間性、才能、そして魅力を存分に感じ取ることができました。
 それらは繰り返すこともはばかられるような、美しい言葉たちでした。
 もちろん、その美しさの分だけ、悲しみも悔しさも寂しさも大きく強くなるのですが…。

Img_0193 先ほど、志村くんは本当に天に昇っていきました。
 どうにもならない空虚感、欠落感…。
 雲に覆われた富士山をぼんやり眺めていると、徐々に雲間から何本もの光条が差し始めました。
 そして、突然、太陽が姿を現したのです。
 どんより暗かった大地に明るく暖かい太陽の光が降り注ぎます。
 気づくと、そこにはまた絹のような湯気が立ち昇っていました。
 ああ、志村くんも富士山から天に昇っていったな、と思いました。
 ありがとう、さようなら。

 先日、天才とは「天に才能を返す」者であると書きました。
 彼の才能とは、我々が気づかない、日常に埋没した「大切なモノ」を拾い上げて、私たちに見せて、聴かせてくれることでした。
 そんな彼がこの地上からいなくなって、残された私たちはどういうふうに生きていけばいいのか、正直不安だったのですが、この富士山と雲と太陽と木々と鳥たちを見ていたら、何かふと安心したような気がしたのです。
 彼が見つけて提示してくれなくとも、その「大切なモノ」は確かにこの世に存在するのです。
 日常の営みの中に、私たちの言葉の中に、自分たちの経験の中に、それらはいつでもあるのです。
 何も不安に思うことはないじゃないか。
 
 私たちはいつも受け身だったのです。
 待っているばかりだったのです。
 志村くんを始めとする天才たちに甘えて、ただただ彼らの才能…それは彼らの、身を、命を削る大変な仕事の結果から逆算された「言葉(概念)」に過ぎないのですが…に頼って日々を送ってきたのです。

 私たちにそんな才能はないと、決めつけていてはいけないなとも思いました。
 別に特別なことをしろ、何万人もの人に感動を与えよ、と言っているのではありません。
 まず、自分自身の不安や不満や不足を、日々の生き方の中で救い上げていくだけでいいんです。

 私は、この歳になって、この若者の命からそんなことを学ばせていただきました。
 それこそ、今まで見えていなかった大切なモノに気づかせてもらった。
 だから、やっぱり、ありがとうと言いたいのです。
 ただ、今まで感動をありがとう、ということではないのです。

 さようならを言わなければならないのも一つの事実です。
 しかし、私は彼にいつでも会えます。
 彼が残してくれた大切なモノを、日々自分が実践していけば、すなわち彼は私と一緒にいてくれるのです。

 昨夜も今日も、お父様、お母様に優しい言葉をかけていただきました。こんな時に、まるで逆の立場です。申し訳ないくらいです。この大変な時にも関わらず、私のこのブログを読んでくれていたそうです。本当にありがたいことです。皆さんのコメントもきっと、親族の皆さまに、そして正彦くんに伝わったことと思います。私自身も、ブログを続けていてよかった、と思いました。
 先日書いた、志村くんに頼みたかったこと、最後の夢とは、新しい中学の校歌や愛唱歌を作ってもらうことでした。あそこで少年、青年時代を送り、そして人一倍少年時代、青年時代に愛情を持っていた志村くんなら、きっと素晴らしい歌を作ってくれると思ったからです。
 今日、そのお話をお母様にしましたところ、なんとお母様自身はそれを知っていたとのこと。直接そのようなお話はしていなかったのですが、私の気持ちは伝わっていたのですね。ありがたいことだと思いました。ただ、私もお母様も、彼には伝えられず終わってしまいました。残念です。
 いや、先ほど書いたように、いつまでも彼に頼っていてはいけない。彼の才能…すなわち日々の生き様…は天に帰ってしまったのですから。これからは私なりに生徒たちと頑張っていかねばなりません。まずは、来春出会う中学生たちと、志村くんの音楽を聴き、志村くんの言葉を読み、そして自分たちの生き方を日々考えていこうと思います。頑張ります。
 
PS 7月の富士急、ぜひトリビュートという形で実現してもらいたいですね。いや、それこそ、自分でもできることは何でもやっていかなければ。ファンの皆さんもぜひ。

お詫び ここ数日の記事に多数のコメントありがとうございます。今回はこのような状況でしたので、記事をもってお返事とさせていただきます。申し訳ございません。

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2009.12.27

ありがとう志村正彦くん

Pic05_01 今日、フジファブリックの志村くんと最後の対面をしてきました。
 ものすごく美しく、そして澄みきったお顔をしていました。
 私はあまりに切なすぎて、思わず慟哭してしまいましたが、彼はとても安らかな表情で私を慰めてくれました。そんな気がしました。
 彼が旅立ってしまうことは、日本の音楽界、世界の音楽界にとって本当に損失です。
 彼の音楽と言葉は、まさに唯一無二、不二な存在でした。
 しかし、彼はこの世に何十曲もの宝物を残してくれました。
 まずはそれを感謝したいと思います。
 また、不二という意味では、彼は私自身であったとも言えます。
 こんな言い方はおこがましいとは思いますが、45歳、音楽歴30年以上の私の理想を実現してくれていたのが、彼だったのです。
 馬鹿を承知で、今日は言わせて下さい。
 私に、もし才能があったら、絶対に彼のような音楽をやっていたはずです。
 そして、彼のような詩を書いたでしょう。
 今日、それを再確認しました。
 だから、とっても悲しいし、悔しい。
 けれども、本来夢にすらならなかったことを、彼がこの世で実現してくれたのですから、やはり、心から感謝しなければならないのです。
 ある意味、皆さんそうなのでしょう。
 その人や音楽や言葉が好きだということは、自分にできない自分の理想をそこに見ているに違いありません。
 何万人ものその夢と理想を背負って頑張った志村くんに、心からお礼とねぎらいの気持ちを贈りたいと思います。
 彼の寝顔には、この世のものとは思えない純粋な魂が宿っていたように感じました。
 それは私の家族全員が感じたことです。
 斎場に向かう車中、小学校1年と4年の娘と家内が泣きながら歌っていた曲です。
 私たち家族にとって、フジファブリックとは、志村くんとは、まさに「心の歌い手」でした。

花屋の娘

陽炎

茜色の夕日

 ビートルズ、バッハ、キース・ジャレット…いろいろな音楽を体験してきて、そして行き着いたのが、志村くんの「日本の歌」「吉田の歌」だったのです。
 ありがとう、志村正彦くん。私は君の曲を一生聴き続けます。

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2009.12.26

志村正彦くん…追記

Img_0186 訃報から一夜明けて、富士北麓はまるでストックホルムのような雪景色です。
 残念ながら、訃報は夢ではありませんでした。

 皆さん、コメントありがとうございます。
 お互いに辛いけれども、彼の遺してくれた宝物を胸に頑張らねばなりませんね。

 志村くんは、私のいろいろな夢を実現してくれた人でした。
 それは音楽であり、文学であり…そしてこの土地を代表する人物としても。
 本当に残念なのは、私の最後の夢が叶わなかったことです。
 悔やまれてなりません。

 29歳…あまりに若すぎます。
 こうして才能を天に返すのが「天才」なのかもしれません。
 私たちはその一部をいただけただけでも、本当に感謝しなければならないのでしょう。
 あらためて御冥福をお祈りします。

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2009.12.25

志村正彦くん…

Ff080531_2 あまりに辛いクリスマスです。
 フジファブリックの志村正彦くんが、天に召されてしまいました。
 あなたに大切な頼みごとがあったんです。
 まさに明日、その話をしに御実家にうかがおうと思っていたのです。
 正直、信じられません。
 心が乱れて何がなんだかわかりません。
 辛すぎます。
 なんで。
 なんで…。
 信じたくない…冥福をお祈りするしかないのでしょうか。
 私より十何歳も若く、教え子のような存在でしたが、でも、あなたからは本当にいろいろなことを学びました。
 辛いけれど…やっぱり「ありがとう」と言わなければならないでしょう。
 本当にありがとう。
 私の人生を変えてくれた若者。
 あなたは本当に大切な人でした。

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2009.12.24

クリスマス・イヴ…母性>父性

↓プリューガーさん
20091225_83744 リスマス・イヴ。昨日は冒頭あのようなことを書きましたが、実際は貴き実践者としてのイエス様は尊敬申し上げていますから、当然お誕生日は祝わせていただきます。聖なる夜。
 今年のクリスマス・イヴは南甲府教会の聖夜音楽礼拝にて奏楽の奉仕。先日八ケ岳で演奏した「来れ異教徒の救い主よ」を改めて演奏いたしました。ピッチの関係で、楽しみにしていたプリューガーのパイプオルガンとの共演はなりませんでしたが、聖なる夜にこのような形で美しく幸福に満ちた信仰に触れたことは、本当に私にとっても祝福すべき体験でありました。皆様、お誘いいただきありがとうございました。
 やっぱりカンタータなどの宗教曲は、そういう「時」と「場」で演奏しなければ意味がありませんね。いや、意味がないとは言いきれないけれども、一般のホールでコンサートとして演奏するのとは、全然気持ちが違います。もちろん、家でCDなどを聴くのとも全く違う。
 礼拝の最後にヘンデルのメサイアより「ハレルヤ・コーラス」を演奏致しました。やっぱり名曲ですなあ。ヘンデルはうまい。ツボを押さえまくっていますよ。やっぱり聴いても弾いてもあれほど高揚する曲はそうそうないですよ。ああいう西洋音楽での構築された高揚感と、キリスト教的信仰の高まりとの関係には、大変興味がありますね。日本の祭の高揚感とは明らかに違う。音楽が宗教を生むのか。宗教が音楽を生むのか。王仁三郎は「芸術は宗教の母」と言っていましたね。
180pxraphael__madonna_dell_granduca というわけで、とても幸せな聖夜を過ごさせていただきましたが、帰宅しますと、我が家でも近所のお宅と合同でささやかなクリスマス・パーティーが催されておりました。女子ばかり集まっているぞ。男は私だけ。少し場違いな感じあり。
 キリスト教は「父性」の方向から語られることが多いのですが、実際は案外母性的な温かさが重要なような気がしますね。今日の礼拝でも強く感じました。処女懐胎が事実かどうかなんていうことは置いておいて(今日の説教を拝聴しながら、男たるワタクシは「おい!ヨセフよ!それでいいのか!?お前は草食系男子の走りなのか!?」などと思いましたが…笑)、やはり良き実践者イエスを生んだのは確かにマリアであり、肉体的にも魂的にもマリアの母性がなければ、イエスはイエスたりえなかったと思うのですね。
 それなのに…特にプロテスタントの一部教派によるマリア否定ともとれる言動には、異教徒の私からしても非常に違和感を抱きます。イスラム教でもマリアは聖人としてとらえられているのに。ま、いろいろ事情があるんでしょうね、神学的に(神学は言葉の解釈に過ぎませんからね)。
 そうそう、日本では、遠藤周作が「母なるもの」で語ったように、隠れキリシタンにおいては、厳格な父「でうす」よりも、包容力のある「さんたまりあ」の方が人気があったとのこと。
 たとえばバッハの音楽やヘンデルの音楽は、どちらかというと父性的ですね。ルターはややマリアを軽視していたようですし、当時のドイツキリスト教のあり方からして(詳しくは知りませんが)、どうしてもそういう傾向にならざるをえなかったのでしょうか。
 そう考えてきますと、いわゆる厳格な父という近代日本での「虚像」も、実は明治以降キリスト教の輸入によって生まれたものだったのかもしれないと思われてきますね。全然日本古来じゃなかったと。日本男児や大和撫子なんて嘘っぱち。やっぱり男は草食系、女は肉食系でしょ、本来(笑)。
 というわけで、家ではまさにチキンを食いまくる肉食系の女子たち(おばさん含む)のパワーにすっかり気圧され、小さくなっていたヨゼフ…ではなく、ワタクシでありました。
 まあ、こうして今年も平和にこの夜を迎えられたわけで、それだけでも神仏に感謝すべきことですよね。子どもたちが元気、いや、女が元気なのがこの世のためには一番いいのです。アーメン。

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2009.12.23

天龍・太宰・ジャズ・バスケ…

Phot1223_2 皇誕生日です。おめでとうございます。今年は御即位20年ということもあり、特にめでたいではありませんか。
 何度も書いてますが、なぜに日本人は異教の神の誕生日は祝うのに、天皇陛下の誕生日は祝わないのでしょうか!?私は昨夜(イヴ)は、しっかり日本酒呑んで御祝しましたよ(笑)。
 いやあ、飲みすぎた。しかし私はしっかり早起きしまして、6時半からのNHKホリデーインタビューを観ました。ミスター・プロレスこと天龍源一郎さんのインタビュー。これが朝から泣けた!!
 福井放送局、いい番組作ってくれました。いやあ、国家的祝日の朝に、公共放送から天龍のテーマ(サンダーストーム by 高中正義)がかかるなんて…。ハッスルや全日本プロレスの映像が流れるなんて…。もうそれだけでも感動の朝です。
 「故郷の人々に支えられている…」そう言って目に涙をためている59歳の現役プロレスラー。あの長い長い沈黙が、本当にいろいろなことを語ってくれました。素晴らしい編集でした。テレビというメディアで、これほど「沈黙」が多くを語ったのは久しぶりではないでしょうか。うん、もう一度「七勝八敗で生きよ」を読み直そう。ビル・ロビンソン先生と組んで大切なことに気づいたと言います。ああ、一度お会いして天龍さんの生の言葉を聞きたいなあ。
 さて、その感激を胸に、二日酔いの頭を抱えながら、私は散歩にでかけました。武蔵境の駐車場から、東に向かいます。向かった先には三鷹の街があります。
Img_0174 三鷹と言えば、太宰治ですね。禅林寺。去年の10月、とんでもないいたずらを仕掛けてきた太宰と、1年ぶりの再会です(笑)。今年は生誕100年。いつもより多くの花が供えてありました。
 いやはや、昨夜からの流れもあってか、太宰、いろいろ訴えかけてきましたよ。鳥肌立ちまくり。太宰も、こうして二日酔いで三鷹の街を何度歩いたことでしょう。考えてみると不思議な縁がありますね、太宰とは。
 来年度から私が勤めることになるであろう新設の中学校の校舎が建った場所は、「富嶽百景」「律子と貞子」「服装に就いて」に登場する旅館があった場所なんですよ。まさに「池のほとり」です。そこが自分の職場になろうとは…。
Img_0182 1年前のハプニングの舞台となった「三鷹市芸術文化センター」の地下で、ちょうど今日まで「三鷹市市制施行60周年プレイベント生誕100年記念写真展 太宰治の肖像」という展示をやっておりましたので、そちらも開館直後に観てきました。今まで見たことのない、貴重な写真がたくさんありましたね。意外に表情が豊かで健康的に見えました。でも、やっぱり年の割にふけて見えるかな。
 記念にパンフレットとマグカップを買ってきました。マグカップは、来年度職員室で使おうっと。うちわはおまけにいただきました。「季節外れですが…」…たしかに(笑)。
 さて、太宰の気配を連れたまま、私は三鷹の駅に向かいました。なんとも味のある街ですな。またゆっくり歩いてみよう。
Img_0178 次に向かったのは、赤坂です。先日浅草ジャズコンテストでグランプリを獲った我が校のジャズバンド部「ムーン・インレット・サウンズ・オーケストラ(MISO)」が、B♭というジャズ・バーで、日本大学のビッグバンド「Rhythm Society Orchestra」とジョイント・ライヴを行なうのです。先日の浅草には自分の演奏会のために行けなかったので、今回は絶対に行かねば。
 会場は満員。学校関係者だけでなく、一般のジャズ・ファンや報道関係の方々も大挙押し寄せました。本当に注目を浴びていますね。生徒たちも、そして私たち関係者も本当に幸せです。
 富士学苑高校も日大もそれぞれ、ジュニアとレギュラーに分かれての全4バンド。最後は共演。とっても楽しかった。大学生の演奏については、今までコンペティションやプロの講評がある場でしか聴いたことがなく、その時にはある意味私も厳しい言葉を使って批評をしてきたのですが、今回は純粋に楽しめました。これが本来だよなあ。やってる方も、聴いてる方も楽しいのが音楽、ビッグバンドの魅力ですからね。
 高校生は高校生なり、大学生は大学生なりに、それぞれの「若さ」…良い面、悪い面含めて…が出ていて面白かったとも言えます。ジャズに限らず、音楽に限らず、その世代なりの表現や課題があって、それでいいわけですね。特にジャズは、年齢とともに深めることができる(すなわち身体性の関わる部分が比較的少ない)ので、彼らの将来への期待でワクワクしました。若いっていいなあ…。だって、歳をとってどんどんいい方向に行くわけですから、未来に楽しみしかないじゃないですか。
 もちろん、私もまだまだ発展過程だと思っていますよ。なるべく長生きして、どんどん深めていきたいですねえ。最近、体の衰えが、プラスなこと、いいことだと思えるようになりました。若いと身体性が出しゃばりすぎるんで。
 さてさて、続きましては…今日はイベントがめじろ押し!…、ええと、代々木で行われているレスリングの天皇杯にも行きたかったんですよね。復帰した山本聖子と伊調馨の試合、観たかったなあ…。
Img_0179 でも、今日はそれ以上に重要な試合があったんです。それは、また教え子たちの活躍の舞台であります。我が校の女子バスケットボール部の全国大会(ウインター・カップ)の1回戦があったのです。場所は東京体育館…おっとその前に、医学部目指して浪人中の教え子に調査書を渡す仕事もあった。千駄ケ谷の駅で待ち合わせ。そして、彼女も連れて東京体育館へ。
 主力の日本代表選手が直前にケガをしてしまい出場できないという状況の中でしたが、よく頑張りました。なんとか1回戦を突破いたしました。バスケットボールというスポーツは、特に攻守の入れ替わりが激しく、また、休む間の少ない競技ですから、観ている方もハラハラドキドキ。ある意味、野球などとは違い、実力通りの結果が出やすい競技でもありますね。だから今日の対戦相手とは、実際に実力が拮抗していたということでしょう。
 あいつら、いつもは教室で明るく楽しく接している生徒たちなんですけど、こうして全国のコートの上に立っているのを観ると、本当に全くの別人に見えますね。偉いなあ。
 バスケットボールは、ある意味ジャズとは正反対で、身体性、身体能力の占める割合の非常に高いものです。スポーツの中でも、特にそういう傾向が強い。だからこそ、この若さ、この瞬間の輝きというのが美しさを伴うのでしょう。厳しい世界ですなあ…。
 さてさてさて、最後のイベント、プロレス観戦(SUPER J-CUP)…と行きたかったのですが、さすがに体力がなくなり、また時間的に当日券を買うこともできず、断念いたしました。いやあ、もう充分お腹いっぱいですよね。早朝からものすごく濃い時間を過ごさせていただきましたから。
 というわけで、武蔵境に戻り、車内でコンビニのお弁当を食べて、帰宅いたしました。ああ、疲れたけれど実に楽しい天皇誕生日でありました。さて、明日は仕事&教会で奉仕です。私も頑張ろっと。

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2009.12.22

NPC24H武蔵境南口パーキング

Img_0171 新が遅れました。東京にいました。本来なら後楽園ホールでプロレス(SUPER J-CUP)を観戦しているはずなのですが、よりよって中央道が大渋滞。なんでなんだ!?
 結局間に合わなくて orz でした。
 しかたないので(?)ヒマそうな教え子たちに連絡をとって飲み会に予定変更(笑)。結局、天皇誕生日イヴは夜中まで騒いでしまいました。美人たち(?)と一緒に南部美人を飲みすぎました。いかんいかん。しかし、あんきも美味かったなあ。
 で、今回もそうでしたが、最近東京に車で行く時によく使う駐車場(コインパーキング)がここです。ここで車中泊することも多い。今回もそのパターンでした。
 ここのいいところは、まず安いこと。24時間800円です。それも、続く24時間も800円で済むので、丸々二日置いても1600円。入庫後24時間経過すると、普通料金になる駐車場が多い中で、これはありがたい料金体系です。
 そして、JRの駅に近いこと。武蔵境駅まで歩いて5分くらいです。中央道の調布インターからも20分くらいですし、その道も渋滞することがないのでストレスがたまりません。
 さらに、近くに大きなイトーヨーカドーがあったり、コンビニがあったりしますので、いろいろな物資を調達したり、あるいはおトイレを借りたりするのにも便利です。まあそこそこ飲み屋さんもありますし(笑)。
 それから、駐車場自体が広いというのもいいですね。44台停められます。だいたい5割程度の入りなので、停められないということはない。そして、いわゆる平地自走式(フリップではなくゲート)というやつですから、駐車場内で移動できます。これって案外重要なんですよ。特に車中泊する時。
 車中泊の一番のポイントは駐車場内の駐車場所なんですよ。安眠のための場所とり。これにはいろいろコツがありますが、特に重要なのは照明との位置関係です。まぶしいと寝られませんから。で、案外いいのは、照明のすぐ下なんですね。灯台下暗し、です。
 で、今回みたいな冬の車中泊には、当然布団を持っていきます。それも全部一式。掛け布団だけなんてセコいことをすると、必ず後悔します。重要なのは敷き布団(あるいはそれに代わるもの)なんです。
 もともと私はうつぶせ寝派なので、ああいうシートの形状や材質ではかなり苦しいことになります。カミさんや娘たちみたいに、どこでもどういう体勢でも熟睡できればいいのですが、私は案外デリケートなのでそのへんはちゃんとしないとダメ。
 あと、これ最近気づいたんですけど、寝る方向ですね、これって、常識的に、フロントの方に足があって、後部に頭が行く向きで寝るのが普通だと思うじゃないですか。でも、私は反対なんですよ。頭が前。うつぶせ寝にはその方がずっといい。これは自分でも意外でした。なんとなく座った状態からリクライニングして、そのまま寝るという常識に縛られていたようです。
 ちなみに冬場の車中泊なんて寒くて大変だろうと思うでしょう。ところが、実は車中泊は、装備さえしっかりしていれば、冬が一番快適なんですよ。その他の季節は暑いことが多く、これはもう最悪です。一晩中エアコンつけてるわけにもいきませんからね。
 特に東京あたりの寒さなんて、富士山に比べればなんでもありませんからね。自宅の寝室の方がずっと寒い。
 というわけで、この駐車場に「富士山ナンバー」が停まっていたら中を覗いて見てください。私が泊まっているかもしれません。いやいや、冗談です。絶対に覗かないでください。

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2009.12.21

『CSR入門−「企業の社会的責任」とは何か』 岡本享二 (日本経済新聞社)

20091222_93505 かなか、分かりやすい、いい入門書でした。
 今日は特にこの本の内容には直接触れず、私なりの「労働倫理」について語りたいと思います。あしからず。
 「CSR…Corporate Social Responsibility」…学校なんぞに勤めていると、こういう最先端の知識に疎くなります。しかし一方で、この最先端はまた実に根源的な問題でもあります。いかに生きるか。いかに利他的になるのか。いかにエゴを捨てるか。
 学校なんぞに勤めているおかげで、そういう根源的なことをじっくり考えて、そしてじっくり生徒に伝えられるとも言えますね。「CSR」なんていうカッコイイ名称は知らずとも問題ないのかもしれません。
 ある意味学校は市場の外にあるのですね。私学と言えども、完全に市場経済に乗っかっているとは言えない。いや、公立と違って、そこに少し足をかけているからこそ、世の中の最先端と人間の根源的なところをバランス良く見ることができるのかもしれません。
 もし私が一般企業に勤めていたら、こんな悠長なことを考えているヒマはないでしょう。企業たるもの、まずは株主に最大の経済的恩恵をもたらさねばなりません。そのためにはある意味手段を選んでいるわけにはいきません。というか、それ以前に、消費者のニーズに応えるという目的を唱えなければならないかもしれませんし、いやいや、それより以前に、まず我が会社の存続、あるいは今いる従業員たちの生活の保障を第一義に考えねばならないかもしれません。
 そうした、いろいろな大義名分の段階というか、レベルというものが、我々の「労働倫理」を複雜なものにしています。「労働倫理」なんていう言葉はありませんよ。私が勝手に考えたものです。しかし、今、私の頭の中ではこの「労働倫理」が大きなテーマになっているんです。教育や宗教も絡んで。あとで少し説明しましょう。
 我々の「労働倫理」の集合が「企業倫理」です。いや、現状では「企業倫理」が先にあって、そこから演繹されたのが各自の「労働倫理」でしょうかね。そのベクトルの方向からして、どうも間違っているような気がするんですが…。
 「企業倫理」と言うと、コンプライアンス(法令遵守)が思い浮かびますが、実際はもっともっと広く深いものです。コンプライアンスなんていうのはほんの表層ですし、ある意味誰でもできることです。その気があれば。
 現状の資本主義市場経済においては、我々の労働のほとんどが「利己に対する利他」になっています。えっ?どういうこと?…そうですね、分かりやすく言うと、「自分の利益や快楽のことばかり考えている消費者のために、我々は物やサービスを生み出して与えている」ということです。
 腹が減った人に食べ物を与える。それもよりおいしいものを望むから、よりおいしいものを与える。歩くのが面倒な人に自動車を与える。より快適でカッコイイ車を与える。単純に言えばそんな感じです。
 すなわち、我々の本来「利他的」であるはずの「労働」が、消費者(購買者)の「利己」を助長しているのです。そして、「利己」は結果として「利他」と両立せず、主に自らが所属するグループ以外にその悪影響を及ぼすことになります。一番簡単に言えば、人間以外に害を及ぼす。すなわち環境破壊(自然破壊・資源の濫費)を生みます。
 そんなこと誰でも(子どもでも)分かることだと思いますが、しかし、現実には賢いはずの大人たちも、みんなその道を突っ走ってしまっている。そんな矛盾こそが、この経済システムの大きな欠陥です。つまり、このシステムは、我々の倫理の感覚を鈍らせてしまうのですね。あるいは麻痺させるために作られたシステムとも言える。その点では、たしかによく出来ていますね。
 つまり、もう一度まとめますと、消費者の利己心のための、我々の過剰な労働が世界を破滅させる、すなわち自分たちの首を絞める結果を招いているにもかかわらず、我々は反省をしなくなっているということなんですよ。
 もちろん、そこに、労働者各自の「利益を得る」という「利己心」も重なってきますから、我々はなかなかこの無限ループからは抜け出られません。これでは実際のところ、「CSR」も「企業倫理」もクソもありませんね。単なるお題目、あるいは「エコ」という言葉と同様に、偽善的な「利己心隠蔽の手段」ともなりかねません。
 さあ、そんなところで私が考えたのが「労働倫理」という言葉です。
 今、もし我々各自が自らの「労働倫理」を唱えるとすると、「お客様のため」とか「会社のため」とか「社会のため」とか、そういう次元での物言いになることでしょう。そこに「やりがい」を見つけるというような。私はそんなレベルのことを言っているのではありません。
 たとえば、先ほどのように、おいしい物を望まれるだけ提供すれば、結果として消費者の健康を害する可能性が高い。メタボになったり。また、車を売れば売るほど、どう考えても環境を破壊します。あるいはゲームソフトを開発して売りまくれば、もしかすると青少年の心身の健康を害するかもしれない。
 そういう根源的なところを原点として、「労働倫理」を考えたいのです。
 そうすると、もちろん、資本主義やら市場経済やら金融経済なんていうのも成立しなくなります。そう、成立しなくなっていいのです。おそらくそれらは間違っているのですから。それら自体が「粗悪品」であり、いやそれ以上にたちの悪い「麻薬」であることを、我々は「労働倫理」に基づいて気づかねばならないと考えるのです。
 なんて、こんなこと、誰もが分かっているけど、しかし現実にやめられないんだからしかたない、みんながやっている内はそれに従うしかない、そう言うのも分かります。そして、今書いたような単純な構造にはまらない労働の種類(職業・仕事)もあるのも分かります。
 しかし、どこかで誰かが「そろそろいい大人がこんなことをやり続けるのはやめよう」と言うとか、「こんなことで人生を無駄に費やすのは馬鹿らしい」と言うとかしないと、それこそ自分も会社も社会も人間も地球も、どうにも立ち行かなくなってしまうような気がするのです。
 じゃあどうすればいいか。私は、経済のあり方も含めて、やはり根源的な倫理を語るには、「仏教」の考え方を理解しなければならないと考えています。それについても、いつかちゃんと語りましょう。
 こんなことを書いていると、「そんなことよりちゃんと今の仕事をしろ!」とか「ちゃんと給料運んでこい!」とか「生き残れないぞ!」とか、そんな言葉が聞こえてきそうですね(笑)。
 そう、今の仕事たる「教育」の目的を考えた時、また悩むんですよ。特に今のように進学クラスを持っていると。勉強していい大学入っていい会社入ってカネ稼げ!って、言いはしないけれども、しかし、結果としてそう促しているとも言えるので…辛いところです。
 新しい中学では、この辺をどう教えていこうか…ワタクシ流に染まっちゃうと、出家するしかなくなっちゃうし(笑)。ニートやひきこもりを養成するわけにも行かず。難しいですね。結局、企業と同じ所で悩むということか。悩んでいるだけいいのかも。少なくとも、そういうことに悩める青少年を育てていきましょうか。

Amazon CSR入門

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2009.12.20

ドン引き…

20091221_94218 日の藤波辰爾(辰巳)さんのお話の中で、あの必殺技ドラゴンスープレックスを初めて出した時のエピソードがありました。マディソン・スクエア・ガーデンでのWWWFジュニア初戴冠の試合ですね。
 御存知のように、あの試合はホセ・エストラーダ選手から、この危険極まりないフルネルソン式のスープレックスで3カウントを獲りました。あの技は本当にあの時初めて実際に使ったとのこと。それまでは、ゴッチさんのお宅にあった人形相手に何度も練習したらしい。しかし、その人形は手が短く、フルネルソンをするのも困難で、よくすっぽ抜けていたとか(笑)。
 それで、この試合の後、喜び勇んで控え室に帰ったら、なんか他のレスラーたちが「ドン引き」していたというのです。それほど危険な技だったということでしょう。それをいきなり出してしまった。それもタイトルマッチでやってしまった。そういうプロレス的事情なのでしょう。
 あの技を繰り出してしまった裏事情(と思われること)も、お話しされていましたが、とにかく、自分は喜び勇んで、みんなが祝福してくれるだろうと思ったら、控え室全体が凍りついたような「シーン」とした雰囲気になったいたとのことです。みんなの冷たい視線が…。
 のち、ドラゴンスープレックスは危険すぎるということで「禁じ手」にまでなりました。
 さて、全然関係ないけれども、かなり関係した今日のお話です。
 今日は、私たち夫婦はある英会話スクールのクリスマス会にゲストとして呼ばれました。我らが歌謡曲バンドのドラ息子(ドラム担当)が、そのスクールで働いている関係です。
 それで、6曲ほどクリスマス・ソングを披露したのですが、なんとなく会場の雰囲気が「ドン引き」していたように感じたのです(笑)。
 それはたぶん、ウチのカミさんがいきなりドラゴンスープレックスを出したからだと思います(笑)。
 ちょっとあの空気を説明するのは難しいのですが、えっと、たぶんこういうことです。
 なんというか、ウチのカミさんというのは、お調子者というか、ずうずうしいというか、厚かましいというか、傍若無人というか、そんな性格なんですよね。
 昨日のスネークピット・キャラバンの2次会でも、けっこう酒飲んで、それで素晴らしい諸先輩方を相手に、まったく臆せずベラベラ話しちゃうんですよね。いわゆるKYであるとも言えますし、ある意味プロレスラーとしていい素材である(?)とも言えます。
 バンド活動なんかしていても、どこで何をやろうと、そこにどんな人がいようと、相手がプロであろうとなんだろうと、全然緊張とかしないんですよ。ある意味すごい。
 一緒にやっている私としては、まあ助かることも多いのですが、反面時々「おいおい…自重しろ!」と心で思うこともあります。古語で言うところの「かたはらいたし」という感じ。すなわち「傍らにいて、こっちの心が痛む(恥ずかしい)」わけです。
 で、それを押しつけられる人たちは、気持ちが「ドン引き」になり、結果としてその場の空気もまた「ドン引き」になることがあるんですね。それでも、彼女はそんな空気さえも全然気にしません。
 今日は、英会話スクールの会でしたから、当然外国人の先生方もたくさんいますし、日本人の講師の方も英語教育のプロでいらっしゃいます。そういう所でたとえば英語の歌を披露する(それも寸前まで歌詞すら覚えていない)のって、普通に考えればかなりのピンチな状態というか、やりづらい状況じゃないですか。
 しかし、彼女は全然緊張しないどころか、ステージに上がった途端「ハ〜イ、エプリバディー!」みたいなノリになっちゃって、自分が単なるゲストであることも忘れ、英語でまくし立てるまくし立てる。そして、「リピート・アフター・ミー」みたいに、歌の歌詞の発音練習までさせちゃってる…笑。
 本人いわく、そうしてくれと言われた、とのことですが、さすがに外国人の先生にまで、「リピート・アフター・ミー」させちゃうのはどうかと…。遠慮というものがないのです。
 まあ、私は「ああまたやってる」程度にしか思わなかったのですが、生徒である子どもたちや、その親御さんたちは、「いったい、あの人は誰?」みたいな感じで、はっきり申して凍りついていました。微妙な空気になってましたよ(笑)。
 そりゃ、いきなり、出ていってあれはないよな…。つまり、いきなり知らない日本人がリングに上がって、ドカンとドラゴンスープレックス出しちゃったようなものですよ(笑)。お客さんや講師の先生方、みんな首折れちゃいましたね、きっと。
 で、そんなことを、会が終わって「ああ、楽しかった」とか言ってるカミさんに言いましたら、「そうか…」と少し反省していました(笑)。そして、あることに気づいたのです。
 今日は地元の大きなホテルのパーティールームでの演奏でした。いつもは路上やら店先やらでやることが多い我々としては、それこそMSG並みのゴージャスさじゃないですか。それで、彼女、勘違いしちゃってたみたいなんです。すっかり自分に酔ってしまって、自分が「ホテルのディナーショー」で歌っている気になってしまっていたと(笑)。おいおい!どうりで、今にもステージから降りて、各テーブルを回りそうな雰囲気になっていたはずだ。あぶねえ、あぶねえ…(笑)。
 ま、それにしても、我々のバンドはボーカルだけじゃなくて、みんなある意味厚かましいですよ。今回も練習ほとんどなし、リハなし、楽譜もなし、構成も確認せずいきなり本番ですから。それでもなんとかなっちゃうのは、ある意味プロ以上?名レスラー揃いということでしょうかね。
 ↓終わりの尺が全員違う…いったい誰が正しいのか?笑

 ところで、「ドン引き」という言葉、比較的新しい言葉です。もともとは映画のカメラ・ワークの用語だとのこと。ものすごい「引き」の絵ですね。
 「ドン」というのは「ドS」とか「ど真ん中」とかいう時の「ど」の変化形だと思われます。江戸時代には「どう因果」などと「どう」としても使われていました。「very 」とか「just」の意味ですね。語源はなかなか分かりづらいのですが、もしかすると「いと」かもしれません。
 いずれにしても、「ドン引き」させちゃいけませんな。しかし、藤波選手もそうですが、ある意味「ドン引き」させちゃうくらいのKYさがないと、一流になれないのかもしれません。「ドン引き」させる「何か」とは「常識破り」「怖いもの知らず」なものであって、それまでの日常を破るものなのですから(笑)。

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2009.12.19

藤波さんと…細江さんと…またまた夢実現

Uni_3446 日もまた、今年を象徴するような濃〜い1日でありました。夢がどんどん実現していきます。ありがたいことです。
 本日は仕事を早退して、まずは事務処理で病院へ。私たち夫婦はその足で東京は高円寺へ向かいます。そう、今年、まさに私たち夫婦の運命を変えたプロレスの勉強会「スネークピット・キャラバン」に参加するためです。
 思えば今年2月、昨日の記事の主人公桜庭和志選手を講師に迎えた「スネークピット・キャラバン・サイエンス」で、勇気を振り絞って初参加させていただいて以来、マスクド・スーパースターさんの時以外は、高山善廣選手木戸修さん、そして今回の藤波辰爾さんと、本当に夢のような名レスラーの方々のお話を聞く機会を得ることができました。それも「生徒」はいつも十数人という、とんでもなく贅沢な会です。全く夢のようなことです。
 う〜む、毎回濃いけれども、今回もまた…。目の前にあの藤波辰巳(現辰爾)さんがいる…ドラゴンが私たちに話しかけてくれる…夢のようですよね。私も藤波さんと長州さんの試合に大興奮した、高校時代を思い出します。お二人ともいまだに現役バリバリなんですから、それだけでもすごいですね。
 日本プロレス時代から、新日本プロレス時代、海外遠征、そして現ドラディションに至るまで、本当に貴重なお話ばかり。いつものように「プロレス生き字引」流智美さんの名司会ぶりも冴え渡ります。
Uni_3452 馬場さん、猪木さん、カール・ゴッチさん、ホースト・ホフマンさんなどの話はもちろん、その他いったい何人の名レスラーの名前が挙がったことでしょう。プロレスから総合格闘技に至るまで、本当に幅広く深いお話が続くこと3時間近く。私は知らないことばかりですが、他のキャラバン・メンバーからはこれまたマニアックな質問が飛び交います。す、すごい世界。
 細かい話の内容はとても書ききれませんけれど、シロウト丸出しの私の記憶としては、「自分を崩さない」ジャンボ鶴田、「プロレスを知り尽くしていた」ディック・マードック、というあたりが特に印象に残っています。ゴッチさんの「まずコンディション、次に頭、最後に力」という言葉も重いですね。これはプロレスに限らず全ての仕事に当てはまりますからね。あとはスクワット9000回を4時間半ぶっ通しでやったというお話…(笑)。
Uni_3465 夢のような時間はあっという間に過ぎます。会終了後はサイン&写真撮影に応じてくださいました。柔和な笑顔が福々しく、そして神々しく、そして、なんと言っても、そのサインの美しさたるや!これだけでも立派な芸術ですよ。書にはちょっとうるさいカミさんも感心しきり。
 さて、この夢のようなキャラバンが終わると、私たち夫婦は本日の次なる重要なミッションを遂行すべく、青山に向かいました。考えてみると、とんでもない連続技です。
 実は以前紹介した土方巽の写真集「鎌鼬 KAMAITACHI」の新版が発刊されることになり、その出版記念写真展が行われているのです。そして、今日はたまたま撮影者である写真家細江英公さんのサイン会があるとのこと。細江さんには個人的にいろいろと報告しなければならないことがありましたので、急行したというわけです。それにしても、日にちも時間も見事に私たちのために調整されている…としか思えません。
Uni_3115 青山の会場に到着すると、ちょうどサイン会が行われていました。私たちはもうすっかり板についた突撃力を駆使して、細江さんにご挨拶。およそ2年ぶりです。その間、鎌鼬の里(それはすなわち義母の実家なのですが…)を何度か訪れ、鎌鼬の重要な登場人物の方々とお会いしたり、いろいろな写真を撮ってきたりしましたので、それらを報告。
 その中でも、やはり、この写真には驚き、そして満面の笑みで「土方が来たんだ!土方が置いたんだよ!」とおっしゃっておられました。いやあ、今考えても本当に不思議です。なんで、あそこにああいう形でスイカの食べカスが置いてあったんだろう。あまりに不自然で出来過ぎです。カミさんに言わせると、ああいうスイカの食べ方は普通しないと。あれは土方一流の食らいつきの跡としか思えないとのこと。
15 で、今日展示されている写真を見て気づいたのですが、これってあの土方が田んぼでふんばっている(笑)写真と同じ方角を撮っていますね。たまたまです。山の稜線で分かりました。それもまたビックリ。もしかして、本当に土方巽が私たちを迎えて下さったのでしょうか。そして、細江さんにも茶目っ気たっぷりのメッセージを送ったのでしょうか。本当に不思議です。新版が出るというのも、私知りませんでした。そんな記念すべき年に、たまたま静岡の地震のおかげで、秋田行きが9月になったというのも不思議でなりません。
 さて、そんな感動も束の間、我々は今度は阿佐ケ谷へ。スネークピットの二次会に合流です。これがまたすごかった。みんな熱いし濃いし、面白すぎ。私もそうとう変わった集団に属してきましたが、ここが今までで最高の個性派集団ですね。プロレス的な興味ももちろんですけれど、他称(?)「オタク研究家」としては、実に面白いサンプル多数(失礼…笑)。ちなみに女性はウチのカミさんともうお一方ベテランの方がいらっしゃるのですが、それがまたいいスパイスになっておりまして、もう何というか、素晴らしい世界でありました。特に流さんのテンションが最高潮でありました(笑)。面白すぎ。
Uni_3455 みんな語る語る。プロレスの過去、現在、未来。いろんな意味でとてもここには書けない、あの面々ならではのお話ばかり。ただ一つ言えるは、みんなプロレスを愛しすぎているということ。命がけであるということ。そして、みんな人間が大好きで、また少年少女の夢を持ち続けているということ。みんなみんな若い!目がキラキラ輝いている!たくさんたくさんパワーをいただきました。
 主宰の宮戸優光さんをはじめ、キャラバンのメンバーの皆さんにも温かく迎えていただきまして、本当に私たち夫婦は幸せ者です。今後ともよろしくお願い致します。
 というわけで、今日もまた濃い一日でありました。人生面白いことばかりです。とにかく動いてみること。そうする、どんどん新しい出会いがあります。思ったら即行動。迷ったら前に進む。行けばわかるさ!

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2009.12.18

『独創力。−人間「桜庭和志」から何を学ぶのか』 桜庭和志 (創英社/三省堂書店)

88142188 やあ勉強になった。これは新しい中学の保護者に必読本として読ませなきゃ。まじで。私の思っていることがたくさん書いてある。
 一見草食系でありながら、実は…。昨日の記事の写真にもありましたけど、「ギャップ」というのは「萌え」や「燃え」にとって非常に重要な要素であります。
 桜庭和志選手はまさにそれを体現しているプロレスラーです。ある意味勝ち負けが全てとも言える総合格闘技の世界で、40過ぎてもまだ多くのファンを惹きつけ続ける彼は、本当に特別な存在です。
 一見、ぬ〜ぽ〜としていて恥ずかしがり屋…典型的な秋田男の彼が、リング上では獲物を狙う「マタギ」に変身する。たしかにぞくぞくします。10月の試合は、まだまだ彼がそういう意味で全く衰えていないことを証明していました。
 そんな彼に、ウチのカミさんが突如はまったのが、あの3年前の大晦日。ヌルヌル事件(対秋山戦)の夜のことでした。
 それからどういわけか、八郎神社のお導きまであって、この本にも重要な人物として登場する桜庭選手の御両親と懇意になり、さらに今年とうとう私もスネークピット・キャラパンで御本人とお会いしていろいろ勉強させてもらう機会を得ました。全く不思議なご縁であります。
 今回、カミさんはもちろん出版記念サイン会に出かけていったわけでして、私が読んだこの本にもちゃんとサインが入っております。いったい何枚のサインがあるんだ?ウチには(笑)。
 ほとんどストーカーのように追っかけしているウチのカミさん。まあ、私も大好きな選手ですから、全然いいんですけどね。そうじゃなかったら、ちょっと夫婦間に亀裂が入るよな(苦笑)。
 なんだか桜庭選手、ウチの夫婦のことはしっかり覚えてしまっているようです。すみません。
 今回はおみやげにまんさくの花を持っていきました。カミさんの郷里のお酒です。翌日の彼の日記に「飲みすぎた」みたいなことが書いてありましたが、もしかしてウチのせい?w
 なんだかんだ、桜庭選手に日本酒差し入れするの3回目だもんな。格闘家に酒ばっかり送っていいんでしょうか(笑)。
 さて、そんな話は置いておいて内容に行きましょう。
 まず、彼の御両親や彼自身の「教育論」が素晴らしい。まさに現代の子育てに欠けているものが、そこにしっかりあります。
 単純なことです。「やってはいけない」と「やってみたら」を言う勇気と責任です。すなわち「ダメなものはダメ」と言うことと、「やめとけ」と言わないことです。
 これは私の仕事の上でも、案外難しいことです。適当に見て見ぬふりをしたり、(自分に降りかかる)リスクを想定して「やめとけ」と言うのは簡単なことであり、ある意味そういう先生になるのは楽です。しかし、それが本当の教育になるかというと、もちろんそんなことはありません。
 実はこの楽な生き方は、ワタクシの「モノ・コト論」で言いますと、自己中心的で随意的な「コト」を判断基準とした考え方でして、そこからは何も創造されないんですね。
 一方、その時の自分にとっては負担となる桜庭家流の考え方は、まさに他者本意で不如意的な「モノ」を判断基準とするものです。これにはまさに他者の未来や自己の未来に対する責任を負う勇気と覚悟が必要です。
 彼の説く「独創力」は、実はそういう所から発しているように思えました。
 雪国秋田の「何もない」自然の中で育った彼。ウチのカミさんと全く一緒のことを言っているので面白かった。何もないから、何でも遊び道具やおもちゃになり得る。実際、カミさんは今でも遊び道具や遊びを創造する天才だと思います。特に自然を相手にした時はすごい。私や娘たちはひたすら感心するばかりです。そして、それはゲームやテレビなんかに振り回されているよりも、ずっと楽しい時間を提供してくれます。
 これもまた、「コト」より「モノ」なんですね。いつも言うように、私の言う「モノ」は世間一般に言う、物質や商品の「モノ」ではなく、自分の外部全体を表す語です。「コト」は内部。脳内。私から言うと、商品などは人間の脳内が作り上げる物ですから、「コト」に属します。
 桜庭選手の書く、「最近の子どもは、問題を処理する能力は長けているが、問題を創造することが不得手」というには大納得です。それこそ今の子ども(大人も)「コト」にどっぷりつかっていて、「モノ」に触れていないからでしょう。
 また、彼が、下積み時代の不条理なシゴキ(それはまさに不随意な「モノ」です)を、ある意味あっさり受け入れ、苦痛に思わないでこなしていくところなども、やはり自己の欲望や願望に強いこだわりを持っていないことを思わせます。そういう自分の思い通りにならないことをこなしていくうちに、いろいろな苦難やアクシデントという「想定外」に対処できるようになると。その通りだと思います。
 今の教育界には、そういう「若い時の苦労」がないんですよ。子どもをお客様だと思って丁重に扱っている。そんな子どもが、忍耐力のある、そして創造力のある大人に育つわけがありません。ただ、不満を漏らし、現状から逃げてしまう人間に成り下がるだけです。
 彼がいろいろなオファー…対戦相手であったり、ルールであったり…を、「いいですよ〜」と言ってどんどん受け入れ、そして、試合で想定外の展開にも焦らず対応し、さらに常に観客の反応を肌で感じながら観客のための試合をする、そんな姿はまさに「モノのふ」であります。
 そう考えると、前田日明さんが桜庭選手を「武士(もののふ)の中の武士(もののふ)」と称したのは、実に本質を見極めた至言であったということが分かります。
 私は来年度から新設なる中学の運営を担当します。私は生徒たちに、どんどん「想定外」な、「未知」な、ある場合には「不条理」な体験をさせていきたいと思っています。お仕着せや、単なる「コト」の暗記や、快適だけではいけません。中学までは「モノ」と戦うことが重要だと思っています。
 それができていれば、高校では本人に全てまかせられます。そこで初めて「自主性」が活かされます。「独創力」がなければ「自主性」もクソもありません。単なる「自由奔放」なんて絶対に許しませんよ。
 本当にいろいろ勉強になり、そして、自分の考えを強く支えてくれた良書でありました。皆さんもぜひ御一読を。

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2009.12.17

草食系?肉食系?

33478534 しかに「草食系?」と思われる男が増えています。高校なんかずいぶん前からそんな感じ。どう見ても女子の方が強い。
 男子はとにかく優しい。ニコニコしている。ケンカとかしない。すぐ泣く。女の子に妙に気を遣っている。
 教え子にして職場の後輩でもあるある男子は、自称「子鹿」です。たしかにそういうイメージですね。イケメンなのに男らしさに欠ける(失礼)。70歳近くなってもまだまだ戦い続けるグレート小鹿とは大違い(笑)。私があの外見を持っていたら、もっともっとこの世を謳歌できるのに!もったいない…。
 ちなみに私はですね、ぱっと見、典型的な草食系と思われがちですが、実は…私をよく知っている人はわかるでしょう。ま、単に恋愛やらなんやらは別として、私はかなりアクティヴで貪欲です。このブログを見ていればわかるかな。また、格闘技好きですし、強大な権力や悪に対して臆することなく向かっていくところがある。そういう意味では肉食系とも言えそうですね。
20091218_65425 で、ここからは、今日見つけた面白い「滋養強壮剤」の宣伝画像をご覧いただきながら、○○系○子について語っていきたいと思います。まあ、この商品には笑いました。正直試してみたいですねえ。どこが光ってるんだよ!ww
 さて、まず結論から言いますが、「草食系男子」とは、基本的に私の言う「オタク=貴族」と同じと考えていいと思います。どの時代も、平和で豊か、生存の危険性がなくなると男は貴族(公家)化します。
 平安時代なんかはまさに貴族という特権階級のみが、そういう存在でした。それを支える価値観や心情が、私の唱える「萌え=をかし」です。
20091218_65451 武家の世になって、フィクションたる「武士道=もののあはれ」が男の生き方のようになっていきましたが、江戸時代になって再び太平の世が現出し、結局日本男児総貴族化が進みました(地方はちょっと違う事情もありましたが)。
 そして、明治になり国体の護持のために武士道が復活せられ、終戦までは日本男児と大和撫子はかなり無理を強いられましたね。フィクションの自分を演じていなければならなかったのです。
 戦後になって、私たちは一気に解放されました…が、もろちん、前時代の「男らしさ」の空気というのは残っていましたから、しばらく日本人は肉食系男子&草食系女子を演じていましたね。昭和ってそういう芝居がかったところが面白かったんですよ。全てが物語だったんです。
20091218_65509 でも、平成になったあたりから、さすがにみんな演技に疲れちゃった。本来の自分を出すようになってきたんです。平和で豊かだと、男は女性化(社会的な意味でですよ)し、女は男性化(前に同じく)する。
 本当の男らしさって「草食」なんですよ。もちろん女らしさは「肉食」。
 ですから、この世のパワーがダウンしているとすれば、それは草食系男子のせいではなく、草食系女子の増加の方に原因があるんです。それが私の持論です。
20091218_65520 女性は本来的に肉食系です。それが生物界の掟です。男はせいぜい種馬という程度で、プロセス的にいざとなったら肉食系的な挙止動作も必要になりますが、基本はどちらかというと懇願するか、懐柔するか、せいぜい騙すくらいしかできないものなのです(笑)。
 というわけで、我々は結局、自らが作り上げた社会的な「男らしさ」や「女らしさ」というフィクションに振り回されているんですよね。そこにまた二次的にジェンダーだとか、フェミニズムだとかいうフィクションが乗っかるから実に面倒なことになる。
20091218_65544 ま、だいたい草食とか肉食とか、人間はそんなふうにデジタル的に分けられませんよ。実際は「雑食系」が一番多そうだし、私なんか、「断食系」とも「絶食系」とも言える(笑)。あるいは結構つまみ食い大好きな「間食系」と言えるかもしれない。いや案外もう「完食」して「飽食系」かもしれない。
 いや、男女関係のことじゃありませんよ(笑)。男女関係だったら、最近はやりの「個食(孤食)系」とか「外食系」とか、よく考えたらやばいですね(苦笑)。孤食系男子とか…。
20091218_65558 というわけで、とにかく草食系男子が増えるということは、みんな本来の自分を出せるほど、なんだかんだ言って平和で豊かだということです。そして、草食系女子(それはいわゆる「腐女子」になるわけですが)が増えるというのも決して悪いことではありません。単なる個体数調整の過程にすぎませんから。
 それにしても、この肉食系・草食系チェック、ひどいですねえ。これ6個以上チェック入ったら、逆に危ないでしょう。犯罪者になりかねません(笑)。あるいは戦争が始まりそうですね。
 本当にモテる男というのはですね、自分が肉食系になるのではなく、女子の「肉食性」を引き出せる男なんですよ。でしょ?

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2009.12.16

アポカリプティカ・メタリカ・MJ…

 いぶん前に一度紹介してるんですが、その頃はまだ動画の共有なんてあんまりメジャーじゃなかったんですかね、音も動く姿もなく写真と言葉による紹介だけでした。あれじゃあ、なんだか全然伝わらないですね。
 今はとっても便利な世の中になりまして、たとえばこんなバンドの動画も数えきれないほど観ることができます。口で説明するより観て聴いてもらった方が早い。
 実は昨日の記事の続きなんですよ。ヨーロッパの辺縁で何が起きているか。クラシックと民族音楽がどのように融合して、どのような音楽に発展しているか、その一つの例がここにあります。フィンランドのとってもウッディーなメタル(?)バンド。チェロ4人+ドラムスによるヘヴィメタです。
 今日、新人の先生がチェロを持ってきました。大学時代、あの皇太子様もいらしたオーケストラで弾いていたそうです。で、私は彼女がいない隙にちょっとそれを拝借して、ギコギコとバッハ(ヴァイオリンやチェロを殺したあの旧約聖書ですね)などを弾いておりましたら、デスメタル好きの生徒数人がやってきまして、不思議そうに見ておりました。やっぱりギター弾きにとっては、フレットがないのが不思議なようです。
 で、すっげ〜!とかカッコいいとか言ってるので、「おいおい、これ知ってるか?チェロでメタルだぜ」というわけで、見せたのがこれらの映像。さすがに生徒たちもぶっ飛んでました。そして、これやるか!?と言ってました。いいんじゃないですか。ぜひやってもらいたい。
 というわけで、まずはこれ。適当に選びました。彼らはメタリカのコピーが得意です。メタリカの代表曲の一つ、名曲「Enter Sandman」です。

 

 う〜む、かっこええ…。リフからソロまで完璧だ。ちょっと試しにチェロを立ってヘドバンしながら弾いてみましたが、こりゃあ無理だわ。それだけでも偉い。うぅ、首が痛い…(笑)。
 これを聴きますと、やっぱりヴァイオリンというのは音が高すぎてダメですね。お分かりのように、チェロはギターとベースの音域をカバーできます。また、男性ボーカルの音域も。うらやましい。
 そして、これはガンバ族の楽器では無理ですね。やっぱりヴァイオリン族の楽器は、基本、野蛮なのであります。それが本来であり、あんな旧約聖書みたいな曲では、魅力が半減してしまう!
 さて、続きまして、ヘヴィメタというか、ロックが民族音楽の系譜にあることを証明してくれる曲です。おわかりと思いますが、そのメロディーは基本ペンタトニックです。メタリカの名バラード「Nothing Else Matters」、お聴きください。

 

 ついでと言ってはなんですけど、本家も聴いて観てみましょう。以前紹介したS&Mからです。映像で観るとまたいいですねえ、このライヴ。メタリカ、やっぱりすごすぎ。まず、「Enter Sandman」。

 

 次に「Nothing Else Matters」。

 

 そして、私の大好きな「MASTER OF PUPPETS」です。

 

 やっぱりメタルもクラシックもヨーロッパの音楽ですね。オン・ザ・ビートです。リフもギターソロも楽譜にすれば整然と音符が並びます。黒人のように横ノリできないのですね(我々日本人も基本縦ノリ)。だからこうしてオーケストラも共演できる。そして違和感がない。
 そう考えると、やっぱりマイケル・ジャクソンってすごいですね。今日も彼の特集番組やってましたね。彼は黒と白を見事に融合して、結果として全世界で売れたのです。ユーロビートの縦ノリの上に、ブラックのスウィングやブルースやソウルを上手に乗せた。顔が黒から白に変わるのに従ってどんどんユーロ色が強くなっていきましたが…。
 というわけで、結局またマイケルに行き着いてしまいましたね。偉大な人でした。

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2009.12.15

『近代歌謡の軌跡』 倉田喜弘 (山川出版社 日本史リブレット)

20091216_80304 近、珍しく音楽関係の本を読んでいます。テーマは「ベートーヴェンをぶっとばせ!」…かな?
 というのは半分冗談でして、明治の日本がどのように西洋音楽を受け容れ、そして、どのようなプロセスを踏んで、現在のような西洋音楽をも呑み込んだ独自の音楽文化を創り上げたのか、それを知りたいのであります。
 そうした日本の吸収力、受容力、創造力を確認したいというのも、もちろんありますよ。音楽を通じて、それ以外の全ての文化的側面を概観してしまうこともできますし。政治、経済、教育、宗教…いろいろ見えてきますよね。
 あと、その圧縮された「音楽史」自体が、ヨーロッパ音楽(クラシックと称されるもの)の成立史のひな型になっているとも言えます。つまり、「民族(民俗)音楽」から、どのように「記述される」「芸術音楽」になっていったかの縮図を見ることができるわけですね。
 また、視点を変えますと、たとえば現代のケルト音楽とか、あるいはアフリカの音楽とか、そういう(ヨーロッパから見て)辺縁の音楽の進化の様子もわかる。たとえばジャズなんか、その最たるものですね。完全に「クラシック」を呑み込んでしまった。利用するだけ利用して、ぶち壊して、再創造してしまった。日本の歌謡曲やJ–POPなんかもそうです。それも面白い。
 もっと面白い言い方をすれば、どうやって「ミ」を受け入れたかっていうことですね。つまり、今我々がきれいだと思っている「ドミソ」の和音、これはまさに西洋近代音楽(クラシック音楽)を象徴するものですが、実はこの「ドミソ」は多くの地球人にとって長いこと「不協和音」だったのです。非常に不快な音の響きであった。
 一つ面白い話。ウチのカミさんの話です。
 カミさんは秋田の山奥の出身です。私より十ほど若いのですが、しかし体験してきた文化は私のそれより50年ほど昔のものです。で、彼女は西洋音楽よりも、どちらかというと日本の伝統文化の中で育ってきたわけですね。民謡とか、労働歌とか、せいぜい演歌。それにどっぷりつかって少女期を過ごしたのです。そして、彼女は中学生の時にマイケル・ジャクソンに出会って、その音楽世界にはまりまくります。
 マイケル・ジャクソンの音楽性については、今までたくさん語ってきましたとおり、まさに白と黒の融合、アフリカとヨーロッパとアメリカの融合です。そこにいきなり行っちゃったんですよね。
 で、最も彼女が違和感を抱く音楽はというと、いわゆるクラシック音楽なわけです。なんの感動も受けないどころか、気持ち悪く聞こえるらしい。私の好きなバロック音楽なんか、ある意味もってのほかです。特に長調の響きがダメらしい。ビートルズなんかもダメだそうです。
 これって、彼女の音楽的センスが悪いとか、趣味がどうのという問題ではなさそうなんですね。実はそっちの方が正しいことらしい。世界標準。そう、さっき書いた「ドミソ」が不協和音というか不快和音だということです。
 ま、世界全体で言いますと、もっと事情は複雑でして一概には言えないのですが、しかし、面白い事実だと思いますよ。私は以前、そういうカミさんを半分バカにしていたのですが、最近はちょっと見る目を変えました。
 と、ちょっと話がそれちゃいましたけど、この本の最初の方に、ウチのカミさんみたいな人がたくさん出てきます。そりゃそうですよね。江戸の音楽があそこまで成熟していた時に、いきなりあれが入ってきたんですから。逆に西洋人がそのマチュアな音楽に驚嘆した(唖然とした?呆れ返った?)のも面白いですね。江戸絵画が西洋画壇に与えた影響とは対照的です。
 そう考えると、やっぱりこの前の小泉八雲なんか特別ですよね。すごい感性の持ち主だったよなあ。小泉八雲もちゃんと読まないと。
 自分の音楽観だけでなく、自分の自分観というか、日本人観というか、それを自問自答するのが、どうも最近の私の楽しみのようですね。「成長」よりも「成熟」の年齢になったということでしょうか。

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2009.12.14

『チャンス』 太宰治

↓弘前時代の太宰…カッコイイか?
Trd0904151801007p1 年開校の中学校の出願が始まりました。はたして何人の方が受験してくれるのでしょうか。やはりそれなりに緊張いたします。
 そんなこんなで忙しい上に気持ちの余裕がないので、今日は太宰の作品を紹介いたします。
 いや、実は今日、出願にいらしたお母さんの中に昔の教え子がいたんですよ。いよいよ私もそういう歳になったのだなあと不思議な気持ちになりました。
 彼女は私が初めて担任を持ったクラスの女の子でした。それが、今受験生の保護者として目の前にいる不思議。お互い全然変わらないじゃん!と言いながら再会を喜んだのでした。
 私学の良さはこういうところにありますね。卒業生が親になって、自分の子どもも自分が出た学校に入れたいと思う。そして、久々に(20年ぶりくらい?)に学校を訪れると、かつての恩師が変わらずそこにいる…。なんとなく、ようやく私も私学人になれたような気がしました。
 それで、彼女と話しながらいろいろと若かりし頃を思い出したのですよ。今思えば本当に恥ずかしい過去ばかりですが、しかし、それはそれでいい思い出ですよねえ。当時24、5だった私は、全く生徒をコントロールできず、その担任も1年でクビになってしまったのでした(笑)。まあ学級崩壊の走りみたいなもんです。ある意味今の私からは想像できないでしょうね。でも、楽しかった。生徒と一緒にメチャクチャやってましたから。とても人に言えないようなことばかり(?)。
 で、授業でも、まあ教科書なんてやっても誰もついてこないから、奴らの興味あることを教材にしようと思って、「恋愛論」をやったんですよ。いろんな文人の「恋愛」に関する論を比較しながら、「恋」と「愛」はどう違うのか、みたいなことをみんなで考えたような記憶があります。
 私が選んだ文章(いちおう教材)の中に、この太宰の「チャンス」があったのです。彼女の顔を見て、それを思い出した。彼女、当時は本当に純真無垢な女子高生だったわけですが、それから、もちろんしっかり恋愛して、結婚して、親になって、こうしてここにいるわけです。ま、実際しゃべってみたら、あの頃のまんまで、娘さんの方がしっかりしているくらいだったんですけどね(笑)。
 というわけで、私も久々に読んでみたのですが、これが実に面白い。いろいろな意味で面白い。もちろん、年をとってから読むその内容は、昨日の「人間失格裁判」じゃありませんが、全くもって無邪気な罪というか、文学の衣をまとった「自慢話」というか、「懺悔」にもなんにもなっていなくて面白い。
 それにしても、イケメンは全く「生まれてすみません」だよな。「イケメンに生まれてすみません」なんて言われたら、我々非モテはどうすりゃいいのですか。
 後半のお篠さんの話、性欲より食欲や睡眠欲の方が勝るなんていうのは、こりゃどう考えても「自慢話」ですよねえ。まったくぅ(笑)。笑って死刑宣告してやりますよ。
 お篠さん、あんた寒雀に負けたんですよ。でも、こうして太宰の作品に登場して、あなたも寒雀も永遠の命を得たんですから、それはそれで幸せなことなのかもしれませんね。
 「チャンス」=「もののはずみ」かあ…。この「もの」って、「もののあはれ」の「もの」と一緒なんですよ。それについても書きたいけれど、時間がないので、またいつか。
 とにかく、太宰の「恋愛」の定義には、私は完全に同意します。もう、ホント太宰最高。

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2009.12.13

『太宰治“人間失格”裁判』 (NHKハイビジョン特集)

20091214_84717 前中、八ケ岳中央高原教会において行われた待降節第三主日音楽礼拝に、奏楽隊の一人として参加いたしました。
 バッハのカンタータ61番「来れ、異教徒の救い主よ」やクリスマスオラトリオのアリアを中心に、賛美歌や説教を交えながらの演奏。今までも何回か教会でカンタータを演奏してきましたが、このような本来の形、すなわち日曜礼拝における全体の流れの中での有機的なカンタータ体験、というのは初めてでした。
 そんな体験をして初めて知る「音楽」の価値、キリスト教の世界観、純粋な信仰の美しさ。もちろん、「異教徒」としてはこれもまた皮相的な体験にすぎないのでしょうが、しかし、私にとっては非常に貴重な経験でありました。言葉にするのは難しいのですが、やっぱり「現場」で感じる「何か」というのはあるものです。
 そんな感動をよそに、自宅に帰ればまた、いつもの俗っぽくて理屈っぽい私が発動します。
 あれだけ、「罪」とか「懺悔」とか言われますと、なんだか本当に自分が「悪人」のような気がしてきますね(笑)。性悪説とも言えなくもない。ああ、やっぱりキリスト教って「悪人正機」なんだな。
 全体に「弱き者」「不幸なる者」への愛あらんことを祈る機会が多かったのですが、私の専門分野から、ある意味意地悪な見方をすると、それら人間の「罪」は皆なにごとかの「報い」であって、結局イエスもそうした因縁からの解脱を説いたのではないか…と。
 悔い改めれば、誰しもが天の国で永遠の命を得ることができる。それは、まさに「一切衆生悉有仏性」であるということの、キリスト教的レトリックであるのかもしれません。
 当時のイエスが仏教…というか、釈迦の教えを知っていたのはほぼ間違いないので(状況証拠しかありませんが)、彼はある意味で、龍樹らよりも本質的にその教えを理解し、より効果的な方法でそれを広めた人物と言えるかもしれません。
 と、相変わらずそんなたわ言を語っている私ですが、その私の前に、これまた天才的に「悪人正機」を現代人に説いて回っている使徒、宣教者が現れました。
 太宰治です。
 昨日放送されたNHKハイビジョン特集「太宰治“人間失格”裁判」の録画を観ました。
 これは実に面白かった。まず企画段階で秀逸。太宰の「人間失格」の本文をもとに、主人公である大庭葉蔵が本当に「人間失格」であるのか、それとも「人間失格ではない(合格)」のかを裁くというものです。
 本文の引用である被告人や証人の発言、そしてそれに対する検察、弁護人の見解も面白い。そして、何と言っても、裁判員たちの喧々諤々が実に勉強になりました。
 もともと、この小説に対する賛否や解釈は、大きく二派に分かれると思うんですよ。それを、それぞれかなり太宰に思い入れのある裁判員たち(猪瀬直樹,  小倉千加子,  木村綾子,  中村うさぎ,  枡野浩一,  森  達也)…そういう意味ではリアルな選ばれ方じゃないですね…が、それぞれの意見を戦わせるわけです。
 事実そこが一番面白かったし、本当に目からウロコでしたね。ああいう面々をあれだけ悩ませ、あれだけ語らせてしまう太宰というのは、本当に「罪なヤツ」であります。
20091214_120142 で、結局裁判長小林恭二が下した判決は…ナイショです(笑)。皆さんはどのように判決を下されますか?
 ちなみに、私はもう最初から決定ですよ。こちらに書いた通りです。タイトルが正しい。大庭葉蔵=太宰治は、「人間失格」して「神」になったのです。まさに悪人正機。ああしてバイブルに匹敵するテキストを残して、そうして懺悔して、永遠の命を得ました。
 最後の審判、それはすなわち、「今」彼が救われるかという裁判です。「最後の」というのは、それもまたキリスト教的なレトリックであります。神も仏も、みんな根は優しい。だから、もっともっと待ってくれます。あの太宰でさえ許されて神になったのですから、私(たち)も安心です。
 人間合格している内は救われませんね。私も早く人間失格しないと(笑)。
 あっそうそう、最後に言いたいこと言わないと。
 今回バッハを弾いて聴いての「最後の審判」。
 この前の「誰がヴァイオリンを殺したか」裁判です。
 (大)バッハを、ヴァイオリン殺人事件の主犯として有罪と認めます。

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2009.12.12

祝!浅草ジャズコンテストグランプリ!

1361836877_192 は現在、明日のコンサート(音楽礼拝)のため八ヶ岳に来ておりますが、たった今、現地より速報が入りました。
 ジャズミュージシャンの登竜門浅草ジャズコンテストにおいて、我が富士学苑高校のジャズバンド部(ムーン・インレット・サウンズ・オーケストラ)が、ブロを含むなみいる強豪を抑えてグランプリを受賞したそうです!
 今まで二回金賞及び浅草ジャズ賞を受賞してきましたが、卒業生を加えた三回目の挑戦で、ついに頂点に立ちました。
 はっきり言って、日本のジャズ界にとっても記念すべき日でしょう。
 まずは生徒諸君、本当におめでとう!
 詳しくはのちほど。
 うわぁ、私も頑張らなくちゃ!生徒に負けておれん!

 …というわけで、歴史的な日から二日経ちまして、学校にやってまいりました。
 まずは、顧問の大森先生にお祝いのご挨拶を。ほんとにすごい先生ですよ。同僚として誇りに思いますし、同じ音楽人として尊敬します!
 グランプリを獲った結果として、またまた夢のようなステージが増えそうですね。とにかく教育者として、そういう夢のような舞台を用意できる先生は素晴らしいですよ。
 ウチの歌謡曲バンドもちゃっかりおこぼれいただいてますし。感謝です。
 さて、それから生徒たちに会いまして、お祝いのインタビューなどしました。
 いつも見ているカワイイ生徒たちが、なんだか遠い存在に感じられる…ワケもなくて、全然いつものあいつらと変わらないところがいい!
 特に3年生は、私が中心なって作った新しい文武両道のクラスの1期生として、本当にいろいろな意味で頑張ってくれましたし、今でも頑張ってくれています。スポーツ分野でも文化分野でも、本当に私の夢を実現してくれました。なんとも幸せな仕事ですね。自分の夢を託すことができるんですから。
 みんな、グランプリ発表の瞬間は「えっ?ホント?」という感じだったそうです。今年はとにかくツワモノ揃いでしたからね。他のいろいろなコンテストやコンクールでいろいろな賞を受賞している人たち、そして若手のプロ・ミュージシャン、さらにさらなる若さを売りにする小学生も素晴らしい演奏をしたとか。
 とにかく、大変なプレッシャーの中だったと思いますし、ちょっとした(?)アクシデントで、リハができないという悪条件の中、いきなり本番でグランプリを獲れるような演奏をするんですから、単純に考えてもすごいことですよ。
 生徒たちは口を揃えて、「演奏中すごく気持ちよかった!」「楽しかった!」「最初の音(金管)が鳴った瞬間、これは行けると思った」「最後の音が鳴り響いた瞬間、鳥肌が立った!」と言っていました。そして、大学などでそれぞれ新境地を開いている先輩たちがいる安心感でしょうかね。実際、先輩たちが素晴らしい音を出してくれていたようで、それを聴きながら現役の高校生たちもどんどん気持ちが高揚していったとのこと。なにげない言葉だけれども、演奏家として最高の状況ですね。そして、ちゃんと人の音を聴いている証拠でもあります。意外にここポイント!アンサンブルの基礎。
 そうした、まさにライヴな(生きた)アンサンブル(結果としてリハはしない方が良かったのかも)が、観客席に、そして審査員席にも伝わったのでしょうね。
 ああ、私もその場にいたかった。きっとそれこそ鳥肌が立ち、涙が止まらなくなったでしょう。最高の場面で最高の演奏をする…これこそグランプリに値するものです。それを支える日々の練習、そして彼らの結束、また個々の人間性…私は、本当に彼らからいいものを学ばせてもらっています。なかなか、それが自分の音楽生活に活かせないのですが…いったい、どっちが先生で、どっちが生徒なんでしょうね(笑)。
 とにかく、生徒諸君、おめでとう!そして、ありがとう!

PS 昨年の原信夫先生のお言葉をもう一度読んでみました。深いですね。それを彼らなりに消化して臨んだ今回の演奏。それをお聴きになって、今回はどのような講評をされたのでしょう。

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2009.12.11

『誰がヴァイオリンを殺したか』 石井宏 (新潮社)

Vclij1nnthumb 日に続きまして、石井宏さんの本。
 こちらも私に深い関わりのある内容。よって楽しく読めました。
 今日、ニュースでモーツァルト6歳のバイオリンが紹介されてましたね。下にある写真です。これですよ。6歳のモーツァルトが見たら驚きますよ。何?これ?って。
 そう、ヴァイオリンに限らず、楽器というのはどんどん近代化が進み、生まれた時の形も音もほとんど残っていないのですね。
 下の写真で言えば、あご当ても肩当ても本来はありませんし、指板もすげかえられています。あと分かりにくいのですが、駒や本体の中の魂柱やバスバーなども新しいものに代わっています。昔は(実はけっこう最近までなんですが)金属弦なんてありませんでした。羊の腸(ガット)を使っていました。つまり往時のままなのは本体だけということです。
200912114326661l そうした改造(改悪?)は、ほとんどが「大音量化」のために行われました。近代、現代がそういう方向に進んできたのはしかたありません。我々が望んできたわけですし、商業と音楽が結びつき、よりマスな「場」にこそ価値を見出すようになったわけですから。ロックのライヴなんか、耳栓必携ですからね(私は必ず持参します)。
 そういう改造が施される前の、「本来の」ヴァイオリンはいったい、どういう音を奏でていたのでしょう。人の声(歌)を超えて人々を魅了したというその音色。私もそれを探し続けてウン十年(笑)。
 最近少し分かってきたのは、やっぱり人を超えた天使と悪魔だということです。エレガントだったり野蛮だったり、まあ簡単に言えばとってもエロチックだったと。エロティシズムというのは、いろんな側面があるでしょう。それと同じような多様な魅力があったと思うんですね。そうした、人を超えた演劇性みたいなものが、バロックの時代性に合致していたと思うんです。
 この前、悪魔のヴァイオリンについて書きましたね。この本でも、ヴァイオリンの本来のそういう面がたくさん紹介されていました。
 特にパガニーニの再評価という部分は面白かった。当時の多くの芸術家が魅入られた彼の音は、きっととってもエロチックだったのでしょう。実生活での性豪ぶりは、今回この本で初めて知りました。やるな、パガニーニ。
 私もいちおうヴァイオリン弾きのはしくれとしまして、そういう境地を目指したいところでありますが(笑)、まあいろいろな条件が整わず残念ながらパガニーニレベルまでは到達できそうにありません(当たり前か)。しかし、アマチュアならではの有利な面もあります。いろいろな社会的制約や常識を無視して実験やチャレンジをしても、まあそれほど非難されないですむわけですよ。
 で、実は私なりにいろいろ考えているわけです。まあ、モダン・ヴァイオリンはほとんど弾かず、バロック・ヴァイオリンとエレキ・ヴァイオリンを弾いているというのも一つのチャレンジでしょうか。とは言っても、才能もないし、努力もしないし、なんの結果も出ていませんけど。
 ただですね、石井さんみたいに、あんまり今のヴァイオリンやヴァイオリニストがダメだって言わない方がいいと思うんですよ。モダンにはモダンの魅力がありますし、モダン楽器のために書かれた優れた曲もたくさんあるわけですから。
 バロック音楽を演奏する場合もいろんなアプローチがあっていいと思います。いつも言っているように、それって源氏物語を原文で読むか、現代語訳で読むかというような違いなんですよ。どちらにも意味も魅力もある。原文で読むのが絶対正しいなんて言えません。だいいち、原文で読むと言っても、その音韻も語彙も文法も完全に復元することなんか無理です。それ以前に、私たちは平安人ではありませんし。
 しかし、そういういろんなアプローチの過程にこそ、我々が作品や歴史に触れる意味がある、そして我々が今に生きる価値があるわけですよね。
 石井さんが異常なほどに評価している、バロック・ヴァイオリニストのアンドルー・マンゼ。そこまですごいでしょうかねえ。上手だと思いますが、それこそ色気が全然感じられませんよ。たしかに新しい表現を開拓した面はありますが、どうでしょう、彼がヴィヴァルディやあるいはパガニーニの時代に生きていて、人々を魅了することができたかどうか。はなはだ疑問です。絶対ステファン・グラッペリの方がうまいって!
 ま、ここまで来ると、完全に趣味の問題ですよね。
 ただ、石井さんのおっしゃる通りだと思ったのは、ヴァイオリンというのは、本当に弾く人によって音が違う。その人自身の音になってしまう。ほかの楽器よりそういう部分は大きいと思います。
 私の音はけっこう個性的だと思いますよ。自分で言うのもなんですが、どんな楽器でもそこそこ響かせることはできると思っています。逆に言えばストラディヴァリだろうが、中国製の通販楽器だろうが、私にとってはどうでもいいのです。なんて、もうその時点で「私らしい」のでしょうか(笑)。
20091212_80202 全然関係ありませんが…いや、大いに関係あるかも…、今日NHKの「どれみふぁワンダーランド」の再放送で、宮川彬良さんがクラヴィコードで(!)スティーヴィー・ワンダーを演奏していました。かっこよかった。ちゃんとバロック時代の衣装にあのヅラをかぶってましたよ。ちなみにチェロは思いっきりモダン楽器でした。でも、とっても楽しかった。ジャンルとかオーセンティックとか、どうでもいいなと思いましたよ。
 明日、明後日、私はスズキの一番安いヴィオラにガット弦張って、バロック・ボウを振り回してバッハを演奏してきます。それ以前に、坊主頭に数珠して教会に乗り込むわけですからね。なんでもありです。ちなみに演奏する曲は「来たれ、異教徒の救い主よ」です(笑)。

PS 殺した犯人の一人が判明しました(こちら参照)。

Amazon 誰がヴァイオリンを殺したか

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2009.12.10

『反音楽史 さらばベートーヴェン』 石井宏 (新潮社)

20091210_63842 ょっと前に、ある公立中学と私立中学の音楽室に入りました。やっぱりありましたよ、あのズラッと並んだ肖像画たち。あいかわらずバッハは難しい顔をしていましたし、ベートーヴェンは髪を振り乱していました。とっても懐かしい気持ちになりました。やっぱり音楽室はこうじゃなきゃ(笑)。
 さて、そんな肖像画なんて早くひっぺがせ!と吠えるこの本。実に痛快でした。基本私もそういうスタンスの人間です。世の常識や、目に見えない強大な権力と闘うのが好き。捏造された歴史(歴史は全て捏造ですが)をひっくり返して楽しむ。啓蒙活動と言えばかっこいいけど、単なる変わり者にもなりかねませんが。
 この本、山本七平賞を受賞していますから、いちおう学術書ということになるんでしょうか。いや、これは見事なエンターテインメントですぞ。文章うまいし。
 この本の内容に抵抗を感じる方もたくさんいらっしゃると思います。Amazonのレビューにあるように、たしかにつっこみどころも多いとは思いますが、しかし、こういうことをしっかり言う大人がいないために、日本の音楽教育、いや音楽事情全体は実に不幸なことになっている…かも。
 私なんか全然いい方なんですよ。それは、石井さんのおっしゃる「音楽史」、いわばドイツによる捏造の歴史が語る大音楽家たちに、基本あんまり興味を持たないで来たからです。
 どちらかというと、そういうことを抜きにして、自分の経験の中から、たとえばバッハ(バークじゃなくて大バッハ)は好きだけれど、モーツァルトやベートーヴェンはあんまり好きでない、というような青年時代を送りましたからね。つまり、私は常に演奏する側だったので、人の(ドイツ人の?)評価や評論なんていうのは、あんまり気にしなかったからです。
 今でも、演奏するのはもっぱらバロック音楽と昭和の歌謡曲。聴くのはジャズやロックやJ-POPという変り種ですからね。それほど音楽教育に洗脳されてこなかったということでしょう。よかった、よかった。
 で、そんなお変人を抜きにすると、たしかに世の中には、特に日本なんでしょうか、ベートーヴェンを頂点とするドイツの器楽音楽が高尚だというイメージは、やっぱりありますわな。
 そこに徹底的に、ある意味異常なほどの執念で異議を申し立てているのが、この本であります。つまり、音楽の中心はイタリアの歌にあり!というわけです。
 これは、この本にも書かれているとおり、ある部分では真実です。私の専門に演奏している時代、バロックから前古典くらいまで(最近はようやく古典派やロマン派まで弾くようになりました。ま、こういう分類もどうかと思いますけどね)は、特にそういう傾向は強い。ドイツはたしかに後進国でした。まだ、パリやロンドンやストックホルムの方が進んでいた。それもほとんどイタリアの真似事。
 ですから、たしかに商業的な意味というか、職業音楽という意味においては、イタリアが断トツで、その他はイマイチ、特にドイツ人がダメダメだったのは事実です。その意味では、この本の内容は全く正しい(と思う)。
 だから、日本にはびこるドイツ中心の音楽史観(なんで日本ではドイツなのか、については後日)をひっくり返す喜びは存分に楽しめました。なにしろ、それを実証するために用意され開陳されるいろんなエピソードや書簡などが、私にとっては初耳、初見のことばかりで、それだけでも興味深く、そしてかなり勉強になりました。
Dsc07950jpg しかし、一方で、私のような変わり者ですと、もっともっと大きな視点から、この問題を見たくもなってくるわけです。
 たとえば、世界中の音楽というスケールで考えたくなる。いつも言っているように、クラシック音楽となぜか呼ばれてしまうある時期のある特定地域(ヨーロッパ)の音楽は、全地球音楽史からしますと、とっても特殊でマイナーで不自然な存在です。あの音階も和声もリズムも、非常にスケールが小さいと言えば小さい。いろいろな制約を設けて万人が即時に共有できるようにした…つまり商売になるようにした…のが、クラシック音楽だとも言えます。
 私は、石井さんより毒舌ですし、それが許される立場なので、あえて言っちゃいますが(って、とっくに言っちゃってますけど)、モーツァルトの音楽を聴かせたら教室が静かになった!とか、モーツァルトの音楽を聴かせると牛の乳がよく出る!って、あんたそりゃ、モーツァルトの音楽は、子どもだけでなく牛でも分かる音楽っていうことですよ。演歌や民謡やジャズじゃ、なかなかそうも行かないでしょう。
 でも、全世界音楽史からすると、この前の瞽女唄みたいなのが、どちらかというと標準なんですよ。だから、狭い狭い世界で、イタリアとドイツが張り合おうと、互いにけなし合おうと、捏造合戦しようと、所詮大した争いではないんです(笑)。
 一方、そんなドイツの抽象的な形式音楽も、きわめると大変なことになるというのも忘れてはいけません。事実、現代日本人である私にとっては、ヴィヴァルディより(大)バッハの作品の方が、ずっと魅力的に聞こえます。イタリアの音楽は、いわば当世のポップ・ミュージックであり、それはそれなりの価値があるとしても、あくまで消費音楽であって、深遠な芸術性があるとは限らないわけですね。それは現在の日本の、あるいはヨーロッパのヒットチャートにのぼっている曲たちが10年後、100年後に聴かれているかどうか考えればわかりますね。
 ですから、あの当時、どうにも商売にならないドイツで、ああやって身内のための、あるいは自分のために、また純粋に神のために、ある程度カネ勘定抜きで音楽が作られたというのは、悪いことばかりではないのです。実際、バッハの音楽は、当時は大量消費されませんでしたが、今や世界中で恐ろしいほどに消費されています。私も13日にカンタータの61番やら何やらを演奏しますよ。素晴らしい音楽です。繰り返しの消費に耐えます。
 大衆性&商業性と普遍性&芸術性というのは、どうもなかなか両立しないもののようです。どちらかというと対立しますね。The Beatlesなど、一部を除いて…。
 ですから、結果として、ドイツ的音楽史観というのも、あながち間違っているとは言えないのです。特に私のような日本人には、案外そうした抽象的な音楽の方がすんなり入ってきたりする。言葉の壁も少ないし。
 というわけで、この本を読むことによって、いろいろな視点を持つことができました。それこそ、山本七平さんの望むことでしょう。ま、石井さんがそれを計算していたかどうかは微妙ですけど。
 いずれにせよ、多くのクラシック音楽演奏家、リスナー、学者、評論家、そして学生の皆さんに読んでいただきたい本です。そして、自分がどんな反応をし、どんな視点を得ることができるか、楽しんでみればいい。そうした実験が、これからの音楽のつき合い方をより広げて深めてくれることだけは、どうも歴史的事実のようですよ。

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2009.12.09

「てゆうか…だし」→「知らねえし…」

20091210_90425 年前までギャル語の代表的表現として多用されつつ揶揄されていた「てゆうか(ぁ)…だし(ぃ)」。最近でも時々聞きますが、やや古びた印象を持つのも事実。言葉はどんどん変遷していきます。
 さて、今「だし」と書きましたが、これは正しくは「し」であります。本来、主に並列の機能を持つ接続助詞ですね。たとえば、「先生には怒られるし、財布は落とすし、犬の糞踏むし、まあ最悪な日だったな、今日は」という感じです(リアルな例文ですみません)。
 しかし、ギャルたちはこれをまるで終助詞のように使うようになりました。つまり、その先に文が続かないわけですね。これは日本語史上、新しい用法と言えます。彼女らはいったいどういうニュアンスでこの語尾を使っていたのでしょう。
 もうお分かりと思いますが、本来の並列の用法には、なんとなく「不快」な感じがありますよね。さっきの例文は極端な例としても、一般的に「…だし、…だし…」と続くと、なんとなく災難や不愉快なことが重なった感じがします。
 並列しなくとも、たとえば国木田独歩の「日は暮れかかるし僕等は大急ぎに急いで終いには走って下りた」を見ても分かるとおり、「し」が受ける部分が、発話者の望ましくない状態を表しているのは明らかです。
 もう少し語史を遡ると、その素性が見えてきます。江戸時代の用法の代表格は「〜じゃあるめえし」ですよね。つまり「〜ではあるまいし」です。このように、「まい」という打ち消しの推量の助動詞につくことが一般的だったようですね。そして、その前、室町くらいには「〜なくし」とか「〜ずし」というように、打ち消し語のあとにくっついていました。
 つまり、結果として次の文につながっているので接続助詞のように見えますが、もともとは、打ち消しを強調する終助詞ではなかったのか、というのが私の考えです。
 そうした否定的なニュアンスが数百年経っても消えず残り、ギャル語の語尾に復活したというというわけです。ギャルおそるべし(笑)。
 「てゆうか…だし」という組み合わせで使われるのも面白いですね。副詞と文末の呼応のような、もしくは係り結びのような感じさえします。というのは、「だし」のあとに何も続かないのと同様に、「てゆうか(ぁ)」も何も受けていないケースがほとんどだからです。「てゆうか」はもちろん「と(て)言うか」ですが、かと言って、その言われている内容は意識されていず、接続詞にもなっていない、単なる「言い出し語」のようになっているんですね。ある意味、話題転換や視点転換を表しているとも言えますが。
 しかし、これもまた、本来は相手の言うことを否定する、あるいはそれまでの文脈を切る機能があったわけですから、やっぱり否定的なニュアンスを含んだ語句ですね。ギャルに限らず、今の若者は男も女も会話の中で「てゆうか」をよく使うんですが、私はそれがとっても気に障ります。なんとなくこちらの意見が否定されているような気がする。向こうは何も考えてないんですけどね。いよいよ私も古い人間になってきたのでしょうか。
 もちろん、今でも軽くジョークのように使うことはあります。知り合いの自称元ヤンキーの方は、よく冗談めいて笑いながら、「つぅか、カネねえし(笑)」みたいな言い方をします。
 さてさて、そんな「〜し」ですが、最近生徒たちや自分の娘に接していて気がついたことがあります。どうも否定的ニュアンスを持った終助詞「し」が、また違った使われ方をしているように思うんです。
 たとえば、カミさんが娘に、「ちゃんと勉強しなさい!」と言ったとします。すると、娘は小さな声で「やってるし…」とつぶやく。こんな感じです。
 学校の中でも、たとえば、先生が「おい、これやったの誰だ?」と怒ると、「知らねえし」とか「オレじゃねえし」とか言う生徒が多い。
 これは、日本語史的に見ると、ちょっと新しい用法ではないでしょうか。この「し」は絶対に接続助詞ではありません。終助詞です。後には文が続きようがない。不満の意、反抗の意を表明する終助詞です。
 実はこれが気になるんですよね。冷静に「今、やってるところだよ」とか「私はわかりません」とか「私じゃありません」とか言わないで、いきなり感情的になっている。いや、感情を結構抑えているとも言えるんですけどね。ギリギリな感じですが。
 古い人間は、そういう答えを聞くとカチンと来てしまうわけです。で、こちらも感情的になると、いよいよ面倒なことになるので、最近はなるべくそうした新しい表現に慣れるように努力しています(笑)。
 ところで、ところで、ここからはローカルな話になりますけど、実は当富士北麓地方には、また別な終助詞「し」がある(あった)んですよねえ。
 たとえば、「まあ呑めし」とか「もう寝ろし」とか「上がってけし」とか、そんな表現です。最初私はこのニュアンスがつかめなくて苦労しました。なんとなく最初は強い調子に聞こえたんですよね。強い命令。「行けし」とか「もうやめろし」とか。でも、どうも実際はもう少し柔らかい調子だったようです。やや親しみをこめて、命令調にベールをかけるような。
 そうですねえ、古文で言う念押しの終助詞「かし」に近いでしょうかね。「花咲けかし」みたいな。
 しかし、今ではこの「し」を使う若者は激減してしまいました。15年くらい前までは、学校中で聞かれたんですけどね。今ではギャル語の「し」、反抗の「し」の方がずっと多い。
 方言とは即ち古い言葉ですから、それがなくなるのは寂しいことです。昔はこんな言葉がしょっちゅう生徒の口から聞かれましたっけ。
 「笑っちょし」
 これは「笑うなよ〜」という意味です。「ちょ」は古文でよく習う禁止(懇願)表現「な〜そ」の「そ」が残ったものです。奈良時代は「そ」は「チョ」と発音されていましたからね。そのまんま残っていたわけです。そこに「かし」のニュアンスを持った「し」が付いている。
 言葉が消えるということは、そのニュアンスが消えるということ、また、そうした感情が消えるということです。そして、新しい言葉や語法が生まれるということは、新しいニュアンスが生まれ、新しい感情が生まれるということです。
 新しい用法の「し」は、はたして我々にとって良いものなか、悪いものなのか…。そんなの分かんねえし…笑。

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2009.12.08

『十二月八日』 太宰治

 年この日を迎えると、ああまた1年経ったのだなと思います。それが元旦でもなく誕生日でもなく、12月8日だというのが面白いですね。
 このブログを初めて、5回目の12月8日の記事になります。つまりもう何度も書いているわけですね、「歴史的特異日」だと。
 とは言え、初めての方もいらっしゃると思いますので、ちょっと復習してみましょう。まず2004年にまとめて書いています。

歴史的特異日 12月8日

 ここにありますように、日本史的、いや世界史的にこの日は特別な日です。もちろん、暦の関係や時差の関係で、同日とは言い難いものがほとんどなのですが、しかし、12と8という数字の並びに何か意味があるのでしょうね、とにかくとんでもないことがたくさん起きています。宗教と戦争と平和、すなわち人間の「心」に関わる大きなことが、この日に起きています。
 さて、翌年(2005年)は何を書いているかと言いますと、そのうちのジョン・レノンを取り上げていますね。

ジョン・レノン 『スターティング・オーバー』より「立川」

 これも、案外知られていない事実(?)ですよね。とにかく、ジョンは日本と縁のあった人物です。そして仏教とも、大本の本拠地である亀岡とも。不思議ですね。
 そして2006年。今度は新しいネタです。ワタクシ的にはこれも大事件ですね。力道山が刺された!

『ザ 力道山』

 その後、力道山の息子さんである百田光雄さんともご縁がありましたっけ。今年(来年)こそ、力道山のお墓参りをしないと。
 そして一昨年(2007年)は、ちょっと悟りを開いたようなことを書いています。ちょうど金星が見頃だったのですね。

明けの明星…全ては相対的な「モノ」であるという「コト」

 ま、その後、結局また俗世間に舞い戻って、そして今に至る(笑)。
 そして、昨年(2008年)は、歴史的特異日には触れず、次のような記事を書いていました。

悩む力

 しかし、ちょっと読んでみると、なかなかいいことを言っている(笑)。いや、1年前に書いたことなんか、全部忘れてるんですよ。だから、たまに自分の書いたものを読み直すと勉強になる(笑)。自分が先生みたいな感じですね。これはお得です。タダだし。お礼しなくていいし。
 というわけで、今年の12月8日はどうしようかな、と思っていたわけですが、今年は生誕百年ですしね、やっぱりこの色男に登場してもらいましょう。太宰治くんです。
 太宰治のその名も「十二月八日」という作品ご存知でしたか?奥様石原美知子さんの日記の体で書かれた散文です。今年の6月に(『回想の太宰治』)の記事の中で少し紹介しました。今日はそれを読んでいただくことにいたします。
 またまた残念ながらうますぎる文章であります。いちおう「主人の批評に依れば、私の手紙やら日記やらの文章は、ただ真面目なばかりで、そうして感覚はひどく鈍いそうだ。センチメントというものが、まるで無いので、文章がちっとも美しくないそうだ」と書きながら、つまり、彼にしてはわざと自分らしくない文章を書いたにもかかわらず、しかし、皮肉なことに非常に「イケメン」な文になってしまっている。過度にセンチメントな文になってしまっている。
 もちろん、開戦当時の庶民の感情を知るにも面白い内容ですし、あるいは戦争と小説(文学)との関係を考えるにも良い教材です。しかし、それ以上に、光と闇、生と死…いや死と生ですね、つまり光と死が、闇と生が連関している…のコントラストが見事です。そこには、太宰なりの戦争観が表れているような気もします。
 そして、掉尾の「信仰」とはなんなのか。これは大問題です。彼一流の逃げ技を真に受けて、それを「尊皇心」とするのは簡単でしょう。そして、それに対して妻の筆を借りて「どこまで正気なのか」と言ってのけるのを、これまた一流の思想的なレトリックだと考えても面白い。
 しかしまた、それを違った意味に穿ってみても、いくらでも泉のごとく解釈が湧き出てくるわけです。そこが時代を超えてますます光(と闇)を増す太宰治の魅力なのでしょう。おそるべし、天才。

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2009.12.07

『効率が10倍アップする新・知的生産術―自分をグーグル化する方法』 勝間和代 (ダイヤモンド社)

47800203 ればせながら読んでみました。1年遅れ。
 もちろん、私の仕事にも応用できる点はありますが、教員という基本アナクロでアナログな仕事をしていますから、その根本の部分というか、この本の目的とする「効率」というのがあんまり私にとっては実利的ではないのですね。
 しかし、こうしてブログという媒体でアウトプットすることを修行の一つとしている者といたしましては、こうした up to date なデジタルな技術というにも当然興味があるわけです。まあある意味彼岸の出来事として観察している部分もありますが。
 ちょっと話がそれますけれど、今日「Google 音声検索」のリリースがニュースになっておりました。その前には、無料の日本語IME「Google日本語入力」が出ましたよね。
 この「Google日本語入力」、さっそく導入してみました。なるほど面白い。それこそ up to date な単語や2ちゃん風なネット文の変換に関しては最強でしょう。
 しかし、私はすぐに使用をやめてしまいました。自分の文章というか言葉世界にGoogleが土足で踏み込んでくるような気がしたからです(些末な不便としては、まっくがMacと変換されなかったり、ぐーぐるがGoogleと変換されなかったりする点が挙げられますが)。
 この土足感覚こそが、私のGoogleに対する嫌悪感や恐怖感の原因なんですよね。それは今までも何回か書きましたでしょうか。世界を全てインデックス化しようとするGoogleは敵だと。「コト」化の権化だと。
 もちろん、技術的なこと、それからそのクリエイティビティー、会社の気風やモットーなんかには、ちょっとした憧れさえ抱きますよ。私もGoogleの社員だったら(絶対入れませんが…笑)、なにか面白いことできるという気がします。
 しかし、こうした彼らが差し出してくれる様々な「無料」の贈り物たちには、どうしても生活感覚として「悪意」の存在を感じてしまうのです。タダより高いものはない、ということでしょうか。
 Google的には、最終兵器であるクラウド・コンピューティングのための独自OSへの布石を打っているということなのでしょうかね。雲の上からの世界征服に「悪意」がないと、いったい誰が純粋にそんなこと言えるのでしょう。世界の「みコト」になろうとしている。目に見えない「モノ」を使って。
 いつかも書いたとおり、私にとってのネット世界は「自然」そのものです。多様性があって、玉石混交、善意も悪意も混在していて、しかしどこかで自然淘汰(今では自然選択というのか)の法則も稼働している。そんな、自然状態を、まさに「言語」という「コト」によってインデックス化(社会化、都市化)しようとしているGoogleは、はたして、神なのか悪魔なのか…。
 というわけで、この本で語られる、「自分をグーグル化する」というのは、ある一面においては、自分の神化になるでしょうし、私のような世界観を持っている者にとっては、単に自己の「悪魔化」を表しているとも言えます。
 そこまでして、我々は「効率」を求めるべきなのか。はなはだ疑問です。
 しかし、一方で、この本では案外アナクロでアナログな話も多々出てきます。特に人脈作りに関する部分は非常に古典的というか保守的というか、結局は人間関係が円滑でないと「効率」も下がるということなんでしょうかね。ここんとこだけは、さすがにグーグル化するだけでは、どうにもならないのか。ちょっと安心したりして(笑)。
 あと、妙に勝間さんに親近感を覚えたのは、「親指シフト」のことです。これもいつか書きましたね。「ローマ字入力」によって、いったいどれほどの経済的損失が生じているか(笑…いや、笑えない)。単純計算して、「親指シフト入力」に比べて、「ローマ字入力」は1.7倍の時間と労力がかかっているのです(!)。それをほとんど全ての日本人がやってるわけですからねえ。Google的な発想からすれば、最初に見直すべき「非効率」でしょう。
 まあ、そんなムダこそが、Googleという悪魔の侵攻を防いでいるのかもしれませんが。
 

Amazon 効率が10倍アップする新・知的生産術―自分をグーグル化する方法

楽天ブックス 効率が10倍アップする新・知的生産術

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2009.12.06

『明治・歌の文明開化』 (NHKドキュメント日本のうた100年…5)

20091207_62248 しかに素晴らしい番組でした。1997年に制作された「ドキュメント日本のうた100年」のうちの一つ。おととい「BS20年ベストセレクション」として放映されたものを今日観ました。いろいろなことを考えさせられましたね。
 昨日、八ケ岳の麓でバッハを演奏してきました。来週とクリスマスイヴに行われるコンサートの練習です。BWV61「来たれ異教徒の救い主よ」やクリスマス・オラトリオからの抜粋。大変美しい。弾いている自分の心も洗われる。
 しかし、一方では、どこか不思議な感覚にも襲われるのです。違和感とまでは言いませんが、しかし、どこかこそばゆいというか、これってありなのかな?というような…。
 時々書いていますが…つまり、現代日本人でドイツ語もラテン語もわからん、そして、それこそ「異教徒」である私が、坊主頭に数珠を手首にぶらさげてバロック・ヴィオラを弾いて感動している姿が、はたして正しいものであるのか、ということです。
 もちろん、基本いいかげんな私ですから、そんなことをいつも真剣に考えて悩んでいるわけではありませんが、しかし、時々そんな気持ちになるのも事実です。異文化にどっぷり浸かって、異文化をさも解ったように楽しみ、一方で自文化についてはあまり興味を示さないし、実際ここのところ日本の古い音楽を演奏することがほとんどありません。これでいいのか?
 しかし、今日、この番組の録画を観て聴いて、はっと気づかされたことがありました。なるほど、異文化だからこそ解ることもあるし、自分のことには無頓着なのもある意味普通のことであり、そして、何よりそのような自他の区別自体に意味がないのではないか。あくまで一人の人間と文化との出会いなのだ、と。
 昨日のコロンボにおける「ニッポン」の表現もそうですし、もう一つ前の記事に書いた、外国における「ギャル文化」の受容もそうです。たしかに、本家からするとつい笑ってしまうような状況ではありますが、しかし、それこそ浮世絵の「発見」のごとく、異文化からのアプローチによって初めて気づかされる価値や本質というものがある。「状況」と「本質」は違うのです。
 番組では、前半は伊沢修二と滝廉太郎を中心に、明治の日本人がどのように西洋音楽を受容していったのか、日本人がどのように西洋化していったのか、しかし、逆にそれが「日本人としてのアイデンティティー」を強化していったのかが考察、紹介されていました。
 当時の政治的な意図と、日本人の受容力の高さが合致して、ほとんど考えられないスピードで西洋化を実現してしまった歴史…それはもちろん音楽に限りませんが…にも、最近とても興味を持っているので、実に勉強になりました。
 そして、後半、クローズアップされたのは、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)です。実は、私の母方の曽祖父は、当時焼津で医師をしており、ハーンとは昵懇の仲だったということもありまして、私はハーンの「日本受容」「日本発見」という、ある意味鏡像的な歴史にも強く興味を持っております。
 そんなこともあって、この番組で紹介された「瞽女唄」と、それを聴いて発せられたハーンの言葉には、本当に感動しました。感動というよりも、はやり発見ですね。これもまた私にとっては、異文化と自文化の発見に違いなかったのです。
20091207_62116 新潟は黒川村胎内の施設に住む小林ハルさん。幼い頃から目が不自由だったため、生涯を瞽女として過ごした方です。ある意味最後の瞽女。放映当時97歳だったハルさんの歌と三味線。それはもう我々が知っている「音楽」というものではなく、もっと根源的な「うた」でした。音程?リズム?ハーモニー?そんなものは二次的なものにすぎません。
 そして、その「瞽女唄」を聴いたハーンが書き残した言葉。これがまた素晴らしかった。これは外国人でなければ書けない文です。すなわち、異文化からの視点でなければ発見されなかった日本の歌の本質が、実に見事に表現されているのです。それがまた、私には大発見でした。涙が出ました。
 今日は特別、その部分を皆さんにも聴いていただきましょう。こちらをクリックしてください。
 本当に勉強になりました。解説で小島美子先生も知らないことがたくさんあったとおっしゃっていました。河内紀ディレクター、そしてNHKさん、まさにGJ!です。

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2009.12.05

『刑事コロンボ 「美食の報酬」』 (NHK BShi)

MURDER UNDER GLASS
61ap235ghll_sx230_ 画し忘れた!残念。
 というわけで、画像はノベル版の表紙。
 今日は、午前中は来年開校の中学校の見学会。午後は八ケ岳へ飛んで、13日のコンサートの練習。長野の山の中の教会で意外な人に会ってびっくり。さらにもう一つ不思議なご縁の方もいらっしゃってびっくり。いやあ、世間は狭いというか、音楽って人を結びつけますねえ。
 八ケ岳から帰ってくると、娘たちが一生懸命テレビを観ている。コロンボです。なんでもその前はウルトラセブンの最終回を観ていたということで、なんてウチの娘たちは「昭和」なんだ!ww まあ、こうして親子で何かを共有できるのはいいことですね。
 で、そのコロンボが懐かしかった。私も中学生の頃観たんですよ。30年分くらいに観ました。
 ワインにフグの毒を仕込む犯人。珍しくその方法が視聴者にも分からないという構成。最後はコロンボのワインにも毒が注入される…しかし、それはコロンボの仕掛けた罠だった。
 なんか印象に残っていたんですよね。日本人が出てきたから。芸者さんも出てくるし、刺し身も出てくる。コロンボが箸で河豚刺しとか食べてるシーン、覚えてました。
 まあ、そのシーンの日本文化がなんともステロタイプなジャパニーズで面白い。それにしても、あの芸者さんの弾く三味線の曲、ありゃなんだ?ありえない。ちょっとかっこいいぞ。微妙にロックしていたような…笑。
 この「美食の報酬」、ストーリー的にもなかなか面白いのですが、今観るとマニア的にもいろいろ興味深いところがあります。
 まず、監督さんがジョナサン・デミなんですね。「羊たちの沈黙」、そして昨年評判になった「レイチェルの結婚」の監督さんです。彼の若い頃の作品ということですね。
Mako_columbo 途中、登場する日本人のおじさん、名ハリウッド日本人俳優のマコ岩松(岩松信)さんです。私は「トラ・トラ・トラ」や「パール・ハーバー」でのマコさんの存在感が印象に残っています。「パール・ハーバー」では山本五十六役でした。マコさんは、アメリカ人の日本の軍人に対するイメージそのものだったのでしょうね。
 で、彼の劇中の名前が、「オヅ」です。たぶん、ジョナサン・デミ監督の趣味でしょうね。当時のアメリカの監督さんは、ある意味みんな「小津安二郎」を通過していますからね。日本では「小津」という苗字は決してメジャーではありませんが、欧米の映画界では「ozu」は日本人の象徴でしょう。
 犯人役も名優ルイ・ジュールダンです。当時57歳ですが、すごく若く見える。ヨーロッパ風の気品が、今回の犯人像に見事にマッチしていました。
 さらに彼の秘書役として出てくるセクシーな女性、ピーター・フォークの実の奥さんだそうです。その頃はもう結婚してたのかな?リアル「ウチのカミさん」というわけですね。
 というわけで、非常に見どころの多い内容でありました。コロンボの料理の腕前も見ることができましたし。レンタルで借りてきてもう一度観ようと思います。

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2009.12.04

美男時計&ギャル時計

 9月に美人時計を紹介しました。その後さらに大きなブームになったようで、ついに(?)あのホリエモンも美人時計のカメラマンになったそうです。彼の視線ってエロですから、ちょっとやだな(笑)。そういう視線で撮った写真って、そう写りますからね。美人時計はそういうものじゃないでしょ。記事にも書きましたが、あくまであれは「純愛」…いや「刹那の恋」です(笑…冗談ですよ)。
 で、あの記事の最後に、『今後、「美少年」とか「美猫」とか、そういう「萌え」対象への展開が予想されますかね。世界版もいいでしょうし、もう少しエロスを強調したものとか、それこそ「アゲアゲ」なギャル系とか、いくらでも細分化できるでしょう。しかし、あくまで、それらにおける登場人物(猫)は、モデルとかではなくて、日常的なシロウトさんがいいでしょう。その方がよりリアルだからです』って書いたんですけど、やっぱり出ましたね。
 まずは先月、「美少年」ならぬ「美男時計」が、そして、おとといですか、「ギャル時計」がオープンしました。そして、近々フランス版、韓国版も出るとのこと。予言通りでしょ。私の企画書が通ったということでしょうか(笑)。
 なぜだか公式からブログパーツを入手できなくなったので(広告戦略的なものでしょうか)、自力で貼り付けます。まずは「美男時計」から。

 どうですか?なかなか自然なイケメン揃いですよね。これで女子も「アゲアゲ」になるでしょう。仕事や勉強の効率が上がるかどうか分かりませんが。
 続いて「ギャル時計」です。

 こっちは時計自身が「アゲアゲ」ですね。たしかに元気になるかもしれません。今、日本のギャルたちは世界の注目を浴びていますから、これは案外外国からのアクセスが多いかもしれません。これを見て、フランスの女の子たちなんかが、ファッションのマネをするんでしょうかね。プチプラ、デコクロ…パリには「しまむら」はないか(笑)。
 最近毎日会う「美人」に飽きてきていたので、iGoogleは「美男」に替えました。いや、別にそっちの趣味があるわけじゃないですよ(笑)。ただ飽きたからです。「美女は三日で飽きる」とはよく言ったものですね。「ブスは三日で慣れる」とも言いますので、そっちの時計も作ったらどうでしょうか。
 こうなると、私の企画書で実現されていないのは、「エロ系」と「美猫」ですね。これはもしかすると、別の会社がやるかもしれません。というか、私がやれば儲かるでしょうね(笑)。あきらかにこっちの方が集客力ありますよ。
 あとは、なんだろうなあ…私がモデルになるとすれば、「坊主時計」とかね(笑)。中にはスキンヘッド・フェチの人もいるでしょう。「1440人の坊主たち。あなたは1分間の悟りを開く」とか。12月8日の「成道会」に向けて、そんな特別企画はいかがでしょう。
 まあ、世の中には様々な趣味をお持ちの方がいますから、それぞれいろんな「○○時計」ができることでしょう。それを全部やってたら大変だ。犬とか鉄道とかポケモンとか寺とか神社とかプロレスラーとか力士とか…あっそうだ、それこそ「時計時計」ってのはどうでしょう。それぞれの時刻を、いろんな時計で表示するってのは(笑)。
 ま、それは冗談として、実は私はいい企画考えてるんですよ。それは、それぞれみんながいろんなカテゴリーごとに自分の写真をアップして共有し、好きな時計を作る、あるいはそのカテゴリーからランダムに表示させたりして楽しむってやつです。いいでしょ。商売になりそうですよね。

美人時計公式

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2009.12.03

天才!ニルス・ラングレン

Nils Landgren
51em9geg3kl_sl500_aa240_ このところ、私の応援する地元バンド、フジファブリックとレミオロメンが、ともにスウェーデンと縁がありまして、その影響もあってか私も少し北欧づいております。
 フジファブリックはアルバム「CHRONICLE」のレコーディングがストックホルムで行われ、音楽的にもかなりスウェーデンの風土や伝統の影響を受けていました。
 そして、レミオロメンは新曲「恋の予感から」のプロデューサーとして、あのトーレ・ヨハンソンを起用しました。やはりその影響は大であると感じましたね。
 たしかに、山梨はちょっと北欧風なところがあります。基本寒いですしね。特にウチのあたりは針葉樹林の中にログハウスがたくさんあったりして、ちょっとそれ風です。以前、フィンランドの方が遊びに来た時、懐かしい、似てる似てると言ってました。
 そんなわけもあってか、ここのところ、クラシックからジャズ、ポップス、そして民謡など、いろいろとスウェーデンものを聴く機会が多いのです。
 今日はそんな中、比較的ポピュラーな音楽を紹介します。そして、最終的にはニルス・ラングレンのすごさを感じていただきたい。彼はすごい!
 まず導入から。日本で最も有名なスウェーデンのミュージシャンと言ったら、やはりABBAでしょう。もちろん日本のみならず、世界的に成功した「ポップスの完成者」です。
 まずは、日本でのライヴから「サマー・ナイト・シティー」をお聴きください。

 

 う〜む、懐かしすぎ。私14歳くらいでしょう。ディスコ・ブームが始まったあたりですね。やはり今聴きますと、ビートはユーロですが、メロディーはかなりエキゾチックというか、民族音楽的ですね。ヨーロッパ・ポップスは全体にそういう傾向があり、ある意味それがアメリカでは嫌われたのですが、ABBAはそれを乗り越えて、アメリカという市場でも大成功をおさめました。
 彼らって、まずオーストラリアで人気になったんですよね。日本はどちらかというとそういう民族調好みな市場だったので、ヨーロッパ・ディスコがけっこうヒットチャートに乗ってましたね。
 当時の私はビルボードかぶれでしたので、実はそのあたりが嫌いでした。今思うと、本当に若気の至りでした(笑)。
 昨日の話じゃありませんが、聞くところによると、ABBAって、その声質や、ちょっとたどたどしい英語がアメリカ人にはあどけなく聞こえたとか。実はアメリカも「萌え」てたってことでしょうか(笑)。
 さて、その「サマー・ナイト・シティー」を、現代のスウェーデンを代表する二人が夢の競演で歌い上げているのが、次の映像。これはすごい。
 あの文豪トルストイの玄孫(やしゃご)であるヴィクトリア・トルストイと、スウェディッシュ・ジャズを代表する天才トロンボーン奏者ニルス・ラングレンがすごいバトルを繰り広げています。

 

 うわっ!すごい…ですね。トルストイさん、きれいですね。彼女はジャズでデビューしましたが、ポップスや民謡も歌えるオールラウンドなシンガーです。私も好きな歌手の一人です。そして、ニルスおじさん。相変わらずファンキーなおじさんです。かっこいい。歌も演奏も天才的ですね。
 ニルス・ラングレンのおじいさんは教会の牧師さんだったそうで、小さい時から賛美歌や民謡に触れてきた、まさにスウェーデン音楽の申し子です。彼もジャンルにこだわらないミュージシャンですね。ちなみに楽器もトランペットやホルンなど、なんでもやっちゃいます。それがまたみんな上手い。
 さて、そんな天才おじさんの、それこそ天才的な歌とプレイをぜひ聴いてください。以前こちらで紹介したパット・メセニーやマイケル・ブレッカーとの共演です。私はこの演奏で初めてニルスを知りました。すごい!の一言です。

 

 

 それぞれのソロがみんなすごすぎですけど、結局最後のニルスのソロ&歌でそれまでの神業が全部消されちゃう。恐ろしい人です。一度生で聴きたいですね。
 ご覧になってお分かりのように、彼はヤマハのトロンボーンを吹いています。そのことについて、彼はこんなふうに言っています。
「ヤマハを吹いているわけはね、この楽器がわたしを演奏してくれるから。これは終わりの無い情事さ」
 日本人として、なんとなくうれしいですね。

Amazon Funky ABBA

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2009.12.02

平山郁夫と「萌え」

K_img_renderphp 山郁夫画伯が亡くなりました。アフガニスタンへの増派のニュースが流れる中、どんな思いで天界に召されたのでしょうか。
 アフガンでの遺跡保存活動をはじめとした、シルクロードをメインストリートとするボランティア活動だけでなく、本職である画業でももちろん国際的な活躍をされました。また東京芸大学長職を務めるなど教育においても、そして、ある意味商売の面でも活発に腕を振るわれました。
 芸術家としての絶対条件である「異様なほどのバイタリティー」をお持ちであったと、改めて思います。
 今日は、そんな平山さんを、ちょっと(だいぶ?)違った視点から見てみたいと思います。決して失礼にはあたらないと思いますので。
 そう思ったのは、たまたま今夜、NHKのクローズアップ現代で「故郷(ふるさと)に“美少女”が来た」と銘打ち秋田県の羽後町での取り組みが紹介されたのがきっかけです。
 羽後町については、私は、このような全国レベルでの話題になる以前から注目してきました。右の「人気検索ワード」をクリックしていただければ、このブログでもずいぶんといろいろな視点で語ってきたのがお分かりになるでしょう。
 今夜の番組ではいわゆる現代的な「萌え」と豊かな自然しか取り上げませんでしたが、私としては、土方巽&細江英公の「鎌鼬」…新版が出るようですね…や、先日紹介した白井晟一の建築(現存しませんが)、そして佐藤信淵などにも触れてほしかった。そこには、現代的な「萌え」以前のもっと大きく深い「萌え」要素があるからです。
 他称(…なぜかWikipediaの「萌え」に私が登場している!?)「萌え」研究家である私からしますと、「萌え」の基本的な性質はネオテニーにあると考えています。すなわち「子ども性」です。一般に文明(大人性)は「子ども性」を刈り取ることによって成立しますので、そうした「侵略」や「略奪」から逃げるために、子どもは辺縁にどんどん移動していきます。あるいは、辺縁には文明が到達しないという言い方もできますが。
 そうして、辺縁に文明化していない「モノ」が凝結していきます。それを文明側からは「文化」と呼ぶ場合もあるわけですね。本人たちはそんな対抗意識はないことも多いのですが。
 そして、その「文化」は、「自然」という強力な後ろ盾をもって逆襲に転ずる時もあります。まあ、ここでも、人も自然もそんな意識はなく、現実には、文明側からの「憧憬」という形をとることが多いのですが。
 たとえば、この前も書いた、西洋美術における「浮世絵」の影響などがいい例です。江戸までの日本は、まさに世界の辺縁中の辺縁、極東であったわけで、そのうえ島国という特殊な好条件をも得て、ある意味孤高の「子ども文化」を醸成していたわけです。そこに、「大人」たる文明国の人間たちは大いに驚き、そして憧れ、不思議な郷愁まで感じて、それまでの自分たちが積み上げてきた「写実」や「科学」や一部「宗教」までかなぐり捨てて、「回帰」を試みたわけです。
1akiduki1 で、話を秋田に戻しますが、まさに秋田と東京の関係などは、そうした構造の相似形になっているわけですね。ちなみに私は東京育ち、カミさんは羽後町育ちですから、我が夫婦の間にも、そういう関係が成り立っているんですよ。
 それをカミさんは、最初全然理解できなかったようです。「子ども」側だからです。しかし、「大人」がそういうことをしつこく言い、自分以上に「故郷」にこだわり、そして、ついにはNHKという国家的メディアがそれを発信するに及んで、ようやくコトの重要性というか、自らの無意識に沈殿していたモノの重要性に気づいたわけです。
 スケールを変えてみると、それが西洋と日本の関係になるというのは、もうお解りでしょう。ですから、この前書いた「世界カワイイ革命」もそうなんですが、これからは、「辺縁」「地方」「子ども」側が発信していく時代なのです。「大人」は自縄自縛で疲れ果てていますからね。
 子どもは凝り固まっていませんので、なんでも受け入れて自分のものにしていきますね。日本という国もそれが大得意です。しかし、一方で大人社会に対するなんとはなしの「畏怖」や「謙遜」や、あるいはそこから生じる「自己卑下」のようなものがあるわけです。そこがいろいろな面で障壁になってきたのも事実ですね。
 で、平山郁夫さんにようやく話が到達しますが、彼の作品を見れば分かるとおり、彼の美術史における一つの功績は、やはり東西の融合だと思うんですね。彼の嗜好や指向が西に回帰した、つまりシルクロードを遡ったというのも象徴的ですが、それ以上に、絵画の技術としての東西の融合にその大きな意味があると思うのです。
 だいぶ前、平山さんと高階さんの『世界の中の日本絵画』を紹介しましたね。あれなんか、私は思わず笑ってしまったのですが、今思えばまさに平山さんの境界なき「子ども性」を表している業績かもしれませんね。
 そして、もう一つ重要なことは、彼がそうした西からの憧れを「商売」にしてしまったことです。つまり、それが「萌え」と同じなんですよ。「萌え」のファクターというのは、自然や子どもの中に昔から常に存在していましたが、それが意識されて、そして都会や大人がそれをカネで買うようになって初めて「萌え」という言葉が生まれたのです。
 実は日本はそうやって経済大国になったのでした。その美術界での象徴が平山郁夫さんだと言えますし、また、今日のクローズアップ現代のテーマ「地方の時代」のヒントも実はそんなところにあるのでした。
 中心と辺縁を結ぶ線。それは自然の中に人が作った道。「萌え」もまた、その道の一つなのです。
 山梨にある平山郁夫シルクロード美術館、そんな平山さんの多方面でのご活躍を象徴する存在です。これを機に拝観し、ご冥福をお祈りしたいと思います。

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2009.12.01

『最後の授業』 ランディ・パウシュ (著), ジェフリー・ザスロー (著), 矢羽野薫 (翻訳) (ランダムハウス講談社)

ぼくの命があるうちに
27000349 …ンガの壁がそこにあるのには、理由がある。僕たちの行く手を阻むためにあるのではない。その壁の向こうにある「何か」を自分がどれほど真剣に望んでいるか、証明するチャンスを与えているのだ。
 レンガの壁がそこにあるのは、それを真剣に望んでいない人たちを止めるためだ。自分以外の人たちを押しとどめるためにある。
 経験とは、求めていたものを手に入れられなかったときに、手に入るものだ…
 これらの言葉には全く共感します。その他の全ての言葉についても、充分に心に響きました。
 先年亡くなったパウシュ先生は享年47歳。ほとんど今の私と同じ年齢の時に、余命数ヶ月を宣告されました。ですから、今の私だったらいったいどういう「最後の授業」をするだろうかと、いろいろ考えながら読ませていただきました。いちおう私もセンセイですし。
 しかし、残念ながらそれはほとんど意味のない思索に終わりました。
 理由は簡単です。私は自分の余命について他者から何も言われていないからです。これはとても大きな問題です。最も大切な前提条件がないのですから。
 誰しもが「余命」を持っているわけです。それは平等です。しかし、それはほとんどの場合意識されることがありません。いや、勝手に意識することはできます。「もし…」と考えればいいだけですから。
 しかし、命というのは「もし」で片付けられるほど単純で軽いものではありません。やはり、医学的に、科学的に、そして信頼できる他者によって語られねば、真に実感できないのです。いや、それでもまだ信じたくないというのが普通でしょう。
 私は、この本をすすめられて読んで、そして皆さんと同様いたく感激はしたのですが、しかし、どこかで空しさや心苦しさを感じてしまいました。
 この感動も共感も、そして啓発された自分の心も、やはりどこか嘘くさい感じがする。「もし」に支えられた危うさがある。
 こんな感想を書かれて不快にお思いになる方も多いことでしょう。しかし、そういう空しさや心苦しさにも、人生の本質があるように思われますので、あえて書かせていただきました。
 誰もが寿命を意識し、余命をしっかり満たさんとして生きれば、それで自分や他人や社会が幸福になるのかというと、それもまた、そんなに単純なものではないような気がするのです。
 違う言い方をすればこういうことでしょうか。誰もが宗教的な境地で生活すれば、あるいは賢者として、また善人として生活すれば、はたして本当に世界が平和になり、人々は幸福になり、地球環境なども守られるのか。
 私たちがパウシュ先生の言葉から学ばなければならないのは、そうして一刹那刹那を大切に生きるということではなくて、その逆、こうして時間を無駄にすごし、無駄な諍いに労力を費やし、また、夢を実現できない自分、すなわちレンガの壁の手前で踵をかえすような情けない自分でいられることに感謝するべきだということなのではないでしょうか。
 いかにも私らしいひねくれた感想を述べてしまいましたが、私は真剣にそういうふうに思ったのです。
 皆さんはこの「最後の授業」を観て、どんな教訓を得るのでしょうか。彼の「最後の授業」を本当に活かす方法とは、いったいなんなのでしょうか。私ももう一度考えてみようと思います。

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